リチャード・フォーティ「<生きた化石> 生命40憶年史」筑摩選書 矢野真知子訳
この本では、地質時代から生き残ってきた残存種と、その種が語る進化の道程という私個人の関心事をテーマにしている。(略)残存種がこんにちまでどのように生き延びたのかを観察することは、(略)かれらの長寿の理由について手がかりを得ることになる。
――第1章 カブトガニと三葉虫海中生活に適応している地衣類はない。
――第2章 カギムシを探して現在の微生物学者の標準的な見方では、古細菌は真核生物に近く、細菌とは離れている。
――第4章 熱水泉での暮らし物事をよく知る人ほど、自分が無知であることをよくよく自覚している。
――第5章 ホネのないやつ分岐図は経験により作業者により、少しづつ違ったものができてくる。
――第8章 保温性を手に入れるこんにちのクロマグロもそうだが、ある動物が希少になると値段が上がり、その市場価値がさらに乱獲を招いて絶滅させる方向に進んでしまう。
――第9章 島と氷カブトガニは太古の昔から変わらない甲羅を背負っているように見えるかもしれないが、それでも時代とともに少しづつ変わっている。
――第10章 困難をくぐり抜けて生き残る
【どんな本?】
イギリスの古生物学者で三葉虫を専門とし、「生命40億年全史」や「地球46億年全史」などの著作がある、リチャード・フォーティによる一般向け科学解説書。
カブトガニ,カギムシ、イチョウ,シーラカンスなど、太古から現在まで生き延び「生きた化石」と呼ばれる種をテーマに、彼らは現在のどんな種に近いのか,生まれた時の地球の状況,彼らの暮らしぶり,生き延びてきた秘訣などを探り、逞しく生きてゆく姿を描き出す。
なお、「生命40憶年全史」と似た書名だが、違う本なので要注意。というか私も勘違いして読んでしまった。でも面白かったからいいや。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Survivors : The Animal and Plants that Time Has Left Behind, by Richard Fortey, 2011。日本語版は2014年1月15日初版第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約395頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント43字×18行×395頁=約305,730字、400字詰め原稿用紙で約765枚。文庫本なら厚めの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に前提知識は要らない。国語と理科、特に生物系が好きなら、中学生でも楽しめるかも。
【構成は?】
全体を通しての流れはある。が、個々の章は、別々の読み物としても楽しめるので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
- プロローグ
- 第1章 カブトガニと三葉虫
古びた海辺の真夜中の宴/カニではない/青い血の恵み/ジュラ期のメソリムルス/「生きた化石」/カンブリア紀の三葉虫/婚礼の最中の大惨事? - 第2章 カギムシを探して
古くて新しい孤島/丸木の影で悠久の時を生きる/カンブリア紀の葉足動物/系統樹におけるカギムシの位置/エディアカラ紀のフラクタルな生物/悠然と歴史から消える/海はすべてを飲みこみ存続する - 第3章 シアノバクテリアの造形
無限にくり返される風景/ストロマトライトの息づく被膜/地球の生命史の長さを見直す/内部共生という飛躍/地球に酸素を/原生代の生き残り「海苔」/食べるもの、食べられるもの/菌類の起源/オゾン層をもつくり出す
- 第4章 熱水泉での暮らし
プレートがぶつかり合う場所/あらゆる地熱現象/三つのドメイン/35億年の縮図/深海のオアシス/動物の消化器という新天地 - 第5章 ホネのないやつ
栄養豊富な干潟/新参者と共存する腕足動物/多様な軟体動物/中生代の動物が入植した海苔/相称形をとらない海綿動物/クラゲとサンゴ - 第6章 大地を緑に
上陸に必要ないくつかの構造/日陰の主役たち/天目山のイチョウ/恐竜時代の頑丈な植物/ゴンドワナ遺産の植物たち/砂漠に居座るウェルウィッチア/花咲く世界へ - 第7章 ホネのあるやつ
肺呼吸する魚/ひれから肢へ/古い言語が生き残っている国/顎の発明/陸生動物の試作品/ゆっくり生きるムカシトカゲ/大量絶滅期をくぐり抜けた爬虫類たち
- 第8章 保温性を手に入れる
卵を産む哺乳類/ハリモグラとカモノハシ/霊長類の枝の根本/燃料を積んで空へ飛び立つ/陸に戻った鳥たち/現生鳥類への道のり - 第9章 島と氷
マリョルカ島のサンバガエル/巨大なオタマジャクシ/孤島の進化の脆弱さ/北極圏という孤島/氷期を生き延びた大型動物/気候変動かヒトの干渉か/アメリカバイソンと微生物 - 第10章 困難をくぐり抜けて生き残る
生き残るための秘訣はあるのか/地質時代のハードル/重要なのは生息地の存続/時の避難所/資質について考える - エピローグ
- 謝辞/用語解説/訳者あとがき/図版クレジット一覧/参考文献/事項索引/生物名索引
【感想は?】
そう、本書全体を通してのテーマはある。
大昔から現在までしぶとく生き残り、「生きた化石」と言われる生物がいる。最も有名なのはシーラカンスだろう。肺魚やカモノハシなど、系統樹の境界にいる生物もよく知られている。身近な所では、イチョウやシアノバクテリア、そしてゴキブリも登場する。
ちなみにシアノバクテリアって何かというと、藍藻(→Wikipedia)。庭やベランダに水を入れたコップを放置すると、水が緑色に濁るよね。あの緑色のヤツがシアノバクテリア。原核生物のクセに光合成する生意気な奴。
ばかりか、太古の無酸素状態の地球に酸素で満たし、巨大な鉄鉱床を作った(→Wikipedia)、小さいけど凄い奴…と思っていたが、地球を酸素で満たす過程は、それほど単純じゃないらしい。
とかを描いているのが、「第3章 シアノバクテリアの造形」。ここで主役を務めるストロマトライト(→Wikipedia)も変な奴。海岸にある岩にしか見えないんだけど、れっきとした生物のコロニーだ。水に入れて光を当てると、泡を出す。なんと光合成してるのだ。
など、各章に出演する生物たちのキャラが濃すぎて、読んでる最中はテーマをつい忘れてしまう。
先のストロマトライトもそうなんだが、SFやファンタジイを書く際に、印象的なシーンのヒントになりそうな場面にも事欠かない。
例えば最初の「第1章 カブトガニと三葉虫」は、砂浜にカブトガニの大群が押し寄せるシーンで始まる。夜の砂浜には、カチカチという音が響く。ギッシリと群れた彼らの甲羅がぶつかり合う音である。彼らは命がけで卵を産みにきたのだ。
こういう、あたり一面を埋め尽くす○○なんて描写は、SF者の妄想マシーンを刺激してやまない。しかも目的が生殖だ。梶尾真治ならどう料理するんだろう…とか考え出すと、キリがない。やはり物語好きには、「そうだったのか!」なネタもある。先の「第3章 シアノバクテリアの造形」だと…。
海苔は海水中のヨウ素を多くとりこんでしまうため、暑い日には揮発性元素が蒸発し、それが大気中で水滴になるのが海霧だということがこれまでに確認されている。
――第3章 シアノバクテリアの造形
海苔とあるが、つまりは海藻だ。私が連想したのは「あゝ伊号潜水艦」の、巨大昆布に覆われたベーリング海で、濃霧に包まれる所。海洋冒険物語が好きな人なら、艦が濃霧のサルガッソで立ち往生する場面を思い浮かべるだろう。あの濃霧は、コンブが作り出したのか!
が、逆に、SF者に水を差すフレーズも。
なぜオーストラリアやニュージーランドにカモノハシやハリモグラなどの固有種が多いのか、というと、大陸から海で隔てられていたから。だもんで、大陸からネズミやネコが侵入してくると、彼らは易々とエジキになってしまう。こういうのは、経過が決まってて…
広大な本土で進化した生き物と出会ったとき、島の固有種はかならず負ける。別の言い方をしてみよう。最初に小さな島で進化した種が、その後に近くの本土に入植して大繁栄し、在来種を駆逐したという例を、私は一つも見つけられない。
――第8章 保温性を手に入れる
じゃ、マタンゴはナシか。南洋の無人島で拾った小動物が大繁殖して人類ピンチ!は定番パターンなのに。そういえば、キング・コングも殺されたなあ←違う。
とか、物語好きの血が騒ぐのは、出演者のキャラが濃いってだけじゃない。時間的なスケールでも、何かと妄想の種をワンサカと仕込んでいるからだ。例えば、恐竜物の映画は、たいていシダやソテツが生い茂っている。植物相が今とは違うのだ。しかし…
中新世以降は、頭頂部が食われても根元からひっきりなしに再生する草が平原を覆い、偶蹄類の草食動物や反芻動物の命を支えた。
――第6章 大地を緑に
WIkipedia の植物の進化で確認すると、「最も新しく登場した大きなグループはイネ科の草で、およそ4000万年前の第三紀中期から重要な存在になってきた」とある。恐竜退場後にスポットを浴びた、意外と新参者なのだ。これがあったから、人類はイネ・ムギ・トウモロコシなどの農耕を始められた。
ばかりでなく、ウシやブタやヒツジなど、後に家畜となる動物たちも、草に支えられている。とすると、イネ科の植物がない異星の生態はどうなるんだろう、とか考え出すと、なかなか眠れそうにない。これにゴンドワナ大陸とかの地形の影響も絡むと…
など、個々のエピソードはSF者の妄想癖を煽りまくる。お陰で読んでる途中は「あれ、これ、何の本だっけ?」と、完全に主題を忘れてしまう始末。最後の章で主題に戻るんだが、その頃にはアクの強いキャラたちの印象が強すぎて、「そういえばそういう本だった」と、主題はどうでもよくなってたり。
なにはともあれ、変な生き物や変わった風景が好きな人には、刺激的な場面が次々と出てくる、そんな本だ。
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