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2017年10月19日 (木)

ペーター・ペフゲン「図説 ギターの歴史」現代ギター社 田代城治訳

ギターはその長い歴史の中で、考えられる限りの経験をしてきた。それは非常な敬意を払われると同時に、蔑まれてもきた。それは王侯や皇帝の宮廷でも弾かれたし、酒場や娼窟でも弾かれた。
  ――日本語版への序文

その発展史を通じてずっとそうだったように、ギターは現在も変化を加えられ、細工され、修正され、改良され続けている。いったい誰がこの時代に、新型のヴァイオリンやオーボエを作ろうと考えるだろうか?
  ――第1章 多彩な顔を持つ楽器

やがて明らかになるように、スペインは本当の意味でギターの発展が集中的に行われた国である。
  ――第3章 中世ヨーロッパにおけるギターの発展

変化する音楽は別の楽器を要求する。逆に言えば、楽器製作上の発展は別種の音楽と別種の演奏を可能にする。
  ――第5章 第5の弦

巻弦の発明は楽器の構造に革命をもたらした。新しい弦素材はわずかな太さでよく、響きの上でも倍音が豊かだったから、ほどなくギターは⑥弦をプラスされただけでなく、複弦も不要となった。
  ――第6章 5コース、6コース、そして6単弦へ

ギター史上のいかなる人物も、フランシスコ・エイクセア・タレガ Francisco Eixea Tarrega ほどに、多くの具体的で革命的な、救世主的偉業と革新について感謝を集めている者はいない。
  ――第8章 20世紀

【どんな本?】

 クラシックはもちろん、タンゴやフォルクローレなどの民族音楽・カントリー・ブルース・ジャズ・ロックなどのポップミュージックでも大活躍しているギター。ただ、ギターと一言で言っても、その形や弾き方はバラエティに富んでいる。

 弦の数は6本が普通だが、4本から18本まである。弦の材質もスチール・ナイロン・ガットと様々。ボディは形もひょうたん型が中心だが、腰のくびれやお尻の大きさはそれぞれ。底板も平らなものが多いが、微妙な丸みがついているものもある。指板のフレット数も一定しない。

 チューニングもオープンGなど多種多様だし、弦の弾き方も指の腹だったり爪だったりピックを使ったり。これがエレキギターになると、更にバリエーションが広がってキリがない。バイオリンなどの他の楽器では考えられない柔軟さだ。

 などと、21世紀の今日でも進化を続けるギターは、どのような経緯で生まれ、育ち、現在へと至ったのか。その過程では、どんな演奏者がどんな音楽をどう奏で、それを世間はどう評価したのか。現在のひょうたん型のボディと6コースの弦は、いつ定まったのか。

 多くの人に愛されるギターの歴史を、豊富な図版と共に解き明かす、ギターマニア感涙の書。

 ただし、本書が扱っているのはクラシックだけで、エレキギターはほとんど出てこない。そこは要注意。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Die Gitarre : Grundzuge ihrer Entwicklung, von Peter Paffgen, 1988。日本語版は1997年12月12日第1刷発行。単行本ハードカバー横二段組みで本文約219頁に加え、あとがき1頁+訳者あとがき1頁。9.5ポイント21字×34行×2段×219頁=約312,732字、400字詰め原稿用紙で約782枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 ただし書名のとおり写真やイラストや歴史ある楽譜・絵画などをたくさん収録しているので、実際の文字数は6~7割程度。

 文章はかなり硬い。また、内容も、音楽とギターについて、多少の知識が必要。例えば6コース12弦と言われて、「なるほど12弦ギターか」とわかる程度の前提知識が欲しい。また、撥(バチ)をプレクトラムと書いてたり。加えて、中盤以降は五線譜が出てくるので、読めると更に楽しめる。いや私は読めないんだけど。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 第1章 多彩な顔を持つ楽器
  • 第2章 ヨーロッパにおけるギターの起源
    • 起源はヒッタイトとバビロニアか?
    • エジプトはギター発祥の地か?
    • 古代ギリシャのギター
  • 第3章 中世ヨーロッパにおけるギターの発展
    • ギター誕生の地はスペインか?
    • 初期の文献
    • 爪弾かれたのか、掻き鳴らされたのか、弓で弾かれたのか?
    • ヨーロッパのリュート
    • ギターはムーア人の楽器か?
  • 第4章 16世紀のギター属楽器
    • タブラチュア
    • 文献
    • スペインのビウェラ
    • ヴィオラ:イタリアのビウェラ
    • ビウェラ奏者とそのレパートリー
    • 演奏テクニックと演奏の実際
    • ビウェラとギターラ
      • ギターラ・セラニスタ
      • ギターラは小型のビウェラか?
      • 史料
    • 発展の起点か?
  • 第5章 第5の弦
    • タブラチュア
      • フアン・カルロス・イ・アマートの『スペイン式ギターとパンドーラ』
      • イタリア式「アルファベット」
      • 複式タブラチュア
    • ギター奏者とその作品
      • イタリア人たち
      • フランス楽派
      • スペイン楽派
    • 楽器
      • キタラ・バテンテ
  • 第6章 5コース、6コース、そして6単弦へ 近代的な特性を持つ楽器への変遷
    • タブラチュアの終焉
    • 作曲家とその作品
  • 第7章 19世紀のギター
    • 古代ギリシャへの追想 リラ・ギター
    • パリ,ウィーン,ロンドン,ペテルスブルグ遍歴のヴィルトゥオーゾとその作品
    • 演奏テクニックの革命
    • 新たな衰退か? 19世紀後半
  • 第8章 20世紀
    • 新世代の曙 フランシスコ・タレガ
    • タレガの使徒たち
    • アンドレス・セゴビア
    • セゴビア・レパートリー
    • 「爪弾くヴァイオリン」からギターへ
    • 新たな第一歩
    • 第2世代 第2軍?
    • 現代クラシック音楽のレパートリー
    • 作曲されたフォルクローレ 南米のギター音楽
    • こんにちの広範な活動民衆楽器となるギター
    • 新世代のギタリストたち
    • 若きヴィルトゥオーゾとそのレパートリー
  • あとがき
  • 訳者あとがき
  • ギター史年表
  • 参考文献一覧
  • 図版出典一覧
  • 索引

【感想は?】

 楽器には序列がある。女王はパイプオルガンだろう。さて、ギターは、というと…

 その前に、まずはギターの起源だ。残念ながら、この本ではハッキリしない。このあたりは学者らしく、レリーフや壺の絵などの資料を示しながらも、「よく分からない」と慎重な姿勢だ。

 どうやら「紀元前4000年から2000年あたり、それも差し当たり西南アジアとエジプト」としているが、弾き方まではわからない。ただ、胴のくびれの意味は、構造上の都合らしい。ギターの胴は張った弦に引っぱられる。胴がまっすぐな形だと、弦の力で胴がゆがんでしまう。どうしよう?

「葉巻の箱(……)を想像してみるがよい。今度のは側面がやや内側にくびれており、少しでもこの箱をたわめることは不可能だ」

 と、弦の引っ張りに対し、構造材を斜めに入れる事で抵抗力を増したわけ。結局、楽器も工学製品なんだなあ。

 ただ、この後の歴史も判然としない。ギリシャ時代までは多少の史料もあるが、話は一気に15世紀のレコンキスタ(→Wikipedia)へと飛ぶ。とするとムーア人(→Wikipedia)の置き土産みたいだが、そこも断言はしていない。記録が残りやすい文字や絵画に比べ、音は残らないってのが音楽の辛い所。

 とまれ、それでも1500年あたりには楽譜が出回り始めた。嬉しい事に、タブラチュア、俗称TAB譜だ。ここからコースの数とチューニングもわかり、今のギター同様6コースでチューニングも同じらしい。ややこしいのは、ビウェラとギターラと二つの名があること。

 これは楽器の序列の問題で。ビウェアは王侯貴族のもので、ギターラは庶民の楽器という位置づけだ。バイオリンとフィドルみたいなものだろうか。ただしギターラは小型で、4コース。ウクレレかい。

 この序列の問題は現代まで尾を引いてるのが切ない。つまり、クラシックの世界じゃギターはスターじゃないのだ。よって演奏家もギタリストはピアニストやバイオリニストほどもてはやされない。これをなんとかしようとするギタリストの努力を、本書の中盤以降で詳しく描かいてゆく。

 それはさておき、ビウェラ&ギターラで面白いのは、チューニング。曰く、「①弦をできるだけ高く調弦する」。

 今のように、音の高さは、絶対的な周波数で決まってたわけじゃないのだ。全体として調律があっていればいい。独奏なら、それでいいんだろう。また、最高音の弦が基準となるのも、当時ならでは。

 弦っは強く張れば高い音が出る。ただし、あまり張り方が強すぎると、弦が切れてしまう。特に、最も高い音の弦がいちばん切れやすい。そこで①弦を基準とするわけ。弦の素材については書いてないけど、たぶんガット(羊などの腸)だろう。

 弾き方もビウェラとギターラは違う。ビウェラは単音または複音なんで、メロディーを爪弾くのに対し、ギターラはバチでコードを掻き鳴らす。これが互いに影響し合い…

 とまれ、音の小ささは致命的で。この問題を解決するために、最初は複弦にしたり低音弦を追加していたのが、巻弦の登場で「これでいんじゃね?」となる。テクノロジーがギターを救ったのだ。

もっとも、音の小ささは今でも残ってて。アンプで増幅できるロックじゃ、ギタリストはバンドの花形だけど、生音でオーケストラと張りあわにゃならんクラシックじゃ、ギタリストがソロを取るなんて場面は滅多にないのが悲しい。

 やがてテクノロジーは表面板の補強材や指板の素材なども変えてゆく。ギターそのものも、フェルナンド・ソルやフランシスコ・タレガなどスターの登場と退場と相まって浮沈を続ける。アンドレス・セゴビアについても、功績は賞賛しつつチクリと刺すのも忘れないあたりは、音楽家らしい意地の悪さがチラホラw

 安易に俗説に流されず、あくまでも資料を元に慎重な態度で記された学術的な本だ。それだけにまだるっこしい部分もある。だが、ギターマニアなら、豊富に収録された絵画や写真を見るだけでも涎が止まらないだろう。そう、まさしくギターマニアのための本なのだ。

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コメント

おはようございます
この本は私も読みましたが面白い本ですね。
ギターは弾けませんが、これを見ると「ギターくらい勉強しとけばよかった」などと思います。
では、
shinzei拝

投稿: shinzei | 2017年10月20日 (金) 06時27分

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