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2017年9月11日 (月)

齋木伸生「ミリタリー選書23 フィンランド軍入門 極北の戦場を制した叙事詩の勇者たち」イカロス出版

部隊を支える各種車輛の面でも、フィンランドの工業力がこれを供給することは不可能だった。戦車部隊を除いては、フィンランド軍の唯一の機動部隊は、自転車およびスキー部隊であったことがこれを物語っている。
  ――第二章 フィンランド軍の兵器と装備 第一節 陸上兵器・小火器

フィンランド軍の戦車師団は、全保有装甲車輛163輌のうち100輌以上がソ連軍からの捕獲品で、しかも残ったビッカース戦車やドイツ軍の突撃砲なども前述のように一部「ソ連化」されていた。
  ――特別寄稿  4 フィンランド軍 分捕り兵器列伝

フィンランド軍は少数精鋭化を目指すのか。いやそうではない。フィンランド軍の本質は今後も変わることはない。それはテリトリアル防衛システムと国民皆兵制度である。
  ――第四章 第二次世界大戦後のフィンランド軍

【どんな本?】

 1939年11月30日。既にポーランドはドイツに蹂躙され、欧州は第二次世界大戦の暗雲が渦巻いていた。1917年12月6日にロシア帝国から独立したばかりの北欧の小国、フィンランドは存亡の危機に陥る。隣の大国ソ連が、大軍を擁し攻め込んできたのだ。

 フィンランド軍の総兵力は約29万5千、しかも工業力が乏しいため部隊の機械化はほとんど進んでいない。対するソ連は45万の大兵力に加え、戦車2千輌・航空機3千3百機と、装備でも圧倒的な優位にある。

 誰もが絶望的と考えた戦いでありながら、意外な事にフィンランドは持ちこたえ、一部の領土こそ割譲を余儀なくされたものの、国家としての独立は最後まで維持した。雪中の軌跡(→Wikipedia)と呼ばれ世界の注目を浴びた戦いである。

 圧倒的な戦力差を、周到な準備と地の利を生かした戦術でしのぎ、また卓越した外交手腕で戦争を終わらせ独立を維持した冬戦争・継続戦争を中心に、国家としての成り立ちから現在までのフィンランド史をフィンランド軍を軸に描く、軍事解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年8月31日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで約356頁。9.5ポイント47字×19行×356頁=約317,908字、400字詰め原稿用紙で約795枚。文庫本なら厚めの一冊分だが、地図・写真・イラストを豊富に収録しているので、文字数は8~9割程度。

 軍事物のわりに文章は比較的にこなれている。ただ内容はマニア向けなので、少々覚悟が必要。第二次世界大戦前後の欧州情勢が背後にあるが、それについても高校の世界史の教科書に載っている程度の前提知識が必要。

 また、戦場の地図を多数収録しているので、栞を沢山用意しておこう。

【構成は?】

 内容はかなりマニアックだが、序章で大雑把ながら歴史と当時の情勢を説明しているので、意外と初心者でもおおまかな事情はわかるのは親切。

  • はじめに
  • 序章 第二次世界大戦までのフィンランド軍の歩み
  • 第一章 フィンランド軍の戦歴
    • 第一節 冬戦争
    • 第二節 継続戦争
    • 第三節 ラップランド戦争
  • 第二章 フィンランド軍の兵器と装備
    • 第一節 陸上兵器・小火器
    • 第二節 艦船・小型艦艇
    • 第三節 航空機
  • 第三章 フィンランド軍の編成・軍装
    • 第一節 フィンランド軍の創設と発展、編成
    • 第二節 フィンランド軍の軍装
    • フィンランド救国の英雄
       カール・グスタフ・マンネルヘイム伝
  • 第四章 第二次世界大戦後のフィンランド軍
  • 特別寄稿
    • 1 ソ連が未曽有の損害を記録したフィンランド戦争
    • 2 SSフィンランド義勇大隊の戦歴
    • 3 フィンランドにおけるイタリア海軍の戦歴
    • 4 フィンランド軍 分捕り兵器列伝
  • カラーグラフ・ギャラリー
    • 戦争博物館・戦跡
    • 装備・徽章・勲章
  • 付録
    • 関連年表
    • お薦め映画紹介
    • お薦め資料本紹介

【感想は?】

 マニアックなネタながら、見事な力作で、しかも可能なかぎり初心者に親切な作りになっている。

 なんといっても、要所要所に地図が入っているのが凄い。フィンランドの地理などほとんど知らない私でも、なんとか読み進められたのは、豊富に収録された地図のお陰でもある。

 内容の中心をなす冬戦争・継続戦争は、とても劇的な戦いだ。当時のソ連は人口1億6千万ぐらい。対するフィンランドは人口400万に満たない。40倍以上の差である。軽く蹂躙された挙句、ポーランドやバルト三国のように呑み込まれてもおかしくなかった。フィンランドが独立を維持し得たのは、奇跡と言っていい。

 にも関わらず、本書の筆致は冷静で控えめであり、淡々と戦況の変化を追ってゆく。有名なシモ・ヘイヘ(→Wikipedia)やユーティライネン(→Wikipedia)の出番もなく、徹底して俯瞰した視点で戦いの経緯を追うに留めている。

 そんなわけで、雪中の軌跡を起こした原因も、簡単に「これだ」と解るように示してはいない。そもそも戦争という現象が複雑なシロモノなので、単純に一つの原因だけと決めつけられるものではないんだろう。

 とはいえ、幾つかのヒントは示している。

 最も大きいのは、戦争を率いたマンネルヘイムの卓越した能力だろう。

 広く国際情勢を眺め先を見越す外交センス。限られた資源で最大の成果を挙げるべく、自らの背丈にあった目的・戦略・戦術をハッキリと示す判断力と決断力。それに沿った組織や装備を揃える政治力。個々の戦線の戦果に惑わされず、基本方針を守り通す強い意志。

 最初から「マトモに当たったら勝てない」と見越すだけならともかく、予め最小限の被害で食い止めるべく陣地帯を整備するのも常識だろうが、開戦初期から「速やかに陣地帯へと撤退」しちゃうのも賢い。計画的な撤退だけに、焦土作戦で橋を落とし地雷やトラップを入念に仕掛け、敵の前進を阻むのである。

 軍人にとって後退は嬉しくないはずなのに、こういった割り切りをアッサリできるあたりが、プロの凄みを感じる所。転進すら兵に教えていない、どこぞの軍とは大違いだ。

 国際情勢を見据える目も鋭い。

1941年12月21日、マンネルヘイムはリュティ大統領に戦争の見通しについて語った。すでにドイツ軍はモスクワ前面で敗れ、日本の真珠湾攻撃によってアメリカが参戦していた。彼はリュティに言った。「カタストロフが始まった」と。
  ――第一章 フィンランド軍の戦歴 第二節 継続戦争

 と、1941年末の時点で、第二次世界大戦の行く末を見通してる。勢いに任せて戦争を始めた大日本帝国とは大違いだ。

 特に彼の凄みが出ているのは、終戦工作。

「戦える力がかろうじて残っている今こそ、和平協定のテーブルにつかねばならない。もし軍がこれ以上戦えないというのであれば、我々は何を材料にソ連と協定を結べるというのだ。我々に残されているのは完全な屈服だけだ」
  ――第一章 フィンランド軍の戦歴 第一節 冬戦争

 奇跡的な善戦で戦況こそ思ったより有利に進んでいるものの、圧倒的な国力の差はどうしようもない。今は持ちこたえられても、戦いが長引けば戦力は消耗し、結局は体力差で押し切られる。軍の面子などに拘らず、厳しい現実をハッキリと政治家に告げるあたり、「終戦史」に見る大日本帝国との差が…

 戦術レベルでは「モッティ戦術」が特徴だろう。雪原と森の地形に、スキーや自転車の機動力を活かし、敵の前線を分断して補給を絶ち、その後に包囲して個々に潰していく。

 スキーは有名だが自転車ってのにも驚いた。編成でも、独立した自転車大隊が7個の他に、それぞれの師団ごとに自転車中隊がある。当時としちゃ自転車は重要な機動力だったんだなあ。とはいえ、冬は雪原で夏は泥沼と化すフィンランドで、自転車がどれだけ役に立つのか、と疑問に思ったが…

 その自転車、ちゃんと写真が載っているのが嬉しい。一枚だけだけど。雰囲気、蕎麦屋の出前や警官が使うガッチリした実用車みたいだが、サドルの位置が高くてハンドルと同じぐらいの高さ。不明瞭だが、タイヤも太く頑丈そうだ。ちなみに季節は夏っぽい。

 もう一つ驚いたのが、ソリ。雪原の中、なんとトナカイが曳いてる。連隊司令部の前なんで、さすがに前線っじゃないにせよ、お国柄が良く出てる。

 などの写真も豊富なのも嬉しい所だろう。私はコンクリート製の対戦車障害物が印象に残った。地面から高さ1mほどの牙がニョキニョキと生えてる感じで、確かに戦車が進むには邪魔になりそう。

 強大かつ好戦的な大国の隣にありながら、絶妙のバランス感覚と強靭な意志で独立を守り通した小国フィンランド。その秘訣の一部が垣間見える、専門的でありながら初心者にも親切な一冊だ。

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