« バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2 | トップページ | アイラ・レヴィン「ローズマリーの赤ちゃん」ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳 »

2017年12月11日 (月)

バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 3

支配者の不名誉は、世界史のなかではさほど大きな事件にはならないが、政府の不名誉は傷を残す。  ――五章 ヴェトナム戦争 6 離脱(1969-1973)

 バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2 から続く。

 この本、なかなか気の利いた文章や台詞が多いんで、テーマごとにまとめてみた。

【権力】

権力を取得する過程は、権力を求める人間を堕落させ、残酷にする様々な手段を使う。その結果、彼は目がさめて、権力を手にしているのは、徳――あるいは道徳的目的――を失うという代価を払ったためだと知るのである。
  ――三章 法王庁の堕落 4 戦士 ユリウス二世(1503-1513)

 ルネサンス期の法王を描いた三章から。いずれの法王も買収や脅しなど、汚い手口で法王に上り詰めた。仮に最初は高邁な目的を持っていたとしても、権力を握る中で汚い手に染まり切ってしまう。いざ権力を使う段になっても、もう元には戻れない。

 これは別に法王に限らず、政府でも企業でも、ほぼ全ての組織に言える事だろう。じゃどうすりゃいいのかと言われると、うーん。私は情報公開が予防策として効果があると思うんだけど、どうでしょうね。とまれ、統治ってのはなかなか厳しいもので…

「あなた方は権力を揮うことはできるかもしれないが、抵抗する人々を治めることは決してできないものです」
  ――四章 大英帝国の虚栄 3 満帆の愚行(1766-1772)

 と、治められる側も大人しく黙っているわけじゃ…

【政治】

愚かで腐敗した体制は、ふつう全国規模の動乱か解体なくしては改革できないものである。
  ――三章 法王庁の堕落

 と思ったけど、いったん確立しちゃった権力ってのは、なかなか倒れないもんなんです。北朝鮮の金王朝もなかなか倒れそうにないし。

彼らの顕著な三つの態度――教区民のいや増す不満を忘れ、私益の増加を第一に考え、不可侵の地位にあるという幻想を抱いたこと――は、愚行のいやし難い特質である。
  ――三章 法王庁の堕落 6 ローマの略奪 クレメンス七世(1523-1534)

 これまた権力者にありがちな態度。つまりナメきってたんだな。

政府が金で買った支持の上にあぐらをかいているとき、真の政治的自由は死文になっている
  ――四章 大英帝国の虚栄 2 「行使できないとわかっている権利を主張して」(1765)

 これは腐敗選挙区を示したもの。

ひとたび政策が決定され、実施されると、あとに続くすべての行為はそれを正当化する努力と化す
  ――五章 ヴェトナム戦争 1 胚子(1945-1946)

 これもよくあるパターン。特に政策の規模が大きいほど、政権は頑固になりがち。政権交代があり得る民主主義の優れた点が、これだろう。新政権は前政権の政策をチャラにしても、メンツは潰れないし。

依存関係においてはつねに、倒れるぞ倒れるぞと脅すことによって、被保護者のほうが保護者を支配することができる。
  ――五章 ヴェトナム戦争 3 保護政権を作る(1954-1960)

 この本では南ヴェトナムと合衆国政府の関係だけど、「アメリカの卑劣な戦争」によれば、21世紀でもイエメンで似たような泥沼にハマっていたとか。懲りないなあ。でもこの関係、別に外交に限らず、個人と個人の関係でもありがちだったり。

「外交政策の決定は、一般に国内政策の場合より不合理な動機に左右される事が多い」
  ――五章 ヴェトナム戦争 5 大統領の戦争(1964-1968)

 ヴェトナムじゃ評判の悪いリンドン・ジョンソンだけど、公民権や社会保障などの内政じゃ、優れた手腕を発揮してる。思うに国民の多くは自分に関りが深い内政に強い関心があり、外交には関心が薄いんで、選挙への影響が少なく、だから政治家も外交は軽く見ちゃうのかも。

愚行は、たえざる過剰反応からはじまる。すなわち、危機に瀕した「国家の安全保障」の創作。「極めて重要な利益」の創作。「約束」の創作。
  ――五章 ヴェトナム戦争 6 離脱(1969-1973)

 先にも書いたけど、私が情報公開を重視する理由がコレで。ウソがすぐバレる体制なら、この手の創作は難しいだろう、と。その代わり、国民の方も、政治家が「すまん、間違ってた」と態度を改めた時に、強く責めず「しゃーない」と許す懐の深さが必要なんだけど、はてさて。

【軍事】

 ニワカとは言え軍ヲタだけに、軍事関係にはついつい目が張り付いてしまう。

「ひとたび戦争に突入したら、安上がりな戦争の仕方というものはない」
  ――五章 ヴェトナム戦争 2 自己催眠(1946-1954)

 この手の誤算はキリがなくて。アフガニスタンもイラクも、最初は楽勝って雰囲気だったのに、結局は泥沼にはまり込んだ。太平洋戦争も、最初は1~2年でケリがつくはずが、結局は総力戦の末に満州も太平洋諸島も失う羽目に。第一次世界大戦も…。

 「クリスマスには帰れる」は、嘘と相場が決まってるんです。

「戦争が限定戦争かどうかは、相手側による」
  ――五章 ヴェトナム戦争 5 大統領の戦争(1964-1968)

 この本ではヴェトナム戦争の話だけど、太平洋戦争もモロにそういう発想だった。敵が自分と同じように考えるなんて思っちゃいけません。

【思い込み】

 と書いていくと、まるで権力者だけを責めているように思えるけど、実は自分にも当てはまる言葉がけっこうあるよね、と気づいたのは、半分ぐらい読み終えてから。というのも。

 馬鹿なことをした経験は、誰だってある。それが一過性の事ならいいが、いったん吐いちゃった言葉に捕われ、意地になってしがみつくなんてのも、私は何回かある。そういう黒歴史を、容赦なくえぐるから、この本は厳しい。

感情に走る癖は、つねに愚行を生み出す源となる。
  ――四章 大英帝国の虚栄 4 「レハベアムを思い出せ!」(1772-1775)

 はいはい。嫌いな奴に同意するのが嫌で無理して反対に回ったりね。で、いったん旗色を明らかにすると…

しみついてしまった考え方にしがみついて反対の証拠を無視するのは、愚行の特徴となる自己欺瞞のもとである。
  ――四章 大英帝国の虚栄 5 「…病気だ、精神の錯乱だ」(1775-1783)

「事実で私を混乱させないで」
  ――五章 ヴェトナム戦争 4 「失敗と縁組みして」(1960-1963)

 と、明らかな証拠が出てきても、なかなか認めなかったり。どころか…

強い信念に対して客観的根拠が反対を唱えた場合(略)その結果は「認識の硬直化」である。
  ――五章 ヴェトナム戦争 5 大統領の戦争(1964-1968)

 「認識の硬直化」というと難しそうだが、つまりは余計に片意地を張るようになるわけ。陰謀論やエセ科学にハマってる人に事実を突きつけても、より頑なになるだけで効果がないのも、そういう事なんだろう。

愚行の実行者も時折、自分たちはばかなまねをしていると自覚しているのだが、決まった型を打ち破ることができないのである。
  ――四章 大英帝国の虚栄 5 「…病気だ、精神の錯乱だ」(1775-1783)

 と、自覚がある場合でも、なかなか態度を変えるのは難しい。政治家なら支持率が下がれば態度を変える事もあるが、個人が悪癖から抜け出すのはなかなか。こういう傾向は「まちがっている」や「確信する脳」でも扱ってて、ヒトが意見を変えるのは、とにかく難しいのだ。

【おわりに】

 などと、最初は「うんうん、偉い人の話だよね、私にゃ関係ねえや」と思ってたら、強烈なカウンターを食らってしまった。読みごたえはあるが、それだけの価値もある本だ。

【関連記事】

|

« バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2 | トップページ | アイラ・レヴィン「ローズマリーの赤ちゃん」ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳 »

書評:歴史/地理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 3:

« バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2 | トップページ | アイラ・レヴィン「ローズマリーの赤ちゃん」ハヤカワ文庫NV 高橋泰邦訳 »