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2017年9月17日 (日)

ギルバート・ウォルドバウアー「食べられないために 逃げる虫、だます虫、戦う虫」みすず書房 中里京子訳

陸地と淡水にすむ肉食動物にとり、昆虫は抜きん出て豊富に存在する動物性食物源だ。
  ――プロローグ

昆虫は、優秀な生化学者だ。
  ――第八章 身を守るための武器と警告シグナル

【どんな本?】

 昆虫は、あらゆる所にいる。しかもたくさん。単位面積あたりの総重量でも、昆虫がトップを占める。それだけに、昆虫は他の生物の重要な食料でもある。植物から肉食動物に至る食物連鎖でも、植物と他の生物をつなぐ役割を担っている。

 とはいえ、昆虫も黙って食われるわけにはいかない。群れ、隠れ、逃げ、騙し、脅し、刺し、毒を盛り、食べられないために様々な工夫を凝らす。食べる方も必死だ。餌で釣り、罠を仕掛け、他の生き物を利用する。

 食う者と食われる者の不思議で巧みな戦略を紹介しながら、生き物たちの驚きに満ちた生態を語り、生物学の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How Not to Be Eaten : The Insects Fight Back, by Gilbert Waldbauer, 2012。日本語版は2013年7月23日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約259頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×259頁=約209,790字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。虫に抵抗がなければ、中学生でも楽しめるだろう。ただ、馴染みのない虫や鳥が続々と出てくるので、その度に Google などで調べていると、なかなか先に進めない。特に擬態のあたりは要注意。唖然としてそのままネットの海に入り込む危険が高い。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっている。が、面白エピソードを並べる形で話が進むので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ
  • 謝辞
  • 第一章 生命の網をつむぐ昆虫
  • 第二章 虫を食べるものたち
  • 第三章 逃げる虫、隠れる虫
  • 第四章 姿を見せたまま隠れる
  • 第五章 鳥の糞への擬態、さまざまな偽装
  • 第六章 フラッシュカラーと目玉模様
  • 第七章 数にまぎれて身を守る
  • 第八章 身を守るための武器と警告シグナル
  • 第九章 捕食者の反撃
  • 第十章 相手をだまして身を守る
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/主な引用文献/索引

【感想は?】

 そう、一応は一つの流れがあるのだが、あまり気にしなくていい。

 この本の面白い所は、次々と紹介される昆虫やそれを食べる捕食者たちの生態だ。テレビの自然ドキュメンタリーを楽しむ気分で、気楽に読もう。

 いきなり「そうだったのか!」と気づかされたのは、蝶や蛾の鱗粉。単なる模様かと思っていたが、とんでもない。生き延びるための工夫だった。ネバネバするクモの巣に捕まっても、鱗粉がはがれるだけで、本体は逃げおおせることができる。そういう意味があったのか。

 農家にとってイモムシは敵かと思ったが、そうでないイモムシもいる。カイガラムシ類を食べるイモムシだっているのだ。二万五千種のうち50種だけだけど。もっとも、実際に生物農薬として使われるのは、テントウムシが多いようだ。

 やはり知らなかったのが、蚊柱。いかにも刺されそうだが、あれオスだけの群れなのね。だから刺さない。あまりビビる必要はなかったのか。そうやって群れていれば、鳥やトンボが襲ってきても、群れの外側にいるはぐれ者が食われるだけで、他の者は食われずに済む。群れには意味があるんだなあ。

 かと思えば、化学兵器で反撃する者もいる。今の日本で話題のヒアリも出てくるが、ホソクビゴミムシ(俗称ヘッピリムシ)も凄い。なんと摂氏100℃の液体を尻から噴射するのだ。

 彼らの腹には燃料タンクが二つあって、それぞれ過酸化水素水とヒドロキノンが入ってる。この二つを混ぜて高熱のベンゾキノンを作り、噴射管から発射する…って、まるきしロケット・エンジンだね。

 などと強力な化学兵器を持つ昆虫は、ヒトにも生物・化学兵器として利用されたり。なんと古代ギリシアからローマ帝国の時代にまで遡れるというから、業が深い。つまりはミツバチの巣を投石器で敵の城に投げ込むのだ。怒ったミツバチは周囲のヒトを刺しまくり…。ひええ。

 とはいえ、食う方も黙ってやられちゃいない。ゴミムシダマシも似たような手を使うが、バッタネズミは一枚上手だ。捕まえたゴミムシダマシの腹を砂の中に埋め、「分泌物を無駄に砂の中に噴射させてしまう」。インスタント泥抜きかい。その上で頭から食べ、邪魔な「腹部先端は食べ残す」。賢いなあ。

 毒抜きには他の手もある。

 バッタの一種ラバー・グラスホッパーは、食われそうになると臭い泡を胸から出す。お陰で多くの鳥やカエルは逃げ出すが、勇者もいる。アメリイカオオモズだ。捕まえた「バッタをイバラのトゲに刺し、一~二日経って、バッタの化学的防御物質の一部が分解してから食べる」。モズのはやにえは、天日干しの毒抜きって意味があるのかも。

 とかの虫や鳥の生態は面白いが、それを追う人間の生態も面白い。

 男の子なら、カブトムシやクワガタムシを捕まえるため、特製のジュースを樹に塗り付けた事があるだろう。似たような事を大人になってもやってる人たちがいる。ただし彼らの獲物は甲虫じゃなく、蛾だ。日没前に特製ジュースを樹に塗り、夜に見に行くのだ。皆さん秘密のレシピがあるとか。

 このジュース、ビールやラム酒を混ぜるためか、蛾や蝶も「酩酊してまっすぐ歩くこともできず」って、虫もアルコールに酔うんだなあ。

 コウモリが超音波で「見る」のは有名だが、これが判明する過程も、ちょっとした物語。

 18世紀末までは「魔力だと思われていた」。18世紀末にラザロ・スパランツァーニは、コウモリに目隠したり目を取り去ったりしたが、やっぱり影響なし。コウモリも災難だなあ。次いでチャールズ・ユリネがコウモリの耳に耳栓をしたら、効果てきめん。どうやら音が大事らしいと判明する。

 謎を解いたのはドナルド・グリフィン、1950年代になってから。磁気テープのアメリカでの普及が1950年代(→Wikipedia)だから、そのお陰かも。にしても、よくもまあ、超音波だなんて思いついたねえ。

 などと、この本だけでも面白いが、Google で画像を漁ると、もっと楽しめる。特にビックリするのが、スズメガの一種ビロードスズメの幼虫(→Google画像検索)。是非、ご覧いただきたい。あ、でも、心臓の弱い人は要注意。

 と、食べられないための虫の工夫も面白いし、それを狩る鳥やネズミの賢さも楽しい。それ以上に、彼らを調べる動物学者たちの生態も可笑しい。虫を中心とした、バラエティ豊かな「どうぶつの本」。リラックスして楽しもう。

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