クレア・ノース「ハリー・オーガスト、15回目の人生」角川文庫 雨海弘美訳
ふたたび大きな異変が起きたのは1996年、11回目の人生でのことだった。
【どんな本?】
イギリスの人気ヤングアダルト作家キャサリン・ウエブが、正体を隠しクレア・ノース名義で出したSF長編小説。
ハリー・オーガストは、1919年1月1日イングランド北部で生まれ、すぐ孤児となる。領主の館ヒューン・ホールの使用人で子供のいないオーガスト夫婦の養子として育ち、第二次世界大戦に出征した。生還後は父の跡を継ぎ没落してゆくヒューン・ホールを守り、1989年に死んだ
…はずだったが、彼には人といささか違う運命が待っていた。なんと、再び1919年に生まれたのだ。
何度も同じ日時・場所で生まれ直す。生まれた時は普通の赤ん坊だが、物心がつく頃には以前の人生の記憶、すなわち未来の記憶が蘇ってくる。何度か人生をやり直したハリーは、同じ「体質」の仲間と出会う。そして11回目の人生の終焉の時、ハリーはメッセージを受け取った。
「世界が終わる、しかも終わる日が早くなっている」と。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2017年版」のベストSF2016海外篇で、13位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The First Fifteen Lives of Harry August, by Claire North, 2014。日本語版は2016年8月25日初版発行。文庫本で縦一段組み、本文約516頁に加え、大森望の解説5頁。9ポイント39字×18行×516頁=362,232字、400字詰め原稿用紙で約906枚。上下巻に分けてもいい分量。
文章はこなれている。内容は、ちとややこしい。SFとしたが、理科や数学が苦手でも大丈夫。多少、ソレっぽいメカが出てくるが、ハッキリ言ってハッタリだ。なので、「なんか凄い理屈の凄いメカ」ぐらいに思っておこう。
それより面倒くさいのは、時間の流れが複雑怪奇なこと。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「君の名は。」を更にひねった仕掛けがある上に、語りも時系列をシャッフルしているので、注意深く読もう。
【感想は?】
そう、とってもややこしい話なのだ。にも関わらず、不思議とスラスラ読めてしまうから不思議だ。
人生をやりなおせたら、と考える事は、ある。「あの時、ああすればよかった」と。そういう発想で書かれた物語は多い。時の流れは厳しい。だからこそ、巧くヒネれば優れたSFが生まれる。
が、人生の最初からってのは、ちと勘弁してもらいたい。いい歳こいたオトナが、小学校に突っ込まれたら、そりゃたまらん。なんだってガキどもと一緒にラジオ体操や漢字の書き取りをせにゃならんのか。とか考えると、コナン君にも少し同情したくなったり。
現代の日本なら、その程度の呑気な話で済むが、20世紀初頭の保守的な北イングランドで、使用人の倅ともなれば、更にシンドい。領主の母コンスタンスは冷酷な婆さんだし、肝心の領主ローリーは腰抜けの卑劣巻。そのクレメントはタチの悪いクソガキ。どう考えても温かい環境じゃない。
とはいえ、未来を知っていれば、いろいろと有利だ。すぐに思いつくのは競馬の勝ち馬。他にも景気の浮き沈みを知っていれば投機で稼げるし、伸びる企業を知っていれば株で荒稼ぎできる。ベトナム戦争やオイルショックなど大きな事件を知っていれば、どこの投資すればいいか判る。
おお、ラッキー。子ども時代はシンドくても、大人になって多少なりとも自由になる金があれば、豊かな人生を送れるじゃん。しかも、死ぬのが怖くない。単にリセットされるだけなんだし。
とはいかないのが、このお話の巧みな所。
なにせ、ハリーみたいな者が、わずかだが常に生まれているって設定がいい。しかも、仲間を見つけてはツルんでる。冒頭からして、1989年に死にゆくハリーに、子供が伝言を頼みに来る。この子供もハリーの同類で、見た目は子供、中身は大人…って、やっぱコナン君だなw
伝言を受けたハリーは、1919年に戻る。そして若いハリーが、老いて死にゆく仲間に伝言を伝えれば、更に過去へと言葉を伝えられる。時を越えて過去へと情報を送れるのだ。おお、賢い。なら二度の世界大戦だって阻止できる…
ともいかないのが、更に巧みな所。お陰でハリー君は、世界を終わらせないために奮闘する羽目になる。
とか書くと、正義の味方みたいな感じだが、そうでもないのがイギリス人らしいヒネリというか。なにせ見た目は若者でも、中身は数百歳の老人だ。それだけ長く生きた者が、どうなるかというと…。
長い人生の中で、ハリーは様々な人に会う。私が最も印象に残っているのは、1973年のアフガニスタンで出会うフィデル・グスマン。クーデターで王制が倒れた頃ですね(→Wikipedia)。ある意味、天職を見つけた幸運な人。科学者やエンジニアじゃ、こうはいかないよなあ。
逆に科学の進歩を加速しようとする者もいて。ソイツが語る、「電卓が省いてくれる時間」と「電卓を開発できるレベルまで技術を引きあげるのにかかる時間」を天秤にかける発想は、計算機屋にはお馴染みの悩み。
そう、道具を作るのにかかる時間と、その道具が省いてくれる時間、どっちが得かって悩み。でも、結局は、その時の気力や納期でケリがついたりするんだけど。
かと思えば、なかなか正体を現さない者もいたり。ハリーにとって身近な筈のコンスタンスも、その正体が判明するのは(いろんな意味で)終盤になってから。
若い頃に出会い、「この人は何を考えてるんだろう?」と心中が全く判らなかった人で、歳をとってから「ああ、あの人はこういう人だったのか」と腑に落ちた、そんな人って、いませんか? 解説で著者の履歴を見ると、この作品を書いたのは27歳の時。そんなに若いのに、よく書けたなあ。
謎含みながら、微妙に英国人風の人生観が漂う前半に対し、後半は娯楽色満開のサスペンスとなり、怒涛の終盤へと雪崩れ込んでゆく。ちょろっとフレッド・ホイルが出てきたりと、ソッチが好きな人には嬉しいクスグリも交え、楽しく読めた一冊。
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