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2017年11月の14件の記事

2017年11月29日 (水)

森岡浩之「突変世界 異境の水都」徳間文庫

12月6日午後6時52分37秒――
関西大移災が発生した。
  ――p215

「要らんこと、見て、聞いて、要らんこと、考えて。それが面白いやないですか」
  ――p449

【どんな本?】

 2016年の日本SF大賞に輝いた長編「突変」の前日譚にあたる、パニックSF長編小説。

 舞台は近未来。突然変移なる現象が多発していた。地球上の一部の地域が、何の前触れもなく他の世界と交換されてしまう。他世界の気候は地球と似ているようだが、地形が多少異なり、また生物相も地球と全く違っている。三年前から確認された現象は、その後も続いていた。

 関西で起きた移災は大規模なもので、大阪を中心に奈良から兵庫に及ぶ。巻き込まれた者たちの中で、主導権を握ろうと三つの組織が動き始める。大阪を拠点とするグループ企業の水都グループ,やはり大阪を根城とする新興宗教団体アマツワタリ,そして自警団の名目でチンピラをまとめた魁物。

 ガスなどのインフラ網や広域の貿易罔を失った都市は、どうなるのか。突然の災害に対し、様々な民間組織や政府機関は、どう動くのか。巻き込まれた人々は、どんな行動をとるのか。そして、水都グループ・アマツワタリ・魁物の主導権争いの行方は。

 巨大災害を人間味たっぷりに描く、娯楽シミュレーション小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年12月15日初刷。文庫本で縦一段組み、本文約598頁に加え、牧眞司の解説「関西大移災! 裏地球の仁義なき抗争のはじまり」10頁。9ポイント40字×17行×598頁=約406,640字、400字詰め原稿用紙で約1,017枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章は読みやすい。内容も、SFとしての仕掛けで大きいのは、移災だけ。これさえわかれば、充分についていける。また、主に情報処理・通信関係で、既に実現している技術の半歩から一歩先の技術が出てくるが、日頃からスマートフォンを使っている人には、感覚的になじみやすいだろう。

【どんな話?】

 はじまりは三年前。インド洋チャゴス諸島沖で漁船が引き揚げた網には、異形の獲物ばかりがかかっていた。しかも、その中の何種かは凶暴で、漁師たちを襲い始める。彼らが引き揚げた生物を科学者が分析したが、いずれも未知の生物だった。

 約三か月後、今度はアメリカ合衆国ネバダ州の一部で異変が起こる。やはり異形の生物が出現するばかりか、地形すら一瞬にして変わってしまった。そこに住んでいた者もいたが、綺麗に消えてしまう。これに似た異変が、世界の各地で起き始める。

 アフリカのブルキナファソで起きた異変が、事件の解明の手掛かりを与えた。異変に巻き込まれ、消えたと思われた者が発したメッセージが見つかったのだ。どうやら、我々の世界と、異なった世界の一部が、交換されたらしい。

 日本政府は、この現象を移災と名付け、緊急時における指揮系統など、法や制度を整えはじめる。また、民間でも、宗教団体や大企業などが、組織を力を活用し、食料の備蓄など災害への対策を講じつつあった。

 水都セキュリティ・サービス略称セキュサは、大阪に根を張る水都グループの一つだ。セキュサに勤める岡崎大希は、グループのオーナー五百住正輝じきじきの命を受ける。新興宗教アマツワタリの次期教主ミヨシと目される少女・天川煌の身を守れ、と。どうも教団内部の抗争があるらしい。

 田頭誠司は魁物を率いている。移災が知られるに従い、自警団の需要が増えた。魁物は、田頭がチンピラを集めて作った民間の自警団だ。荒っぽい事には慣れているし、実際、同業者と衝突する事もある。移災に巻き込まれた時のために、食料などに加え、銃器も集めてあった。

 そして12月6日。関西大移災が起きる。

【感想は?】

 すっかり忘れてた。この著者、陰険な会話が上手いんだ。

 前の「突変」では、双子の高校生・出灰万年青と出灰鈴蘭のドツキ漫才が冴えてた。この作品でも出灰兄妹または姉弟が出てくるが、ここでは二人とも中学一年。会話にも将来の片鱗が見える。

 今回は、それ以上に楽しいコンビが出てくる。まずは水都グループを率いる若きオーナー五百住正輝と、その秘書の神内究。普段は礼儀正しくバリバリのヤリ手を感じさせる神内だが、正輝が相手となると容赦なく突っ込みを入れる。これをボケ通していなす正輝との、ドツキ漫才がたまらない。

 やはり楽しいコンビが、宗教団体アマルワタリを率いる美少女・天川煌と、彼女の後見人・沢良木勝久。登場するまでは「狙われて傷ついた美少女」なんて儚げな印象だった天川煌、実際に口を開くと、これでなかなか遠慮がない。

 そんな彼女に噛みつかれる沢良木だが、彼もなかなか大した人で。いや組織のトップとしちゃ実に頼りないんだが、ありがちな理系の変人というか。やはり自分の価値観をシッカリ持ってる人は強いねえ←違うだろ

 そんな会話のスミに仕込んだ、マニアックなネタも楽しみの一つ。そりゃわかんねえよ、「うわっ」ってw 真面目そうな神内氏の意外な一面が覗ける場面。沢良木と話しが合いそうだよなあ。三つの約束とか資料室の別名とか、困ったオッサンたちだw

 などの小ネタっはもちろん面白いが、それ以上に、グループ企業の内情も読みどころ。ある意味、小松左京の「首都消失」の後継とも言えるシリーズだが、アレが政府関係を中心として描くのに対し、こちらは民間が事態を主導するのが大きな違い。

 これも護送船団方式が残っていた80年代と、新自由主義に移りつつある2010年代の差かな、とも思うが、それ以上に大きいのが、企業が持つインフラ的な資産の成長。

 まずこれを感じるのが、ライドシェアリング制度。いわば企業内Uberだ。大規模なグループ企業なら、どこかの部署の誰かが、しょっちゅう業務用の車で走っている。ならタクシー代わりに相乗りすりゃいいじゃん、って制度。

 もちろん、この制度を巧く動かすためには、刻々と移り変わる「いつ・どこで・誰が・どこを走り・どこに向かっているか」をリアルタイムに把握せにゃならんし、また相乗りする・させる双方がタイミングよく連絡を取れなきゃいけない。

 80年代には難しかったけど、情報通信・処理が発達した現在なら、Uberが示すように、充分に実現可能だ。昔から事務所と工場間などで、業務用の定期便に便乗する、なんて制度はあったんだが、街中で人を拾えるようになると、グッと応用範囲は広がる。

 この制度の目的は、経費節減。タクシー代が勿体ないじゃん、ってこと。こういう節約を目的とした制度は、お役所じゃ発達しにくい。

 他にも縦割り行政とかの弊害があり、省庁間のデータ交換とかはイマイチ巧くいってない。例えば郵便番号は、行政区分と一致してない場所がある(→Wikipedia)。他にも姓名での外字の扱いの不統一を、藤井太洋が「ビッグデータ・コネクト」で描いていた。

 こういう問題も、オーナーの発言権が強い私企業なら、鶴の一声で解決しやすい。私企業でも図体のデカい企業はグループ間の連絡が悪かったりするんだが、これを水都グループの成り立ちで解決しちゃうあたりに、設定の巧みさが光る。

 などといった社会的な仕掛けに加え、この作品では、肝心の突変現象の謎が、少しだけ明かされるのもワクワクするところ。これが意外にも大掛かりな話で…

 とすると、このシリーズも暫く続きそう。前作がご町内を舞台として市井の人々を描き、今回はそれを率いる組織に焦点を当てた。次にどんな話を読ませてくれるのか、とっても楽しみだ。

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2017年11月26日 (日)

リヴィウス「抄訳 ローマ建国史 上・下」PHP研究所 北村良和訳 3

「もし運命が暗転した場合、和平を望んでも、もう遅い。勝っている間に和平を結べという所以である。負けてから押し付けられる和平ほど惨めなものはない」
  ――下巻 第Ⅶ部 ハンニバル戦争Ⅲ(原典:第ⅩⅩⅢ巻)

「カプアはハンニバルのカンナエだった。既にカプアで敗れたのだ。有機も軍律も失い、過去の名声も未来の希望も、あのカプアで失っている」
  ――下巻 第Ⅶ部 ハンニバル戦争Ⅲ(原典:第ⅩⅩⅢ巻)

民衆は王者の奴隷であるか、あるいは高慢な支配者であるか、どちらかである。
  ――下巻 第Ⅷ部 ハンニバル戦争Ⅳ(原典:第ⅩⅩⅣ巻)

「都市ローマを奪う機会は二度あったが、二度とも逸した。最初(カンナエの勝利の後)は、その勇気がなく、二度目は点がそのチャンスを奪った」
  ――下巻 第Ⅹ部 ハンニバル戦争後半

「このハンニバルの敵は、カルタゴ議会であってローマ軍ではなかったのだ」
  ――下巻 第Ⅹ部 ハンニバル戦争後半

 リヴィウス「抄訳 ローマ建国史 上・下」PHP研究所 北村良和訳 2 から続く。

【はじめに】

  • (下)巻をはじめるにあたって
  • 第Ⅴ部 ハンニバル戦争Ⅰ(原典:第ⅩⅩⅠ巻)
  • 第Ⅵ部 ハンニバル戦争Ⅱ(原典:第ⅩⅩⅡ巻)
  • 第Ⅶ部 ハンニバル戦争Ⅲ(原典:第ⅩⅩⅢ巻)
  • 第Ⅷ部 ハンニバル戦争Ⅳ(原典:第ⅩⅩⅣ巻)
  • 第Ⅸ部 ハンニバル戦争Ⅴ(原典:第ⅩⅩⅤ巻)
  • 第Ⅹ部 ハンニバル戦争後半
    (原典:第ⅩⅩⅥ巻~第ⅩⅩⅩ巻)
  • 編訳者あとがき

 下巻は第二次ポエニ戦争(→Wikipedia)を扱う。

 当然、ハンニバル(→Wikipedia)大暴れ。なんたって「ローマ建国史」なのに、見出しはみんな「ハンニバル戦争」だ(右図)。対するローマは任期一年限りの執政官制度もあり、次々と登場人物が変わってゆく。

 見どころはたっぷり。私も名前ぐらいは知っている、象を連れてのアルプス越えや、包囲殲滅戦のお手本カンナエの戦い(→Wikipedia)などに加え、終盤じゃアルキメデスも出てきて、シラクサ防衛戦で大活躍(→Wikipedia)したり。

 ハンニバルのライバル、スキピオ(→Wikipedia)が出てくるのは終盤近く。意外な事に、両者が直接ぶつかったのは、たったの一度、ザマの戦いだけ(→Wikipedia)。若いながらも雄大かつ大胆ながら自軍の長所である海軍力を活かした、彼の構想と戦略は実に見事。

 ただ、カルタゴ側にやたら「ハンノ」って名前の人が出てくるのは、ややこしかった。日本の田中や佐藤みたく、よくある名前なんだろう。

【ハンニバル】

 Wikipedia では「戦術家としての評価は高い」とあるが、そんな甘いモンじゃない。

 なんたって、敵地に乗り込んだまま17年間、増援なし・補給なしで戦いつづけてる。その間、兵も物資も現地調達だ。土地の情報を集めて不和の種を見つけ出し、手先を忍び込ませて民衆を扇動し、巧みに各都市や部族を自軍に引き込む。

当時のイタリア諸都市はどこでも、貴族階級と平民階級の厳しい対立があったが、総じて貴族はローマ支配を望み、平民はハンニバルを貴族階級からの解放者だとして歓迎していた。
  ――下巻 第Ⅷ部 ハンニバル戦争Ⅳ(原典:第ⅩⅩⅣ巻)

 そんな風に、情勢を読んで、戦う前に勝つ算段を整えるのが巧いんだな。で、勝てる情勢に持ち込んだ上で戦う。猛将というより、智将って印象が強い。

 兵の補充もないわけで、その陣営はどうしても現地兵の寄せ集めになる。にも拘わらず軍をまとめてローマと戦いつづけたあたり、政治家としての高い資質もうかがわせる。

 戦い方も、意外と基本に忠実だったり。よく使うのが伏兵。まず、予め有利な地形の所に伏兵を潜ませる。次に騎兵で敵を挑発し、追っかけてきたら伏兵の所へ誘い込み、袋叩きにする。

 チンギスハンの騎馬軍団も、十字軍と戦うトルコの騎馬軍団も、イスラエル戦車団の機動防御も、似たような手を使ってた。昔からの戦い方の王道なんだろう。

【カンナエの戦い】

 と、王道ながら効果的な戦術を駆使するハンニバルだが、この手が効かない老獪で慎重居士のファビウス(→Wikipedia)には苦戦したり。

ハンニバル「我々は侵略軍であり、侵略軍は勝つことによってのみ益々強くなる軍隊である」
  ――下巻 第Ⅴ部 ハンニバル戦争Ⅰ(原典:第ⅩⅩⅠ巻)

 ファビウスの発想は、この侵略軍の性質を突いたもの。勝ってるうちは強いけど、戦いが起きなきゃ勝てない。なら戦わなきゃいいじゃん。勝てない敵は勝手に干上がるぞ、と。賢い。とはいえ、慎重な軍人は弱腰となじられる。ファビウス、これに答えて曰く…

「立派な将軍の下では、運を天に任せる類の戦法は全く重要視されぬ事。また人間の精神と理性をばコントロールし、また危機に瀕した自国の軍隊に屈辱を与えずこれを救うことは、幾千人の敵を殺すよりも数倍の名誉ある仕事である事」
  ――下巻 第Ⅵ部 ハンニバル戦争Ⅱ(原典:第ⅩⅩⅡ巻)

 そうなんだよなあ。職場でも、売り上げを増やすだけじゃなく、事故を防いだり、費用を抑えたりするのも、立派な仕事なんだぞ。目立たないから、滅多に評価されないけどブツブツ…。まあいい。賢明に戦闘を避けたファビウスだが、ここでローマの政治形態の問題が出る。

 ローマの各官の任期は一年。任期中に手柄を立てたい者は、時間がかかる待機策より短時間で終わる決戦を望む。おまけに軍を率いる執政官は二人パウルス(→Wikipedia)&ヴァロ(→Wikipedia)で一本化されていない上に、仲が悪い。これを嘆くパウルス曰く…

「敵とは、単に戦場で相間見えるだけだが、私も経験したのだが、同僚とはあらゆる場所で四六時中戦わねばならぬ」
  ――第Ⅵ部 ハンニバル戦争Ⅱ(原典:第ⅩⅩⅡ巻)

 おおパウルス、その気持ちわかるぞ!無能な癖に熱意と口数が多い同僚ほど邪魔なモンはない。あなたにも心当たりあるでしょ。あるよね、ね!

【戦いの様相】

 当時の戦い方がウッスラ分かるのも、この本の嬉しい所。

 カンナエのような決戦は稀にしか起こらず、基本は都市や堡塁の奪い合い。互いにトンネルを掘って敵地に忍び込んだり、城壁を崩そうとしたり。そういう手口は、紀元前からあったんだなあ。都市カプアの攻囲戦(→Wikipedia)では、まわりをぐるりと堀で囲み、土木ローマの片鱗が見えて嬉しかった。

【都市国家】

 同様に、当時の政治状況も、興味深い所。

 先に触れたように、戦いの多くは都市の奪い合い。それぞれの都市は独立国家みたいな感じで、それぞれが議会を持っていて、独自の外交権や軍を持っている。議会制が多く、王制が少ないのも面白い。また、各都市国家は、現在の国家のようにハッキリした国境があるわけじゃないらしい。

 そんなわけで、戦線もややこしい。ローマにつくかカルタゴか、それぞれの都市が独自の判断で決める。だもんで、勢力図が二分されるわけじゃなく、両軍はモザイク状に入り組んでいる。

 お陰で悲惨なのが、都市周辺に住む農民。当時の軍は本国から糧食の補給を受けるわけじゃなく、たいていは現地調達が中心。それも敵地とあらば軍はやりたい放題で、略奪はもちろん、収穫前の畑を荒らすなど、焦土作戦もやってる。

 クレヴェルトの「補給戦」にも、昔の軍は一か所に留まると周囲の食糧を食いつくすので、常に動く必要があった、みたいな事が書いてあった。

 それでもなんとか補給を受けられるローマ軍はともかく、補給なしのハンニバルは、よく17年間も戦ったなあ、などと感心したり。地元の有力者を味方につける政治手腕も卓越してたんだろう。

【地名】

 舞台がローマ周辺に留まっていた上巻とは違い、下巻だとイタリアはもちろん、ヒスパニアやアフリカにも及ぶ。そのため、ネアポリス=ナポリ,タレントゥム=タラント,新カルタゴ=カルタヘナ,ガデス=カディス,マッシリア=マルセイユなど、現代に伝わる地名が出てくるのも、なんかワクワクする。

 特にスキピオが暴れはじめる終盤は、それまでイタリア半島内での陣の取り合いから、イベリア半島やアフリカへと舞台が広がり、一気にスケールが大きくなってゆき、気分も盛り上がってくるところ。上巻でローマ周辺の小競り合いに終始してただけあって、かなりのカタルシスが味わえる。

【終わりに】

 スキピオの雄大で鮮やかな戦略も書きたいんだが、気力が尽きた。古典ではあるが、文章は親しみやすくて読みやすく、たいして前提知識は要らない上に、お話は起伏に富んでいて飽きない。「あまり格調高い古典はちょっと」と思う人にこそ薦めたい、読みやすくて面白い本だ。

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2017年11月24日 (金)

リヴィウス「抄訳 ローマ建国史 上・下」PHP研究所 北村良和訳 2

「ローマの最高権力を持つ者は、若者たちよ、それはお前たちの中で最初に母親に唇を近づけ、接吻する者であろう」
  ――上巻 第Ⅰ部 王制期のローマ 第Ⅸ章 七代目のタルキニウス尊大王

議会で自由な発言をするのを禁じておれば、議会の外ではもっと大きな声があがる。
  ――上巻 第Ⅲ部 危機に立つ貴族階級(原典:第Ⅲ巻)

「旗持ちよ、ここに旗を置け。ここは留まるに最高の場所である」
  ――上巻 第Ⅳ部 ガリアによる征服(原典:第Ⅳ巻・第Ⅴ巻)

 リヴィウス「抄訳 ローマ建国史 上・下」PHP研究所 北村良和訳 1 から続く。

【二代目の王ヌマ】

 なんとかロムルスは国家を創り上げたものの、当時のローマは小さな都市国家。

 なんたって、今までの悪事が祟って周囲は敵ばかり。おまけにロムルス亡き後のナンバー2はいない。早くボスを決め指揮系統をハッキリさせないと、他の国に攻め込まれて潰れちまう。が、国内の誰が立っても「なんでテメエが仕切ってんだ、あ?」とケチがつく。

 ここで血統で選ばないのが、当時のローマの独特な所。「図説 海賊大全」でも、海賊たちはボスを選挙で決めてたとあるし、修羅場に身を置く集団は、ある程度の民主制を敷く傾向があるらしい。いや逆に、民主的でない組織は生き残れないってだけかもしれない。

 ってことで、ローマはサビナ国からヘッドを召喚する。「もう俺たちは山賊じゃねえ、次のボスはインテリにしようぜ」と言ったかどうかは知らないが、二代目の王はギリシャの学を修めたヌマ・ポンピリウス(→Wikipedia)に決める。

 このヌマ、小難しい理屈じゃ荒くれどもをまとめきれないと考えたのか、統治には宗教を利用するあたり、隠者っぽい雰囲気とは異なり、俗世の世知にも長けてた様子。女神エゲリア(→Wikipedia)を愛人兼助言者に仕立て上げるとかは、現在の漫画やアニメでもよく使われる設定ですね。

 加えて、「出入りばっかじゃ国が保たん、ボチボチ手打ちといこう」と考え、平和主義に転向したのも見事な手腕。そう望むのは簡単だけど、血の気の多い荒くれどもを率いながら、戦争せずに済ますのは並大抵のことじゃない。ここでもヤーヌス神殿の逸話が、創作に応用できそう。

 彼はヤーヌス神――前後に別の二つの顔を持つ神――の神殿をアルギレテウム坂の最下部に作り、それを平和と戦争の標識にした。
 つまり神殿の門が開いている時は国家が戦争していることを示し、閉まっている時は外部のすべての国民と平和協定が結ばれていることを暗示せしめたのである。
  ――上巻 第Ⅰ部 王制期のローマ 二代目の王ヌマ

【王制から共和制へ】

 以後、王制が七代続く。

 いずれも終身制ながら世襲じゃないってのが、古代ローマ王制の特徴だろう。それが通ったのは、王と貴族の力が拮抗してたからかな?

 ヌマ以降、個性はあれどソレナリに優れた王が続くが、七代目のタルキニウス(→Wikipedia)で終焉を迎える。このタルキニウスの追放と、追放されたタルキニウスの逆襲が、濃いキャラとエピソードの連続で、上巻では最も盛り上がる場面。

 まずはルクレティア(→Wikipedia)の凌辱だ。人妻ルクレティアに横恋慕した王子セクストゥス、閨に忍び込んでムニャムニャ。怒りに震えるルクレティアは夫コラティヌスとその友人ブルートゥスの前で全てを告白し、自害を果たす。

 このブルートゥス(→Wikipedia)もビンビンにキャラ立ってる人で。この時までは愚か者を演じ敵(王族)を油断させてきたが…って、織田信長かい。復讐の念に燃え、王制打破を誓う。

「私は今の今、次のことを誓う――ルキウス・タルキニウス尊大王とその妻、さらにその子供らすべてを、剣や火やあらゆる可能な手段を使って追放し、今後、彼らやその他の者の誰であっても、ローマで王となることを決して許さない」
  ――上巻 第Ⅰ部 王制期のローマ 第Ⅸ章 七代目のタルキニウス尊大王

 やがて醜聞はローマ中に広がり、クーデターへと発展してゆく。これが映画なら、前半のクライマックスに当たる所だろう。

【タルキニウスの逆襲】

 王を追放したローマは、共和制に変わる。

 この共和制、トップは二名の執政官で、その任期はたったの一年限り。よっぽど独裁に懲りたんだろうなあ。

 それはともかく、追われたタルキニウスも黙っちゃいない。アチコチを流れつつ、逆襲のスキを伺う。彼が仕掛ける最後の戦い(→Wikipedia)が、映画なら後半のクライマックスで、何人ものヒーロー&ヒロインが登場する。

 まずは杭橋の守護者ホラティウス・コクレス。テベレ川にかかる杭橋を守っていたコクレスは、敵軍に襲われる。橋を奪われたらローマは裸同然、しかし守備隊の者は浮足立って逃げ出してしまう。そこでコクレス、ひとり橋の守備につき、敵に向かい吠えるのだ。

「お前たちは尊大な王族の奴隷だ。自分らの自由には無関心でいながら、他人の自由をわざわざ奪わんものとやって来たのである」
  ――上巻 第Ⅱ部 共和制の誕生(原典:第Ⅱ巻)

 武蔵坊弁慶かい。

 続いて暗殺者ガイウス・ムキウス(→Wikipedia)。敵軍の将ポルシンナ王を暗殺せんと、夜に独り敵の陣幕に忍び込む。が、王の顔をしらなかったため暗殺は失敗、敵に捕らえられてしまう。彼は王に対し「俺は最初だが最後じゃないぜ」と啖呵を切り…

 いやあ、燃える燃える。つか本当に燃えてる。

 女だって負けちゃいない。人質として敵に捕らえられた少女クロエリア(→コトバンク)、同じ捕虜の娘たちを率いてティベル川を泳ぎ渡り、彼女らを家族のもとへと返す。これに怒った敵将のポルシンナ王は…。

 しかし、「少年は、兵士からの不正を最も受けやすい」って台詞を、変に解釈したくなるのは気のせい?

 などと、タルキニウスの追放から逆襲まで、ハリウッドが大金をかけて映画にしたら大当たりしそうな話が詰まってて、上巻では最も盛り上がる所。

【共和制】

 めでたく共和制を守り通したローマだが、この後も近隣との戦争は尽きない。

 少しづつ同盟者は増えるものの、上巻では最後までイタリア西海岸中部の都市国家にすぎない。どころか、最後はガリアに蹂躙される始末。

 何より、ローマを仕切る執政官が二人で、しかも任期がたったの一年ってシステムが、突出した人物を出しにくくしてる。

 加えて共和制になってからは、似たようなパターンの繰り返しになってる感が強い。

 というのも、外敵の脅威に加え、内戦の危機が膨らんでくるからだ。外敵は周囲の国家だが、内戦では貴族 vs 平民の構図になる。ここで護民官なんて制度が出来てくるのも、ローマらしい。が、リヴィウスの筆では、護民官は基本的に悪役なのが切ない。

 この内戦、要は平民が土地と権利を求めるのに対し、貴族がはねつけるって形。次第に平民の圧力が強くなるものの、敵が襲来すると矛を収め、挙国一致で立ち向かうんだが、難が去ると再び平民 vs 貴族の構図になる。

 国家の危機になると保守派が力を増すのは、昔からのお約束なのね。これを利用してワザと戦争を起こす、または危機を演出する政治家もいるけど。

 それでも、紀元前の話なのに、一年ごとに記録がキチンと残ってるってあたりは、感心しちゃうところ。羊皮紙かパピルスかは不明だが、記録媒体が普及してると、詳しい文献が残りやすくて、歴史も辿りやすい。結果として、記録を残した国は、未来での知名度や評価も高くなりがち。

 そんなわけで、公文書の破棄とかは、売国行為に他ならないんだぞ、某官庁。

【おわりに】

 などと強引に社会風刺につなげつつ、次の記事に続く。

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2017年11月23日 (木)

リヴィウス「抄訳 ローマ建国史 上・下」PHP研究所 北村良和訳 1

 『行け、そしてローマ人に告げよ。天の神々が我がローマの全世界の首都となるを願っていることを』
  ――上巻 第Ⅰ部 王制期のローマ 第Ⅲ章 初代の王レムルス

【どんな本?】

 古代において地中海の覇者となり、ヨーロッパ文化の礎となった古代ローマ(→Wikipedia)。それは、いつ、どのように現れ、どんな社会を築き、発展していったのか。

 帝政ローマ期の歴史家タキトゥス(→Wikipedia)が残した文書の一部を元に、トロイ戦争まで遡る起源をはじめとして、紀元前753年の建国から王制、紀元前509年からの共和制、そして紀元前146年のポエニ戦争終結まで、若く上昇期にある古代ローマを描く、古代の歴史書の抄訳。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 大元は Titi Li AB URBE CONDITA(→Wikipedia), Titus Livius。Wikipedia によると、成立は紀元前17年ごろ。

 訳者は、以下3つを中心に、他の本も参考にしている。

  • オックスフォード古典叢書 Titi Liui AB URBE CONDITA : Robert Maxwell Ogilvie 編
  • Weidman 社刊 Titi Livi AB URBE CONDITA LIBRI : Wilhelm Weisenborn, Hermann Mueller 編
  • ロエブ古典叢書 Livy HISTORY OF ROME : B. O. Foster 他編訳

 私が読んだPHP研究所版は2010年10月5日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約542頁+487頁=約1,029頁。10ポイント43字×18行×(542頁+487頁)=796,446字、400字詰め原稿用紙で約1,992枚。文庫本なら四巻分の巨大容量。

 文章はこなれていて読みやすい…なんてもんじゃない。古代ローマ人の雄弁な台詞回しを、格式高いながらも伝わりやすい現代日本語へと巧みに置き換え、独特の節回しすら感じさせる、とっても親しみやすく、読んでいて心地よい文章だ。

 内容も、歴史の知識がなくても、充分に読みこなせる。

 加えて、編集面でも細かい気づかいが嬉しい。地名が沢山出てくるのだが、冒頭に地図があり、位置関係が分かるのがありがたい。また、上巻の末尾に年表がついているのも、素人に優しい気配り。加えて、編訳者の註が文中や同じ見開きの小口側にあるので、頁をめくらなくていい。

 ただ、アクの強い編訳者だけに、資料として読むには注意が必要。例えば「第Ⅳ章 二代目の王ヌマ」。ヌマの師は「ピタゴラスだと説明し縁付けている」。その後、「これは真っ赤な嘘で」とひっくり返し、否定の根拠を挙げてゆく。この根拠、とっても筋が通っていて、強い説得力がある。のはいいが…

 問題は、「これは真っ赤な嘘で」以降のテキストが、誰の筆によるのか、よく分からない点だ。リヴィウスが疑念を呈しているのか、Robert Maxwell Ogilvie など英文の注釈者によるものか、北村良和なのか。「南部イタリア」なんて言葉が出てくるので、リヴィウスじゃないだろうけど。

【構成は?】

 各部・各章の冒頭で、編訳者が概要を示しているので、お急ぎの人は冒頭だけ読めばいい。

 全体の流れは、ご覧のような形。つまり上巻は紀元前753年のローマ建国から紀元前390のアッリアの戦い(→Wikipedia)まで。下巻はポエニ戦争編で、第二次ポエニ戦争(ハンニバル戦争、紀元前219年~紀元前201年、→Wikipedia)を描く。

  •  上巻
  • 編訳者まえがき
  • 序言
  • 第Ⅰ部 王制期のローマ(原典:第Ⅰ巻)
    • 第Ⅰ章 アエネスのイタリア到着
    • 第Ⅱ章 アルバ・ロンガの建設
    • 第Ⅲ章 初代の王レムルス
    • 第Ⅳ章 二代目の王ヌマ
    • 第Ⅴ章 三代目の王トゥルス・ホスティリウス
    • 第Ⅵ章 四代目の王アンクス・マルキウス
    • 第Ⅶ章 五代目の王タルキニウス・プリスクス
    • 第Ⅷ章 六代目の王セルヴィウス・トゥリウス
    • 第Ⅸ章 七代目のタルキニウス尊大王
  • 第Ⅱ部 共和制の誕生(原典:第Ⅱ巻)
  • 第Ⅲ部 危機に立つ貴族階級(原典:第Ⅲ巻)
  • 第Ⅳ部 ガリアによる征服(原典:第Ⅳ巻・第Ⅴ巻)
  •  下巻
  • (下)巻をはじめるにあたって
  • 第Ⅴ部 ハンニバル戦争Ⅰ(原典:第ⅩⅩⅠ巻)
  • 第Ⅵ部 ハンニバル戦争Ⅱ(原典:第ⅩⅩⅡ巻)
  • 第Ⅶ部 ハンニバル戦争Ⅲ(原典:第ⅩⅩⅢ巻)
  • 第Ⅷ部 ハンニバル戦争Ⅳ(原典:第ⅩⅩⅣ巻)
  • 第Ⅸ部 ハンニバル戦争Ⅴ(原典:第ⅩⅩⅤ巻)
  • 第Ⅹ部 ハンニバル戦争後半
    (原典:第ⅩⅩⅥ巻~第ⅩⅩⅩ巻)
  • 編訳者あとがき

 書名に抄訳とあるように、一部を抜き出したものだ。「編訳者まえがき」に詳しい事情を書いてあるので、かいつまんで説明する。

  • リヴィウスの原書は、全142巻。前753年の建国から前9年までを記述。
  • ただし多くが失われ、残っているのは32巻(Wikipediaによると35巻)のみ。
    • 1~5巻 ロムルス建国からガリアによるローマ陥落
    • 6~10巻 ローマ再建から第1次サムニウム戦争
    • 21~25巻 ハンニバルによる第二次ポエニ戦争前半
    • 26~30巻 ハンニバルのザマでの敗北まで
    • 31~37巻 第二次マケドニア戦争
    • 38~42巻 第三次マケドニア戦争終結まで

 本書は、残った32巻から、以下を抜き出したもの。

  • 上巻:1~5巻
  • 下巻 21~25巻+26~30巻の要約

 つまりは人気のある部分を選び取ったわけです。

【感想は?】

 今のところ、上巻しか読み終えてないけど、驚くことがいっぱい。

 上巻は、ローマのルーツから、ガリアによる陥落までを描く。私は古代ローマというと広大な帝国を思い浮かべるが、上巻のローマはイタリア西海岸中部にある小都市国家の一つにすぎず、イタリア西海岸中部をめぐる小競り合いに明け暮れている。

 いきなり驚いたのが、ローマの源流はトロイ(→Wikipedia)にある事。トロイア戦争で負けたイリアスの王子アエネアスは流浪の末にイタリア西部に流れ着き、その血筋の一つがローマ建国者ロムルスとレムスへと繋がってゆく。

 なんとローマのルーツはトルコのアナトリア半島にあったとは。今でこそ EU 加入云々でモメてるトルコとヨーロッパだが、そのヨーロッパが誇りとする古代ローマのルーツは現トルコのアナトリアなのか。すると、シュリーマンのトロイ発掘は、ヨーロッパ人にちょっとした衝撃を与えた…のかなあ?

 同時に、名前だけはよく聞くイリアス(→Wikipedia)のヨーロッパにおける位置づけも、少しわかったような。つまり彼らが誇るローマ建国の前史でもあるのだ。

 ちなみに、もう一人の王子アンテノスはアドリア海の湾の奥深くに住み着き、「ヴェネティ人と呼ばれた」とか。これは後のヴェネツィアだろうなあ。

 と、冒頭から驚きの連続である。

 ロムルスとレムスについても、タテマエは軍神マルスの落とし子だが、威厳もヘッタクレもない。彼らは「羊飼い仲間やゴロツキ、(略)流れ者のの青年を糾合して、都市ローマを作った」。なんの事はない、ロムルスはヤクザの親分で、最初のローマはヤクザのアジトだったのだ。

 その後も、ロムルスは兄弟喧嘩の果てにレムスを殺し、流れ者や食い詰め者を集めて人を増やす。はいいが、野郎ばかりじゃ子供が出来ない。そこでサビナ女の略奪(→Wikipedia)ときた。やったモン勝ちのだまし討ちである。

 ヨーロッパ人が誇りとするローマだから、さぞかし絢爛豪華で奇跡と慈愛に満ちた伝説に彩られてるんだろうと思っていたが、とんでもない。強い者、狡猾な者が生き残る、弱肉強食のシマ争いの末にのし上がってゆく、殺伐とした成り上がり物語だった。

 とすると、こういう荒々しい成り立ちのローマを誇りとするヨーロッパ人は、イザナギとイザナミの国産みなんてメルヘンな建国神話の私たちと、精神構造が決定的に違うんじゃなかろか。

 などと初めから驚きっぱなしで、話が全く前に進まないが、それは次の記事で。

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2017年11月21日 (火)

ハーラン・エリスン「ヒトラーの描いた薔薇」ハヤカワ文庫SF 伊藤典夫他訳

「実に単純明快なんだ。鉄のかたまりは誤りをおかす人間より十中八九はすぐれているんだ」
  ――ロボット外科医

「言うのは簡単なんだ、実際にそれが自分の身に起こるまでは」
  ――バシリスク

「世の中の人の大部分が幻想を信じこんでしまったら、そう、そのときにはっそれはもう現実なのね」
  ――ヒトラーの描いた薔薇

「われわれは忘れるために夢を見るのだと思います。そしてそれはなかなかうまくいきません」
  ――睡眠時の夢の効用

【どんな本?】

 アメリカSF界の暴れん坊、ハーラン・エリスン Harlan Ellison の作品を集めた、日本独自の短編集。

 SFとは言っても、小難しい理屈はほとんど出てこず、仕掛けとしては悪魔や天国や民間伝承が多いので、むしろ奇想小説と言うべきかも。そのかわり、現代アメリカ社会を痛烈に皮肉る社会批評や、過激な暴力描写が売り物で、またオチを放り投げているような作品もある。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年4月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約350頁に加え、大野万紀の解説が豪華15頁。9ポイント40字×17行×350頁=約238,000字、400字詰め原稿用紙で約595枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章はこなれている。ただ、エリスンの芸風として、俗語や口汚い言葉がよく出てくるので、好みは別れるかも。SFとしても、あまり難しい仕掛けは出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出 / 訳者 の順。

ロボット外科医 / Wanted in Surgery / IF 1657年8月号 / 小尾芙佐訳
 医工(フィメック)、医療ロボット。診断は正確で、手術の腕も確か。医工の登場で医学界には大きな衝撃が走る。人間の医師の地位は下がる一方で、難しい手術はみな医工に任される。外科医のスチュアート・バーグマンは失意に暮れ…
 ディープ・ラーニングを応用した AI が大流行の今こそホットな作品。ちなみにエキスパート・システムを使った MYCIN(→Wikipedia) は1970年代初期なので、時代を先取りした作品と言える。ちょっと調べたら、既にダヴィンチ(→News Picks)をはじめ、様々な医療ロボットが活躍しているとか。もっとも、今はまだ「道具」って位置づけだけど。
恐怖の夜 / The Night of Delicate Terrors / A Chicago Weekly 1961年4月8日 / 伊藤典夫訳
 車を走らせるフッカー一家。南部ジョージア州メーコンから、北部イリノイ州シカゴへ。そこで秘密会議が開かれる。途中、吹雪に捕まったが、ここケンタッキー州では黒人が泊まれる宿はめったに見つからない。いや宿どころか、食事すら…
 SFじゃない。黒人の権利を求める公民権運動(→Wikipedia)が高まり始めた1960年代の作品。当時は差別が合法だったんだよなあ。北爆などベトナム戦争では評判の芳しくないジョンソン大統領だが、公民権法では優れた手腕を発揮してます。
苦痛神 / Paingod / ファンタスティック1964年6月号 / 伊藤典夫訳
 トレンテは苦痛神だ。エトス族がそう定めた。トレンテ以前にも苦痛神に選ばれた者はいた。苦痛神は、無限に近い寿命を持つ種族から選ばれる。はるかな昔から、宇宙中の生き物に、容赦なく苦しみを与える。それが苦痛神の仕事だ。勤勉に仕事に励むトレンテだったが…
 宇宙の生きとし生けるもの全てに、命じられるまま機械的に苦しみを振りまく神。私は「服従の心理」で描かれたアイヒマン実験(→Wikipedia)を思い浮かべた。
死人の眼から消えた銀貨 / Pennies, Off A Dead Man's  Eyes / ギャラクシー1969年11月号 / 伊藤典夫訳
 ジェッド・バークマンが82歳で天に召された。貧しいながらも、最後まで誇り高く歩み続けた男。おれ同様、ジェッドに拾われた仲間も2~3人いる。12年前ぶりだ。葬儀が行われるペンテコスト教会には、黒人が集まっている。
 「恐怖の夜」同様に、人種差別を題材にした作品。1963年のバーミングハム黒人教会爆破事件(→Stdio Be)に触発されたのかな? が、この作品は、更にヒネリを利かせている。一見、わかりにくいって点じゃ、在日朝鮮人問題と共通点があるかも。
バシリスク / Basilisk / F&SF 1972年8月号 / 深町眞理子訳
 野戦パトロールから帰る途中、ヴァーノン・レスティング兵長は罠を踏み抜いてしまう。尖らせた先端に毒を塗った竹。気が付いた時、レスティングは敵のアジトにいて、片足を失っていた。敵はレスティングを拷問にかけ…
 時代的に、ヴァーノンがいた戦場は、ベトナムだろう。米軍は将兵を大切にするって話だが、民間人の感情はそうでもないらしい。最近も、トランプ大統領が「私は捕虜にならなかった人が好きだ」なんて暴言を吐いたり(→産経ニュース)。もっとも、この辺は日本の方が酷いんだよなあ。
血を流す石像 / Bleeding Stones / Vertex: The Magazine of Science Fiction 1973年4月号 / 伊藤典夫訳
 ニューヨーク。聖パトリック大聖堂(→Wikipedia)を、四万人の群衆が取りまいている。ジーザス・ピープル(→Wikipedia)だ。正面の扉から、枢機卿が現れた。群衆は喜びに満ちる。その時、天を指し示す枢機卿の指先に…
 ジーザス・ムーブメントなんてあったのか。知らなかった。暴れん坊エリスンに相応しく、筆で鬱憤を晴らしまくる作品。今ならCGでド迫力の映像を創れるだろうなあ。
冷たい友達 / Cold Friend / ギャラクシー1973年10月号 / 小尾芙佐訳
 ここはニュー・ハンプシャーのハノーヴァ。ぼくは悪性リンパ種で死んだ…はずだ。が、病院のベッドで目が覚めた。病院には誰もいない。病院だけじゃない。街全体が空っぽだ。ぼくはユージン・ハリスン、郵便局員、独身。
 誰もいない街に、たった一人で生き残った男。だと思っていたが…。まあ、アレだ、モテない男には、グサグサと突き刺さる作品。どうせ、どうせ…
クロウトウン / Croatoan / F&SF 1975年5月号 / 伊藤典夫訳
 掻爬のあと、キャロルは大変な勢いで怒り出す。「あの子を見つけてきて」。いや見つけてこいったって、もうトイレに流しちまったし。仕方なく、マンホールの蓋をあけて下へと降りてゆく。意外と下水道は不快じゃなかった。
 前の「冷たい友達」とは対照的に、リア充だがしょうもない男を主人公とした作品。下水道に潜る場面では、つい「ざまあ」とか思ったり。はい、ひがんでます。ニューヨークの地下世界を舞台とした、幻想的な作品。
解消日 / Shatterday / ギャラクシー1975年9月号 / 伊藤典夫訳
 バーで待ちぼうけを食らったピーター・ノヴィンズは、電話をかける。が、まちがって、自宅の番号にかけてしまった。誰も出ない…はずなのに、回線の向こうで受話器があがる。しかも、電話に出たのは…
 章題がみんな地口になっている、翻訳家泣かせの作品。いきなり自分が二人になったら、どうするだろう? お互い協力して…とはならないのが、エリスンらしい。
ヒトラーの描いた薔薇 / Hitler Painted Roses / ペントハウス1977年4月号 / 伊藤典夫訳
 1935年、ダウニーヴィルで惨殺事件が起きた。被害者はラムズデル一家六人、うち三人は子供。彼らは裕福で人柄もよく、町の者に愛されていた。ただひとり生き残ったのは、マーガレット・スラシュウッド。町の者は彼女を犯人と決めつけ、井戸に放り込んで殺した。
 アメリカは歴史が浅い。開拓時代は連邦政府どころか州政府すら地方まで力が及ばず、住民たちが集まって社会を創り上げてきた。だもんで、今でも保安官なんて制度が生き残っている。それだけに自治には熱心だが、必ずしも冷静とは限らず…
大理石の上に / On the Slab / オムニ1981年10月号 / 伊藤典夫訳
 ロードアイランド州のリンゴ農園から、巨人の死体が見つかる。身長30フィート(約9メートル)、ピンクの肌、隻眼。残った一つの眼には、ふたつの瞳孔。そして、心臓の真上に無残な傷。興行主のフランク・ネラーは巨人を買い取り、見世物にする。
 有名な神話に題をとった作品。冒頭のリンゴ園の描写から、エリスンらしい絶望と破滅の予兆に満ち溢れている。
ヴァージル・オッダムとともに東極に立つ / With Virgil Oddum at the East Pole / オムニ1985年1月号 / 伊藤典夫訳
 惑星メディア。原住民の人馬族とのコミュニケーションは、なかなか巧くいかない。おれはウィリアム・ロナルド・ボーグ。明暗境界線上の最大の島メディテーション島に一人で住んでる。ヴァージル・オッダムは、厳寒のアイスランドからボロボロの姿で這ってきた。
 エリスンには珍しく、遠い惑星を舞台とし、異星人とのファースト・コンタクトを扱った作品。テレパシーらしき能力を持っちゃいるけど、なかなか意思疎通はできないって意地の悪い設定に、エリスンの性格が出てるw
睡眠時の夢の効用 / The Function of Dream Sleep / Asimov's 1988年12月中旬号 / 小尾芙佐訳
 マグラスが目を覚ました時、自分の脇腹に空いた口を見た。小さな鋭い歯が並んだ、大きな口。それは一瞬でかき消えた。夢じゃない。確かに見た。医師に診てもらったが、異常は見つからない。そこで元妻のトリシアに勧められたのが…
 エリスンの「怒り」を感じさせる作品が多いなか、最後のこれは「哀しみ」が伝わってくる。眠うるしかない時だって、あるんだよね。

 激動の60年代に活躍した人だけあって、饒舌で過激な暴力を描きながら、世の中の理不尽への絶望と憤怒をぶちまけたような作品が多い。

 加えて、この短編集の魅力は、定評ある訳者陣。安定の伊藤典夫の職人芸や、小尾芙佐の名人芸が堪能できるのが、オールドSFファンには嬉しいところ。

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2017年11月20日 (月)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 3

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2 から続く。

【各国の対応】

 戦争となれば、兵が要る。そして兵は食わせにゃならん。

 そんなわけで、参加各国は糧食の調達に追われる。調達の方法にお国柄が出る部分もあれば、似たような所もある。日本・ドイツ・イギリスに共通してるのが、「まず自国民に食わせ、ツケは他国に回す」って点。日本については前の記事で書いたから置くとして…

【大英帝国】

 イギリスはUボートに締め上げられたが、アメリカの後ろ盾に加え、カナダやオーストラリアなどイギリス連邦の協力もあり、比較的に余裕はあったようだが、インドなど植民地に対しては冷酷だった。

 モーリシャスからは主なたんぱく源のレンズ豆を奪う。対日戦の主な兵の供給地だったインドは、米の輸入元のビルマを奪われた上に、値上がりを見込んだ商人の買い占めを傍観し…

食糧難が最高潮に達した1943年から44年にかけて、少なくとも150万人のベンガル人が死亡した。
  ――第5章 イギリスを養う

 この飢餓はインド全土に広がりかける。それを見かねて…

1943年11月、(対インド食糧供給を検討する)当委員会はインドに小麦10万トンを提供するというカナダの申し入れを、船舶がないという理由で断り、イギリス政府はインドの立法すが連合国救済復興機関(UNRRA)に食糧援助の申請をするのを差しとめた。
  ――第5章 イギリスを養う

 みっともないから止めてくれ、ってわけ。さすがだぜ大英帝国。インド独立を描いた「今夜、自由を」で、ベンガルが火薬庫みたく描かれてたのは、そういう経緯もあったのか。

【第三帝国】

 植民地が頼りにならないドイツも、占領地の扱いじゃ負けちゃいない。例えばギリシャじゃ…

ゲリラ兵が活動する地域の村には、救援食糧はいっさい与えられなかった。それどころか、抵抗ゲリラの支援ネットワークを奪うために、家や畑がすっかり焼き払われた。
  ――第8章 ドイツを養う

 匿う奴も敵とみなすナチスの手口は、チェコを舞台とした「HHhH」が描いてた。そのためか、今でも当時のレジスタンスに対しては、複雑な感情が残っているって噂を聞いた。ただしソースは不明。これが東方では…

占領下ソ連のように農業の近代化が遅れている地域では、支配者の常軌を逸した暴力行為に監督能力の欠如が合わさると、農民たちは規模を小さくして自給自足に走る。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、あの手この手でドイツを出し抜こうとした様子。特にウクライナは、スターリンによる飢饉(→Wikipedia)で農民たちは知恵をつけ、隠したり誤魔化したりする手口も洗練してたとか。とはいえ、ナチスは働き手となる男たちをドイツ国内に徴用したんで…

1945年には、(ソ連の)農業労働人口の92%を女性が占めていた。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、女が頑張るしかない状況。おまけに犂をひく馬や牛もナチスに奪われるんだがら、収穫も減ってしまう。ヒトラーのアテは外れるばかり。

 一方、徴用された男たちは、ドイツ内の工場や農場で働かされる。特に戦争末期になると、国民すら満足に食わせられないドイツが、彼らを厚くもてなすはずもなく。

ナチス政権は人間の基礎代謝率の限界に直面した。労働者ひとりに3,000カロリーを与えるほうが、労働者ふたりに1,500カロリーずつ与えるよりも効率的なことがわかったのだ。
  ――第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み

 と、残酷な計算まで始める始末。ユダヤ人虐殺も、動機の一つは食糧だろう、と著者は見ている。

【中国とソ連】

 植民地や占領地から奪えた他の国とは違い、中国(国民党)とソ連は、略奪の対象がいない。じゃどうするか、というと…

 国民党も、最初は人心把握に努めたが、追い詰められるに従い台所は苦しくなる上に、難民が支配地域に雪崩れ込み、食料も足りなくなる。それを稼ぎ時と気づいた商人は食料を買い占め、飢餓を煽る。軍も軍閥化が進み、略奪を始める。そうやってツケを貧しい者に回した結果…

国民党軍の兵士200万人のほかに、少なくとも150万人の民間人が死亡したが、うち85%がもっぱら窮乏と飢えに倒れた農民だった。
  ――第12章 内戦下の中国

 と、悲惨な有様になってしいまう。当然、民衆の気持ちは国民党から離れ、内戦では共産党が躍進してゆく。このあたりは「台湾海峡1949」が詳しかった。

 苦しかったのはソ連も同じ。

(ソ連の)死者2,800万ないし3,000万人のうち、900万人が軍人で、残る1,900万ないし2,100万が民間人だった。(略)死者の大多数は、ドイツ占領下で餓死したか射殺されたものと思われる。
  ――第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い

 と、第二次世界大戦で最大の犠牲を払った上に、戦後は…

1946年の夏、ロシア南部とウクライナの大草原地帯が干魃に見舞われ、凶作になった。だが、スターリンが必要とする穀物の量は、逆に増えていた。東欧のあらたな衛星国に食料を輸出すれば、ソヴィエトの支配が強固になるからだ。
  ――第18章 腹ぺこの世界

 さすが同志スターリン容赦ない。ちなみに従軍した将兵たちへの待遇も、あまし温かくなったと、「イワンの戦争」が暴いている。

【アメリカ】

 他の国とは全く様相が異なるのが、アメリカ。もう完全に別世界で、読んでいると本を投げ出したくなる。とにかく農業も工業も産業力が桁違いで、「なんでこんな国と戦争しようと思ったんだろう?」と、つくづく悲しくなってくる。こんな国で、志願兵がいるのが不思議なくらいだ。

 現代でも化け物じみた兵站能力を誇る米軍だが、その理由は桁違いの産業力だけでなく…

第二次世界大戦中、健康と栄養にあらたな関心が払われ、軍医や補給将校は、兵士たちの飢えと疲労が主因でやがて戦争神経症が引き起こされること、その背景となるのは、単調でまずい食事であることを知った。
  ――第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ

 と、あの戦争から学んだ教訓にある模様。士気の元は、旨くてバラエティに富むあったかいメシなのか。

【最後に】

 とすると、飢えに苦しんだ日本の将兵は、アメリカ以上に戦争神経症に苦しんだはずだ。が、日本政府が詳しく調査したって話は聞かない。敗戦直後の混乱期ならともかく、高度成長期になっても顧みようとしなかったのは、冷たすぎるんじゃないの? なんだかなあ。

 などと、挑発的な書名にたがわず、衝撃的な話が続々と出てきて、酷く疲れる本だった。また、軍ヲタとしては、「日本の船舶を潰すには米軍の機雷封鎖が最も効果的だった」なんて話があって、海上自衛隊が機雷掃海が得意な原因は、これにあったのか、と思ったり。

 軍事系ではあるけど、あまり軍事関係の専門用語も出てこないので、素人にもとっつきやすい。当然ながら残酷な描写は多いし、バタバタと人が死ぬので、その辺の耐性は必要だが、銃後の現実を知る上では、とても迫力のある本だ。つくづく、戦争の被害を受けるのは、軍隊だけじゃないんだなあ。

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2017年11月19日 (日)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1 から続く。

【発端】

 第二次世界大戦の影響で、多くの人が飢えた。

 これは、戦いの犠牲だと私は思っていた。が、どうもそうじゃないらしい。特にドイツは、ワザと飢餓を輸出したようだ。

 第一次世界大戦の経験から、ヒトラーは国民の飢えを強く警戒していた。そこにヘルベルト・バッケが登場する。

戦時下の食糧問題について(ヘルベルト・)バッケ(→Wikipedia)が提唱した解決策こそが、1941年6月のソ連との開戦をヒトラーに決意させた直接の要因なのだ。
  ――第2章 ドイツの帝国への大望

 バッケの理屈はこうだ。穀倉地帯ウクライナを奪え。そうすれば、ドイツは飢えずに済むし、ロシアは干上がって倒れる。「バッケの頭の中にあった具体的な死者数は、3,000万人だった」。もともと虐殺するつもりだったのだ。

 ドイツ軍がモスクワを目の前にして、カフカスの油田に主軸を移した理由も、ウクライナだ。「ウクライナの農業は機械化が進み、ソ連の産油量の60%を消費している」と、ドイツは考えた。そのために、カフカスの油田がどうしても必要だったのだ。

 もっとも、短期決戦を求めてたクセに、その方法が兵糧攻めってのは、なんかおかしい気もする。人間、いったん決めちゃったら、考えを変えられない傾向があるから、矛盾に気づかなかったのかも。

【日本 その1】

 さて日本は。

 両大戦間に人口が増えた上、都市住民の食べる量も増え、困った事になる。そこで朝鮮から米を強奪してしのぐ。当然、朝鮮人は飢え、「彼らは生きのびるために野草を食べた」。当時の「日本政府の食糧官吏や農業経済学者も『飢えの輸出』と呼んでいた」。

 植民地経営なんて大概が残酷なもんだが、大日本帝国も例外じゃなかったのだ。

 加えて、日本の農民も苦しむ羽目になる。外国から安い米がたくさん入ってきたので、国産米の値段も下がり、農家の稼ぎも減ってしまう。食糧問題の難しさは、今も昔も変わらないなあ。ってんで、満州だ。

移住計画は、100万戸の農家、すなわち1936年当時の農業人口の1/5を中国に送り込むというものだ。
  ――第3章 日本の帝国への大望

 元から住んでた者の土地を奪い、日本人移民に与える。おお、ラッキーじゃん。土地を追われる側はたまったモンじゃないけど。

 こういった大日本帝国の性質は、南方でも変わらない。アジアの米蔵だったビルマ・インドシナの稲作地帯では…

占領軍が市場価格よりはるかに安い値段で米を大量に買い上げ、軍の糧食や本土に送るための備蓄米にしていた。国際市場も域内市場も奪われた農家は、苦労して作物を育てても日本人に買いたたかれるだけなので、生産量を減らした。
  ――第11章 日本の飢えへの道

 と、アジアの穀倉地帯から米を奪い、また地域の流通も壊してゆく。もっとも、奪った米を運ぶ船は、アメリカの潜水艦にボコボコ沈められるんだけど。これに加え、不作やインフレ、輸送用の船の不足、米から黄麻や大麻への強制的な転作も重なり、戦後は地獄と化す。しかし…

フランスも日本も正確な死者数の把握に努めなかった。これまで、100万ないし200万人のヴェトナム人が死んだとされてきた。(略)ヴェトナム北部の多くの村にとって、20世紀最悪の経験はヴェトナム戦争ではなく、この飢饉なのだ。
  ――第11章 日本の飢えへの道

 仏印やビルマで帝国陸軍がやらかした事を、私も、知りませんでした、はい。

 もっとも、「日本の新技術が大きな成功をもたらした」と言ってくれるマラヤ人も、少しはいるとか。そうは言っても、イギリスよりはマシって程度なんだけど。

【日本 その2】

 ってな悲惨な話とは別に、意外な事実も書いてある。

 例えば託児所。戦争が始まり人手が足りなくなると、女も働かにゃならん。そこで、国は幾つかの対策をだす。例えば…

食事の準備を共同で行うために炊事場が一万五千カ所、(略)託児所が三万カ所設けられた。

 今でもベビーシッターより保育園が好まれる理由は、こういった経緯なんだろうか。

 また、太平洋の戦いは飢えとの戦いでもあった。

ガダルカナル島では戦死者が5,000人だったのに対し、餓死者は15,000人にのぼると今村(均大将)は推定した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

(ニューギニア方面の)第18軍司令官、安達二十三は、1944年12月10日、「連合軍兵士の死体は食べてもよいが、同胞の死体はたべてはならない」という命令を発した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

 などのエピソードが語るように、兵站無視が帝国陸軍の伝統のように思ってたけど…

1929年、(日本)陸軍の食事が供給するエネルギーは、ひとり当たり1日4000キロカロリーだった。(略)ところが、1941年に、軍の糧食は半減した。
  ――第13章 天皇のために飢える日本

 と、戦前は将兵の食糧事情に気を配っていたのだ。加えて、中華料理や洋食の普及にも、軍が大きな影響を与えた事がうかがえる。というのも。

 1920年頃の日本兵の体格は貧弱だった。じゃ栄養状態をよくしよう、そのために肉を食わせよう。でもヒトは不慣れな料理を好まない。おまけに、「日本食は地方ごとに味の違いが」大きい。そっか、昔から日本のメシはバラエティ豊かだったのね。って、そういう事じゃなくて。

 どこかの地方の味付けにしたら、兵同士でケンカになる。でも、みんなが慣れないなら、ケンカにもならない。そこで、都市で流行りはじめた中華や洋食を真似た。「カレー、シチュー、炒め物、中華麺、豚カツ、唐揚げ」…。皆さんお馴染みのメニューは、帝国陸軍が普及させたわけ。

 おまけに、調味料も味噌から醤油を中心にした。これも同じ理由で、味噌は地方色豊かだけど、醤油は「工場生産で味が標準化されて」いるから。そうなのか。味噌は地方色豊かなのか。今度、旅行に行ったら、地元の味噌を漁ってみよう。

 加えて、民間にも普及させるため、陸軍は「企業、学校、病院に軍隊式の給食を導入しはじめた」。学校給食も社員食堂も、軍が先導したのだ。家庭に対しても、陸軍の主催で「料理の実演が行われた」。軍人さんが料理教室を開いてたのだ。当然、味も似たようなモンになったんだろうなあ。

 ばかりでなく。当時の農村の若者は雑穀交じりのメシを食べてたけど、軍で白米に慣れる。

白米を日本国民全員の主食に変貌させたのは、第二次世界大戦なのだ。
  ――第19章 豊かな世界

 そんなわけで、現代日本人の食生活は、帝国陸軍が創り上げたのだ。これはアメリカも同じで、軍のメシに慣れたGIたちが、今のアメリカの大衆食を形作っているとか。この辺は、「とんかつの誕生」や「カレーライスの誕生」にも触れられてたなあ。

 すんません。また次に続きます。

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2017年11月17日 (金)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 1

第二次世界大戦中、少なくとも2000万の人々が、飢餓、栄養失調およびそれにともなう病気によって、こうした悲惨な死を迎えた。
  ――第1章 序 戦争と食料

窮乏状態に耐える能力の高さは、多くの場合、国民の政府に対する期待の低さを反映する。
  ――第1章 序 戦争と食料

【どんな本?】

 多くの戦争映画や物語が語るように、太平洋戦争中および戦後は多くの日本人が飢えた。ガダルカナルやニューギニアの地獄は有名だし、国内の民間人も代用食や買い出し・闇市に頼った。日本だけではない。あの戦争では、世界中が飢えた。

 ドイツの東部戦線の将兵はもちろん、銃後のドイツ国民も飢えた。占領されたフランスも苦しんだが、ボーランドやギリシャはもっと悲惨だ。イギリスも苦しんだが、辛酸をなめたのは植民地のインドだ。当然、ソ連も苦しんだが、最大のツケを回されたのはウクライナなどドイツ軍に占領された地域だろう。

 当然、日本が占領した地域も上に見舞われた。アジアの米蔵だったビルマやインドシナすら自給もおぼつかず、それに頼っていた周辺国は悪夢となった。長く続く日中戦争に苦しんだ中国は、太平洋戦争終結後も、国共内戦の苦しみがのしかかる。

 と書くと飢えは戦争の結果のように思えるが、実際はもっと複雑だ。そもそも戦争の原因に、食料が大きく関わっている。そして、日本もドイツも、占領地や植民地に、「飢餓の輸出」を目論んでいたし、イギリスも植民地に飢餓を輸出したのだ。

 対してアメリカは…

 戦争の原因に、食料がどう関係したのか。戦前・戦中・戦後で、各国の食糧事情はどう変わったのか。それに対し、それぞれの政府は何を考えてどう対応し、その結果はどうなったのか。食糧事情という視点で第二次世界大戦を分析し、参加各国の暗黒面に光を当てる、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Taste of War : World War Two and the Battle for Food, by Lizzie Collingham, 2011。日本語版は2012年12月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×463頁=約413,459字、400字詰め原稿用紙で約1,034枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 これだけの大容量だってのに、解説によると原本は「著者みずから原書を三割近く削った短縮版」。完全版だと、とんでもない鈍器になるんだろうなあ。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないが、「インドはイギリスの植民地だった」程度の当時の世界情勢や、「日独伊 vs 英米ソ」程度の第二次世界大戦の経緯は知っていた方がいい。また多くの国や都市が出てくるので、地図があると便利。

 それより大事なのは食料の分量とカロリー計算。配給などの食料の量がグラム単位で出てくるので、日頃からスーパーなどで買い物をする人なら、だいたいの量がピンとくる。一日に必要なカロリーは、本書によると以下。

  • 普通の若い男:3000Kcal
  • 訓練中の兵士:3429Kcal
  • 低温下での激しい任務:4238Kcal
  • 猛暑下での戦闘:4738Kcal

 それぞれの食材の重さとカロリー量は、以下。

 これ調べてて気が付いたんだが、最近の Google はカロリー計算までやってくれるとは。「食材 カロリー」でググってみよう。例えば「チーズ カロリー」とか。そのうち Google ダイエットとか流行るんじゃなかろか。

【構成は?】

 基本的に時系列順に並んでいる。それぞれの国の事情が知りたい人は、まず「第1章 序 戦争と食料」を読み、以降は知りたい国の所だけを拾い読みすればいい。

  • 地図/出展に関する註記
  • 第1章 序 戦争と食料
  • 第1部 食料 戦争の原動力
    • 第2章 ドイツの帝国への大望
      小麦から肉へ/敗北、飢え、第一次世界大戦の遺産/自給自足経済と生存権/ヘルベルト・バッケと飢餓計画/東部での大量虐殺
    • 第3章 日本の帝国への大望
      農村危機の急進的な解決策/満州に100万戸/南京から真珠湾へ
  • 第2部 食料をめぐる戦い
    • 第4章 アメリカの軍需景気
    • 第5章 イギリスを養う
      肉からパンとじゃがいもへ/アメリカの粉末卵とアルゼンチンの塩漬け牛肉
    • 第6章 大西洋の戦い
      最も過酷な冬/アメリカという命綱/冷凍肉か兵士や武器か/大西洋の勝利
    • 第7章 大英帝国を動員する
      中東補給センター/東アフリカで勝利をむさぼる/西アフリカとドル不足/ベンガル飢饉
    • 第8章 ドイツを養う
      生産戦争/西ヨーロッパの占領/ギリシャ飢饉とベルギーの回復力/同盟国とアーリア人
    • 第9章 飢えを東方に輸出したドイツ
      現地の食料で生活する/飢餓計画の実施/1941年から42年にかけての食糧危機/ポーランドのホロコースト/ウクライナでの食糧徴発
    • 第10章 ソヴィエト体制の崩壊
    • 第11章 日本の飢えへの道
      米とさつまいも/帝国領土の混乱と飢餓
    • 第12章 内戦下の中国
      国民党の崩壊/生きのびた共産党
  • 第3部 食糧の政治学
    • 第13章 天皇のために飢える日本
      お国のためとされた健康的な食生活/チャーチル給与/アメリカの海上封鎖/ガダルカナル/ニューギニア/ビルマ/本土の飢え/降伏
    • 第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い
      赤軍を養う/都市部を養う/アメリカという命綱/飢えを克服した忍耐力
    • 第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み
      1930年代のイギリス 栄養学的な見解の相違/1930年代のドイツ 「栄養面での自立」政策/配給の政治学/イギリスの労働者階級を養う/ドイツの軍事機構を養う/闇市場/ドイツの都市部 空腹だが飢えてはいなかった
    • 第16章 大英帝国 戦争の福祉的な側面
      ドクター・キャロット イギリス国民の健康を守る/栄養格差の是正/健康と士気 軍の炊事部隊/塩漬けの牛肉とビスケットで戦う/粥、豆、ビタミン/栄養状態の修復 インド軍
    • 第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ
      「いい戦争」/未来への希望/兵士の快適な生活/オーストラリア 勝利のための食品加工/太平洋諸島の人々を養う
  • 第4部 戦争の余波
    • 第18章 腹ぺこの世界
    • 第19章 豊かな世界
      自国の豊かさとヨーロッパの救済を秤にかける/戦後食糧世界の形成/あらたな消費者の台頭
  • 謝辞/訳者あとがき/原註/参考文献/図版出典

【感想は?】

 よくできた戦争関係の本がそうであるように、この本も色々と衝撃的な事柄が続々と出てくる。

 なんたって、最初からとんでもない事実を明らかにする。あの戦争は、最初から多くの人が飢えると分かっていたのだ。少なくとも、日本とドイツは。そして、そのツケを…

 詳しい内容は次の記事で。

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2017年11月14日 (火)

干宝「捜神記」平凡社ライブラリー 竹田晃訳

陳節は神々を訪問して回った。東海君は織ってあった青い上着を一着、土産にくれた。
  ――巻2 37 東海君

罔象(もうしょう)は三歳の子供のようで、目は赤く、全体は黒い色で、耳は大きく、腕は長く、爪は赤い。縛りあげてしまえば食べることもできる
  ――巻12 ?羊(ふんよう)

「私は普通の人間とは違いますから。あかりで私を照らしてはなりませぬ。三年たってからなら、照らしてもかまいませんが」
  ――巻16 396 墓のなかの王女(その2)

狄(てき)希は中山(河北省)の人である。「千日の酒」を造る術を持っていた。
  ――巻19 447 千日の酒

【どんな本?】

 東晋(→Wikipedia)の歴史家である干宝が著した「志怪小説」。先人の書から得たエピソードや、自分が見聞きした事から、神・仙人・幻術・妖怪・幽霊など、怪異と思われるものを集め、編纂した作品。

 小説とは言っても、現代日本の小説とは違う。単に奇怪なエピソードを並べただけで、物語の体をなしていない話が多い。あくまでも歴史家として、話を記録として残すことを目的としたと思われる。

 それだけに、現代に伝わる神話・伝説・民話に取り込まれたと思われる物もあり、また物語の創作に関わる者にとっては、ネタの優れた鉱脈と言えるだろう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によれば、著者とされる干宝(→Wikipedia)は「晋代、四世紀の半ばごろ」の人。本書「捜神記」(→Wikipedia)は、南宋の頃にいったん姿を消すが、「明の万暦年間(1573~1620)」に、20巻本と8巻本の二種類が再び世に出てくる。いずれも「後人の手がかなり加えられていることはまちがいない」。

 怪異譚なだけに、そういう出自の怪しさも、魅力の一つ。

 文庫本で縦一段組み、本文約581頁に加え、訳者の解説11頁。9ポイント42字×16行×581頁=約390,432字、400字詰め原稿用紙で約977枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 思ったより訳文はこなれていて読みやすい。内容については、慣れていないと、最初は少し戸惑うかも。というのも、生死や化け物の概念が、現代日本の私たちと少し違うからだ。でも大丈夫。しばらく読んでいれば、すぐに慣れます。

 また、中国の歴史や人名や地名がしょっちゅう出てくるので、生真面目に読む人は事典や地図を用意した方がいいかも。ただし、だいたいの所は注に書いてある。

【構成】

 全20巻464話からなる。各話は短く、長くてもせいぜい3~5頁。中には冒頭の引用「37 東海君」のように、たった1行の短い話もある。各巻は内容で分けたらしく、解説によれば、ほぼ次の構成。

 なお、各話は独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしても構わない。

  • 巻1 神仙
  • 巻2 方士
  • 巻3 占卜・医術の名人
  • 巻4 風神・雨神・水神
  • 巻5 土地神・祠
  • 巻6・巻7 凶兆
  • 巻8 天子が天命を受ける前兆
  • 巻9 吉兆・凶兆
  • 巻10 夢兆
  • 巻11 孝子・烈女
  • 巻12 異物・妖怪
  • 巻13 山川・水陸および動植物
  • 巻14 異婚・異産、その他動物と人間との交渉
  • 巻15 再生
  • 巻16・巻17 幽鬼
  • 巻18・巻19 妖怪
  • 巻20 動物の報恩・復仇

【感想は?】

 まさしく物語の原石。

 磨けば光りそうなエピソードを、洗いもせずそのまま目の前に放り出した、そんな感じ。冒頭に引用した「東海君」とか、たった1行だ。思わず「だから何やねん!」と突っ込みたくなったり。

 世界の神話・伝説・民話を漁っていると分かるんだが、一見関係なさそうな地域に伝わる話が、似たようなエピソードを持ってたりするのも、こういう本を漁る楽しみの一つ。

 例えば「巻1 26 神符の秘宝」では、道術を心得た者が、揚子江の水を割って大河を渡る話が出てくる。まるでモーセが紅海を分けた話みたいだ。ただし、聖書と違い、全く説教臭さがないのも、この話の特徴。単に「道術ってすごいね」ってだけなのだ。

 こういった説話集には、何かを予言する話もある。中でも皮肉なのが、「巻3 49 七個の璧(へき)」。孔子は「子、怪力乱神を語らず」と語ったとされるが、その孔子が不思議な予言を残した、という話。ところが、その予言というのが、なんとも残念というかw

 日本やインドと同様に、中国にも多くの神様がいる。ただし、微妙に神様との距離感が違うのも、怪異譚の面白さ。「巻12 305 雷神」は、雷神と農民が戦う話。落ちてきた雷神に農民が襲い掛かり、雷神の股を叩き折っている。雷神様、威厳もへったくれもありゃしないw

 その次の「巻12 306 ろくろ首」は、日本でも有名。同じ「ろくろ首」にも二種類あって、首が伸びるのと、首が飛ぶのと。この本は小泉八雲と同じ飛ぶバージョンで、性質も同じ。ただし、お話は全く違い、この本では、なんとものんびりした空気が漂っているのがお国柄というかw

 同じ巻12の「308 ?国」は、女を攫う類人猿の話。諸星大二郎の「西遊妖猿伝」の冒頭は、この話からヒントを得たんだろうなあ。やはり「巻14 蛮夷の起源」は、王が困った約束をする話。敵の将の首を取った者には領土と姫を与えると宣言してしまう。幸い首は取れたが、取ってきたのは犬で…

 などと、話の小道具は似てるんだが、お話全体では微妙にテイストが違うのはお国柄か。「巻19 440 大蛇を退治した娘」では、山に大蛇が住みついて人々に仇を成す。しまいには…

大蛇は誰かの夢に現れたり、巫祝(みこ)を通じたりして、十二、三歳の少女を食べたいと要求するのである。

 このロリコンめ!と憤るが、どうしようもない。仕方なく少女を差し出すが… と聞けば、スサノオのヤマタノオロチ退治を思い浮かべるが、なぜそうなる…って、タイトルでネタバレしてるがなw 他にも、因幡の白兎っぽい話もあったり。 

 ってな、古今の物語の原型になっていると思しき話もあれば、「意外な真実が埋もれてるかも…」と思わせるネタもあったり。

 例えば「巻13 333 ?〓(虫+羸、から)」。土蜂の一種で、「雄ばかりで雌が無い」「蚕か蝗を育てているうちに、それを自分の子に変えてしまう」。蜂には、他の昆虫の幼虫に卵を産み付ける種類がいるから、ソレじゃないかなあ(→Wikipedia)。

 なんてのは可愛い方で。トロイを見つけたシュリーマンにあやかりたくなるのが、「巻15 374 豪華な墓」。呉の時代、江蘇省で大きな墓を掘り返したら、豪華な棺や玉が出てきた、ってな話。なにせ広く歴史もある中国のこと、まだ未発掘の遺跡がたくさん残ってるんだろうなあ。

 怪異譚なのに、微妙に笑える話が多いのも、この本の特徴。「巻16 378 幽霊は存在するか」は、コニー・ウィリスの「インサイダー疑惑」を思わせる。日頃から「幽霊なんかいない」と主張しゆずらない男がいた。おまけに弁が立つので、誰も説得できない。そんな男の所に、一人の客が訪ねてきて…。

 全般的に、物語として起承転結の形になっておらず、奇妙なエピソードを並べただけの話が多い。が、それだけに、物語を作る際のネタに使えそうな物がギッシリ詰まってる。雰囲気としては、諸星大二郎の緊張感より、高橋留美子の微妙にヌケた感じが近いかも。

 無駄知識で喜ぶヲタクや、創作のネタを探すクリエイターなら、読んで損はない。

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2017年11月10日 (金)

シンシア・バーネット「雨の自然誌」河出書房新社 東郷えりか訳

ブラッドベリはただ雨が好きだったのだ。
  ――プロローグ 始まり

気候はクローゼットのなかのすべての衣装で、気象は特定の日に私たちが着ている服である
  ――4章 気象観測者

(イギリスの)18世紀初頭には、(略)男性が傘を手にするのは、めめしさの究極のしるしだった。
  ――5章 雨具

洪水とは、ミシシッピ川をその本来の姿にすることだ
  ――7章 耕せば雨が降る

中国は過去10年間に56万回の雲の種まきを実施し、それによって5000億トンに近い、もしくは長江にまたがる三峡ダムの貯水量の11倍相当の雨を降らせたと主張する。
  ――8章 雨降らし人

雨が降ったあとは、南カリフォルニアのサーファーは、たとえどれだけ波がよくても、海に入らないほうがよいことを知っている。
  ――11章 都市の雨

私たちの頭上に降る雨は往々にして、人間が地上に放出したものを、ただ上から降らせているだけだ。
  ――12章 奇妙な雨

【どんな本?】

 地上にはサハラのように滅多に雨が降らない土地もあれば、インド東北部のように四六時中降っている土地もある。降りすぎれば洪水となり、降らなければ旱魃に人があえぐ。人は天気を占い、操ろうとし、川の流れを変えようとした。

 夕立、霧雨、五月雨、土砂降り。昔から人は雨に幾つもの名をつけた。他にも変わった雨がある。「黒い雨」は禍々しいが、カエルや魚が降る事件は、幾つも記録が残っている。

 地形や気候による雨のメカニズム、雨の多寡で左右される人間の悲喜劇、雨が生み出す芸術、土地計画と雨の関わり。科学・歴史・産業・芸術そして文明のあり方に至るまで、雨に関する色とりどりのテーマとエピソードを綴る、雨の事典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RAIN : A Natural and Cultural History, by Cynthia Barnett, 2015。日本語版は2016年9月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約337頁。9ポイント46字×19行×337頁=約294,538字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。日本列島の日本海側が豪雪地帯となる理由がわかる人なら、充分に理解できるだろう。ただ、世界中の地名が多く出てくる上に、地形が重要な意味を持つので、世界地図か Google Map の地形図機能を使おう。

 ちなみにカート・コバーン、発音はコベインが近いそうです。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • プロローグ 始まり
  • 第1部 自然の雨
    • 1章 曇り、ところにより文明
    • 2章 旱魃、洪水、悪魔の仕業
    • 3章 雨乞い
  • 第2部 雨の見込み
    • 4章 気象観測者
    • 5章 雨具
  • 第3部 アメリカの雨
    • 6章 天気予報士の父
    • 7章 耕せば雨が降る
    • 8章 雨降らし人
  • 第4部 雨を捉えて
    • 9章 嵐を描く人たち
    • 10章 雨のにおい
    • 11章 都市の雨
  • 第5部 気まぐれな雨
    • 12章 奇妙な雨
    • 13章 そして予測は変革を求める
  • エピローグ 雨を待って
  • 謝辞/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 プロローグでいきなりビックリ。雨粒の形を、私は完全に勘違いしていた。

 いや形は正しいのだ、水滴の形で。ただし上下が逆。丸い方が上で、とんがってる方が下。つまり雨は空気を切り裂いて落ちてくる。どうりで強い雨に打たれると痛いわけだ←たぶん違う

 気候は生態系を変える。湿地と砂漠で違うのは当たり前だが、生物の色も変わってくる。ジャングルの鳥と聞けば原色のカラフルな羽根を思い浮かべるが、これは雨のせいらしい。雨が降ると風景がけぶる。そこで同種の仲間を見つけるには、目立つケバい格好をした方がいい。そういう事かあ。

 雨はヒトの生理も変えた。風呂に入ると、手足の指先の皮膚にしわがよる。これ、皮膚が水を吸ってふやけるから…では、ないのだ。1930年代から、一部の医師は知っていた。腕の神経を損傷すると、しわが寄らない。ヒトの神経系が、ワザとシワを作っているのだ。なぜか。

「雨だとしわが寄るいい理由が思いつくかい?」
「雨用の溝(トレッド)とか?」
  ――1章 曇り、ところにより文明

 レーシングカーは、晴れた時は溝のないスリックタイヤを、雨だと溝のあるトレッドタイヤを使う。いずれも地面を掴みクルマが滑らないようにするためだ。指先のしわも同じ理屈らしい。だって他の部分はふやけないでしょ?

 なんて自然科学の話もあるが、もっと繊細な話もある。例えば「9章 嵐を描く人たち」。

 19世紀の詩人エミリー・ディキンソン(→Wikipedia)、秋と冬は鬱に見舞われたとか。日が差さないと気分も落ち込む病気(→Wikipedia)。これは作品にも影響してて、作品数は春と夏に多い。が、質は? どうも、傑作は秋と冬が多いとか。

 このエピソードは、質をどうやって図ったかが面白い。後年に編纂されたダイジェストやアンソロジーを漁り、選ばれた作品を、季節ごとに数えたのだ。なんでも測り方ってのはあるもんなんだなあ。

 この章では、ザ・スミスのモリッシーと、ニルヴァーナのカート・コベイン、両者の共通点へと話を繋げてゆく。マンチェスター出身のモリッシー、アバディーン出身のカート。両都市の共通点は、雨が多いこと。彼らの才能は、雨がもたらす憂鬱が育んだのだ。曰く…

創造力には絶望の季節が必要だ
  ――9章 嵐を描く人たち

 やはり雨の多い「アイスランドでは10人に一人が本を出版すると言われている」とか。締め切りを破る作家を、暗い部屋に缶詰めにするのは、理に叶っているのかも。

 なんて編集者は酷いようだが、もっと酷いのが建築家。一言で言えば…

一般的には、家とその上の屋根の外観が派手であればあるほど、雨漏りする可能性が高い。
  ――6章 天気予報士の父

 ときた。特に無茶苦茶なのが、かの有名なフランク・ロイド・ライト。彼の「作品」は雨漏りで有名で、落水荘(→Wikipedia)も「水漏れやくすみ、コンクリートの破損に年中苛まされている」。

 ライトの従弟のリチャード・ロイド・ジョーンズ・シニアが頼んだウエストホープ邸も雨漏りが酷く、フランクに電話したところ…

ジョーンズ「俺の机に雨漏りしてるぞ!」
ライト「なぜ机を移動させないんだ?」
  ――6章 天気予報士の父

 なんちゅうやっちゃw

 なんて無茶な話もあれば、気候変動が文明の興亡を左右した話、天気予報黎明期の開拓者たちの努力、ムスリムがインドの香水を好む理由、和傘の意外な最盛期、都市と雨の関係など、話題は大小色とりどり。科学・歴史・地理・社会問題と、多くの分野にまたがる、バラエティに富むネタを集めた本だ。

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2017年11月 7日 (火)

ダリル・グレゴリイ「迷宮の天使 上・下」創元SF文庫 小野田和子訳

「GFD」ドクター・グロリアもやっとわかったようだ。「一日ゲイ(ゲイ・フォー・ア・デイ)」
  ――上巻p37

統合失調病はあらゆるタイプの科学者を呑みこんでしまう泥沼だ。
  ――上巻p57

「モラルなんてものは理屈じゃない。神さまんとこのお巡りさんが石板に書いて渡してくれるようなもんじゃない。神経組織に接続されてるものなんだよ」
  ――上巻p142

「それはね、個人的体験はありとあらゆる証拠のなかで最悪のものだからよ、ぼうや。あたしがひとつ学んだことがあるとすれば、それは脳は嘘つきのろくでなし野郎だってことだわね」
  ――下巻p64

「もっとも宗教を必要とするのは、もっとも絶望した人間であり、そういう人間は社会のどん底にいる」
  ――下巻p154

彼女が空想のものだからって、彼女が現実のものじゃないってことにはならない
  ――下巻p277

【どんな本?】

 近未来。化学ジェットプリンターが普及し始めた。あらゆるドラッグのレシピは、インターネットから手に入る。気の利いた高校生なら、既存のレシピをいじり、新しいドラッグだって創れる。

 家出少女フランシーヌは、ボロい教会でソレに出会う。ヌミナス。何かに見守られている、そんな温かい気持ちになる。みじめな暮らしに変わりはないが、気持ちは前向きになった。

 しかしガサ入れで捕まり収容所に入れられたフランシーヌは、教会に通えなくなる。当然、ヌミナスも手に入らない。やがて薬の効果が切れ神を見失った彼女は、自らの命を絶つ。

 フランシーヌと同室になったライダは、フランシーヌの症状に憶えがあった。かつて彼女が仲間とともに立ち上げた新薬開発会社リトル・スプラウト。そこで開発した薬と効果がそっくりなのだ。NME110、またの名をヌミナス。統合失調症の治療に役立ちそうだが、副作用が困る。神の幻覚を見るのだ。

 仲間と話し合い、ヌミナスは葬ったはずだった。だが、それが出回っている。誰が裏切ったのか。何が起きているのか。目的は何か。真相を突き止めようとライダは動き出すが…

 1990年にデビューしたアメリカのSF作家による、近未来ドラッグSF作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は AFTERPARTY, by Daryl Gregory, 2014。日本語版は2017年3月10日初版。文庫本で縦一段組み、本文は上巻約271頁+下巻約281頁=約552頁に加え、橋本輝幸による解説7頁。8.5ポイント41字×17行×(271頁+281頁)=約384,744字、400字詰め原稿用紙で約962枚。標準的な上下巻分の文字数。

 文章は比較的にこなれている。ただ、登場人物は犯罪者が中心のためか、俗語や略語が多く、それにひっかかる人もいるかも。用語集が欲しかった。SF的なガジェットは、主にドラッグ。神を感じるとか、ゲイになるとか。その辺に抵抗がなければ、楽しめるだろう。

【感想は?】

 オツムのイカれた奴ばかりが出てくる、ヘンテコなアクション・ミステリ。百合のトッピングつき…のフリをした、ドラッグ小説。

 主人公のライダ・ローズ42歳からして、一種のジャンキー。ヌミナスの副作用でヤられ、冒頭じゃ収容所暮らしだ。彼女には天使ドクター・グロリアが見える。しかも、グロリアが幻覚だと、ライダ本人は分かってるあたりが、なんともややこしい。

 次に登場するボビー23歳も、思い込みに捕われている。彼はいつもプラスチックの宝箱を、首にぶら下げている。彼の意識は、その宝箱のなかに入っている、そうボビーは信じている。と書くと危ない奴のようだが、それを除けば、気は弱いが優しい人物だ。つまりはタダのヘタレな若造です。

 もう一人のライダの仲間、オリー・スカーステン、こいつはマジでヤバい。

 元は陸軍にいて、次に民間の調査会社に入った。調査会社ったって、タダの浮気調査じゃない。主な客は軍と政府。そこでは彼女の特技が活きた。一見、関係なさそうな複数の情報を突き合わせ、一つの仮説を組み立てる。ただし、これは一歩間違えると、ただの偏執狂だ。

 というか、既に間違えてしまった。そんなわけで、収容所にいるオリーは、薬で特技を抑えている。初登場時のオリーは、薬の支配下にある。そんなオリーが示す症状は、なかなか悲惨。この辺、オリヴァー・サックスの著作が好きな人には、「おお、あのネタか」とピンとくるかも。

 そして彼女たちの前に立ちふさがるヴィニー。日頃はミニチュアのバイソンを可愛がる普通の男。しかし、ヤクをキメると、ザ・ヴィンセントに人格が変わる。タフで冷酷で荒事に慣れたカウボーイ。ハードボイルド小説に出てくる探偵そのものだ。ただし、悪役だけど。

 いずれも、オツムはイカれちゃいるが、なんとかソレと折り合いをつけて生きているのが、この作品の特徴だろう。ただ、その方法はそれぞれ。

 ライダはグロリアを幻覚だと自分に言い聞かせる。ボビーは宝箱さえあれば、ただのヘタレ青年だ。対して、オリーは、薬の影響を嫌っている。これがヴィニーになると、もっと積極的だ。必要に応じて、薬により人格を変える。

 一般にドラッグには悪い印象が付きまとう。が、冒頭のフランシーヌのエピソードは、その思い込みに疑問を投げかける。彼女からヌミナスを奪ったのは、果たしてよかったのか。

 なんて真面目に考え込んでいる読者を、続く大学のドラッグ・パーティーの場面では、とことん茶化してくれる。GFD、ゲイ・フォー・ア・デイ。野郎だらけのおちんちんランドが、このドラッグによりパラダイスに変わる。勘弁してくれw

 このあたりで語られるドラッグの性質も、薬学が好きな人には、なかなか楽しめるところだろう。バイアグラの開発経緯で分かるように、薬ってのは単純じゃないのだ。

 といったSFな道具立てはあるものの、物語はライダを中心として、ヌミナス流出の謎を追うハードボイルド風に進んでゆく。にしても、ライダやオリーなど女性陣がタフでアグレッシヴなのに対し、ボビーといいロヴィルといい、野郎どもが軒並み情けないのはどういう事だw

 謝辞にあるように、オリヴァー・サックスやV.S.ラマチャンドランやダニエル・デネットの著作が好きな人には、「おお、そうきたか!」な場面の多い、ちょっと変わったドラッグ小説。

【関連記事】

【余計なおせっかい】

 謎の焦点となるヌミナス。これ、あながち架空ってわけでもない。

 例えばアリス・W・フラハティの「書きたがる脳」には、「詩神を呼ぶ装置」が出てくる。脳の特定部分を刺激すると、インスピレーションが沸きだすのだ。ロバート・A・バートンの「確信する脳」には、宗教的法悦を与える装置が出てくる。

ちなみにこの法悦装置、二重盲検が不充分って批判もある。が、別の見方をすれば、プラシボ効果を高める演出をすれば、かなり使えるとも言える。もっとも、何に使うのかが問題だけど。

 ジョナサン・ハイトの「社会はなぜ左と右に分かれるのか」によると、人の倫理観には六つのアンテナがある。それぞれのアンテナの感度は人により違い、これが政治的・倫理的な対立を生む。アンテナのうち一つが神聖/堕落で、これが発達した人は宗教に入れ込みやすいんだろう。

 つまり、ヒトの脳には、神を感じる機能があるらしい。それが特定の部位なのか、ニューロンの繋がり具合で全体に分散してるのかはわからないが。今のところ、TMS(→Wikipedia)などの大げさな装置が必要だが、これを薬に置き換えたのが、この作品のヌミナスだ。

 と、そんなあたりを踏まえて、関連記事の第二弾・ノンフィクション編をどうぞ。

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2017年11月 5日 (日)

トレイシー・ウイルキンソン「バチカン・エクソシスト」文藝春秋 矢口誠訳

イタリアでは、非常に多くのカトリック教会で悪魔祓いが行われている。これは信仰心の篤い人々によって行われているバチカン公認の儀式だ。
  ――プロローグ

悪魔はラテン語を嫌っている。
  ――第二章 儀式は聖水とともに始まる

被術者がたった一回の悪魔祓いで治癒することはめったにない。アモルス神父から悪魔祓いをうけている人たちのなかには、何年も神父のもとへ通っている者もいる。記録保持者は、なんと16年間だ。
  ――第二章 儀式は聖水とともに始まる

アモルス神父がエクソシストになった1986年、イタリアには20人のエクソシストしかいなかった。しかし、現在(本書の出版は2007年)ではほぼ350人になっているという。
  ――第三章 歴史

人々が求めているのは即効性のある解決法だ。大きな宗教はどれも、そんなものは提示していない。しかし、いわゆる新興宗教はしている。それに、魔術師もだ。
  ――第四章 横顔

「臨床病理学に35年間たずさわってきたわたしの経験から言えば、悪魔祓いは明らかに催眠術の一種だ」
  ――第八章 懐疑主義者と精神科医

【どんな本?】

 1973年に大ヒットした映画「エクソシスト」。てっきり全部作り話かと思ったら、そうでもなかった。

 悪魔はともかく、エクソシストは実在する。それもモグリでもなんでもなく、バチカン公認で。しかも、21世紀の今日、イタリアではエクソシストを求める人が急激に増えている。そして助けを求める声に応えるため、バチカンもエクソシスト育成に取り組んでいる。

 悪魔祓いとは、いかなる儀式なのか。エクソシストとはどのような者で、どんな考えを持っているのか。バチカンは、悪魔祓いをどう考えているのか。エクソシストを求めているのは、どのような者なのか。そして、科学の立場に立つ医師たちは、悪魔祓いをどう見ているのか。

 LAタイムズのローマ支局長を務めるジャーナリストの著者が、当のエクソシストを始め、その被術者・医師・警察そしてバチカンの関係者に取材し、その実態と意向に迫ったノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Vativan's Exorcists : Driving Out The Devil In The 21st Century, by Tracy Wilkinson, 2007。日本語版は2007年5月20日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本部約205頁。9ポイント42字×18行×205頁=約154,980字、400字詰め原稿用紙で約388枚。文庫本ならやや薄め。今は文春文庫から文庫版が出ている。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、舞台の多くがイタリアなので、イタリアの地図があるとより迫力が増すかも。また、イタリアの南北問題を知っていると、より切実さが増す。バッサリ言うと、豊かで都会的な北部と貧しく伝統的な南部、みたいな構図(→Wikipedia)。

【構成は?】

 一応、頭から順番に読む構成になっている、が、美味しそうな所をつまみ食いしてもいいだろう。

  • プロローグ
  • 第一章 現代の悪魔祓い師たち
  • 第二章 儀式は聖水とともに始まる
  • 第三章 歴史
  • 第四章 横顔
  • 第五章 悪魔に憑かれた三人の女性
  • 第六章 悪魔崇拝者たち
  • 第七章 教会内部の対立
  • 第八章 懐疑主義者と精神科医
  • エピローグ
  • 訳者解題 日本のカトリック教会の場合

【感想は?】

 あくまでも冷静に客観的かつ公平な立場を貫いた、真面目なルポルタージュ。

 まず、エクソシストが本当に居ることに驚いた。それも、バチカン公認で。と書くと熱心に取り組んでいるようだが、事態はそれほど単純じゃない。

 そもそも悪魔祓いに対し、バチカンの中でも意見が分かれている。積極的に後進の育成に取り組んでいる人もいれば、あまり大っぴらに騒いでほしくないと考えている人もいる。その根底には、キリスト教の教義の根本に迫る重大な問いがある。

 「悪とは何か? 悪魔とは何か?」

 それは実体を伴うものなのか。もっと抽象的なものなのか。バチカンにとっては重大な問いなのだが、今のところ意見は統一されていない様子。そのためか、悪魔祓いについても、バチカン全体としては慎重な姿勢。つまり、「まず医師の診断を受けてね」って態度だ。

 が、もっと積極的な人もいる。「別に悪魔祓いを受けたからって、医学的な害があるワケじゃない。悪魔祓いが効けばよし、効かなきゃ医師に任せりゃいい」なんて神父もいる。

 かと思えば、そういう姿勢を強く批判する人もいる。

医学的な治療をすべて試すまえに悪魔祓いをはじめれば、被術者は悪魔祓いだけを信じてしまい、ほかの方法で問題に立ち向かう意志を失ってしまう。

 と、極めて慎重だ。これを、当のエクソシストであるダーミン神父が言っているんだから面白い。実際、イタリアじゃエクソシストは引く手あまただ。ダーミン神父も、エクソシストの仕事が大忙しで、多くの苦しむ人々を救おうと、長年役割を果たしてきている。加えて…

ここへくる90%の人たちは、ほんとうに憑依されているわけではない。たんに心霊現象に逢っているだけなんだ。

 なんて言ってて、彼らが「悪魔憑き」と「心霊現象」をキッチリ区別している由もうかがえる。

 こういう考え方の違いは、医師にもあって。「別に害もないようだし、それで気持ちが楽になるなら」と、患者が悪魔祓いを受けるのを認める医師もいれば、「それは患者を惑わすだけだ」と批判的な医師もいる。

 けっこう本質を突いてるんじゃないかと思うのは、やはりエクソシストのジェンマ司教。

「ときには、話を聞いてもらったり、祈祷に招かれたり、信頼してもらうだけで、苦しんでいる人たちにとっては大いなる救済になるんだ」

 確かに、愚痴や悩みを聞いてもらうだけで、気持ちが楽になるって事はあるんだよなあ。かと思えば、辛辣に批判する人もいて…

「司祭のなかにもヒステリー症の人間がいるんだ。なかにはいつまでも(儀式を)やっているような者もいる。そうした司祭は、自分自身がコントロールできていないのではないか」

 と、エクソシスト自身に疑惑の目を向ける人も、教会の中にいる。

 私のような素人だと、バチカンは一枚岩に見える。でも、実際には、様々な考え方の人がいるってのが分かっただけでも、ちょっとした収穫だった。また、「精神病は恥だが、悪魔憑きはそうじゃない」なんてイタリア南部の感覚も、ちょっとした驚き。

 また、巻末の「日本のカトリック教会の場合」も、狐憑きなどを引き合いに出し、更なる思索(というより妄想)のネタを提供してくれる。

 文章は読みやすいし、文字数も多くない。が、こういう「真面目と怪しげの境界」の話が好きな人には、興味深いエピソードが次から次へと出てくる、興味の尽きない本だ。

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2017年11月 3日 (金)

菅浩江「ID-0 Ⅰ・Ⅱ」ハヤカワ文庫JA 原作:ID-0 Project

「それを決めるのは俺じゃない。あんたが俺という存在をどう認識するかだ」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「今さら過去を知って何になる。この身体で、この意識で生きてきた時間が、今の俺を形作っている」
  ――ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ

「こんな形になっても、俺はまだ走り足りねえ。生き足りねえ」
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

調査、仮説、実証。
  ――ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

【どんな本?】

 谷口悟朗監督・黒田洋介脚本で、2017年に放送されたSFアニメ「ID-0」を、ベテランSF作家の菅浩江が小説化した作品。

 遠未来。人類は鉱物「オリハルト」を発見する。オリハルトの応用範囲は広い。恒星間航行、遅延のない情報通信、そしてロポットへの意識転位。これにより人類の文明は飛躍的に発展し、遠宇宙へと進出、その版図を広げてゆく。

 しかし、オリハルトには副作用もあった。制御不能の重力異常と空間歪曲を引き起こすのである。

 天涯孤独の学生ミクリ・マヤは、宇宙地質学を専攻している。初めてのオリハルト試掘調査で宇宙に出向くが、慣れぬ作業に加えオリハルト採掘につきもののミゲルストリームに見舞われ、虚空に放り出されたところを採掘業者に助けられた。

 オリハルトは、人類の文明を支えている。その採掘は、大きな報酬が得られる半面、事故に巻き込まれる事も多い、危険な仕事だ。そのため、大企業ばかりでなく、一攫千金を狙う怪しげな採掘業者も多い。

 マヤを助けたのは、エスカベイト社のストゥルティー号。社長のグレイマンを含め、全6人のアットホームな…と言えば聞こえはいいが、つまりは零細企業。しかも、メンバーはいずれもワケありっぽい怪しげな奴らばかりで…

 宇宙空間を舞台に、アクの強い奴らがバトルとチェイスを繰り広げる、痛快娯楽活劇。

 なお、Ⅰ:Ⅱ巻とも、ラテン語の副題がついている。

  • ID-0 Ⅰ Cognosce te ipsum. ――汝自身を知れ
  • ID-0 Ⅱ Vive hodie ――今日生きよ

 Cognosce te ipsum は「デルポイの神殿に刻まれたギリシア語(グノーティ・セアウトン)のラテン語訳」、Vive hodie は「ローマの詩人マルティアーリスの言葉」。いずれも「山下太郎のラテン語入門」より引用した。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 Ⅰは2017年6月25日発行、Ⅱは2017年7月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約264頁+291頁=約555頁。9ポイント40字×17行×(264頁+291頁)=約377,400字、400字詰め原稿用紙で約944枚。文庫本の上下巻としては標準的な分量。

 文章はこなれている。が、内容は、というと…。

 アニメのノベライズのため、アニメを観た人と観てない人では、だいぶ印象が違うはず。私は観ていたので、描かれている場面がアリアリと瞼に浮かんだ。お陰で終盤では、子安声が朗々と脳内に鳴り響く羽目にw

 というのも、序盤からSFガジェット満載な上に、ストーリーもジェットコースターなのだ。そのガジェットもニュートン力学から土木工学・量子力学そして怪しげな未来技術と、バラエティ豊かで高濃度。そのためか、私はアニメ以上のスピード感を楽しめた。が…

 小説から入る人は、あまりのハイテンポと、次から次へと出てくる仕掛けやガジェットに、振り落とされかねない。もしついて行けたなら、あなたはSF者としてかなりの強者に育つ素質を持っている。そんなモンになりたいかどうかは疑問だけど。

 という事で、できれば用語集と登場人物一覧をつけて欲しかったなあ。

【感想は?】

 アニメのノベライズなんて…とナメていたが、とんでもない。これぞ21世紀のスペースオペラ。

 なんたって、序盤から次々と出てくるガジェットに頭クラクラ涎タラタラな上に、ひっそりとリアリティ豊かな小道具を仕込ませているからたまらない。

 例えば冒頭の小惑星採掘の場面。小さな天体は重力も小さい。だから地球上での鉱山採掘とは違った苦労がある。ってな堅苦しくて面倒くさい世界観を、たった3行で説明すると共に、地球の重力の支えがない宇宙空間へと、一機に読者を連れてゆく。

 このスピード感あふれるセンス・オブ・ワンダー。ああ気持ちいい。

 続いて出るのが掘削用語のライザーパイプ(→weblio)に、天体の機動を乱すヤルコフスキー効果(→Wikipedia)。こういう、まっとうな専門用語で物語世界の地盤を充分に固めた上で、ミゲル・ストリームやIマシンなんてハッタリをカマしてくると、SF者の血はザワザワと騒ぎ出す。

 この血の騒ぎは裏切られる事なく、ちょっとした船体のメンテナンス場面でも、一瞬の気のゆるみが永遠の別れになりかねない、力学に支配された宇宙空間の冷酷さと空虚さを感じさせたり。

 かと思えば、Ⅱ巻では、スイングバイからバサードラムジェットに至る、今までのスペースオペラの定番の推進方法をアッサリと総括するあたりも、「わかってるじゃん」と嬉しくなってしまう。

 お話の方も、Ⅰ巻は息つく暇もないアクションとチェイスの連続。

 最初の語り手は女子大生のマヤちゃん。いきなり宇宙空間で始まったかと思えば、さっそく事故を起こし、虚空に放り出され絶体絶命…と思ったら怪しげな連中に拉致もとい救い出され、やれやれこれで一安心…している暇もなく、正規軍に追いかけまわされるお尋ね者に。

 元は施設育ちで天涯孤独。幸い優等生な上に適性があり、アカデミーで宇宙地質学を学ぶ事になる。はいいが、なにせ先立つ物がない。二言目には「奨学金」が口癖の苦労性。まあ、真面目で現実的な人なんですね。

 そんな娘さんが、見るからに海千山千な山師どもに囲まれ命綱を握られてるってだけでも、設定の巧みさが光る。

 とまれ、映像と小説じゃ、得手不得手が違う。派手なアクションは映像の方が映えるが、細かい説明は苦手。そういう点では、アニメで何気なく使っているマスドライバーなどのガジェットに、ちゃんとSFっぽい理屈をつけて辻褄を合わせてくれたのも、考証マニアとしては楽しい所。

 だけでなく、マヤをはじめとして、それぞれの登場人物の背景を掘り下げたあたりも、この作品の読みどころ。特にⅠ巻ではマヤ視点の記述が多く、彼女がタダの優等生ってだけじゃないのが明らかになる。ばかりか、これが軍人のアマンザや主役のイドと絡み、物語のテーマへと迫ってゆく。

 人物配置として「あれ?」と思ったのは、イドとリックの関係。青のイドと赤のリック、戦隊物なら赤のリックが主役を張るところを、青のイドが主役ってのに、何か魂胆を感じたり。考え過ぎかな?にしてもリック、隕石や宇宙塵はヒョイヒョイ避けるのに、女の拳は決して避けないあたり、漢だよなあw

 ただ、終盤のイドとアダムスの絡みは、ちと腐臭が漂ったり。この辺、著者が楽しんで書いてるのがアリアリで、ま、いっかw ある意味、アダムスの想いがアニメより強く伝わってくるのは、気のせいじゃないと思う。

 目まぐるしく転がってゆくストーリーに、次から次へと登場するSFガジェット。意外な所に隠したマニアックなネタに、キャラの立った登場人物。そして、銀河狭しと駆け巡るチェイスに、危機また危機が続く緊張感。21世紀のスペースオペラと呼ぶに相応しい、痛快娯楽活劇だった。

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2017年11月 1日 (水)

田中辰雄・山口真一「ネット炎上の研究 誰があおり、どう対処するのか」勁草書房

人々を情報発信から遠ざけた炎上はなぜ生じたのだろうか。炎上を防ぐ方法はあるのだろうか。炎上はネット社会に不可避な現象で、これを甘受するしかないのだろうか。これらの問いに答えようというのが本書の問題意識である。
  ――はじめに

炎上は年間400件(1日に1件以上のペース)発生しており、それによる経済的被害まで発生している。
  ――第4章 炎上は誰が起こすのか

【どんな本?】

 特定の人物や組織が、非難や罵倒の集中砲火を浴びる「炎上」。この言葉には、悪い印象がつきまとう。

 例えば、スマイリーキクチ中傷被害事件(→Wikipedia)。芸能人のスマイリーキクチ氏が、凶悪犯罪の犯人と間違われ、10年近くデマに悩まされた。芸能人や政治家のなどの有名人は、言葉尻をとらえられ大騒ぎになる事は多い。

 だが、炎上が有益な場合もある。例えばグルーポンすかすかおせち事件(→Wikipedia)では、タチの悪い商行為の告発につながった。ステルス・マーケティングが明るみになると、たいてい大騒ぎになる。最近では、健康・美容サイトの WELQ が、医学的に信用がおけないと話題になった。

 無名だからといって、油断はできない。未成年の喫煙・飲酒自慢が非難を浴びた例は多い。大人でも、暴力行為の自慢が身を滅ぼした例がある。明らかな犯罪行為ならともかく、居酒屋に子供を連れていくなど、微妙な線で燃え上がる事もある。

 公開の場ばかりではない。最近はメールや LINE から炎上に発展するケースもあり、誰もが炎上の餌食になりかねない。

 炎上は、なぜ起きるのか。どのような経過をだどって炎上に発展するのか。今までは、どんなケースがあったのか。対象者はどんな対策を取り、どんな結果になったのか。それぐらいの期間、炎上は続くのか。誰が炎上させているのか。そして、効果的な対策はあるのか。

 多くの事例や関係者へのインタビュウ、そしてアンケートなどのデータに基づき、炎上の歴史と現象と構造、そして対策までを語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年4月25日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約233頁。9.5ポイント35字×30行×233頁=約230,670字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれている。幾つか統計関係の式が出てくるが、わからなければ無視しても大きな影響はない。その式が意味する事を、普通の日本語で書いてある。紹介している事例の多くは、2ちゃんねるや Twitter などで話題になった事件なので、ネットに浸っている人ほど迫力を感じるだろう。

【構成は?】

 原則として前の章を受けて次の章が展開する形なので、素直に頭から読んだ方がいい。具体的なデータに基づいた歴史と現状分析は第5章までで、第6章以降は思索的な内容が中心となるので、即物的な内容を求める人は第5章まで読めば充分だろう。

 構成はとても親切で、特に拾い読みしたい人への配慮が行き届いている。最初の「はじめに」で、本全体の流れを語り、また各章の冒頭でも、その章のまとめを述べている。そのため、必要な部分をスグ見つけられる。

 加えて、注を頁の下においてあるのも嬉しい。いちいち頁をめくらなくていいので助かる。

 参考文献も4頁に渡り、内容的にも形式的にも学術書と言って差し支えないわりに、文章は親しみやすく読みやすく、また表やグラフを活用し、素人向けのわかりやすさに配慮しているのもありがたい。

  • はじめに
  • 第1章 ソーシャルメディアと炎上:特徴と発生件数
    • 1-1 炎上とは
    • 1-2 炎上の特徴
    • 1-3 炎上の発生件数推移と傾向
    • 1-4 参考となる論文・書籍
    • 1-5 ネットコミュニケーションのゆくえ
  • 第2章 炎上の分類・事例・パターン
    • 2-1 炎上の分類
    • 2-2 Ⅰ型:反社会的行為や規則に反した行為(の告白・予告)
    • 2-3 Ⅱ型:何かを批判する、あるいは暴言を吐く・デリカシーのない発言をする・特定の層を不安にさせるような発言・行為をする
    • 2-4 Ⅲ型:自作自演、ステルスマーケティング、捏造の露呈
    • 2-5 Ⅳ型:ファンを刺激(恋愛スキャンダル・特権の利用)
    • 2-6 Ⅴ型:他者と誤解される
    • 2-7 炎上のパターンと予防・対処
  • 第3章 炎上の社会的コスト
    • 3-1 情報発信の萎縮
      企業炎上・触法自慢/情報発信からの撤退/五輪エンブレム事件/炎上経験者の体験談/サイバーカスケード
    • 3-2 若干の統計的検討
      アンケート調査より/SNSの変遷より/社会的コストのラフ推定
    • 3-3 初期インターネットとの比較
      ネット楽観論の暗転/フレーミング(Flaming)との違い
    • 3-4 炎上対策の検討
      炎上対策1:話題の限定/炎上対策2:謝罪
    • 3-5 結語:炎上のコストは情報発信の萎縮
  • 第4章 炎上は誰が起こすのか
    • 4-1 人々の炎上とのかかわり方
    • 4-2 データから見る炎上参加者のプロフィール
    • 4-3 炎上参加者の分析:年収の多い若い子持ちの男性が書き込み
    • 4-4 炎上行動に有意でない属性:ひとり暮らし、学歴、ネット時間等
    • 4-5 炎上の捉え方と予防方法
  • 第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか
    • 5-1 なぜ参加者数を調べるのか
    • 5-2 アンケート調査での炎上参加者推定
    • 5-3 Twwitterでの炎上参加者推定
      ルミネCM炎上事件/6つの炎上事件
    • 5-4 炎上での直接攻撃者
      炎上への参加者数のまとめ/有識者は知っている/炎上の主役はどんな人たちか
    • 5-5 結語:炎上参加者はごく一握り
  • 第6章 炎上の歴史的理解
    • 6-1 炎上の理解:集団極性化とデイリーミー
    • 6-2 近代化の歴史より
      国家化・産業化・情報化の三段階論/若干の統計的補足
    • 6-3 草創期の力の濫用
      軍事力・経済力の濫用/情報発信力の濫用/炎上は解決すべき課題
  • 第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離
    • 7-1 炎上の真の原因
      発信規制/過剰な発信力/インターネットの学術性/受信と発信の分離
    • 7-2 サロンの構想
      サロン型SNSの仕様/サロン型SNSの詳細/サロン普及後のイメージ/非公開サロン/その他の仕様
    • 7-3 自由参加かメンバーシップか
    • 7-4 結語:サロンの必要性
  • 第8章 炎上への社会的対処
    • 8-1 炎上とのかかわり方とインターネットに対するイメージ
    • 8-2 政策的対応の検討
    • 8-3 炎上への規制対応は難しい
  • 付録 炎上リテラシー教育のひな型
  • 参考文献/索引

【感想は?】

 ブログの書き手としては、どうしても注目してしまう本だ。

 幸か不幸か、このブログは閑古鳥が鳴いている。そのため、どうしても油断しがちだが、その気になれば世界中の人がこのブログを見れる。いつどこから火の手が上がるか、わかりゃしない。

 そんなわけで、多少の警戒はしている。自宅の住所や電話番号など、身元が割れそうな事は書かない。写真を使う際も、撮影場所や日時を示す Exif は消す。当然ながら、過去の悪行を自慢したりはしない…していないつもりだ。

 これらはインターネットを使う際に、あたりまえの自衛方法として、むしろ周知徹底すべき事柄だろう。

 が、ダークサイドもある。萎縮だ。本来、インターネットは自由に意見交換できる場だった筈だ。だが、炎上を恐れるあまり、ある種の話題は避ける場合がある。というか、正直言って、私も避けている。特に、政治やホットなネタは、よく知らない上に事実確認が面倒なので、慎重にしている。つまりビビってるワケです、はい。

 そういう萎縮は社会的な損失だ、そういう視点で書かれているのが、この本の好きな所。

 とはいえ、ネットイナゴども、まっとうに議論が成立するなら、教えていただきましょうって気にもなるんだが、炎上の場合はそうはいかない。「第3章 炎上の社会的コスト 」に曰く、「そもそも攻撃側に議論する気はなく…」。単に袋叩きにしたい、それだけの人が多いのだ。

 そんな風に、インターネットは特異な場所と思われているが、炎上のプロセスを見ると、従来のメディアの力を再確認したり。というのも、炎上に発展するのは、こういう経過だからだ。

  1. 何か問題が起きる。
  2. 誰かが Twitter や2ちゃんねるなどにタレこみ、祭りになる。
  3. まとめサイトやニュースサイトが騒ぐ。
  4. テレビや新聞が取り上げる。

 マスコミが取り上げれば騒ぎが大きくなり、そうでなければ小炎上で済む。マスコミが騒ぎの大きさを左右してるわけで、従来メディアの力は侮れない。

 全般的に多くのデータを基にしているのも、本書の特徴。例えばブログ、Twitter や LINE に押されて下り坂の雰囲気があるが、「ブログのユーザ数は300万程度で安定している」(第3章 炎上の社会的コスト)なんて嬉しい話も。もっとも、データ自体は2009年までしかないんだけど。

 ただし、肝心の炎上参加者のプロフィールについては、アンケートの回答を元にしているので、ちと疑問が残る。炎上参加者は「高年収・ラジオやSNSをよく使う・子持ちの若い男」などが相関が強い、とあるが、あくまでも「自称」なんだよなあ。

 それより信頼性が高いと思われるのが、ニコニコ動画の川上量生や2ちゃんるの西村博之の証言。

川上量生:炎上参加者が少数派である一方で、炎上参加者自身は自分を少数派だと思っていない
  ――第4章 炎上は誰が起こすのか

西村博之:2ちゃんねる上でのほとんどの炎上事件の実行犯は5人以内であり、たったひとりしかいない場合も珍しくない
  ――第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか

 つまりは自演で多人数に見せかけているわけ。結論としては…

炎上事件に伴って何かを書き込む人はインターネットユーザの0.5%程度であり、1つの炎上事件では0.00X%のオーダーである。
  ――第5章 炎上参加者はどれくらいいるのか

 と、ごく少数の粘着が暴れてるだけ、って事になる。仮に0.01%とした場合、騒いでいるのは1万人に一人って割合だ。もっとも、それでも日本1億2万人だとすると、全体で1.2万人なんて数になっちゃうんだが。加えて、その性質は…

炎上を起こしているのはネットユーザのごく一部であり、通常の対話型の議論をすることが難しい特異な人である可能性が高い。
  ――第6章 炎上の歴史的理解

 要は話が通じない人ですね。あなたのまわりにもいませんか、相手の話を聞かない人。

 また、時間も重要な要素。スマイリーキクチ氏は10年近く苦しんだが、これは極めて珍しいケース。人の噂も75日どころか、下手すると75時間で収束しちゃう。2ちゃんねるの「ニュース速報+」板のスレッドの寿命が三日ほどなので、それが一つの目安かな。炎上したら、とりあえず1週間ほど放置するといいかも。

 炎上を防ぐため実名制にしよう、なんて意見もある。韓国がやったけど…

誹謗中傷の書き込みはわずかに減っただけで、それよりもコメントの絶対数がはっきり減少し、情報発信の萎縮効果の方が顕著だったという。
  ――第7章 サロン型SNS:受信と発信の分離

 と、害の方が大きかった模様。

 思索が中心の第6章も、面白い視点を提供している。曰く…

 「火力が発達した16世紀は軍事力が濫用されたし、産業革命の18世紀末からは経済力が濫用された。炎上は情報力の濫用だろう。新しい力の草創期には濫用が起きるもの。軍事力や経済力に抑制がかかったように、炎上もいずれブレーキがかかるだろう」。本当にそうだといいなあ。

 炎上を扱う本は他にもあるが、多くのデータを基にしている点が本書の特徴。残念ながら即効性のある解決策は示していないが、「実は少数による自作自演」とか「たいてい数日で沈静化する」とか、参考になる話も多いし、何より自分に関係の深い内容なので、私にはとても面白かった。

【関連記事】

【楽観論】

 以降は私の考えで、本書の内容と直接の関係はない。よって、書評だけに興味がある人は、読み飛ばして構わない。

 実は私も、長い目で見ると炎上は減っていくんじゃないかと思っている。特にブログや Twitter では。

 というのも。

 このブログにも、スパム・コメントが頻繁に飛んできている。が、私はほとんど気にならない。大半のスパムを、ココログが自動で防いでくれてるからだ。

 スパム・フィルタは、メールでも活躍している。そのメールがスパムか否かは、幾つかの方法を組み合わせて判断してる。過去のスパムの文面と似ているとか、特定の単語を含むとか、異様に短いとか、発信源が怪しいとか。

 スパム・フィルタを欲しがる人は多い。だからフィルタ技術が発達した。同様に、荒らし対策も、多くの人が欲しがっている。

 実際、Twitter も様々な対策を講じている。卑猥な画像や、物騒な言葉を含む投稿は、ブロックされてしまう。残念ながら今はフィルタの精度が悪く、蚊を潰した投稿も「悪意の投稿」と判断されたりする。Twitter は精度に問題があることを分かっているし、商売に差し支えるんで、今後も精度を上げるべく改善を続けるだろう。

 ココログなどのブログ・サービスや Facebook など他のサービスも、荒らし対策フィルタが欲しい。だから、フィルタを開発し精度を上げるため技術者と金を投資する。または、他社が開発したフィルタを買い入れる。

 そんな具合に、少なくともブログと Twitter と Facebook などは、炎上対策フィルタが使われるようになり、ブログ炎上は減るだろう、そう私は思っている。

 が、2ちゃんねるや悪質なまとめサイトは、むしろ炎上させてアクセスを稼ごうとしているフシがあるんで、暫くは野放し状態が続くだろうなあ。

 とまれ、こういう技術で防げるのは、悪口や脅迫の類で。

 今のところ、自然言語解析は、単語の出現頻度で判断するなど表層的な技術に留まっている。文章の意味を理解してるワケじゃない。だから、藁人形論法や悪魔の証明などの詭弁(→Wikipedia)は見抜けないし、デマも防げない。

 それでも、需要はあるから、少しづつでも技術は進む…んじゃ、ないかな。つか、頼むから進んでくれ。

 そうなれば、ネット上の情報を使ってマシンは自ら学習し、やがて人智を越えた存在になり、シンギュラリティへと向かう。その結果、下手すっと人類みな無職になるけど、ま、いっか←をい

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