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2018年1月28日 (日)

ジョン・ロンソン「ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち」光文社新書 夏目大訳

「森の中で獲物を追いかけているハンターのような気分かもしれません」
  ――第二章 誰も気づかなかった捏造

どうも皆、実際の私とは違う別の(略)人物を作り上げていたような気がします。
  ――第四章 世界最大のツイッター炎上

「フェイスブックは友人に嘘をつく場所で、ツイッターは見知らぬ他人に本音を話すところ」
  ――第四章 世界最大のツイッター炎上

「他人から勝手に自分の物語を押し付けられても相手にしてはいけない」
  ――第一〇章 独白劇の捏造

公衆の面前で誰かにわざと恥をかかせれば、その人を本来とは違う姿に見せることができる。
  ――第一二章 法廷での羞恥

「あらゆる暴力は、その被害者から自尊心を奪い、代わりに恥の感情を植え付ける。それは事実上、その人を殺すのと同じだ」
  ――第一三章 恥なき世界

「インターネット上での情報の流れを支配しているのは、わずかな数の大企業です」
  ――第一五章 あなたの現在の速度

【どんな本?】

 インターネットには、力がある。以前は理不尽に抗えなかったごく普通の市民が、インターネットで訴えることで多くの人々の共感を呼び、強大な組織に対抗できるようになった。

 相手が大企業や自治体なら、これも進歩と言えるだろう。だが、炎上は対象を選ばない。時としてインターネットは、普通の市民も追い詰める場合がある。

 不謹慎なギャグをつぶやいた者。シモネタで友人と盛り上がった男と、その男を告発した女。敬意を表すべき場所でおちゃらけた写真を撮った者。彼らはインターネットで猛攻撃を受け、職を失い、失意の日々を過ごす羽目になった。どころか、単に名前が同じというだけで、巻き添えになる人もいる。

 誰が、どんな目的で彼らを追い詰めるのか。なぜ多くの人が集まるのか。そこには、どんなメカニズムが働いているのか。

 かと思えば、醜聞にもめげず今まで通りの暮らしを送る者もいれば、自ら恥をさらすような仕事に勤しむ者もいる。

 晒し物になると、人はどうなるのか。苦しむ者とそうでない者は、何が違うのか。なぜ苦しむのか。苦しみから逃れる手立てはあるのか。

 ロンドン在住の人気コラムニストが、炎上した当人や周囲の人々に取材し、炎上の被害をつぶさに描くと共に、「人はなぜ炎上に苦しむのか」にまで迫って掘り下げた、迫真のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は So You've Been Publicly Shamed, by Jon Ronson, 2015。日本語版は2017年2月20日初版1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約475頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント41字×16行×475頁=約311,600字、400字詰め原稿用紙で約779枚。文庫本なら厚めの一冊分ぐらい。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただし、炎上のサンプルがアメリカのものばかりだ。そのため、極端にインターネットに浸っているのでない限り、日本の読者にはピンとこないかも。

【構成は?】

 基本的に前の章を受けて次の章が展開する構成になっている。著者のメッセージを読み解きたければ、素直に頭から読もう。そうではなく、単に炎上の顛末を知りたいだけなら、関係ありそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  • 第一章 ツイッターのなりすまし
    突然現れた、もう一人の自分/直接対決/ソーシャル・メディアという武器
  • 第二章 誰も気づかなかった捏造
    ボブ・ディランはいつこんなことを言ったのか/著者への問い合わせ/嘘の発覚/懇願/後悔/秘密を暴露され名誉を失った人たち
  • 第三章 ネットリンチ 公開羞恥刑
    ジョナ・レーナーへの取材申し込み/著書の回収/講演原稿/謝罪、ツイッターの反応/リアルタイムで大炎上/魔女狩り将軍/公開羞恥刑の歴史/サイコパスとソシオパス/レーラーの新しい本
  • 第四章 世界最大のツイッター炎上
    11時間のフライトの間に、世界一の有名人に/炎上後の生活/炎上の発端/いくら隠しても、検索すれば自分がどういう人間かわかってしまう/公開羞恥刑を科してきた判事/権力者より恐ろしい一般人
  • 第五章 原因は群集心理にあるのか?
    ル・ボンの群集心理の概念/ジンバルドーの心理学実験/実験の真相/良いと思った行動が、大きな犠牲を産む
  • 第六章 善意の行動
    下品なジョークで失職/告発者へのインタビュー/「荒らし」のたまり場“4chan/b/”で話題に、そして失職/DDoS攻撃の常習者/マルコム・グラッドウェルの誤り/「呼び止め」が若者をネットのエキスパートにした/善意の行動が二人の職を奪った
  • 第七章 恥のない夢の世界への旅
    これ以上ない恥/自動車産業のハニートラップ/勝利/報道の犠牲者/モズレーはソシオパス?/ポルノの世界に学ぶ、恥ずかしいと感じないコツ
  • 第八章 徹底的な正直さ
    「人に知られたくないこと」を人前で話す/女装して街を歩く恐怖/殺意の理由/講座は役に立つか?
  • 第九章 売春婦の顧客リスト
    69人の名前/起きなかった炎上/「恥」の概念が変わった
  • 第一〇章 独白劇の捏造
    存在しなかった健康被害/鮮やかな復活/ジャスティン・サッコとの再会/忘れられる権利
  • 第一一章 グーグルの検索結果を操作する男
    軍や兵士に対する冒涜/グーグルの検索結果を変えた男/ジョーク写真を検索結果から消せるか/法廷での公開羞恥刑
  • 第一二章 法廷での羞恥
    羞恥は人を弱く見せる/ソーシャル・メディアの方がまだまし?
  • 第一三章 恥なき世界
    同性愛を告白し、辞任した州知事/恥の感情が凶悪犯罪の原因/ハドソン郡矯正センター
  • 第一四章 猫とアイスクリームと音楽と
    検索結果の一ページ目で世間の印象は決まる/グーグルのアルゴリズム/シュタージ 人はなぜ密告者になりたがるのか/すべてが作戦どおり
  • 第一五章 あなたの現在の速度
    炎上でグーグルはどのくらい儲かるのか/変な標識/人間の行動を変えさせるフィードバック・ループ
  •  参考文献と謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 話題先行の投手とナメてかかってたら、手元で胸元に切り込む鋭いシュートに打ち取られたバッター、それが私です。

 なにせ書名が「ネットリンチで人生を壊された人たち」だ。野次馬根性がうずく。ブロガーの一人として炎上を恐れる、怖い物みたさの興味もあった。が、それ以上に、ネットで馬鹿を晒した奴の末路が見たい、そんな野卑な気持ちの方が強かった。

 つまりメシウマを期待をして読み始めたし、最初の方は、確かにそういう期待に応える部分もある。

 登場するのは、インターネットで火あぶりにされた人たちだ。デッチアゲがバレたポピュラー・サイエンス・ライター。不謹慎なつぶやきで数時間のうちに有名人になってしまった者。講演会の客席で友人とシモネタで盛り上がった男。それをツイッターで訴えた女。

 みんな、不幸になっている。職ばかりか、家族まで失った者もいる。何より、再起が難しいのが厳しい。困った形で有名になってしまい、なかなか新しい職が見つからない。

 が、それは、あくまで読者を釣る餌だ。もっとも、本書のテーマにも深くかかわってくるのだが。

 「あれ?」と思わされるのは、「第四章 世界最大のツイッター炎上」から。ここでテキサス州の下院議員テッド・ポーが登場する。彼は元名物判事で、ユニークな判決を下すことで有名だ。例えば窃盗犯に対し、こんな判決を下す。

 七日間、「私はこの店で窃盗をしました」と書いたプラカードを持って、店の前に立て。

 つまり犯罪者に恥をかかせるのだ。しかも、公衆の面前で。とはいえ、収監はなしだ。果たしてどっちが厳しいんだろうか?実は、こんな考え方もある。アメリカ建国の父の一人ベンジャミン・ラッシュ(→Wikipedia)は、1787年にこう述べている。

公衆の面前で屈辱を与える刑罰は、実は死刑よりも残酷であると広く認識されている。
  ――第三章 ネットリンチ 公開羞恥刑

 晒し者にするのは死刑よりも厳しい、そういう主張だ。ここで私は「なら死刑すら生ぬるい極悪人は晒し者に」などと考えたが、この本はそういう本じゃない。

 著者の主張の一つは、炎上への懸念だ。死刑以上の厳しい刑罰を、正式な司法の手続きを経ずに、私たちは勝手に下している。それも、往々にして、若気の至りだったり、マナー違反だったりと、司法手続きを経れば罰金刑で済むような、ささいな事で。

 最初に槍玉にあげられるポピュラー・サイエンス・ライターのジョナ・レーナーの例も、私には他人ごとではない。流石に他人の文章を無断でパクってはいないと思うが、無意識にしている可能性は充分にある。それより怖いのは「自己盗用」、つまり文章の使いまわしだ。

 なにせ語彙が少ない上に表現力も乏しい。そのため生み出せる文章は限られている。おまけに記憶力も怪しくチェックも緩いから、探せばきっと見つかる。幸いにして無名な上にお金は絡んでいないから、ネタとしてもつまらないし、バレてもあざ笑われるだけで済むだろうが、それだけでも相当に恥ずかしい。

 と、やっと本論にたどり着いた。

 そう、これこそが、この本の面白いところ。「恥」だ。私たちは、恥を恐れる。炎上が怖い理由の一つは、晒し者にされて恥をかくからだ。では、恥はヒトにどんな影響を与えるのか。どんな気分になり、他の者からどう見えるのか。長期的に人をどう変えるのか。そして、恥を克服する手立てはあるのか。

 この解を求め、著者は多くの文献に当たり、様々な人に取材する。その過程で、意外な事柄に突き当たる。「群集心理」の起源、スタンフォード監獄実験の真相、割れ窓理論の裏、ハッカーと警察の相性の悪さ、殺意の源泉、ネット工作の手口、法廷戦術、スピード違反を防ぐ意外な方法。

 加えて、美味しそうな本もいくつか教えてくれたのが嬉しい。「私のように黒い夜」と「殺してやる 止められない本能」か。ちぃ、おぼえた。

 下卑た野次馬根性で手に取った本だが、意外な掘り出し物だった。とりあえず読んでみるもんです。

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