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2017年10月の13件の記事

2017年10月30日 (月)

SFマガジン2017年12月号

だいたい、「拡散してください」とお願いするメッセージなんて、ろくでもないものと決まっている。
  ――山本弘「プラスチックの恋人」

おれか? スサノオって風来坊さ。
  ――草上仁「天岩戸」

 376頁の標準サイズ。

 特集は2本。「オールタイム・ベストSF映画総解説 PART2」として、1988年の「1999年の夏休み」から2004年の「ハウルの動く城」まで126作品を紹介。加えて「ブレードランナー2049」公開記念特集として、インタビュウやコラム。そしてブライアン・W・オールディス追悼。

 小説は7本。

 連載は3本。冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第17回,山本弘「プラスチックの恋人」第6回:最終回,三雲岳斗「忘られのリメメント」第5回。

 読み切りは4本。谷甲州「新・航空宇宙軍史 ペルソナの影」,草上仁「天岩戸」,早瀬耕「忘却のワクチン」,そしてブライイアン・W・オールディス追悼として「花とロボット」小尾芙佐訳。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第17回。イースターズ・オフィスが中心となって始まった反撃は、ハンター率いる<クインテット>へ着実にダメージを与えてゆく。状況の変化に気づいた<クインテット>は、事態の把握に努めるが…

 イースターズ・オフィスとクインテットの距離が、ジリジリと詰まってゆく回。今まで丹念にクインテットの内部事情を描いてきたためか、私はクインテット側にも気持ちを持ってかれちゃってる。冒頭に出てくるバルーンにも、ちょっと切なくなっちゃったり。いまだハンターの本音が見えないのも気がかりだなあ。

 山本弘「プラスチックの恋人」第6回:最終回。未成年型のセックス用アンドロイド=オルタマシンは、激論を巻き起こした。体当たり取材で連載記事を書いた長谷部美里は、オルタマシンのミーフに心を惹かれつつ、単行本化に向けての作業に追いまくられている。そこにメッセージが届き…

 不満。すんげえ、不満。何が不満と言って、これで終わりってのが納得いかない。こんな面白い話が、連載たった6回なんて短すぎる。もっと読ませろ。黒マカロンだけでなく、ナッツ99や月光、小酒井譲、ミーフ、そしてもちろんインドーラちゃんも、もっと語って欲しい。加えて舐めダルマ親方みたいな人も出すつもりだったのか?それは是非読みたいぞ。

 などと、それぞれの立場の人が、何を考えどう動くかって点も面白かった。

 それと同じぐらいに、ネットワーク時代の討論の進み方を、巧いこと小説の形に落とし込んでるのもワクワクした。もっとも、誤字脱字の指摘などあげあし取りや単なる人格攻撃など、実際にはありがちなセコい手口はバッサリきり落としてるけど。

 だからこそ、登場人物たちが問題の真正面に向き合い、誠実に自分の考えを述べているあたりが、気持ちよかったのかも。なんにせよ、思いっきり大量に加筆しての書籍化を強く望む。にしても、あの名台詞をここでこう使うかw

 谷甲州「新・航空宇宙軍史 ペルソナの影」。開戦から二カ月。保澤准尉は、タイタン防衛艦隊ガニメデ派遣部隊所属だ。といっても隊員は准尉一人だが。彼は小惑星帯に潜む航空宇宙軍の艦船を捜索している。航空宇宙軍が提供する航路情報サービスは、開戦により使えない。そこで…

 「コロンビア・ゼロ」収録の「ギルガメッシュ要塞」「ガニメデ守備隊」から続く作品。今回も情報戦。とはいえ、舞台は太陽系だ。その広さを実感させられる描写が続く。最近の風潮を反映してか、別の次元での盛んな情報戦もチクリと皮肉ってたり。

 三雲岳斗「忘られのリメメント」第5回。他人の体験を追体験できる<メメント>の憶え手、宵野深菜。彼女に妙な依頼が来る。「かつての連続殺人鬼アサクノの模倣犯を追ってくれ」。アサクノを追う深菜は、模倣犯の目的をかぎあてる。「神の記憶」。それは…

 スプラッタ・シーンの多いこの作品、今回は冒頭からサービス全開。この手のお話じゃお約束とはいえ、やはり「芸術家」と呼ばれる人は、こういう役を割り振られるんだよなあw 

 ブライイアン・W・オールディス「花とロボット」小尾芙佐訳。新しい短編にとりかかった日。今日はカー夫妻とピクニックに行く予定だ。いつもなら作品の話なんかしないが、今回はマリオンのご宣託を伺おう。それはエイリアンとロボットの話で…

 SFというより、SF作家の日常を描いた掌編。つか単なるノロケって気もする。カーはテリー・カーかと思ったが、違うみたいだ。他にもJ・G・バラード,ポール・アンダースン,ハリイ・ハリスンなど、往年のファンには懐かしい名前がいっぱい。

 草上仁「天岩戸」。少しばかり名は売れてる流れ者のコンビ、スサノオとタヂ。ある村の木賃宿にいたところ、妙な依頼がやってきた。「うちの娘を、部屋から引っ張り出して欲しいんです」。余計者のおれたちに頼む仕事なんだから、どうせロクなモンじゃないだろうと思っていたら…

 天岩戸にスサノオとくればピンとくるように、皆さんご存知のあのお話をアレンジした作品。スサノオ,ダヂカラオ,オモイカネ,ウズメなどのオールスター・キャストに加え、定番のアイテムも取りそろえた上で、こうアレンジするかw

 早瀬耕「忘却のワクチン」。高校時代にできた、はじめてのガールフレンド。でも今は同じ大学に通っている、ただそれだけ。そんな彼女の困った写真が、ネットに流出してしまった。かつて彼女と通った植物園に足を向けると…

 「グリフォンズ・ガーデン」から続く、有機コンピュータ・シリーズの一作。問題を片づける南雲の手口、いろいろと応用できそうで怖い。

 オールタイム・ベストSF映画総解説 PART2。どの映画を紹介してるかに加え、誰が何を推してるかにも注目。なんとピーター・トライアスも寄稿してる。高野史緒のアレは順当として、北野勇作の怪獣愛溢れるレビュウもいい。また、高山羽根子の文体も独特でいい味出してる。しかし「ババ・ホ・テップ」が映像化されてるとは知らなかった。

 あれ?「マイク・ザ・ウィザード」(→Youtube)は?とっても楽しい底抜けお莫迦映画なのに。でもSFというよりSFX映画だしなあ。そういえば、前号も「ショート・サーキット」が出てなかったね。

 「ブレードランナー2049」公開記念特集。押井守インタビュウ「過去を否定して、未来を作り出すSF」が、たった1頁だけど読み応え十分。自らも映像作家だからこそ分かる、あの映像の秘訣を明かしてくれるのが嬉しい。

 横山えいじ「おまかせレスキュー」。ジョン・レノンとオノ・ヨーコかよw

 柴田勝家「2017ワールドコン・レポート 戦国武将、世界へ羽ばたく」。身振り手振りの勢い英語に大笑い。案外と通じちゃうんだよねw

 SF Book Scope。いきなりの仕掛けに、「あれ、誤植か?」と何度も見直した。こういう工夫が出来るのも、SF専門誌ならではかな? なんにせよ、どっちも楽しみな作品。

 「筒井康隆 自作を語る」第四回は、「『欠陥大百科』『発作的作品群』の時代 後篇」。あいかわらず聞き手の日下三蔵の下調べは凄い。「ヤクザの話だから、どう書いても面白くなるぞ」ってのも、わかるような、わからないようなw 「男の飛び道具」って、そういう意味かいw 「文春の一番嫌がることを書いてやろう」ってのも、実に筒井康隆らしいw

 東茅子「NOVEL&SHORT STORY REVIEW」、今回のテーマは「スーパーヒーロー!」となれば忘れちゃいけない≪ワイルドカード≫。翻訳は途切れているが、アメリカじゃ続いてて、既に23巻目。なんとか翻訳も再開して欲しいなあ。

 山本さをり「世界SF情報」。今月のローカス・ベストセラーリストに、チャールズ・ストロスがハードカバーで3位に入ってる。The Delirium Brief。「残虐行為記録保管所」から続く<ランドリー>のシリーズみたいだ。これも続きを出して欲しいなあ。

 鹿野司「サはサイエンスのサ」、今回は「AIのだまし方」。siri など音声認識機能のだまし方から始まって、ディープラーニング式による現在の AI の意外な盲点と、それのヤバい悪用法を紹介してる。将来的には、やっぱ魔法みたいな扱いになっちゃうんだろうか?

 次号の特集は「『ガールズ&パンツァー』と戦車SF」。とくれば、当然ガンパレード・マーチも。ええ、戦車が活躍する話だし。人型戦車だけど←をい

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2017年10月27日 (金)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 3

送り込まれる兵士のうち、100人に10人は足手まといです。80人は標的になっているだけです。9人はまともな兵士で、戦争をするのはこの9人です。残りのひとりですが、これは戦士です。このひとりがほかの者を連れて帰ってくるのです。
  ――第十四章 盾を帯びた現代の勇士

2002年、アンソニー・ハリスらマサチューセッツ大学およびハーヴァード大学の研究チームが、<殺人事件研究>誌に画期的な研究論文を発表した。それによると、1970年以来の医療技術の進歩が、殺人事件のおよそ3/4を阻止しているという。
  ――第十六章 戦闘の進化と国内の暴力犯罪

私は司法省司法統計部のデータを見せた。このデータによれば、第一次大戦、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム、湾岸戦争の帰還兵は、同じ年齢性別の非帰還兵よりも投獄される割合が低い。
  ――第十六章 戦闘の進化と国内の暴力犯罪

 デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 2 から続く。

【戦いの直後】

 戦っている最中、ヒトは興奮してケダモノになる。その後、どう変わるんだろうか?

自分は生きているという大きな喜びがわきあがってくる。
  ――第十三章 殺す決断 

 そう、まず嬉しくなるのだ。それは生き延びたからだが、これを殺しの快感と勘違いする者もいる。彼らはソレを求め再び戦場へ戻ろうとする。「戦場の掟」で描かれた傭兵たちの一部は、その典型だろう。

 その後、落ち着いてくると、「人が死んでるのに喜んでる俺は変だ」と考える人もいる。そして、自分を責めてしまう。これも、ありがちな現象である。前の記事にも書いたが、「暴力的な状況というストレスにさらされると、そこで起きたことは自分のせいだと思い込みやすい」のだ。

 太平洋で戦った帝国陸海軍の将兵も、生きて帰った事で、亡くなった戦友への罪悪感を抱える人が多い。これも、そういう事なんだろう。

【デブリーフィング】

 繰り返すが、戦闘中のヒトは興奮してケダモノになっている。だから、記憶も怪しい。そこで著者のお薦めは、「危機的事件後報告会」だ。

 その場に居合わせた者が集まり、事件を再構成するのである。特に軍の場合は、各将兵の言い分が異なっている場合が多い。みんな自分のせいだと思って、「あの時俺がこうしてれば…」みたいな気持ちを抱えてたりする。

 が、そんな記憶の多くは、思い違いの可能性が高い。興奮している時の記憶はアテにならない。自責の念のあまり、記憶をねつ造していた例が、本書では何回も出てくる。そういった自責の念や記憶の捏造が、よくある現象だと参加者に教えるのも大切な事だ。そして…

心的外傷の後遺症にまだ苦しんでいるときに、自分は正常だと感じるためには、その症状を病気だと思ってはいけないということだ。外的な脅威に対する正常な反応だと思わなくてはならないのである。
  ――第十九章 PTSD

 そう、異常なのは本人ではない。彼が放り込まれた状況が異常なのだ。彼の反応は、異常な状況に対する適切な反応なのだ。たとえそれがクソを漏らす事であっても。

 日本にも戦友会があるが、その目的の一つが、これなのかな、と思ったり。抱えた傷みを癒す適切な手段を、本能的に見つけたんじゃないか、と考えてしまう。

 ちなみに、戦闘を経た直後に、あっちの方がお盛んになるのも、よくある話だとか。中世の戦争じゃ軍に娼婦がついて回ったのは、そういう事なんだろう。

【周囲にできること】

 とはいえ、報告会だのアドバイスだのは、現場に居合わせた人やプロでなきゃ難しい。では、家族や友人が戦いの後遺症で苦しんでいる場合、何ができるんだろう?

個人個人としてまた社会全体として、帰還兵に差し出すことのできる重要な贈り物は三つある。それは「理解、肯定、支援」である。
  ――第二十二章 帰還兵にかける言葉、生き残った者にかける言葉

 マズいのは、興味本位でしつこく尋ねたり、精神科医気取りで分析する事だ。あまり言いたかないが、私はこういう無神経な真似をやらかした経験がある。今から思えば、とんでもなく失礼な事をやらかしたもんだ。

 言っていいのは、「あなたが無事でとてもうれしい」とか「心配したよ、無事でよかった」ぐらいだとか。そういう声をかけられるのは家族や恋人や親友ぐらいで、あまり親しくない人に対しては難しい。とりあえず、素人としては、黙って聞くぐらいしかなさそうだなあ。

 この辺は「戦争ストレスと神経症」や「心的外傷と回復」が参考になるかも。

【その他】

 他にも興味深いエピソードはたくさん載っている。例えば…

それまでおとなしかった容疑者が、手錠の音を耳にしたとたんに激しい感情的な反応を見せることがある。
  ――第三章 交感神経系と副交感神経系

 なんて話。手錠で大人しくなるのかと思ったが、反対なのだ。警官の方は暴漢を捕まえてホッとし、アドレナリンの波がひいて脱力しているが、暴漢の方は手錠でアドレナリンが吹き出しケダモノに変わる。警官は最後まで気を抜いちゃいけないのだ。残心ってのは、この事なのかも…と思ったら。

銃弾によって心臓が止まることはあるが、そのあとでも五秒から七秒は命があるそうだ。
  ――第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける

 やはりそうだったか。戦場から命がけで持ち帰った教訓なんだなあ。

 やはり面白いのが、フットボール選手の話。彼らは学業の試験で不利なのだ。

 彼らは、試合に臨む際、心拍数が増えるよう叩きこまれている。その方がパワーが出るからだ。これが試験では裏目に出る。試合は「ここ一番の勝負」だ。それは学業の試験も同じだ。だから、彼らは試験開始のベルと共に、心臓が張り切りだす。

 すると不器用になって字が巧く書けなくなり、視野が狭くなって長い文章が理解できなくなり、落ち着いて考える事もできなくなる。かくして試験の結果は…。

 スポーツだと、打撃の神様こと川上哲治の「ボールが止まって見えた」って話は、まんざらホラじゃないらしい。時間がゆっくり進む現象を、「銃撃戦に巻き込まれた警察官の65%が経験している」。加えて「ものが異常に鮮明に見える」現象もあるとか。

 と思って WIkipedia を見たら、「ボールが止まって見えた」と話したのは川上哲治じゃなかった。

 最近は悪質なあおり運転が話題になっている。あれ、高価な車だと被害にあいにくいようだ。連中は相手を見て仕掛けるらしい。これば暴力犯罪でも同じで、暴力犯の「圧倒的多数が、被害者は意識的に選択する」。「覇気のない歩きかた、受動的な態度、注意力散漫」な者を狙う。

 また、こんな話もある。著者の一人クリステンセンは、ネオナチによる数十の暴力事件を調べた。が、「ひとりで人を襲ったという事件はただの一件もなかった」。クリステンセン曰く「ひとりじゃなんにもできないんだ」。やっぱりね。

【その他】

 などと、興味深いネタが山盛りで入っている。野次馬根性で読むもよし、苦しむ人を楽にするため真面目に読んでもいい。軍ヲタ向けの本だが、読み方によって幾らでも応用が効く。ヲタクに独占させるには惜しい労作にして名著。

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2017年10月26日 (木)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 2

アフガニスタンから帰還したばかりのSEAL隊員、グリーンベレー隊員相手に講演をしたとき、銃が使えないという夢を見たことがある人、と声をかけたらほぼ全員がてを挙げた。
  ――第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける

 デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 1 から続く。

【戦場の生理学】

 本書は、戦場での生理学から始まる。命の危険を感じた時、兵士の体と心に何が起きるのか。

 アドレナリン(→Wikipedia)の分泌が増え心拍数が増えるのはよく知られているが、もう一つコルチゾール(→Wikipedia)も増える。このため怪我をしても血が固まりやすくなる。

 物語で、よく描かれるパターンがある。戦闘中に怪我をしてもい傷みを感じず、血もさほど流れないのに、戦闘が終わり気が緩むと一気に痛みを感じ血がドバドバ流れだす。アレは本当なのだ。ただし、多くの映画が描いていない現象もある。

「戦闘シーンで主役がクソ漏らしてる映画があったら、観に行ってもいいけどな」
  ――第二章 戦闘の過酷な現実

 そう、漏らすのだ。そういえば、「陸軍尋問官 テロリストとの心理戦争」の冒頭でも、連行されたテロリストはみな漏らしていた。格好は悪いが、ちゃんと理由も意義もある。

 だって、逃げるにせよ戦うにせよ、余計な荷物を抱えてたら不利じゃないか。だから、命がかかった状況では、膀胱や腹に抱えた荷物を捨てるよう、私たちの体はできている。漏らすのは、厳しい生存競争を生き残った者として、適切な反応なのだ。

 こういう現象に対し、著者は何度も繰り返す。

あらかじめそういうものだと知っていれば、(略)そのせいであとになって傷つかずにすむ。

 (略)の部分に、「漏らしても」など、人の体に起きる事柄を書き入れる、それが本書のテーマの一つだ。軍ヲタが大喜びするのはもちろん、暴力の被害を受けた被害者や、大きなストレスやその後遺症に苦しんでいる人にも、この本が役に立つ所以である。

 ただ、多少の想像力が必要だ。例えば、同じ章にこんな記述もある。

継続的な戦闘状態が60昼夜続くと、全兵士の98%が精神的戦闘犠牲者になる
  ――第二章 戦闘の過酷な現実

 本書では独ソ戦のスターリングラードの戦いを例に出しているが、私は親の暴力に苦しむ子供を思い浮かべた。何年も常に恐怖に晒され、逃げ場がない点は、スターリングラードと同じだ。しかも子供の場合、戦友もいなければ、「祖国のため」なんて大儀もない。おまけに…

暴力的な状況というストレスにさらされると、そこで起きたことは自分のせいだと思い込みやすい。
  ――第十七章 安堵と自責とその他の感情

 と、「ボクが悪いんだ」と思い込んでいる上に、親は躾を言い訳にする。パワハラ上司も同じ手口を使い、被害者を悪役に仕立て上げる。虐待やパワハラの扱いが難しいのは、こういう現象のためだろう。最も巧みに利用しているのは、カルト宗教の洗脳かな。加えて…

【勝利の秘訣】

 やはり戦場心理を巧く使った人として、著者はナポレオンを挙げる。彼は砲術の名手だった。単に物理的にダメージを与えるだけでなく、砲には意外な効果もあって…

「ほかの条件がすべて同じなら、戦闘ではより大きな音をたてたほうが勝つ」
  ――第五章 目と耳

 動物のオス同士の縄張り争いは、まず威嚇で始まる。この際、より大きな声で吠える奴の方が強そうに感じる。戦争も似たようなものらしい。ビビったら負けなのだ。だからF/A-18ホーネットのエンジン音は煩いのね←違う。

 そういや第二次世界大戦で活躍したドイツ空軍の急降下爆撃機スツーカ(→Wikipedia)。あれサイレンがついてて、急降下の際に独特の音を出す。フランスのマジノ線を叩いた時、爆弾を使い果たしたスツーカのパイロットは、その後も急降下を繰り返した。サイレンの音を聴いただけで、フランスの守備兵は逃げ出したって話があるが、出典は忘れた。

 まあいい。ナポレオンが強かったのは、大砲の音で敵をビビらせるのが巧かったからだ。実際、現代の戦術でも、いかに敵の戦意をくじくかに工夫が凝らされ…

殺人への抵抗感は、さまざまな手法によって克服(あるいは少なくとも回避)することができる。ひとつの方法は敵を逃亡させることだ(翼側または後方を襲えばたいてい敵は潰走する)。崩れた敵や敗走する敵を追跡するさいに、殺人の大半は起きるのである。
  ――第十五章 戦闘の進化

 要は、敵が逃げりゃ勝ちなのだ。この回り込みの理屈は「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」に詳しい。つまり現代の陸軍の戦術は、まんま「どうやって敵の横や後ろに回り込むか」って目的で作られてる。これを逆に使ったのが韓信の「背水の陣」。

【予防】

 現象が分かっていれば、予め対策だって立てられる。その最たるものが、「あらかじめ知っていれば」だ。加えて、兵や警官などのプロなら、日頃から訓練をすればいい。

 ピンチに陥った時、ヒトの心臓は早鐘をうつ。手先が不器用になり、視野が狭くなり、頭が働かなくなる。じゃどうすればいいか。主な方法は二つだ。ピンチの状況に慣れることと、体で覚えること。

 慣れるには、なるたけ本番に近い方がいい。ってんで、コンピュータのシミュレーションや人形を使って戦闘訓練をする。最近のコンピュータの進歩は凄まじく、お陰でシューティング・ゲームに慣れたガキどもが銃を持って暴れはじめると、大きな被害が出るようになっちまった…なんて愚痴もこぼしてたり。

 体で覚えるのは、まんまだ。同じ動作を何度も繰り返し、条件反射で体が動くようにする。昔の剣術などが型を重視したのは、このためなんだろう。ただ、教え方が間違ってると悲惨。

(戦闘訓練の)教官は、(撃たれた)生徒に死亡を宣告してはならない。(略)いったん交戦が始まったら、必要なら強制してでも交戦を続けさせるのである。
  ――第十一章 ストレスの予防接種と恐怖

 なぜか。撃たれても、致命傷でなければ、助かる見込みはあるし、戦闘だって続けられる。だが「撃たれたら終わり」と体が覚えたら、戦場でもそうなる。だから、撃たれても最後まで戦い続けるよう、訓練で体に叩きこむのだ。似たような訓練の失敗例が、本書には何度も出てくる。

 これは、スポーツや楽器の練習でも、同じことが言えるんじゃなかろか。ミスっても続けさせるのが大事なんじゃ…と思って己を振り返ると、マズい記憶が蘇ってくるから、やめとこう。

【続く】

 まだ書きたい事が沢山あるんで、次の記事に続きます。

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2017年10月25日 (水)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 1

あらかじめそういうものだと知っていれば、(略)そのせいであとになって傷つかずにすむ。
  ――第十七章 安堵と自責とその他の感情

本書の目標は、そういう「深く秘した個人的なことがら」を掘り起こし、戦場に送り出される兵士に前もって警告を与え、心構えをさせておくことだ。
  ――謝辞

【どんな本?】

 前著「戦争における[人殺し]の心理学」で、デーヴ・グロスマンは衝撃的な事実を明らかにした。第二次世界大戦中、前線にいる米陸軍の兵のうち、発砲したのはわずか15~20%だった、と。残りの80~85%の兵は、発砲できなかった。人を殺すのが嫌だったからだ。

 殺せる兵と殺せない兵と、何が違うのか。どうすれば人を殺せる兵を育てられるのか。何度も苦しい戦いを生き延びて古参兵となるには、どうすればいいのか。せっかく生還し退役の機会も与えられたのに、たのに、再び危険な戦場に戻ろうとする者がいるのはなぜか。

 そして、運悪く心的外傷を負ってしまった者は、どうすれば回復できるのか。そのために社会や所属組織や身近な者には、何ができるのか。

 殺すか殺されるかの瀬戸際のとき、ヒトの体と心には何が起きているのだろうか。そして、修羅場をくぐり抜けた後、人の心と体にはどんな影響を残すのだろうか。

 著者の一人デーヴ・グロスマンは合衆国陸軍レンジャーとして、もう一人のローレン・W・クリステンセンは法執行官・警官そしてベトナムで陸軍憲兵としての経験がある。加えて、両名ともに致命的武力対決の心理的影響のセンモンカとして活躍している。

 その両者が、戦場から帰り苦しんだ帰還兵や、凶悪犯と銃撃戦を繰広げる警官・麻薬取締官など、暴力的な命のやりとりを経験した人々と多くの面談を通し、また大量の資料を漁って学術的・統計的なデータを集め、戦闘中およびその後のヒトの心身の状況を明らかにした、衝撃の書。

 と書くと、まるで軍事の専門書のようだが、実の所、応用範囲はもっと広い。

 突然の不幸などで、いきなり大きなストレスに押しつぶされそうな時。自分や家族が事故や急病などで命の危機に陥った前後。過去の経験で心の傷に苦しんでいる人。両親の離婚に心を痛める子供。そして、パニックに陥った際の対処法。

 そんな風に、危機の最中やその後の苦しみに対処する方法を教えてくれる、「心の救急箱」とでも言うべき本である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は On Combat : The Psychology and Physiology of Deadly Conflict in War and in Peace, by Dave Grossman & Loren W. Christensen, 2004。日本語版は2008年3月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約594頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント49字×19行×594頁=約553,014字、400字詰め原稿用紙で約1,383枚。文庫本なら上中下の三巻でもいいい大容量。

 文章は読みやすい。銃の口径など多少の専門用語は出てくるが、わからなければ無視していい。いわゆる「戦士」を賞賛する文章が多いので、それがお気に召さない人も多いだろう。そんな人でも、第四部は読む価値がある。

 また、アメリカ人向けに書かれているので、その辺は読み替えが必要だ。例えば電話番号「911」は、日本だと「110」にあたる。

【構成は?】

 できれば頭から順に読んだ方がいい。特に第四章は、その後の論の基礎となる現象を語っているので、是非読んでおこう。

  • 献辞/謝辞
  • まえがき ギャヴィン・デイ=ベッカー
  • はじめに
  • 第一部 戦闘の生理 戦闘中の人体の解剖学
    • 第一章 戦闘 普遍的な人間恐怖症
    • 第二章 戦闘の過酷な現実 海外戦争復員兵協会では聞けないこと
    • 第三章 交感神経系と副交感神経系 身体の戦闘部隊と整備部隊
    • 第四章 恐怖と生理的覚醒と能力 白、黄、赤、灰、黒の状態
  • 第二部 戦闘中の知覚の歪み 意識変容状態
    • 第五章 目と耳 選択的聴覚抑制、音の強化、トンネル視野
    • 第六章 自動操縦 「正直な話、自分がなにをしてるか気づいてなかった」
    • 第七章 さまざまな影響 鮮明な視覚、時間延長、一時的麻痺、解離、思考の割込み
    • 第八章 記憶の欠落、記憶の歪み、ビデオ録画の影響 実際にあったと思い込む
    • 第九章 クリンガーの研究 知覚の歪みに関する類似の研究
  • 第三部 戦闘の呼び声 こんな男たちがどこから生まれてくるのか
    • 第十章 殺人機械 数少ない真の戦士がもたらす影響
    • 第十一章 ストレスの予防接種と恐怖 みじめになる練習をする
    • 第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける 死に直面してほんとうに生きられる
    • 第十三章 殺す決断 「人を殺しはしたが、おかげで助かった人もいる」
    • 第十四章 盾を帯びた現代の勇士 「行きてスパルタ人に伝えよ……」
    • 第十五章 戦闘の進化 戦時・平時に物心両面で殺人を可能にする道具
    • 第十六章 戦闘の進化と国内の暴力犯罪
  • 第四部 戦闘の代償 霧が晴れたあと
    • 第十七章 安堵と自責とその他の感情 「世界が裏返った」
    • 第十八章 ストレス、不確実、“四つのF” 警告は警備
    • 第十九章 PTSD 事件の追体験、そして子犬からの逃避
    • 第二十章 治癒のとき 危機的事件後報告会がPTSD防止に果たす役割
    • 第二十一章 戦術的呼吸法、事後報告会のメカニズム 記憶と感情を切り離す
    • 第二十二章 帰還兵にかける言葉、生き残った者にかける言葉
    • 第二十三章 なんじ殺すなかれ? ユダヤ/キリスト教的殺人観
    • 第二十四章 生存者罪責感 死ではなく生を、復讐でなく正義を
  • 終わりに
  • 付録「エラスムスの22の原則」
  • 訳者あとがき
  • 参考文献一覧

【感想は?】

 文句なしに名著。もっと早く読みたかった。

 軍事系の本だからと言って、敬遠してはもったいない。スポーツの訓練法からクレームの対処、そして効率よく仕事を進める方法まで、読み方によって、そして読む人の立場によって、いくらでも役に立つコツがてんこ盛りの本だ。

 例えば、こんなエピソード。合衆国陸軍がやった実験の話だ。

大隊は四個中隊に分かれて、20日間ぶっ通しで、起きている時間はずっと砲撃訓練を実施した。(略)
第一群は一日に七時間睡眠をとり、第二群は六時間、第三群は五時間、そして第四群は四時間しか寝ないという苦行をしいられた。
最終日の20日目には、七時間眠っていた第一群は最高で98%の命中率をあげたが、第二群は50%、第三群は28%、(略)第四群は、最高15%の命中率しかあげられなかった。
  ――第三章 交感神経系と副交感神経系

A01 これをグラフにしたのが、右の図だ。縦軸が命中率、横軸が睡眠時間。このグラフから、あなたは何を読み取るだろうか。

 忙しく働いている人なら、こう考えるだろう。「睡眠不足は仕事の効率を落とし、ミスを増やすんだなあ、最低でも1日7時間は眠らないと」。

 プログラマなら、こう考える。「睡眠不足で書いたコードはバグだらけでデバッグの手間を増やすだけだ」。

 まっとうな軍ヲタなら、ガダルカナルや硫黄島で戦った帝国陸海軍将兵の苦境に想いをはせるだろう。ニワカ軍ヲタは救いようがない。「難攻不落に見える砦も、夜襲や威嚇射撃の嫌がらせを20日ほど続け、守備隊を眠らせなければ、墜とせるかもしれない」。

 そして受験生なら、「無駄な勉強はもうやめて今夜は寝よう」。

 と、このように、読む人によって色々な教訓を得られる本なのだ。もちろん、最も収穫が多いのは軍ヲタだが、スポーツの指導者や過去の心の傷に苦しむ人にも、役に立つ事柄がたくさん書いてある。日頃からの地道な訓練が必要なモノもあるが、突発的なピンチに対処するコツもある。

 という事で、詳しくは次の記事から。

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2017年10月22日 (日)

松崎有理「あがり」東京創元社

 酷い悲しみに直面したとき、ひとはしばしば転位行動をとる。数研の連中ならば多額の懸賞金がかかった未解決問題にとりくみ、地史研はつるはしと岩石は採用鉄槌をかかえて野外に化石を探しにゆく。そして生命研の人間は、実験する。
  ――あがり

予想の証明は、ぼくにとっての不死への手段だ。
  ――ぼくの手のなかでしずかに

研究者というのは自分の仕事について話すのがなによりすきだ。相手がきいていようがいまいが。
  ――代書屋ミクラの幸運

自然とは本質的に、無目的で無作為だ。
  ――不可能もなく裏切りもなく

【どんな本?】

 短編「あがり」が2010年の第一回創元SF短編賞に輝いた、新鋭作家・松崎有理のデビュー短編集。

 仙台の東北大学をモデルとした大学を舞台に、若い研究者たちの仕事ぶりや日々の暮らしや悩みを緻密に描きつつ、そこで起きる事件や出来事を静かに綴ってゆく。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2012年版」のベストSF2011国内篇で14位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年9月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで約268頁。9ポイント43字×20行×268頁=約230,480字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。今は創元SF文庫から文庫版が出ている。

 文章は比較的にこなれている。ただ、登場人物の多くが大学の研修者なので、その会話は相当にクセが強く、専門用語が頻繁に出てくる。あまりテーマと関係ない場合もあるが、密接にかかわっている話もあるので、要注意。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

あがり / 創元SF文庫「量子回廊」2010年7月
 イカルは研究室の設定式温度反復機を占領している。ここしばらくは下宿にも帰らっていいないらしい。原因はジェイ先生が亡くなったショックだ。先生と直接の面識はない。だがイカルは先生を崇拝していた。なんとかせい、とアトリにお鉢が回ってきた。なにせ、おさななじみで同じ四年だし。
 2010年の第一回創元SF短編賞受賞作。生命進化の原動力は個体か遺伝子か。著者インタビュウ(→アニマ・ソラリス)によると、ジェイ先生はスティーブン・ジェイ・グールドだとか。なら「一部の急進的な研究者」はリチャード・ドーキンスかな? 
 大学、それも理工系の研究室に馴染みのある人には、生々しくも懐かしい描写がいっぱい。室内に漂う個性豊かな匂い,研究対象への思い入れ,科学の先端なんて言葉からは程遠いラフな雰囲気,普通の人とは明らかに異質な、でも当人たちには思い入れたっぷりの会話。
 と、やたらリアルな描写が続くと思ったら、そうきたか。この作家、なかなかの曲者です。
ぼくの手のなかでしずかに / 創元SF文庫「原色の想像力」2010年12月号
 科学の発見は時として覆される。だが数学の業績は永遠だ。素数の分布に規則性はあるのか。この問題をエレガントに解ければぼくの名は数学史に永遠に刻まれる。問題にとりかかりつつ、行きつけの書店を覗いたところ…
 主人公の問題へのアプローチは、ソフト屋がデータ構造を考える際の方法に近いかも。最初は最低限の要求を充分に満たす形を考える。その際は、何度も頭の中で、組み立てては潰し、を繰り返す。多少は形になった所で、やっと絵を描き始める。
 ってな事をやっている最中に話しかけられると、脳内の構造物がガラガラと崩れていくんで、ちと悲しい想いをしたり。
 オチの切なさも、ソフト屋にはよくあるパターンで、なかなか身につまされる話だった。
代書屋ミクラの幸運 / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.45 2011年2月
 ミクラはかけだしの代書屋だ。対象は論文。俗称「出すか出されるか法」により、研究者は三年に一本は論文を書け、書かなければクビ。そんな厳しい法律だ。だが論文執筆を嫌う研究者は多い。そこで代書屋の出番だ。
 今は子供の夏休みの宿題も商売になるとか。まさか研究者の論文まで…と思ったけど、実はあるらしい。大抵の文書と同様、論文も適切な形式があって、それに沿ってなきゃいけない。査読者も人間だから、分かりやすく印象深ければ評価も高くなる。
 ってんで、書き方にもコツがあり、そこに代書屋の商売が成り立つ余地が出てくる。そんなテーマなので、「上手な論文の書き方」もチラホラと出てきたり。文系と理系の文書の違いも面白い。ブロガーとしちゃ、美味しいネタを教えてもらったような気がする。
 なんて真面目なネタも面白いが、それ以上にキャラクターが楽しい。意味不明な研究に打ち込み、いささか浮世の世渡りには疎い老教授。要領のいいお調子者で小手先は器用なようで、どうにもツメが甘くお人良しで商売が下手なミクラ。いずれも憎めない人だ。
 と思ったら、ミクラ君はシリーズになってる。しばらく著者にいぢられ続けるんだろうか。
不可能もなく裏切りもなく / 東京創元社<Webミステリーズ!>2011年5月
 理論進化学のおれ、微生物系の友人。暑がりなおれ、寒がりな友人。口はよく回るおれ、口下手な友人。二人とも、「出すか出されるか法」の期限まであと半年。そこで二人での共著を考えた。テーマは「遺伝子間領域の存在理由について」。
 これも登場人物が魅力的な作品。性格は対照的ながら、気の合う二人のデコボコ・コンビの、楽し気な大学生活を描いてゆくが…。疑問に思ったら、役に立とうが立つまいが、とりあえず実験しないと気が済まない理系気質は、わかるような気もするw
 また、今までの作品に登場した面々が、再登場するのも嬉しい。加えて、今までの作品でも通奏低音として響いていた、政府の政策が研究の現場に与える影響が、ここではテーマの前面に出てきて、メッセージ色の強い作品となっている。この辺はSFであって欲しいが…
へむ / 書き下ろし
 11歳の夏。少年は、絵を描くことに熱中していた。図画の成績はいいが、他は全滅。クラスでも友だちと遊ばず、絵ばかり描いている。そこに転校生の少女がやってきた。夏休み、二人は秘密の場所に通い始める。
 やや暗いトーンの今までの作品とは打って変わって、ボーイ・ミーツ・ガールの切ない物語。とはいえ、なんともドライな感じに仕上がっているのは、この著者の特徴だろうか。
 大抵の11歳の少年なら、あんなモン見たら大騒ぎしそうなモンだが、静かに観察しちゃうあたりは、将来の大物の片鱗なんだろう。つか、そんなモンを子供に見せちゃう大人も、やっぱり大学の人だよなあw

 いずれも同じ街・同じ大学を舞台としているので、連作短編集と言ってもいいだろう。甘党の私としては、「ゆきわたり」に是非行ってみたい。親切に地図まで載っているあたりは、観光客を増やしたい仙台市のステマなんだろうか。きっと甘味処には不似合いなムサ苦しい野郎どもがタムロして…

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2017年10月19日 (木)

ペーター・ペフゲン「図説 ギターの歴史」現代ギター社 田代城治訳

ギターはその長い歴史の中で、考えられる限りの経験をしてきた。それは非常な敬意を払われると同時に、蔑まれてもきた。それは王侯や皇帝の宮廷でも弾かれたし、酒場や娼窟でも弾かれた。
  ――日本語版への序文

その発展史を通じてずっとそうだったように、ギターは現在も変化を加えられ、細工され、修正され、改良され続けている。いったい誰がこの時代に、新型のヴァイオリンやオーボエを作ろうと考えるだろうか?
  ――第1章 多彩な顔を持つ楽器

やがて明らかになるように、スペインは本当の意味でギターの発展が集中的に行われた国である。
  ――第3章 中世ヨーロッパにおけるギターの発展

変化する音楽は別の楽器を要求する。逆に言えば、楽器製作上の発展は別種の音楽と別種の演奏を可能にする。
  ――第5章 第5の弦

巻弦の発明は楽器の構造に革命をもたらした。新しい弦素材はわずかな太さでよく、響きの上でも倍音が豊かだったから、ほどなくギターは⑥弦をプラスされただけでなく、複弦も不要となった。
  ――第6章 5コース、6コース、そして6単弦へ

ギター史上のいかなる人物も、フランシスコ・エイクセア・タレガ Francisco Eixea Tarrega ほどに、多くの具体的で革命的な、救世主的偉業と革新について感謝を集めている者はいない。
  ――第8章 20世紀

【どんな本?】

 クラシックはもちろん、タンゴやフォルクローレなどの民族音楽・カントリー・ブルース・ジャズ・ロックなどのポップミュージックでも大活躍しているギター。ただ、ギターと一言で言っても、その形や弾き方はバラエティに富んでいる。

 弦の数は6本が普通だが、4本から18本まである。弦の材質もスチール・ナイロン・ガットと様々。ボディは形もひょうたん型が中心だが、腰のくびれやお尻の大きさはそれぞれ。底板も平らなものが多いが、微妙な丸みがついているものもある。指板のフレット数も一定しない。

 チューニングもオープンGなど多種多様だし、弦の弾き方も指の腹だったり爪だったりピックを使ったり。これがエレキギターになると、更にバリエーションが広がってキリがない。バイオリンなどの他の楽器では考えられない柔軟さだ。

 などと、21世紀の今日でも進化を続けるギターは、どのような経緯で生まれ、育ち、現在へと至ったのか。その過程では、どんな演奏者がどんな音楽をどう奏で、それを世間はどう評価したのか。現在のひょうたん型のボディと6コースの弦は、いつ定まったのか。

 多くの人に愛されるギターの歴史を、豊富な図版と共に解き明かす、ギターマニア感涙の書。

 ただし、本書が扱っているのはクラシックだけで、エレキギターはほとんど出てこない。そこは要注意。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Die Gitarre : Grundzuge ihrer Entwicklung, von Peter Paffgen, 1988。日本語版は1997年12月12日第1刷発行。単行本ハードカバー横二段組みで本文約219頁に加え、あとがき1頁+訳者あとがき1頁。9.5ポイント21字×34行×2段×219頁=約312,732字、400字詰め原稿用紙で約782枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 ただし書名のとおり写真やイラストや歴史ある楽譜・絵画などをたくさん収録しているので、実際の文字数は6~7割程度。

 文章はかなり硬い。また、内容も、音楽とギターについて、多少の知識が必要。例えば6コース12弦と言われて、「なるほど12弦ギターか」とわかる程度の前提知識が欲しい。また、撥(バチ)をプレクトラムと書いてたり。加えて、中盤以降は五線譜が出てくるので、読めると更に楽しめる。いや私は読めないんだけど。

【構成は?】

 原則として時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 第1章 多彩な顔を持つ楽器
  • 第2章 ヨーロッパにおけるギターの起源
    • 起源はヒッタイトとバビロニアか?
    • エジプトはギター発祥の地か?
    • 古代ギリシャのギター
  • 第3章 中世ヨーロッパにおけるギターの発展
    • ギター誕生の地はスペインか?
    • 初期の文献
    • 爪弾かれたのか、掻き鳴らされたのか、弓で弾かれたのか?
    • ヨーロッパのリュート
    • ギターはムーア人の楽器か?
  • 第4章 16世紀のギター属楽器
    • タブラチュア
    • 文献
    • スペインのビウェラ
    • ヴィオラ:イタリアのビウェラ
    • ビウェラ奏者とそのレパートリー
    • 演奏テクニックと演奏の実際
    • ビウェラとギターラ
      • ギターラ・セラニスタ
      • ギターラは小型のビウェラか?
      • 史料
    • 発展の起点か?
  • 第5章 第5の弦
    • タブラチュア
      • フアン・カルロス・イ・アマートの『スペイン式ギターとパンドーラ』
      • イタリア式「アルファベット」
      • 複式タブラチュア
    • ギター奏者とその作品
      • イタリア人たち
      • フランス楽派
      • スペイン楽派
    • 楽器
      • キタラ・バテンテ
  • 第6章 5コース、6コース、そして6単弦へ 近代的な特性を持つ楽器への変遷
    • タブラチュアの終焉
    • 作曲家とその作品
  • 第7章 19世紀のギター
    • 古代ギリシャへの追想 リラ・ギター
    • パリ,ウィーン,ロンドン,ペテルスブルグ遍歴のヴィルトゥオーゾとその作品
    • 演奏テクニックの革命
    • 新たな衰退か? 19世紀後半
  • 第8章 20世紀
    • 新世代の曙 フランシスコ・タレガ
    • タレガの使徒たち
    • アンドレス・セゴビア
    • セゴビア・レパートリー
    • 「爪弾くヴァイオリン」からギターへ
    • 新たな第一歩
    • 第2世代 第2軍?
    • 現代クラシック音楽のレパートリー
    • 作曲されたフォルクローレ 南米のギター音楽
    • こんにちの広範な活動民衆楽器となるギター
    • 新世代のギタリストたち
    • 若きヴィルトゥオーゾとそのレパートリー
  • あとがき
  • 訳者あとがき
  • ギター史年表
  • 参考文献一覧
  • 図版出典一覧
  • 索引

【感想は?】

 楽器には序列がある。女王はパイプオルガンだろう。さて、ギターは、というと…

 その前に、まずはギターの起源だ。残念ながら、この本ではハッキリしない。このあたりは学者らしく、レリーフや壺の絵などの資料を示しながらも、「よく分からない」と慎重な姿勢だ。

 どうやら「紀元前4000年から2000年あたり、それも差し当たり西南アジアとエジプト」としているが、弾き方まではわからない。ただ、胴のくびれの意味は、構造上の都合らしい。ギターの胴は張った弦に引っぱられる。胴がまっすぐな形だと、弦の力で胴がゆがんでしまう。どうしよう?

「葉巻の箱(……)を想像してみるがよい。今度のは側面がやや内側にくびれており、少しでもこの箱をたわめることは不可能だ」

 と、弦の引っ張りに対し、構造材を斜めに入れる事で抵抗力を増したわけ。結局、楽器も工学製品なんだなあ。

 ただ、この後の歴史も判然としない。ギリシャ時代までは多少の史料もあるが、話は一気に15世紀のレコンキスタ(→Wikipedia)へと飛ぶ。とするとムーア人(→Wikipedia)の置き土産みたいだが、そこも断言はしていない。記録が残りやすい文字や絵画に比べ、音は残らないってのが音楽の辛い所。

 とまれ、それでも1500年あたりには楽譜が出回り始めた。嬉しい事に、タブラチュア、俗称TAB譜だ。ここからコースの数とチューニングもわかり、今のギター同様6コースでチューニングも同じらしい。ややこしいのは、ビウェラとギターラと二つの名があること。

 これは楽器の序列の問題で。ビウェアは王侯貴族のもので、ギターラは庶民の楽器という位置づけだ。バイオリンとフィドルみたいなものだろうか。ただしギターラは小型で、4コース。ウクレレかい。

 この序列の問題は現代まで尾を引いてるのが切ない。つまり、クラシックの世界じゃギターはスターじゃないのだ。よって演奏家もギタリストはピアニストやバイオリニストほどもてはやされない。これをなんとかしようとするギタリストの努力を、本書の中盤以降で詳しく描かいてゆく。

 それはさておき、ビウェラ&ギターラで面白いのは、チューニング。曰く、「①弦をできるだけ高く調弦する」。

 今のように、音の高さは、絶対的な周波数で決まってたわけじゃないのだ。全体として調律があっていればいい。独奏なら、それでいいんだろう。また、最高音の弦が基準となるのも、当時ならでは。

 弦っは強く張れば高い音が出る。ただし、あまり張り方が強すぎると、弦が切れてしまう。特に、最も高い音の弦がいちばん切れやすい。そこで①弦を基準とするわけ。弦の素材については書いてないけど、たぶんガット(羊などの腸)だろう。

 弾き方もビウェラとギターラは違う。ビウェラは単音または複音なんで、メロディーを爪弾くのに対し、ギターラはバチでコードを掻き鳴らす。これが互いに影響し合い…

 とまれ、音の小ささは致命的で。この問題を解決するために、最初は複弦にしたり低音弦を追加していたのが、巻弦の登場で「これでいんじゃね?」となる。テクノロジーがギターを救ったのだ。

もっとも、音の小ささは今でも残ってて。アンプで増幅できるロックじゃ、ギタリストはバンドの花形だけど、生音でオーケストラと張りあわにゃならんクラシックじゃ、ギタリストがソロを取るなんて場面は滅多にないのが悲しい。

 やがてテクノロジーは表面板の補強材や指板の素材なども変えてゆく。ギターそのものも、フェルナンド・ソルやフランシスコ・タレガなどスターの登場と退場と相まって浮沈を続ける。アンドレス・セゴビアについても、功績は賞賛しつつチクリと刺すのも忘れないあたりは、音楽家らしい意地の悪さがチラホラw

 安易に俗説に流されず、あくまでも資料を元に慎重な態度で記された学術的な本だ。それだけにまだるっこしい部分もある。だが、ギターマニアなら、豊富に収録された絵画や写真を見るだけでも涎が止まらないだろう。そう、まさしくギターマニアのための本なのだ。

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2017年10月17日 (火)

A・E・ヴァン・ヴォクト「宇宙船ビーグル号」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17

二足生物たちの故郷の惑星には、きっと無尽蔵のイドが彼を待っているにちがいないのだ。
  ――黒い破壊者

情報総合学とはなにか?
それは、
一分野の知識を、他の諸分野の知識に、
秩序正しく結びつける科学です。
  ――神経の戦い

イクストルは果てしなく広がる夜のなかに、身動きもせず、だらりと横たわっていた。彼はゆっくりと永遠への歩みをつづけており、空間は底知れぬ暗黒だった。
  ――緋色の不協和音

「単なる意見だが」と、グローヴナーの背後のだれかがいった。「回れ右して故郷へひき返すべきじゃないかな」
  ――M-33星雲

【どんな本?】

 SF界のレジェンド、A・E・ヴァン・ヴォクトによる、古典的で稀有壮大なスペース・オペラ・シリーズ。

 遠い未来。人類は太陽系を飛び出し、銀河系へと進出していた。更なる宇宙の秘密を解き明かそうと、多くの探査船が銀河へと向かう。しかし宇宙には人類が未だ知らない危険が満ちており、多くの探査船が消息を絶ってしまった。

 この問題に対処するために計画されたのがビーグル号である。大型の宇宙船に千人近い科学者と軍人を搭乗させ、その頭脳を結集すれば、未知の危機にも対処できるであろう。そしてもう一つ、ビーグル号には新しい試みがなされていた。エリオット・グウローヴナーも参加しているのである。彼の専門は情報総合学であり…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Voyage of the Space Beagle, by A. E. Van Vogt, 1950。日本語版は1968年12月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約204頁。8ポイント26字×19行×2段×232頁=約229,216字、400字詰め原稿用紙で約574枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文庫版は二つ出ている。ハヤカワ文庫SFより浅倉久志訳で「宇宙船ビーグル号」、創元SF文庫より 沼沢洽治訳で「宇宙船ビーグル号の冒険」。創元SF文庫の新版は2017年7月に出たばかりなので、手に入れやすいだろう。

 文章はこなれている。古典だけあって、出てくるガジェットそのものはSFファンにお馴染みのものが多い。ただし次から次へと大量の仕掛けが出てくるので、SFに慣れない人には辛いかも。動作原理などを作中で色々と理屈をつけちゃいるが、大半はハッタリなので、深く考え込まないこと。特に相対論関係のツッコミは厳禁w

【収録作は?】

 長編の形になってはいるが、実質的には四本の短編を繋げて編集した形なので、ここでは連作短編集として扱う。

 以下、作品名は日本語の作品名/原題/初出 の順。

黒い破壊者 / Black Destroyer / アスタウンディング誌1939年7月号
 静寂に満ちた星で、実りのない狩りを続けるクァール。そこに小さな光点が近づいてくる。やがて光点は巨大な銀色の球体となり、中から二本足の生物が出てきた。あの原形質をむさぼりたい。膨れ上がる欲望を抑え込み、静かに獲物へ近づく。今は警戒させない方がいい。
 スペース・オペラのスーパースター、クァールが登場する伝説の作品。大きな黒猫に似ているが、耳の巻きひげは電磁波を操り、両肩には器用に動く触手が生えている。酸素も塩素も呼吸でき、その筋力は鋼鉄をもへし折る。
 タフでパワフルな肉体に加え、その性格は凶暴にして残忍かつ執念深い。獲物を追い始めれば百日でも追い続けるが、食うのは死んだ直後の獲物だけ。おまけに高い知能を持ち…と、悪役ながら実に魅力的な設定。
 何より、猫に似ているってのがズルいw 可愛い上にカッコいいってのが、もう反則スレスレ。そんなクァールをナメてかかり、まんまと騙されるビーグル号の面々に、思わず同情しちゃったり。
神経の戦い / War of Nerves / アザーワールズ誌1950年5月号
 クルーに情報総合学の理解を深めてもらおうと、グローヴナーは講演を開く。しかし、あいにくと隊長選挙の演説会と時間がカブり、講演会場はガラガラ。それでも参加者がいるだけマシ、と情報総合学を紹介したグローヴナーが、宇宙空間を眺めていた時、それが起こった。
 外からやってくるエイリアンの脅威に加え、船内でも主導権をめぐり搭乗員同士の勢力争いがあるのが、このシリーズの特徴の一つ。この作品では、憎まれ役のケントが次第に存在感を増してくる。日系のコリタに数少ない理解者の役を割り振ったのも、時代背景を考えると大胆な試みかも。
 もう一つの読みどころは、特殊な「思考」や「感覚」の描写。スランにおける同族との会合シーンもそうだったんだが、テレパシーの描き方が、この人は抜群に巧い。単に「思考を読む・伝える」だけでなく、それに伴う副作用をキッチリ練り込んで書き込むことで、読者に「おお、なんか科学的っぽい」と思いこませる、独特の迫力に満ちている。
緋色の不協和音 / Discord in Scarlet / アスタウンディング誌1939年11月号
 前の宇宙の爆発で吹き飛ばされたイクストルは、島宇宙のはざまに漂っていた。時空間を渡る光エネルギーも、次第に貧しくなってゆく。そこに、エネルギーの励起状態が飛び込んできた。力場を広げ、ソレの巨大なエネルギーをむさぼる。蘇った活力で、逃げようとする獲物を追いかけ…
 いきなり「前の宇宙の生き残り」と、壮大な風呂敷を広げてくれる作品。発表年を見ると、ビッグバン理論の黎明期だ。ハッタリ屋のヴォクトも、当時の最新科学の成果を積極的に取り入れていた模様。
 と、仕掛けは大掛かりながら、ドラマとしては、閉ざされたビーグル号船内でのハンティング劇となる。もっとも、狩られるのがどっちかは難しいところだがw かなり広い設定のビーグル号だが、この作品ではイクストルの特異能力により、逃げ場のない閉塞感が漂ってくる。
 しかもこのイクストル、実におぞましい性癖を持っていて、この感じなんか覚えがあるなあ、と思ったら、やっぱり某大ヒット映画シリーズだった。
M-33星雲 / M33 in Andromeda / アスタウンディング誌1943年8月号
 M-33渦状星雲へと向かうビーグル号に、何者かが干渉してきた。その効果は脳波修正装置に似ており、搭乗員の脳に作用する。しかも、情報総合学室の遮蔽装置すらつらぬく、おそろしく強力な威力を持っている。
 エイリアン視点で描く「黒い破壊者」や「緋色の不協和音」とは対照的に、この作品ではなかなか敵の正体が掴めない。ホラー・タッチのファースト・コンタクト物としてはオーソドックスな手法ながら、エイリアンの能力も相まって、不気味さがいっそう際立っている。
 また、今まで憎まれ役だったケントが、隊長代理となって更に存在感を増しているのも、この作品の特徴。あくまでクールに理詰めで攻めるグローヴナーに対し、あてこすりと扇動が得意なケント。二人の対比は、理屈っぽさで嫌われがちなSFファンには、美味しい隠し味として効いてきたり。

 ファースト・コンタクト物が大好きな私には、次々と登場する奇矯なエイリアンたちが楽しくてしょうがない。しかもホラー風味の味付けなので、映像化しやすいのも嬉しいところ。今ならCGを駆使すれば、可愛いけど凶暴なクァールも、さぞカッコよく描けるだろうなあ。

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2017年10月12日 (木)

A・E・ヴァン・ヴォクト「スラン」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17

なぜぼくが殺されねばならないんだ? なぜあんなにやさしくかしこい、すてきなおかあさんが殺されねばならないんだ?
  ――p9

「いいかね、大衆がたずさわっておるのは、いつもほかのだれかのゲームじゃ――自分自身のゲームではなくてな」
  ――p63

【どんな本?】

 アメリカSFの黄金期を築いたA・E・ヴァンヴォクトの、記念すべき処女長編。初出はSF雑誌アスタウンディング誌の1940年9月号より四カ月間の連載である。その間、人気投票では、全投票者がこの作品を1位に推すという快挙を成しとげている。

 遠い未来。世界政府の所在地セントロポリスで、9歳の少年ジョミー・クロスは母親と共に逃げ回っていた。今も多くの追手が迫っている。二人はスラン。二つの心臓を持ち、人の思考を読める。秘密警察はスランを狩り、市民もスランを憎み切っている。スランのしるし、一房の金色の触毛がバレれば命はない。

 ただ一つの望みは、父が遺した大地下道。その奥に、世界を変えうる秘密が眠っている。それを見つけ、辿りつき、秘密を読み解ける知識を身につけるまで、なんとしてもジョミーは生き延びねばならない。しかし、彼を守ってくれた母は…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SLAN, by A. E. Van Vogt, 1940。日本語版は1968年12月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約204頁。8ポイント26字×19行×2段×204頁=約201,552字、400字詰め原稿用紙で約504枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。文庫本がハヤカワ文庫SFから出ているが、今は入手困難。図書館に頼るなら、全集の方が手に入れやすいだろう。

 文章はこなれていて読みやすい。超人類であるスランを始め、ケッタイなガジェットも続々と出てくるし、ちゃんと理屈もついている。しかも、当時の科学のレベルを考えると、幾つかのガジェットは予言が当たってたりする。が、実際はハッタリのまぐれ当たりだろう。あまり真面目に考え込まないこと。漫画を楽しむノリで「そういうものだ」で済ませておこう。

【感想は?】

 そのまま漫画化して週刊少年ジャンプで連載したら、大人気を博しそうな王道の娯楽冒険物語。

 とにかくテンポがいい。危機また危機、逆転に次ぐ逆転、そしてアッと驚くどんでん返し。短いサイクルで、これが何度も繰り返される。今の作家なら10巻の大作にしそうなストーリーを、一冊に詰めこんだジェットコースター・ストーリーだ。

 それだけ濃けりゃ説明じみて読みにくくなりそうなもんだが、全くそんな事はない。最初の3頁で重要な登場人物は全て揃い、主人公ジョミーの立場と目的、そしてこの作品全体を通してのテーマと、お話の向かう方向も見えてくる。しかも、主人公ジョミーの命が狙われている緊迫感の中で。

 人の思考を読めるスランの特殊能力も、普通なら有利に働きそうだが、冒頭ではこれが逆に危機感を煽るあたりも巧い。人があるれる大都会に、9歳の少年が放り出される。そして、全ての人がスランを憎んでいる。正体がバレたら命はない。

 なまじ人の思考が読めるだけに、ジョミーの恐怖は更に増す。少しでも怪しまれ通報されたら、それで終わりだ。しかも敵に容赦が期待できない事も、すぐに明かされる。

 ってな感じの危機感・緊迫感が、最初から最後まで途切れずに続くあたりは、とても処女長編とは思えぬ手際の良さ。

 75年も前の作品だけに、古さが気になるかと思ったが、とんでもない。とにかくお話が面白い上ので、早く次を読みたくて仕方がなく、突っ込みを入れている暇がない。

 ばかりでなく、逆に今だからこそ楽しめる部分も多い。

 なんたって、SFの古典だ。現在のSF漫画やSFアニメやSF映画のクリエイターは、多かれ少なかれヴォクトの影響を受けている。または、ヴォクトに憧れたクリエイターの影響を受けている。

 だもんで、21世紀の私たちは、ヴォクトがどんな場面を描いているのか、ありありと思い浮かべる事ができるのだ。それは「マジーン・ゴー!」だったり「ヤマト,発進!」だったり「ゲッタアァァービイィィーム!」だったり。

 当時の読者は「なんか凄い事が起きている」としか感じられなかったシーンを、私たちはフルカラー音声付きで楽しめるのだ。まあ、ソレナリに特撮映画やアニメに浸ってる人限定だけど。

 もう一つ、21世紀だからこそ楽しめる点がある。なんたって75年も前の作品だ。それだけに、チグハグな描写もいくつかある。遠い未来の都市で荷馬車が動いてたり。これ、たぶん、40年前だと「さすがに古いなあ」で終わっていただろう。

 が。幸いにして、少し前にスチームパンクなんて動きがあった。アニメだと、LAST EXILE が印象に残っている。19世紀的なデザインのメカが、悠々と空を泳いだりする、見た目と機能のミスマッチが楽しい作品群だ。そういえばメイドインアビスも、スチームパンク以降ならではの芸風だよなあ。

 そういった映像のお陰で、私たちの考える「遠い未来の情景」は、一気にリセットされた。40年前だったら、ビルの合間を縫ってチューブ式の高速道路が走りエアカーが飛び回る、クリーンでメタリックな感じでなければ、私たちは「未来の都市」とは認めなかっただろう。

 だが、ブレードランナーやスターウォーズの影響もあり、薄汚いビルや粗大ゴミが積み上がった風景も、未来としちゃアリだよね、と私たちは思えるようになっている。そのため、この作品の古さゆえのミスマッチも、「コレはコレで」と楽しむ余裕が、今の私たちにはできた。

 もっとも、先に描いたように、そういった場面も、元をたどるとヴォクトに辿りついたりするんだけど。

 なんて屁理屈は一切忘れて(←をい)、著者の騙りに身を任せよう。最初の頁からハラハラドキドキ、ワクワクゾクゾクな物語があなたを待っている。全ての男の子たち、そしてかつて男の子だった者たちのための、傑作娯楽冒険活劇だ。

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2017年10月10日 (火)

Chris Lefteri「『モノ』はどのようにつくられているのか? プロダクトデザインのプロセス事典」オライリー・ジャパン 田中浩也監訳 水原文訳

自分たちの身の回りにある、当たり前のものたちが、どのようにしてつくられてきたのかを、改めて知りたい、分かりたいと思う「すべての人たち」に対して、本書は開かれているのである。
  ――序文 「ものの読み書き」に向けて 田中浩也

ベニヤ板を木目が交差するように積層して行くプロセスは、古代エジプト人によって発明された。
  ――5.固化 木材注気加工

材料の種類によって異なるが、±0.005mmの精度が可能。
  ――6.複雑 セラミック射出成型(CIM)

【どんな本?】

 スーパーのレジ袋,アルミ缶のプルタブ,セラミック包丁,ガラスの灰皿。私たちの身の回りには、様々な素材でできた、様々な形の様々なモノがある。それぞれのモノについて、私たちは使い方は知っているが、それがどう作られているかは、ほとんど知らない。

 それらのモノは、どんな技術を使って作られているのか。その技術には、どんな特徴があって、どんな素材に向いて、どんな制限があるのか。費用はどれぐらいかかり、何個ぐらいを作るのに向くのか。どれぐらいの大きさのモノに仕えるのか。

 日頃から使ってるコーヒカップやパソコンのキーボードなど身近なモノから、航空機のジェットエンジンや医療用インプラントなど特殊なモノまで。手吹きガラスや釉薬がけなど歴史のある技術から、3Dプリンタや特殊な物質を駆使した最新の技法まで。数十万個の大量生産向きの原理から、一つを作るのに数日かかる手法まで。

 モノを加工するためのあらゆる技法を網羅した、モノづくりの事典。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Making It : Manufacturing Techniques for Product Design 2nd Edition, by Chris Lefteri, 2012。日本語版は2014年5月26日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横2段組みで約287頁。8ポイント20字×39行×2段×287頁=約447,720字、400字詰め原稿用紙で約1,120枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。ただしイラストや写真が紙面の3~5割。

 文章は直訳っぽい。またダイ(→日本語表現辞典Weblio辞書)・キャビティ(→日本語表現辞典Weblio辞書)・アンダーカット(→株式会社リッチェル)など加工に関する基礎用語や、熱硬化性プラスチック(→日本語表現辞典Weblio辞書)・アラミド(→Wikipedia)など素材名もよく出てくる。

 要は O'Reilly 文体。慣れている人は「またか」で済むが、慣れない人にはとっつきにくい。

 意外な事に、紹介される技法の多くは、料理で使う調理法と似ているものが多い。特にお菓子作りが好きな人は、「クッキーの型抜きね」で分かったりする。

【構成は?】

 「1.個体の切断」~「8.仕上げテクニック」の各章は、具体的な加工法を紹介する3~4頁の節からなる。例えば「5.固化」は、「焼結」や「鍛造」など、12の節を含む。ほぼ事典に近い構成なので、興味がある節だけを拾い読みしてもいい。

 序文(田中浩也)/はじめに/プロセスの比較
1.個体の切断
2.シート
3.連続体
4.薄肉・中空
5.固化
6.複雑
7.多様なデジタル・ファブリケーション
8.仕上げテクニック
 用語解説/索引

 なお、各節は、次の項目を含む。

  • その加工法の説明
  • その加工法で作った製品の紹介。写真・製造業者・特徴など。
  • 製造ボリューム:何個ぐらいを作るのに適しているか。
  • 単価と設備投資:ポリ袋の単価は安いけど大掛かりな機械が要る。手吹きガラスを職人に頼めば単価は張るけど設備投資は要らない。そういう話。
  • スピード:その工程に何秒~何時間かかるか。
  • 面肌:表面がツルツルかガタガタか。
  • 形状の種類・複雑さ:アンダーカットや非対称などの可否
  • スケール:作れる製品の大きさ
  • 寸法精度:誤差が製品にどれぐらい出るか
  • 関連する材料:どんな材料に向くか
  • 典型的な製品:この加工法を使って、どんなモノを作っているか
  • 同様の技法:似た方法
  • 持続可能性:エネルギー使用量、廃棄物の多寡や有毒性の有無など。
  • さらに詳しい情報:主にインターネット上の情報源

【感想は?】

 「ゼロからトースターを作ってみた結果」の解答編および続編。

 家電量販店で買えば500円ほどのトースターを、ゼロから自分で作ったら15万円もかかった。しかも、出来上がりは出来損ないのゾンビみたいな悲惨なシロモノ。

 なんでそうなるのか、あの本じゃ解は示していない。まあ、だいたい想像はつくけど。その想像を、微に入り細に渡り描いてくれるのが、この本だ。その理由を、最も端的に示しているのは、「3.連続体」の「吹き込みフィルム」だろう。

 この技法の「典型的な製品」は、スーパーのレジ袋。今は有料のスーパーもあるが、コンビニや昔のスーパーは無料だった。それぐらい安上がりなモノだ。だが、ゼロから作ろうとすると、とんでもなく高くつく。工場を一個建てるようなもんだからだ。これがイラスト一発で分かるのは嬉しい。

 こういった現代の産業社会を象徴する技法が中心だが、伝統的な手法もアチコチに顔を出す。例えば鍛造。手口としては、ご飯を型に入れておにぎりにするのと同じ。ただし材料はご飯じゃなくて金属の塊だ。これの「典型的な製品」が、日本刀から航空機のエンジンまでと、実に幅広い。

 同様に型に入れて固めるんだが、粉末を使うのがコールドアイソスタティック成型(CIP)。金属やセラミックの粉を、ゴム製の型に入れる。で、例えばウェットバッグだと、型ごと水に入れ、その水に高い圧力をかける。すると粉が固まり、一つのモノになる。

 この手法の嬉しい点は、全方向に均一な圧がかかること。出来上がりの表面は、意外となめらか。なんたって、「CIPで製造される最もありふれた製品はスパークプラグ」のアルミナ(碍子、→デンソー)だ。

 やはり伝統と工業技術の組み合わせで面白いのが、合板曲げ加工。普通の木材を割らずに曲げるのは難しい。が、紙のように薄ければ、割らずに曲げることもできる。ってんで、紙のように薄い板と接着剤を何層ものサンドイッチにして重ね、曲げれば、立体的なフォルムが作れる。

 木材でも、かなり自由な形が作れるのだ。凄え…と思ってたら、「2つの世界大戦の間には、航空機のフレームが曲げ加工された合板から作られていた」。それなりに歴史ある手法なのね。

 などと、「おお、そうだったのか!」な驚きは他にもあって。例えば瀬戸物。あれ、だいたいはスベスベなのに、底だけはザラザラしてる。あれ、なんのことはない、釉薬がけの都合だった。

 粘土を焼いただけの素焼きは、小さな穴がたくさん開いてるんで、水が漏れちゃう。それを防ぐのが釉薬。炉の中で溶けてガラスになり、素焼きの穴をふさぐ。ただし、炉と接する底に釉薬をつけると、瀬戸物が炉にくっつく。だから、底には釉薬をつけず、よって底は素焼きのザラザラのまま。

 とかの伝統的な手法に対し、最新の手法は、軽くて丈夫なモノが作れるのが嬉しい。例えば選択的レーザー焼結。一種の3Dプリンタを使う方法。

 器に金属粉を入れ、平らにならす。その表面にCAD制御のレーザーを当てる。当たった所は溶けて固まる。再び表面に金属粉を撒き、平らにならし、表面にレーザーを当てて溶かし…と繰り返す。すると、針金を組みあわせたように、骨組みだけでスカスカのモノができる。

 ただ、今のところ、精度は高いんだけど、あまし大きなモノは作れないらしい。きっと航空機産業も研究してるんだろうなあ。

 もっと身近な「軽くて丈夫」は、中空成形。PETボトル製造で使われる方法(→東洋製罐株式会社)。で、まさしくPETを使って、椅子を作った会社がある。Magis Sparkling Chair(→Magis Japan)。なんといっても、軽いってのは魅力だよなあ。

 より未来的な雰囲気なのが、自己修復性被膜。正体は透明なポリウレタンで、例えば自動車のボディの表面に塗る。ボディに引っかき傷がついたら、車を日なたに置いとけばいい。ろうが熱に溶けるように、被膜が日光で溶けて傷を埋めてしまう。まるきし∀ガンダムのナノスキンだ。

 とかの妄想のネタとしても面白いし、自分で何かを作る際のヒントにしてもいい。製造業に勤める知人にこの本を見せたら、食い入るように眺めていたので、プロにも役立つ本らしい。文章は硬いが、イラストでの説明が多いので、素人でもけっこう頭に入ってくる。色々な読み方ができる本だ。

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2017年10月 8日 (日)

オキシタケヒコ「波の手紙が響くとき」ハヤカワSFシリーズJコレクション

あの録音を聴いていると、色を思い出せるんです。
  ――エコーの中でもう一度

ヴァイオリンは歌うが、フィドルは踊るんだ。
  ――亡霊と天使のビート

「≪青い海≫はどこにある」
  ――サイレンの呪文

【どんな本?】

 2012年に第三回創元SF短編賞優秀賞に輝いた、新鋭SF作家オキシタケヒコの連作短編賞。

 武佐音響研究所。古くなって劣化した録音テープの音を綺麗にしたり、録音した場所を特定したり、店舗の音響環境を整えるサポートをしたりと、音響関係の技術を提供する企業である。

 所員はたった三人。所長は天使の声を持つデブ佐敷雄一郎、口を開けば罵倒ばかりが出てくるチーフ・エンジニアの武藤富士伸、そして元気ハツラツな雑用係の鍋島カリン。

 ただし、ときおり毛色の変わった依頼も舞い込んでくる。行方不明の有名ミュージシャンの捜索、子供部屋に出る幽霊、謎の奇病の調査。得意の音響技術を駆使して事件に挑む、武佐音響研究所の騒動を描く、本格的かつユニークな「音SF」作品集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で堂々の8位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約342頁に加え、参考文献2頁。9ポイント43字×17行×342頁=約250,002字、400字詰め原稿用紙で約626枚。文庫本なら少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。キモとなるガジェットは、ちとマニアック。オーディオや楽器や音楽に詳しい人にはお馴染みのネタなので、じっくり楽しもう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

エコーの中でもう一度 / SFマガジン2013年2月号
 今日の客は大物だ。大手の音楽プロダクション、ミューズプレックスの御曹司・辻神誠貴。所属の大物アーティスト、≪KYOW≫こと日々木塚響を探してくれ、との依頼だ。手がかりは、彼女の遺した伝言の音声データ。これが特殊な録音で…
 武佐音響研究所の紹介を兼ねた開幕編は、オーディオ・マニア狂喜乱舞の濃いネタをたっぷり仕込み、ど真ん中に剛速球を放り込む本格的なサイエンス・フィクション。SFマガジンで初めて読んだときは、アイデアの斬新さと目の付け所の鋭さに「その手があったか!」と驚いた。
 ただ、今の若者には、「テープが劣化して録った音がこもる」なんて現象が通じないかも、と少し不安になったり。
亡霊と天使のビート / SFマガジン2014年2月号
 依頼人の咲夫妻は身なりの良い四十台。夫の晴彦は弁護士、妻の由美子はヴァイオリニスト。夫妻の子、継音君の部屋に幽霊が出る、というのだ。晴彦は母親の瑤子と折り合いが悪かった。瑤子はフィドラーで、晴彦に館を相続する条件を出した。瑤子愛用のフィドルと、例の幽霊部屋を、継音のものとすること。
 古びた館で、故人がいた部屋に出る幽霊の話。これまた音楽好きとオーディオ・マニアを唸らせる逸品。小道具のフィドルはジグやカントリーで使われ、素朴で軽快なメロディを響かせる、陽気な印象の楽器なのがミソ。しかも、妖精や化け物の伝説が多く残るアイリッシュというのが、泣かせる(→Youtube)。
 ネタバレ注意:…とか思ってたら、現実に事件が起きてしまった。繰り返すが、ネタバレなので要注意(→CNN)。
サイレンの呪文 / SFマガジン2014年10月号
 武佐音響研究所に二人組の暴漢が押し入った。武藤とカリンはすでに帰宅し、会社に残っていたのは所長の佐敷のみ。暴漢の目的は≪青い海≫。これを佐敷が手に入れたのは、高校最後の夏休み。
 この連作短編集の主な登場人物たちを結びつけた、過去の出来事を語る短編。オーディオってのは、凝り始めるとキリがなくて、最終的には建物自体を造っちゃったり。トーマ氏の気持ちはわかるし、「みうず」にも行ってみたい。
波の手紙が響くとき / 書き下ろし
 武佐音響研究所に、再び魔女が降臨した。しかも、とんでもない災厄を引き連れて。
 この作品集の終幕を飾るにふさわしい、オールスター・キャストの作品。賑やかなキャストの中でも、なまじ技能を持つがゆえに貧乏くじを引いた?藤村さんがいいなあ。音にこだわる人に振り回された、彼女の苦労には思わず同情w 文句タラタラながら、それでも仕事はキチンとこなすあたりも、終幕のヒロインに相応しい活躍ぶり。
 やはり、いい味出してるのが、千枝松健二教授。好きな事を続けてたら、いつの間にか相応の実績もできてたって感じの、マイペースな人。理系の教授って、こんな感じの人がよくいるんだろう。トーマ氏といい、引柄慶太郎氏といい、この人の描くオッサンは、楽しげに人生を生きてるのがいいなあ。
 そして、肝心のガジェットも、これまたサイエンス・フィクションの王道ド真ん中を突っ走る、豪快かつ本格的なもの。古き良きSFの醍醐味を、現代の新鮮な素材をふんだんに使い、鮮やかに蘇らせてくれた。

 なんたって、音SFだ。オーディオやDTMに凝っている人は、是非読もう。まさしく「あなたのための物語」なのだから。

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2017年10月 6日 (金)

ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 3

政治幹部のひとりが到着すると、(ズオン・ヴァン・)ミンは次のように言明した。
「われわれは、行政権を委譲するためにあなたがたをお待ちしていました」。
これにたいして政治幹部はこう返答した。
「あなたがたが委譲できるものは何もないのです。あなたがたは無条件降伏するしかないのです」
  ――第41章 戦争の終結

  ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 2 から続く。

【兵站】

 南北に長いベトナムで、必要なモノを必要な所に運ぶのは大変だ。機械化された南と米軍はともかく、北と解放戦線は難しい。例えば武器は…

63年に合衆国が主張していたように、中国製とソ連製のものは、解放民族戦線の武器の8%を占めるにすぎず、残りは、アメリカ製かフランス製、あるいは解放民族戦線が独自に製造した武器であった。
  ――第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦

 と、鹵獲と自作で賄った模様。終盤になると、これに南からの横流しが加わる。シリア内戦でも、政府軍の補給将校が反政府軍に武器弾薬を横流ししてた。腐敗した政権に対する内戦じゃ、よくある事なのかも。

 加えて…

1965年から68年までのあいだ、ベトナム民主共和国(北ベトナム)領内には中国の兵站部隊が駐留していた。32万人が派遣されていたとのちに言われたが…
  ――第32章 共産党の国際戦略

 と、中国も積極的に北ベトナムを支援していた様子。お得意の「義勇兵」かな?

【兵器】

 ド派手に活躍したように見えるB-52だが、その編隊が落とした爆弾は…

投下目標になった地域の半分は、解放民族戦線が存在しない地域であることがのちにわかった。
  ――第15章 アメリカの戦争遂行方法のジレンマ

 と、肝心の敵の居所がわかってなかった模様。これは今も似たようなモンだ、とジェレミー・スケイヒルが「アメリカの卑劣な戦争」で書いてた。つまり情報収集・分析が弱いんです。

 逆に活躍したのがガンシップ(→Wikipedia)。

ホーチミン・ルート攻撃用に使用された(略)(固定翼)ガンシップのほうは出撃回数こそわずか8%だが、命中させたトラックの数では48%を占めていた。だが、ガンシップはまた地上砲火によってもっとも損傷しやすかった。
  ――第28章 アメリカ軍事力の危機

 安くて頑丈な A-10 開発の原動力は、これ?

 ヘリコプターも活躍したが、「一時間飛ばすと、点検修理に10時間を要した」。稼働率10%? 同時期(67年、第三次中東戦争)のエジプト空軍より酷い(鳥井順「中東軍事紛争史Ⅲ」)。F-14トムキャットも似たような感じだったと、どこかで聞いたがソースは不明。

 なんにせよ、米軍は最新兵器を南に与えたけど、それを使い続けるには整備や維持も高い能力が要求され、そのせいで大半は使いこなせずガラクタと化してしまう。まさしく猫に小判。

【テト攻勢】

 大きな転機となった1968年のテト攻勢(→Wikipedia)、やはり北の損害は大きく、「解放民族戦線がただでさえ弱体な都市の下部組織をほとんど失った」。これは合衆国政府にも影響を与える。国防長官のメルヴィン・R・レアードは、米軍全体の兵器刷新を理由に、ベトナムの予算を削り始める。

 よく言われるように、北は軍事的に負けて政治的に勝った、ってこと。っただし損耗も激しく、暫くは鳴りを潜める羽目になるんだけど。

【経済】

 南の最大の敗因は、これじゃないかと私は思う。アメリカと南ベトナム政府が、ベトナム経済を壊したのだ。

 読みながら思ったのだ。「兵器じゃなくて農機具や肥料など、農民に役立つモノを送れよ」。実際、送ったのだ。収穫の多い米の新品種を。

新品種は、在来種に比べて1ヘクタール産当たり二倍の肥料が必要であった。
  ――第38章 ベトナム共和国の社会体制の危機の深まり

 肥料も送ったんだが、これは腐敗役人の懐に消える。加えて、東地中海で起きた戦争がベトナムへ波及してくる。そう、73年の第四次中東戦争と、それに伴う石油危機だ。

 原油価格は急上昇、それに伴い肥料も285%値上がりする。アメリカは揚水ポンプや農業機械も送ったんだが、燃料のガソリンや灯油も250%値上がり。

 これ以前にも、南の政府は農村を壊す政策を次々と繰り出してる。既存の村を壊し戦略村に強制移住させる。働き盛りの若者を徴兵して村の働き手を奪う。

 米が足りなくなると、農民から強制的に米を徴収する。値上がりして美味しい商品を奪われるんだから、嬉しい筈がない。またはアメリカから米を輸入する。これで米価は下がり都市住民は楽になるが、農民はやる気をなくす。

 末期になると農村は土地が余りスカスカで、地代も4~6割から1割ほどに下がってた。この時期、地主の抵抗も減ってるんで、農地改革を始めるが、時すでに遅し。肝心の農民は都市に棲みつき、農民が集まらなくなっていた。南ベトナムは都市化していたのだ。

この農村を壊してゲリラの隠れ家を潰す手口、スーダンがダルフールでやってたなあ(白戸圭一「ルポ 資源大陸アフリカ」)。手口を教えたのは中国らしいんだが、その中国は南ベトナムに学んだのか?

 そんな都市住民を支えていたのが、米兵がバラ撒く金。南の経済そのものが、アメリカの金に依存する体質になってたわけ。ところが、これがテト攻勢以来、次第に枯れ始める。となれば、南ベトナム自体が枯れるのも時間の問題。

 もっとも、これは解放戦線にとっても痛手で。彼らは農民を味方に付けるのは巧みだったが、都市住民を仲間に引き入れるのは難しかった。お陰で兵力を集めるのには苦労するようになる。

【崩壊】

 と、そんな風に、1975年になると、南ベトナムは国そのものがハリボテ状態だった、ってのがこの本の主張。ローマ帝国もそうだったけど、国が潰れる時ってのは、とっくの昔に中が腐りきって空洞化しちゃってるんだろう。

 などと、読みどころはアメリカと南の政治的な動き。半面、北や解放戦線の内情は綺麗事ばかりだし、軍事的な記述は乏しいのが、ちと不満だなあ。

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2017年10月 5日 (木)

ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 2

「政治が革命勢力の実際の力をつくりだす。つまり、政治が根源であり、戦争は政治の継続である」
  ――第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦

 ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 1 から続く。

【だいたいの流れ】

 お話は1858年のフランスによるベトナム進出に始まり、1975年4月30日のサイゴン陥落で終わる。以降の話は出てこない。そっちが知りたい人には、ナヤン・チャンダの「ブラザー・エネミー」がお薦め。とは言っても、ブラザー・エネミーも700頁越えの大著なんだよなあ。

【結論】

 なぜアメリカが負けたのか。本書によれば、民衆がそれを望んだから、みたいな結論になる。

 南ベトナム政府はゴ・ディン・ジエムやグエン・ヴァン・チューの独裁政権で、自らの権力維持しか考えなかった。しかも、その方法は、アメリカからの援助を手下にバラまく事だった。アメリカの支援が途絶えたので、彼らの権力基盤も消え、軍も四散した。

 対して北ベトナムと解放戦線(南ベトナムにいた抵抗勢力)は、農民を大事にした。だから農民も彼らに協力した。都市住民は当初あまり協力的じゃなかったが、土壇場になって北の優位がハッキリすると、アッサリ鞍替えした。

 つまりは軍事より政治で決まったんだよ、そういう事です。

実はコレが共産主義(というか当時の東側)の強みだよなあ、と思ったり。彼らは同盟国に、軍や兵器だけでなく、政治顧問も送り込む。その政治手法は、マルクス理論を基礎に一貫した方法論がある。このあたりはロドリク・プレークウエストの「アフガン侵攻1979-89」が生々しく描いてたり。レドモンド・オハンロンの「コンゴ・ジャーニー」も、既存の権力構造を崩す巧みな手法を暴いてる。

これを反省したのか、アメリカはイラクじゃポール・ブレマー三世を派遣したけど、結果はご存知の通り(パトリック・コバーン「イラク占領」、ジェレミー・スケイヒル「ブラックウォオーター」)。

この差は下準備の違いじゃないかな。この本だとホー・チ・ミンがいい例。東側は、予め現地出身の支配層を、モスクワで育てておき、機を見て現地に送り込む。現地の事情に通じてる上にモスクワのコネもあるんで、統治はスムーズだし外交的にも東側に留まる。イギリスも似たような真似したけど、インドじゃ巧くいかなかったね。

【舞台】

 一応19世紀から話は始まるが、それは2頁程度で終わる。本格的に話が始まるのは1930年代から。ここで、当時のベトナム社会の様子を説明しているのが嬉しい。

 当時の社会は大雑把に分けて三つの層からなる。

 まずエリート地主。フランスへの協力の見返りに土地を得た者たち。30年代のトンキンでは2%の地主が40%の土地を持っていた。

 次に小作農・貧農。地代は平作年の4割~6割で固定。豊作ならラッキーだが、不作だと「生産高の80%に達することもあった」。大半は借金を背負ってて、その利率は年50%~70%。無茶苦茶だ。

 加えて、東南アジアに独特な華僑。「54年には彼らは商業の四分の三を掌握」してたというから凄い。

 こういう状況で、共産党は、まず貧しい農民を引きこみつつも、地主層を敵に回さぬよう、土地改革では機会をうかがい慎重に事を進める。土地の配分に加え、協同組合を作り、農具を買い入れたり。コレが巧くいった所では、農民の大きな支持を得た。まあ当然だよね。

逆に土地改革に失敗したのがイランのパーレビ。土地は分配したけど水の分配に失敗して、格差が更に酷くなっちゃった(岡崎正孝「カナート イランの地下水路」)。

 華僑についてほとんど出てこないんだが、対応には苦慮してたんだろう。

 アメリカも、低利で農民に融資する信用組合を作るとか、現地の農民を味方にする方法もあったんだよなあ。土地についても、戦後の日本じゃ巧くやったんだよね。地主から土地を買い上げ農民に配り、地主はその金を元手に商売を始める。お陰で工業化もスムーズに進んだ。ベトナムでそうならなかったのは…

【ゴ・ディン・ジエム】

 アメリカが南の支配者として選んだゴ・ディン・ジエム。「奴ぐらいしかいない」と消去法で選ばれたんだが、つまりは元々権力基盤が弱い。

 味方は軍しかいないってのに、いきなり「1955年にジエムが行った第一の政策は、何の見かえりもなしに6000人以上の戦闘経験ある下士官の解雇」。要は自分の取り巻きで固めようって腹なんだが、軍を弱らせた上に敵を作ってどうする。

 加えて、農村がゲリラの拠点になってるってんで、農村の住民を強制移住させる。お陰で農民も敵にまわしてしまう。

 軍も、部下の報告はジエム直接聞き、部下同志の連携を阻む。クーデターを防ぐのが、その目的。その結果、例えば空軍が陸軍を支援するなんて芸当は出来なくなる。どころか、終盤じゃ友軍への誤爆が続く体たらく。この辺は鳥井順「イラン・イラク戦争」で学んだ。

 そんなわけで、南の政府は八方的ばかり。お陰で解放戦線もアチコチに協力者を紛れ込ませる。例えばジエム殺害のドサクサに紛れ、新任の南ベトナム国家警察長官代理は…

解放民族戦線を支持していた政治犯のすべてを釈放したばかりでなく、諸文書を破棄し、解放民族戦線の支持者をできるかぎり多く高い官職に配置した。

 民衆に加え政府内も、南は敵だらけだったわけ。

【アメリカの対応】

 第二次世界大戦じゃ、アメリカは指揮権を巧く配分した。欧州戦線はアイゼンハワーに任せ、太平洋はニミッツに担当させる。戦域ごとにボスをハッキリ決め、一貫した戦略で押し通した。

 朝鮮戦争でも同様にマッカーサーに任せたんだが、彼は暴走して歯止めが効かなくなる。これに懲りて、ベトナムはホワイトハウスが仕切ろうとしたんだが、陸海空三軍の調整が巧くいかず…。

 このツケを回されたのが海兵隊。彼らが得意な仕事は、敵の前線を突っ切り穴をあける事。攻撃であって、防御じゃない。が、この戦争は、そもそもハッキリした前線がない。おまけに、ベトナムでの彼らの仕事の多くは(空軍)拠点の防御。向かない仕事を割り振られ、不満はたまる一方。

 意外なのが、合衆国市民の反応。1967年末には軍派遣反対が支持を上回り、73年1月では戦争反対と賛成は2:1となる。ここまでは予想通りだが…

高年齢層は戦争に強く反対し、もっとも戦争を支持したのは20~29歳の年齢層であった。(略)教育程度の一番低い層が戦争にもっとも批判的であった。

 当時は大学生が騒いでいた感があったけど、実は普通の人こそ反対してたわけ。これにはオチもあって、「ただ彼らは、組織化された反戦運動のなかでは無視された」。そうすりゃ、こういう人たちの声を拾い上げることが出来るんだろう。いや私も貧乏人の一人なんだが。

 これには米軍の兵の使い方も絡んでて…

教育歴10年以下の兵士の損耗率は13年以上の3倍、所得4000~7000ドル世帯出身者の損耗率は17000ドル世帯出身者の約3倍にのぼった。

 というのも、「将校は前線送りには教育水準の低い兵士を選んだ」から。そりゃ反感を買うよ。

【続く】

 ということで、続きは次の記事で。

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2017年10月 4日 (水)

ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 1

この戦争の本質を理解するに際しての最大唯一の障碍は、(戦争支持・反対)双方の側がともにベトナム共和国、および南ベトナム社会体制に驚くべく無知だったことである。
  ――著者まえがき

【どんな本?】

 第二次世界大戦後、戻ってきたフランスに対し、ベトナムは共産党を中心として独立を求め闘い始める。1954年、ディエンビエンフーの戦いを境にフランスは撤退するが、ベトナムに平和は訪れなかった。フランスに変わり、アメリカが乗り込んできたのだ。

 アメリカの後ろ盾を得たゴ・ディン・ジエムは、南部にベトナム共和国を建国、以後1975年のサイゴン陥落に伴うベトナム共和国(南ベトナム)崩壊まで、泥沼の戦いが続く。

 なぜアメリカは負けたのか。武装は圧倒的に貧弱であるにも関わらず、なぜ北は軍事大国アメリカに抗し得たのか。

 ベトナム戦争を、内戦ではなくアメリカの侵略だとする歴史学者が、ベトナム共産党(北ベトナム)・解放民族戦線(南ベトナム内の抵抗組織)・ベトナム共和国そしてアメリカ合衆国それぞれの立場・思惑・政策を中心に描く歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Anatomy of a War : Vietnam, the United States, and the Modern Historical Experience, by Gabriel Kolko, 1986。日本語版は2001年7月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約711頁に加え、訳者あとがき11頁+「付記」に付け加えて5頁。9ポイント25字×23行×2段×711頁=約817,650字、400字詰め原稿用紙で約2045枚。文庫本なら4巻分ぐらいの巨大容量。ちなみに重量は約1.2kg。

 なお、訳者は藤田和子・藤本博・吉田元夫の三人。

 文章は硬い。学者さんの文章だ。一つの文が長いし、音読みの言葉が延々と続く。二重否定も多い。でも訳のせいじゃないらしい。解説に曰く「かれの著作の多くは英語を母語とする人びとの間でさえも難解として聞こえている」。

 内容も不親切。細かくは追って。

【構成は?】

 だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 著者まえがき
  • 日本語版へのまえがき
  • 例言
  • 序章
  • 第Ⅰ部 戦争の起源 1960年まで
    • 第1章 ベトナム・危機への道
    • 第2章 1945年までの共産党 恐慌から戦争へ
    • 第3章 ベトナム 1945年8月革命から長期の戦争へ
    • 第4章 ベトナム共産主義の内部世界 その理論と実践
    • 第5章 共産党の権力強化
    • 第6章 アメリカ、世界最強国の限界と苦悩 1946~60年
    • 第7章 1959年までの南ベトナム 紛争の起源
    • 第8章 南部における共産党のジレンマ 1954~59年
  • 第Ⅱ部 南ベトナムの危機とアメリカの干渉 1961~65年
    • 第9章 合衆国のベトナム介入 支援から北爆開始まで
    • 第10章 戦争とベトナム農村
    • 第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦
    • 第12章 合衆国と革命側、そしてたたかいの構成要素
  • 第Ⅲ部 全面戦争および南ベトナムの変容 1965年~67年
    • 第13章 戦争エスカレーションとアメリカ政治の挫折
    • 第14章 効果的軍事戦略の継続的追及
    • 第15章 アメリカの戦争遂行方法のジレンマ
    • 第16章 戦争と南ベトナム社会の変貌
    • 第17章 グエン・ヴァン・チューとベトナム共和国の権力構造
    • 第18章 経済的従属のジレンマとベトナム共和国
    • 第19章 ベトナム共和国軍の建設と南ベトナム農村をめぐるたたかい
    • 第20章 二つのベトナム軍の性格とその結果
    • 第21章 全面戦争への共産党の対応
    • 第22章 アメリカ合衆国への戦争の経済的影響
    • 第23章 1967年末の戦争における勢力均衡
  • 第Ⅳ部 テト攻勢と1968年情勢
    • 第24章 テト攻勢
    • 第25章 テト攻勢の衝撃、ワシントンにおよぶ
    • 第26章 テト攻勢の評価
  • 第Ⅴ部 戦争と外交 1969~72年
    • 第27章 ニクソン政権、ベトナムおよび世界と対決
    • 第28章 アメリカ軍事力の危機
    • 第29章 革命側の軍事政策 1969~71年
    • 第30章 アメリカとベトナム共和国 ベトナム化の矛盾
    • 第31章 変貌する南ベトナム農村をめぐる闘争
    • 第32章 共産党の国際戦略
    • 第33章 二つの前線での戦争 外交と戦場、1971~72年
    • 第34章 和平交渉の過程 幻想と現実
  • 第Ⅵ部 ベトナム共和国の危機と戦争の終結 1973~75年
    • 第35章 1973年初頭における南ベトナムの勢力バランスとベトナム共和国の政策への影響
    • 第36章 ニクソン政権の力のジレンマ
    • 第37章 復興と対応 1974年半ばまでの共産党の戦略
    • 第38章 ベトナム共和国の社会体制の危機の深まり
    • 第39章 サイゴンとワシントン、1974年半ば 二つの危機の結合
    • 第40章 1974年後半における革命側の認識と構想
    • 第41章 戦争の終結
  • 結語
  • 訳者あとがき 陸井三郎
  • 「付記」に付け加えて 陸井三郎先生を偲んで 藤本博
  • ベトナム戦争関連略年表
  • ベトナム全図軍区図
  • 出典と注/索引

【感想は?】

 かなりクセの強い本だ。明らかに初心者向きじゃない。

 まず、政治的な主張が強く出た本だ。まえがきで「自分は左翼だ」とハッキリ宣言してるあたりは、潔い。内容もベトナム共産党と解放戦線を持ち上げ、アメリカ合衆国とベトナム共和国をボロクソに罵る文が続く。そういう思想的な偏りがある事を意識して読もう。

 次に、歴史家の著作であり、軍ヲタ向きじゃない。政治的・制度的・思想的な話が中心で、軍事的な話はほとんど出てこない。

 個々の戦いには全く触れないし、戦況地図もない。兵器や戦術なども、おおまかで抽象的な話ばかりで、具体的な事はサッパリである。当然、前線で戦った将兵の名前や談話も、ほぼ出てこない。米軍は佐官以上の人が少し出てくるが、北や解放戦線の将兵の顔が見えないのは、期待外れだった。

 そして、最大の問題が、重要な事柄について、「ソレは何か」を、ほとんど説明しないこと。例えば、次の事柄について、だいたいの所を読者が知っていると決めつけて論を進めている。

 これらの事柄について、5W1Hを説明せず、いきなりその影響の話になる。若い読者には辛いだろう。私もフェニックス計画などは知らなかったんで、Google や Wikipedia で調べる羽目になった。

 特に酷いのはケネディ暗殺で、全く話が出てこず、いつの間にか大統領がリンドン・ジョンソンに変わってたり。そりゃ当時のアメリカ人にとっては常識なんだろう。でも歴史家なら、後世の者が読む事を意識して書いて欲しいよなあ。

常々思うんだが政治的な主張が強く出ている本って、こういう「基本的な事を説明しない」傾向が強いんだよね。これは左右を問わないんで、共通の原因があるのかも。

 また、各政府の内情についても、ちと期待外れ。合衆国の内情は詳しく書いてあるが、ベトナム共和国はトップの話ばかり。もっとも、ほぼ独裁なんだから仕方ないんだろうけど。もっと寂しいのが、ベトナム共産党・解放戦線・ソ連・中国の内情を、ほとんど書いていない点。

 特にベトナム共産党は、完全に一枚岩に見える。あまし情報を出さない連中だから難しいとはいえ、左派が書く本だから、少しは内情を知ってるんだろうと期待したんだけどなあ。

 と、文句ばかりになったが、戦争のおおまかな流れを掴むには役立つ本だった。にしては分量が多すぎるけど。詳しくは次の記事で。と、その前に…

【余計なおせっかい】

 実は、両者の目的だけを見ると、ベトナム共和国(南)+アメリカが優位な戦いなのだ。

 南の目的は、独立を保つこと。北に攻め込む必要はない。自分の国土さえ守り切ればいい。対して北の目的は統一。別の言い方をすると、南の政府を潰して呑み込むのが目的だ。だから、南に攻め込んで政府を倒さなきゃいけない。

 だから、目的からすると、南の方が遥かに楽だったりする。

 南は勝手知ったる自分の土地で戦うんだから、土地勘もある。待ち伏せに適した地形なども知っている。だが北は、見知らぬ土地なだけに、土地勘もない。どの道を進めば目的地にたどり着くのか、その途中の地形はどうなのか、知らない。狭い所に誘い込まれて全滅の危険も多い。

 おまけに装備は南の方が優れてるし、攻め込むにつれ北の補給線は伸びてゆく。特にベトナムは南北に長いんで、運ぶ距離はハンパない上に、東西に狭いから封鎖もしやすい。幸い海に面してるから船で運ぼう…と思っても、制海権は米軍が握ってる。ダメじゃん。

 にも関わらず、結果は北の勝利に終わった。そういう点でも、ベトナム戦争から学ぶことは多い。

 なんて事は、この本に一切書いてないんだけど、とりあえず頭に入れておこう。

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