触媒学会編「トコトンやさしい触媒の本」日刊工業新聞社B&Tブックス
一体、触媒とはどのような物質で、どんな役割をしているのでしょうか?化学の教科書では「反応物質よりも相対的に少量で、反応速度を促進させ、それ自身は反応中消費されない物質」と定義されています。
――はじめに元素の手の数は決まっており、水素(H)と、酸素(O)と窒素(N)と炭素(C)の手の数がそれぞれ1,2,3,4ということだけです。
――第1章 触媒って何だろうラジカルとは、一本の手が何にも掴まっていない状態の分子の総称で、これがエチレンの分子を「攻撃」するのです。
――第4章 触媒を駆使する化学産業
【どんな本?】
触媒。名前はよく聞くが、どんなモノかはイマイチよくわからない。かつて自動車の排気ガス規制が厳しくなった時、よく話題になったような気がする。
が、実際には、現代文明を支える重要な技術であり、また私たちの体内でも命をつなぐ大切な役割を担っている。
触媒とは何か。それは何で出来ていて、どんな働きをするのか。どんな特徴があり、どこで使われて、どんな役割を果たしているのか。そして、将来的にはどんな触媒が考えられるのか。
大学・企業の幅広い研究者たちによる、一般向けの科学・工学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2007年2月28日初版1刷発行。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約140頁。9ポイント23字×17行×2段×140頁=約109,480字、400字詰め原稿用紙で約274頁。小説なら中編の分量だが、図版やイラストを豊富に収録しているので、実際の文字数は半分程度。
文章はです・ます調で一見親しみやすいが、専門家が書いた文章らしく、読んでみるとやや堅い。本来、化学の広く深い知識が必要な内容だが、素人に伝わるように色々と工夫している。が、基礎から最新技術までカバーするにはさすがに頁数が足りず、駆け足になっている所がアチコチに見られる。
このシリーズの特徴は、知識と経験が豊富な、その道の一人者が著す点だ。反面、ド素人向けの著述は不慣れな人が多く、とっつきにくい文章になりがちである。著者の長所を引き出し短所を補うため、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。
- 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
- 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
- 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
- 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す。
- 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
- 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
- カラフルな2色刷り。
- 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたい。
- 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。
この本は多数の執筆者によるものだが、例えば元素同士の結合の様子を「手がn本」という言葉に統一するなど、丁寧な編集がなされている。
【構成は?】
はじめに
第1章 触媒って何だろう
第2章 触媒はどんな形をしているか
第3章 エネルギー・環境と触媒
第4章 触媒を駆使する化学産業
第5章 グリーンケミストリーと触媒
第6章 意外な触媒の利用
第7章 ノーベル賞と触媒
元素の周期律表(元素索引)/参考書/索引/奥付
第2章までは基礎編として原理の話、第3章以降は応用編として使われ方の紹介が多い。
【感想は?】
「尺が全然足らねえ!」という執筆者の悲鳴が聞こえてきそうな本。
第2章までは、基礎編としてどうにかついていけた。特に「手がn本」とか酸とアルカリの違いなどは、今更ながら化学の基礎をおさらいできて、とっても得した気分になる。
特に表面積の話からゼオライト(→Wikipedia)に向かうあたりは、お話の流れとして実に巧い。ZSM-5(→Google画像検索)の形とかも、なんかフラクタルっぽいと思ったが、どうやら違うみたいだ。でも不思議な形だよなあ。
と、第2章までは、なんとか振り落とされずに済んだのだが。
通して読むと、触媒が現代文明を支えている事は充分に伝わってくる。特に中盤以降は、様々な産業での触媒の使われ方の紹介が中心だ。
ここでは、「もっと詳しく説明したいのに、なんで2頁しかくれないんだ」とか「他にも面白いネタが沢山あるのに、頁をくれない」みたいな雰囲気がプンプン匂ってくる。
というのも。第3章以降は、実際の応用例が中心を占めている。産業として成立させるまでには多くの問題があって、それを分からせるには広く深い化学の知識が必要だ。でも、この本にはそんな余裕はない。
ってんで、理屈の部分はアッサリと触れるだけにして、「こんな風に触媒が使われてるんですよ」と、見栄えのいい結果だけをポンと出した、そんな雰囲気の話が多くなる。
とまれ、その例も石油関係の話が多くて、クルマ好きや国際問題や環境問題に関心のある人には、興味深い話が多い。例えばクリーン・エネルギーとして期待されている水素だ。キレイなのはいいが、どっから水素を調達するうんだろう? と思っていたら。
なんと、「大部分の水素は意外にも天然ガスや石油成分(炭化水素)を原料としています」。おーい。
石油の主な成分は炭素Cと水素Hの化合物だ。これに水H2Oを加え、水素H2と二酸化炭素CO2を取りだす。結局、今の調達方法じゃ、出てくる二酸化炭素の量は変わらないって事じゃないか。
やはり現代の応用例として驚いたのが、空気からアンモニアを作るハーバー・ボッシュ法。20世紀前半の食糧危機を乗り越える原動力となった、偉大な発明だ。これに関わっているのが、鉄触媒。Fe3O4。いわゆる黒錆だ。どういう理屈かは全くわからないが、意外なモノが意外な所で活躍してるんだなあ。
身近なモノでは、ポリエチレン(→Wikipedia)の製造法が面白い。スーパーのポリ袋でお馴染みのアレだ。分子式はCH2がヒモのように次々と並ぶ形。アレ全体が巨大な一つの分子なのか。これを作るには、エチレンにラジカルを一個突っ込むと、次々とエチレンがポリエチレンにかわってゆくのですね。
などと様々な所で活躍している触媒だが、泣き所もある。その一つがお値段で、白金(プラチナ)などの貴金属を使う場合が多い。
だもんで、例えばクルマを廃車にする時は、排気ガス浄化装置を「丁寧にハ外されて集められます」。そりゃそうだよなあ。その結果、「白金などの貴金属の回収率は95~98%」というから、たいしたもの。意外な所に貴金属が使われているんだなあ。
はいいけど、なんで白金なの? その辺の説明も欲しかったなあ。
なんて不満がある人は、巻末の参考文献から手繰って知識を深めましょうって事なんだろう。そういう意味では、入門書として巧い構成なのかも。
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