リヴィウス「抄訳 ローマ建国史 上・下」PHP研究所 北村良和訳 1
『行け、そしてローマ人に告げよ。天の神々が我がローマの全世界の首都となるを願っていることを』
――上巻 第Ⅰ部 王制期のローマ 第Ⅲ章 初代の王レムルス
【どんな本?】
古代において地中海の覇者となり、ヨーロッパ文化の礎となった古代ローマ(→Wikipedia)。それは、いつ、どのように現れ、どんな社会を築き、発展していったのか。
帝政ローマ期の歴史家タキトゥス(→Wikipedia)が残した文書の一部を元に、トロイ戦争まで遡る起源をはじめとして、紀元前753年の建国から王制、紀元前509年からの共和制、そして紀元前146年のポエニ戦争終結まで、若く上昇期にある古代ローマを描く、古代の歴史書の抄訳。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
大元は Titi Li AB URBE CONDITA(→Wikipedia), Titus Livius。Wikipedia によると、成立は紀元前17年ごろ。
訳者は、以下3つを中心に、他の本も参考にしている。
- オックスフォード古典叢書 Titi Liui AB URBE CONDITA : Robert Maxwell Ogilvie 編
- Weidman 社刊 Titi Livi AB URBE CONDITA LIBRI : Wilhelm Weisenborn, Hermann Mueller 編
- ロエブ古典叢書 Livy HISTORY OF ROME : B. O. Foster 他編訳
私が読んだPHP研究所版は2010年10月5日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約542頁+487頁=約1,029頁。10ポイント43字×18行×(542頁+487頁)=796,446字、400字詰め原稿用紙で約1,992枚。文庫本なら四巻分の巨大容量。
文章はこなれていて読みやすい…なんてもんじゃない。古代ローマ人の雄弁な台詞回しを、格式高いながらも伝わりやすい現代日本語へと巧みに置き換え、独特の節回しすら感じさせる、とっても親しみやすく、読んでいて心地よい文章だ。
内容も、歴史の知識がなくても、充分に読みこなせる。
加えて、編集面でも細かい気づかいが嬉しい。地名が沢山出てくるのだが、冒頭に地図があり、位置関係が分かるのがありがたい。また、上巻の末尾に年表がついているのも、素人に優しい気配り。加えて、編訳者の註が文中や同じ見開きの小口側にあるので、頁をめくらなくていい。
ただ、アクの強い編訳者だけに、資料として読むには注意が必要。例えば「第Ⅳ章 二代目の王ヌマ」。ヌマの師は「ピタゴラスだと説明し縁付けている」。その後、「これは真っ赤な嘘で」とひっくり返し、否定の根拠を挙げてゆく。この根拠、とっても筋が通っていて、強い説得力がある。のはいいが…
問題は、「これは真っ赤な嘘で」以降のテキストが、誰の筆によるのか、よく分からない点だ。リヴィウスが疑念を呈しているのか、Robert Maxwell Ogilvie など英文の注釈者によるものか、北村良和なのか。「南部イタリア」なんて言葉が出てくるので、リヴィウスじゃないだろうけど。
【構成は?】
各部・各章の冒頭で、編訳者が概要を示しているので、お急ぎの人は冒頭だけ読めばいい。
全体の流れは、ご覧のような形。つまり上巻は紀元前753年のローマ建国から紀元前390のアッリアの戦い(→Wikipedia)まで。下巻はポエニ戦争編で、第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争、紀元前219年~紀元前201年、→Wikipedia)を描く。
- 上巻
- 編訳者まえがき
- 序言
- 第Ⅰ部 王制期のローマ(原典:第Ⅰ巻)
- 第Ⅰ章 アエネスのイタリア到着
- 第Ⅱ章 アルバ・ロンガの建設
- 第Ⅲ章 初代の王レムルス
- 第Ⅳ章 二代目の王ヌマ
- 第Ⅴ章 三代目の王トゥルス・ホスティリウス
- 第Ⅵ章 四代目の王アンクス・マルキウス
- 第Ⅶ章 五代目の王タルキニウス・プリスクス
- 第Ⅷ章 六代目の王セルヴィウス・トゥリウス
- 第Ⅸ章 七代目のタルキニウス尊大王
- 第Ⅱ部 共和制の誕生(原典:第Ⅱ巻)
- 第Ⅲ部 危機に立つ貴族階級(原典:第Ⅲ巻)
- 第Ⅳ部 ガリアによる征服(原典:第Ⅳ巻・第Ⅴ巻)
- 下巻
- (下)巻をはじめるにあたって
- 第Ⅴ部 ハンニバル戦争Ⅰ(原典:第ⅩⅩⅠ巻)
- 第Ⅵ部 ハンニバル戦争Ⅱ(原典:第ⅩⅩⅡ巻)
- 第Ⅶ部 ハンニバル戦争Ⅲ(原典:第ⅩⅩⅢ巻)
- 第Ⅷ部 ハンニバル戦争Ⅳ(原典:第ⅩⅩⅣ巻)
- 第Ⅸ部 ハンニバル戦争Ⅴ(原典:第ⅩⅩⅤ巻)
- 第Ⅹ部 ハンニバル戦争後半
(原典:第ⅩⅩⅥ巻~第ⅩⅩⅩ巻) - 編訳者あとがき
書名に抄訳とあるように、一部を抜き出したものだ。「編訳者まえがき」に詳しい事情を書いてあるので、かいつまんで説明する。
- リヴィウスの原書は、全142巻。前753年の建国から前9年までを記述。
- ただし多くが失われ、残っているのは32巻(Wikipediaによると35巻)のみ。
- 1~5巻 ロムルス建国からガリアによるローマ陥落
- 6~10巻 ローマ再建から第1次サムニウム戦争
- 21~25巻 ハンニバルによる第二次ポエニ戦争前半
- 26~30巻 ハンニバルのザマでの敗北まで
- 31~37巻 第二次マケドニア戦争
- 38~42巻 第三次マケドニア戦争終結まで
本書は、残った32巻から、以下を抜き出したもの。
- 上巻:1~5巻
- 下巻 21~25巻+26~30巻の要約
つまりは人気のある部分を選び取ったわけです。
【感想は?】
今のところ、上巻しか読み終えてないけど、驚くことがいっぱい。
上巻は、ローマのルーツから、ガリアによる陥落までを描く。私は古代ローマというと広大な帝国を思い浮かべるが、上巻のローマはイタリア西海岸中部にある小都市国家の一つにすぎず、イタリア西海岸中部をめぐる小競り合いに明け暮れている。
いきなり驚いたのが、ローマの源流はトロイ(→Wikipedia)にある事。トロイア戦争で負けたイリアスの王子アエネアスは流浪の末にイタリア西部に流れ着き、その血筋の一つがローマ建国者ロムルスとレムスへと繋がってゆく。
なんとローマのルーツはトルコのアナトリア半島にあったとは。今でこそ EU 加入云々でモメてるトルコとヨーロッパだが、そのヨーロッパが誇りとする古代ローマのルーツは現トルコのアナトリアなのか。すると、シュリーマンのトロイ発掘は、ヨーロッパ人にちょっとした衝撃を与えた…のかなあ?
同時に、名前だけはよく聞くイリアス(→Wikipedia)のヨーロッパにおける位置づけも、少しわかったような。つまり彼らが誇るローマ建国の前史でもあるのだ。
ちなみに、もう一人の王子アンテノスはアドリア海の湾の奥深くに住み着き、「ヴェネティ人と呼ばれた」とか。これは後のヴェネツィアだろうなあ。
と、冒頭から驚きの連続である。
ロムルスとレムスについても、タテマエは軍神マルスの落とし子だが、威厳もヘッタクレもない。彼らは「羊飼い仲間やゴロツキ、(略)流れ者のの青年を糾合して、都市ローマを作った」。なんの事はない、ロムルスはヤクザの親分で、最初のローマはヤクザのアジトだったのだ。
その後も、ロムルスは兄弟喧嘩の果てにレムスを殺し、流れ者や食い詰め者を集めて人を増やす。はいいが、野郎ばかりじゃ子供が出来ない。そこでサビナ女の略奪(→Wikipedia)ときた。やったモン勝ちのだまし討ちである。
ヨーロッパ人が誇りとするローマだから、さぞかし絢爛豪華で奇跡と慈愛に満ちた伝説に彩られてるんだろうと思っていたが、とんでもない。強い者、狡猾な者が生き残る、弱肉強食のシマ争いの末にのし上がってゆく、殺伐とした成り上がり物語だった。
とすると、こういう荒々しい成り立ちのローマを誇りとするヨーロッパ人は、イザナギとイザナミの国産みなんてメルヘンな建国神話の私たちと、精神構造が決定的に違うんじゃなかろか。
などと初めから驚きっぱなしで、話が全く前に進まないが、それは次の記事で。
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