ホーマー・ヒッカム・ジュニア「ロケットボーイズ 上・下」草思社 武者圭子訳
「サニー、きっといつか、ぼくらここにトロフィーを飾ることになるよ。ぼくらのロケットでね」
――6 バイコフスキーさん「礼だったらな」と、バイコフスキーさんが箱のほうに顎をしゃくった。「そいつを思いっきり飛ばしてくれ。そんでわたしとサニーとでつくったものがどんなにすばらしいか、お父さんに見せてやってくれよ」
――7 ケープ・コールウッド「この世の中に、簡単にできるようなることなんてそうはないからな、サニー。簡単だったら疑ってみたほうがいい。そんなものは、たいした価値のないことかもしれないからな」
――9 ジェイク・モスビー「なにかを学ぶというのは、それがどんなにむずかしいことでも、どうしても知りたいという気持ちが強ければ、そんなにむずかしくはないということだ」
――10 ライリー先生「ねえ、サニー。わたしはあなたにその本をあげるだけ。なかに書いてあることを学ぶ勇気は、あなたがもたなければならないのよ」
――13 ロケットの本「この町のこどもは、みんなのこどもなんだ。それがこの町の不文律だ」
――18 落盤事故「これはまた、ずいぶんと立派なパイプ爆弾のようですね?」
――22 理想のロケット「サニー、だれだって先のことを考えれば怖いのさ」
――25 全国大会
【どんな本?】
1957年10月。ウエストヴァージニア州コールウッドは炭鉱の町だ。人々の話題といえば石炭、そして地元のビッグクリーク高校のアメフト・チームの成績だけ。そんなコールウッドに、新しいネタが舞い込む。ソ連が打ち上げたスプートニク1号がアメリカの上空を横切ったのだ。
14歳の少年、サニーは決意する。「ぼく、ロケットをつくることにしたよ」。そして同じ高校の仲間たちと組み、かき集めたガラクタを組み合わせた試作品一号は…
責任感が強い仕事人間の父親、アメフトのスターの兄、鷹揚な理解者の母。憧れの同級生に寄せる想い、背中を押す教師、支えてくれる町の人々。沈みつつある炭鉱の町コールウッドを舞台に、「かつてあったアメリカの小さな町」を鮮やかに描き出し、そこで育つ少年たちの高校時代を綴る、NASA技術者の自伝。後に映画「遠い空の向こうに」も制作された。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は ROCKET BOYS, by Homer H. Hickam Jr., 1998。日本語版は上巻2000年1月5日第1刷発行、下巻2000年2月1日第1刷発行。今は草思社文庫から文庫版が出ている。
単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約281頁+307頁=約588頁に加え、土井隆雄「本書に寄せて」2頁+訳者あとがき3頁。9.5ポイント44字×18行×(281頁+307頁)=約465,696字、400字詰め原稿用紙で約1,165枚。文庫本でも少し厚めの上下巻ぐらいの容量。
文章はこなれていいて読みやすい。単位系もメートル法に換算してある。内容も特に難しくない。たまに専門用語が出てくるが、わからなければ読み飛ばしても構わない。それより、大事なのはアメリカの入学時期。だいたい8月末~9月です。
【構成は?】
ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
- 上巻
- 1 コールウッド
- 2 スプートニク
- 3 母
- 4 父
- 5 クウェンティン
- 6 バイコフスキーさん
- 7 ケープ・コールウッド
- 8 基地の建設
- 9 ジェイク・モスビー
- 10 ライリー先生
- 11 ロケット・キャンディ
- 下巻
- 12 機械工たち
- 13 ロケットの本
- 14 炭柱の倒壊
- 15 州警察
- 16 決断
- 17 ヴァレンタイン
- 18 落盤事故
- 19 再出発
- 20 オーデルの宝物
- 21 亜鉛ウィスキー燃料
- 22 理想のロケット
- 23 科学フェア
- 24 インディアナポリスへ着ていく服
- 25 全国大会
- 26 打ち上げ準備完了!
- エピローグ
- 本書に寄せて 土井隆雄(宇宙飛行士)
- 訳者あとがき
【感想は?】
上質で心温まる青春物語。
何より、著者が故郷のコールウッドを深く愛しているのが伝わってくる。もちろん、いい所ばかりじゃない。どころか、序盤から相当に差し迫った状況だと予告される。
「コールウッドはもうおしまいなの。死んだ町なのよ」
これを予告するのが、母親のエルシーってのが巧い。なんたって、炭鉱の町だ。掘りつくせば何も残らない。そうでなくても、海外産の安い石炭が入ってくれば、どうなるかわからない。今までも景気の不沈に左右されてきたように、今後も危うい綱渡りが続くのは見当がつく。
が、炭鉱の仕事にドップリ浸かった仕事人間の父ホーマーには、そこまで冷徹に事態を見ることはできない。にしても、エルシー母ちゃん、なんでそこまで先が読めるんだ? と思ったら、ちゃんと終盤で種明かしがあった。いろいろと視野が広い人なのだ。
にも関わらず、この町を出ていくのは難しい。なんとか大学に進む手立てを考えないと、主人公サニーの人生も行き詰まってしまう。そんな先行きの暗い舞台で、話は進んでゆく。
にしても、ロケットを飛ばすったって、昨日まで中坊だったガキのやらかす事だ。当然、最初は悲惨な結果に終わる。その顛末が、あっという間に町中に広がっちゃうのも、アメリカの小さな町コールウッドならでは。
ここで登場するのが、頼りになる?助っ人が現れる。同級生のクウェンティンだ。典型的な理系オタクで、屁理屈を並べ始めると長いあたりが、とても他人とは思えないw
これを「クウェンティンと話すには、なにかもっと具体的なことを訊かなくてはだめだ」と気づくサニーも、たいしたもの。クウェンティン、賢いには賢いんだが、コンピュータみたいな奴なのだw
彼が加わったことで、ロケットボーイズのチームBCMA(ボッグクリーク・ミサイル・エージェンシー)が発足、計画は進み始めるが…
以後、ロケットを設計し、原材料を調達し、それを加工して…とすべき事は山ほどあり、中には大人に協力してもらわなきゃならない所も出てくる。ここで出てくるコールウッドの人たちと、サニーたちの関係も、古き良きアメリカならでは。
やたら規則を押し付ける人もいれば、ぶっすり顔しつつ陰で手助けしてくれる人もいる。RPGのおつかいクエストよろしく、あっちこっちの利害調整に走り回ることもある。そういう事柄から、少しづつ少年は大人たちの世界を知ってゆく。
中でも印象深いのは、やっぱり父ホーマーに関するエピソード。どうにも折り合いの悪い父と息子ながら、ジニーヴァとの関係に続き本棚でお宝を発見するあたりは、かなりホロリとくる場面。
やはりアメリカならではと思わせる話も多い。ガキのお遊びを記事にする地方紙マクダウェル・カウンティ・バナーと、その記者バジル・オーグルソープ。町の騒ぎを丸く収める保安官タグ・ファーマー。密造酒酒場を営むジョン・アイ。密かにBCMAを後押しする小学校「六人組」の女教師たち。
そして、何度も失敗を繰り返し町に人々に噂の種を提供しながらも、彼らの飛ばすロケットは少しづつ高度を上げてゆく。
衰えゆく炭鉱の町コールウッドを舞台に、自分の道を見つけようとする少年たちと、それを見守る大人たちの、ちょっとだけ気持ちが温かくなる物語。文章はこなれていて読みやすいし、中学生でも充分に楽しんで読める。と同時に、それぐらいの息子がいるお父さんも、別の視点で楽しめるだろう。
【関連記事】
| 固定リンク
「書評:ノンフィクション」カテゴリの記事
- デヴィッド・グレーバー「ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論」岩波書店 酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳(2023.12.01)
- 「アメリカ政治学教程」農文協(2023.10.23)
- ジャン・ジーグレル「スイス銀行の秘密 マネー・ロンダリング」河出書房新社 荻野弘巳訳(2023.06.09)
- イアン・アービナ「アウトロー・オーシャン 海の『無法地帯』をゆく 上・下」白水社 黒木章人訳(2023.05.29)
コメント