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2017年11月20日 (月)

リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 3

当時の計算によると、牧畜用の草地は四ヘクタール当たり12人を養えるのに対し、同じ面積の小麦畑は200人、じゃがいも畑なら400人もの人数を養えた。
  ――第5章 イギリスを養う

 リジー・コリンガム「戦争と飢餓」河出書房新社 宇丹貴代美・黒輪篤嗣訳 2 から続く。

【各国の対応】

 戦争となれば、兵が要る。そして兵は食わせにゃならん。

 そんなわけで、参加各国は糧食の調達に追われる。調達の方法にお国柄が出る部分もあれば、似たような所もある。日本・ドイツ・イギリスに共通してるのが、「まず自国民に食わせ、ツケは他国に回す」って点。日本については前の記事で書いたから置くとして…

【大英帝国】

 イギリスはUボートに締め上げられたが、アメリカの後ろ盾に加え、カナダやオーストラリアなどイギリス連邦の協力もあり、比較的に余裕はあったようだが、インドなど植民地に対しては冷酷だった。

 モーリシャスからは主なたんぱく源のレンズ豆を奪う。対日戦の主な兵の供給地だったインドは、米の輸入元のビルマを奪われた上に、値上がりを見込んだ商人の買い占めを傍観し…

食糧難が最高潮に達した1943年から44年にかけて、少なくとも150万人のベンガル人が死亡した。
  ――第5章 イギリスを養う

 この飢餓はインド全土に広がりかける。それを見かねて…

1943年11月、(対インド食糧供給を検討する)当委員会はインドに小麦10万トンを提供するというカナダの申し入れを、船舶がないという理由で断り、イギリス政府はインドの立法すが連合国救済復興機関(UNRRA)に食糧援助の申請をするのを差しとめた。
  ――第5章 イギリスを養う

 みっともないから止めてくれ、ってわけ。さすがだぜ大英帝国。インド独立を描いた「今夜、自由を」で、ベンガルが火薬庫みたく描かれてたのは、そういう経緯もあったのか。

【第三帝国】

 植民地が頼りにならないドイツも、占領地の扱いじゃ負けちゃいない。例えばギリシャじゃ…

ゲリラ兵が活動する地域の村には、救援食糧はいっさい与えられなかった。それどころか、抵抗ゲリラの支援ネットワークを奪うために、家や畑がすっかり焼き払われた。
  ――第8章 ドイツを養う

 匿う奴も敵とみなすナチスの手口は、チェコを舞台とした「HHhH」が描いてた。そのためか、今でも当時のレジスタンスに対しては、複雑な感情が残っているって噂を聞いた。ただしソースは不明。これが東方では…

占領下ソ連のように農業の近代化が遅れている地域では、支配者の常軌を逸した暴力行為に監督能力の欠如が合わさると、農民たちは規模を小さくして自給自足に走る。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、あの手この手でドイツを出し抜こうとした様子。特にウクライナは、スターリンによる飢饉(→Wikipedia)で農民たちは知恵をつけ、隠したり誤魔化したりする手口も洗練してたとか。とはいえ、ナチスは働き手となる男たちをドイツ国内に徴用したんで…

1945年には、(ソ連の)農業労働人口の92%を女性が占めていた。
  ――第9章 飢えを東方に輸出したドイツ

 と、女が頑張るしかない状況。おまけに犂をひく馬や牛もナチスに奪われるんだがら、収穫も減ってしまう。ヒトラーのアテは外れるばかり。

 一方、徴用された男たちは、ドイツ内の工場や農場で働かされる。特に戦争末期になると、国民すら満足に食わせられないドイツが、彼らを厚くもてなすはずもなく。

ナチス政権は人間の基礎代謝率の限界に直面した。労働者ひとりに3,000カロリーを与えるほうが、労働者ふたりに1,500カロリーずつ与えるよりも効率的なことがわかったのだ。
  ――第15章 ドイツとイギリス 受給権に対するふたつの取組み

 と、残酷な計算まで始める始末。ユダヤ人虐殺も、動機の一つは食糧だろう、と著者は見ている。

【中国とソ連】

 植民地や占領地から奪えた他の国とは違い、中国(国民党)とソ連は、略奪の対象がいない。じゃどうするか、というと…

 国民党も、最初は人心把握に努めたが、追い詰められるに従い台所は苦しくなる上に、難民が支配地域に雪崩れ込み、食料も足りなくなる。それを稼ぎ時と気づいた商人は食料を買い占め、飢餓を煽る。軍も軍閥化が進み、略奪を始める。そうやってツケを貧しい者に回した結果…

国民党軍の兵士200万人のほかに、少なくとも150万人の民間人が死亡したが、うち85%がもっぱら窮乏と飢えに倒れた農民だった。
  ――第12章 内戦下の中国

 と、悲惨な有様になってしいまう。当然、民衆の気持ちは国民党から離れ、内戦では共産党が躍進してゆく。このあたりは「台湾海峡1949」が詳しかった。

 苦しかったのはソ連も同じ。

(ソ連の)死者2,800万ないし3,000万人のうち、900万人が軍人で、残る1,900万ないし2,100万が民間人だった。(略)死者の大多数は、ドイツ占領下で餓死したか射殺されたものと思われる。
  ――第14章 ソヴィエト連邦 空腹での戦い

 と、第二次世界大戦で最大の犠牲を払った上に、戦後は…

1946年の夏、ロシア南部とウクライナの大草原地帯が干魃に見舞われ、凶作になった。だが、スターリンが必要とする穀物の量は、逆に増えていた。東欧のあらたな衛星国に食料を輸出すれば、ソヴィエトの支配が強固になるからだ。
  ――第18章 腹ぺこの世界

 さすが同志スターリン容赦ない。ちなみに従軍した将兵たちへの待遇も、あまし温かくなったと、「イワンの戦争」が暴いている。

【アメリカ】

 他の国とは全く様相が異なるのが、アメリカ。もう完全に別世界で、読んでいると本を投げ出したくなる。とにかく農業も工業も産業力が桁違いで、「なんでこんな国と戦争しようと思ったんだろう?」と、つくづく悲しくなってくる。こんな国で、志願兵がいるのが不思議なくらいだ。

 現代でも化け物じみた兵站能力を誇る米軍だが、その理由は桁違いの産業力だけでなく…

第二次世界大戦中、健康と栄養にあらたな関心が払われ、軍医や補給将校は、兵士たちの飢えと疲労が主因でやがて戦争神経症が引き起こされること、その背景となるのは、単調でまずい食事であることを知った。
  ――第17章 アメリカ 不況から抜け出して豊かな社会へ

 と、あの戦争から学んだ教訓にある模様。士気の元は、旨くてバラエティに富むあったかいメシなのか。

【最後に】

 とすると、飢えに苦しんだ日本の将兵は、アメリカ以上に戦争神経症に苦しんだはずだ。が、日本政府が詳しく調査したって話は聞かない。敗戦直後の混乱期ならともかく、高度成長期になっても顧みようとしなかったのは、冷たすぎるんじゃないの? なんだかなあ。

 などと、挑発的な書名にたがわず、衝撃的な話が続々と出てきて、酷く疲れる本だった。また、軍ヲタとしては、「日本の船舶を潰すには米軍の機雷封鎖が最も効果的だった」なんて話があって、海上自衛隊が機雷掃海が得意な原因は、これにあったのか、と思ったり。

 軍事系ではあるけど、あまり軍事関係の専門用語も出てこないので、素人にもとっつきやすい。当然ながら残酷な描写は多いし、バタバタと人が死ぬので、その辺の耐性は必要だが、銃後の現実を知る上では、とても迫力のある本だ。つくづく、戦争の被害を受けるのは、軍隊だけじゃないんだなあ。

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