エドワード・グレイザー「都市は人類最高の発明である」NTT出版 山形浩生訳
環境経済学者マシュー・カーンは、世界中での自然災害による被害を調べた。彼によれば、災害による死者数は当然ながら人口の多い国の方が多いが、死亡率は人口密度の増加につれて減少する。
――日本語版への序文物事がうまく機能するときには、政府の複数のレイヤー――連邦、州、市――がお互いをチェックできる。これはそれぞれの層を左右する政党がちがうときは特に言える。
――4.3 街路清掃と汚職ニューディールは連邦のセーフティーネットを大幅に強化して、地元政治家がたまにエサをまいて支持を買収する能力を大幅に下げた。
――4.3 街路清掃と汚職開発を制限する代償は、保存地区が高価になり金持ち専用になるということだ。
――6.5 保存の害悪世帯収入と世帯規模を補正すると、世帯当たりのガソリン消費は、人口密度が倍になるごとに106ガロン(402リッター)減る。
――8.2 汚れた足跡 炭素排出の比較専制国家での最大の都市――ほぼまちがいなく首都だ――は、平均で国の都市人口の35%を持つ。安定した民主主義の最大の都市は、国の都市人口の23%しか保有しない。
――9.1 帝都東京住宅費用が下がれば、雇用主の払う賃金も少なくて済む
――9.5 成長都市 シカゴとアトランタ地方政府が競争するのは健全なことだ。競争は都市にもっとよいサービスの提供を促し、費用を下げる。国の政府が、ある特定の場所をひいきにするのはよいことではない。
――10.1 都市に競争の公平な機会を貧しい人を助けるのは政府のやるべきことだが、貧しい場所や経営能力の貧しい企業を助けるのは、政府の仕事ではない。
――10.1 都市に競争の公平な機会を持ち家補助は、人々の支出を奨励することで、実は住宅価格を押し上げる。そして控除の便益は、圧倒的に、金持ちのアメリカ人に集中している。年収25万ドル以上の世帯の控除は、年収4万から7万ドルのアメリカ世帯の控除額の10倍以上なのだ。
――10.8 スプロール偏重
【どんな本?】
多くの人口を抱え、道路は渋滞し、空気が淀む都市。いかにも環境保護の敵のように目される都市だが、実は環境に優しい。信じられない? では、ちょっと考えてみよう。
東京は鉄道や地下鉄やバスなど、公共交通機関が発達している。だから、車がなくても暮らせる。週末にしか運転しない人も多い。郊外だと、車がなければ買い物もできない。では、どちらがより多くのガソリンを使うだろうか?
とはいうものの、東京の通勤列車は酷く混む。それでもムンバイよりはマシだ。ムンバイでは、ほぼ毎日、通勤列車で死人が出るし、道路は常に渋滞だ。対して、シンガポールは、ほぼ渋滞がない。
昔のパリは貧乏学生がタムロできたが、今は金持ちしか住めない。少し前のデトロイトはブイブイいわしてたが、今は見る影もない。対して、ヒューストンは急成長しているし、ニューヨークやシカゴは何度も苦境を乗り越えた。
都市とは何なのか。都市にどんな利点があるのか。なぜ人は都市に集まるのか。成長する都市と衰える都市の違いは何か。渋滞を減らす秘訣はあるのか。国家と地方行政のあるべき姿はどんなものか。
アメリカの経済学者が、アメリカを中心に各国の都市を見比べ、それぞれの特徴と長所・短所を挙げ、あるべき都市政策を唱える、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Triumph of the City: How Our Greatest Invention Makes Us Richer, Smarter, Greener, Healthier, and Happier, by Edward Glaeser, 2011。日本語版は2012年9月28日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約360頁に加え、訳者あとがき11頁。9ポイント46字×19行×360頁=約314,640字、400字詰め原稿用紙で約787枚。文庫本なら厚め一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。出てくる都市は比較的に有名な街が多いが、気になる人は Google Map や地図帳などで補おう。
【構成は?】
全体としての流れはあるが、気になる所だけをつまみ食いしても結構美味しい。
- 日本語版への序文
- はじめに われら都市生物
- 第一章 バンガロールの産物は?
- 1.1 知的入港地 アテナイ
- 1.2 バグダッドの叡智の館
- 1.3 長崎で学ぶ
- 1.4 バンガロール ブーム都市への歩み
- 1.5 教育と都市の成功
- 1.6 シリコンバレーの台頭
- 1.7 明日の都市
- 第二章 なぜ都市は衰退するのだろう?
- 2.1 赤錆地帯の台頭
- 2.2 自動車以前のデトロイト
- 2.3 ヘンリー・フォードと工業都市デトロイト
- 2.4 暴動はなぜ?
- 2.5 都市の刷新 1970年以降のニューヨーク
- 2.6 コールマン・ヤングの正義の怒り
- 2.7 カーリー効果
- 2.8 壮大な建築物
- 2.9 赤錆地帯に残る
- 2.10 縮小して偉大になる
- 第三章 スラムのよいところ
- 3.1 リオのファヴェーラ
- 3.2 社会の梯子を上がる
- 3.3 リチャード・ライトの都市脱出
- 3.4 アメリカゲットーの興亡
- 3.5 インナーシティ
- 3.6 政策で貧困が拡大
- 第四章 貧困者住宅の改善方法
- 4.1 キンシャサの窮状
- 4.2 病んだ都市の治療
- 4.3 街路清掃と汚職
- 4.4 道路を増やすと交通は減る?
- 4.5 都市を安全に
- 4.6 健康上の便益
- 第五章 ロンドンは豪華リゾートか
- 5.1 規模の経済とグローブ座
- 5.2 分業とラム・ヴィンダルー
- 5.3 靴・アンド・ザ・シティ
- 5.4 結婚市場としてのロンドン
- 5.5 高賃金の欠点
- 第六章 高層ビルのすばらしさ
- 6.1 摩天楼の発明
- 6.2 A・E・レフコートのそびえたつ野心
- 6.3 ニューヨークを規制する
- 6.4 高さが怖い
- 6.5 保存の害悪
- 6.6 パリ再考
- 6.7 ムンバイの失策
- 6.8 三つの簡単な規則
- 第七章 なぜスプロールは拡大したか?
- 7.1 自動車以前のスプロール
- 7.2 アーサー・レーヴィットと量産住宅
- 7.3 アメリカを車中心に債券
- 7.4 ウッドランズにようこそ
- 7.5 蓼食う虫も なぜヒューストンに100万人も移住したのか
- 7.6 なぜサンベルトの住宅は安いのか?
- 7.7 スプロールの何がいけないの?
- 第八章 アスファルトこそ最高のエコ
- 8.1 田園生活の夢
- 8.2 汚れた足跡 炭素排出の比較
- 8.3 環境保護主義の予想外の影響
- 8.4 皇太子と市長 二つのエコビジョン
- 8.5 最大の戦い インドと中国のエコ化
- 8.6 もっと賢い環境保護論を求めて
- 第九章 都市の成功法
- 9.1 帝都東京
- 9.2 マネジメント良好都市 シンガポールとガボロン
- 9.3 スマートシティ ボストン、ミネアポリス、ミラノ
- 9.4 消費者都市 バンクーバー
- 9.5 成長都市 シカゴとアトランタ
- 9.6 ドバイは多くを望みすぎ
- 第一〇章 結論 フラットな世界に高層都市
- 10.1 都市に競争の公平な機会を
- 10.2 グローバル化を通じた都市化
- 10.3 人的資本に手を貸そう
- 10.4 助けるべきは貧乏な人で、貧乏な場所ではない
- 10.5 都市貧困という課題
- 10.6 消費者都市の台頭
- 10.7 NIMBY主義の呪い
- 10.8 スプロール偏重
- 10.9 エコシティ
- 10.10 都市の贈り物
- 謝辞/訳者あとがき/注/参考文献/索引
【感想は?】
都市に暮らす人には、とっても気分のいい本。原題からして Triumph of the City。都市の勝利だ。
単に「都市はいいぞ」ってだけじゃない。「各国を見ると、都市化と繁栄はほぼ完璧な相関を見せる」と、都市が国全体に利益をもたらすと主張しているのだ。
確かに数字の上じゃそうかもしれないが、いい所ばかりじゃないぞ、と言いたい人もいるだろう。例えば東京の山谷だ。この本ではリオデジャネイロのファヴェーラを例に出している。映画「シティ・オブ・ゴッド」の舞台で、要はスラムだ。「アメリカでは、都市内の貧困率は17.7%だが、郊外では9.8%だ」。
ほれみろ、都会は人を貧しくする。と言いたくなるだろうが、実はそうじゃない。山谷の利点は、安く泊まれて交通の便が良く、仕事にありつける事だ(→Wikipedia)。つまり、山谷が人を貧しくしたんじゃなくて、貧しい人が山谷に集まったのである。
これはリオも同じで、田舎に住むよりファヴェーラに住む方がマシだからファヴェーラに集まるのだ。仮に仕事をクビになっても、都会なら他の仕事が見つかる。雇う側も都会の方が便利だ。賢い人であれ単純作業であれ、都会は人を集めやすい。
とまれ、矛盾もあって。こういうスラムを改善するため、公立学校や上下水道や鉄道の駅を作ると、どうなるか。更にスラムが膨れ上がるのですね。スラムの居心地がよくなると、更に貧乏人が集まるわけ。そういえば、バックパッカーが集まる安宿も、駅の近くが多いんだよなあ。
人が集まるのはいいとしても、道が混むのは困る。ムンバイは常時渋滞だ。じゃもっと道路を作ろう、とアメリカは考えたが、「車両の走行距離は新しい高速道路の新規建設延長とほぼ一対一で増加」するから、いくら道を作っても追いつかない。
これをうまく解決したのがシンガポールとロンドン。要は渋滞税で、混む所ほど高い税を取る。ドライバーは納得できないだろうが、道路だって資源なのだ。場所により地価が違うように、道路だって場所(と時間)により利用料金が違ったっていいじゃないか。
都会には他の欠点もある。夜の歌舞伎町はヤバい。都市はまっとうな経営者が稼ぎやすいだけでなく、犯罪者にとっても美味しいナワバリになる。この点も正直に認めている。
どんな犯罪でも都市人口が倍になると、逮捕される確率は8%ほど下がる。
――4.5 都市を安全に
じゃ、どうするか。刑期を長くするのも、効果はある。ただし、反省するからじゃない。ムショにいる間は犯罪を犯せないからだ。著者によると、効果的な対策は二つ。警官を増やす事と、警官と地域の住民の交流を増やすこと。そういう点じゃ、日本の交番は巧みな方法なんだなあ。
などと良い所ばかりのようだが、デトロイトのように衰える都市もある。日本だと夕張だね。共通点は、一つの産業に集中しちゃってる点。こういう都市は、主要産業がコケると町もコケる。こう書くと、あたり前すぎてみもふたもないなあ。対して、繁栄が続いたり何度も復活する都市の特徴は…
教育は、都市の成長の指標としては一月の気温に次いで最も信頼できる予測指標で、これは特に古い都市についていえる。
――10.3 人的資本に手を貸そう
と、教育の重要性を強調している。どの国でも学歴が高いほど収入も多い。それだけ地元で使う金も払う税金も多いわけで、自治体にとっちゃ有り難い。デカいビジネスを成功させてくれれば、更にいい。
ただし、単に金を出せばいいってわけじゃない。「よい教師と悪い教師の有効性にはすさまじい差がある」。これはアメリカも日本も共通してて、いずれも駄目教師のクビをなかなか切れないんだよなあ。おまけに日本は飛び級もないしブツブツ…
全般的に著者は自由主義より。例えば厳しすぎる建築基準には反対で、高層ビル歓迎だ。面白いのは環境問題への視点で、何を造るにせよ、「ソコ以外に作った場合と比べてみよう」なんて提案もしている。
著者の言い分の全てに賛同できる人は少ないだろうが、多かれ少なかれ、何らかのインスピレーションを受け取る人は多いだろう。都市が好きな人には、特にお薦め。
でも東京の満員電車をどうにかする案は…都心にタワーマンションを建てまくる?
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