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2017年11月14日 (火)

干宝「捜神記」平凡社ライブラリー 竹田晃訳

陳節は神々を訪問して回った。東海君は織ってあった青い上着を一着、土産にくれた。
  ――巻2 37 東海君

罔象(もうしょう)は三歳の子供のようで、目は赤く、全体は黒い色で、耳は大きく、腕は長く、爪は赤い。縛りあげてしまえば食べることもできる
  ――巻12 ?羊(ふんよう)

「私は普通の人間とは違いますから。あかりで私を照らしてはなりませぬ。三年たってからなら、照らしてもかまいませんが」
  ――巻16 396 墓のなかの王女(その2)

狄(てき)希は中山(河北省)の人である。「千日の酒」を造る術を持っていた。
  ――巻19 447 千日の酒

【どんな本?】

 東晋(→Wikipedia)の歴史家である干宝が著した「志怪小説」。先人の書から得たエピソードや、自分が見聞きした事から、神・仙人・幻術・妖怪・幽霊など、怪異と思われるものを集め、編纂した作品。

 小説とは言っても、現代日本の小説とは違う。単に奇怪なエピソードを並べただけで、物語の体をなしていない話が多い。あくまでも歴史家として、話を記録として残すことを目的としたと思われる。

 それだけに、現代に伝わる神話・伝説・民話に取り込まれたと思われる物もあり、また物語の創作に関わる者にとっては、ネタの優れた鉱脈と言えるだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によれば、著者とされる干宝(→Wikipedia)は「晋代、四世紀の半ばごろ」の人。本書「捜神記」(→Wikipedia)は、南宋の頃にいったん姿を消すが、「明の万暦年間(1573~1620)」に、20巻本と8巻本の二種類が再び世に出てくる。いずれも「後人の手がかなり加えられていることはまちがいない」。

 怪異譚なだけに、そういう出自の怪しさも、魅力の一つ。

 文庫本で縦一段組み、本文約581頁に加え、訳者の解説11頁。9ポイント42字×16行×581頁=約390,432字、400字詰め原稿用紙で約977枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 思ったより訳文はこなれていて読みやすい。内容については、慣れていないと、最初は少し戸惑うかも。というのも、生死や化け物の概念が、現代日本の私たちと少し違うからだ。でも大丈夫。しばらく読んでいれば、すぐに慣れます。

 また、中国の歴史や人名や地名がしょっちゅう出てくるので、生真面目に読む人は事典や地図を用意した方がいいかも。ただし、だいたいの所は注に書いてある。

【構成】

 全20巻464話からなる。各話は短く、長くてもせいぜい3~5頁。中には冒頭の引用「37 東海君」のように、たった1行の短い話もある。各巻は内容で分けたらしく、解説によれば、ほぼ次の構成。

 なお、各話は独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

  • 巻1 神仙
  • 巻2 方士
  • 巻3 占卜・医術の名人
  • 巻4 風神・雨神・水神
  • 巻5 土地神・祠
  • 巻6・巻7 凶兆
  • 巻8 天子が天命を受ける前兆
  • 巻9 吉兆・凶兆
  • 巻10 夢兆
  • 巻11 孝子・烈女
  • 巻12 異物・妖怪
  • 巻13 山川・水陸および動植物
  • 巻14 異婚・異産、その他動物と人間との交渉
  • 巻15 再生
  • 巻16・巻17 幽鬼
  • 巻18・巻19 妖怪
  • 巻20 動物の報恩・復仇

【感想は?】

 まさしく物語の原石。

 磨けば光りそうなエピソードを、洗いもせずそのまま目の前に放り出した、そんな感じ。冒頭に引用した「東海君」とか、たった1行だ。思わず「だから何やねん!」と突っ込みたくなったり。

 世界の神話・伝説・民話を漁っていると分かるんだが、一見関係なさそうな地域に伝わる話が、似たようなエピソードを持ってたりするのも、こういう本を漁る楽しみの一つ。

 例えば「巻1 26 神符の秘宝」では、道術を心得た者が、揚子江の水を割って大河を渡る話が出てくる。まるでモーセが紅海を分けた話みたいだ。ただし、聖書と違い、全く説教臭さがないのも、この話の特徴。単に「道術ってすごいね」ってだけなのだ。

 こういった説話集には、何かを予言する話もある。中でも皮肉なのが、「巻3 49 七個の璧(へき)」。孔子は「子、怪力乱神を語らず」と語ったとされるが、その孔子が不思議な予言を残した、という話。ところが、その予言というのが、なんとも残念というかw

 日本やインドと同様に、中国にも多くの神様がいる。ただし、微妙に神様との距離感が違うのも、怪異譚の面白さ。「巻12 305 雷神」は、雷神と農民が戦う話。落ちてきた雷神に農民が襲い掛かり、雷神の股を叩き折っている。雷神様、威厳もへったくれもありゃしないw

 その次の「巻12 306 ろくろ首」は、日本でも有名。同じ「ろくろ首」にも二種類あって、首が伸びるのと、首が飛ぶのと。この本は小泉八雲と同じ飛ぶバージョンで、性質も同じ。ただし、お話は全く違い、この本では、なんとものんびりした空気が漂っているのがお国柄というかw

 同じ巻12の「308 ?国」は、女を攫う類人猿の話。諸星大二郎の「西遊妖猿伝」の冒頭は、この話からヒントを得たんだろうなあ。やはり「巻14 蛮夷の起源」は、王が困った約束をする話。敵の将の首を取った者には領土と姫を与えると宣言してしまう。幸い首は取れたが、取ってきたのは犬で…

 などと、話の小道具は似てるんだが、お話全体では微妙にテイストが違うのはお国柄か。「巻19 440 大蛇を退治した娘」では、山に大蛇が住みついて人々に仇を成す。しまいには…

大蛇は誰かの夢に現れたり、巫祝(みこ)を通じたりして、十二、三歳の少女を食べたいと要求するのである。

 このロリコンめ!と憤るが、どうしようもない。仕方なく少女を差し出すが… と聞けば、スサノオのヤマタノオロチ退治を思い浮かべるが、なぜそうなる…って、タイトルでネタバレしてるがなw 他にも、因幡の白兎っぽい話もあったり。 

 ってな、古今の物語の原型になっていると思しき話もあれば、「意外な真実が埋もれてるかも…」と思わせるネタもあったり。

 例えば「巻13 333 ?〓(虫+羸、から)」。土蜂の一種で、「雄ばかりで雌が無い」「蚕か蝗を育てているうちに、それを自分の子に変えてしまう」。蜂には、他の昆虫の幼虫に卵を産み付ける種類がいるから、ソレじゃないかなあ(→Wikipedia)。

 なんてのは可愛い方で。トロイを見つけたシュリーマンにあやかりたくなるのが、「巻15 374 豪華な墓」。呉の時代、江蘇省で大きな墓を掘り返したら、豪華な棺や玉が出てきた、ってな話。なにせ広く歴史もある中国のこと、まだ未発掘の遺跡がたくさん残ってるんだろうなあ。

 怪異譚なのに、微妙に笑える話が多いのも、この本の特徴。「巻16 378 幽霊は存在するか」は、コニー・ウィリスの「インサイダー疑惑」を思わせる。日頃から「幽霊なんかいない」と主張しゆずらない男がいた。おまけに弁が立つので、誰も説得できない。そんな男の所に、一人の客が訪ねてきて…。

 全般的に、物語として起承転結の形になっておらず、奇妙なエピソードを並べただけの話が多い。が、それだけに、物語を作る際のネタに使えそうな物がギッシリ詰まってる。雰囲気としては、諸星大二郎の緊張感より、高橋留美子の微妙にヌケた感じが近いかも。

 無駄知識で喜ぶヲタクや、創作のネタを探すクリエイターなら、読んで損はない。

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