仁木稔「ラ・イストリア」ハヤカワ文庫JA
重要なのは何が事実かではなく、何が事実と信じられているかだ。
――p72「人間は、物語化する病に冒された種だよ」
――p288
【どんな本?】
著者の未来史シリーズ≪HISTORIA≫の一角をなす作品。時系列的には2番目で、「グアルディア」の前日譚にあたる。時系列に並べると、以下の順。
- ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち
- ラ・イストリア
- ミカイールの階梯
- グアルディア
生命科学の発達は、人工子宮や使役用の亜人種・妖精を生み出す。しかし22世紀末、キルケー・ウイルスが暴走、ヨーロッパを中心に荒廃が広がり社会は混乱、人々はいがみ合い殺し合う。
2256年、バハ・カリフォルニア。アロンソは案内人だ。北米アングロアメリカから中米の新エスパニャに、密入国する者たちを手引きする。その多くは、かつて北米に移民した者の子孫だ。
アロンソを拾い養ったマリベルが亡くなってから、アロンソが大黒柱として稼いでいる。医術の心得はあるが世間知らずの30男クラウディオ,寝たきりで無反応の少女ブランカ,車椅子生活の少年フアニート,家事に忙しい少女スサナ,幼いイザベリータ。みんなマリベルに拾われた者たち。
困ったことに、最近は仕事が少しづつ減っている。移民は疫病を運ぶと信じられており、ティファナの新司令官が密入国を厳しく取り締まっているからだ。そればかりか、ついにアロンソの住む町サンタ・ロサリリータにまで兵を差し向けてきた。凶暴な兵たちから家族を守るため、クラウディオは…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2007年5月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約384頁に加え、香月祥宏の解説「ゆるやかな連鎖が織り成す力強い物語」8頁。9ポイント39字×17行×384頁=約254,592字、400字詰め原稿用紙で約637枚。文庫本としては少し厚め。
文章は比較的にこなれている。実はこのシリーズ、かなり設定が凝っていて、とっつきにくい作品が多い。その中では、この作品が最もとっつきやすく、スンナリと作品世界に入っていけた。私が設定に慣れたせいもあるが、人間ドラマが面白いためかも。
【感想は?】
どう考えても表紙は詐欺だw なんたって主人公はアバタ面のアンチャンだし。
主な舞台は細長いカリフォルニア半島の真ん中あたりの太平洋岸、サンタ・ロサリリータ。ほぼ無人の半島で、密入国の手引きで食ってる、小さな町。
そこに住むのは、短気で荒っぽく、教養もなければ後先も考えない連中ばかり。そんな物騒な町で、肩を寄せ合うように助け合って生きる身寄りのない子どもたち。ってな感じの舞台設定だが、この著者じゃ、わかりやすいお涙頂戴の話になる筈もなく。
確かに子どもたちが身を寄せ合って生きちゃいるんだが、そんな中にも、それぞれの想いや緊張がある。それを、陽光のもとに容赦なく晒し、描き出すのが、この作品の面白いところ。
その中でも、最もわかりやすいのが、語り手の一人アロンソ。16歳の若者だが、今の世の中、ナメられたらやってけない。ってんで、せいぜい落ち着いて無口を装い、タフな運び屋として稼ぎ、「家族」を養っている。
もう一人の語り手が、クラウディオ。30過ぎのオッサンだが、世間知らずで頼りない。お陰で、アロンソから見ると、扶養家族の一人ってことになる。ただし、単なるニートってわけじゃなく、失われた旧文明の知識の一部も引き継いでいて。
クラウディオ同様、守られる立場なのが、車椅子の少年フアニート。そろそろ年頃で、寝たきりの少女ブランカに惹かれている。荒っぽい町では、弱者への配慮なぞあり得ない。家の中で銃を持つ兵が暴れても、ブランカを守る力もない。己の無力を思い知らされた彼は…
いかにも「助け合って生きている孤児たち」な雰囲気で始まった物語だ。
が、家族の中での立場は、それぞれ違う。幼いイザベリータと意識のないブランカはともかく、フアニートには厄介者じゃないか、みたいな負い目がある。やはりクラウディオも無駄飯食らいに近い。対して大黒柱を自認するアロンソ。
しかし、この関係は、新司令官が兵を差し向けた事件をキッカケに、少しづつ変わってゆく。
この家族の関係の変化がもたらす空気、特にアロンソとクラウディオの間に漂う緊張が、なかなか不吉かつ不穏。これを微に入り細をうがち、本人すら気づかぬ本音まで掘り下げて描き出すあたり、実に意地が悪い所でもあり、読み応えのある所でもあり。
などといったミクロな人間関係も楽しいが、その背景にある中米の歴史も、著者ならではの意地の悪い設定。
なんたって、移民の流れが逆転してるって所が皮肉だ。しかも壁を作ろうとするあたりは、トランプ大統領を予言してる感すらある。また、純潔を求める北米と混血を受け入れる中米を対比させ、双方に災いをもたらすキルケー・ウイルスの性質が、これまたアレで。
終盤に描かれる、コルテス海ことカリフォルニア湾の航海の場面も、グロテスクかつ壮大で、なかなかの迫力。あまり近くにいたくはないけど、やっぱりデカいモンが暴れる絵はカッコいいよなあ。
二重三重に仕掛けられた設定の罠と、表向きとは全く異なった家族間の緊張関係。人間ドラマあり、イカれたSFガジェットあり、凄惨な暴力場面ありと、波乱に富んだストーリー。中米のコッテリした社会を、残酷なまでにクールな世界観で描いた、この人ならではの21世紀の日本SF。
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