ガブリエル・コルコ「ベトナム戦争全史 歴史的戦争の解剖」社会思想社 陸井三郎監訳 1
この戦争の本質を理解するに際しての最大唯一の障碍は、(戦争支持・反対)双方の側がともにベトナム共和国、および南ベトナム社会体制に驚くべく無知だったことである。
――著者まえがき
【どんな本?】
第二次世界大戦後、戻ってきたフランスに対し、ベトナムは共産党を中心として独立を求め闘い始める。1954年、ディエンビエンフーの戦いを境にフランスは撤退するが、ベトナムに平和は訪れなかった。フランスに変わり、アメリカが乗り込んできたのだ。
アメリカの後ろ盾を得たゴ・ディン・ジエムは、南部にベトナム共和国を建国、以後1975年のサイゴン陥落に伴うベトナム共和国(南ベトナム)崩壊まで、泥沼の戦いが続く。
なぜアメリカは負けたのか。武装は圧倒的に貧弱であるにも関わらず、なぜ北は軍事大国アメリカに抗し得たのか。
ベトナム戦争を、内戦ではなくアメリカの侵略だとする歴史学者が、ベトナム共産党(北ベトナム)・解放民族戦線(南ベトナム内の抵抗組織)・ベトナム共和国そしてアメリカ合衆国それぞれの立場・思惑・政策を中心に描く歴史書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Anatomy of a War : Vietnam, the United States, and the Modern Historical Experience, by Gabriel Kolko, 1986。日本語版は2001年7月30日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約711頁に加え、訳者あとがき11頁+「付記」に付け加えて5頁。9ポイント25字×23行×2段×711頁=約817,650字、400字詰め原稿用紙で約2045枚。文庫本なら4巻分ぐらいの巨大容量。ちなみに重量は約1.2kg。
なお、訳者は藤田和子・藤本博・吉田元夫の三人。
文章は硬い。学者さんの文章だ。一つの文が長いし、音読みの言葉が延々と続く。二重否定も多い。でも訳のせいじゃないらしい。解説に曰く「かれの著作の多くは英語を母語とする人びとの間でさえも難解として聞こえている」。
内容も不親切。細かくは追って。
【構成は?】
だいたい時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
- 著者まえがき
- 日本語版へのまえがき
- 例言
- 序章
- 第Ⅰ部 戦争の起源 1960年まで
- 第1章 ベトナム・危機への道
- 第2章 1945年までの共産党 恐慌から戦争へ
- 第3章 ベトナム 1945年8月革命から長期の戦争へ
- 第4章 ベトナム共産主義の内部世界 その理論と実践
- 第5章 共産党の権力強化
- 第6章 アメリカ、世界最強国の限界と苦悩 1946~60年
- 第7章 1959年までの南ベトナム 紛争の起源
- 第8章 南部における共産党のジレンマ 1954~59年
- 第Ⅱ部 南ベトナムの危機とアメリカの干渉 1961~65年
- 第9章 合衆国のベトナム介入 支援から北爆開始まで
- 第10章 戦争とベトナム農村
- 第11章 軍事戦略の決定をめぐる挑戦
- 第12章 合衆国と革命側、そしてたたかいの構成要素
- 第Ⅲ部 全面戦争および南ベトナムの変容 1965年~67年
- 第13章 戦争エスカレーションとアメリカ政治の挫折
- 第14章 効果的軍事戦略の継続的追及
- 第15章 アメリカの戦争遂行方法のジレンマ
- 第16章 戦争と南ベトナム社会の変貌
- 第17章 グエン・ヴァン・チューとベトナム共和国の権力構造
- 第18章 経済的従属のジレンマとベトナム共和国
- 第19章 ベトナム共和国軍の建設と南ベトナム農村をめぐるたたかい
- 第20章 二つのベトナム軍の性格とその結果
- 第21章 全面戦争への共産党の対応
- 第22章 アメリカ合衆国への戦争の経済的影響
- 第23章 1967年末の戦争における勢力均衡
- 第Ⅳ部 テト攻勢と1968年情勢
- 第24章 テト攻勢
- 第25章 テト攻勢の衝撃、ワシントンにおよぶ
- 第26章 テト攻勢の評価
- 第Ⅴ部 戦争と外交 1969~72年
- 第27章 ニクソン政権、ベトナムおよび世界と対決
- 第28章 アメリカ軍事力の危機
- 第29章 革命側の軍事政策 1969~71年
- 第30章 アメリカとベトナム共和国 ベトナム化の矛盾
- 第31章 変貌する南ベトナム農村をめぐる闘争
- 第32章 共産党の国際戦略
- 第33章 二つの前線での戦争 外交と戦場、1971~72年
- 第34章 和平交渉の過程 幻想と現実
- 第Ⅵ部 ベトナム共和国の危機と戦争の終結 1973~75年
- 第35章 1973年初頭における南ベトナムの勢力バランスとベトナム共和国の政策への影響
- 第36章 ニクソン政権の力のジレンマ
- 第37章 復興と対応 1974年半ばまでの共産党の戦略
- 第38章 ベトナム共和国の社会体制の危機の深まり
- 第39章 サイゴンとワシントン、1974年半ば 二つの危機の結合
- 第40章 1974年後半における革命側の認識と構想
- 第41章 戦争の終結
- 結語
- 訳者あとがき 陸井三郎
- 「付記」に付け加えて 陸井三郎先生を偲んで 藤本博
- ベトナム戦争関連略年表
- ベトナム全図軍区図
- 出典と注/索引
【感想は?】
かなりクセの強い本だ。明らかに初心者向きじゃない。
まず、政治的な主張が強く出た本だ。まえがきで「自分は左翼だ」とハッキリ宣言してるあたりは、潔い。内容もベトナム共産党と解放戦線を持ち上げ、アメリカ合衆国とベトナム共和国をボロクソに罵る文が続く。そういう思想的な偏りがある事を意識して読もう。
次に、歴史家の著作であり、軍ヲタ向きじゃない。政治的・制度的・思想的な話が中心で、軍事的な話はほとんど出てこない。
個々の戦いには全く触れないし、戦況地図もない。兵器や戦術なども、おおまかで抽象的な話ばかりで、具体的な事はサッパリである。当然、前線で戦った将兵の名前や談話も、ほぼ出てこない。米軍は佐官以上の人が少し出てくるが、北や解放戦線の将兵の顔が見えないのは、期待外れだった。
そして、最大の問題が、重要な事柄について、「ソレは何か」を、ほとんど説明しないこと。例えば、次の事柄について、だいたいの所を読者が知っていると決めつけて論を進めている。
- ディエンビエンフーの戦い(→Wikipedia)
- トンキン湾事件(→Wikipedia)
- ゴ・ディン・ジエム暗殺(→Wikipedia)
- フェニックス計画(→Wikipedia)
- ケネディ暗殺(→Wikipedia)
- ウォーターゲート事件(→Wikipedia)
これらの事柄について、5W1Hを説明せず、いきなりその影響の話になる。若い読者には辛いだろう。私もフェニックス計画などは知らなかったんで、Google や Wikipedia で調べる羽目になった。
特に酷いのはケネディ暗殺で、全く話が出てこず、いつの間にか大統領がリンドン・ジョンソンに変わってたり。そりゃ当時のアメリカ人にとっては常識なんだろう。でも歴史家なら、後世の者が読む事を意識して書いて欲しいよなあ。
常々思うんだが政治的な主張が強く出ている本って、こういう「基本的な事を説明しない」傾向が強いんだよね。これは左右を問わないんで、共通の原因があるのかも。
また、各政府の内情についても、ちと期待外れ。合衆国の内情は詳しく書いてあるが、ベトナム共和国はトップの話ばかり。もっとも、ほぼ独裁なんだから仕方ないんだろうけど。もっと寂しいのが、ベトナム共産党・解放戦線・ソ連・中国の内情を、ほとんど書いていない点。
特にベトナム共産党は、完全に一枚岩に見える。あまし情報を出さない連中だから難しいとはいえ、左派が書く本だから、少しは内情を知ってるんだろうと期待したんだけどなあ。
と、文句ばかりになったが、戦争のおおまかな流れを掴むには役立つ本だった。にしては分量が多すぎるけど。詳しくは次の記事で。と、その前に…
【余計なおせっかい】
実は、両者の目的だけを見ると、ベトナム共和国(南)+アメリカが優位な戦いなのだ。
南の目的は、独立を保つこと。北に攻め込む必要はない。自分の国土さえ守り切ればいい。対して北の目的は統一。別の言い方をすると、南の政府を潰して呑み込むのが目的だ。だから、南に攻め込んで政府を倒さなきゃいけない。
だから、目的からすると、南の方が遥かに楽だったりする。
南は勝手知ったる自分の土地で戦うんだから、土地勘もある。待ち伏せに適した地形なども知っている。だが北は、見知らぬ土地なだけに、土地勘もない。どの道を進めば目的地にたどり着くのか、その途中の地形はどうなのか、知らない。狭い所に誘い込まれて全滅の危険も多い。
おまけに装備は南の方が優れてるし、攻め込むにつれ北の補給線は伸びてゆく。特にベトナムは南北に長いんで、運ぶ距離はハンパない上に、東西に狭いから封鎖もしやすい。幸い海に面してるから船で運ぼう…と思っても、制海権は米軍が握ってる。ダメじゃん。
にも関わらず、結果は北の勝利に終わった。そういう点でも、ベトナム戦争から学ぶことは多い。
なんて事は、この本に一切書いてないんだけど、とりあえず頭に入れておこう。
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