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2017年10月17日 (火)

A・E・ヴァン・ヴォクト「宇宙船ビーグル号」浅倉久志訳 早川書房世界SF全集17

二足生物たちの故郷の惑星には、きっと無尽蔵のイドが彼を待っているにちがいないのだ。
  ――黒い破壊者

情報総合学とはなにか?
それは、
一分野の知識を、他の諸分野の知識に、
秩序正しく結びつける科学です。
  ――神経の戦い

イクストルは果てしなく広がる夜のなかに、身動きもせず、だらりと横たわっていた。彼はゆっくりと永遠への歩みをつづけており、空間は底知れぬ暗黒だった。
  ――緋色の不協和音

「単なる意見だが」と、グローヴナーの背後のだれかがいった。「回れ右して故郷へひき返すべきじゃないかな」
  ――M-33星雲

【どんな本?】

 SF界のレジェンド、A・E・ヴァン・ヴォクトによる、古典的で稀有壮大なスペース・オペラ・シリーズ。

 遠い未来。人類は太陽系を飛び出し、銀河系へと進出していた。更なる宇宙の秘密を解き明かそうと、多くの探査船が銀河へと向かう。しかし宇宙には人類が未だ知らない危険が満ちており、多くの探査船が消息を絶ってしまった。

 この問題に対処するために計画されたのがビーグル号である。大型の宇宙船に千人近い科学者と軍人を搭乗させ、その頭脳を結集すれば、未知の危機にも対処できるであろう。そしてもう一つ、ビーグル号には新しい試みがなされていた。エリオット・グウローヴナーも参加しているのである。彼の専門は情報総合学であり…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Voyage of the Space Beagle, by A. E. Van Vogt, 1950。日本語版は1968年12月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約204頁。8ポイント26字×19行×2段×232頁=約229,216字、400字詰め原稿用紙で約574枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文庫版は二つ出ている。ハヤカワ文庫SFより浅倉久志訳で「宇宙船ビーグル号」、創元SF文庫より 沼沢洽治訳で「宇宙船ビーグル号の冒険」。創元SF文庫の新版は2017年7月に出たばかりなので、手に入れやすいだろう。

 文章はこなれている。古典だけあって、出てくるガジェットそのものはSFファンにお馴染みのものが多い。ただし次から次へと大量の仕掛けが出てくるので、SFに慣れない人には辛いかも。動作原理などを作中で色々と理屈をつけちゃいるが、大半はハッタリなので、深く考え込まないこと。特に相対論関係のツッコミは厳禁w

【収録作は?】

 長編の形になってはいるが、実質的には四本の短編を繋げて編集した形なので、ここでは連作短編集として扱う。

 以下、作品名は日本語の作品名/原題/初出 の順。

黒い破壊者 / Black Destroyer / アスタウンディング誌1939年7月号
 静寂に満ちた星で、実りのない狩りを続けるクァール。そこに小さな光点が近づいてくる。やがて光点は巨大な銀色の球体となり、中から二本足の生物が出てきた。あの原形質をむさぼりたい。膨れ上がる欲望を抑え込み、静かに獲物へ近づく。今は警戒させない方がいい。
 スペース・オペラのスーパースター、クァールが登場する伝説の作品。大きな黒猫に似ているが、耳の巻きひげは電磁波を操り、両肩には器用に動く触手が生えている。酸素も塩素も呼吸でき、その筋力は鋼鉄をもへし折る。
 タフでパワフルな肉体に加え、その性格は凶暴にして残忍かつ執念深い。獲物を追い始めれば百日でも追い続けるが、食うのは死んだ直後の獲物だけ。おまけに高い知能を持ち…と、悪役ながら実に魅力的な設定。
 何より、猫に似ているってのがズルいw 可愛い上にカッコいいってのが、もう反則スレスレ。そんなクァールをナメてかかり、まんまと騙されるビーグル号の面々に、思わず同情しちゃったり。
神経の戦い / War of Nerves / アザーワールズ誌1950年5月号
 クルーに情報総合学の理解を深めてもらおうと、グローヴナーは講演を開く。しかし、あいにくと隊長選挙の演説会と時間がカブり、講演会場はガラガラ。それでも参加者がいるだけマシ、と情報総合学を紹介したグローヴナーが、宇宙空間を眺めていた時、それが起こった。
 外からやってくるエイリアンの脅威に加え、船内でも主導権をめぐり搭乗員同士の勢力争いがあるのが、このシリーズの特徴の一つ。この作品では、憎まれ役のケントが次第に存在感を増してくる。日系のコリタに数少ない理解者の役を割り振ったのも、時代背景を考えると大胆な試みかも。
 もう一つの読みどころは、特殊な「思考」や「感覚」の描写。スランにおける同族との会合シーンもそうだったんだが、テレパシーの描き方が、この人は抜群に巧い。単に「思考を読む・伝える」だけでなく、それに伴う副作用をキッチリ練り込んで書き込むことで、読者に「おお、なんか科学的っぽい」と思いこませる、独特の迫力に満ちている。
緋色の不協和音 / Discord in Scarlet / アスタウンディング誌1939年11月号
 前の宇宙の爆発で吹き飛ばされたイクストルは、島宇宙のはざまに漂っていた。時空間を渡る光エネルギーも、次第に貧しくなってゆく。そこに、エネルギーの励起状態が飛び込んできた。力場を広げ、ソレの巨大なエネルギーをむさぼる。蘇った活力で、逃げようとする獲物を追いかけ…
 いきなり「前の宇宙の生き残り」と、壮大な風呂敷を広げてくれる作品。発表年を見ると、ビッグバン理論の黎明期だ。ハッタリ屋のヴォクトも、当時の最新科学の成果を積極的に取り入れていた模様。
 と、仕掛けは大掛かりながら、ドラマとしては、閉ざされたビーグル号船内でのハンティング劇となる。もっとも、狩られるのがどっちかは難しいところだがw かなり広い設定のビーグル号だが、この作品ではイクストルの特異能力により、逃げ場のない閉塞感が漂ってくる。
 しかもこのイクストル、実におぞましい性癖を持っていて、この感じなんか覚えがあるなあ、と思ったら、やっぱり某大ヒット映画シリーズだった。
M-33星雲 / M33 in Andromeda / アスタウンディング誌1943年8月号
 M-33渦状星雲へと向かうビーグル号に、何者かが干渉してきた。その効果は脳波修正装置に似ており、搭乗員の脳に作用する。しかも、情報総合学室の遮蔽装置すらつらぬく、おそろしく強力な威力を持っている。
 エイリアン視点で描く「黒い破壊者」や「緋色の不協和音」とは対照的に、この作品ではなかなか敵の正体が掴めない。ホラー・タッチのファースト・コンタクト物としてはオーソドックスな手法ながら、エイリアンの能力も相まって、不気味さがいっそう際立っている。
 また、今まで憎まれ役だったケントが、隊長代理となって更に存在感を増しているのも、この作品の特徴。あくまでクールに理詰めで攻めるグローヴナーに対し、あてこすりと扇動が得意なケント。二人の対比は、理屈っぽさで嫌われがちなSFファンには、美味しい隠し味として効いてきたり。

 ファースト・コンタクト物が大好きな私には、次々と登場する奇矯なエイリアンたちが楽しくてしょうがない。しかもホラー風味の味付けなので、映像化しやすいのも嬉しいところ。今ならCGを駆使すれば、可愛いけど凶暴なクァールも、さぞカッコよく描けるだろうなあ。

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