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2017年7月20日 (木)

チャック・パラニューク「ファイト・クラブ 新訳」ハヤカワ文庫NV 池田真紀子訳

 ファイト・クラブ規則
第一条 ファイト・クラブについて口にしてはならない。
第二条 ファイト・クラブについて口にしてはならない。
第三条 ファイトは一対一。
第四条 一度に一ファイト。
第五条 シャツと靴は脱いで闘う。
第六条 ファイトに時間制限はなし。
第七条 今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、
      かならずファイトしなければならない。

【どんな本?】

 不眠に悩み北欧家具に囲まれて過ごすサラリーマン。彼は様々な業病を抱えた人たちの互助グループに、病を偽って通う。そうすると生命の実感を得て、なんとか眠りにありつけるのだ。二年ほど通ううち、幾つかの集会で、同じ女を見かける事に気づく。マーラ・シンガー。以来、彼は再び眠りを失う。

 しかしタイラー・ダーデンと出会った日から、彼の運命は変わる。タイラーは言う。

「おれを力いっぱい殴ってくれ」

 そして彼はタイラーと共にファイト・クラブを立ち上げる。最初は二人だけだったファイト・クラブだが、次第に男たちが集まってきて…

 映画化されて話題を呼んだ映画「フィアト・クラブ」の原作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FIGHT CLUB, by Chuck Palahniuk, 1996。日本語版は1999年にハヤカワ文庫NVより刊行。私が読んだのは2015年4月15日発行の新訳版。文庫本で縦一段組み本文約307頁に加え、著者あとがき15頁+都甲幸治の解説「自分の人生を取り戻せ」10頁。9ポイント40字×17行×307頁=約208,760字、400字詰め原稿用紙で約522枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。所々に化学物質の名前が出てくるが、わからなくても「そういうもんだ」程度に考えておけば充分。多少プロレス技を知っていると、バトルシーンで迫力が増す。

【感想は?】

 鬱屈をため込んだ若い男には、読ませちゃいけない作品。

 主人公「ぼく」は、自動車会社に勤める会社員。車の不具合で起きた事故を追い、全米を飛行機で飛び回る。被害の補償額を調べ、それがリコールの費用より安ければ、リコールせずに済ます。

 人の命を数字で測る商売だ。それでも、いやだからこそ、若くして安定した暮らしを手に入れたし、それを保つ方法も分かっている。が、眠れない。理屈通りに動きゃいいのなら、マシンでも構わない。そしてマシンに眠りは要らないのだ。

  私の持論だが。

 ヒトは誰でも、心の中にケダモノを飼っている。このケダモノは生命力の源泉だ。生きている実感を与えてくれる。だが、困ったことに、ケダモノは文明社会と折り合いが悪い。だから、なんとかしてケダモノと巧く付き合っていかなきゃいけない。

 「ぼく」のケダモノは、窒息寸前だ。そこで「ぼく」が奴に与えた興奮剤が、互助グループ。ここでは誰もが死にかけている。ケダモノは死の臭いを嗅ぎつけて目を覚まし、マシンの檻から顔を出す。しかし、その目覚まし薬を、マーラ・シンガーに奪われてしまう。

 そんな時に出会ったのが、タイラー・ダーデン、そしてファイト・クラブ。一切の得物を使わず、二人の男が闘う。そこで男はオスに戻る。心の中のケダモノを解放し、その身をケダモノに任せる。体の痛みを、命の危機を、ケダモノにじっくり味合わせる。

 面白そうじゃん、と思ってしまう。私の中のケダモノが、ムクリと頭をもたげる。奴はいつだって隙を伺っている。決して事態を好ましい方向に向かわせることはない。でも、気分を変えてくれる。

ファイトが終わったとき、何一つ解決してはいなかったが、何一つ気にならなくなっていた。

 これはヤバい。ケダモノは命の実感をくれる。だが、所詮はケダモノだ。暴れはじめたら何をするかわからないし、止めようもない。物語の中でも、ケダモノは次第に歯止めが効かなくなる。最初は自分の怪我や傷で済んでいたのが、次第に力をつけ、狡猾になり、ばかりか増殖を始め…

 そんなケダモノの化身が、タイラー・ダーデン。危険な、けれど蠱惑的な香りを放つ男。ヤバさの魅力だけでなく、妙な賢さも併せ持っているから困る。台詞もいちいちカッコいいし。

完璧な存在は、っそれもせいぜい一瞬しか続かない。
目を覚ます、それだけで充分だ。

「自分たちにまだどれだけの力が残っているか、世の男たちに再認識させることだ」

 などの主題に加え、タイラーが仕掛けるアレコレが、極めて実用性に富んでるのが困るw さすがに最近の映画館はフィルムを使ってないだろうけど、パーティでの嫌がらせは実に手ごろだし、錠前破りの手口は理にかなってる。どころか、更にヤバいアレやコレの手口まで…

 そういった「ぼく」やタイラーを、一歩引いた所で見守る役を担うのが、マーラ・シンガー。いや見守るだけでなく、なにかと「ぼく」を引きずり回すんだけど、それもまた世に生きるってことの一つの面。

 心の中のケダモノを呼び覚ます、実にヤバくて困った本。決して綺麗な話じゃないし、決して文科省推薦にもならないだろう。でも、昏い魅力を漂わせているのだ。

 あ、もちろん、腐った女性にもお薦め。

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【2017.07.21 追加】

 …などと危なさを強調したけど、幸いにして日本にはちゃんと毒消しがあるのだった。いわゆる「ヤンキー漫画」「暴走族漫画」である。

 本作の主な登場人物は、会社員の「ぼく」や映写技師のテイラーだ。ええ歳こいた大人である。彼らがファイト・クラブなどの無茶・無謀をやらかす物語だ。

 対して、ヤンキー漫画では、似たような真似を高校生がやっている。そして、世界観として厳格なルールを示す。「高校を卒業したら引退」と。これは子供の世界の話だよ、ええ歳こいた大人がやるこっちゃないぞ、みたいな考えが、自然と伝わってくるのだ。

 具体例としちゃちと古いが、佐木飛朗斗+所十三の「疾風伝説 特攻の拓」(かぜでんせつ ぶっこみのたく)を薦めておこう。タイラーに当たる奴が次々と出てきては独特の見栄を切って、飽きない。他にも柴田ヨクサル「エアマスター」や森恒二「ホーリーランド」も好きだ。

 にしても、日本の漫画がこれほどバラエティに富んでいるのは本当に有り難い。アメリカも規制なんかしなければ、豊かなコミック文化が広がっていただろうに。

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