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2018年1月16日 (火)

マリオ・プーヅォ「ラスト・ドン 上・下」ハヤカワ文庫NV 後藤安彦訳

「われわれはいつの日にか聖者になりたいと思う」ドンが答えた。「だが殉教者にはなりたくない」
  ――上巻p16

「映画は頭脳を征服する必要はなく、感情を征服するだけでいいんだ」
  ――上巻p65

「第一に、そしてこれはもっとも危険な点だが、逆境にいる美女には用心しなさい。第二に、きみよりもさらに大きな野心を持っている女には気をつけたほうがいい」
  ――p168

「愚かな連中を相手に理性的な解決に達することは不可能なのだ」
  ――下巻p300

【どんな本?】

 1969年に「ゴッドファーザー」で空前の大ヒットを飛ばし、映画も大当たりとなったマリオ・プーヅォが、アメリカの合法社会への進出を狙うマフィアを描いた長編小説。

 クレリクーツィオ・ファミリーを仕切るドン・ドメニコの計画は、仕上げに入っていた。既に宿敵サンタディオ・ファミリーは戦争で壊滅させた。他のファミリーとは友好的な関係を保っている。息子たちはそれぞれ合法的なビジネスを展開し、また信頼できる甥のピッピもラスベガスに拠点を築いた。

 政府の締め付けは年々厳しくなっている。特に麻薬ビジネスは厳しい。新たに参入したコロンビア人はあまりに無謀で大胆だ。裏稼業は自分たちの代で終わりにしよう。新しい世代は合法的な世界でまっとうなアメリカ人としての生涯を送るのだ。

 孫のダンテと甥ピッピの息子クロスの洗礼式の日、ドンは他のファミリーに取引を持ち掛け、最後の撤退戦に向け陣営を整える。だが、それは新たな流血の幕開けでもあった。

 厳しい掟に従いつつも暴力と策略で社会を蝕むマフィアの世界に加え、ギャンブルの楽園ラスベガスのビジネスや、金と欲が渦を巻くハリウッドの人間関係も暴き、現代アメリカのダークサイドを晒す、娯楽長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Last Don, by Mario Puzo, 1996。日本語版は1996年12月に早川書房から単行本で出版、後に2000年10月31日にハヤカワ文庫NV発行。文庫本で縦一段組みの上下巻、本文は491頁+415頁=約906頁に加え、関口苑生の解説8頁。8.5ポイント41字×18行×(491頁+415頁)=約668,628字、400字詰め原稿用紙で約1,672枚。3~4巻に分けてもいい巨大容量。

 文章はこなれている。内容もあまり難しい所はない。ややこしいのは、金の流れを説明する部分。つまりはペテンの手口なんだが、面倒くさかったら読み飛ばして、「なんか汚いことやってんだな」ぐらいに思っておこう。

【感想は?】

 これを読んだら、カジノ法案に抱くかもしれないし、逆に賛同したくなるかもしれない。

 なんたって、ドンの目論見が「ギャンブルの合法化」だ。そもそも、マフィアは滅多な事じゃまっとうな商売には手を出さない。「楽してズルしていただき」がモットーの連中である。

 そのマフィアのトップ、ドン・ドメニコ・クレリクーツィオの狙いは、ファミリーを合法化すること。政府の締め付けは次第に厳しくなる。今までのように、法を犯し暴力を厭わないビジネス、例えば麻薬の取引は先行きが暗い。そこで、新たな資金源として狙うのが、ギャンブルだ。

 そのギャンブルの具体例として、詳しく描くのは、ラスベガスのカジノ。それも、そこらのパチンコ屋みたく、セコい金額じゃない。新築の家が買える金額が一晩で吹っ飛ぶような、デッカいギャンブルの世界だ。

 ただし、視点はギャンブラーではなく、オーナー側。彼らがいかにして大口の顧客から金を引き出すか、その手口をわかりやすく描いてゆく。例えばニューヨーク発で飛行機代・ホテル代・食事代タダのツアーとかもあったり。

 そんな一見美味しいツアーが成立しうるのも、ギャンブルが法で守られているラスベガス、そしてネバダ州ならでは。そんなワケで、ここで商売するには、州政府との関係も大事で。

そういえばUFO騒ぎで有名な空軍基地エリア51もネバダ州だっけ。実はここ、合衆国の核開発の拠点でもあった(「エリア51」)。とすると、連邦政府との関係も重要、とか考えると、一味違ってくる。

 などの美味しいビジネスのギャンブルに、更に美味しいトッピングを添えようってのが、ドンの目論見。しかも、その目論見の裏をかくとんでもねえ奴まで出てくるんだから、地下社会の闇は深い。もっとも、このトッピングに似たシロモノは、既に日本で合法化されてたりするから怖い。

 もう一つ、重要な柱になるのが、ハリウッドの内幕。最近は Twitter で #MeToo が流行っているように、ソッチの話題も遠慮なく出てくる。ただし、この作品では、かなり男に都合のいい形になってるけど。

 それより私にはカネの話の方が面白かった。この小説ではアーネスト・ヴェールなんて作家も出てきて、彼はどう見てもマリオ・プーヅォ自身だ。作家としての能力はともかく、人間的にはしょうもない奴に描かれていて、読みながらついニヤニヤしてしまう。

 彼が語る、小説家が映画に抱く屈折した想いなどは、本好きにはかなり突き刺さる台詞。代表作ゴッドファーザーにしても、映画を知っている人は多いが、小説を読んだ人はほとんどいない。やたら面白いのになあブツブツ…

 とかに加え、小説と脚本の違いも、ちょっとした読みどころ。

 それより何より、自作を映画化する際に交わす、権利関係の契約のキモが、生臭く面倒くさいながらも、だからこそ生々しい迫力を放っている。明らかに彼自身の経験から学んだ教訓なんだろうが、原作者の懐が潤わないメカニズムが、実に狡猾で容赦ない。そりゃ素人はコロリと騙されるよなあ。

 そして、裏社会物に欠かせない、ケッタイな連中の生態も、ちゃんと描いている。

 最初に出てくるのが、ボズ・スキャネット。ええトコのボンボンな上にイケメン。しかも頭もよけりゃ腕もたつ。おまけに綺麗で賢い嫁さんを貰ったはいいが…。まあ、えてして男なんてそんなモンです。

 ちょい役だが、ロサンゼルスの形成外科医も印象に残る。これは私がSFファンだからかも。外科医に相応しく(←をい)、ちとマッド・サイエンティストの匂いを漂わせているあたりがたまらない。

 医者と言えば、下巻に出てくるケネス・カルドーンも忘れ難い。彼も歯科医で、物語に出てくる歯科医と言えば変態と相場が決まっている(←酷い決めつけだ)。彼のイカれっぷりは一風変わってて、理解できる人はちと危ないかも。

 と、端役にも個性的な人物を取りそろえ、現代アメリカの病んだ部分を背景に、ドンの計画は静かに進んでゆく。ある点では「仁義なき戦い」にも似て、これは現代に君臨する権力者たちのルーツの物語なのかもしれない。

 ただし。美食の場面も多く、特にイタリアンが好きな人は、深夜に読んではいけない。

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