C・L・ムーア「シャンブロウ」論創社 仁賀克雄訳
「シャンブロウ! おい……シャンブロウだ!」
――シャンブロウ「金塊がほしくありません、あなた?」
――黒い渇望「それは愛ではないわ。愛よりも強いものなの、ノースウエスト・スミス」
――冷たい灰色の神
【どんな本?】
SFが勢いを増し始めた1930年代にデビューし、黄金期へと押し上げたC・L・ムーアによるスペースオペラの代表的シリーズ「ノースウエスト・スミス」物を集めた短編集で、論創社のダーク・ファンタジイ・シリーズの第9弾。
太陽系を渡り歩く無法者、ノースウエスト・スミスと相棒ヤロールのコンビ。火星の酒場で、金星の波止場で。危ない仕事を渡り歩く彼らは、妖しげな女が絡む胡散臭い事件に次々と巻き込まれ…
なお、日本ではハヤカワ文庫SFの「大宇宙の魔女」「異次元の女王」「暗黒界の妖精」で紹介されている。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2008年7月15日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約473頁に加え、訳者による解説6頁。9ポイント42字×18行×473頁=約357,588字、400字詰め原稿用紙で約894枚。文庫本なら薄めの上下巻ぐらいの分量。
文章は比較的にこなれている。内容はSFというよりホラー寄りのファンタジイなので、理科が苦手な人でも全く問題ない。美女美少女が続々と登場し、かなり凝ったサービスを繰り広げてくれるので、そういうのが好きな人は期待しようw
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 の順。
- シャンブロウ / Shambleau / Weird Tales 1933.11
- 火星の新開地。群衆が一人の娘を追っている。「シャンブロウだ!」。娘は赤褐色の肌に緋色の服。無法者のノースウエスト・スミスは、行きがかり上、娘を庇う。彼が「この女はおれのものだ」と叫んだとたん、群衆は静まりスミスを軽蔑の目で見る。
- SF界ではク・メルやサーバルちゃんを凌ぐ人気を誇る、猫系美少女シャンブロウが鮮烈なデビューを果たした作品。多くの青少年が、この作品のせいで、困った性癖を植え付けられたんだろうなあ、と思うと、なかなか罪深い作品だったりw
- 黒い渇望 / Black Thirst / Weird Tales 1934.4
- 金星の波止場。夜の闇にたたずむノースウエスト・スミスに、美女が語りかける。「金塊がほしくありません、あなた?」 幼い頃から男を魅惑する術を仕込まれたミンガ要塞の女だ。彼女らを手に入れられるのは、際限ない富を誇る王侯のみ。
- 薄汚い無法者に、絶世の美女が金塊を差し出す。あざといまでに男の欲望を手玉に取る幕開けは、先の「シャンブロウ」同様、掴みの巧みさが光る。とにかく男を篭絡するのが上手い作家だよなあ。わかっちゃいるけど乗ってしまうのが男のサガってもんです。
- 緋色の夢 / Scarlet Dream / Weird Tales 1934.5
- 火星のラクマンダ市場の屋台で、ノスウエスト・スミスは得体のしれないショールを手に入れる。生きているように手にまとわりつき、軽く柔らかい。青い地に緋色の模様が躍るデザインは、どこのものとも知れない。宿に戻ったスミスは…
- これまた童貞小僧の妄想を刺激しまくる作品。今回のヒロインは、オレンジ色の髪で血まみれの美女。女が絡むとロクな事にならないと、いい加減に学んでもよさそうなスミスだが、そこはそれw
- 神々の遺灰 / Dust of Gods / Weird Tales 1934.8
- 素寒貧になり酒場でクダをまくスミスとヤロールに、仕事の話が舞い込む。報酬は悪くない。ただし、かなり厄介だ。以前にも、二人組のハンターに同じ仕事を頼んだ。だが失敗したハンターたちは、明らかに怯え切っている。それは太古の神にまつわる仕事で…
- 今まであまり言及されなかった設定を活かした作品。このシリーズでは、人類以前に、古の神々が宇宙に君臨していた事になっている。われわれの知覚では捉えきれない神々の不気味さを、スミスとヤロールの探索を通して描く。
- ジュリ 異次元の女王 / Julhi / Weird Tales 1935.3
- スミスの体には多くの傷がある。短剣の切り傷、小刀の突き傷、鞭打ち刑の十字傷。それは彼の闘いのしるしだ。中でも知られていないのは、左の胸、心臓の上にある渦巻き模様の赤く丸い傷跡は…
- ビジュアルは魅力的だが映像化は難しい作品の多いこのシリーズの中では、比較的になんとかなりそうな気がするし、ファンタジイよりややSF寄りの作品。ちゃんと肉体を持ち、なんとか意志疎通ができるあたりも、「あやかし」というより「エイリアン」な感じがする。とはいえ、コミュニケーション手段は意表を突くもの。
- 暗黒の妖精 / Nymph of Darkness / Fantasy Magagine 1935.4
- 金星のエドネス波止場の暗がりなら、パトロール隊も近寄らない。あたりに気を配りながら歩くスミスは、追手に追われる女を匿う羽目になる。その名はナユーサ。その声は聞こえるが、姿は見えない。彼女の両親は…
- いきなり裸の美女が腕のなかに飛び込んでくるなどという、これまた年頃の小僧の妄想を刺激しまくるオープニング。ほんと、この人、短編の掴みが巧い。
- 冷たい灰色の神 / The Cold Gray God / Weird Tales1935.10
- 雪舞う火星の極地リグアは、無法者の街だ。その中心街ラクラン通りを、優雅な足取りで歩く若い女。通りの男を値踏みしながら街をゆく女は、スミスに目を付けた。不審に思いながらも、彼女の屋敷へ誘われたスミスは…
- いい女に絡まれるとロクな事にならないと、いい加減学んでもよさそうなスミスだが、まあ仕方がないw
- イヴァラ 炎の美女 / Yvala / Weird Tales1936.2
- あり金を使い果たしたスミスとヤロールは、仕事にありついた。かつて木星の衛星の一つで遭難し、かろうじて助かった男がいる。そこで絶世の美女を見たという。誰も信じなかったが、別の男が同じ目にあった。奴隷商人のウィラード一味がこの話に興味を持ち…
- ジャングルの描写が、忌まわしいほどに見事。実体のない、またはおぼろな脅威が多いこの作品集の中で、珍しく肉体的な危険を感じさせるから、だろうか。また、最後のオチも、相棒ヤロールのしょうもなさを強調してる。なんでこんなのとツルんでるんだw
- 失われた楽園 / Lost Paradise / Weird Tales1936.7
- 有象無象が行き交うニューヨークで、ヤロールは小男に目を付けた。最古の民族、セレス族だ。アジアの奥地に住み、何かの秘密を守り通している。見ていると、その小男は何者かに絡まれ、大事そうに抱えていた小包を奪われた。
- 珍しく地球を舞台とした作品。高層ビルが立ち並ぶだけでなく、その間を数多の高架橋がつないでいる。ある意味、懐かしい未来だ。
- 生命の樹 / The Tree of Life / Weird Tales 1936.10
- パトロールに追われたスミスは、イラールの廃墟に逃げ込む。苛む渇きの中で、スミスは古代の井戸を思い出す。そこは神殿の庭園だったらしい。その時、薄暗がりの中ですすり泣く女の声を聞いた。「ねえ、わたしを生命の樹の影に連れていって」
- オカルトの定番、生命の樹(→Wikipedia)をネタにしたお話。男ってのは欲が絡むと思考能力の9割が蒸発する生き物で、そういう意味では樹木人間の描写は正確なのかもw
- スターストーンの探索 / Quest of the Starstone / Weird Tales 1937.11
- 赤毛の処女戦士ジレルは、甲冑の戦士たちを引き連れ、魔導士フランガのアジトに踏み込んだ。フランガはあわてて逃げ出すが、ジレルは見事スターストーンを手に入れる。なんとか逃げ延びたフランガはスターストーンを取り戻そうと…
- C・L・ムーアのもう一つの人気シリーズ、処女戦士ジレルとの共演作であり、またSFで最も有名な歌「地球の緑の丘」が登場する作品。ジレルさん、なかなか凶暴で迫力あります。
- 狼女 / Werewoman / Leaves Ⅱ 1938 Winter
- 傷ついたスミスは、西方の岩塩荒地を目指し歩く。かつてここには広い町があったという。その豊かさは近隣の反感を買い、戦いで荒野になっただけでなく、土地に呪いまでかけられた、と。今では誰からも忘れられ、狼がときどき出没するとの噂が…
- 幻想的な作品が多いこの作品集の中で、幻想的でありながらも五感に訴える描写の多い作品。風に乗って漂うかすかな匂い、喉を振るわす遠吠え、口からしたたるヨダレ、身を苛む飢え、そして地をかける足。そういう生き方もいいかな、と思ったり。
- 短調の歌 / Song in a Minor Key / Scienti-Snap 1940.2
- 3頁の掌編。クローバーに覆われた丘の窪地に寝転ぶスミスが思い描くのは…
金星は潤いに満ちた美男美女の星で、火星は無法者が行き交う乾いた荒野、そして木星の衛星はジャングル。こういった大らかな設定は、この時代ならでは。
それはそれとして、小説としてみると、やはり書き出しの「ツカミ」の巧さが卓越している。読者の欲望のツボをキッチリと抑えて期待を膨らませ、また二重三重の謎を示して先を読みたい気分を煽る。にもかかわらず、語りは素直な時系列順で、一度読めば筋書きがちゃんと頭に入る親しみやすさは、この作家ならではだろう。そしてもちろん、魅力的なヒロインたちも。特にロングヘアーが好きな人にはたまらない。
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