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2017年12月10日 (日)

バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 2

政治問題に関する警告は、受け手がそれとは別のことを信じたいと思っている場合には、徒労に終わる。
  ――四章 大英帝国の虚栄 4 「レハベアムを思い出せ!」(1772-1775)

 バーバラ・W・タックマン「愚行の世界史 トロイアからヴェトナムまで」朝日新聞社 大社淑子訳 1 から続く。

【二章 愚行の原型】

 かの有名なトロイアの木馬(→Wikipedia)がテーマ。なにせパリスの審判(→Wikipedia)に始まる半ば神話であり、ちと歴史とは言い難い。

 「これは孔明オデュッセウスの罠だ」と諫めたが蛇に絞め殺されるラオコーン(→Wikipedia)、予知能力はあるが信じてもらえない呪いを受けたカッサンドラ(→Wikipedia)など、テーマと関係ありそうなネタもある。

 が、それ以上に、「イリアス」(→Wikipedia)「オデュッセイア」(→Wikipedia)「アエネイス」(→Wikipedia)の紹介といった感が強い。

 にしても、カッサンドラの特殊能力、ライトノベルのネタに使ったら面白そう。でも、まずもって明るい話にはなりそうにないのがツラい。

【三章 法王庁の堕落】

「神が私に法王職を与えたもうた――だから、それを享受するとしよう」
  ――5 プロテスタントの勃興 レオ十世(1513-1521)

 この章ではルネサンス期の法王6人に、腐敗しきった行いを描く。この章もある意味じゃ浮いていて、確かに6人と集団ではあるが、それぞれの法王は個人で決定を下している。

 先の引用が示すように、暗殺するわ美食に凝るわ人事は身びいきだわ愛人は持つわ戦争は指揮するわと、皆さんやりたい放題だ。そりゃルターもキレるよ。この印象は今でも尾を引いてるし。

【四章 大英帝国の虚栄】

 この本の本番と言えるのは、第四章以降。ここの主人公は18世紀の大英帝国。植民地アメリカから無謀な税をむしり取ろうとして反発を食らい、独立戦争へと追いやってしまう。

 期待できる税収より、それを集める費用のほうが高くつく、つまり赤字の税制に、なぜ大英帝国は拘ったのか。理由は幾つかある。優越意識、植民地への侮り、アメリカへの無知…。が、結局は、振り上げたこぶしをおろせないメンツの問題みたいだ。

 などの本論より、当時の英国の政治制度が意外。なんと、「統治の専門職というものは存在しなかった」。大英帝国を仕切る貴族の皆さんは、娯楽や社交が本業で、政治は片手間だったのだ。よくそれで国が保ったなあ。

 ちと、どころか、やたら腹が立つのが、次のくだり。

新しい挑発は、1766年の年間軍隊宿営法となって現れた。(略)
このなかには、植民地議会が(植民地に駐屯する)正規軍の宿舎と、蝋燭、燃料、酢、ビール、塩などの軍隊用生活必需品を供給する、という一箇条が入っていた。
この規定が(略)憤怒を買うだろうということは、(略)議会にはすぐにわかったはずだ。
  ――四章 大英帝国の虚栄 3 満帆の愚行(1766-1772)

 英国はアメリカに軍を送る。その軍の費用はアメリカが払え、とする法だ。これにアメリカは猛反発する。なんで俺たちを押さえつける奴らを俺たちが養わにゃならん? 当たり前だね…

 と思ったら、似たような真似されて大人しく従ってる国があるんだよなあ(→日本経済新聞)。これじゃ同盟国どころか植民地未満だぞ。

【五章 ヴェトナム戦争】

連続五人の大統領の任期を通じてアメリカはヴェトナムで大変な苦闘を続けたが、この問題に関して、無知は弁解としては使われたものの、真の要因ではなかった。
  ――1 胚子(1945-1946)

 と、これまた意外な見解で始まるヴェトナム戦争編。「ベスト&ブライテスト」とは少し違い、ホワイトハウスは実情を知り得た、と言う。

 確かに1950年代は、再度インドシナの植民地を取り戻そうとするフランスに引きずられた感はある。が、その前、太平洋戦争中は、アメリカがベトナムの対日抵抗組織に武器や医薬品を与えていて、これが「マラリアと赤痢に苦しむホー・チ・ミンの命を救った」。北と手を組む余地はあったのだ。

 にも関わらず戦いを引き継いだ原因は、共産主義への恐れだとしている。悪名高いドミノ理論(→Wikipedia)だ。が、同じ東側でも、モスクワと一線を画そうとしたユーゴスラヴィアのチトーとは巧く付き合えた。変な話である。

 この本では、中国の共産主義に加え黄禍(→Wikipedia)の悪い印象が重なった、としている。アメリカでも、黄禍論はあるんだね。加えて、ジョン・フォスター・ダレス(→Wikipedia)が熱心に反共産主義を売り込み、これが功を奏した、とも。

 この戦争で失われた人命は置いて、カネも相当なものだ。「合計千五百億ドル」としている。ちなみに Google で調べると、1985年当時のヴェトナムのGDPは約140億ドル。どう考えても、そのカネで北を買収した方が安上がりで利益も大きかったよなあ。

買収と言うと印象が悪いけど、経済援助と言い換えればいい。当時のヴェトナムが必要とするモノは幾らでもあった。太平洋戦争で耕地も交通網もズタズタ、工業は未発達で、農民は借金と暴利に苦しんでいる。金利の安い金融機関を作るだけでも、だいぶ農民の助けになったはず。

 などの美味しいエサを見せて、西側への寝返りを求めても良かっただろうに。まあ、後知恵ですが。

 「ベスト&ブライテスト」だと、悪いニュースに対してケネディ政権は「アーアー聞こえない」な態度だったとあるが、意外とそうでもない。国防長官のマクナラマを始め、公的使節団は「何度もサイゴンを往復させられた」。それなりに気にしていたし、情報も欲しがっていたのだ。

 ある意味、彼らのお思惑は、太平洋戦争末期の大日本帝国に似ている。やられっぱなしで手打ちを持ち出せばナメられて不利だ。そこで一発カマし相手の足元がグラついた所で話を持ち掛けようって腹だが、「妥協のために戦争を終わらせるのは、この上なく困難」なのだ。

 ケネディ,ジョンソン,ニクソンと続いた面々は、決して愚かではなかったし、現実から目を背けるヘタレでもなかったと、私は感じた。というのも、いずれも有権者の支持率には素直に耳を傾け、適切な対応を取っている。酷い話に思えるが、アメリカの世論もヴェトナムを軽く見ていたようだ。

 それでも反対運動はあったんだけど、デモが過激で暴力的だったり、愛国心を失っていると感じさせたりで、労働者たちに嫌われ憎まれてしまう。政治運動ってのは、普通の人を敵に回しちゃいけないんですね。逆に気に食わない政治運動する者にレッテルを貼って貶める手口もよくあるけど。

【おわりに】

 すんません、次の記事で終わります、たぶん。

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