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2017年10月26日 (木)

デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 2

アフガニスタンから帰還したばかりのSEAL隊員、グリーンベレー隊員相手に講演をしたとき、銃が使えないという夢を見たことがある人、と声をかけたらほぼ全員がてを挙げた。
  ――第十二章 銃弾を食らっても戦いつづける

 デーヴ・グロスマン,ローレン・W・クリステンセン「[戦争]の心理学 人間における戦闘のメカニズム」二見書房 安原和見訳 1 から続く。

【戦場の生理学】

 本書は、戦場での生理学から始まる。命の危険を感じた時、兵士の体と心に何が起きるのか。

 アドレナリン(→Wikipedia)の分泌が増え心拍数が増えるのはよく知られているが、もう一つコルチゾール(→Wikipedia)も増える。このため怪我をしても血が固まりやすくなる。

 物語で、よく描かれるパターンがある。戦闘中に怪我をしてもい傷みを感じず、血もさほど流れないのに、戦闘が終わり気が緩むと一気に痛みを感じ血がドバドバ流れだす。アレは本当なのだ。ただし、多くの映画が描いていない現象もある。

「戦闘シーンで主役がクソ漏らしてる映画があったら、観に行ってもいいけどな」
  ――第二章 戦闘の過酷な現実

 そう、漏らすのだ。そういえば、「陸軍尋問官 テロリストとの心理戦争」の冒頭でも、連行されたテロリストはみな漏らしていた。格好は悪いが、ちゃんと理由も意義もある。

 だって、逃げるにせよ戦うにせよ、余計な荷物を抱えてたら不利じゃないか。だから、命がかかった状況では、膀胱や腹に抱えた荷物を捨てるよう、私たちの体はできている。漏らすのは、厳しい生存競争を生き残った者として、適切な反応なのだ。

 こういう現象に対し、著者は何度も繰り返す。

あらかじめそういうものだと知っていれば、(略)そのせいであとになって傷つかずにすむ。

 (略)の部分に、「漏らしても」など、人の体に起きる事柄を書き入れる、それが本書のテーマの一つだ。軍ヲタが大喜びするのはもちろん、暴力の被害を受けた被害者や、大きなストレスやその後遺症に苦しんでいる人にも、この本が役に立つ所以である。

 ただ、多少の想像力が必要だ。例えば、同じ章にこんな記述もある。

継続的な戦闘状態が60昼夜続くと、全兵士の98%が精神的戦闘犠牲者になる
  ――第二章 戦闘の過酷な現実

 本書では独ソ戦のスターリングラードの戦いを例に出しているが、私は親の暴力に苦しむ子供を思い浮かべた。何年も常に恐怖に晒され、逃げ場がない点は、スターリングラードと同じだ。しかも子供の場合、戦友もいなければ、「祖国のため」なんて大儀もない。おまけに…

暴力的な状況というストレスにさらされると、そこで起きたことは自分のせいだと思い込みやすい。
  ――第十七章 安堵と自責とその他の感情

 と、「ボクが悪いんだ」と思い込んでいる上に、親は躾を言い訳にする。パワハラ上司も同じ手口を使い、被害者を悪役に仕立て上げる。虐待やパワハラの扱いが難しいのは、こういう現象のためだろう。最も巧みに利用しているのは、カルト宗教の洗脳かな。加えて…

【勝利の秘訣】

 やはり戦場心理を巧く使った人として、著者はナポレオンを挙げる。彼は砲術の名手だった。単に物理的にダメージを与えるだけでなく、砲には意外な効果もあって…

「ほかの条件がすべて同じなら、戦闘ではより大きな音をたてたほうが勝つ」
  ――第五章 目と耳

 動物のオス同士の縄張り争いは、まず威嚇で始まる。この際、より大きな声で吠える奴の方が強そうに感じる。戦争も似たようなものらしい。ビビったら負けなのだ。だからF/A-18ホーネットのエンジン音は煩いのね←違う。

 そういや第二次世界大戦で活躍したドイツ空軍の急降下爆撃機スツーカ(→Wikipedia)。あれサイレンがついてて、急降下の際に独特の音を出す。フランスのマジノ線を叩いた時、爆弾を使い果たしたスツーカのパイロットは、その後も急降下を繰り返した。サイレンの音を聴いただけで、フランスの守備兵は逃げ出したって話があるが、出典は忘れた。

 まあいい。ナポレオンが強かったのは、大砲の音で敵をビビらせるのが巧かったからだ。実際、現代の戦術でも、いかに敵の戦意をくじくかに工夫が凝らされ…

殺人への抵抗感は、さまざまな手法によって克服(あるいは少なくとも回避)することができる。ひとつの方法は敵を逃亡させることだ(翼側または後方を襲えばたいてい敵は潰走する)。崩れた敵や敗走する敵を追跡するさいに、殺人の大半は起きるのである。
  ――第十五章 戦闘の進化

 要は、敵が逃げりゃ勝ちなのだ。この回り込みの理屈は「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」に詳しい。つまり現代の陸軍の戦術は、まんま「どうやって敵の横や後ろに回り込むか」って目的で作られてる。これを逆に使ったのが韓信の「背水の陣」。

【予防】

 現象が分かっていれば、予め対策だって立てられる。その最たるものが、「あらかじめ知っていれば」だ。加えて、兵や警官などのプロなら、日頃から訓練をすればいい。

 ピンチに陥った時、ヒトの心臓は早鐘をうつ。手先が不器用になり、視野が狭くなり、頭が働かなくなる。じゃどうすればいいか。主な方法は二つだ。ピンチの状況に慣れることと、体で覚えること。

 慣れるには、なるたけ本番に近い方がいい。ってんで、コンピュータのシミュレーションや人形を使って戦闘訓練をする。最近のコンピュータの進歩は凄まじく、お陰でシューティング・ゲームに慣れたガキどもが銃を持って暴れはじめると、大きな被害が出るようになっちまった…なんて愚痴もこぼしてたり。

 体で覚えるのは、まんまだ。同じ動作を何度も繰り返し、条件反射で体が動くようにする。昔の剣術などが型を重視したのは、このためなんだろう。ただ、教え方が間違ってると悲惨。

(戦闘訓練の)教官は、(撃たれた)生徒に死亡を宣告してはならない。(略)いったん交戦が始まったら、必要なら強制してでも交戦を続けさせるのである。
  ――第十一章 ストレスの予防接種と恐怖

 なぜか。撃たれても、致命傷でなければ、助かる見込みはあるし、戦闘だって続けられる。だが「撃たれたら終わり」と体が覚えたら、戦場でもそうなる。だから、撃たれても最後まで戦い続けるよう、訓練で体に叩きこむのだ。似たような訓練の失敗例が、本書には何度も出てくる。

 これは、スポーツや楽器の練習でも、同じことが言えるんじゃなかろか。ミスっても続けさせるのが大事なんじゃ…と思って己を振り返ると、マズい記憶が蘇ってくるから、やめとこう。

【続く】

 まだ書きたい事が沢山あるんで、次の記事に続きます。

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