« ロバート・R・マキャモン「マイン 上・下」文春文庫 二宮磬訳 | トップページ | 齋木伸生「ミリタリー選書23 フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち」イカロス出版 »

2017年9月 8日 (金)

「中国古典兵法書 三略」教育社 真鍋呉夫訳・解説

 『三略』の略は戦略、あるいは機略を意味し、その内容は上略・中略・下略の三部によって構成されている。
 そのうちの上略は礼賞を設け、奸雄を分かち、成敗を著かにしている。中略は徳行をさし、権変を審らかにしている。下略は道徳を陳べ、安危を害し、賢を賊うの咎を明らかにしている。
  ――三略について

「兵を動かす時には、まず敵国の内情をさぐり、特に食糧事情に重点をおいて調査せよ。できるだけ正確にその備蓄量を算定して、敵の強弱を判断せよ。また、敵国の地理を十分に研究して、その隙を狙え」
  ――上略

いったん戦いのために将兵に付托した権力を、戦いがすんだからといって急に取り上げるのも、容易なことではない。いや、むしろ、故国に凱旋した軍隊の武装を解除する時にこそ、国家存亡の真の危機がくる、と言ってもいい位である。
  ――中略

身近なことよりも遠くのことに力を注いでいる人は、その苦労の割には報いられることが少ない。その反対に、遠くのことよりも身近なことに力を注いでいる人は、思いのほか容易に所期の目的を達成することができる。
  ――下略

【どんな本?】

 三略(→Wikipedia)は孫子呉子・司馬法・尉繚子・六韜・李衛公問対と並ぶ、武経七書の一書である。六韜同様に、太公望(→Wikipedia)が著し黄石公(→Wikipedia)が張良(→Wikipedia)に与えたとされるが、実際は秦または漢の頃に成立したと考えられている。

 武経とあるが、内容は一種の帝王学であり、人事のコツ・軍の掌握方法・国の治め方など、王としての心得を説くものが中心で、具体的な戦術や戦略の話はほとんど出てこない。「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」など、老子の影響が濃いのも大きな特徴。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 明の劉寅著『七書直解』を底本に、諸家の註本を参照。教育社版は1987年6月20日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文訳113頁。うち書下ろし文が32頁、名言佳句が7頁なので、それを除くと約74頁。11ポイント35字×16行×113頁=約63,280字、400字詰め原稿用紙で約159枚。小説なら中編の分量。今は中公文庫BIBLIOSから文庫版が出ている。

 私が読んだのは解説と現代語訳だけで、書下ろし文と名言佳句を読み飛ばした。現代語訳は意外とこなれていて読みやすい。解説も時代背景や成立時期について具体的かつ分かりやすく指摘しているので、とても参考になる。

【構成は?】

 解説・訳
三略について
 上略
 中略
 下略

三略書下ろし文
 上略
 中略
 下略
三略名言佳句 

【感想は?】

 兵法書というよりは、王のための思想書が近い。

 ただし老子の影響が強いのがクセ者。何か深い事を言っているようで、実はどうにでも解釈できる文章が多く、考えれば考えるほど煙に巻かれた気分になったり。

 例えば上略では臨機応変を説いているが、じゃ具体的にどんな機にどう応じるのがいいかって段になると、何も書いていない。そこは「自然の働きに学」べ、とくる。そのくせ、後の方では「いったん出した命令は取り消すな、賞罰は厳格に」とか。どっちやねん。

 とまれ、論争の相手を言いくるめるには便利かも。まあ、中国の古典の思想書なんて、たいていがそんなもんだが。

 全般的に平等主義的なのも、この本の特徴かも。「世に祖先を尊ぶ者は多いが、人民を愛する者は少ない」とか、「将が兵と同じメシを食えば兵の士気が上がる」とか。そういえばナチスのSS、戦闘部隊は将兵が同じメシを食ったという話を聞いた事があるが、本当なのかな?

 などと、「敵にどう対するか」より、自軍をどうまとめるか、に重点を置いているのも、この本の特徴だろう。これは当時の中国の軍の問題で、平時から兵を抱え鍛えている常備軍じゃないからだ。戦の度に、そこらの農民をかき集め、頭数を揃えてただけ。だもんで…

一軍が中心を失ってばらばらに解体しはじめれば、兵士たちは続々戦線から離脱するようになる。
  ――上略

 と、負けが込むと兵が逃げ出すのはごく普通だった事をうかがわせる。そう言えば、劉邦も、秦の統治の頃は小役人で、人足を集め集合場所に行く道中に、人足と一緒に脱走したんだっけ。

 これは謎なのだが、上略ではやたら「軍讖(ぐんしん)」なる書物からの引用が多い。「軍事についての最高の指針」とあるが、デッチアゲの可能性が高い。同様に中略では「軍勢(ぐんせい)」なる書物が出てくるけど、これも正体は不明。

 もっとも、ソレはソレで、漫画や小説のネタとして使えば、面白い話が創れるかもしれない。

 これが下略になると、もう完全に政治の話ばかりになる。それも、君主の振る舞いを説いたもので、人事が中心だ。要は賢人や聖者を集めろって事なんだが、じゃ具体的に賢者をどう見極めりゃいいのかって段になると、そこはムニャムニャだったり。

 ここも基本は君主に厳しくて、「明君は礼楽によって人民を楽しませるが、暗君は自分が楽しむだけ」「まず自分を正して、しかる後に他人を教化」せよ、とくる。当然と言えば当然だが、これがなかなか難しい。ちなみに礼楽とは…

打楽器や弦楽器による音楽のことではなく、人民がその家庭や親族の親和を楽しむことをいう。また、人民がその仕事や郷土に愛着を持つことを言い、その政令や道徳に欣然としたがうことを言うのである。

 だからって、人民に「家族仲良く」とか「愛国心を持て」とか命令しろ、と言ってるわけじゃないんだけど。

 などと、少々斜に構えた書評になってしまったが、それは書かれている内容が私にとって馴染みの深いものだからだ。それだけ、日本の文化に染み込んでいる、思想や文化の原点だということなんだろう。

 文章もこなれている上に頁数も少なく、アッサリと読み終えられるので、有名な割に軽い気持ちで読めるのも嬉しい所。ただ、書店にもあまり出回っていないので、見つけたらすかさず確保しておこう。

【関連記事】

|

« ロバート・R・マキャモン「マイン 上・下」文春文庫 二宮磬訳 | トップページ | 齋木伸生「ミリタリー選書23 フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち」イカロス出版 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/65766508

この記事へのトラックバック一覧です: 「中国古典兵法書 三略」教育社 真鍋呉夫訳・解説:

« ロバート・R・マキャモン「マイン 上・下」文春文庫 二宮磬訳 | トップページ | 齋木伸生「ミリタリー選書23 フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち」イカロス出版 »