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2017年9月26日 (火)

ホーマー・ヒッカム・ジュニア「ロケットボーイズ 上・下」草思社 武者圭子訳

「サニー、きっといつか、ぼくらここにトロフィーを飾ることになるよ。ぼくらのロケットでね」
  ――6 バイコフスキーさん

「礼だったらな」と、バイコフスキーさんが箱のほうに顎をしゃくった。「そいつを思いっきり飛ばしてくれ。そんでわたしとサニーとでつくったものがどんなにすばらしいか、お父さんに見せてやってくれよ」
  ――7 ケープ・コールウッド

「この世の中に、簡単にできるようなることなんてそうはないからな、サニー。簡単だったら疑ってみたほうがいい。そんなものは、たいした価値のないことかもしれないからな」
  ――9 ジェイク・モスビー

「なにかを学ぶというのは、それがどんなにむずかしいことでも、どうしても知りたいという気持ちが強ければ、そんなにむずかしくはないということだ」
  ――10 ライリー先生

「ねえ、サニー。わたしはあなたにその本をあげるだけ。なかに書いてあることを学ぶ勇気は、あなたがもたなければならないのよ」
  ――13 ロケットの本

「この町のこどもは、みんなのこどもなんだ。それがこの町の不文律だ」
  ――18 落盤事故

「これはまた、ずいぶんと立派なパイプ爆弾のようですね?」
  ――22 理想のロケット

「サニー、だれだって先のことを考えれば怖いのさ」
  ――25 全国大会

【どんな本?】

 1957年10月。ウエストヴァージニア州コールウッドは炭鉱の町だ。人々の話題といえば石炭、そして地元のビッグクリーク高校のアメフト・チームの成績だけ。そんなコールウッドに、新しいネタが舞い込む。ソ連が打ち上げたスプートニク1号がアメリカの上空を横切ったのだ。

 14歳の少年、サニーは決意する。「ぼく、ロケットをつくることにしたよ」。そして同じ高校の仲間たちと組み、かき集めたガラクタを組み合わせた試作品一号は…

 責任感が強い仕事人間の父親、アメフトのスターの兄、鷹揚な理解者の母。憧れの同級生に寄せる想い、背中を押す教師、支えてくれる町の人々。沈みつつある炭鉱の町コールウッドを舞台に、「かつてあったアメリカの小さな町」を鮮やかに描き出し、そこで育つ少年たちの高校時代を綴る、NASA技術者の自伝。後に映画「遠い空の向こうに」も制作された。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ROCKET BOYS, by Homer H. Hickam Jr., 1998。日本語版は上巻2000年1月5日第1刷発行、下巻2000年2月1日第1刷発行。今は草思社文庫から文庫版が出ている。

 単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約281頁+307頁=約588頁に加え、土井隆雄「本書に寄せて」2頁+訳者あとがき3頁。9.5ポイント44字×18行×(281頁+307頁)=約465,696字、400字詰め原稿用紙で約1,165枚。文庫本でも少し厚めの上下巻ぐらいの容量。

 文章はこなれていいて読みやすい。単位系もメートル法に換算してある。内容も特に難しくない。たまに専門用語が出てくるが、わからなければ読み飛ばしても構わない。それより、大事なのはアメリカの入学時期。だいたい8月末~9月です。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • 1 コールウッド
  • 2 スプートニク
  • 3 母
  • 4 父
  • 5 クウェンティン
  • 6 バイコフスキーさん
  • 7 ケープ・コールウッド
  • 8 基地の建設
  • 9 ジェイク・モスビー
  • 10 ライリー先生
  • 11 ロケット・キャンディ
  •  下巻
  • 12 機械工たち
  • 13 ロケットの本
  • 14 炭柱の倒壊
  • 15 州警察
  • 16 決断
  • 17 ヴァレンタイン
  • 18 落盤事故
  • 19 再出発
  • 20 オーデルの宝物
  • 21 亜鉛ウィスキー燃料
  • 22 理想のロケット
  • 23 科学フェア
  • 24 インディアナポリスへ着ていく服
  • 25 全国大会
  • 26 打ち上げ準備完了!
  • エピローグ
  •  本書に寄せて 土井隆雄(宇宙飛行士)
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 上質で心温まる青春物語。

 何より、著者が故郷のコールウッドを深く愛しているのが伝わってくる。もちろん、いい所ばかりじゃない。どころか、序盤から相当に差し迫った状況だと予告される。

「コールウッドはもうおしまいなの。死んだ町なのよ」

 これを予告するのが、母親のエルシーってのが巧い。なんたって、炭鉱の町だ。掘りつくせば何も残らない。そうでなくても、海外産の安い石炭が入ってくれば、どうなるかわからない。今までも景気の不沈に左右されてきたように、今後も危うい綱渡りが続くのは見当がつく。

 が、炭鉱の仕事にドップリ浸かった仕事人間の父ホーマーには、そこまで冷徹に事態を見ることはできない。にしても、エルシー母ちゃん、なんでそこまで先が読めるんだ? と思ったら、ちゃんと終盤で種明かしがあった。いろいろと視野が広い人なのだ。

 にも関わらず、この町を出ていくのは難しい。なんとか大学に進む手立てを考えないと、主人公サニーの人生も行き詰まってしまう。そんな先行きの暗い舞台で、話は進んでゆく。

 にしても、ロケットを飛ばすったって、昨日まで中坊だったガキのやらかす事だ。当然、最初は悲惨な結果に終わる。その顛末が、あっという間に町中に広がっちゃうのも、アメリカの小さな町コールウッドならでは。

 ここで登場するのが、頼りになる?助っ人が現れる。同級生のクウェンティンだ。典型的な理系オタクで、屁理屈を並べ始めると長いあたりが、とても他人とは思えないw 

 これを「クウェンティンと話すには、なにかもっと具体的なことを訊かなくてはだめだ」と気づくサニーも、たいしたもの。クウェンティン、賢いには賢いんだが、コンピュータみたいな奴なのだw

 彼が加わったことで、ロケットボーイズのチームBCMA(ボッグクリーク・ミサイル・エージェンシー)が発足、計画は進み始めるが…

 以後、ロケットを設計し、原材料を調達し、それを加工して…とすべき事は山ほどあり、中には大人に協力してもらわなきゃならない所も出てくる。ここで出てくるコールウッドの人たちと、サニーたちの関係も、古き良きアメリカならでは。

 やたら規則を押し付ける人もいれば、ぶっすり顔しつつ陰で手助けしてくれる人もいる。RPGのおつかいクエストよろしく、あっちこっちの利害調整に走り回ることもある。そういう事柄から、少しづつ少年は大人たちの世界を知ってゆく。

 中でも印象深いのは、やっぱり父ホーマーに関するエピソード。どうにも折り合いの悪い父と息子ながら、ジニーヴァとの関係に続き本棚でお宝を発見するあたりは、かなりホロリとくる場面。

 やはりアメリカならではと思わせる話も多い。ガキのお遊びを記事にする地方紙マクダウェル・カウンティ・バナーと、その記者バジル・オーグルソープ。町の騒ぎを丸く収める保安官タグ・ファーマー。密造酒酒場を営むジョン・アイ。密かにBCMAを後押しする小学校「六人組」の女教師たち。

 そして、何度も失敗を繰り返し町に人々に噂の種を提供しながらも、彼らの飛ばすロケットは少しづつ高度を上げてゆく。

 衰えゆく炭鉱の町コールウッドを舞台に、自分の道を見つけようとする少年たちと、それを見守る大人たちの、ちょっとだけ気持ちが温かくなる物語。文章はこなれていて読みやすいし、中学生でも充分に楽しんで読める。と同時に、それぐらいの息子がいるお父さんも、別の視点で楽しめるだろう。

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