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2017年8月16日 (水)

エドワード・ヒュームズ「『移動』の未来」日経BP社 染田屋茂訳

この本は、交通に関する推理小説だと思っていただきたい。ただし目的は犯人を見つけることではない。これまで陰に隠れていた事実や場所、神話にスポットをあてて、買ったものがその日に届く、交通過密なこの世界の仕組みを知ることである。
  ――序文 300万マイルの通勤

製造に使われる原材料のなかで唯一、アルミニウムは無限にリサイクルが可能なのだ。(略)しかもリサイクルした場合のほうが、ポーキサイトを採掘して精製する場合と比べて、92%もエネルギーを削減できる
  ――第2章 缶のなかの幽霊

1979年までにさかのぼる、アメリカとイギリスで行われた大規模な調査によれば、90~99%の交通事故の責任は人間の過失にあるという。
  ――第4章 1週間に旅客機4機

ドミノ・ピザ社の本当のビジネスはピザづくりではない。物流と輸送なのだ。
  ――第6章 ピザ、港、そしてバレンタイン・デー

「なぜ港が要るんです?」その女性は尋ねた。「ここにはウォルマートがあるのに」
  ――第7章 物流レディース

UPSは2004年に有名な左折禁止ルールを定めた。(略)左折の9割を回避するルートを選択すれば、アイドリングの時間は1年間で9800万分(約163万時間)(略)節約できることがわかった。さらに左折は右折と比べて衝突事故は10倍、歩行者の死亡事故は3倍起きている
  ――第10章 最後の1マイル

ヒューストン市が2010年に交差点から赤信号監視カメラを撤去すると、重傷事故が84%、死亡事故も30%、全体で交通事故が116%増加した。
  ――第13章 未来の扉

【どんな本?】

 iPhone は、あなたの手元に届くまで、少なくとも25万kmを旅する。部品を世界中から調達し、様々な工程を多くの国が担っているため、各部品の移動距離を足すと、それぐらいになるのだ。無駄なように思えるが、そのお陰でアップル社はコストを削減できている。

 これらの部品は、どのように旅をするのか。その旅の途中で通る港や道路や倉庫、乗り込む船やトラックの現状はどうなっているのか。旅程を調整するサプライヤーや施設を管理する港湾局長、配送を担う運輸業者は、何をやっているのか。

 道路を使うのは業者ばかりではない。ロサンゼルスの道路は連日渋滞している。だが、そんな道路事情に、新しい動きが出てきた。若い世代は自動車を持たず、Uber などの配車サービスが活況を呈し、グーグルカーなどの自動運転車が登場しつつある。

 物品の流通から人間の移動、ロサンゼルス港など運輸施設の管理からUPSなど配送業者の実態、iPhone からコーヒーなどモノの移動経路、そして疲弊しつつあるアメリカの輸送基盤と、それを解決する思い切った提案まで、モノとヒトの移動に関わる現状と展望を描く、驚きに満ちたドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Door to Door : The Magnificent, Maddening, Mysterious World of Transportation, by Edward Humes, 2016。日本語版は2016年10月31日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約390頁に加え、付録14頁。9.5ポイント43字×18行×390頁=約301,860字、400字詰め原稿用紙で約755枚。文庫本なら厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。距離はマイル表記だが、1.6倍すればキロメートルになる。また、ご存知のようにアメリカは自動車が右側通行。

【構成は?】

 序文が見事に全体をまとめているので、味見にはちょうどいい。各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 序文 300万マイルの通勤
  • 第1章 朝のベル
  • 第2章 缶のなかの幽霊
  • 第3章 朝のコーヒー
  • 第4章 1週間に旅客機4機
  • 第5章 13日の金曜日
  • 第6章 ピザ、港、そしてバレンタイン・デー
  • 第7章 物流レディース
  • 第8章 エンジェルズ・ゲート
  • 第9章 バレエの動き
  • 第10章 最後の1マイル
  • 第11章 交通のピーク
  • 第12章 楽園のロボット
  • 第13章 未来の扉
  •  付録/謝辞/注/おもな企業・団体・個人名索引

【感想は?】

 やはり交通・流通関係の本は面白い。誰にも身近で関係がある上に、意外性に満ちている。

 まずは iPhone だ。ホームボタン1個を作るだけでも、中国の湖南省→江蘇省→台湾の高雄市→日本… と、極東をウロつきまわる。外交的には犬猿の仲のはずの中国と台湾が、iPhone の製造では仲良く?力を合わせているのだ。

 ジュースやビールでお馴染みのアルミ缶が、リサイクルの優等生なのも意外。リサイクルしても品質は落ちず、どころか安上がりだったりする。しかも、かつてのクズ鉄のように、アメリカの缶製造企業は、「ヨーロッパをはじめ、世界各国から使用済みの缶を輸入」してたり。グローバル化すげえ。

 これを支える基盤の一つ、ロサンゼルス港の規模と、その存在感の薄さも驚き。混雑時には、入港待ちの貨物船の列が32kmも並ぶ。それでもコンテナ化で飛躍的に効率は良くなったのだ。昔は1時間かかってた荷揚げが、たった2分で終わるのだから。

 当然、クレーン操縦士は高給取りだ。「週30時間労働で年収は25万ドル」。下手な医者よりよっぽど稼いでる。これは水先案内人も同じで…

 この辺で描かれる海運業界の実態も、驚きの連続。ナンバーワンがデンマークの会社だったり、コンテナ船の建造を日本と韓国がリードしてたり、アメリカの衣料の97%が輸入だったり。ウォルマート恐るべし。

 などと港の話はデカいだけに私の中の男の子が騒ぎ出すが、陸に上がると呑気に喜んでもいられない。とにかくアメリカの交通事情は恐ろしい。2014年だけでも、自動車の交通事故で3万5千人以上が亡くなっている。

 これは銃で亡くなった人とほぼ同じ。アメリカ旅行じゃ銃と同じぐらい車に気を付けなきゃいけない。ちなみに同年の日本の交通事故死は4千人ぐらい。人口比で調整しても、アメリカの道路は3倍以上ヤバい計算になる。

 なんでこんなに酷いのか。

2014年、ウォールストリート・ジャーナル紙が交通裁判および刑事裁判のデータを徹底調査し、ニューヨーク市の交通死亡事故の95%が起訴にいたらなかったことを明らかにした。

 そう、アメリカはドライバーに異様に甘いのだ。「なら道路交通法を変えろよ」と日本人なら考えるだろう。ところが、これがうまくいかない。そんな事を議員が言い出すと、確実に議席を失う。

 アメリカじゃ大半の市民はドライバーでもあり、みんなクルマびいきなのだ。自転車をひき逃げした事故のケースでも、多くの市民は「道路を塞ぐ自転車が悪い」と決めつける。運転免許を取るのに縦列駐車を免除する州まであるってんだから呆れちまう。

 お陰で交通マナーは良くならず、どころか重く頑丈なSUVの流行はタフガイ気どりのオラオラ運転を蔓延させる始末。

 自動運転を目指すグーグルカーは、そういう状況から生まれた。単に便利ってだけじゃない。アメリカの、特に西海岸じゃ、命がけの問題だったのだ。である以上、近い将来に無人自動車が普及するだろうと思うんだが…

全米都市連盟が、国内の人口上位50に各州最大の都市を加えた合計68の都市を対象にそれぞれの交通計画を分析したところ、無人自動車の潜在的な影響を考慮して計画を立てていた都市はわずか6%だった。

 と、政府や役人の発想は全滅に近いありさま。これは日本でも似たようなモンだろうなあ。どうせ経済特区を作るなら、Google と協力して無人自動車特区でも作ればいいのに。巧くいけば外科医が余るだろう。

 本書のネタの大半はアメリカ国内の話だが、UPSは宅急便みたいなモンだし、ドミノ・ピザや Uber は既に日本に進出している。渋滞に悩む都市も多いし、日本が貿易で食うためには港湾が経済の命運を握る。そう思って読もう。とっても身近で切実な話題が詰まったエキサイティングな本なのだから。

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