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2017年7月17日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「跳ばないよ。彼らの一人でも残っているうちはね」
  ――上巻p330

「僕の、きっと究極の、敵だ」
  ――下巻p60

「――しかし、ヒトとはなんだ?」
  ――下巻p233

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第九弾。

 21世紀初頭、突然人類を襲った感染症・冥王斑。罹患者の大半は死ぬが、稀に生き延びる者がいる。人類の太陽系進出と共に、抑圧される罹患者たちは≪救世群≫として独立した社会を築きあげた。

 25世紀、≪救世群≫は異星人カンミアと接触、身体改造技術を受け強靭な肉体を手に入れ、また冥王斑を太陽系全体に拡散し、人類の大半を殺戮した。

 かろうじて生き残った小惑星セレスでは、少年たちが泥縄式に社会を築き上げてゆく。しかし≪救世群≫もセレスに到着、両者は互いに接触がないまま、セレスは太陽系を離れ何処かへ向かう。

 そして29世紀。セレスはメニーメニー・シープと名乗る世界が成立していた。そこに現れた≪救世群≫のイサリをきっかけとして、互いの正体を知らぬまま両者は衝突へと向かってゆく。

 だが、この両者の対立の奥では、全く異なる存在の思惑が蠢いていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2015年12月25日発行、PART2は2016年10月25日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約324頁+382頁=706頁に加え、下巻に「最終巻の手前でのあとがき」4頁。9ポイント40字×17行×(324頁+382頁)=約480,080字、400字詰め原稿用紙で約1,201枚。上中下の三巻にしてもいい分量。

 文章は読みやすい。ただ、内容は相当に敷居が高い。SFなガジェットが次々と出てくるのもあるが、それより大長編小説の終盤だから、というのが大きい。

 今までに描いた多数のストーリー・ラインが合流し、様々な人々が集う巻なので、これから読み始めるのは無謀。ストーリー・アイデア・スケールすべての面で間違いなく傑作なので、素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読もう。

【感想は?】

 気分は幻魔大戦(→Wikipedia)の最終回。それも平井和正+石森章太郎の漫画版。

 奇妙な異世界の冒険物を思わせながら結末で唖然とさせた「メニー・メニー・シープ」から始まり、現代を舞台としたパンデミック・サスペンスの「救世群」へと飛び…と、それぞれの巻ごとに全く異なる感触で楽しませてくれたこのシリーズ、ついに前の「ジャイアント・アーク」で見事に合流を果たした。

 が、そこに見えてくるビジョンは絶望的なものだった。ここでは、その絶望すら甘いと、更に厳しい状況へ登場人物たちを突き落とす。

 なんたって、それぞれの勢力や思惑を代表する者たちが、それぞれに厳しい重荷を背負っているのだ。

 未曽有の危機に瀕したメニー・メニー・シープで奮闘するカドム,狂える女王ミヒルに率いられた≪救世群≫から逃げてきたイサリ,創造者のくびきに囚われた≪恋人たち≫。加えて、自我は獲得したが書としての不備は抱えたままの異星人カンミア。

 いずれも問題を抱え、かつその解決は絶望的でありながら、チームとしてまとまればどうにかんありそうなのが憎い。

 とは言うものの、素直に「チームワークで行こう!」となならないのが、小川一水世界の厳しいところであり、漫画版・幻魔大戦から半世紀の時の流れを感じさせる。皆さん事情を完全に把握してないってのもあるが、それ以上に、各自の立場や利害があって、大ぴらにできることと出来ないことがあるのだ。

 などの事情を抱えながら、少しづつチームとしてまとまってゆく過程は、オトナの事情にまみれていながらも、王道の少年漫画の持つワクワク感に溢れている。むしろ互いの駆け引きがある分、緊迫感とリアリティが半端ない。

 このワクワク感の盛り上げに一役買っているのが、彼らの出自。

 医師のカドムはともかく。デムパを受信する羊飼い。人工的に身体を増強した≪海の一統≫。全く異なる姿に変えられた≪救世群≫。人造的に造られた≪恋人たち≫。そして、異星人のカンミア。

 彼らのどこまでを、ヒトと認めていいんだろう?

 それどころか、メニー・メニー・シープでは、同じヒト同志が、様々な勢力に別れ睨み合っている。今は争う余力すらないが、水面下では絶え間なく駆け引きが続き、また小競り合いも絶えない。そのメニー・メニー・シープ全体は、≪救世群≫と戦闘状態にある。

 とかのテーマに沿ったお話も面白いが、それと共に、懐かしい面々が続々と顔を出すのも、この巻の楽しい所。やはり奴らはただのヒッグスとウェッジじゃなかったw

 状況が状況だけに、アクション・シーンも多い。

 中でも派手なのが、第二次オリゲネス攻防戦で登場する「ンデンゲイ」。大変に偏った思想で造られたお馬鹿兵器なんだが、こういう「たった一つの性能だけを追求し他の全てを犠牲にした」シロモノって、私は大好きだ。費用対効果は、はなはだ疑問だけどw

 もう一つ、嬉しいアクション・シーンが、終盤で≪海の一統≫が突入する場面。ここに限らず、下巻では彼らが本領を発揮する場面の連続で、こういうフリーダムな奴らが、よくもまあ今まで狭苦しいメニー・メニー・シープで我慢してたなあ、なんて思ってしまう。

 そして、集った者たちが、圧倒的な現実に直面するラストシーン。

 これぞ、私を含め多くのファンが完結を諦めていた傑作、漫画版・幻魔大戦の最終回のラストシーンそのもの。

 著者によれば、最終パートは2018年に刊行とのこと。盛り上がった物語は、どこへと向かうのか。今から楽しみでしょうがない。

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