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2018年1月25日 (木)

ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳 3

ジェームス・ワットは、フロギストン理論(燃素理論、→Wikipedia)に基づいて、石炭で加熱される蒸気機関を発明しました。
  ――第三章 産業革命前夜 「木の時代」の絶頂と終焉
     /木材の消費者 家計を営む者の木材の節約、拡がる木材の節約

20世紀中頃、日本においては68%を下回らない国土が森で被覆されていました。これに対して、中国では、推計値ですが、それはなんとわずか8%だったのです。
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例

「国家の諸機関には規制を徹底する能力が欠けている。そして、農民は彼らの権利の喪失とともに森への関心を失ってしまった」
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例

熱帯林の伐採による森の消失が頂点に達したのは、植民地時代後のことでした。たとえば、ケニアでは独立後にその森の90%を失いました。
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /相克と(自称の)解決策

南ヨーロッパでもまた、ユーカリの植栽は19世紀にまで遡る伝統をもっています。それは、マラリア蚊との闘いの中でなされました。というのも、ユーカリは水分消費量が大きいので、マラリア蚊の巣となる湿地帯の乾燥化に役立ったからです。
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /相克と(自称の)解決策

森の保護は、その土地に長く暮らしている住民の利益・関心や法意識と少なくとも部分的にでも一致する場合にのみ、成功するのです。
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /翻って将来を展望する 森と木材の歴史における他と際立って違う六つの特性

 ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳 2 から続く。

【燃料】

 先の記事に書いたように、歴史的に木材の最大の使い道は、燃料だ。暖を取るための薪もあるが、もっと大掛かりなのもある。製鉄と製塩がそれ。

「森の木々がなければ、鉱山は、舌のない鐘や弦のないリュートと同じだ」
  ――第二章 中世、そして、近世の曙 蕩尽と規制の間にあった木材資源
     /薪の大規模消費者の勃興と第一波のフォルスト条例

 ただし、現在の石油や石炭と違い、木材には困った問題がある。やたらデカくて重いので、運ぶのが難しいのだ。今は細かく刻んだチップにして運ぶんだが、昔はそんな技術はない。だから、製鉄所は木材が手に入りやすい所に作らなきゃいけなかった。

 というのも、製鉄の利益率を決めるのは木材だから。1553年当時の帳簿によれば、木炭の経費が費用全体の3/4、対して鉄鉱石は1/12。映画「もののけ姫」でエボシ御前のたたら場は山ん中にあったけど、木材/木炭の調達を考えれば、木の多い山の中は、それなりに理屈に叶ってるわけ。

 それはそれとして。

 ここで筏流し・管流しが出てくる。切った丸太を(筏にして)川に流し、製鉄所まで運ぶわけ。ライン川の筏流しは豪勢で、幾つもの筏をつなげ、「主となる筏だけで、長さ400m、幅80mあった」って、タンカーか空母かって規模だ。おまけに筏の上に小屋を建て、旅客まで運んだというから、もはや浮かぶ町だね。

 この「運ぶのが大変」な性質が、森を守るから面白い。筏流しができる、川が近い森は荒れるけど、運ぶのが不便な所の木は、運送費がかかりすぎてモトが取れない。ってんで、山が丸裸になるのは避けられた。当時は自動車なんかなかったし。いやあ、よかった。

【森の人】

 これまた意外なんだが、「鉄の算出は、近世が始まる頃は、まだその多くが農民の副業でした」。中国は大躍進で各村に製鉄所を作ったけど、案外と製鉄そのものは小規模でもできるのだ。製品の品質さえ問わなけりゃ。

 副業ではなく本格的に森に住む人としては炭焼き職人がいるが、意外なのがガラス職人。ガラスを作るには灰が必要で、「1kgの木灰を生産するためには、なんと、平均1000kgの木材が必要」ってんだから、そりゃ木の多い森に住んだ方がいいよなあ。

 そして当然、森の住人の代表が、伐採夫、つまり木こり。力仕事のように思われるけど、実は経験と知識も必要。

 というのも、先に書いたように、木は運ぶのが大変。だもんで、「森の中で可能なかぎり丸太や板に加工された」から。加工ったって、使い道によって適切な切り方は違う。薪なら小さくするけど、建材用なら、なるたけ長く真っすぐ切った方がいいい。

 だもんで、同じ伐採夫でも木工用・建材用・薪炭用、それぞれに分業化したそうな。

 森の中で木材(丸太)を運びだすための修羅路(木造滑路)の写真があって、これがなかなかに見事。つまりは長~い滑り台なんだけど、冬には凍結して材木がよく滑ったとか。木材が滑り降りる所は、さぞかし見物だったろうなあ。

【産業革命以降】

 やがて産業革命や石炭の利用で、彼らの仕事も変わる。得物も斧からチェーンソーになり…

1960年から1970年までの間だけでも、チェーンソーの投入により、労働者一人あたりの木材生産量は約200%高まりました。
  ――第四章 高度工業化時代 材料への変質と木材のルネッサンス
     /森 工業化の時代の経済の原動力

 って、凄いね。ただ、これには、もう一つの大きな変化もあって。

 産業革命により、多くの木造製品が鉄鋼製に変わってゆく。それまでは、水車にせよ農機具にせよ、私たちが使う道具は、壊れた際に自分たちで直してた。プロに頼むにしたって、せいぜいが村の鍛冶屋ぐらいの職人さんで済んでた。

 ところが、鉄に変わると、「労働者は、自分で機械を製造することができなくなったのです」。この辺は、「ゼロからトースターを作ってみた結果」を読むと、しみじみ感じられる。とか書くと何やら知ってる風に聞こえるが、私だってハードディスクが壊れたらお手上げです、はい。

 まあいい。それで木材の需要が減るかというと逆で。例えば鉄道じゃ枕木が必要だし、19世紀末のアメリカは薪で蒸気機関車を走らせてたから、「鉄道だけで森の総伐採量の20%~25%が消費されました」。アメリカが発達した理由の一つは、恵まれた木材にあったんだね。つくづくチートな国だ。

 他にもトラックが輸送費用を安くしたり、合板や接着技術や薬剤注入などの木材加工技術の進歩、そしてパルプからの製紙と、木材の需要は増えてて、喜んでいいのか憂えるべきなのか。

【日本】

日本を観ると、木材愛好家は目を輝かせます。この「日が昇る国」は、世界でも最高の木の文化をもっています。
  ――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
     /グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例

 終盤にはヨーロッパ以外の国の事情も載ってて、日本はご覧のように嬉しい書き出し。でも油断しちゃいけない。現代日本の木材政策にはかなり辛辣で、特にスギ花粉に象徴される針葉樹造林については「経済行為としては無意味」とバッサリ切って捨ててたり。

 なんて国内だけじゃなく、外国でやらかした悪さも暴露してるから痛い。今でも7割近くを輸入で賄ってるし、これは今後も頭が痛い問題だなあ。

【おわりに】

 技術史かな、と思って読み始めたら、生物学・生態学・工学・化学などの科学はもちろん、生活史・経済史・技術史・流通史など、あらゆる方面の学問にまたがる、とんでもなく広い範囲をカバーした本だった。文章こそやや硬いものの、内容は新鮮な驚きに満ちていて、充実した時間が過ごせる本だった。

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