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2017年7月14日 (金)

ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」河出書房新社 真田由美子訳

本書では、キッチンで使う料理道具が、私たちの食の中身や食のあり様、食に対する考え方にどのような変化をもたらしたかを探ってゆく。
  ――はじめに

人類最初の調理法は炙り焼きだった。炙り焼きの起源は数十万年前にさかのぼることが実証されている。それに対して土器の調理用鍋の歴史はわずか9000年から一万年前に始まる。
  ――第1章 鍋釜類

火は管理する必要がある――火を熾し、適切な温度に保ち、昼間十分な燃料をくべて、夜間は家が火事にならないように火力を落とす。こうした一連の作業が家事で大きな比重を占める生活は、ガスオーブンが登場する今から150年前まで続く。
  ――第3章 火

アメリカ人は人間を月へ送るのにも、18世紀のロンドンで使われていたパイントやブッシェルで考えていた。
  ――第4章 計量する

ヨーロッパにおいて、ルネサンス時代の料理に最大級のイノベーションが起こった。卵の膨張力を使ってお菓子を焼くと膨らむことを発見したのだ(略)。こうしてケーキが誕生した。
  ――第5章 挽く

新しい料理テクノロジーが導入される時は、それがどんなに有用であろうが、いつもどこかから敵意や抗議が巻き起こり、従来の方法が安全で優れている(事実そういう場合もあるが)との声が上がった。
  ――第8章 キッチン

【どんな本?】

 台所はたくさんの道具で溢れている。鍋,包丁,ガスコンロ,ピーラー,冷蔵庫…。電子レンジのように最近になって登場した物もあれば、かまどのように廃れた物もある。西洋のシェフは多数の包丁を使い分けるが、中国の料理人は一本の中華包丁を見事に使いこなす。

 鍋釜は料理に「煮る」という優れた手法をもたらした。冷蔵庫の普及は生活スタイルを変えた。そしてナイフはヒトの顔の形すら変えてしまったらしい。そして今は、最新テクノロジーと柔軟な発想を駆使して新たな調理法と味の開拓を目指す分子ガストロノミーが登場してきた。

 身近な台所を通し、古今東西の調理法や食の実態を掘り起こす、楽しくて美味しい一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Consider the Fork : A History of Invention in the Kitchen, by Bee Wilson, 2012。日本語版は2014年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×330頁=約294,690字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。当然、自分で料理する人ほど楽しめるが、最も楽しめるのは、料理はするけどあまり上手じゃない人だったりする。

【構成は?】

 各章は独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 鍋釜類
  •  コラム 「炊飯器」
  • 第2章 ナイフ
  •  コラム 「メッツァルーナ」
  • 第3章 火
  •  コラム 「トースター」
  • 第4章 計量する
  •  コラム 「エッグタイマー」
  • 第5章 挽く
  •  コラム 「ナツメグおろし」
  • 第6章 食べる
  •  コラム 「トング」
  • 第7章 冷やす
  •  コラム 「モールド(型)」
  • 第8章 キッチン
  •  コラム 「コーヒー」
  •  謝辞/訳者あとがき/参考文献/資料文献

【感想は?】

 私たちの先祖の苦労がしのばれる。

 例えば、火だ。料理に火は欠かせない。私たちは、様々な形で火(または熱)を扱う。ガスコンロ、オーブン、炊飯器、そして電子レンジ。

 でも、昔はそんな物はなかった。火は常に見張らなければならないものだったのだ。熾すのも面倒だが、使い終わっても、常に絶やさぬよう見張んなきゃならない。

 火事の危険もある。昔のイギリスの厨房は別棟だった。火事になっても本館は被害にあわずに済む。使用人にとっちゃ酷い話だが、それぐらい火はヤバいシロモノだったんだろう。それを考えると、木造家屋に住む日本人が、よくもまあ人口の密集した江戸なんて街を作ったものだ。

 やはり苦労を感じるのは、「第5章 挽く」。

 「パンの文化史」や「大聖堂・製鉄・水車」「水車・風車・機関車」などでも詳しいのだが、動力を使わずに粉を作るのは、大変な重労働なのだ。中東の墓地遺跡から出る女性の遺体からは、「膝、腰、足首の骨には、深刻な関節炎の跡」がわかる。

 現代のスーパーで買った小麦粉を彼らに見せたら、どう思うだろう。真っ白でサラサラで混じりっけなしの小麦粉が、百円足らずで買えてしまう。しかも薄力粉と強力粉が綺麗に分かれてる。

 そんな粉挽きの手間を省くため、欧州では水車や風車を使い、それが歯車やクランクなど機械工学を発達させる。水車を蒸気機関に置き換えたのが産業革命。なんだが、蒸気を仕事に変えるってのは、ちと発想に飛躍がある気がする。と思っていたんだが、熱を仕事に変える発想は、既にあった。

 イギリスの名物と言えばローストビーフ。牛肉の炙り焼きだ。

 大きな鉄串に牛肉を刺して、回しながらじっくり焙る。この串を回す係を、動物にやらせようって発想が、16世紀~17世紀にあった。当時は犬やガチョウが回転ドラムを回していたが、17世紀には火の熱で温まった空気で翼を回す「煙回転機」が出てくる。

 熱を回転運動に変える発想は、17世紀にあったのだ。もっとも、ジェームズ・ワットがこれを知っていたとは限らないけど。

 これから料理を始めようって人が、まず困るのはレシピ。今はインターネットで調べりゃいくらでも出てくるが、昔のレシピ本は結構いい加減なものが多かった。「小麦粉ひと握り」とかね。慣れた人なら雰囲気でわかるだろうが、これから料理を始めようって素人には不親切極まりない。

 これを変えたのがアメリカのファニー・メリット・ファーマー。彼女はレシピ本で、ティースプーン一杯・カップ一杯など、全ての食材の量をハッキリと示し、ベストセラーとなる。こういう素人に親切な本を書けた理由が、これまた面白い。

 幼い頃の彼女は、ほとんど料理をしなかった。30近くになって料理学校に入り、才能を開花させる。大人になってから料理を覚えたのが、彼女の特徴であり、親切な料理書を書けた理由でもある。

 幼い頃に料理を覚えた人は、それぞれの食材に必要な調味料の量などを、体で覚えている。はいいが、体が覚えていることを言葉にするのは難しい。その点、彼女は何も知らなかったから、頭で覚える必要があった。だから、プロの料理人が書けない部分を、彼女は文章にできたのだ。

 料理だと、他にもキッチリ測らにゃならんものが幾つかある。例えば時間。カップ麺でも、3分と5分じゃだいぶ違う。でも昔は時計なんかなかった。じゃ、どうするか。

「加熱しながら攪拌してソースを作るにはラテン語の主の祈りを三回唱えよ」

 当時はみんな教会に行ってたから、お祈りのテンポは誰でも知っている。だから時間を測る基準になったわけ。ファンタジイとかに出てくるレシピに「蓋をして呪文を三回唱えよ」とか出てくるのも、ちゃんとネタがあったのだ。

 などと野次馬根性で面白い話が多いのはいいが、OXOピーラーや中華包丁など、色々と台所用品が欲しくなるのは困りものかも。特に中華鍋が欲しいなあ。

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