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2017年12月24日 (日)

ベルナール・ヴェルベール「タナトノート 死後の世界への航海」NHK出版 榊原晃三訳

もしわたしが死んでいたら、彼らはもっと悲しんだだろうに。そして、わたしはあらゆる美点を一挙に獲得していただろうに。
  ――第一期 アマチュアの時代

「円を描き、そのまま鉛筆を紙から離さないで円の中心点を書くことができるかね?」
  ――第一期 アマチュアの時代

あることについて何ひとつ知らない場合は、さほど疑問は起こらない。だが、ひとたび解釈のきっかけをつかんでしまうと、なんとしてもすべてを知りたくなる。
  ――第二期 先駆者たちの時代

人は、友は選べても、家族は選べないものだ。
  ――第二期 先駆者たちの時代

宗教は毒にも薬にもならない。ただ生き残りを図っているだけだ。
  ――第二期 先駆者たちの時代

人に仇なした者は、自分の犯した行為のためにその相手を恨むのだ。
  ――第二期 先駆者たちの時代

大規模な戦争は、必ず善の名においてはじめられ、決して悪の名が語られることはない。
  ――第三期 プロフェッショナルの時代

【どんな本?】

 フランスの奇想作家ベルナール・ヴェルベールによる、近未来を舞台とした長編SF小説。

 21世紀後半、フランス。ミカエル・パンソンとラウル・ラゾルバックは、幼い頃から「死」に憑かれていた。死とは何か。人は死んだらどうなるのか。死後の世界はあるのか。そこはどんな所なのか。多くの書物を漁るが、その正体は掴めない。

 そして年月は過ぎ、ミカエルは麻酔医に、ラウルは冬ごもりを研究する教授となる。

 フランス大統領リュッサンデールは、テロリストに襲われる。生と死の狭間で、彼は不思議な経験をする。己の心霊体が肉体から離れてゆくのだ。いわゆる臨死体験である。

 幸か不幸か命をとりとめたリュッサンデールは、一つの計画を始める。人類にとって、「死」は未知の世界だ。ならば、「死」を征服しよう。その計画は、麻酔医ミカエルと教授ラウルを巻き込み、密かに進み始めた。

 この研究は、世界に大きな騒ぎを巻き起こし…

 メソポタミア,日本,マヤ,チペア・インディアン,リグ・ベーダなど世界各国の神話・伝説、聖書やコーランや仏典などの宗教書、論語や葉隠やカバラなどの思想書・哲学書など、古今東西の多くの書物から生死に関する文章を引用しつつ、奇想天外な発想と気の利いたフレーズで読者の頭脳を揺さぶる、奇妙奇天烈な長編SF/ファンタジイ小説。

 なお、英語版 Wikipedia によると、この作品は五部作の開幕編らしい。が、日本語版では続きが出ていない。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Les Thanatonautes, par Bernard Werber, 1994。日本語版は1996年9月25日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約660頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×20行×660頁=約594,000字、400字詰め原稿用紙で約1,485枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの巨大容量。

 文章はとてもこなれている。内容もわかりやすい。SFとはいっても、ケッタイなアイデアを楽しむ本なので、理科が苦手な人でも大丈夫。どころか、この作家、ハッキリ言ってメカ描写は悲惨なので覚悟しよう。21世紀後半が舞台なのにカセットテープとか。

 どうでもいいがこの作家、名前の日本語表記がバラバラなのは困りもの。ベルナール・ウエルベル,ベルナール・ウェルベル,ベルナール・ヴェルベール。また韓国じゃ外国作家としては人気ナンバーワンで、J・K・ローリングより売れてるそうです(→中央日報)。

【感想は?】

 カオスというかサラダボウルというか。変な方向の教養と悪趣味なコメディのカクテル。

 文庫本三冊分なんてやたらと長いお話だ。しかも、構成は単純で、過去から未来に向かい一直線で進む。が、意外と読んでて飽きない。

 それはストーリーが波乱万丈で、語り口が微妙にユーモラスなためもあるが、もう一つ、この作家お得意のテクニックが功を奏しているから。

 まず、文章を数頁程度の短い段落に分ける。そして、その合間に、色とりどりのものを挟んでゆく。それは未来の「歴史の教科書」だったり、「警察のリスト」だったり。加えて効いているのが、古今東西の神話・伝説・思想書などの引用。

 この引用が、よく調べたなと感心するぐらい、バラエティに富んでいてマニアック。

 フランス人だから聖書やギリシャ神話やパスカルのパンセは当然としても、ギルガメシュ叙事詩,ラップランドのサーミ人の神話,ヒンドゥーのウパニシャッド,アステカ神話,アマゾンの神話,仏典,論語,葉隠,マヤ神話,古事記,ケルト神話,ルバイヤート…と、好き者は涎が止まらないラインナップ。

 こういった思わせぶりな引用で「何かあるな」と感じさせながらも、登場人物はデフォルメが効いていて、お話はコミック・タッチなあたり、どこまで本気でどこから冗談なのか、なんともクセ者で正体が掴めない。

 そもそも臨死体験で死後の世界を探ろうって所からして、もう怪しさビンビン。懐疑主義の人は、とりあえず主義を脇に置いて読もう。ある意味、馬鹿話でもあるし。

 なにせ死を探ろうって研究だ。しかも大統領のキモ入り。となれば、バレたら大騒ぎになる。ってんで、最初は秘密裏にコソコソ実験を始める。この秘密の研究室の雰囲気が、いかにも古臭いホラーな感じながら、妙に貧乏くさいのがなんともw

 が、しかし。壁に耳あり障子に目あり。世間は目ざとく秘密を嗅ぎつけ、やがて大騒ぎとなる。この騒ぎの中での公開実験のあたりから、著者の悪ノリっぷりはエンジンがかかってくるので、お楽しみに。確かに公開実験はいいけど、あんまりにも雑すぎるだろw

 彼ら「死」を探検する者たちが、書名にもなっているタナトノート。少しづつ、死のベールを剥ぎ取り、タナトノートたちは死後の世界の実態を明らかにしてゆく。その度に、彼らの発見は、世間に嵐を巻き起こし、世の人々は右往左往する。

 当然ながら、計画を進めた大統領リュッサンデールの支持率も激しく乱高下を繰り返すんだが、それより面白いのは宗教界の反応。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教のアブラハム三兄弟はもちろん、仏教・神道・道教・サンエントロジーと、全方面に喧嘩売りまくり。

 にしても、熾天使、それでいいのかw

 と、宗教界には大嵐が吹き荒れ、世の人々も新しい発見に悲喜こもごもな風潮の中、肝っ玉母ちゃんで押し通したり、機を見るに敏なビジネスマンとしてひたすら商売に精を出す、ブレない人たちもいたり。このあたりも、著者の正体が掴めない所だったり。

 といった矛盾を抱えながらも、著者の悪ノリは終盤で更に調子に乗り、意外なというかやっぱりというか、ソノ手の連中まで乱入してきて、もはや何が何だか。なんじゃいコマコーラってw この辺は、一時期の筒井康隆を思わせる、悪趣味で風刺の利いたギャグが次々と炸裂するので、ちょっと通勤電車の中では読めない。

 ただし、幾つかの面で考証は酷いので、そこは覚悟しよう。1994年の作品ながら、相対論なにそれ美味しいのってな科学考証、21世紀後半でもビデオデッキな技術考証、やはり未来でもワルがカセットデッキでAC/DCな時代考証。せめてそこはRUN-DMCの Walk This Way で(←たいしてかわらん)。

 怪しげで思わせぶりな大量の引用と、気の利いたフレーズ、悪趣味でコミカルな社会風刺、そして奇想天外なアイデアの数々。「変な小説」ではあるけど、読みやすさは抜群。そういう変わったモノが好きな人向け。

 ただし、「ちょっとウェルベルを味見したい」って人には、「」か「星々の蝶」の方がいいかも。「変てこさ」で「」、短さで「星々の蝶」がお薦め。

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