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2017年8月 2日 (水)

R・P・ファインマン「ご冗談でしょう、ファインマンさん ノーベル賞物理学者の自伝 Ⅰ・Ⅱ」岩波書店 大貫雅子訳

パズルや謎々をやりはじめたら最後、僕はやめられないたちだ。もしあのときあのおばさんが、「あんまり大変なら、もうあきらめなさいよ」とでも言ったとしたら、僕はきっと癇癪を起したに違いない。
  ――1 ふるさとファー・ロッカウェイからMITまで

僕に誰かが何かを説明してくれている間、今でも理論の成否を知るのに使っている、なかなか便利な「策略」があるのだ。それは自分の頭の中で、例を作りあげていくことだ。
  ――2 ブリンストン時代

コンピュータで困ることは、これを使ってついつい遊んでしまうことである。
  ――3 ファインマンと原爆と軍隊

世の中では僕が育てられてきた考え方とは全然違った形で、物事が動いていくもんだ。そういうことに気がついたのは、実に面白い経験だった。
  ――4 コーネルからキャルテクへ ブラジルの香りをこめて

【どんな本?】

 1965年にノーベル物理学賞を受賞した R・P・ファインマン(→Wikipedia)による、お茶目なエピソード満載の自伝的エッセイ集。

 ラジオ小僧だった少年時代、原爆の設計・開発に携わったロスアラモス時代、コーネル大学・カリフォルニア工科大学での教授時代と時は流れつつも、その底に流れるのは人を驚かせて喜ぶイタズラ小僧であり、好奇心いっぱいの野次馬であり、積極的に人生を楽しもうとする陽気なアメリカ人の姿である。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は "Surely You're Joking, Mr. Feynman!" : Adventures of a Curios Character, by Richard P. Feynman with Ralph Leighton, 1985。日本語版は1986年6月23日第一刷発行。私が読んだのは1987年2月25日発行の第12刷。当時はすさまじい売れ行きだったんだなあ。なお、今は岩波現代文庫より文庫版が出ている。

 単行本ソフトカバー縦一段組みでⅠ・Ⅱ巻、本文約302頁+266頁=約568頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント44字×17行×(302頁+266頁)=約424,864字、400字詰め原稿用紙で約1,063枚。文庫でも上下巻でちょうどいいぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。高名な物理学者が書いた本ではあるけれど、理科や数学が苦手でも全く問題ない。たまに「線積分」とか「ポテンシャル」とか出てくるが、「数学か物理の言葉だな」ぐらいに見当がつけば充分に楽しめる。国語が得意なら中学生でも読みこなせるだろう。

【構成は?】

 時系列順に話が進むが、美味しそうな所だけを拾い読みしてもいい。

  •  
  • まえがき
  • はじめに
  • 僕の略歴
  • 1 ふるさとファー・ロッカウェイからMITまで
    考えるだけでラジオを直す少年/いんげん豆/ドア泥棒は誰だ?/ラテン語? イタリア語?/逃げの名人/メタブラスト社化学研究主任
  • 2 ブリンストン時代
    「ファインマンさん、ご冗談でしょう!」/僕、僕、僕にやらせてくれ!/ネコの地図?/モンスター・マインド/ペンキを混ぜる/毛色の違った道具/読心術師/アマチュア・サイエンティスト
  • 3 ファインマンと原爆と軍隊
    消えてしまう信管/猟犬になりすます/下からみたロスアラモス/二人の金庫破り/国家は君を必要とせず!
  • 4 コーネルからキャルテクへ ブラジルの香りをこめて
    お偉いプロフェッサー/エニ・クウェスチョンズ?/一ドルよこせ/ただ聞くだけ?
  •  
  • 4 コーネルからキャルテクへ ブラジルの香りをこめて(続)
    ラッキー・ナンバー/オー、アメリカヌ、オウトラ、ヴェズ/言葉の神様/親分、かしこまりました!/断らざるを得ない招聘
  • 5 ある物理学者の世界
    「ディラック方程式を解いていただきたいのですが」/誤差は七パーセント/13回目のサイン/唐人の寝言/それでも芸術か?/電気は火ですか?/本の表紙で中身を読む/ノーベル賞のもう一つの間違い/物理学者の教養講座/パリではがれた化けの皮/変えられた精神状態/カーゴ・カルト・サイエンス
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 クスクス笑いから大爆笑まで、とにかく笑いが止まらない作品。

 「ノーベル物理学賞を受賞した偉い人の本だから、きっと小難しくて高尚なんだろう」なんて思ったら、大間違い。野次馬根性旺盛なイタズラ小僧の武勇伝と考えた方がいい。

 出だしから、理工系の人には見につまされる話がいっぱい。当時の例に漏れずラジオ小僧で、ジャンクを漁っては修理の腕を磨いている。しまいには腕を活かして小遣い稼ぎしてたり。はいいけど、フォードコイルのくだりは、さぞかしご両親も肝を冷やしただろう。

 なんてのは可愛い方で、ロスアラモスでは原爆の設計・開発なんて軍の最高機密に関わる仕事をしつつ、軍のお偉方が聞いたら卒倒しそうな真似をやらかしてる。なんと、金庫破りの修業だ。とにかく謎を示されると、食いつかずにはいれないタチらしい。

 かと思えば、厳しい検閲をからかうためか、奥さんとの手紙で遊んだり。とことん軍や役人と相性が悪いんだよなあ、この人。

 やはりロスアラモス時代のエピソードで楽しいのが、計算機関係のエピソード。中でも現代のハッカーの元祖、スタンレー・フランケルの物語はヒトゴトじゃない。届いたIBMのマシンを使いこなし、最初は優れた仕事をしていたのだが、ある時パタリと進捗が止まり…。わかるなあ、その気持ちw

 とまれ、当時のマシンは機械式で、速度はファミコンにも遥かに及ばない。てんで、高速化しようとするんだが、ここで使われる手口が、現代の最新鋭CPUや通信制御でも使われてるから面白い。最適化の技法って、基本はあまり変わらないんだなあ。

 など理系のネタも楽しいが、それ以外にもアチコチに手を出してるのが、ファインマンの凄い所。

 絵を描いたり外国語を習ったりと、とにかく好奇心と学習意欲の塊なのだ、この人は。中でも目立つのが、ドラムへの拘り。

 ドラムのエピソードはアチコチに出てくるが、白眉はブラジルでの大暴れだろう。ブラジル学士院に招かれリオ大学で講義をする傍ら、街のバンドに加わり、練習に精を出す。ばかりか… そりゃ給仕頭も驚くよなあw

 とまれ、ブラジルはいい事ばかりじゃない。講義では、ブラジル流の学習法に徹底したダメ出ししてたり。こういう傾向は日本の英語教育もそうだし、最近じゃ掛け算の順番とかが変に話題になってるよなあ…と思ったら、終盤ではアメリカの教育界にも噛みついてたり。

 これはカリフォルニア州の教科書選定に関わった時の体験談。当時のアメリカの教科書の酷さがよく伝わってくる。

 などと偉ぶった人々への軽蔑がよく現れているのは、「平等の道徳性」なるテーマの、学際的な会議に出席した時の話。某社会学者の論文を「翻訳」した話とかは、本好きなら「あるあるw」と笑うところだろうか。ここでは、速記タイピストのオチが強烈。

 対して、偉ぶらない人からは自ら頭を下げて教えを乞うあたりが、野次馬根性もとい学習意欲旺盛なファインマンらしい。読心術師からはタネと仕掛けを教わり、ラスベガスではプロのギャンブラーから必勝法を学び、バーでは踊り子から美人と巧くヤる方法を学ぶ。

 ここで役立つのは、個々の具体的な知識より、それを聞き出す方法だろう。思ったより簡単に聞き出せる場合もあるが、本腰を入れて学ばなきゃいけないものもあるけど、いずれにせよ、その道の達人を敬っている事はよくわかる。

 夏休みの読書感想文のネタとしちゃ、ノーベル物理学賞に輝いた人の本だから教師にはウケがいいだろう。気に入ったエピソードを書き写せば、枚数も稼げる。でも、それ以上に、とにかく意外性とユーモアにあふれ、人生を楽しむコツもタップリ詰まった本だ。肩の力を抜いて、ニヤニヤしながら読もう。

 あ、ただし。物理学の勉強には、全く役に立たないので、そのつもりで。

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