ジーナ・コラータ編「ニューヨークタイムズの数学 数と式にまつわる、110の物語」WAVE出版 坂井公監修 1
科学の知識は暫定的なもので絶えず修正されるのに対し、数学はたいてい永久不変のものと見なされます。
――第1章 数学とは何か?
役に立つ発明か、絶対的な真理か;数学とは何か?
【どんな本?】
ニューヨークタイムズ紙に載った、数学関係のコラムを集め、テーマごとに編集した、一般読者向け数学コラム集。
テーマは数論・数学の歴史・数学者の横顔・フェルマーの最終定理やモンティ・ホール問題など有名な話題・コンピューターが数学界に与えた影響・カオスや暗号など流行りの数学分野、そしてコンピューターや公開鍵暗号などが引き起こした騒動の記録など、バラエティに富んでいる。
また文章が書かれた時代も、古くは1920年代のコラムから、新しいのは21世紀までと様々な上に、コラムの長さも、短いのはたった1頁から、長いのは20頁を越えるものまでと色とりどり。
数学というと構えてしまう人もいるが、雑学本として気軽に楽しむ本。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The New York Times Book of Mathematics : More Than 100 of Writing by The Numbers, ED. by Gina Kolata, 2013。日本語版は2016年5月25日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー横一段組みで本文約650頁。9ポイント33字×30行×650頁=約643,500字、400字詰め原稿用紙で約1609枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの巨大容量。
文章はこなれている。内容は…全部を理解しようとすると、大学の数学科並みの数学力が要る。根拠は私の想像。が、楽しむだけなら、中学二年程度の数学力で充分。根拠は私。なんたって私は二次方程式の解の公式すら Google で調べにゃならん体たらくなのに、この本は楽しめたんだから。何より、数式が滅多に出てこないし。
それより大事なのは、わからんところを読み飛ばす図太い神経。書いてある事全てがわからないと気が済まない人には向かない。特に数学者が式の意味について語る所などは、「なんかグリンゴン語を話してるな」ぐらいに軽くいなす神経が必要。
なお、コラムの執筆陣は以下。
- リサ・ベルキン
- マルコム・W・ブラウン
- ケネス・チャン
- インフェイ・チェン
- アン・アイゼンバーグ
- ピーター・B・フリント
- ジェームズ・クリック
- ヤッシャ・フマン
- ポール・ホフマン
- ジョージ・ジョンソン
- デヴィッド・ケイ・ジョンストン
- ジーナ・コラータ
- ウィリアム・L・ローレンス
- ヘンリー・L・バーマン
- ウィル・リズナー
- スティーブ・ローア
- ジョン・マーコフ
- プラディープ・ムタリク
- ジョン・A・オスムンセン
- デニス・オーヴァーバイ
- ジョン・アレス・バロウス
- サラ・ロビンスン
- ブルース・シェクター
- リチャード・セベーロ
- レナード・シルク
- ジャネット・スタイツ
- ウォルター・サリバン
- クライブ・トンプソン
- ジョン・ティアニー
- ビナ・ヴェンカタマラン
- ピーター・ウェイナー
- ジョゼフ・ウィリアムズ
訳者は以下四名。
小川浩一 河野騎一郎 宮本寿代 守信人
【構成は?】
各コラムは独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。ただし、第3章・第4章・第5章・第6章などの一部は、当時のニュースが時系列に並ぶ形なので、順に読むと世の移り変わりが分かる仕掛けになっている。
- 序文/イントロダクション
- 第1章 数学とは何か?
- 役に立つ発明か、絶対的な真理か;数学とは何か?
- でも、真理と美があれば十分なんじゃないですか?
- コンピューターが生み出すアイデアに直面する数学者たち
- ようやうログオンした数学者たち
- 重要な数学の証明で、知性を持たないコンピューターが推論能力を発揮する
- コンピューターはまだ美しい数学ができない
- 10京回の計算の末に、分かった!
- 統計学の不確定要素に、コンピューターの力を応用する理論家
- 第2章 統計学、偶然の一致、驚くべき真実
- 1兆に1つの偶然の一致? 実際はそれほどでもないことを専門家たちが突きとめる
- より重い物体は、一番上へ移動することがある:これがその理由
- モンティ・ホール問題の裏側:当惑、論争、そして解答?
- 42番通りを封鎖したらどうなるかに、なぜ誰も気づかなかったか?
- 計測不能 なぜ一部の数字はとてもよくできた推測でしかないのか
- こんなことありうる? 関節炎の痛みに天気は関係ない?
- 電子工学が気象についての計算を手助けする
- 研究としての保険業 事業を代数によって計算する人々の重要性
- レオンチェフの貢献
- 多くの小さな出来事が積み重なって、大量絶滅が起こる可能性がある
- 数値評価マニア
- トランプカードをシャッフルする時は、7回が必要かつ十分
- ゲーム理論は、イランがいつ爆弾を手に入れるかを予測できるのか?
- リスクをモデル化するさいに、見落とされた人的要因
- 見込みに賭ける
- 月曜日のパズル:誕生日問題の解答
- 遺伝子ルーレットにおけるあなたの確率はどれくらい?
- 2000年の大統領選挙:数える事の科学
- コンピューター・プログラムは市場を理解できるか?
- 脱税者を見つけ出すための国税庁の新たな手段
- 第3章 広く知られた問題の数々:解決済みの問題と未解決の問題
- 2つの世界をつなぐ新しい数学
- 捉えどころのない人物による捉えどころのない証明
- 〔科学質問箱〕ポアンカレの予想
- グレゴリー・ベルクマンの美しき精神
- 難問を解決した数学者、賞金100万ドルを辞退
- 解決に向かう「4色問題」
- 4色問題の予想
- ゴールドバッハの予想:証明される日が来るかもしれないが、それは誰にもわからない
- 350年来の数学の問題、間もなく解決か?
- フェルマーの定理、またも解決ならず
- フェルマーの最終定理、いまだ解決法なし
- 長年の数学の謎に、ようやく「解けた!」の叫び
- フェルマーの定理
- 数学の証明に不備、手直しが進行中
- あれから1年、フェルマーの難問は「Q.E.D.(証明完了)」まで、まだあと一歩
- フェルマーの証明の隙間は、いかにして埋められたのか
- 2つの主要な数学問題、25年後に解決
- ポーカーの数学的理論をビジネス問題に応用する
- 古い数学問題におけるシャボン玉の新しい役割
- 数学の進歩が結び目の秘密を暴く
- 四面体の詰めこみ、限界に迫る
- 無秩序に見える流れの中に秩序を見つける
- 泡と金属、その姿を変える技術
- 完全な対称性への科学的展望
- いまだに数学者を駆り立てる143年来の問題
- 今日、数学でもっとも重要な問題は何か?
- 古くからの難問の解決:最短経路はどれ?
- 第4章 カオス、カタストロフィー、ランダムネス
- 新しい方程式によるカオスの定義
- 専門家が災害の予測について議論する
- カオスという数学の難問を解く
- 新たな幾何学を作った人
- 科学的な徹底探索によって、雪の結晶の謎がようやく判明する
- カオスの物語:宙返りする衛星と不安定な小惑星
- 一種の流体数学がことを簡単にする
- カオスが市場を支配するとき
- 鳥の群れの複雑さを新たに理解する
- 壊れない波が超伝導体のカギを握る
- 本当のランダムネスに対する探究が、ついに成功する
- コンピューターでコイントスをすると、捕えがたい偏りが見えてくる
- カオスの予測不可能性のため、ぼんやりとした将来を科学は横眼で眺めている
- 疾病クラスターを調べる:証明するよりも見当をつける方がたやすい
- そのオッズ
- フラクタルの視点
- 第5章 暗号学と、絶対に破れない暗号の出現
- 暗号研究にいやがらせを受けたと主張
- 研究者ら公開前チェックに同意へ
- 暗号学の進歩に対し保安規定を厳格化
- 秘密保護の新手法を発見
- アメリカ政府の一時差し止めに怒り
- 困難な数学問題を解決
- 最大の割り算、数学の巨大な一歩
- 暗号を破る数学の道具を科学者が考案
- 攻めあぐねる暗号研究者、限界に挑戦
- 白昼堂々と暗号論争
- 政府の暗号機関が民間と縄張り争い
- コンピューター暗号は解読可能と研究者が証明
- ニック・パターソン 冷戦の暗号研究者、DNAの秘密に挑戦
- 安全保障への脅威に数学も
- 賞はさておきP対NP問題の余波続く
- 第6章 数学の世界に登場したコンピューター
- 「考える機械」が高度な数学に挑む 人間なら数カ月かかる方程式を解く
- 新型の巨大な「脳」が魔法使いのように働く
- 戦時の難問解決のため「脳」はスピードアップした
- デジタルコンピューター どのように誕生したのか、どのように動き、何ができるのか
- 長い数学の証明に見いだされたショートカット
- 新しい技術によって、画像がより効率的に格納できる
- 巨大コンピューターが、実質的に空間と時間を征服する
- 准将グレイス・M・ホッパー:コンピューターに革新をもたらし85歳でこの世を去る
- フランシス・E・ホルバートン 84歳:初期のコンピューター・プログラマ
- アコーディオンのようにデータを押し潰す
- 電子脳がつながる
- ソヴィエトの発見が数学世界を攪乱させる
- ヘルスケア論争 役に立つものを探す
- ステップ1:不可解な証明を投稿する ステップ2:騒ぎを見守る
- 第7章 数学者とその世界
- 数学の最前線の旅人ポール・エルデシュ(83歳)、死す
- ある天才数学者の素顔を求めて
- 数学界最高の名誉を辞退
- 〔科学者の仕事場〕ジョン・H・コンウェイ とらえがたい数学世界の達人
- 名傍役、クロード・シャノン
- 孤立した天才に正当な評価
- 〔科学者の仕事場〕アンドリュー・ワイルズ 350年来の問題に挑む数学の達人
- 〔科学者の仕事場〕レオナルド・エーデルマン コンピューター理論の核心を突く
- 〔追悼〕数学者クルト・ゲーデル博士(71歳)
- 天才かデタラメか? 数学変人の奇妙な世界
【感想は?】
数学と数学者、どっちが面白いか難しい所。
エルディシュ数の元ネタになったさすらいの数学者ポール・エルディシュ(→Wikipedia)はさすがに飛びぬけてるが、セミョン・ファイトロヴィチと、彼の仕事もおかしい。
私たちは問題を解くためにコンピューターを使う。または自分の予想が当たってるか外れてるかを確かめるために使う。少なくとも科学者と工学者はそうだ。だがファイトロヴィチが作ったプログラムのグラフィティは逆だ。グラフィティは問題を出す。いやクイズ・ゲームでも脳トレの類でもない。
グラフィティは、グラフ理論における「予想」(→Wikipedia)を吐き出すのだ。その大半はクズだが、たまに数学者の興味を引くものがある。それを証明してみろ、というわけ。たかが機械のくせに生意気な、と思うが…
少なくとも20人の数学者がこのプログラムの生み出した予想の証明に取り組んでいて、<グラフィティ>の予想を証明した論文は5編あることが分かっている
というから侮れない(1989年6月現在)。もっとも、卒論のテーマが見つからず悩む学生は、「俺の専攻向けに改造してくれ」と望むかもしれない。機械に指示されて嬉しいのか?って気もするが、実際に役立ってるんだから仕方がない。
何考えてこんなモン作ったんだろう?もしかしたら、作ってみたかったから、じゃないかな。
などの浮世離れした話題が多い中で、確率や統計関係は、身近に感じる楽しさがある。かの有名なモンティ・ホール問題(→Wikipedia)も出てきた。今まで私はなんか納得できなかったが、この本でなんとなくわかった…気がする。説明してみろ、と言われたらムニャムニャだけど。
何より、実験してみて確かめたってのに、説得力を感じてしまう。もっとも、実際の番組では、司会のモンティ・ホールが、参加者が間違えるよう巧みに誘導するんで、計算通りとはならないとか。
などと面白いネタはたくさんあるので、次の記事に続きます。
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