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2017年12月17日 (日)

吉田親司「マザーズ・タワー」ハヤカワSFシリーズJコレクション

人類にとって開拓すべき最後の領域――それは脳と宇宙だ。
  ――p121

「固定観念とは打破するためにあるんだ」
  ――p236

【どんな本?】

 仮想戦記やライトノベルで活躍中の吉田親司による、近未来を舞台としたテクニカル・アクションSF長編。

 2036年。インドとスリランカを結ぶ“ザ・ビッグ・ブリッジ”が完成する。その中央橋塔は高さ666メートルに達し、マザーズ教団が拠点とした。女だけで構成され、難病の末期となった子供を看取る、新興宗教組織。しかし黒い噂も流れている。

 そして2038年。戦略上の拠点としての重要性を考え、インドの州軍が中央橋塔の占拠へと動き出す。その頃、四人の男たちがマザーズ教団を訪れていた。傭兵、脳外科医、臓器ブローカー、電脳技術者。この事件を機に、四人の男は人類全体の運命を担う羽目になり…

 近未来を舞台に、派手なアクションと奇矯なガジェットを壮大なスケールで描く、波乱万丈の娯楽SF作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年7月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦二段組みで本文約310頁に加え、あとがき2頁。8.5ポイント25字×19行×2段×310頁=約294,500字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。お話そのものは解りやすい。ただし、最先端または近未来のテクノロジーが次々と出てくるので、そういうのが好きな人にはたまらなく美味しいが、メカメカしいのが苦手な人には向かない。

 それと、できれば登場人物一覧が欲しかった。

【感想は?】

 豪快で爽快、疾風怒濤。乗り物大好きな男の子が大喜びするガジェット満載のテクノロジー小説。

 冒頭から豪快さは全開。なんたって、歩兵が素手で戦車の砲塔をへし折っちゃう。「Объект(オブイエークト)」だの「ウゥゥラァアァー!」だの、いきなり吹き出してしまった。

 出鱈目なお話かと思ったら、実はちゃんと仕掛けがあって、後でキチンと説明がつくんだけど、それにしても豪快すぎる。ジェルジンスキーさん、濃いキャラが揃ってるこの作品の中でも、キャラの立ち方はピカ一。

 が、この作品の最も美味しいのは、人物よりガジェット。なんたって、ジェルジンスキーを含む四人の男の目的が、アレを作ろうって話だし。

 ジェルジンスキーの砲塔破壊のタネもそうだが、彼の宿敵となる人物が使いこなすガジェットも楽しいシロモノばかり。当然、戦闘を生業とする者らしく、物騒極まりないガジェットばかりなんだが、予算が許せば私も欲しい。特にあのスーツ。

 そして表紙の中央下に出てくる、ケッタイな形の船。合衆国海軍のステルス艦(→Wikipedia)をモデルとした双胴船だ。んなモン何に使うのかと思ったら、これにもちゃんと理屈がついてた。うん、確かにそういう仕事にはピッタリだよね。費用対効果ははなはだ疑問だけどw

 やはり乗り物として楽しいのが、表紙折り返しの上にある、大型飛行機らしきもの。ロボット・アニメ大好き少年の夢を、強引な理屈で引っ張り出した血沸き肉躍るシロモノ。「後に止める奴はいなかったのかと嘲笑される」と自らツッコミを入れる潔さがいいw

 最初の舞台となる中央橋塔も、実は単なる鉄とコンクリートの塊じゃないあたりも、入念な仕込みの産物。肝心の仕掛けのアレ、今はたぶん値段の関係で、せいぜい手のひらサイズのモノにしか使ってないけど、それをこう使うかー。

 など数々のガジェットを露払いとして、四人が創ろうとするのが、SFファン大好きなアレ。これも表紙に出てるけど、そのタイプがこの作品ならではの方法なのも独創的な点。しかも、そのタイプでなきゃならない理由も、ちゃんと辻褄をあわせてあったり。かなり強引だけどw

 現実にそういう壮大なモノを作ろうとすると、その中心となって動くのは、今までは国家だった。が、最近は、ビル・ゲイツがマラリアのワクチンの開発に資金を出してたり、Xプライズ財団が先端技術のコンテストをやったりと、大きな資産や影響力を持つ個人や民間団体が主導する事が多くなってる。

 そういう今世紀の風潮を敏感に捉えたのか、鈍重な組織が中心となるのではなく、行動力に溢れた個人が引っ張っていくのが、この作品のもう一つの特徴。そもそも、創る動機からして、やたら個人的なシロモノだし。

 それだけに、官僚同士のウザい駆け引きはスッ飛ばし、それぞれの要点に位置する人々との取引で話が進むあたりが、この著者の味なんだろう。そうする事で、トンガったガジェットの登場場面も増えたし。

 加えて、肝心のブツに関しても、冒頭の場面からシェフィールドやニーヴンなどへのオマージュが詰まっており、SF者としては嬉しい限り。特にクラークに比べ冷たい扱いをされがちなシェフィールドの発想を、うまいこと蘇らせてくれたのにもニンマリだ。

 はいいけど、そのネーミングは、色々と不吉じゃね? 「どうしてこうなったのかはわからない」と言われる代表だろうにw

 などと、愉快な連中と個性豊かなメカやガジェットが次から次へと登場して見せ場を作り、テンポよく物語が転がってゆく、メカ好きにはとっても心地よい作品だった。おまけに終盤では更に風呂敷が広がり、これぞSFの王道と喝采したい仕上がり。気持ちよく爽快なSFが読みたい人には格好のお薦め。

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