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2018年1月 8日 (月)

秋本実「日本飛行船物語 航空界の特異な航跡を辿る」光人社NF文庫

…古代の「空飛ぶ船」にイメージの誕生から気球と飛行船の出現まで海外の先覚者たちの模索の跡を簡単に紹介したのち、軍用気球と軍用飛行船を中心として、わが国における気球と飛行船の歩みを日本の航空史探索の一環として辿って見ることにした。
  ――はじめに

アドバルーン(Ad-Ballon)は、アドバーテイスメント(Advertisement、広告)の頭文字のアド(ad)とバルーン(気球)を組み合わせた和製英語で、宣伝用の字幕などを吊るして空に掲げる繋留気球のことである。明治末期にわが国で考案されたという。
  ――コラム② アドバルーン

空を飛ぶ 鳥より早く 見えにけり 大崎野辺の 天の岩船
  ――第六章 日本軍用飛行船の歩み 国産飛行船の胎動

【どんな本?】

 大空を悠々と泳ぐ飛行船。ヒンデンブルグに代表されるツェッペリン型の大型硬式飛行船が有名だが、日本でも一時期は半硬式飛行船ツェッペリンNTが21世紀初頭の東京の空を遊弋していた。

 戦闘において、高地を占めるのは戦術の基本だ。高いところから見下ろせば敵陣の様子がわかるし、長距離砲撃の着弾地点も観測できる。そのためか、日本では19世紀末から、帝国陸海軍が軽航空機の開発・運用をリードした。

 西南戦争で陸海軍の共同で緊急に開発された偵察用気球に始まり、陸軍最後の飛行船となった雄飛号・海軍が開発した一五式飛行船から、終戦末期のあがきである風船爆弾まで、日本における軽航空機の歴史を辿る、貴重な著作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年4月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約377頁に加え、あとがき3頁。8.5ポイント41字×18行×377頁=約278,226字、400字詰め原稿用紙で約696枚。文庫本としてはやや厚め。

 軍事物だけに文章は一見硬めだが、読んでみると意外とそうでもない。内容も、あまり技術的・軍事的に突っ込んだ話は出てこないので、素人でもついていける。なお、気球や飛行船の大きさ・重さ・速度などの諸元や、搭乗員の所属と名前など、資料的な内容も多いので、面倒だったら適当に読み飛ばそう。

【構成は?】

 原則として時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 第一章 天翔ける船の神話と伝説
  • 第二章 空飛ぶ方法の模索
  • 第三章 幕末気球奇談
  • 第四章 日本気球事始
  • 第五章 日本軍用気球の歩み
    • 陸軍の偵察気球
    • 陸軍の防空気球
    • 海軍の偵察気球
  • 第六章 日本軍用飛行船の歩み
    • 国産飛行船の胎動
    • 陸軍の飛行船
    • 海軍の飛行船
  • 第七章 風船爆弾
  • あとがき/気球・飛行船発達略年表
  • コラム① 飛行船と気球
  • コラム② アドバルーン
  • コラム③ 飛行船による定期航空の計画
  • コラム④ 気球・飛行船関係部隊長一覧
  • コラム⑤ 海軍の飛行船と気球の名称と標識
  • コラム⑥ 第2回航空ページェント

【感想は?】

 飛行船が好きな人は、少し悲しくなる本。

 物語だと、飛行船は派手な雄姿を見せてくれる。「ダイナミック・フィギュア」の司令船や「オマル」のイャルテル号などだ。しかし、この本を読むと、否応なしに思い知らされるのだ。どうも飛行船はイマイチ使えない、と。

 新しい技術を切り開く過程では、様々な問題が起きる。今も使われている技術の先駆者たちは、それを一つ一つ乗り越えて、なんとかモノにしてきた。気球や飛行船も、それは同じだ。この本では、そういった先達たちの苦労と、短い栄光の日々を描いてゆく。

 第三章までは、気球と飛行船の歴史と、幕末までの日本での歴史を語る。日本での本格的な開発は、第四章からとなる。キッカケは、1877年の西南戦争(→Wikipedia)。

 田原坂を押さえられ熊本城が孤立した政府軍は、泥縄式に気球の開発を始める。無謀にも程があるが、「昼夜兼行で約二週間ほど」で試作品を作り上げたのは凄い。陸軍は気球が欲しいが、開発経験があるのは海軍だけ。そこで海軍に試作を頼んだというのも、当時は陸海軍の確執が弱かったことをうかがわせる。

 今なら熱気球にするんだろうが、当時は気嚢に石炭ガス(水素とメタン、→コトバンク)を入れていた。ったって、液体水素の発明は1896年で、当時はそんな便利なモンはない。

 じゃどうするのかと言うと、現地でガスを作るのだ。よって実戦で使うには、戦地までガス発生装置を持って行かなきゃいけない。浮かんでる姿は気楽そうに見える気球だが、地上には多くの機材と人員が必要で、それを考えると実用上の機動性は酷く悪い。

 このガスを作る苦労は以降も散々に祟る。以後は水素に替えたが、現地で水素を作ることに変わりはない。

 日露戦争の旅順攻略で使った記録も詳しく載っているが、運用部隊を現地まで運ぶのに酷く苦労している。そりゃ当時は荷駄だしなあ。ちなみに、ロシア軍も偵察用に気球を使っていたとか。テクノロジーの制約の中だと、ヒトが考える事は似たような形になるんだろう。

 やはり燃えやすい水素の取り扱いは難しいようで、以降、気球・飛行船とも何度もヒンデンブルグ号のように爆発炎上事故を起こしている。

 気嚢の扱いもデリケートで。当初はアルミニウム粉末交じりの塗料を使っていたが、伝導体だと火花が散って爆発炎上につながりやすい。また水に使ったりすると、気嚢の素材が硬くなったりして使い物にならなくなる。単に放置するだけでも、やっぱり経年劣化でオジャン。寿命が短いのだ。

 じゃ使ったら、というと、これも劣化する。1913年に陸軍が飛行船で調べてるんだが、「気嚢が縦の方向に縮小し、横方向に伸長することがわかった」「全長が短縮し、直径が増加する」。その結果、気嚢の容積は1割ほど増える。

 当時は絹の地に塗料を塗る方法で、素材の絹も色々と試した様子。なんにせよ、変形した分、素材は疲労して弱くなり、寿命が減ってしまう。加えて、水素ガスによる劣化もある。当時は硫酸を使って水素を作ってた。そのためか、出来上がった水素にも少し酸が混じる。この酸が気嚢を蝕んでゆく。

 使っても使わなくても、気嚢は寿命が縮むのだ。第一次世界大戦中の複葉機には今でも飛んでいるのがあるが、飛行船はない。気嚢で浮かぶ航空機は、どうしても寿命が短いらしい。

 おまけに格納庫はデカいのが要る。これを痛感するのが、1929年のグラーフ・ツェッペリン号来日時の様子。特に霞ケ浦の格納庫に収める場面では、海軍の苦労がヒシヒシと伝わってくる。

 ちなみに、乗った感想は、豪華で快適だが、タバコが吸えず風呂に入れないのが辛いとか。そりゃ水素を使ってるから火気厳禁だろうし、重量制限が厳しいから水も無駄遣いできないよなあ。

 やはり軽航空機の弱さを実感するのが、天気、特に風に左右される点。暴風により飛行を取りやめる場面が、何度も出てくる。逆に強風を利用した風船爆弾が最後に出てくるが、それは例外。人を載せて確実に運航するとなると、お天気に左右されるのは軍でも民間でも厳しい。

 おまけに、出てくる飛行船の大半がオーダーメイドで、量産品はほとんどない。数がはけないんじゃ量産効果も期待できず、どうしてもコストは嵩んでしまう。となると賞用でも厳しくて…

 と、飛行船の限界を否応なしに思い知らされる、飛行船好きには少し切ない読後感が残る本だった。もっとも、それも、先人の苦労をつぶさに記録した著者の着眼点と丹念に記録を漁った誠実さによるものであり、その執念が結実した細かい描写は、飛行船好きにたまらない魅力だろう。

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