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2017年9月の13件の記事

2017年9月28日 (木)

チャーリー・ヒューマン「鋼鉄の黙示録」創元SF文庫 安原和見訳

「自分が連続殺人鬼だとなったら、いろんな疑問が湧いてくるもんだよな」
  ――p11

エズメがいなかったらとうぶんいいこともできやしない。でも悪いことばっかりじゃない。うまくすれば、敵に向かってまともに銃をぶっ放せるかもしれないぞ。
  ――p286

「現実のほうが妄想より変だってこともあるんだぞ、少年」
  ――p322

【どんな本?】

 南アフリカはケープタウン出身の新人作家による、コミック風味のお馬鹿冒険SF。

 バクスター・ゼヴチェンコは、ケープタウンの高校に通う16歳。学校じゃ二組のギャングが争ってる。アンワル率いるナイスタイム・キッズは武闘派でヤクをさばき、デントンがまとめる知性派のフォームは書類偽装で稼いでいた。

 そんな中、バクスターは小集団スパイダーを結成、マニアックなポルノを売りさばく。学校の平和が乱れれば商売どころじゃない。そこでバクスターは両巨頭の調停に頭を痛めている。頭痛の種はもう一つ、妙な夢にも悩まされていた。

 その日、ガールフレンドのエズメから不吉な話を聞く。ひとつ年上のジョディ・フラーが殺された、と。連続殺人鬼マウンテン・キラーの餌食になったらしい。奴は被害者の額に眼のような絵を残していく。この事件を機に、バクスターはケープタウンの闇の世界へと足を踏み入れ…

 ヤンキー漫画,トールキン風のファンタジイ,悪趣味なホラー・ゲーム,ハリウッド風のガン・アクション,秘密組織がらみの異陰謀論,勘ちがいした東洋趣味などの定番に加え、南アフリカ土着の伝説をまぶし、外連味たっぷりに描くケープタウン風俺TUEEE!な厨二病小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Apocalypse Now now, by Charlie Human, 2013。日本語版は2015年3月13日初版。文庫本で縦一段組み、本文約418頁に加え、橋本輝幸の解説6頁。8ポイント42字×18行×418頁=約316,008字、400字詰め原稿用紙で約791枚。文庫本としては厚めの部類。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、ボーア戦争などの南アフリカの歴史と現状を知っていると、より楽しめる。

【感想は?】

 高校生が主人公の馬鹿話だ。そのつもりで、リラックスして読もう。

 出だしはヤンキー漫画風に、高校の様子を描いてゆく。ったって、Be-Bop Highschool みたく可愛らしいモンじゃない。拳でケリつける日本の不良が平和主義者に見える。なんたって、銃器を振り回しヤクをサバいて稼いでるし。ヤンキーどころか、ヤクザやマフィアの世界だ。

 やがて知人が連続殺人鬼の被害にあったのを機に、バクスターはケープタウンの裏社会へと首を突っ込む羽目になる。彼の案内人となるのが、ジャッキー・ローニン。ローニンの名でわかるように、この作品のスパイスの一つ、勘違い東洋趣味のはじまりだ。

 ジャッキー・ローニン、賞金稼ぎ。ただし、普通の賞金稼ぎじゃない。「化けもん探し」が専門。おんぼろビルにオフィスを構える、40過ぎのむさ苦しいオッサン。バクスターが訪ねた際は、借金取りに間違われ…ってのも、貧乏探偵の定番のパターンだね。

 このしょぼくれた中年探偵ローニンが繰り出す無情不死酔拳ってのも、まるきし南アフリカ版の民明書房。

 酔拳で見当がつくように、ブレイク前のジャッキー・チェンのカンフー映画に、勘ちがい東洋趣味とトールキン風ファンタジイを混ぜ、隠し味にシモネタと南アフリカの伝説を紛れ込ませた、この小説を象徴するような小話。文庫本だと140p~5頁ほどなんで、味見にはちょうどいいかも。

 そんなローニンと組み、最初の化け物退治に出かける場面では、南アフリカ版のゴースト・バスターズが炸裂する。映像化するにしても、かつての香港映画のように低予算の特撮が似合うシーン。当然、主演はカンフーの使い手じゃないと。

 その後の<肉欲の城>は、ホラー・マニア大喜びの酒池肉林が延々と続く。当然、ホラーのスターとくればアレで、そういうのもゾロゾロと。などといった店内の様子もさることながら、その裏方で働くオバチャンたちの逞しさには、思わずニヤリとしちゃったり。

 とまれ、日本の特撮映画や漫画じゃ、この手の化け物には銃などの物理兵器が効かないのがお約束になってる。が、このお約束、海を越えるとチャラになるんだよなあ。まあ、その方が画面が派手になるからいいけどw

 やがて話が進むに従い、ローニンの過去の因縁が明らかになり、また仲間も増えてゆく。これまたハードボイルドな探偵物のお約束通り。なんだが、肝心のローニンが、いまいちヘッポコなのが、この作品ならでは。みんなビンボが悪いんや。

 笑っちゃうのが、最後の決戦に赴く前の武装を整えるシーン。やたらと話が壮大な割に、どうにもローカルな所で済ませちゃうあたりは、日本のライトノベルにでも影響されたんだろうか。

 肝心のラストバトルも、やたらと壮大な設定を背負っちゃいるが、あくまで舞台はケープタウンってところが、これまた日本の怪獣映画を思わてるところ。もちろん、巨大なアレが、周囲の迷惑も顧みずに大暴れします。つか、なんじゃその決着はw

 などと、行き過ぎヤンキー漫画に始まり、勘違い東洋趣味・カンフー映画・落ちぶれ探偵者・悪趣味ホラー・秘密組織と陰謀論・トールキン風ファンタジイ・因縁の対決など、「混ぜるな危険」な素材をコッテリとブチ込み、南アフリカの伝説をふりかけ、厨二な妄想で仕上げた、能天気冒険アクションSFだ。

 あくまでもお馬鹿な話なので、真面目に突っ込まないように。もっとも、突っ込みながら読むのも面白いだろう。疲れるけどw

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2017年9月26日 (火)

ホーマー・ヒッカム・ジュニア「ロケットボーイズ 上・下」草思社 武者圭子訳

「サニー、きっといつか、ぼくらここにトロフィーを飾ることになるよ。ぼくらのロケットでね」
  ――6 バイコフスキーさん

「礼だったらな」と、バイコフスキーさんが箱のほうに顎をしゃくった。「そいつを思いっきり飛ばしてくれ。そんでわたしとサニーとでつくったものがどんなにすばらしいか、お父さんに見せてやってくれよ」
  ――7 ケープ・コールウッド

「この世の中に、簡単にできるようなることなんてそうはないからな、サニー。簡単だったら疑ってみたほうがいい。そんなものは、たいした価値のないことかもしれないからな」
  ――9 ジェイク・モスビー

「なにかを学ぶというのは、それがどんなにむずかしいことでも、どうしても知りたいという気持ちが強ければ、そんなにむずかしくはないということだ」
  ――10 ライリー先生

「ねえ、サニー。わたしはあなたにその本をあげるだけ。なかに書いてあることを学ぶ勇気は、あなたがもたなければならないのよ」
  ――13 ロケットの本

「この町のこどもは、みんなのこどもなんだ。それがこの町の不文律だ」
  ――18 落盤事故

「これはまた、ずいぶんと立派なパイプ爆弾のようですね?」
  ――22 理想のロケット

「サニー、だれだって先のことを考えれば怖いのさ」
  ――25 全国大会

【どんな本?】

 1957年10月。ウエストヴァージニア州コールウッドは炭鉱の町だ。人々の話題といえば石炭、そして地元のビッグクリーク高校のアメフト・チームの成績だけ。そんなコールウッドに、新しいネタが舞い込む。ソ連が打ち上げたスプートニク1号がアメリカの上空を横切ったのだ。

 14歳の少年、サニーは決意する。「ぼく、ロケットをつくることにしたよ」。そして同じ高校の仲間たちと組み、かき集めたガラクタを組み合わせた試作品一号は…

 責任感が強い仕事人間の父親、アメフトのスターの兄、鷹揚な理解者の母。憧れの同級生に寄せる想い、背中を押す教師、支えてくれる町の人々。沈みつつある炭鉱の町コールウッドを舞台に、「かつてあったアメリカの小さな町」を鮮やかに描き出し、そこで育つ少年たちの高校時代を綴る、NASA技術者の自伝。後に映画「遠い空の向こうに」も制作された。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ROCKET BOYS, by Homer H. Hickam Jr., 1998。日本語版は上巻2000年1月5日第1刷発行、下巻2000年2月1日第1刷発行。今は草思社文庫から文庫版が出ている。

 単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約281頁+307頁=約588頁に加え、土井隆雄「本書に寄せて」2頁+訳者あとがき3頁。9.5ポイント44字×18行×(281頁+307頁)=約465,696字、400字詰め原稿用紙で約1,165枚。文庫本でも少し厚めの上下巻ぐらいの容量。

 文章はこなれていいて読みやすい。単位系もメートル法に換算してある。内容も特に難しくない。たまに専門用語が出てくるが、わからなければ読み飛ばしても構わない。それより、大事なのはアメリカの入学時期。だいたい8月末~9月です。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • 1 コールウッド
  • 2 スプートニク
  • 3 母
  • 4 父
  • 5 クウェンティン
  • 6 バイコフスキーさん
  • 7 ケープ・コールウッド
  • 8 基地の建設
  • 9 ジェイク・モスビー
  • 10 ライリー先生
  • 11 ロケット・キャンディ
  •  下巻
  • 12 機械工たち
  • 13 ロケットの本
  • 14 炭柱の倒壊
  • 15 州警察
  • 16 決断
  • 17 ヴァレンタイン
  • 18 落盤事故
  • 19 再出発
  • 20 オーデルの宝物
  • 21 亜鉛ウィスキー燃料
  • 22 理想のロケット
  • 23 科学フェア
  • 24 インディアナポリスへ着ていく服
  • 25 全国大会
  • 26 打ち上げ準備完了!
  • エピローグ
  •  本書に寄せて 土井隆雄(宇宙飛行士)
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 上質で心温まる青春物語。

 何より、著者が故郷のコールウッドを深く愛しているのが伝わってくる。もちろん、いい所ばかりじゃない。どころか、序盤から相当に差し迫った状況だと予告される。

「コールウッドはもうおしまいなの。死んだ町なのよ」

 これを予告するのが、母親のエルシーってのが巧い。なんたって、炭鉱の町だ。掘りつくせば何も残らない。そうでなくても、海外産の安い石炭が入ってくれば、どうなるかわからない。今までも景気の不沈に左右されてきたように、今後も危うい綱渡りが続くのは見当がつく。

 が、炭鉱の仕事にドップリ浸かった仕事人間の父ホーマーには、そこまで冷徹に事態を見ることはできない。にしても、エルシー母ちゃん、なんでそこまで先が読めるんだ? と思ったら、ちゃんと終盤で種明かしがあった。いろいろと視野が広い人なのだ。

 にも関わらず、この町を出ていくのは難しい。なんとか大学に進む手立てを考えないと、主人公サニーの人生も行き詰まってしまう。そんな先行きの暗い舞台で、話は進んでゆく。

 にしても、ロケットを飛ばすったって、昨日まで中坊だったガキのやらかす事だ。当然、最初は悲惨な結果に終わる。その顛末が、あっという間に町中に広がっちゃうのも、アメリカの小さな町コールウッドならでは。

 ここで登場するのが、頼りになる?助っ人が現れる。同級生のクウェンティンだ。典型的な理系オタクで、屁理屈を並べ始めると長いあたりが、とても他人とは思えないw 

 これを「クウェンティンと話すには、なにかもっと具体的なことを訊かなくてはだめだ」と気づくサニーも、たいしたもの。クウェンティン、賢いには賢いんだが、コンピュータみたいな奴なのだw

 彼が加わったことで、ロケットボーイズのチームBCMA(ボッグクリーク・ミサイル・エージェンシー)が発足、計画は進み始めるが…

 以後、ロケットを設計し、原材料を調達し、それを加工して…とすべき事は山ほどあり、中には大人に協力してもらわなきゃならない所も出てくる。ここで出てくるコールウッドの人たちと、サニーたちの関係も、古き良きアメリカならでは。

 やたら規則を押し付ける人もいれば、ぶっすり顔しつつ陰で手助けしてくれる人もいる。RPGのおつかいクエストよろしく、あっちこっちの利害調整に走り回ることもある。そういう事柄から、少しづつ少年は大人たちの世界を知ってゆく。

 中でも印象深いのは、やっぱり父ホーマーに関するエピソード。どうにも折り合いの悪い父と息子ながら、ジニーヴァとの関係に続き本棚でお宝を発見するあたりは、かなりホロリとくる場面。

 やはりアメリカならではと思わせる話も多い。ガキのお遊びを記事にする地方紙マクダウェル・カウンティ・バナーと、その記者バジル・オーグルソープ。町の騒ぎを丸く収める保安官タグ・ファーマー。密造酒酒場を営むジョン・アイ。密かにBCMAを後押しする小学校「六人組」の女教師たち。

 そして、何度も失敗を繰り返し町に人々に噂の種を提供しながらも、彼らの飛ばすロケットは少しづつ高度を上げてゆく。

 衰えゆく炭鉱の町コールウッドを舞台に、自分の道を見つけようとする少年たちと、それを見守る大人たちの、ちょっとだけ気持ちが温かくなる物語。文章はこなれていて読みやすいし、中学生でも充分に楽しんで読める。と同時に、それぐらいの息子がいるお父さんも、別の視点で楽しめるだろう。

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2017年9月24日 (日)

仁木稔「ラ・イストリア」ハヤカワ文庫JA

重要なのは何が事実かではなく、何が事実と信じられているかだ。
  ――p72

「人間は、物語化する病に冒された種だよ」
  ――p288

【どんな本?】

 著者の未来史シリーズ≪HISTORIA≫の一角をなす作品。時系列的には2番目で、「グアルディア」の前日譚にあたる。時系列に並べると、以下の順。

  1. ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち
  2. ラ・イストリア
  3. ミカイールの階梯
  4. グアルディア

 生命科学の発達は、人工子宮や使役用の亜人種・妖精を生み出す。しかし22世紀末、キルケー・ウイルスが暴走、ヨーロッパを中心に荒廃が広がり社会は混乱、人々はいがみ合い殺し合う。

 2256年、バハ・カリフォルニア。アロンソは案内人だ。北米アングロアメリカから中米の新エスパニャに、密入国する者たちを手引きする。その多くは、かつて北米に移民した者の子孫だ。

 アロンソを拾い養ったマリベルが亡くなってから、アロンソが大黒柱として稼いでいる。医術の心得はあるが世間知らずの30男クラウディオ,寝たきりで無反応の少女ブランカ,車椅子生活の少年フアニート,家事に忙しい少女スサナ,幼いイザベリータ。みんなマリベルに拾われた者たち。

 困ったことに、最近は仕事が少しづつ減っている。移民は疫病を運ぶと信じられており、ティファナの新司令官が密入国を厳しく取り締まっているからだ。そればかりか、ついにアロンソの住む町サンタ・ロサリリータにまで兵を差し向けてきた。凶暴な兵たちから家族を守るため、クラウディオは…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年5月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約384頁に加え、香月祥宏の解説「ゆるやかな連鎖が織り成す力強い物語」8頁。9ポイント39字×17行×384頁=約254,592字、400字詰め原稿用紙で約637枚。文庫本としては少し厚め。

 文章は比較的にこなれている。実はこのシリーズ、かなり設定が凝っていて、とっつきにくい作品が多い。その中では、この作品が最もとっつきやすく、スンナリと作品世界に入っていけた。私が設定に慣れたせいもあるが、人間ドラマが面白いためかも。

【感想は?】

 どう考えても表紙は詐欺だw なんたって主人公はアバタ面のアンチャンだし。

 主な舞台は細長いカリフォルニア半島の真ん中あたりの太平洋岸、サンタ・ロサリリータ。ほぼ無人の半島で、密入国の手引きで食ってる、小さな町。

 そこに住むのは、短気で荒っぽく、教養もなければ後先も考えない連中ばかり。そんな物騒な町で、肩を寄せ合うように助け合って生きる身寄りのない子どもたち。ってな感じの舞台設定だが、この著者じゃ、わかりやすいお涙頂戴の話になる筈もなく。

 確かに子どもたちが身を寄せ合って生きちゃいるんだが、そんな中にも、それぞれの想いや緊張がある。それを、陽光のもとに容赦なく晒し、描き出すのが、この作品の面白いところ。

 その中でも、最もわかりやすいのが、語り手の一人アロンソ。16歳の若者だが、今の世の中、ナメられたらやってけない。ってんで、せいぜい落ち着いて無口を装い、タフな運び屋として稼ぎ、「家族」を養っている。

 もう一人の語り手が、クラウディオ。30過ぎのオッサンだが、世間知らずで頼りない。お陰で、アロンソから見ると、扶養家族の一人ってことになる。ただし、単なるニートってわけじゃなく、失われた旧文明の知識の一部も引き継いでいて。

 クラウディオ同様、守られる立場なのが、車椅子の少年フアニート。そろそろ年頃で、寝たきりの少女ブランカに惹かれている。荒っぽい町では、弱者への配慮なぞあり得ない。家の中で銃を持つ兵が暴れても、ブランカを守る力もない。己の無力を思い知らされた彼は…

 いかにも「助け合って生きている孤児たち」な雰囲気で始まった物語だ。

 が、家族の中での立場は、それぞれ違う。幼いイザベリータと意識のないブランカはともかく、フアニートには厄介者じゃないか、みたいな負い目がある。やはりクラウディオも無駄飯食らいに近い。対して大黒柱を自認するアロンソ。

 しかし、この関係は、新司令官が兵を差し向けた事件をキッカケに、少しづつ変わってゆく。

 この家族の関係の変化がもたらす空気、特にアロンソとクラウディオの間に漂う緊張が、なかなか不吉かつ不穏。これを微に入り細をうがち、本人すら気づかぬ本音まで掘り下げて描き出すあたり、実に意地が悪い所でもあり、読み応えのある所でもあり。

 などといったミクロな人間関係も楽しいが、その背景にある中米の歴史も、著者ならではの意地の悪い設定。

 なんたって、移民の流れが逆転してるって所が皮肉だ。しかも壁を作ろうとするあたりは、トランプ大統領を予言してる感すらある。また、純潔を求める北米と混血を受け入れる中米を対比させ、双方に災いをもたらすキルケー・ウイルスの性質が、これまたアレで。

 終盤に描かれる、コルテス海ことカリフォルニア湾の航海の場面も、グロテスクかつ壮大で、なかなかの迫力。あまり近くにいたくはないけど、やっぱりデカいモンが暴れる絵はカッコいいよなあ。

 二重三重に仕掛けられた設定の罠と、表向きとは全く異なった家族間の緊張関係。人間ドラマあり、イカれたSFガジェットあり、凄惨な暴力場面ありと、波乱に富んだストーリー。中米のコッテリした社会を、残酷なまでにクールな世界観で描いた、この人ならではの21世紀の日本SF。

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2017年9月21日 (木)

権二郎「インドまで7000キロ歩いてしまった」彩流社

神戸電鉄と北神急行と神戸市営地下鉄とJR東海道山陽線と赤穂線と両備バスを乗り継いで牛窓に到着したのは10時だった。なんと4時間半もかかっている。こんなに乗り物に乗って、その目的が歩くことなのだからけっさくである。
  ――2002年1月~2003年1月 山陽路を歩く

要するに湖南料理では唐辛子は香辛料ではなく、それ自体が食材だったのである。
  ――2005年8月~2006年8月 華南を歩く

ミャンマーの地図にはロクなものがなかったからである。
人は西に行くほどよくなっているが、地図はひどくなっていた。
  ――2008年12月~2009年1月 ミャンマーを歩く

このときを除けばカレーばかりの毎日だった。
  ――2009年11月~2009年12月 バングラデシュ インドを歩く

【どんな本?】

 2002年1月。天気のよさにつられ、45歳のオヤジが散歩に出る。神戸の自宅から有馬温泉まで6km、温泉を楽しみ電車で帰ってきた。次の休みに有馬から甲陽園まで17kmを歩く。その次には甲陽園から三宮まで19km。

 なんとなく始めた散歩は、やがて泊りがけとなり、次には国境を越え韓国・中国へと伸びてゆく。歩きなだけに、一日で動ける距離は限られ、滅多に外国人が来ない所にも入り込む。ラオスやミャンマーなど、私たちには馴染みのない人々の暮らしを横目で見ながら、オヤジは着々と歩を進めてゆく。

 奇想天外な旅を、特に気負いもなく淡々と綴った、オッサンの一風変わった旅行記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2011年8月12日初版第一刷。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約379頁に加え、あとがき3頁。9ポイント43字×17行×379頁=約277,049字、400字詰め原稿用紙で約693枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。その気があれば、GoogleMap などで足跡を辿りながら読んでもいいだろう。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 2002年1月~2003年1月 山陽路を歩く
  • 2003年2月~2003年7月 韓国を歩く
  • 2003年7月~2004年5月 華北を歩く
  • 2004年8月~2005年5月 華中を歩く
  • 2005年8月~2006年8月 華南を歩く
  • 2006年8月~2007年1月 ヴェトナムを歩く
  • 2007年1月 ラオスを歩く
  • 2007年8月~2008年1月 タイを歩く
  • 2008年12月~2009年1月 ミャンマーを歩く
  • 2009年11月~2009年12月 バングラデシュ インドを歩く

【感想は?】

 力みも気負いもない文章が心地ちいい。

 この手の旅行記は、「心のふれあい」だの「素朴な温かみ」だのといった、妙にウェットな感傷が絡みがちなのだが、この本にはほとんどない。ただ、淡々と歩き、その途中で起きた事柄を記録しているだけだ。

 お断りしておくと、一度の旅でインドまで歩きとおしたわけじゃない。キリの良い所まで歩いたら、いったん航空機などで日本に帰る。しばらくしたら再び同じ国を訪れ、前回のゴールまで列車やバスで戻り、そこから歩きはじめる、そんな風に続けた旅だ。

 また、地域によっては、ロクな宿がない所もある。そんな時は、まず大きめの街に宿を取り、そこから歩き始める。適当に歩いたら、バスや乗り合いタクシーなどで街に戻る。そして次の日に、昨日のゴールまでバスなどで移動し、再び歩を進める、そんな風に旅程を稼ぐのである。

 別に誰かに押し付けられたわけじゃなし、律儀に守らんでもいい決まりだとは思うが、始めちゃったからには続けたいよなあ、そんな気分で守り続けた自分ルールなんだろう。実際、このルール、ミャンマーでは規制が厳しく断念するしかなかった。

 と、途中で断念はしたものの、当時の軍事政権下のミャンマーを歩こうなんて発想も大胆だし、それを実際にやっちゃった実行力もたいしたもの。お陰で、貴重なミャンマーの内側も少し覗けたり。バンコックでヴィザを取る過程も、意外な展開に「やっぱり東南アジアだなあ」と変に感心してしまう。

 そのミャンマー、軍政下だけに役人は小うるさいが、人々はおおらかなもの。店先で休んでると、ワラワラと人が集まってきては、楽しいおしゃべりが始まったり。

 アジアの平和な田舎ってのは、どこでも似たようなもんなんだろう。というのも、バングラデシュやインドでも、チャー屋で休んでると同じような状態に陥ってるし。

 こういった小休止の場所や、飲み食いするものが、少しづつ変わっていくのも、ゆっくりした旅行の面白い所。バングラデシュとインドでチャーの淹れ方が違うとは知らなかった。ワラワラと集まってくる面子まで違うのは、やはりお国柄といった所か。

 食事のマナーもお国それぞれ。韓国じゃ「ご飯はスプーンで食べ、おかずは箸で食べる」のがマナーだそうだが、やはり面倒くさがり屋はどこにもいるようで。中国の定食屋はおおらかで、「注文するときは厨房に入っていって並んでいる材料を指せば」いいってのも大胆だなあ。

 などの食べ物ばかりでなく、旅装も一部は現地調達だ。さすがに靴は日本であつらえたようだが、読んでて欲しくなったのはベトナムのノン(→Wikipedia)。帽子のように、頭にかぶる傘だ。これの何がいいかって…

笠を被って歩いてみると涼しくて快適だった。帽子のように蒸れることがなく、日除けはもちろん、雨除けにもなり、逆さにすればカゴのような使い方もできた。

 そう、帽子って、蒸れるんだよなあ。傘って一見、奇妙な形だけど、ちゃんと現地の気候に合ったデザインなんだね。ってんで、暫くはノンを被って歩く著者、お陰でバングラデシュやインドではヴェトナム人に間違われたり。

 徒歩だけに、ゆっくりと風景や食べ物、そして人々が変わってゆく。国境沿いでは両国の人々が入り混じり、様々な物を売り買いしている。かと思えば、何もない船着き場だったり。じっくりと歩くからこそわかる道標などの事情も楽しい、ちょっと変わった旅行記だ。

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2017年9月20日 (水)

ピーター・ワッツ「エコープラクシア 上・下」創元SF文庫 嶋田洋一訳

血はすべてその子宮の外にある。
  ――上巻 前兆

もちろん、今の世界にはゾンビがいる。それを言うなら吸血鬼も。
  ――上巻 原式

「何かが――隠れている。名状しがたいものが」
  ――上巻 寄生

「この世界には、武装した者たちの暴力があまりにひどくて、意識ある生命として存在することをやめたくなるような場所もある」
  ――上巻 獲物

「…われわれは哺乳類が核兵器を作ったあとも生きている。きわめて単純なOSで動いていて、たいていどんな環境でも作動する。われわれは考える肉体のカラシニコフなのだ」
  ――下巻 猛獣

今、全裸でこの文章を打っている。
  ――下巻 参考文献

「…それはあなたの目の前にあって、あなたがそれを正視していないだけよ」
  ――下巻 大佐

【どんな本?】

 前作「ブラインドサイト」でSF界に大騒ぎを巻き起こしたカナダ出身の海洋生物学者による、前作の続きとなる長編SF小説。

 2082年、65536個の人工物が地球を取り巻き、消える。これを異星人の偵察と考えた人類は探査船<テーセウス>を建造、選び抜いたクルーを乗せ太陽系外縁へと向かう。彼らは異星の知性体と接触するが、消息を絶ってしまう。

 その7年後、地球。

 人類は過去から吸血鬼を蘇らせ、研究所に隔離していた。高い知性と優れた運動能力を持つが、人類とは全く異なる思考をする、人類の亜種にして天敵。だが吸血鬼のヴァレリーは監視の裏をかき、脱出を果たす。

 それとは違った形で高い知性を得た者もいる。両球派。メンバーの脳を緊密なネットワークでつなぎ、一つの集合精神にまとめあげる。両球派は人里離れた土地に修道院を築き、他の人とは接触せずに暮らしていた。

 現生人類で生物学者のダニエル・ブリュクスは、サバティカルを利用しオレゴンの砂漠にフィールドワークに出かける。だがタイミングが悪かった。戦闘用ゾンビを従えた吸血鬼ヴァレリーが、両球派の修道院を襲う所に居合わせてしまい…

 人類を遥かに超えた知性同志の出会いと、それに居合わせた現生人類の戸惑いを、奇想天外なアイデアを思いっきり詰めこみながらも、クールな文体で描く、サイエンス・フィクションの極北。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Echopraxia, by Peter Wats, 2014。日本語版は2017年1月27日初版。文庫本で上下巻。本編の「エコープラクシア」が上巻約302頁+下巻約180頁=482頁に加え、特別収録短編「大佐」40頁を収録。おまけに渡邊利通の解説10頁と、参考文献が豪華44頁。8ポイント42字×18行×(302頁+180頁+40頁+10頁+44頁)=約435,456字、400字詰め原稿用紙で約1,089枚。上下巻は妥当な所。

 前作の「ブラインドサイト」同様、かなり読みにくい。前作同様、主な登場人物の思考様式が人類とは大きく違う上に、最新の科学の成果を使ったSFガジェットが大量に出てくる、とても濃い作品だ。並みのSFでは満足できないスレッカラシ向けなので、覚悟して挑もう。

 なお、解説はとても親切にネタを説明してくれているが、同時にネタっばたしにもなっているので、要注意。もちろん、ちゃんとその由を警告しているけど。

【感想は?】

 そう、この作品は、とっても濃い。

 なんたって、凄まじいガジェットが次から次へと出てくる。冒頭の吸血鬼、伝説から復活させた人類の天敵ってのも相当なもんだが、それにちゃんと「十字架が苦手」なんて弱点も与えるだけでなく、そこにキチンと理屈と仕掛けがついてるあたりも、タダモノではない。

 この理屈と仕掛け、いちいち「説明しよう」なんてやってたら、それだけで数頁を費やしてしまいそうな凝ったシロモノなため、アッサリと流しちゃってるのが憎い。この手の話に詳しい者にはたまらない美味しさなんだが、慣れない人には何の事だか見当もつかない。

 例えば、この世界の情報ネットワークを示す「クインターネット」。名前からしてインターネットの進化版で、量子コンピュータや量子ネットワークを使ったモンなんだろう、と当たりはつく。が、作品中では名前が出てくるだけで、なんの説明もなく話が進んでゆく。

 じゃどうでもいいネタなのかというと、そうでもない。この作品の大事な登場人物?である両球派が成り立つために、どうしても必要になる基礎技術の一つでもある。

 なんたってヒトの脳が発する信号を、ほぼリアルタイムで、多くの脳で共有しようなんて話だ。要求される通信容量は桁違いである。これを捌くには新世代の通信技術が必要で、となれば量子ネットワークだろうなあ。

 なんて所まで、たった一つの言葉「クインターネット」に押し込めちゃってる。実に手ごわい。

 その分を、豪華44頁もかけた参考文献で補っている…のはいいが、一部の文献は2055年や2072年や2093年だったりと、なんとも意地が悪いw

 さて、その両球派。高度な技術を投入した結果、出来上がった集合知性はたいしたもので、「特許局の仕事の半分を占領」するほど。とはいえ、その代価も高い。なんたって脳をいじっちゃった結果、「現実世界では、手助けがないと道路も横断できない」。ある意味おバカでもあったり。

 そんなわけで、砂漠の真ん中に修道院を建て、そこに閉じこもっているんだが、楽しいのは修道院の防衛システム。なんとも奇想天外なシロモノながら、ある世代の日本人には妙に懐かしかったり。そう、砂の嵐に守られているのだ。わはは。

 賢いながらも、ある意味おバカな両球派、これを俗な言い方をすれば「賢さには代価が要る」で終わりそうだが、その代価がオーディンの片目(→Wikipedia)のようにわかりやすい形じゃないのが、この作品のテーマの一つ。

 何より、物語で重要な役割を果たす者たちが、主人公のブリュクスより賢い奴らばかり、という構造が皮肉だ。

 先の「ブラインドサイト」では、意識が重要な主題だった。それはこの作品でも同じで、意識なき知性の脅威が、主にヴァレリーを通して何度も繰り返し強調される。と同時に、語り手が現生人類である点も、小説としての工夫の一つ。

 両球派や吸血鬼に、いいように小突き回され、それでも連中の裏をかこうと工夫を凝らすブリュクスのあがきは…

 最新科学の成果を駆使した大量のガジェットをブチ込み、異様な世界の中で異形の者たちに囲まれた主人公の恐怖で追い打ちをかけて読者の脳をオーバーヒートさせつつ、冷徹かつ壮大な世界観へと導く問題作。時間をかけ、頭を冷やしながら、じっくり読み解こう。

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2017年9月17日 (日)

ギルバート・ウォルドバウアー「食べられないために 逃げる虫、だます虫、戦う虫」みすず書房 中里京子訳

陸地と淡水にすむ肉食動物にとり、昆虫は抜きん出て豊富に存在する動物性食物源だ。
  ――プロローグ

昆虫は、優秀な生化学者だ。
  ――第八章 身を守るための武器と警告シグナル

【どんな本?】

 昆虫は、あらゆる所にいる。しかもたくさん。単位面積あたりの総重量でも、昆虫がトップを占める。それだけに、昆虫は他の生物の重要な食料でもある。植物から肉食動物に至る食物連鎖でも、植物と他の生物をつなぐ役割を担っている。

 とはいえ、昆虫も黙って食われるわけにはいかない。群れ、隠れ、逃げ、騙し、脅し、刺し、毒を盛り、食べられないために様々な工夫を凝らす。食べる方も必死だ。餌で釣り、罠を仕掛け、他の生き物を利用する。

 食う者と食われる者の不思議で巧みな戦略を紹介しながら、生き物たちの驚きに満ちた生態を語り、生物学の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は How Not to Be Eaten : The Insects Fight Back, by Gilbert Waldbauer, 2012。日本語版は2013年7月23日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約259頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×259頁=約209,790字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。虫に抵抗がなければ、中学生でも楽しめるだろう。ただ、馴染みのない虫や鳥が続々と出てくるので、その度に Google などで調べていると、なかなか先に進めない。特に擬態のあたりは要注意。唖然としてそのままネットの海に入り込む危険が高い。

【構成は?】

 一応、頭から順に読む構成になっている。が、面白エピソードを並べる形で話が進むので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ
  • 謝辞
  • 第一章 生命の網をつむぐ昆虫
  • 第二章 虫を食べるものたち
  • 第三章 逃げる虫、隠れる虫
  • 第四章 姿を見せたまま隠れる
  • 第五章 鳥の糞への擬態、さまざまな偽装
  • 第六章 フラッシュカラーと目玉模様
  • 第七章 数にまぎれて身を守る
  • 第八章 身を守るための武器と警告シグナル
  • 第九章 捕食者の反撃
  • 第十章 相手をだまして身を守る
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/主な引用文献/索引

【感想は?】

 そう、一応は一つの流れがあるのだが、あまり気にしなくていい。

 この本の面白い所は、次々と紹介される昆虫やそれを食べる捕食者たちの生態だ。テレビの自然ドキュメンタリーを楽しむ気分で、気楽に読もう。

 いきなり「そうだったのか!」と気づかされたのは、蝶や蛾の鱗粉。単なる模様かと思っていたが、とんでもない。生き延びるための工夫だった。ネバネバするクモの巣に捕まっても、鱗粉がはがれるだけで、本体は逃げおおせることができる。そういう意味があったのか。

 農家にとってイモムシは敵かと思ったが、そうでないイモムシもいる。カイガラムシ類を食べるイモムシだっているのだ。二万五千種のうち50種だけだけど。もっとも、実際に生物農薬として使われるのは、テントウムシが多いようだ。

 やはり知らなかったのが、蚊柱。いかにも刺されそうだが、あれオスだけの群れなのね。だから刺さない。あまりビビる必要はなかったのか。そうやって群れていれば、鳥やトンボが襲ってきても、群れの外側にいるはぐれ者が食われるだけで、他の者は食われずに済む。群れには意味があるんだなあ。

 かと思えば、化学兵器で反撃する者もいる。今の日本で話題のヒアリも出てくるが、ホソクビゴミムシ(俗称ヘッピリムシ)も凄い。なんと摂氏100℃の液体を尻から噴射するのだ。

 彼らの腹には燃料タンクが二つあって、それぞれ過酸化水素水とヒドロキノンが入ってる。この二つを混ぜて高熱のベンゾキノンを作り、噴射管から発射する…って、まるきしロケット・エンジンだね。

 などと強力な化学兵器を持つ昆虫は、ヒトにも生物・化学兵器として利用されたり。なんと古代ギリシアからローマ帝国の時代にまで遡れるというから、業が深い。つまりはミツバチの巣を投石器で敵の城に投げ込むのだ。怒ったミツバチは周囲のヒトを刺しまくり…。ひええ。

 とはいえ、食う方も黙ってやられちゃいない。ゴミムシダマシも似たような手を使うが、バッタネズミは一枚上手だ。捕まえたゴミムシダマシの腹を砂の中に埋め、「分泌物を無駄に砂の中に噴射させてしまう」。インスタント泥抜きかい。その上で頭から食べ、邪魔な「腹部先端は食べ残す」。賢いなあ。

 毒抜きには他の手もある。

 バッタの一種ラバー・グラスホッパーは、食われそうになると臭い泡を胸から出す。お陰で多くの鳥やカエルは逃げ出すが、勇者もいる。アメリイカオオモズだ。捕まえた「バッタをイバラのトゲに刺し、一~二日経って、バッタの化学的防御物質の一部が分解してから食べる」。モズのはやにえは、天日干しの毒抜きって意味があるのかも。

 とかの虫や鳥の生態は面白いが、それを追う人間の生態も面白い。

 男の子なら、カブトムシやクワガタムシを捕まえるため、特製のジュースを樹に塗り付けた事があるだろう。似たような事を大人になってもやってる人たちがいる。ただし彼らの獲物は甲虫じゃなく、蛾だ。日没前に特製ジュースを樹に塗り、夜に見に行くのだ。皆さん秘密のレシピがあるとか。

 このジュース、ビールやラム酒を混ぜるためか、蛾や蝶も「酩酊してまっすぐ歩くこともできず」って、虫もアルコールに酔うんだなあ。

 コウモリが超音波で「見る」のは有名だが、これが判明する過程も、ちょっとした物語。

 18世紀末までは「魔力だと思われていた」。18世紀末にラザロ・スパランツァーニは、コウモリに目隠したり目を取り去ったりしたが、やっぱり影響なし。コウモリも災難だなあ。次いでチャールズ・ユリネがコウモリの耳に耳栓をしたら、効果てきめん。どうやら音が大事らしいと判明する。

 謎を解いたのはドナルド・グリフィン、1950年代になってから。磁気テープのアメリカでの普及が1950年代(→Wikipedia)だから、そのお陰かも。にしても、よくもまあ、超音波だなんて思いついたねえ。

 などと、この本だけでも面白いが、Google で画像を漁ると、もっと楽しめる。特にビックリするのが、スズメガの一種ビロードスズメの幼虫(→Google画像検索)。是非、ご覧いただきたい。あ、でも、心臓の弱い人は要注意。

 と、食べられないための虫の工夫も面白いし、それを狩る鳥やネズミの賢さも楽しい。それ以上に、彼らを調べる動物学者たちの生態も可笑しい。虫を中心とした、バラエティ豊かな「どうぶつの本」。リラックスして楽しもう。

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2017年9月13日 (水)

森岡浩之「突変」徳間文庫

「チェンジリングはまずいぜ。理屈じゃねぇんだよなあ。裏地球の関わったもの、場所、すべてが穢れてるみたいに感じる連中がいる」

「家族のもとへ飛んで行こうとでもしているんでしょうかね」

【どんな本?】

 「星界の紋章」で大ヒットを飛ばした森岡浩之による、話題の特異災害SF長編。

 はじまりは七年前、インド洋だった。その海域で、新種の生物が続々と発見されたのだ。しかも、既存の生物とは明らかに違う。次はアメリカのネバダ、そしてスーダン。地球上の一部が消え、代わりに全く異なった生態系が現れる。人々はこの現象を移災と呼んだ。

 やがて、移災の実態が明らかになる。太平洋で消息を絶った貨物船が、再び現れたのだ。どうやら、別の地球の一部と入れ替わったらしい。ただし、なぜ入れ替わるのか、いつどこが入れ替わるかなどは、今もってわからぬままだ。

 移災はその後も続き、日本でも久米島と関西が被害にあう。特に関西は都市圏でもあり、出勤中・旅行中・登校中の家族と生き別れになる人も多かった。

 そして今回の移災は、関東の地方都市、酒川市の花咲が丘。小さな町だけに行政施設もなく、町内の人々は手探りで災害に対処するが…

 2016年第36回日本SF大賞受賞に加え、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇で11位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年9月15日初版。私が読んだのは2015年2月25日の6刷。順調に売れてます。文庫本で縦一段組み、本文約721頁に加え、大森望の解説「新たな代表作の誕生」8頁。9ポイント40字×17行×721頁=約490,280字、400字詰め原稿用紙で約1,226枚。厚めの上下巻か薄めの上中下巻ぐらいの大作。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もSFにしては特に難しくない。ご町内の人々が非常識な災害に襲われた時、どうするかという話なので、一部に「脊索動物」とか銃の種類など細かいウンチクがあるが、面倒くさければ読み飛ばしてもいい。

【感想は?】

 迫真のご町内パニック巨編。

 なんったって、じっくりと地に足のついたヌカミソ臭い生活感がたまらない。登場人物も、それぞれにキャラは立ってはいるが、天才でも特殊戦闘員でもない、普通の人々だし。

 ご町内が、いきなり異なった世界に飛ばされる。ソコは地球のようで、地形も気候も似ているし、大気は呼吸できて水も飲める。が、生物相は全く違い、また電気・ガス・電話など人類の作ったインフラも使えない。

 ここで、飛ばされるのが「ご町内」なあたりが、この小説のミソ。県や市なら、県庁や市議会などの行政組織があり、また警察署などの治安維持組織もある。が、この小説では、花咲が丘3丁目を中心とした一帯、となっている。様々な人はいるが、キチンとした行政組織はない。

 そんなわけで、巻き込まれた人々は、指揮系統から自分たちで作っていかなきゃいけない。のだが、主な登場人物たちは、それ以前に、それぞれの生活や家族を心配する、ごく普通の人々なのがキモ。

 最初に登場するのは、柱本幸介74歳。長く連れ添った奥さんが余命半年と宣言され、ガックリ来ている所を移災に巻き込まれてしまう。子はなく、入院中の奥さんとも生き別れる羽目に。悲しみに暮れる暇もなく、町内会長なんぞを引き受けた因果で、事態の中心に放り込まれ…

 同じリーダー役でも、市長や県知事なら、相応の理想なり野望なりを持つ人がなるものだが、町内会長はだいぶ違う。たいした権限があるわけでもなきゃ役得もない。ご町内の悶着を持ち込まれ、役員たちの意地の張り合いを仲裁する、面倒くさいだけの立場だ。

 加えて町内会は政府から認められた正式な行政組織ってわけでもない。が、困ったことに今回は、ご町内だけが移災にあう。市長や県知事に泣きつきたくても、連絡すら取れない。特にリーダーシップに溢れるわけでもない幸介が、どう立ち回るのか。

 隙あらばなんとか他の人に権限を預けちまおうとする幸介が、いかにも日本人的で身につまされる。

 やはり頼りないがリーダー役を押し付けられるのが、スーパー高見屋マートの雇われ店長、芥川義人44歳独身。彼も特に出世欲があるわけでもなく、大過なく勤めあげようとしている月給取り。

 地方都市のスーパーってのが、作者の目の鋭い所。食品や食器など当面の生活必需品が大量に揃い、また広い駐車場もある。孤立した世界に放り出されたご町内、その気になれば力づくで王にもなれる立場だが、そこは雇われ店長。

 事態に気づいてもサラリーマン気分が抜けきれず、店員と避難者の間に挟まれ、なんとか丸く収めようとする覇気のなさに、妙に親しみが湧いてしまう。

 対して、野望バリバリなのが、市会議員の塚脇朱美。

 あなたの市にもいませんか、妙な自然志向とかに染まった自称リベラルの色物議員が。この人はアレな本のお陰で陰謀論にハマった口で、敵はすべて裏で繋がっていると信じて疑わないお方。煩いオバサンの例に漏れず、喋り出したら止まらない人で、相手の顔色なんざ見ちゃいないw

 他に銃器オタクの引きこもり、かつて夫が移災に巻き込まれた妻と子、しっかり者の家事サービス社員など、そこらにいそうな人々が登場し、それぞれの立場で事態に立ち向かう。

 などと、じっくり生活感豊かに描き込まれた物語は、中盤以降に大きく変化し、終盤では意外な大スペクタクル・シーンまで用意されているサービスの良さ。

 私たちの暮らしと地続きな、でも壮大なスケールのご近所シミュレーション・パニック・ノベル。長大なわりに文章は読みやすく、次々と起こる事件で読者を飽きさせない。気が付けば残りの頁数が少ないのが恨めしくなる、そんな気分を味わえる娯楽作。

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2017年9月11日 (月)

齋木伸生「ミリタリー選書23 フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち」イカロス出版

部隊を支える各種車輛の面でも、フィンランドの工業力がこれを供給することは不可能だった。戦車部隊を除いては、フィンランド軍の唯一の機動部隊は、自転車およびスキー部隊であったことがこれを物語っている。
  ――第二章 フィンランド軍の兵器と装備 第一節 陸上兵器・小火器

フィンランド軍の戦車師団は、全保有装甲車輛163輌のうち100輌以上がソ連軍からの捕獲品で、しかも残ったビッカース戦車やドイツ軍の突撃砲なども前述のように一部「ソ連化」されていた。
  ――特別寄稿  4 フィンランド軍 分捕り兵器列伝

フィンランド軍は少数精鋭化を目指すのか。いやそうではない。フィンランド軍の本質は今後も変わることはない。それはテリトリアル防衛システムと国民皆兵制度である。
  ――第四章 第二次世界大戦後のフィンランド軍

【どんな本?】

 1939年11月30日。既にポーランドはドイツに蹂躙され、欧州は第二次世界大戦の暗雲が渦巻いていた。1917年12月6日にロシア帝国から独立したばかりの北欧の小国、フィンランドは存亡の危機に陥る。隣の大国ソ連が、大軍を擁し攻め込んできたのだ。

 フィンランド軍の総兵力は約29万5千、しかも工業力が乏しいため部隊の機械化はほとんど進んでいない。対するソ連は45万の大兵力に加え、戦車2千輌・航空機3千3百機と、装備でも圧倒的な優位にある。

 誰もが絶望的と考えた戦いでありながら、意外な事にフィンランドは持ちこたえ、一部の領土こそ割譲を余儀なくされたものの、国家としての独立は最後まで維持した。雪中の軌跡(→Wikipedia)と呼ばれ世界の注目を浴びた戦いである。

 圧倒的な戦力差を、周到な準備と地の利を生かした戦術でしのぎ、また卓越した外交手腕で戦争を終わらせ独立を維持した冬戦争・継続戦争を中心に、国家としての成り立ちから現在までのフィンランド史をフィンランド軍を軸に描く、軍事解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年8月31日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで約356頁。9.5ポイント47字×19行×356頁=約317,908字、400字詰め原稿用紙で約795枚。文庫本なら厚めの一冊分だが、地図・写真・イラストを豊富に収録しているので、文字数は8~9割程度。

 軍事物のわりに文章は比較的にこなれている。ただ内容はマニア向けなので、少々覚悟が必要。第二次世界大戦前後の欧州情勢が背後にあるが、それについても高校の世界史の教科書に載っている程度の前提知識が必要。

 また、戦場の地図を多数収録しているので、栞を沢山用意しておこう。

【構成は?】

 内容はかなりマニアックだが、序章で大雑把ながら歴史と当時の情勢を説明しているので、意外と初心者でもおおまかな事情はわかるのは親切。

  • はじめに
  • 序章 第二次世界大戦までのフィンランド軍の歩み
  • 第一章 フィンランド軍の戦歴
    • 第一節 冬戦争
    • 第二節 継続戦争
    • 第三節 ラップランド戦争
  • 第二章 フィンランド軍の兵器と装備
    • 第一節 陸上兵器・小火器
    • 第二節 艦船・小型艦艇
    • 第三節 航空機
  • 第三章 フィンランド軍の編成・軍装
    • 第一節 フィンランド軍の創設と発展、編成
    • 第二節 フィンランド軍の軍装
    • フィンランド救国の英雄
       カール・グスタフ・マンネルヘイム伝
  • 第四章 第二次世界大戦後のフィンランド軍
  • 特別寄稿
    • 1 ソ連が未曽有の損害を記録したフィンランド戦争
    • 2 SSフィンランド義勇大隊の戦歴
    • 3 フィンランドにおけるイタリア海軍の戦歴
    • 4 フィンランド軍 分捕り兵器列伝
  • カラーグラフ・ギャラリー
    • 戦争博物館・戦跡
    • 装備・徽章・勲章
  • 付録
    • 関連年表
    • お薦め映画紹介
    • お薦め資料本紹介

【感想は?】

 マニアックなネタながら、見事な力作で、しかも可能なかぎり初心者に親切な作りになっている。

 なんといっても、要所要所に地図が入っているのが凄い。フィンランドの地理などほとんど知らない私でも、なんとか読み進められたのは、豊富に収録された地図のお陰でもある。

 内容の中心をなす冬戦争・継続戦争は、とても劇的な戦いだ。当時のソ連は人口1億6千万ぐらい。対するフィンランドは人口400万に満たない。40倍以上の差である。軽く蹂躙された挙句、ポーランドやバルト三国のように呑み込まれてもおかしくなかった。フィンランドが独立を維持し得たのは、奇跡と言っていい。

 にも関わらず、本書の筆致は冷静で控えめであり、淡々と戦況の変化を追ってゆく。有名なシモ・ヘイヘ(→Wikipedia)やユーティライネン(→Wikipedia)の出番もなく、徹底して俯瞰した視点で戦いの経緯を追うに留めている。

 そんなわけで、雪中の軌跡を起こした原因も、簡単に「これだ」と解るように示してはいない。そもそも戦争という現象が複雑なシロモノなので、単純に一つの原因だけと決めつけられるものではないんだろう。

 とはいえ、幾つかのヒントは示している。

 最も大きいのは、戦争を率いたマンネルヘイムの卓越した能力だろう。

 広く国際情勢を眺め先を見越す外交センス。限られた資源で最大の成果を挙げるべく、自らの背丈にあった目的・戦略・戦術をハッキリと示す判断力と決断力。それに沿った組織や装備を揃える政治力。個々の戦線の戦果に惑わされず、基本方針を守り通す強い意志。

 最初から「マトモに当たったら勝てない」と見越すだけならともかく、予め最小限の被害で食い止めるべく陣地帯を整備するのも常識だろうが、開戦初期から「速やかに陣地帯へと撤退」しちゃうのも賢い。計画的な撤退だけに、焦土作戦で橋を落とし地雷やトラップを入念に仕掛け、敵の前進を阻むのである。

 軍人にとって後退は嬉しくないはずなのに、こういった割り切りをアッサリできるあたりが、プロの凄みを感じる所。転進すら兵に教えていない、どこぞの軍とは大違いだ。

 国際情勢を見据える目も鋭い。

1941年12月21日、マンネルヘイムはリュティ大統領に戦争の見通しについて語った。すでにドイツ軍はモスクワ前面で敗れ、日本の真珠湾攻撃によってアメリカが参戦していた。彼はリュティに言った。「カタストロフが始まった」と。
  ――第一章 フィンランド軍の戦歴 第二節 継続戦争

 と、1941年末の時点で、第二次世界大戦の行く末を見通してる。勢いに任せて戦争を始めた大日本帝国とは大違いだ。

 特に彼の凄みが出ているのは、終戦工作。

「戦える力がかろうじて残っている今こそ、和平協定のテーブルにつかねばならない。もし軍がこれ以上戦えないというのであれば、我々は何を材料にソ連と協定を結べるというのだ。我々に残されているのは完全な屈服だけだ」
  ――第一章 フィンランド軍の戦歴 第一節 冬戦争

 奇跡的な善戦で戦況こそ思ったより有利に進んでいるものの、圧倒的な国力の差はどうしようもない。今は持ちこたえられても、戦いが長引けば戦力は消耗し、結局は体力差で押し切られる。軍の面子などに拘らず、厳しい現実をハッキリと政治家に告げるあたり、「終戦史」に見る大日本帝国との差が…

 戦術レベルでは「モッティ戦術」が特徴だろう。雪原と森の地形に、スキーや自転車の機動力を活かし、敵の前線を分断して補給を絶ち、その後に包囲して個々に潰していく。

 スキーは有名だが自転車ってのにも驚いた。編成でも、独立した自転車大隊が7個の他に、それぞれの師団ごとに自転車中隊がある。当時としちゃ自転車は重要な機動力だったんだなあ。とはいえ、冬は雪原で夏は泥沼と化すフィンランドで、自転車がどれだけ役に立つのか、と疑問に思ったが…

 その自転車、ちゃんと写真が載っているのが嬉しい。一枚だけだけど。雰囲気、蕎麦屋の出前や警官が使うガッチリした実用車みたいだが、サドルの位置が高くてハンドルと同じぐらいの高さ。不明瞭だが、タイヤも太く頑丈そうだ。ちなみに季節は夏っぽい。

 もう一つ驚いたのが、ソリ。雪原の中、なんとトナカイが曳いてる。連隊司令部の前なんで、さすがに前線っじゃないにせよ、お国柄が良く出てる。

 などの写真も豊富なのも嬉しい所だろう。私はコンクリート製の対戦車障害物が印象に残った。地面から高さ1mほどの牙がニョキニョキと生えてる感じで、確かに戦車が進むには邪魔になりそう。

 強大かつ好戦的な大国の隣にありながら、絶妙のバランス感覚と強靭な意志で独立を守り通した小国フィンランド。その秘訣の一部が垣間見える、専門的でありながら初心者にも親切な一冊だ。

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2017年9月 8日 (金)

「中国古典兵法書 三略」教育社 真鍋呉夫訳・解説

 『三略』の略は戦略、あるいは機略を意味し、その内容は上略・中略・下略の三部によって構成されている。
 そのうちの上略は礼賞を設け、奸雄を分かち、成敗を著かにしている。中略は徳行をさし、権変を審らかにしている。下略は道徳を陳べ、安危を害し、賢を賊うの咎を明らかにしている。
  ――三略について

「兵を動かす時には、まず敵国の内情をさぐり、特に食糧事情に重点をおいて調査せよ。できるだけ正確にその備蓄量を算定して、敵の強弱を判断せよ。また、敵国の地理を十分に研究して、その隙を狙え」
  ――上略

いったん戦いのために将兵に付托した権力を、戦いがすんだからといって急に取り上げるのも、容易なことではない。いや、むしろ、故国に凱旋した軍隊の武装を解除する時にこそ、国家存亡の真の危機がくる、と言ってもいい位である。
  ――中略

身近なことよりも遠くのことに力を注いでいる人は、その苦労の割には報いられることが少ない。その反対に、遠くのことよりも身近なことに力を注いでいる人は、思いのほか容易に所期の目的を達成することができる。
  ――下略

【どんな本?】

 三略(→Wikipedia)は孫子呉子・司馬法・尉繚子・六韜・李衛公問対と並ぶ、武経七書の一書である。六韜同様に、太公望(→Wikipedia)が著し黄石公(→Wikipedia)が張良(→Wikipedia)に与えたとされるが、実際は秦または漢の頃に成立したと考えられている。

 武経とあるが、内容は一種の帝王学であり、人事のコツ・軍の掌握方法・国の治め方など、王としての心得を説くものが中心で、具体的な戦術や戦略の話はほとんど出てこない。「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」など、老子の影響が濃いのも大きな特徴。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 明の劉寅著『七書直解』を底本に、諸家の註本を参照。教育社版は1987年6月20日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文訳113頁。うち書下ろし文が32頁、名言佳句が7頁なので、それを除くと約74頁。11ポイント35字×16行×113頁=約63,280字、400字詰め原稿用紙で約159枚。小説なら中編の分量。今は中公文庫BIBLIOSから文庫版が出ている。

 私が読んだのは解説と現代語訳だけで、書下ろし文と名言佳句を読み飛ばした。現代語訳は意外とこなれていて読みやすい。解説も時代背景や成立時期について具体的かつ分かりやすく指摘しているので、とても参考になる。

【構成は?】

 解説・訳
三略について
 上略
 中略
 下略

三略書下ろし文
 上略
 中略
 下略
三略名言佳句 

【感想は?】

 兵法書というよりは、王のための思想書が近い。

 ただし老子の影響が強いのがクセ者。何か深い事を言っているようで、実はどうにでも解釈できる文章が多く、考えれば考えるほど煙に巻かれた気分になったり。

 例えば上略では臨機応変を説いているが、じゃ具体的にどんな機にどう応じるのがいいかって段になると、何も書いていない。そこは「自然の働きに学」べ、とくる。そのくせ、後の方では「いったん出した命令は取り消すな、賞罰は厳格に」とか。どっちやねん。

 とまれ、論争の相手を言いくるめるには便利かも。まあ、中国の古典の思想書なんて、たいていがそんなもんだが。

 全般的に平等主義的なのも、この本の特徴かも。「世に祖先を尊ぶ者は多いが、人民を愛する者は少ない」とか、「将が兵と同じメシを食えば兵の士気が上がる」とか。そういえばナチスのSS、戦闘部隊は将兵が同じメシを食ったという話を聞いた事があるが、本当なのかな?

 などと、「敵にどう対するか」より、自軍をどうまとめるか、に重点を置いているのも、この本の特徴だろう。これは当時の中国の軍の問題で、平時から兵を抱え鍛えている常備軍じゃないからだ。戦の度に、そこらの農民をかき集め、頭数を揃えてただけ。だもんで…

一軍が中心を失ってばらばらに解体しはじめれば、兵士たちは続々戦線から離脱するようになる。
  ――上略

 と、負けが込むと兵が逃げ出すのはごく普通だった事をうかがわせる。そう言えば、劉邦も、秦の統治の頃は小役人で、人足を集め集合場所に行く道中に、人足と一緒に脱走したんだっけ。

 これは謎なのだが、上略ではやたら「軍讖(ぐんしん)」なる書物からの引用が多い。「軍事についての最高の指針」とあるが、デッチアゲの可能性が高い。同様に中略では「軍勢(ぐんせい)」なる書物が出てくるけど、これも正体は不明。

 もっとも、ソレはソレで、漫画や小説のネタとして使えば、面白い話が創れるかもしれない。

 これが下略になると、もう完全に政治の話ばかりになる。それも、君主の振る舞いを説いたもので、人事が中心だ。要は賢人や聖者を集めろって事なんだが、じゃ具体的に賢者をどう見極めりゃいいのかって段になると、そこはムニャムニャだったり。

 ここも基本は君主に厳しくて、「明君は礼楽によって人民を楽しませるが、暗君は自分が楽しむだけ」「まず自分を正して、しかる後に他人を教化」せよ、とくる。当然と言えば当然だが、これがなかなか難しい。ちなみに礼楽とは…

打楽器や弦楽器による音楽のことではなく、人民がその家庭や親族の親和を楽しむことをいう。また、人民がその仕事や郷土に愛着を持つことを言い、その政令や道徳に欣然としたがうことを言うのである。

 だからって、人民に「家族仲良く」とか「愛国心を持て」とか命令しろ、と言ってるわけじゃないんだけど。

 などと、少々斜に構えた書評になってしまったが、それは書かれている内容が私にとって馴染みの深いものだからだ。それだけ、日本の文化に染み込んでいる、思想や文化の原点だということなんだろう。

 文章もこなれている上に頁数も少なく、アッサリと読み終えられるので、有名な割に軽い気持ちで読めるのも嬉しい所。ただ、書店にもあまり出回っていないので、見つけたらすかさず確保しておこう。

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2017年9月 7日 (木)

ロバート・R・マキャモン「マイン 上・下」文春文庫 二宮磬訳

“ミスター・モジョは起きあがった。あの女はいまも涙を流している。おぼえているかい?あそこで会おう、2/18、1400に”

「われわれはみんな娼婦だったのさ。闘争を叫ぶ新聞雑誌に仕える娼婦だったんだ。われわれはやつらがこうしたいと夢見るとおりのことをしてやった。その見返りになにを得た。きみは獣になり、ぼくは43にして人生の敗残者だ」

【どんな本?】

 「奴らは渇いている」「スワン・ソング」「スティンガー」など、B級色が濃いながらケレン味たっぷりのコミック風ホラーで人気を博したアメリカの作家ロバート・R・マキャモン。だが突然の変身を遂げ、一切の超常現象を排した芸風へと方向を転換する。その嚆矢となったのが、この「マイン」。

 1990年、ジョージア州アトランタ。

 安アパートに住み、バーガーキングで働く41歳の大柄なオバサン。その正体はFBIのお尋ね者、60年代に暴れまわったテロ組織「ストーム・フロント」のメンバー、メアリー・テレル。彼女は見つけた。ローリング・ストーン誌の読者広告欄のメッセージ。それは彼からの呼びかけに違いない。集え、と。

 ローラは36歳。もうすぐ長子が生まれる。地方紙の記者として社交記事を担当してきたベテランだ。夫のダグは仕事の虫で、なかなか家に居つかない。二人の収入を合わせ、暮らし向きは悪くない。だが最近のダグの挙動は…

 羊の皮を被った狼と、羊のように生きてきた女。ローラの出産を機に二人の運命は交わり、激動の60年代の断末魔が再び鳴り響く。

 1988年の「スワン・ソング」に続き、1991年のブラム・ストーカー賞最優秀長編賞に輝いた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は MINE, by Robert R. McCammon, 1990。日本語版は1992年3月に文藝春秋より単行本の上下巻で発行。私が読んだのは文春文庫の文庫版、1995年2月10日第1刷。上下巻で本文約398頁+345頁=約743頁に加え、三橋暁の解説6頁。8.5ポイント42字×18行×(398頁+345頁)=約561,708字、400字詰め原稿用紙で約1,405枚。上中下の三巻に分けてもいい大長編。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないが、60年代のネタがアチコチに散らばっているので、その辺に詳しいと、更に楽しめる。また、アメリカを旅する話なので、北米の地図があるといい。なおお、一マイルは約1.6km。

【感想は?】

 妊娠中、または幼い赤ちゃんがいる人には薦めない。最初の10頁で放り出したくなるはずだ。

 なんたって、メアリー・テラーことメアリー・テレルの造形が強烈。身長180cmを越える大女。60年代には暴力的なヒッピー集団「ストーム・フロント」の一員として暴れまわり、警官や大企業の役員を殺しまくったお尋ね者。

 かつてのドラッグの後遺症か、オツムは相当にイカれちゃいるものの、20年も逃げ回った実績は伊達じゃない。常に尾行には気を配り、追手の臭いは鋭く嗅ぎつけ、私服警官は目ざとく見分ける。バーガーキングのオバサンを演じちゃいるが、心の奥にはテロリストの魂が眠っている。

 そんなメアリーの魂を目覚めさせたのが、雑誌のメッセージ。かつての仲間からの集合の合図と思い込み、心は激動の60年代へと戻ってゆく。

 狂気に憑かれながらも、いや狂っているからこその、メアリーの常軌を逸した暴走っぷりが、最後までこの物語を強引に引っ張り続ける。

 いい歳こいたオジサン・オバサンには、なかなかキツいお話だ。なんたって、メアリーを筆頭に、登場人物の多くは、かつてヒッピーだったオジサン・オバサンたちだし。

 開放や反体制を叫んで青春を過ごしつつも、食ってくためには稼がにゃならん。ってんで、会社員になりきったり、バーガーキングで働いたり。それぞれに忸怩たるものを心の中に抱えてる所に、否応なく青臭かった「あの頃」の香りを突き付けてくる。こんな風に。

  • Jefferson Airplane : Somebody to Love(→Youtube)
  • Doors : Light my Fire(→Youtube)
  • Fifth Dimention : Aquarius(→Youtube)
  • Crosby, Stills & Nash : Marrakesh Express(→Youtube)

 対するローラは、ごく普通に人生を歩んできたインテリ女。理想に燃えて新聞記者にはなったものの、凄惨な事件に神経が耐えられず、社交欄に回されつつも大人しく「働く女」を務めてきた。誰からも好かれる「いい子」だったローラだが、否応なしにメアリーの引き起こす嵐に巻き込まれ…

 前に立ちふさがる者を、誰彼構わず容赦なく突き飛ばし殺し、“神”のもとへと突っ走るメアリー。なりふり構わずそれを追いかけるローラ。対照的だった二人の女が、命がけのチェイスを続けるうち、次第に似通ってくるのも皮肉な所。

 と、物語を引っ張る二人の女は、やたらとパワフルで強靭なのに対し、男はどいつもこいつも情けないのが、ちと苦笑い。ローラの夫ダグを始め、ヒッピーの生き残りマーク・トレッグスなども、フヤけちまったオッサンに描かれてるのは、ワザとなんだろう。

 などと、極力、超自然的なネタを排しつつ、それでもヒョッコリと好みが漏れてしまうのもご愛敬。「少年時代」もそうだったが、やっぱり好きなんだろうなあ、デカい生き物が。やっぱりね。男の子なら、一度は憧れるよなあ…って、やっぱし男ってのは大人になりきれない生き物なのかも。

 青春の残り火を激しく燃やし、“神”の元へと突っ走る女。己の生きる証を取り戻そうと、全てを捨てて追いかける女。二人の女の執念を、凍てつく冬のアメリカを舞台に描く、手に汗握るロードノベル。繰り返すが、妊娠中や新生児を抱える人は近寄らないように。

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2017年9月 5日 (火)

ルース・ドフリース「食料と人類 飢餓を克服した大増産の文明史」日本経済新聞出版社 小川敏子訳

わたしたちはどのようにして非凡な存在となったのか。多くの人が都市で暮らすようになるまでに文明は自然に大幅に手を加える技術をどのように進化させてきたのか。本書ではその道のりを再現していこう。
  ――プロローグ 人類が歩んできた道

人類史が始まって以来ほぼすべての時点で、食料供給量は窒素とリンが循環する速度に縛られてきた。
  ――2 地球の始まり

農耕と牧畜の生活がすっかり定着すると人口増加率は五倍に跳ね上がった。
  ――3 創意工夫の能力を発揮する

微生物が窒素ガスの結合をどのように切り離すのかも、やはり謎に包まれている。
  ――4 定住生活につきものの難題

人びとが井戸を掘るようになったのは、少なくとも農耕が始まるよりも前のことだ。
  ――5 海を越えてきた貴重な資源

リン鉱石を蓄えた奇異な地質は世界各地に散らばっており、ひと握りの国がその上に陣取っている。(略)世界最大の埋蔵量を誇るのは北アフリカの小さな王国モロッコ、そして政治抗争に揺れる西サハラだ。
  ――6 何千年来の難題の解消

料理、宗教上の禁忌、嗜好の違いはあっても、人は豊かになるにつれてデンプン質の摂取量が減る――つまり食生活のなかで小麦、米、トウモロコシ、ジャガイモが減り、肉、鶏、卵、乳、チーズが多くなる
  ――7 モノカルチャーが農業を変える

いま現在も、どれだけ農薬や農薬以外の手段を講じても、世界各地で栽培される作物の約三割は収穫前に病害虫にやられ、収穫したうちの一割もやはり病害虫の被害にあう。
  ――8 実りの争奪戦

ノーマン・ボーローグ「アフリカ、アフリカだ。わたしはまだアフリカで使命を果たしていない」
  ――9 飢餓の撲滅をめざして グローバル規模の革命

 バイオ燃料のために栽培しようとすれば、農地の奪い合いとなって食料価格を押し上げてしまう。
 2000年代に入って10年足らずで、ついに亀裂が生じた。カイロ、ポルトーフランス(ハイチの首都)、ダッカ、モガディシュ(ソマリアの首都)と西アフリカ全域で、米から調理油までの食料品の値上げに抗議する人びとが暴徒化した。
  ――10 農耕生活から都市生活へ

【どんな本?】

 私たちの身の回りには食べ物が溢れている。今の日本で飢えて死ぬ者は滅多にいない。農業従事者はほとんどいないにも関わらず。むしろ今は肥満が問題になっている。

 このような恵まれた状態になるまでに、人類はどのような道のりを経てきたのか。何が食料の生産量を決め、何が増産を阻み、それを人類はどのように克服してきたのか。そして、その過程で、人類はどう変わり、どんな副作用があったのか。

 主に農業と畜産業を中心に、人類と食料の関わりを辿り、また現在の農業・畜産業が抱える問題を浮き彫りにする、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Big Ratchet : How Humanity Thrives in the Face of Natural Crisis, by Ruthe DeFries, 2014。日本語版は2016年1月8日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約260頁に加え、訳者あとがき3頁。9.5ポイント43字×17行×260頁=約190,060字、400字詰め原稿用紙で約476枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

【構成は?】

 原則として時系列順に話は進む。が、各章は比較的に独立しているので、気になる所だけを拾い読みしてもいい。

  • プロローグ 人類が歩んできた道
  • 1 鳥観図 人類の旅路のとらえかた
    • 文明を動かす究極のエネルギーとはなにか?
    • アイルランドの飢饉に学ぶ
    • 歴史を多眼的にとらえて見えてくるもの
  • 2 地球の始まり
    • 地球が生まれた幸運 宇宙のなかの一等地
    • 地球をめぐりめぐるもの 炭素と窒素とリン
    • 多様な生物が必要なわけ
  • 3 創意工夫の能力を発揮する
    • 非凡な能力 遺伝子から創意工夫へ
    • 繁栄への道ならし 道具、火、言葉
    • 重大な一歩 狩猟採集から農耕へ
  • 4 定住生活につきものの難題
    • 大いなる皮肉
    • もうひとつの栄養素 リンをどう補うか
    • 古代文明 川がもたらす豊かな生活
    • 難題に次ぐ難題 労働力をどうするか
    • 古代中国人の一流の知恵
    • ヨーロッパの試行錯誤
  • 5 海を越えてきた貴重な資源
    • 海鳥からの贈りもの
    • 交易によって変わる世界
    • 火をどうやって確保するか
  • 6 何千年来の難題の解消
    • 画期的な技術の開発 突破口をひらく
    • バッファローの骨と埋もれたサンゴを活用する
    • “過剰”という新たな危機
    • 化石燃料の登場 エネルギー不足の解決
  • 7 モノカルチャーが農業を変える
    • 大量生産の実現 ハイブリッド・コーン
    • 背の低さで勝つ 小麦の品種改良
    • 大豆の旅
    • 化石燃料に頼るモノカルチャー
    • 多くなる肉、少なくなるデンプン
  • 8 実りの争奪戦
    • 自然のめぐみを守る カカシから殺虫剤へ
    • 強力な合成殺虫剤DDTのブーム
    • ブームの果てに
    • 病害虫との終わりなき闘い
  • 9 飢餓の撲滅をめざして グローバル規模の革命
    • 緑の革命の波 メキシコからインドへ
    • 「奇跡の米」の誕生
    • 緑の革命の負の側面
    • 野生にかえる
    • 未踏の領域 バイオテクノロジーによる遺伝的操作
  • 10 農耕生活から都市生活へ
    • より脂っこく、より甘く 肥満の脅威
    • 地球からのしっぺ返し
    • 次なる転機のきざし
    • 喧騒のなかへ
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/原註

【感想は?】

 現在の食料生産、実はかなり危ういバランスの上に成り立っているらしい。

 本書の視点は広く遠い。なんたって、太陽系での地球の位置から始まる。そういうスケールから、時間的にも空間的にも現代社会に近づき、パターンと問題を見ていく、そういう本だ。

 テーマは食料。その中でも、農業を中心としている。大きな柱は、肥料と品種改良だ。序盤から中盤では肥料にスポットをあて、中盤から終盤では品種改良や機械化や農薬を駆使する「緑の革命」に注目し、地球全体を舞台としたドラマを描き出す。

 前半~中盤の肥料では、窒素とリンを詳しく述べてゆく。これが実に危うい。

リン鉱石を蓄えた奇異な地質は世界各地に散らばっており、ひと握りの国がその上に陣取っている。(略)世界最大の埋蔵量を誇るのは北アフリカの小さな王国モロッコ、そして政治抗争に揺れる西サハラだ。
  ――6 何千年来の難題の解消

 日本の事情を調べると、やはりヤバそうだ(→PDF、農林水産省の肥料及び肥料原料をめぐる事情)。特にリン。リンは輸入に頼ってる。輸入元はアメリカ・中国・西サハラ・モロッコ。アメリカと中国は輸出を渋りはじめてる。この先、需要は増えても埋蔵量が増える見込みはない。

 昔は、もちっと長続きする方法を使ってた。川底のヘドロを畑に撒いたり、人糞を肥やしにしたり。もっとも、そのオツリとして住血吸虫病などの病気も蔓延したんだけど。

 これを変えたのが、グアノ(→Wikipedia)。数千年分の海鳥の糞などが島に積もり固まったもの。窒素とリンをタップリ含むんで、優れた肥料になる。西欧は大西洋を越えてグアノを持ち帰った。はいいが、所詮は限りある資源。今では掘りつくし、枯れちゃってる。

 次に目を付けたのが、骨。パール・バックの「大地」に、「この国の土は新しい。人間の骨が十分に埋まっていない」なんてくだりがあるように、昔から東アジアじゃ有機肥料をうまく使ってた。が、グアノを使いつぶす西欧人の発想は違う。

 北米大陸には、開拓者が殺したバッファローの骨がたくさん転がってた。これを使えばいいって発想だ。当然、これもやがて枯れる。そして現在はリン鉱石だ。これも使いつぶしてる。人類ってのは、なかなか懲りない生き物らしい。

 どころか、農地から流れ出し、川を伝って湖や海に流れ込んだリンと窒素は水の富栄養化をもたらし、水産資源すら潰す始末。増えた窒素は藻を大繁殖させる。その後、死んだ藻は腐り、水中の酸素を減らす。そして魚やカニが酸欠で死ぬ。いわゆる赤潮や青潮って現象だ。

 なんとかリンだけでもリサイクルできないか、と思って軽く調べたが、今のところは下水処理技術としての開発が主で、肥料として利益を出すには費用も生産量も桁が違う模様。

 こういういたちごっこ、肥料は比較的にサイクルが長いが、病害虫はもっとサイクルが短い。奇跡の農薬と思われたDDTをはじめ、病害虫は次々と耐性を持ち始めている。しかも一つの作物を大量生産するモノカルチャーは、病害虫に極めて弱い。

 とはいえ、とりあえず今までのところ、人類は危機を何度も乗り越えてきた。今までは従来の農法を馬鹿にしてきたが、最近ではマメ類とトウモロコシを同時に栽培する中米の伝統農法についても、その合理性が分かる程度に、科学は進歩している。

 再び危機が来るのか、かろうじて切り抜けられるのか。現代ってのは、思ったよりスリリングな時代らしい。

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2017年9月 3日 (日)

高山羽根子「うどん キツネつきの」東京創元社

「今、あのゴリラ啼かなかった?」
  ――うどん キツネつきの

「ここ、二階なのに地面がある」
  ――シキ零レイ零 ミドリ荘

「人が意志って呼ぶものと本能って一体どこが違うの」
  ――おやすみラジオ

「どうしてでかいねぶたは祭りが終わってずっと置いとくと良くねえか、解るか」
  ――巨きなものの還る場所

【どんな本?】

 短編「うどん キツネつきの」で、2010年の第一回創元SF短編賞の佳作に輝いた新人・高山羽根子のデビュー短編集。

 パチンコ屋の屋上で拾った犬?を育てる、母と三姉妹を描く表題作、ボロい二階建てのアパートに住む個性豊かな住民の日々を綴る「シキ零レイ零 ミドリ荘」、娘ばかり16人も産んだ母と娘たちの物語「母のいる島」、ラジオらしきモノを拾った子どものブログで始まる「おやすみラジオ」、ねぶたを題材にした「巨きなものの還る場所」の五編を収録。

 日常の中に潜む、ちょっと不思議な事柄と、それを受け入れて淡々と暮らしてゆく人々の姿が印象的な、地に足が付いた語り口の「ちょっと不思議」なお話が持ち味。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015国内篇で堂々の7位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月28日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約260頁。今は創元SF文庫から文庫版が出ている。9ポイント43字×19行×260頁=約212,420字、400字詰め原稿用紙で約532枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくないし、あまりトガったSFガジェットも出てこない。ただ、オチで考えさせられる話が多いので、注意深く読もう。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

うどん キツネつきの / 創元SF文庫『原色の想像力』2010年12月
 2010年第一回創元SF短編賞佳作。高梨家は三人姉妹。美佐と和江は高校生、洋子は中学生。その日、美佐と和江は生まれたばかりの子犬らしきモノを拾ってきた。パチンコ屋の屋上に捨てられていたのだ。母の秀美に怒られるかと思ったが…
 確かにぺスは変わった名前かもしれんが、人の事言えないだろおまいらw 実は大掛かりなSFネタを仕掛けているようでもあり、単に「ヒトはなぜペットを飼うのか」って話のようでもあり。のほほんとした語り口で、「それはそれでいいいんじゃない?」な気分にさせるあたり、この作家、なかなかのクセ者なのかも。
シキ零レイ零 ミドリ荘 / 東京創元社<ミステリーズ!>vol.48 2011年8月
 オンボロな二階建てアパート「ミドリ荘」。101号室の篠田のおっちゃんは、とんでもないホラ吹きで、車にはねられ入院した。102号室のグェンさんは真面目な娘さんで、ベトナムから介護の勉強にきた。103号室のタニムラ青年は大学三年生で本の虫。
 大家の孫ミドリと、母子家庭の子キイ坊、二人の子供の視点で話は進む。ワケありばかりの住民に囲まれながら、二人ともなかなかしっかりした逞しい子に育ってます。グェンさんと王さん、言葉は通じてもスレ違いは変わらないあたりが微笑ましい。にしても、エノキ氏、いったいどういう声を出してるんだろ?
母のいる島 / 河出文庫『NOVA6』2011年11月に加筆修正
 総合病院のある港町から、交通船で三時間かかる島。娘ばかり15人も産んだ母も、今回ばかりは危ぶまれ、満身創痍で16人目の杜夢を産んだ。三女の美樹は通信制の高校を卒業し、島を出て働きながら一人で暮らしている。妹の誕生で久しぶりの里帰りとなったが…
 16人姉妹それぞれ、名前に仕掛けがあるのに思わずニヤリ。よく考えたな母ちゃん。いや考えるってだけじゃ済まないんだけどw それでもブタクサ文句も言わず、逞しく育ってる姉妹が微笑ましい。忙しいながら、ちゃんと仕込むべき事は仕込んでる母ちゃんもさすが。
おやすみラジオ / 書き下ろし
 絵手紙教室の講師を受け持っている比奈子は、奇妙なブログを見つけた。書き手は小学四年生のタケシ。彼とブチョとピッチとヒメは、沢山のスイッチやツマミがある黒い箱を拾う。大人には内緒で、四人は箱を調べ始める。
 「小学四年生が書いたブログ」から始まる、ちょっと不思議な事件のお話。昔はネットと現実はスッパリと分かれていたけど、GoogleMap あたりから境がだいぶ曖昧になって、今はポケモンGOなんてのも出てきた。そういうアリガチな「回線の向こう側」をテーマに扱いながらも、この著者の独特の感性が、この人ならではの味を出してる。
巨きなものの還る場所 /  東京創元社<Webミステリーズ!>2014年8月
 昭和47年(1972年)佐藤伝蔵作、国引(→Google画像検索)は近代ねぶたの最高傑作と言われる。父が撮った国引の写真に感動した市哉は、ねぶた師の那美と杉造に手伝いを申し出た。祭りが終われば、傑作とされるねぶたも数年で解体される。参考のため郷土資料館を訪れた市哉は…
 これは是非、長編化しいて欲しい。中国の弔いに始まり、青森のド派手なねぶた、そしてアレやコレなどの美味しい素材をふんだんに使いながら、キモの部位以外を遠慮なく削ぎ落とし、たったの72頁にギュウッと凝縮した贅沢な作品。この短い頁数にも関わらず、主要なキャラはちゃんと立ってるあたりもさすが。

 全般的に、のほほんとしてトボけた味の作品が多い。裏では大きな仕掛けを使いつつ、表向きは家族の物語だったり、住んでいる街の風景だったりと、日常系の雰囲気が漂うのも、この人の特徴だろう。

 にしても、「巨きなものの還る場所」は、是非とも長編にして欲しいなあ。充分に星雲賞を狙える素材だし、今は亡き某氏の受賞作を彷彿とさせる、大傑作の臭いがプンプン漂ってる。

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2017年9月 1日 (金)

エイドリアン・レイン「暴力の解剖学 神経犯罪学への招待」紀伊国屋書店 高橋洋訳

女の殺人犯一人につき、男の殺人犯がおよそ九人いる。
  ――第1章 本能 いかに暴力は進化したか

「遺伝子は、世の中には犯罪者もいればそうでない者もいる理由の半分を説明する」
  ――第2章 悪の種子 犯罪の遺伝的基盤

暴力犯罪者の多くは、いかに重い罪であれ、法を犯す際に発汗したりはしない。
  ――第4章 冷血 自律神経系

警官、税関吏、FBI捜査官、保護観察官でも、欺瞞行為を検知する能力にかけては一般の大学生とたいして変わらない。
  ――第5章 壊れた農 暴力の神経解剖学

テスト前の四日以内に近所で殺人事件が発生すると、読解力のテストのスコアがほぼ10点(標準偏差の2/3)落ちる。同様に、語彙テストのスコアが、標準偏差の半分ほど低下する。
  ――第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル 各ピースをつなぎ合わせる

私はいつも助けを求めていた。だが、誰かを傷つけるまで、手を差し伸べようとする者は一人もいなかった。誰かを傷つけると、人々は私を治療しようとした。だが家に帰るとすべてが同じだった。
  ――第10章 裁かれる脳 法的な意味

常習的な暴力犯罪は、臨床障害なのだ。
  ――第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?

新たな知識が抑圧されたり無視されたりする場合、そこには現状を維持したい特定のグループの願望がつねに存在する。
  ――第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?

【どんな本?】

 カエルの子はカエルと人は言う。競走馬は血統が大事だ。馬に限らず、作物や家畜の品種改良は交配がキモとなる。では、ヒトはどうなのか。背の高さや肌の色が親に似るように、生まれつきの犯罪者がいるのではないか。それとも、環境次第でどうにでもなるのだろうか。

 この問いに対し、著者は大胆にも宣言する。犯罪を犯しやすい体質はある、と。

 だが、血統ですべてが決まるわけではない。それほど単純ではないのだ。血統が良くても問題が起きる場合もあれば、環境で変わる場合もある。事故や病気で運命の歯車が狂うこともあれば、医療措置やサプリメントによる予防や回復も可能だ。

 これが事実なら、現在の司法制度も根本から見直す必要が出てくる。

 主に暴力犯罪を中心に、多くの犯罪者を調べ、または対象群を設定して統計を取り、最新の生物学・医療技術である遺伝子解析やPETなどを駆使して、神経学的に犯罪者を分析し、衝撃の事実を明らかにするとともに、大胆な未来予測を展開する、エキサイティングな科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Anatomy of Violence : The Biological Roots of Crime, by Adrian Raine, 2013。日本語版は2015年3月19日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約542頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×18行×542頁=約439,020字、400字詰め原稿用紙で約1,098枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容はかなり難しい所もあるので、読み方にはコツが必要。例えば脳を解析するあたりは、脳の部署や化学物質などの専門用語がズラズラと並ぶ。

 が、ハッキリ言って、こういう所はテキトーに読み飛ばしていい。いずれは神経学者になるつもりか、ネタを探すSF作家なら話は別だが。

【構成は?】

 全体は大きく3つの部分に分かれる。第2章までは導入編、第3章~第8章は実証編、第9章以降は対策編とでも言うか。

  • はじめに/序章
  • 第1章 本能 いかに暴力は進化したか
    ナンバーワンを求めて 騙し合い/さまざまな文化のもとでのサイコパス/自分の子どもを殺す/自分の妻をレイプする/男は戦士、女は心配性
  • 第2章 悪の種子 犯罪の遺伝的基盤
    二重のトラブル/同じ豆を別のサヤに/だが環境の影響は?/養子の研究 ランドリガンの事例に戻る/ニキビとXYY/卑劣なモノアミン/戦士の遺伝子、再び/「瞬間湯沸かし器」ジミー キレやすい脳の化学/始まりの終わり
  • 第3章 殺人にはやる心 暴力犯罪者の脳はいかに機能不全を起こすか
    殺人者の脳/バスタマンテの壊れた頭 モンテの証言/連続殺人犯の脳/反応的攻撃性と先攻的攻撃性/辺縁系の活性化に対する前頭前皮質のコントロール/「殺人にはやる心」の機能的神経解剖学/配偶者虐待の新たな言い訳?/嘘をつく脳/道徳的な脳と反社会的な脳/ジョリー・ジェーンのなまめかしい脳/ジョリー・ジェーンの脳の何が問題だったのか?/脳の総合的な理解に向けて
  • 第4章 冷血 自律神経系
    有害な心臓/刺激を求めて暴力を振るう/幼少期の共通の性質、成人後の多様性/良心が犯罪を抑制する/今日は恐れを知らぬ乳児、明日は残忍な暴漢/上首尾なサイコパス/血がたぎる連続殺人犯/恐怖心のなさ、それとも勇気?
  • 第5章 壊れた農 暴力の神経解剖学
    脳をベーコンのようにスライスする/フィニアス・ゲージの奇怪な症例/前頭前皮質のさらなる探求/男性の脳 犯罪者の心/留意すべき三つの臨床例/スペインのフィニアス・ゲージ/ユタ州のロシアンルーレット少年/フィラデルフィアのクロスボウ男/生まれつきのボクサー?/恐れを知らないアーモンド?/パトロールする海馬/報酬を手にする/ピノキオの鼻と嘘をつく脳/優秀な脳を持つホワイトカラー犯罪者
  • 第6章 ナチュラル・ボーン・キラーズ 胎児期、周産期の影響
    公衆衛生の問題としての暴力/生まれつきのワル/カインのしるし/掌紋から指へ/妊娠中の喫煙/妊娠中のアルコール摂取
  • 第7章 暴力のレシピ 栄養不良、金属、メンタルヘルス
    オメガア3と暴力 魚の話/強力なミクロ栄養素/トゥインキー、ミルク、スイーツ/重金属は重犯罪を生む/精神疾患は卑劣さを生む/レナード・レイクの狂気
  • 第8章 バイオソーシャルなジグソーパズル 各ピースをつなぎ合わせる
    バイオソーシャルな共謀 相互作用の影響/社会的プッシュ/遺伝子から脳、そして暴力へ/社会から脳、そして暴力へ/あらゆる悪の母 母性剥奪とエピジェネティクス/脳の各部位を結びつける
  • 第9章 犯罪を治療する 生物学的介入
    復習/決して早すぎることはない/決して遅すぎることはない/やつらの首をちょん切れ!/714便 タンタンの冒険/ケーキを食べれば?/脳を変える心
  • 第10章 裁かれる脳 法的な意味
    自由意志はどの程度自由なのか?/慈悲か正義か ページは死刑に処せられるべきか?/報復による正義/ページからオフト氏に戻る
  • 第11章 未来 神経犯罪学は私たちをどこに導くのか?
    日陰から日なたへ 臨床障害としての暴力犯罪/ロンブローゾ・プログラム/全国子ども選別プログラム/マイノリティ・レポート/実践的な問い それは起こり得るのか?/神経犯罪学をめぐる倫理 それは起こるべきなのか?/まとめ 砂に頭をうずめるダチョウになるのか
  •  訳者あとがき/原注/索引

【感想は?】

 考え方によっては、忌まわしい本と言える。なんたって、いきなりロンブローゾなんて名前が出てくるし。

 チューザレ・ロンブローゾ(→Wikipedia)、1835年生まれのイタリア人で犯罪学の始祖。犯罪者には生物学的な要因があると主張した。彼の説は後に優生学を生み出す。

 ところでロンブローゾはユダヤ人と北部イタリア人を頂点としたが、後世の者は意見が違ったようだ。

 ある意味、本書はロンブローゾを再評価する本だ。ただし、人種で優劣を決めるなんて単純でわかりやすい主張ではない。

 ヒトも生物である以上、遺伝の影響はある。肌の色や髪の形質ばかりでなく、酒の強弱も遺伝する。これは肝臓が分解酵素を作る能力のよる。肝臓が臓器であるように、脳も臓器だ。なら、脳の働きだって遺伝するだろう。

 とは言うものの、脳は肝臓ほどわかりやすくない。多くの部位に分かれていて、それぞれの働きもハッキリとは判っていない。そもそも、生きてる脳の働きをジックリ観察する方法なんてなかったし。

 これをfMRI(→Wikipedia)やPET(→Wikipedia)が変えた。どんな時にどの部位が活発に働くか、どんな部位がどんな働きをするのか、少しづつわかってきた。そして、犯罪者の脳にどんな特徴があるのか、も。この特徴は、遺伝も影響するのだ。酒の強弱のように。

 が、遺伝で全てが決まるわけじゃない。戦後、日本人の身長は急激に伸びた。食料事情が変わったからだ。同様に、脳も環境に大きな影響を受ける。ところであなた、刺身は好きですか?サバの味噌煮は?サンマの塩焼きは? この本、こんな事も書いてあったり。

魚の消費量が上がるにつれ、殺人発生率は下がる。
  ――第7章 暴力のレシピ 栄養不良、金属、メンタルヘルス

 これは噂のDHAが関係していて、「暴力の発現を防ぐ遺伝子をオンにする(略)と、理論上は考えられる」。

 実際、DHAの元になるオメガ3(→Wikipedia)を含むサプリメントをモーリシャスの子どもに半年間与えた調査では、投与を終えた半年後にも「攻撃性、非行の度合い、注意力の不足を示す数値がさらに減退し続けた」。似たような試験は刑務所でもやってて、効果はあるらしい。

 こういう栄養素の不足は、他に鉄と亜鉛が挙がってる。という事で、レバニラ定食を食べましょう。

 悩ましい事に、ゲーム脳はあるのかも知れない。たった一例だが、ゲームが犯罪傾向に影響を与えた例が載っているのだ。ただし、更生に役立った例だが。

 豊かで愛情に満ちた家庭に育ったが、手の付けられない不良になtった少年の例だ。彼は集中力に難があった。そこで脳波を測りながらパックマンをプレイさせる。このパックマンは特別製らしく、集中が止まるとパックマンが動かなくなる。これを一年続け結果、見事に彼は更生した。

 脳の性質で、覚醒度が低く集中力に欠ける人がいる。一般にこういう人は、平常時の心拍数が少ない。目を覚まし、生きている実感を与えてくれるのは、犯罪だけだ。そこでパックマン特別製バージョン。集中力を養うことで脳を改造し、普通の暮らしにも刺激を感じるようにするのだ。

 などの理論と実証を経た後、第3部で展開する対策編は、まるきしSFで、かなり挑発的な意見を出している。ここについては私も違う案を考えたが、他の人も様々な案を言いたくなるだろう。

 などの本筋はもちろん、その資金を調達する方法も、いかにもアングロサクソン的。なんと債権を発行しよう、なんて言ってる。効果が出て政府の出費が減ったら、それを配当として債券保有者に還元しましょう、って理屈。リバタリアンが好みそうな方法だなあ。

 犯罪者は生まれで決まる、なんて単純な内容じゃない。むしろ、犯罪を防ぎ犯罪者を更生させるために、最近の医学や犯罪学の知見を使ってくれ、そんなメッセージが込められた本だ。

 読むならちゃんと全部を読もう。聞きかじりで都合のいい所だけを引用すると、どんな理屈にも応用できてしまう。そういう意味では危険な本でもあるが、それだけにエキサイティングな本でもある。とりあえず私は文化サバ定食を食べることにします。いや魚は煮物より焼いた方が好きだし。

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