ジーナ・コラータ編「ニューヨークタイムズの数学 数と式にまつわる、110の物語」WAVE出版 坂井公監修 2
たとえ統計的に見て実際にパターンが存在しないとしても、人間の脳はパターンを探してしまうようにできている
――第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実
こんなことありうる? 関節炎の痛みに天気は関係ない?問題は、一般的に言って、数学者が物理学者に100年先んじていることなのです。
――第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題
〔科学質問箱〕ポアンカレの予想構造は目に見えません。
――第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題
無秩序に見える流れの中に秩序を見つけるカタストロフィー理論はあまりにも曖昧で具体性に欠き過ぎるために役に立たないという非難に対し、ジーマン博士はこう問い返しました。「それでは数字はどうなのだ。1、2、3、それから?具体性に欠き、曖昧でもあるが、役に立たないなどと言い切れるのか?」
――第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
専門家が災害の予測について議論する古典的な幾何学の形は、線、面、円、球、三角形、錐です。
――第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
新たな幾何学を作った人乱数発生器はすべてのコンピューターに実装されています。現在用いられているどの発生器にも何らかの欠点があります。
――第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
本当のランダムネスに対する探究が、ついに成功する(グレース・マレー・)ホッパー准将の話によると、はじめてのバグは実際に蛾だったのです。
――第6章 数学の世界に登場したコンピューター
准将グレイス・M・ホッパー:コンピューターに革新をもたらし85歳でこの世を去る「自分にはできないということだけを理由に、何かを難しいと決めてかかってはならない。自民には見えないが鼻先に簡単な解決法があるかもしれないのだ」
――第6章 数学の世界に登場したコンピューター
ソヴィエトの発見が数学世界を攪乱させる「印刷機は科学革命を起こさなかった。でも、印刷機なしでは科学革命は起こらなかっただろう」
――第6章 数学の世界に登場したコンピューター
ステップ1:不可解な証明を投稿する ステップ2:騒ぎを見守る
ジーナ・コラータ編「ニューヨークタイムズの数学 数と式にまつわる、110の物語」WAVE出版 坂井公監修 1 から続く。
【何の関係が?】
と驚いたのが、「第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実 ゲーム理論は、イランがいつ爆弾を手に入れるかを予測できるのか?」での、ブルース・ブエノ・デ・メスキータの登場。
あの衝撃の書「独裁者のためのハンドブック」の著者だ。なんと彼は、権力者たちの椅子取りゲームをスプレッドシート(Excel みたいな表計算)に落とし込み、「CIAの分析官による予測よりも2倍の頻度で“大当たりした”」のだ。
もちろん、表計算に入れるデータは必要だ。それは依頼者から手に入れる場合もあるが、彼自身が自ら取材してデータを集める時もある。その取材能力を高く評価する人もいるのだが、本人は「インタビューは誰にでもできますよ」。
でも謙遜しているわけじゃないらしいのが、彼の面白い所。たまにいるよね、能力と評価基準がズレちゃってる人って。
【応用問題】
確率はややこしい。とはいえ問題が数式の形で出れば、数学が得意な人は正確な解を出せる。が、モンティ・ホール問題のように、文章で問われると、専門家でも間違える時がある。そして、裁判で確率が重要な時、ソレは文章の形で問われる。
「第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実 見込みに賭ける」では、O・J・シンプソン事件の例が出てくる。被告シンプソンはしょっちゅう被害者の妻を虐待していた。これに対し弁護側は、こう語る。「アメリカじで夫に虐待される妻は、年に400万人いる。けど殺される妻は2500人に1人だ(意訳)」。
だが、検察側は、こう返すべきだった、と指摘している。「虐待され、かつ殺された女のうち、虐待犯が殺人犯だったのはどれぐらいか?」答えはなんと90%。
間違いは計算で起こるんじゃない。何を問うかが大切らしい。
【とはいえ…】
数学の問題は、そもそも何を問うているのかすらわからないモノがある。
リーマン予想とかは Wikipedia を見るとグラフがあるんで一瞬わかりやすそうに思えるんだが、説明に出てくるリーマンゼータ関数(→Wikipedia)で挫折したり。
理由の一つに、数学はやたら小難しい言葉で語ってるから、ってのがある。これを親しみやすい言葉で言い換えてくれるのが、この手の本の嬉しい所。とはいっても、大抵はわかってるわけじゃなく、わかった気分になるってだけなんだけど。
「第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題 捉えどころのない人物による捉えどころのない証明」では、ポアンカレ予想(→Wikipedia)を説明して曰く、幾何学の世界では「穴のないものは球でなければならない」。
なるほど。問題は分かった…気がする。が、しかし。
その証明がなぜ難しいのか、なぜ証明をせにゃならんのかが、私にはわからないのであった。だって、幾何学の世界じゃ、穴のない三次元のシロモノは、球として扱っていいんじゃなかったっけ?
【歴史】
この本、個々のコラムは独立している。が中には、一つのテーマを追って時系列順に並べた所がある。これが、20世紀の歴史を感じさせて、なかなか趣が深い。
3章「第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題 」では、先のポアンカレ予想・四色問題・フェルマーの最終定理がソレ。新聞の切り抜きを集めたような雰囲気で、ちょっとエキサイティングな気分になる。
4章「第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス 」は、ほとんどカオス理論の歴史といった感じ。「雲をそのように描くのかどうしても知りたい」なんて台詞が出てきて、CGに詳しい人はニヤリとするだろう。「カークウッドの間隙」(→Wikipedia)とかも、カオスに関係してるとは知らなかった。
特にニュース的な色合いが強いのが、「第5章 暗号学と、絶対に破れない暗号の出現 」。ここでは、オープンな文化の数学者と、やたら秘密主義な国家安全保障局(NSA)の戦いを、1977年から順を追って綴ってゆく。
ちょっと違うけど、アップルも PowerMacG4 の広告で秘密主義を茶化してたっけ(→Youtube)。当時の基準じゃ PowerMacG4 の演算能力がパワフルすぎて、アメリカの輸出規制にひっかかったのだ。
数ある学問の世界でも、数学者は飛びぬけてフリーダムだから、NSAも手を焼いただろうなあ。「太平洋の試練 真珠湾からミッドウェイまで」でも、合衆国海軍内の暗号解読部隊の話があって、やはり軍内部でも異彩を放っていた様子。
そんな「歴史を体験する感覚」が最も強いのが、「第6章 数学の世界に登場したコンピューター 」。ここでは、なんと1927年のヴァネヴァ・ブッシュ(→Wikipedia)のアナログ・コンピューターであるプロダクト・インテグラフ(→Wikipedia)から、コンピューターの歴史をニュースで追ってゆく。
にしてもパンチカード(→Wikipedia)が1801年からあるとは知らなかった。磁気コアとか磁気ドラムとか ALGOL とか、懐かしい名前が続々と出てくるのもオジサンには嬉しい。画像圧縮技術に、意外な人たちが熱いまなざしを送ってたり。
【おわりに】
数学というと堅苦しい印象があるし、この本でも少しは堅苦しい部分はある。けど、大半は親しみやすい言葉で書かれているし、何より嬉しいのは各コラムが数頁と短い点。テーマもバラエティに富んでいるし、美味しそうな所だけをつまみ食いできるのもいい。
黒い表紙のハードカバーで600頁越えと威圧感はあるが、中身は意外と読みやすい。気後れせずに、ちょっと手によって少し味見してみよう。
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