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2017年8月25日 (金)

ジョナサン・ウォルドマン「錆と人間 ビール缶から戦艦まで」築地書房 三木直子訳

錆による被害の総額は、錆以外のあらゆる自然災害による被害を足し合わせたよりももっと大きく、その年額はアメリカの国内総生産の3%にあたる4370億ドルにのぼる。
  ――序章 蔓延する脅威 錆という敵

そんなわけで、アメリカ側の修復チームはまず、(自由の)女神像が巨大な電池と化しているということを発見した。
  ――第1章 手のかかる貴婦人 自由の女神と錆

実際、強靭で健全なアルミ缶の製造はものすごく難しく、膨大な量の研究と設計、そして精密な機械加工を必要とするため、アルミ缶は世界で最も工学的に優れた製品であると考える人が多いのである。
  ――第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン

全体として、「防錆政策および監督局」は出資するプロジェクトの平均的費用対効果は、会計監査院の予測では50倍である。
  ――第6章 国防総省の錆大使

…全国防食技術者協会(NACE)によれば、亜鉛めっきした建造物の建造および維持費用の総額は、塗料を使った建造物の建造・維持費の1/2から1/3なのである。
  ――第7章 亜鉛めっきの街

錆は、比較的限られた場所に集中して起こり、それがさらに錆を引き起こす。
  ――第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆

【どんな本?】

 錆びたフライパンは目玉焼きを焦がす。この程度なら可愛いが、時として錆は船を沈め、橋を落とし、人工衛星をただの宇宙ゴミに変えてしまう。錆はあらゆるモノを腐らせ弱らせる。

 そんな錆を防ぎ、被害を減らすため、日夜戦い続ける者たちがいる。製鉄・自由の女神・飲料用の缶・軍用輸送機・石油パイプライン、それぞれに異なるアプローチで、異なる問題に挑み続けてきた。

 彼らはどんな人間で、どんな問題に向き合い、どう対処しているのか。身近なアルミ缶から巨大な廃工場、そしてアラスカのパイプラインまで、著者は錆とそれに関する人々を追い、ユニークで意外性に満ちた物語を掘り起こす。

 身近でありながら注目されない錆をテーマに、現代文明の知られざる面を照らし出す、楽しい科学・工学ルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は RUST : The Longest War, by Jonathan Waldman, 2015。日本語版は2016年9月6日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本部約343頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント25字×22行×2段×343頁=約377.300字、400字詰め原稿用紙で約945枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容も難しくない。金属が錆びるのは化学変化だが、特に化学の知識は要らない。分子式も滅多に出てこない。私が覚えているのは一か所だけだし、それも無視してかまわない所だった。単位系もたいていメートル法に換算した値を訳者が補っている。

【構成は?】

 エピローグを除き、各章は独立しているので、気になる所だけを拾い読みしていい。

  • 古いオンボロ船
  • 序章 蔓延する脅威 錆という敵
  • 第1章 手のかかる貴婦人 自由の女神と錆
    侵入者/錆びた女神/修復基金の設立/100年目の化粧直し/修復を巡る思惑/国定腐食修復地
  • 第2章 腐った鉄 錆と人間の歴史
    腐食の発見/酸素と金属
  • 第3章 錆びない鉄 ステンレス鋼の発見
    ハリー・ブレアリーという男/貧しい生い立ち/鋼鉄に恋して/時代の変遷/錆びない鉄鋼/ステンレスのナイフ/ベッセマー・ゴールドメダル/理想主義者の最後
  • 第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン
    ネズミを溶かす飲料/缶と腐食/フレーバールーム/ボール・コーポレーション/缶詰誕生/缶の進化/缶の秘密/カン・スクールとBPA/不確かな安全性/死の薬
  • 第5章 インディアナ・ジェーン 錆の美
    錆のフォトグラファー/雪の中の製鋼所/写真家の好奇心/溶鉱炉の死
  • 第6章 国防総省の錆大使
    防食の帝王/軍隊を襲う錆/ダンマイアーの戦い/スター・トレックと防食ビデオ/「防食対策と監督」局/錆大使の任命/防食と塗料/戦士の育成/国防総省の変わり者/優れた費用対効果
  • 第7章 亜鉛めっきの街
    めっきと塗装/亜鉛で覆う/劣化しない橋
  • 第8章 錆と戦う男たち
    防食技術者という仕事/変わり者たち/全国防食技術者協会
  • 第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆
    ≪0キロ地点≫:旅の始まり/パイプラインと腐食
    ≪167キロ地点≫:追跡/ピグの誕生と発達/ピグのミステリー
    ≪231キロ地点≫:小休止/完全性マネージャー
    ≪257キロ地点≫:アラスカ州政府との攻防
    ≪725キロ地点≫:漏洩事故が与える影響/原油量の減少という危機
    ≪883キロ地点≫:ピグとロウ
    ≪1287キロ地点≫:到着前夜/最果ての終着点
  • 第10章 暮らしの中の防錆用品
    防錆専門店/一般家庭の錆/防錆詐欺/商売の理由
  • 第11章 防食工学の未来
    維持管理の重要性/学問としての防食/錆と国家
  • エピローグ
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 原書より日本語版の方が、書名は適切。

 原書は RUST : The Longest War。錆:終わりなき戦い。日本語版では「錆と人間」。原書は錆そのものがテーマにように見える。確かに内容の半分はそうだ。が、残りの半分は、錆と戦う人に焦点を当てている。

 それが最も強く出ているのは、「第3章 錆びない鉄 ステンレス鋼の発見」だろう。ここでは、ステンレス(→Wikipedia)の発明者ハリー・ブレアリー(→Wikipedia)にスポットをあて、鉄鋼屋の魂を生き生きと描き出してゆく。

 貧しい生い立ちでロクな教育は受けていないが、12歳で製鋼会社の研究助手となり、学問と技術を身につける。冶金に入れ込み、業界でも認められてゆく。ただし営業トークは苦手なようで、ステンレスの売り込みには苦労したらしく…

ハリー(・ブレアリー)はステンレス鋼について、成功させる方法以外は何でも知っている

 なんて言われている。現場にこだわるあたりは、いかにも叩き上げで職人肌だが、同時に柔軟な考え方を強調する所は、やっぱり技術屋だよな、と感じる所。

 やはり人物伝として楽しいのが、「第5章 インディアナ・ジェーン 錆の美」。ここではインディアナ・ジェーンことアリーシャ・イブ・サックが主役を務める。錆の美しさに捕えられた写真家だ(→Google画像検索)。ペンシルバニア州の廃鉄工所に忍び込み、警備員の目を盗んで写真を撮り続ける。

 彼女の行動力も凄まじいが、私はそれより写真の難しさを思い知った。なんたって、「昨日までに撮影した28,093枚の錆の写真のうち、ご褒美は113枚である」ときた。ご褒美とは、「自分が気に入り、売れる写真」。

 プロが危険を冒し工夫を凝らして撮っても、「いい」と思える写真は1%もない。欲しい光を求めて朝から晩まで張り込み、何度もアングルを変え、また同じ位置で露出時間を幾つも変えて撮り、それでも使えるのは1%未満。

 プロでこれなんだから、素人の私が一発でいい写真なんか撮れるわけないよなあ。いい写真が欲しかったら、もっと撮りまくらないと。特にデジタルカメラはフィルムに比べりゃ、写真1枚にかかる費用もタダみたいなもんだし。

 対して科学・技術方面の印象が強いのは、「第4章 缶詰の科学 錆と環境ホルモン」。ここのテーマは、飲料のアルミ缶だ。著者はアメリカ最大の缶メーカーが主催するカン・スク-ルに潜り込む。が、BPA(→Wikipedia)について突きすぎ、叩き出されてしまう。そりゃそうだw

 が、ここで描かれるアルミ缶製造技術は、驚きの連続。なんといっても、中身ごとに缶の作りが違うってのが凄い。

 所詮、缶はアルミ、金属だ。金属は酸や塩で錆びる。その缶に、酸たっぷりのレモンジュースや、塩分たっぷりのアイソトニック飲料を入れれば、当然錆びる。だけじゃない。イチゴやサクランボは色が褪せるし、豆は硫黄を含むんで黒ずんでしまう。

 そりゃ困るってんで、缶の内側をプラスチックの膜で覆い、缶と中身が直に触れないようにした。この膜の厚さの調整が難しい。モノにより必要な塗料が違い、「コーティングには15,000種類以上」ある。加えて、膜の適切な厚さもモノにより違う。

 ビールは比較的に薄くて済むが、コカ・コーラはやや厚く、レモン系は酸性が強いのでもっと厚い。だもんで、飲料ごとに専用の缶が必要になる。飲料メーカーが新しい製品を売り出すたびに、専用の缶を開発しているわけ。にも拘わらず、工場じゃ毎日600万個の缶を作っている。なんちゅう製造速度だ。産業パワー恐るべし。

 やはり巨大産業の脅威を感じるのが、「第9章 錆探知ロボット パイプラインと錆」。アラスカ半島を縦断する1000kmを越える石油パイプラインを、調査・保守・管理する者たちの話。ここでパイプラインを次から次へと襲うトラブルは、巨大メカが好きな人の背筋を凍らせるものばかり。

 デカいモノってのは、沢山の部品からなっている。それだけに、トラブルの種類もバラエティに富んでいる。維持管理の手間も半端じゃないのだ。ここじゃ日本のNKKも少し出てきて、彼らの行動がいかにも日本人なのに苦笑い。

 地味ながら意外と高級取りな技術者たちだが、彼らが感じる所属組織の体質は、日本の技術者たちも大いに賛同するだろう。錆なんて一見地味なネタだが、その向こうにはとてもエキサイティングな世界が広がっていた。何であれ、何かに凝るタイプの人には、特にお薦めの一冊。

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