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2017年12月20日 (水)

鳥井順「アフガン戦争 1980~1989」第三書館パレスチナ選書

遊牧民の中で主流を占めるヒンドゥークシ山脈南部山麓の遊牧民は、冬季はパキスタンで過すのが特徴である。(略)春の彼岸の頃、アフガンの涼しい夏営地を求めて移動を始める。彼らには国境がないのと同じで、国家の統治下に入らないのが常である。
  ――第一章 アフガニスタンという国

戦争間を通じてソ連軍が実施した対ゲリラ戦全般をよくよく観察してみると、意外にも“ゲリラに対して地上からは積極的に攻撃しない”という特徴があることに気付く。
  ――第八章 ソ連軍の対ゲリラ戦闘(前期)

そもそも、文明の発達度に大きなギャップがあり、かつ文化・思想等が全く異なる発展途上国に先進国が現代的軍隊を投入する場合には、緒戦から圧倒的な兵力を投入するのが軍事常識である。
  ――第九章 ソ連軍の問題点

【どんな本?】

 今でも内乱が続くアフガニスタン。そのきっかけは、1980年に始まったソ連のアフガニスタン侵攻である。1989年まで続くソ連軍の戦いは、やがて東欧に続きソビエト連邦までも崩壊させた。

 戦場となったアフガニスタンとは、どういう所か。そこにはどんな者が住み、どんな暮らしを営んでいたのか。なぜソ連はアフガニスタンに侵攻したのか。ソ連軍と抵抗軍はどんな目標を掲げてどのように戦ったのか。新鋭装備を持つソ連軍が、なぜ苦戦したのか。そして、国際社会はどう反応したのか。

 各国の公式発表や新聞記事はもちろん、軍の論文誌に至るまで、多様な資料を駆使し、混乱のアフガニスタン戦争を分析する専門書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1991年11月1日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで約458頁、うち本文は約376頁。資料編の付録が80頁近い本格的な研究書。9ポイント44字×18行×458頁=約362,736字、400字詰め原稿用紙で約907頁。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 軍事物の専門書のわりに、文章はこなれている。内容も専門的ではあるが、Google や Wikipedia の助けを借りれば、素人でもついていけるだろう。なんといっても、兵器やアフガニスタンの地形が、調べればすぐにわかるのは嬉しい。

 ただ、若い人は、当時の国際情勢を知らないと、国際社会の動きがピンとこないかも。

 まず、当時の中央アジア諸国は、ソ連領だった。トルクメニスタン・ウズベキスタン・キルギス・タジキスタン・カザフスタンがそれ。イエメンも、南イエメンと北イエメンに分かれていた。イランは1978年まで親米の王国だったが、1979年に革命が起きて現体制に変わった。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 第一章 アフガニスタンという国
    広漠たる山の国/戦術的視点からの地形分析/民族・部族のモザイク国家/農業主体の経済
  • 第二章 英露角逐の舞台
    王国の独立/対英戦争/ロシアの南下/英露角逐による国境線の確定/遅れた近代化/安定と停滞/ソ連勢力の浸透/共和革命
  • 第三章 ソ連の衛星国化と内戦の発生
    タラキー政権の成立(四月革命)/政権内の対立抗争/反政府活動の発生/反乱の拡大・激化/反乱拡大の原因/内戦下のカブールの表情/ソ連の共産政権支援/ソ連の衛星国化/政府軍をバックアップするソ連軍/周辺諸国の懸念/アミーン政権の成立/激化する内戦の様相/道路網の麻痺/ソ連のテコ入れ/イランをにらむソ連/アミーン、ソ連離れか?
  • 第四章 ソ連の侵攻作戦
    ソ連の動向判断/アフガンの戦略的価値/決心とその動機/誰が決断したのか?/先遣部隊の事前配置/カブール空港降着作戦/カルマル政権の樹立/主要地方都市への降着作戦/地上侵攻作戦/空軍の作戦及び輸送支援/ソ連の侵略名目/米国の猛反発と制裁/関係諸国の反応と対処/ソ連非難の大合唱
  • 第五章 反政府勢力のゲリラ活動
    ムジャヒディンの高い士気の根源/乱立する反政府グループ/ムジャヒディンの総数は?/ゲリラ派閥の構成/ゲリラ派閥間の対立抗争/統一戦線への試行錯誤/ムジャヒディン・イスラム同盟の結成/貧弱な武器装備/前期におけるゲリラへの武器援助/ムジャヒディンのゲリラ戦術/都市におけるテロ活動/困難な対空戦闘/対装甲車戦闘/巧妙な地雷戦/国土の大半を支配したゲリラ
  • 第六章 ソ連の傀儡カルマル政権
    親ソ政権内の内部抗争/パルチャム派独裁体制の確立/国民の支持獲得工作の限界/兵士の脱走と寝返り/徴兵の強化/政府軍の数的戦力(84年)/民兵組織の拡充努力/破壊された行政と経済/鉱産物の収奪/難民のパキスタン・イラン流入
  • 第七章 ソ連軍の戦力
    ソ連軍の総兵力は?/部隊識別の困難性/陸軍部隊の編制及び展開/優良な舞台装備/空軍の戦力/航空基地等の整備/恒久的軍事・交通施設の建設/同盟国軍の増援
  • 第八章 ソ連軍の対ゲリラ戦闘(前期)
    当初の作戦砲身/首都及び主要都市の保持/幹線道路の確保/パンジシール掃討作戦の不成功/激烈な航空攻撃/化学剤の使用/ゲリラと住民の隔離/聖域からのルート遮断/ワハン回廊の実質的併合/前期までのソ連軍の損害推定
  • 第九章 ソ連軍の問題点
    兵力の不足/不慣れな対ゲリラ・山地戦/戦術的思考の硬直性/固執した乗車戦闘/兵士の低い士気/規律の弛緩/政府軍への信頼感の欠如/アフガン国民との遊離
  • 第一〇章 ソ連軍の改善努力
    対ゲリラ戦術・先方の改善努力/実戦的な訓練の徹底/部隊改編と兵器実験/車両縦隊の防護対策/対地雷戦法の開発/工兵偵察の模範例/空中機動作戦の多用/空輸の活用/地対空ミサイル対策/士気高揚の努力/アフガン勤務は出世コース/軍規の維持施策/アフガンのソ連化政策の推進
  • 第一一章 勝利なき戦い(後期)
    85年の三つの大規模作戦/ソ連軍の作戦方針の変更/ゲリラの都市攻撃/対ゲリラ武器援助とパキスタンの対応/スティンガーの出現/ゲリラの戦術・戦法の変化/パキスタンに対する破壊工作/苦戦を認めたソ連
  • 第一二章 ナジブラ政権の国民和解政策
    ナジプラ政権への交代/実効なき国民和解政策/新憲法の制定/政権党内の亀裂/経済苦境の打開努力/援助負担に悩むソ連/帰国できない難民
  • 第一三章 難航する間接和平交渉
    間接和平交渉の開始/米国の代弁者パキスタン/出口なきクレムリン/弱い撤兵要求/世界から忘れられた戦争/ゴルバチョフの登場/米ソの直接取り引き/ゴルバチョフ、一部撤兵を言明/撤兵をめぐる意見の相違/一部撤兵の実行/鍵を握るクレムリン/進展がない間接和平交渉
  • 第一四章 和平協定の締結
    ソ連、撤兵を示唆/間接和平交渉のポイント/ゴルバチョフ、撤兵を言明/撤兵決断の要因/反政府側の暫定政権構想/したたかなパキスタン外交/最後の掛け引き/アフガン和平協定の締結/和平協定の問題点
  • 第一五章 ソ連軍撤退とゲリラの失敗
    ソ連軍撤退開始/政権固めを急ぐ両陣営/政治的駆け引きの活発化/ソ連軍の撤退完了/ソ連の損失/反政府側の暫定政権成立/ジャララバード攻防戦/攻撃に失敗したゲリラ/ゲリラの攻撃不成功の要因/戦争の惨禍と遠い春
  • あとがき
  • 付録1 ソビエト社会主義共和国連邦・アフガニスタン民主共和国間の友好善隣協力条約(全文)
  • 付録2 侵攻直後の各国の反応及び対応
  • 付録3 本戦争に登場した新兵器の全貌
  • 付録4 87年初めにおける主要関係国の立場・対応等
  • 付録5 ソ連軍が得た戦訓(軍事通報誌、90年5・6月号)
  • 付録6 アフガニスタン間接和平交渉合意四文書(要旨)
  • 付録7 アフガニスタン撤兵完了に関するソ連政府声明
  • 付録8 最近の政府・反政府軍の戦力表(ミリタリー・バランス、90/91年版)
  • 付録9 主要参考文献

【感想は?】

 鳥井氏の著作の特徴は、広範囲の資料を漁った多角的な視点にある。反面、具体的な戦闘の様子や戦地に住む民間人の声は聞こえない。それは覚悟しよう。

 と、俯瞰的な視点で描く本ではあるものの、掘り下げは深い。私は幾つかアフガニスタン関係の本を読んだので、多少は知っているつもりになっていた。が、冒頭の「第一章 アフガニスタンという国」から、何もわかっちゃいなかったと思い知らされる。

 例えば、近隣諸国との関係。パキスタンとの関係は、この記事冒頭の引用が示す通り。アフガン国境に近いパキスタンの連邦直轄部族地域(→Wikipedia)が特別扱いなのは、そういう事か。もともと、国境なんか関係ない暮らしをしてたんだ、あの辺の人は。

 また、イランとも関係が深い。アフガン難民と聞くとパキスタンばかりを思い浮かべるが、イランに逃げた人も多いし、イランを基地としてソ連と戦った勢力もある。人数にして、だいたいパキスタン3:イラン2ぐらいの割合かな?

 アフガン内には雑多な勢力が入り乱れ、中でもパシュトゥーンが最大勢力なのは知っていたが、パシュトゥーン内でもドゥラーニー部族 vs ギルザイ部族の抗争があるとは知らなかった。

 加えて、ソ連の共産主義を嫌い中央アジアから逃れてきた人たちもいる。おまけにカレーズ(地下水路,→Wikipedia)による灌漑農地も多く、これが独特の小権力が乱立する源となっている(「カナート イランの地下水路」)。もともと、治めにくい土地なのだ。

当初、ソ連は傀儡政権を打ち立てて衛星国にしようと目論む。が、アメリカのベトナム政策同様、傀儡政権は役に立たない。ってんで直接介入を目論む。

 そのソ連軍、仮想敵はNATOだし、戦場もポーランドとかの大平原を考えてた。広く平らな所に大兵力を展開して押し込む算段だ。アフガンは山だらけだけど、ジャングルばっかのベトナムと違い木のない禿山ばかりだから大丈夫だろう、と思ったのが大間違い。にしても、その第一歩は…

(1979年12月27日)KGBが指揮するソ連コマンド部隊数百人が(略)アミーン大統領を有無をいわせず家族や一族もろとも射殺した。(注、80年1月11日の報道によれば、侵略数日間でソ連軍は、少なくとも300人のアフガンの要人たちを処刑している。)
  ――第四章 ソ連の侵攻作戦

 と、KGBによる要人暗殺に始まってるのが怖い。プーチンは、そういう仕事をしてた人なのだ。

 対するムジャヒディンの得意な戦術は、ヒット・アンド・アウェイ。「ソ連軍の補給幹線となった山岳地帯を横断している主要道路の遮断、もしくは車両縦隊(コンボイ)に対する襲撃」。補給を叩くのはゲリラの鉄則ですね。中でも得意なのが地雷。山をぬって走る狭い道路に地雷はよく効くだろうなあ。

 なお、手持ちの地雷を使い果たしても、ダミーの地雷を置いて脅す手を編み出している。

 意外な事に、84年まで主な得物は「中国製とエジプト製のソ連タイプ」。80年代から、ソ連と中国の間には、大きな溝があったのがわかる。もっとも、中国は、この頃に培ったアフガン人とのコネを、今も使っているような気がするんだが…

 対するソ連の得物で最も印象に残るのは、攻撃ヘリコプターMi-24ハインド(→Wikipedia)。特にD型は装甲も厚く小銃が効かないので、ゲリラも苦戦した模様。もっとも、装甲が厚いのは底と横なんで、ゲリラも山の上から打ち下ろすなんて戦術を開発してる。

 他にもソ連軍は毒ガスを使ったり、おもちゃに偽装したブービー・トラップをバラ撒いたりと、なかなか非道な真似をしてるあたりが、なんともおそロシア。

 それだけに、アメリカが与えたスティンガー(→Wikipedia)の有難みもかなりのもの。それでも、86年にCIAがコッソリ持ち込んだスティンガーを試しに使ったら、マトモに使えたのは12発中1発だけだった、なんて情けない出だしだが。

 なお、タリバンはもちろん、アルカイダも全く出てこない。「倒壊する巨塔」でも、アルカイダはほとんど戦ってない上に役立たずだったとある。というのも…

つまり、“反政府ゲリラ”というよりも“反共ゲリラ”であり、“反共ゲリラ”というよりも“反外人ゲリラ”といった方が分かりが早い。
  ――第五章 反政府勢力のゲリラ活動

 と、つまりアフガン人にとっては、「よそ者は出ていけ」な戦いだったのだ。アメリカが今なお苦しんでいるのも、こういうアフガン気質のためなんだろうか。

 真面目な本だけに、あまり刺激的な表現は出てこない。が、資料的な価値は優れていて、読む者が積極的に読み取ろうとすれば、相応しい報酬が約束されている。時間をかけて、じっくり読もう。

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鳥井順関係

アフガニスタン関係

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