ロバート・J・ソウヤー「さよならダイノサウルス」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳
「ぼくはここ。ほかのはあそこ。3.1415と同じくらい簡単」
――p88「ぼくたちも、ここの生物のためにこの場所へきた」
――p216
【どんな本?】
カナダの人気SF作家ロバート・J・ソウヤーによる、恐竜娯楽SF長編。
ブランドン・サッカレーとクリックス・マイルズは、古生物学者だ。二人は、物理学者チン=メイ・ファンが開発したタイムマシンで、世界初の時間旅行に出かける。目的時は、6500万年前、白亜紀末期。恐竜が絶滅した頃だ。
乏しい予算をやりくりした末に実現した時間旅行だけに、人員も装備も貧弱だが、二人は運よく目的時に辿りつく。落葉樹の森があり、ヌマスギもそびえたっている。しかも、歩いているのは…ティラノサウルス! だが、喜びもつかの間、二人は予想もしない事態に直面し…
なぜ恐竜は滅びたのか。なぜ白亜紀と第三期の境界層にイリジウムが豊富なのか。なぜプロントサウルスなどの巨大な恐竜が存在し得たのか。
自由奔放なアイデアで読者を翻弄しつつ、恐竜の繁栄と絶滅に関する様々な謎に、奇想天外な発想で巧妙な解を与える、恐竜ファン待望の娯楽作品。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は End of an Era, by Robert J. Sawyer, 1994。日本語版は1996年10月31日発行。文庫本で縦一段組み、本文約326頁に加え、訳者あとがき8頁。8ポイント42字×18行×326頁=約246,456字、400字詰め原稿用紙で約617枚。文庫本としてはちょい厚め。
文章はこなれていて読みやすい。内容は…まあ、あれだ。恐竜ファンのためのお話なので、恐竜について多少の知識はあった方がいい。とはいっても、ティラノサウルスとトリケラトプスの違いがわかる程度で、充分に楽しめる。
【感想は?】
男の子は怪獣が好きだ。そして、恐竜は本当に生きていた怪獣だ。だから男の子は恐竜が好きだ。
なんたって、あんなデカい生き物が、ノッシノッシと地上を歩いていたってのにワクワクする。しかも、忽然と姿を消してしまった。その鮮烈で謎診満ちた退場も、男の子の野次馬根性を刺激する。
これは、そんな(元)男の子のための、とっても楽しくてワクワクゾクゾクする物語だ。実際、表紙にあるように、様々な恐竜が続々と登場しては、彼らの暮らしを披露してくれる。しかも、いきなり暴君ティラノサウルスだ。でも、なんか様子が変だぞ?
次に登場するのは、トロエドン(トロオドン)=ステゴニコサウルス(→Wikipedia、→Google画像検索)。体長1.5~2mぐらいだが、俊敏で賢かったとされる。他にも、石頭なパキケファロサウルス(→Wikipedia)、駝鳥みたいなオルニトミムス(→Wikipedia、→Google画像検索)など、白亜紀末期にいた恐竜たちが姿を見せる。
そういう点では、終盤の恐竜大攻勢がサービス満点。パラサウロロフス(→Wikipedia)が吠えまくり、みんな大好きトリケラトプス(→Wikipedia、→Google画像検索)が迫力ある突進を披露する。既に滅びている筈の巨大なブロントサウルス(→Wikipedia)も出てくるが、これはご愛敬。
など、私のなかの男の子がはしゃいで仕方がない見せ場ばかりでなく、SFとしてもキッチリ設定を詰めているのも、嬉しいところ。とはいえ、そこはロバート・J・ソウヤー、普通じゃ思いもつかないケッタイなアイデアで、幾つもの謎に辻褄の合った解を出してくれてるのが、もう一つの読みどころ。
その謎とは…
- 恐竜はなぜ絶滅したのか。
- 白亜紀と第三期の境に、なぜイリジウムが豊富な層がなぜあるのか。
- プロントサウルスなどの巨大な恐竜が、なぜ存在し得たのか。
- 多くの巨大な恐竜が絶滅したのに、環境変化に敏感なカエルがなぜ生き残ったのか。
などに加え、今なお我々を苦しめるアレや、太陽系のナニまでバッサリと解いてしまう。加えて、この作品の成立に欠かせない時間旅行まで。
さて。謎1.と謎2.は、天体が地球に激突したため、との説をよく聞く。重い元素であるイリジウムは、天体の表面に少なく、中心に近い所に多い。単に重いから沈む、と考えていい。恐竜が絶滅した6500万年前ころの地層に、このイリジウムを豊かに含む薄い層がある。それも、世界各地で。
そこで、こんなシナリオが考えられた。6500万年前ころ、天体が地球に衝突した。天体は中心にあるイリジウムを地上にまき散らす。また衝突の衝撃で大気中に大量の塵が舞い、これが雲となって陽光を遮り、または逆に熱を吸収して温暖化を進める。
いずれにせよ、地表の気候は一変し、食物連鎖の頂点にいた地表や浅海の大型動物は絶滅し、底辺に近い小型の生物や、大きな変化を受けなかった深海の生物が生き延びた。
が、だとすると、謎4.が残る。比較的に環境変化に敏感なカエルが、なぜ生き延びたのか。
などの恐竜絶滅の謎を、SFらしい大らかな大法螺でケリをつけるのが、この作品の楽しい点。その仕掛けこそ大法螺もいいところだが、地磁気の逆転や月の自転周期など、細かい描写をキッチリと詰めつことで、巧くリアリティを醸し出している。
肝心の恐竜の描写も、温血説や羽毛説など、(当時の)最新のトピックを折り込み、色鮮やかな姿が見れるのも楽しい。
とかの理屈はともかく。私としては、トリケラトプスの突撃が見られただけでも幸せ。やっぱりカッコいいじゃないか、あの角とフリル、戦車みたいで。
みんなが気になる科学上の謎に、奇想天外な大法螺でケリをつけるばかりか、とんでもない大風呂敷を広げて読者を煙に巻く、SFならではの醍醐味がたっぷり詰まった楽しい作品。リラックスして楽しもう。
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