ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳 3
ジェームス・ワットは、フロギストン理論(燃素理論、→Wikipedia)に基づいて、石炭で加熱される蒸気機関を発明しました。
――第三章 産業革命前夜 「木の時代」の絶頂と終焉
/木材の消費者 家計を営む者の木材の節約、拡がる木材の節約20世紀中頃、日本においては68%を下回らない国土が森で被覆されていました。これに対して、中国では、推計値ですが、それはなんとわずか8%だったのです。
――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
/グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例「国家の諸機関には規制を徹底する能力が欠けている。そして、農民は彼らの権利の喪失とともに森への関心を失ってしまった」
――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
/グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例熱帯林の伐採による森の消失が頂点に達したのは、植民地時代後のことでした。たとえば、ケニアでは独立後にその森の90%を失いました。
――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
/相克と(自称の)解決策南ヨーロッパでもまた、ユーカリの植栽は19世紀にまで遡る伝統をもっています。それは、マラリア蚊との闘いの中でなされました。というのも、ユーカリは水分消費量が大きいので、マラリア蚊の巣となる湿地帯の乾燥化に役立ったからです。
――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
/相克と(自称の)解決策森の保護は、その土地に長く暮らしている住民の利益・関心や法意識と少なくとも部分的にでも一致する場合にのみ、成功するのです。
――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
/翻って将来を展望する 森と木材の歴史における他と際立って違う六つの特性
ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳 2 から続く。
【燃料】
先の記事に書いたように、歴史的に木材の最大の使い道は、燃料だ。暖を取るための薪もあるが、もっと大掛かりなのもある。製鉄と製塩がそれ。
「森の木々がなければ、鉱山は、舌のない鐘や弦のないリュートと同じだ」
――第二章 中世、そして、近世の曙 蕩尽と規制の間にあった木材資源
/薪の大規模消費者の勃興と第一波のフォルスト条例
ただし、現在の石油や石炭と違い、木材には困った問題がある。やたらデカくて重いので、運ぶのが難しいのだ。今は細かく刻んだチップにして運ぶんだが、昔はそんな技術はない。だから、製鉄所は木材が手に入りやすい所に作らなきゃいけなかった。
というのも、製鉄の利益率を決めるのは木材だから。1553年当時の帳簿によれば、木炭の経費が費用全体の3/4、対して鉄鉱石は1/12。映画「もののけ姫」でエボシ御前のたたら場は山ん中にあったけど、木材/木炭の調達を考えれば、木の多い山の中は、それなりに理屈に叶ってるわけ。
それはそれとして。
ここで筏流し・管流しが出てくる。切った丸太を(筏にして)川に流し、製鉄所まで運ぶわけ。ライン川の筏流しは豪勢で、幾つもの筏をつなげ、「主となる筏だけで、長さ400m、幅80mあった」って、タンカーか空母かって規模だ。おまけに筏の上に小屋を建て、旅客まで運んだというから、もはや浮かぶ町だね。
この「運ぶのが大変」な性質が、森を守るから面白い。筏流しができる、川が近い森は荒れるけど、運ぶのが不便な所の木は、運送費がかかりすぎてモトが取れない。ってんで、山が丸裸になるのは避けられた。当時は自動車なんかなかったし。いやあ、よかった。
【森の人】
これまた意外なんだが、「鉄の産出は、近世が始まる頃は、まだその多くが農民の副業でした」。中国は大躍進で各村に製鉄所を作ったけど、案外と製鉄そのものは小規模でもできるのだ。製品の品質さえ問わなけりゃ。
副業ではなく本格的に森に住む人としては炭焼き職人がいるが、意外なのがガラス職人。ガラスを作るには灰が必要で、「1kgの木灰を生産するためには、なんと、平均1000kgの木材が必要」ってんだから、そりゃ木の多い森に住んだ方がいいよなあ。
そして当然、森の住人の代表が、伐採夫、つまり木こり。力仕事のように思われるけど、実は経験と知識も必要。
というのも、先に書いたように、木は運ぶのが大変。だもんで、「森の中で可能なかぎり丸太や板に加工された」から。加工ったって、使い道によって適切な切り方は違う。薪なら小さくするけど、建材用なら、なるたけ長く真っすぐ切った方がいいい。
だもんで、同じ伐採夫でも木工用・建材用・薪炭用、それぞれに分業化したそうな。
森の中で木材(丸太)を運びだすための修羅路(木造滑路)の写真があって、これがなかなかに見事。つまりは長~い滑り台なんだけど、冬には凍結して材木がよく滑ったとか。木材が滑り降りる所は、さぞかし見物だったろうなあ。
【産業革命以降】
やがて産業革命や石炭の利用で、彼らの仕事も変わる。得物も斧からチェーンソーになり…
1960年から1970年までの間だけでも、チェーンソーの投入により、労働者一人あたりの木材生産量は約200%高まりました。
――第四章 高度工業化時代 材料への変質と木材のルネッサンス
/森 工業化の時代の経済の原動力
って、凄いね。ただ、これには、もう一つの大きな変化もあって。
産業革命により、多くの木造製品が鉄鋼製に変わってゆく。それまでは、水車にせよ農機具にせよ、私たちが使う道具は、壊れた際に自分たちで直してた。プロに頼むにしたって、せいぜいが村の鍛冶屋ぐらいの職人さんで済んでた。
ところが、鉄に変わると、「労働者は、自分で機械を製造することができなくなったのです」。この辺は、「ゼロからトースターを作ってみた結果」を読むと、しみじみ感じられる。とか書くと何やら知ってる風に聞こえるが、私だってハードディスクが壊れたらお手上げです、はい。
まあいい。それで木材の需要が減るかというと逆で。例えば鉄道じゃ枕木が必要だし、19世紀末のアメリカは薪で蒸気機関車を走らせてたから、「鉄道だけで森の総伐採量の20%~25%が消費されました」。アメリカが発達した理由の一つは、恵まれた木材にあったんだね。つくづくチートな国だ。
他にもトラックが輸送費用を安くしたり、合板や接着技術や薬剤注入などの木材加工技術の進歩、そしてパルプからの製紙と、木材の需要は増えてて、喜んでいいのか憂えるべきなのか。
【日本】
日本を観ると、木材愛好家は目を輝かせます。この「日が昇る国」は、世界でも最高の木の文化をもっています。
――第五章 国境を越えて見る 西欧文化以外における木材と森の生業
/グローバルな視野とコントラスト アジア諸国の事例
終盤にはヨーロッパ以外の国の事情も載ってて、日本はご覧のように嬉しい書き出し。でも油断しちゃいけない。現代日本の木材政策にはかなり辛辣で、特にスギ花粉に象徴される針葉樹造林については「経済行為としては無意味」とバッサリ切って捨ててたり。
なんて国内だけじゃなく、外国でやらかした悪さも暴露してるから痛い。今でも7割近くを輸入で賄ってるし、これは今後も頭が痛い問題だなあ。
【おわりに】
技術史かな、と思って読み始めたら、生物学・生態学・工学・化学などの科学はもちろん、生活史・経済史・技術史・流通史など、あらゆる方面の学問にまたがる、とんでもなく広い範囲をカバーした本だった。文章こそやや硬いものの、内容は新鮮な驚きに満ちていて、充実した時間が過ごせる本だった。
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