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2017年7月の9件の記事

2017年7月24日 (月)

「教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集」国書刊行会 中野善夫訳

「永遠の愛、残酷な愛」
  ――永遠の愛

ああ、呪われた人間の声。肉と血のヴァイオリン。その声を作り出す油断のならない道具と狡猾な手は、悪魔のものに他ならない。歌とは何と忌まわしい芸術なのか。
  ――悪魔の歌声

ああ! ああ! ああ! あいつがまた笛を吹いている!
  ――フランドルのマルシュアス

【どんな本?】

 1856年生まれの女性作家ヴァーノン・リー Vernon Lee(本名バイオレット・バジェット Violet Paget)の、幻想的な作品を集めた短編集。

 イタリアと18世紀の世界に抱く著者の憧れが強く出ており、また、「特異な形の激しい愛情」を扱う作品が多い。次第に雰囲気を盛り上げつつも、最後まで敢えて真相をハッキリさせない怪異譚が中心。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月24日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約434頁に加え、訳者あとがきが豪華31頁。9ポイント47字×19行×434頁=約387,562字、400字詰め原稿用紙で約969枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。聖書からの引用やギリシャ/ローマ神話のネタが多いので、それらに詳しいとより楽しめる。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題。

永遠の愛 シュピリディオン・トレプカの日記から / Amour Dure
 若いドイツ人学者シュピリディオン・トレプカは、かねてから憧れていたイタリアのウルバニアを訪れた。仕事とは別に、ある女性の記録を熱心に調べ始める。メデア・ダ・カルビ、1556年生まれ。類まれな美貌で次々と男を魅了し、破滅させた女。彼女のゆかりの地を訪ねた際に…
 イタリア,過去への憧れ,魔性の女,そして独特の形の激しい愛と、ヴァーノン・リーの得意技がたっぷり詰まった作品。出だしはちとかったるいが、洗礼者ヨハネ(→Wikipedia)が出てくるあたりからグングンと盛り上がってくる。
教皇ヒュアキントス 弾圧されたノナントーラ大修道院のエブルネウス写本の一部を成す物語 / Pope Jacynth
 神は悪魔に許した。これから生まれる赤子のうち、私が選ぶ者の一人を誘惑してもよい、と。悪魔はオドーという男を選ぶ。豊かで高貴な家に生まれたオドーだが、彼は家柄にも財産にも興味を示さず、船乗りとなる。悪魔はオドーに美貌と美声を与え…
 初訳の日本語タイトル「教皇ヒヤシンス」を「教皇ヒュアキントス」に変えたのは見事。キリスト教の寓話でありながら、その裏に込めた作者の微妙な気持ちが、読者に伝わりやすくなってる(ヒュアキントス→Wikipedia)。
婚礼の櫝 / A Wedding Chest
 デシデリオは櫝に「愛の勝利」を描く。彼は雇い主セル・ピエーロの一人娘マッダレーナと結婚することになっていた。だが、名家の若者トロイロ・バリョーニがマッダレーナに目を付ける。情熱的にマッダレーナを口説こうとするトロイロだが、マッダレーナはなびかず…
 15世紀の櫝にまつわる、悲しく激しい愛の物語。トロイロにいちいち「高潔」とつけるあたりが、著者の意地の悪さを感じさせる。
マダム・クラシンスカの伝説 / The Legend of Madame Krasinska
 友人のチェッコ・バンディーニに連れていかれた貧者救護修道院に、そのシスターはいた。気品と魅力にあふれ、動きはきびきびとして、老人たちに温かく話しかける。だが、どこか重苦しい苦しみを抱えているようで、哀愁を漂わせている。
 ソルフェリーノの戦いは、フランス&サルディーニャ連合軍とオーストリア軍の戦い(→Wikipedia)。コスプレと言うとアレな人たちによる最近の流行りのように思われがちだけど、実は昔から多くの人が楽しんでたんだよ、という話←全然違う
ディオネア / アレッサンドロ・ド・ロジ博士からサビーナの王女レディ・エヴェリン・サヴェッリへの手紙 / Dionea
 トスカーナの海岸に流れ着いた褐色の幼い女の子は、ディオネアと名付けられ修道院に預けられる。愛らしい顔立ちに育ったものの、勤勉さには欠け、仲間たちからも好かれない。妙に鳩になつかれ…
 気になって銀梅花(→Wikipedia)を調べたら、そういう事か。ウェヌスはヴィーナス(→Wikipedia)。ディオネアを調べたらハエトリグサ(→Wikipedia)。酷い名前だw 古の神々に所縁のある者が、キリスト教世界の社会に迷い込み…と思って読むとわかりやすい。
聖エウダイモンとオレンジの樹 / St Eudaemon and his Orange-Tree
 人里離れた荒野に二人の聖者が住んでいた。そこに聖者がもう一人やってきた。エウダイモン。ウェヌスの神殿の廃墟に草木を植え、神殿の奥に礼拝堂を作る。近くの貧しい者のために小屋を建て、役に立つ技術を教えた。新しい葡萄園を作ろうと地を掘ったとき…
 エウダイモンは幸福を意味するらしい(→コトバンク)。やはり Wikipedia を漁ったら、『多くの言語で、「黄金の林檎」とはオレンジのことである』とあった。そうだったのか! ディオネア同様に古の神々の息吹を強く感じさせる物語。
人形 / The Doll
 骨董を集めるのを止めたのは、フォリーニョへの旅が原因です。夫の都合がつかず一人で出かけたのですが、ある邸宅を見つけました。かつては高貴な家柄でしたが、今は破産して、老いた女中が一人で管理しています。17世紀後期の様式の大邸宅で…
 語り手が女なのは珍しい。確かに女じゃないと、こういう気遣いはできないだろうなあ。
幻影の恋人 / Oke of Okehurst, or A Phantom Lover
 仕事を干されていた画家に、依頼が舞い込んだ。オークハーストのオーク氏が、夫妻の肖像画を描いて欲しいと。邸宅は美しいが、オーク氏は生真面目で口ごもりがち、そしてオーク夫人は美しいが誰にも何にも興味を示さず…
 これを「人形」の次に持ってきたのは、何か意図があるんだろうか? ちょうどテーマが鏡のように映しあっているが、結末は…。
悪魔の歌声 / A Wicked Voice
 音楽家のマグナスは、ヴェネツィアで18世紀の歌手の肖像画を見つけた。バルタサール・チェーザリ、綽名はザッフィリーノ。「自分の歌に抗える女はいない」と豪語し、王からも溺愛された歌手。
 クラッシュのジョー・ストラマーは、セックス・ピストルズを観た後にスランプに陥ったとか。またウィリアム・ギブスンは、映画ブレードランナーを見に行った時、開始数分で席を立ったという。中にはロビン・トロワーみたく開き直っちゃう人もいるけど。
七懐剣の聖母 十七世紀、ムーア人の幽霊物語 /  The Virgin of the Seven Daggers
 強引な方法で数多の女をモノにしてきたミラモール伯爵ドン・フアン・グスマン・デル・ブルガル。だが今回狙っている獲物は、格が違う。七懐剣の聖母に祈りを捧げて守護を願い、ユダヤ人の魔術師バルクの手を借りてまで手に入れようとしたのは…
 ドン・フアン伝説(→Wikipedia)に題をとった作品。色男の代名詞だから、洒落た会話などの手練手管を駆使して女を口説くのかと思ったら、全然違った。
フランドルのマルシュアス / Marsyas in Flanders
 1195年の秋、ニス川河口の岸辺に流れ着いたボートには、救い主イエスの石像が横たわっていた。デュンの小さな教会に置かれた像には、各地から信心深い人々が集ってくる。その像には、ある筈の十字架が欠けていたので、石工に作らせたところ…
 フランドルって、フランダースなのか。怪異譚なんだが、タイトルでネタをバラしちゃってる(→Wikipedia)。
アルベリック王子と蛇女 / Prince Alveric and the Snake Lady
 公爵バルタサールの孫アルベリック王子は内気で純朴だった。アルベリックの部屋にはお気に入りの古いタペストリーがある。金髪のアルベリックと蛇女オリアナを描いたものだ。公爵はこのタペストリーを嫌い、別の物に変えたが、アルベリックは悲しみ…
 童話のように親しみやすい語り口で、テンポよく話が進んでゆく。中盤から出てくる、修道士・侏儒・道化師の三人組が、コミカルでいい味出してる。
顔のない女神 アウグスティヌス・ブルトーの蔵書から / The Featureless Wisdom
 マンティネイアの賢女ディオティマは、フェイディアスの工房へ出かけた。フェイディアスは、いかなる神の像の注文を受けることで知られている。マンティネイアが望んだのは、どんな像とも一目で違いが判る神の像で…
 ディオティマはプラトンの「饗宴」に出てくる人物(→Wikipedia)だとか。客の無茶な要求に苦しむエンジニアやデザイナーには身に染みる話。
神々と騎士タンホイザー / The Gods and Ritter Tanhüser
 アプロディーテは、ドイツの詩人タンホイザーに首ったけ。そのタンホイザーは、ヴァルトブルクの歌合戦に出かけるという。話を聞いたアポロンとアテナは、面白がって一緒に歌合戦に向かうと決めた。
 ワーグナーのタンホイザー(→Wikipedia)をネタにした、ドタバタ喜劇。美声を披露するスキをうかがうアポロン、クールな女教師っぽいアテナ、荒事しか頭にないアレス、チクチクと浮気を責めるヘラ、なんとか事態を丸く収めようとするゼウスって図は、まるきしファミリー・ドラマ。
訳者あとがき

 やたらと Wikipedia へのリンクが多いことでわかるように、聖書や古典や神話の教養が必要な作品が多くて、ちとシンドかったが、それでよかったのかも。むさぼるように読むより、ゆっくりじっくり時間をかけて味わいたい作品集だし。

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2017年7月20日 (木)

チャック・パラニューク「ファイト・クラブ 新訳」ハヤカワ文庫NV 池田真紀子訳

 ファイト・クラブ規則
第一条 ファイト・クラブについて口にしてはならない。
第二条 ファイト・クラブについて口にしてはならない。
第三条 ファイトは一対一。
第四条 一度に一ファイト。
第五条 シャツと靴は脱いで闘う。
第六条 ファイトに時間制限はなし。
第七条 今夜初めてファイト・クラブに参加した者は、
      かならずファイトしなければならない。

【どんな本?】

 不眠に悩み北欧家具に囲まれて過ごすサラリーマン。彼は様々な業病を抱えた人たちの互助グループに、病を偽って通う。そうすると生命の実感を得て、なんとか眠りにありつけるのだ。二年ほど通ううち、幾つかの集会で、同じ女を見かける事に気づく。マーラ・シンガー。以来、彼は再び眠りを失う。

 しかしタイラー・ダーデンと出会った日から、彼の運命は変わる。タイラーは言う。

「おれを力いっぱい殴ってくれ」

 そして彼はタイラーと共にファイト・クラブを立ち上げる。最初は二人だけだったファイト・クラブだが、次第に男たちが集まってきて…

 映画化されて話題を呼んだ映画「フィアト・クラブ」の原作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FIGHT CLUB, by Chuck Palahniuk, 1996。日本語版は1999年にハヤカワ文庫NVより刊行。私が読んだのは2015年4月15日発行の新訳版。文庫本で縦一段組み本文約307頁に加え、著者あとがき15頁+都甲幸治の解説「自分の人生を取り戻せ」10頁。9ポイント40字×17行×307頁=約208,760字、400字詰め原稿用紙で約522枚。文庫本としては標準的な厚さ。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。所々に化学物質の名前が出てくるが、わからなくても「そういうもんだ」程度に考えておけば充分。多少プロレス技を知っていると、バトルシーンで迫力が増す。

【感想は?】

 鬱屈をため込んだ若い男には、読ませちゃいけない作品。

 主人公「ぼく」は、自動車会社に勤める会社員。車の不具合で起きた事故を追い、全米を飛行機で飛び回る。被害の補償額を調べ、それがリコールの費用より安ければ、リコールせずに済ます。

 人の命を数字で測る商売だ。それでも、いやだからこそ、若くして安定した暮らしを手に入れたし、それを保つ方法も分かっている。が、眠れない。理屈通りに動きゃいいのなら、マシンでも構わない。そしてマシンに眠りは要らないのだ。

  私の持論だが。

 ヒトは誰でも、心の中にケダモノを飼っている。このケダモノは生命力の源泉だ。生きている実感を与えてくれる。だが、困ったことに、ケダモノは文明社会と折り合いが悪い。だから、なんとかしてケダモノと巧く付き合っていかなきゃいけない。

 「ぼく」のケダモノは、窒息寸前だ。そこで「ぼく」が奴に与えた興奮剤が、互助グループ。ここでは誰もが死にかけている。ケダモノは死の臭いを嗅ぎつけて目を覚まし、マシンの檻から顔を出す。しかし、その目覚まし薬を、マーラ・シンガーに奪われてしまう。

 そんな時に出会ったのが、タイラー・ダーデン、そしてファイト・クラブ。一切の得物を使わず、二人の男が闘う。そこで男はオスに戻る。心の中のケダモノを解放し、その身をケダモノに任せる。体の痛みを、命の危機を、ケダモノにじっくり味合わせる。

 面白そうじゃん、と思ってしまう。私の中のケダモノが、ムクリと頭をもたげる。奴はいつだって隙を伺っている。決して事態を好ましい方向に向かわせることはない。でも、気分を変えてくれる。

ファイトが終わったとき、何一つ解決してはいなかったが、何一つ気にならなくなっていた。

 これはヤバい。ケダモノは命の実感をくれる。だが、所詮はケダモノだ。暴れはじめたら何をするかわからないし、止めようもない。物語の中でも、ケダモノは次第に歯止めが効かなくなる。最初は自分の怪我や傷で済んでいたのが、次第に力をつけ、狡猾になり、ばかりか増殖を始め…

 そんなケダモノの化身が、タイラー・ダーデン。危険な、けれど蠱惑的な香りを放つ男。ヤバさの魅力だけでなく、妙な賢さも併せ持っているから困る。台詞もいちいちカッコいいし。

完璧な存在は、っそれもせいぜい一瞬しか続かない。
目を覚ます、それだけで充分だ。

「自分たちにまだどれだけの力が残っているか、世の男たちに再認識させることだ」

 などの主題に加え、タイラーが仕掛けるアレコレが、極めて実用性に富んでるのが困るw さすがに最近の映画館はフィルムを使ってないだろうけど、パーティでの嫌がらせは実に手ごろだし、錠前破りの手口は理にかなってる。どころか、更にヤバいアレやコレの手口まで…

 そういった「ぼく」やタイラーを、一歩引いた所で見守る役を担うのが、マーラ・シンガー。いや見守るだけでなく、なにかと「ぼく」を引きずり回すんだけど、それもまた世に生きるってことの一つの面。

 心の中のケダモノを呼び覚ます、実にヤバくて困った本。決して綺麗な話じゃないし、決して文科省推薦にもならないだろう。でも、昏い魅力を漂わせているのだ。

 あ、もちろん、腐った女性にもお薦め。

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【2017.07.21 追加】

 …などと危なさを強調したけど、幸いにして日本にはちゃんと毒消しがあるのだった。いわゆる「ヤンキー漫画」「暴走族漫画」である。

 本作の主な登場人物は、会社員の「ぼく」や映写技師のテイラーだ。ええ歳こいた大人である。彼らがファイト・クラブなどの無茶・無謀をやらかす物語だ。

 対して、ヤンキー漫画では、似たような真似を高校生がやっている。そして、世界観として厳格なルールを示す。「高校を卒業したら引退」と。これは子供の世界の話だよ、ええ歳こいた大人がやるこっちゃないぞ、みたいな考えが、自然と伝わってくるのだ。

 具体例としちゃちと古いが、佐木飛朗斗+所十三の「疾風伝説 特攻の拓」(かぜでんせつ ぶっこみのたく)を薦めておこう。タイラーに当たる奴が次々と出てきては独特の見栄を切って、飽きない。他にも柴田ヨクサル「エアマスター」や森恒二「ホーリーランド」も好きだ。

 にしても、日本の漫画がこれほどバラエティに富んでいるのは本当に有り難い。アメリカも規制なんかしなければ、豊かなコミック文化が広がっていただろうに。

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2017年7月18日 (火)

テレサ・レヴィット「灯台の光はなぜ遠くまで届くのか 時代を変えたフレネルレンズの軌跡」講談社ブルーバックス 岡田好恵訳

 フレネルレンズは、数あるレンズの種類のなかでも非常にユニークな存在です。
 収斂が苦手で、鮮明な像を結ぶことこそできませんが、光を集めることにおいて、その右に出るレンズはありません。
  ――はじめに

ジョージ・ブラント「海がしけたら、議員全員をボートに乗せて、岩だらけの浜辺のまわりを回らせろ!」
  ――第5章 遅れをとった大国、アメリカ

けれども、灯台の黄金時代は終わった。
  ――第7章 黄金時代の到来

【どんな本?】

 自動車のヘッドライトや、舞台を照らすスポットライトなどには、同心円状に山と谷が並ぶ、奇妙なレンズがついている。フレネルレンズ(→Wikipedia)だ。このレンズには独特の性質がある。一つの光源から光を集め、一条の光線を遠くまで届けられるのだ。

 これを考え出したのはオーギュスタン・ジャン・フレネル(→Wikipedia)、1788年に生まれ。フランスの元土木技師で物理学者である。

 彼が生み出したフレネルレンズにより、フランスの海岸沿いは灯台が連なり、船乗りたちを導いてゆく。ばかりでなく、フレネルレンズは世界中の灯台に備えられ、各地の海を照らすまでになる。だが、そこに至るまでには幾多の紆余曲折があった。

 海の道しるべとなる灯台、その輝きをもたらしたフレネルの生涯と、彼の遺した偉大な発明フレネルレンズが普及するまでの道のりを描く、一般向けの科学・歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Short, Bright Flash : Augustin Fresnel and The Birth of the Modern Lighthouse, by Theresa Levitt, 2013。日本語版は2015年10月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み、本文約279頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント43字×16行×279頁=約191,952字、400字詰め原稿用紙で約480枚。文庫本なら標準的な一冊分の分量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。虫眼鏡で日光を集め紙を焦がす理科の実験を覚えていれば充分。特に主題となるフレネルレンズの原理は、73頁の図を見れば一発で解る。

 それより、必要なのは地図か Google Map。欧米の海岸や岬の地名が続々と出てくるので、キチンと読みたい人は地形を確かめながら読もう。また、19世紀以降の欧米の歴史を知っていると、より味わいが増すだろう。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 序章 暗く危険な海
    いかだの上の「地獄の生存競争」/海難事故と灯台/大望を抱いた2人の青年
  • 第1章 それは、一人の男の野望から始まった
    マチュー村の「遊びの天才」/いわゆる「オタク」/土木技師・フレネルの夢想/光は「粒子」か「波」か/唯一の理解者、現る/暴君ラプラス/師弟の決別/国賊から英雄へ/回析実験の成功/すばらしい休暇の使い方/チャンス到来/粒子信奉派vs.光波信奉派/信じがたい真実
  • 第2章 「灯台の光」への挑戦
    新生フランス灯台委員会の改革/反射鏡からレンズへ/フレネルが発明した特殊なレンズ/製品化が困難を極めた理由/13日の金曜日、決意の公開実験/海のヴェルサイユ宮殿/レンズの改良/夜のシャンゼリゼ通りが真昼の明るさに/世界初のフレネルレンズ
  • 第3章 より確かな輝きを求めて
    「灯台マップ」の作成/回転装置の改良/完璧なプリズムを作るには/イギリスの灯台事情/スコットランドからの注文/ライバルの無謀な挑戦
  • 第4章 引き継がれた遺志
    フレネル逝く/亡き兄のために/「もっともすばらしい勝利」/蒸気機関の登場/熟練職人の競い合い/最後に残った2つの灯台/ロンドン万博とパリ万博/嘘をついているのは誰?/灯台守の血
  • 第5章 遅れをとった大国、アメリカ
    経費削減の鬼/鯨油とアメリカの灯台の運命/ルイスが作ったランプ/節約のための愚行/ついにアメリカへ上陸/エゴイストの嫌がらせ/とんでもない代物/プレソントンへの逆襲/500ドルで落札された「機械」/変化のきざし/夜8時ちょうどに/合衆国灯台委員会の創設/最高のメンバーが終結/「有用」で「経済的」な光の証明/灯台委員会と議員の闘い/“大西洋の墓場”/万博のスター/メーカーとの駆け引き/太平洋岸への設置/もっとも重要で、もっとも困難な課題/そして、世界一に
  • 第6章 南北戦争と灯台
    灯台の明かりが消えた!/発砲準備/戦争が始まる/ハッテラス岬灯台、国家の裏切り者/とっておきの隠し場所/南北レンズ争奪戦/無法者の一団/西海岸も闇のなか/メキシコ湾岸の「アナコンダ作戦」/ヘッド・オブ・パッシーズの争い/南軍自爆/戻ってきた光/終戦後に見つかった「お宝」
  • 第7章 黄金時代の到来
    フランスとイギリスの争い/テクノロジーの挑戦/「超輝レンズ」第1号/巨大なレンズを回転させる方法/“黒船”ペリーと日本の灯台/ドイツ兵と交わした言葉/フレネルが遺したもの
  • 訳者あとがき/さくいん

【感想は?】

 どちらかというと、科学より歴史寄りの本だ。

 灯台の明かりを沖合まで都度蹴るフレネルレンズが、いかに生まれ、どう育って普及し、世界中の海へ広がっていったか。その道のりを辿る本である。原理や技術の説明は最小限で、製造工程などはほとんど触れない。

 発明者はオーギュスタン・ジャン・フレネル。

 18世紀末のフランスに生まれる。典型的な理系の人で、研究は好きだが人を率いるのは苦手。土木技師として社会に出たが、労働者を監督するのが嫌いで、「私には向かない」と何度も手紙で愚痴をこぼしてたり。親しみが持てるなあ。

 でも創意工夫の才には恵まれていたようで、幼い頃にちょっとした事件を起こしている。戦争ごっこで遊んでいるうち、弓の改良に夢中になり、近くの林で様々な素材の木を試す。結果、弓の性能が上がりすぎて「ごっこ遊び」じゃ済まなくなり、カーチャンたちから大目玉を食らう。これだから男の子ってw

 灯台の役割は目印となることだ。当時は電灯なんかないから、油を燃やす灯かりを反射鏡で集め照らしてた。が、当時の鏡は性能が悪く、光はあまり遠くまで届かない。結果、多くの船が座礁してしまう。

 そこで遠くまで光を届けるため、鏡じゃなくてレンズを使おうってのがフレネルの案のキモの一つ。ところが、問題が二つある。

 一つは原理の話。光は粒子か波動かって対立。粒子派はかのニュートンから始まり、フランスじゃ科学界の親玉のパスカルが粒子派。ところがフレネルは波動派で…。客観的に思える科学の世界でも、人物の好悪や政治力が影響を及ぼす、ありがちな逸話だね。

 もう一つは、レンズの厚さ。フレネルレンズ、理屈は凸レンズなんだが、普通に造ったら中心部が厚くなりすぎて使い物にならない。

 光の屈折はレンズの表面で起きる。大事なのは表面で、厚さそのものはそうでもいい。なら、厚すぎる部分はカットして薄くしちゃえばいいじゃん、ってのがフレネルレンズの賢いところ。

 もっとも、これだけだとランプの明かりの一部しか集まらない。上や下、そしてレンズの反対側に向かった光は無駄になる。これもプリズムや反射鏡を組み合わせて集め、フレネルレンズは進化してゆく。

 こういう「資源の最後の一滴まで搾り取る」工夫は、いかにもフランス流って気がする。今のアメリカだと、資源それ自体を大きくしようって発想になるんだよなあ。

 幸いフレネルレンズは優れた性能を発揮し、「じゃフランス沿岸に灯台を並べて明かりが途絶えないようにしよう」なんて壮大な計画も持ち上がる。ワクワクするでしょ。でも、確かに理屈じゃ可能だけど、肝心のレンズ製作は難しくて…。

 今でも光学機器はデリケートな工業製品の代表だ。まして当時は大半が職人による手作り。しかもフレネルレンズはデカい。一等級だと2mにもなる。それだけのガラス製品を、歪みも泡もなく均等に造ろうってんだから、苦労は相当なもの。事実、レンズの調達に四苦八苦してる。

 などとプロジェクトX的なトーンの前半に対し、後半では舞台がアメリカに移り、キナ臭い香りが漂ってくるのが切ない。特に辛いのが南北戦争のあたり。

 なんたって灯台は船を導くものだ。民間の船も導くが、敵の船も導く。だから時として邪魔にもなり…

 今はGPSが普及し、灯台も役割を終えつつある。とはいえ、華麗で壮大な灯台のフレネルレンズは、各地の灯台で観光の目玉として旅行客にお披露目されている。世界中の船乗りたちを導いた灯台には、科学者と技術者の苦闘の物語が秘められていた。そんな本だった。

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2017年7月17日 (月)

小川一水「天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART1・2」ハヤカワ文庫JA

「跳ばないよ。彼らの一人でも残っているうちはね」
  ――上巻p330

「僕の、きっと究極の、敵だ」
  ――下巻p60

「――しかし、ヒトとはなんだ?」
  ――下巻p233

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第九弾。

 21世紀初頭、突然人類を襲った感染症・冥王斑。罹患者の大半は死ぬが、稀に生き延びる者がいる。人類の太陽系進出と共に、抑圧される罹患者たちは≪救世群≫として独立した社会を築きあげた。

 25世紀、≪救世群≫は異星人カンミアと接触、身体改造技術を受け強靭な肉体を手に入れ、また冥王斑を太陽系全体に拡散し、人類の大半を殺戮した。

 かろうじて生き残った小惑星セレスでは、少年たちが泥縄式に社会を築き上げてゆく。しかし≪救世群≫もセレスに到着、両者は互いに接触がないまま、セレスは太陽系を離れ何処かへ向かう。

 そして29世紀。セレスはメニーメニー・シープと名乗る世界が成立していた。そこに現れた≪救世群≫のイサリをきっかけとして、互いの正体を知らぬまま両者は衝突へと向かってゆく。

 だが、この両者の対立の奥では、全く異なる存在の思惑が蠢いていた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 PART1は2015年12月25日発行、PART2は2016年10月25日発行。文庫本の上下巻で縦一段組み、本文約324頁+382頁=706頁に加え、下巻に「最終巻の手前でのあとがき」4頁。9ポイント40字×17行×(324頁+382頁)=約480,080字、400字詰め原稿用紙で約1,201枚。上中下の三巻にしてもいい分量。

 文章は読みやすい。ただ、内容は相当に敷居が高い。SFなガジェットが次々と出てくるのもあるが、それより大長編小説の終盤だから、というのが大きい。

 今までに描いた多数のストーリー・ラインが合流し、様々な人々が集う巻なので、これから読み始めるのは無謀。ストーリー・アイデア・スケールすべての面で間違いなく傑作なので、素直に最初の「天冥の標Ⅰ メニー・メニー・シープ」から読もう。

【感想は?】

 気分は幻魔大戦(→Wikipedia)の最終回。それも平井和正+石森章太郎の漫画版。

 奇妙な異世界の冒険物を思わせながら結末で唖然とさせた「メニー・メニー・シープ」から始まり、現代を舞台としたパンデミック・サスペンスの「救世群」へと飛び…と、それぞれの巻ごとに全く異なる感触で楽しませてくれたこのシリーズ、ついに前の「ジャイアント・アーク」で見事に合流を果たした。

 が、そこに見えてくるビジョンは絶望的なものだった。ここでは、その絶望すら甘いと、更に厳しい状況へ登場人物たちを突き落とす。

 なんたって、それぞれの勢力や思惑を代表する者たちが、それぞれに厳しい重荷を背負っているのだ。

 未曽有の危機に瀕したメニー・メニー・シープで奮闘するカドム,狂える女王ミヒルに率いられた≪救世群≫から逃げてきたイサリ,創造者のくびきに囚われた≪恋人たち≫。加えて、自我は獲得したが書としての不備は抱えたままの異星人カンミア。

 いずれも問題を抱え、かつその解決は絶望的でありながら、チームとしてまとまればどうにかんありそうなのが憎い。

 とは言うものの、素直に「チームワークで行こう!」となならないのが、小川一水世界の厳しいところであり、漫画版・幻魔大戦から半世紀の時の流れを感じさせる。皆さん事情を完全に把握してないってのもあるが、それ以上に、各自の立場や利害があって、大ぴらにできることと出来ないことがあるのだ。

 などの事情を抱えながら、少しづつチームとしてまとまってゆく過程は、オトナの事情にまみれていながらも、王道の少年漫画の持つワクワク感に溢れている。むしろ互いの駆け引きがある分、緊迫感とリアリティが半端ない。

 このワクワク感の盛り上げに一役買っているのが、彼らの出自。

 医師のカドムはともかく。デムパを受信する羊飼い。人工的に身体を増強した≪海の一統≫。全く異なる姿に変えられた≪救世群≫。人造的に造られた≪恋人たち≫。そして、異星人のカンミア。

 彼らのどこまでを、ヒトと認めていいんだろう?

 それどころか、メニー・メニー・シープでは、同じヒト同志が、様々な勢力に別れ睨み合っている。今は争う余力すらないが、水面下では絶え間なく駆け引きが続き、また小競り合いも絶えない。そのメニー・メニー・シープ全体は、≪救世群≫と戦闘状態にある。

 とかのテーマに沿ったお話も面白いが、それと共に、懐かしい面々が続々と顔を出すのも、この巻の楽しい所。やはり奴らはただのヒッグスとウェッジじゃなかったw

 状況が状況だけに、アクション・シーンも多い。

 中でも派手なのが、第二次オリゲネス攻防戦で登場する「ンデンゲイ」。大変に偏った思想で造られたお馬鹿兵器なんだが、こういう「たった一つの性能だけを追求し他の全てを犠牲にした」シロモノって、私は大好きだ。費用対効果は、はなはだ疑問だけどw

 もう一つ、嬉しいアクション・シーンが、終盤で≪海の一統≫が突入する場面。ここに限らず、下巻では彼らが本領を発揮する場面の連続で、こういうフリーダムな奴らが、よくもまあ今まで狭苦しいメニー・メニー・シープで我慢してたなあ、なんて思ってしまう。

 そして、集った者たちが、圧倒的な現実に直面するラストシーン。

 これぞ、私を含め多くのファンが完結を諦めていた傑作、漫画版・幻魔大戦の最終回のラストシーンそのもの。

 著者によれば、最終パートは2018年に刊行とのこと。盛り上がった物語は、どこへと向かうのか。今から楽しみでしょうがない。

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2017年7月14日 (金)

ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」河出書房新社 真田由美子訳

本書では、キッチンで使う料理道具が、私たちの食の中身や食のあり様、食に対する考え方にどのような変化をもたらしたかを探ってゆく。
  ――はじめに

人類最初の調理法は炙り焼きだった。炙り焼きの起源は数十万年前にさかのぼることが実証されている。それに対して土器の調理用鍋の歴史はわずか9000年から一万年前に始まる。
  ――第1章 鍋釜類

火は管理する必要がある――火を熾し、適切な温度に保ち、昼間十分な燃料をくべて、夜間は家が火事にならないように火力を落とす。こうした一連の作業が家事で大きな比重を占める生活は、ガスオーブンが登場する今から150年前まで続く。
  ――第3章 火

アメリカ人は人間を月へ送るのにも、18世紀のロンドンで使われていたパイントやブッシェルで考えていた。
  ――第4章 計量する

ヨーロッパにおいて、ルネサンス時代の料理に最大級のイノベーションが起こった。卵の膨張力を使ってお菓子を焼くと膨らむことを発見したのだ(略)。こうしてケーキが誕生した。
  ――第5章 挽く

新しい料理テクノロジーが導入される時は、それがどんなに有用であろうが、いつもどこかから敵意や抗議が巻き起こり、従来の方法が安全で優れている(事実そういう場合もあるが)との声が上がった。
  ――第8章 キッチン

【どんな本?】

 台所はたくさんの道具で溢れている。鍋,包丁,ガスコンロ,ピーラー,冷蔵庫…。電子レンジのように最近になって登場した物もあれば、かまどのように廃れた物もある。西洋のシェフは多数の包丁を使い分けるが、中国の料理人は一本の中華包丁を見事に使いこなす。

 鍋釜は料理に「煮る」という優れた手法をもたらした。冷蔵庫の普及は生活スタイルを変えた。そしてナイフはヒトの顔の形すら変えてしまったらしい。そして今は、最新テクノロジーと柔軟な発想を駆使して新たな調理法と味の開拓を目指す分子ガストロノミーが登場してきた。

 身近な台所を通し、古今東西の調理法や食の実態を掘り起こす、楽しくて美味しい一般向け歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Consider the Fork : A History of Invention in the Kitchen, by Bee Wilson, 2012。日本語版は2014年1月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約330頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×330頁=約294,690字、400字詰め原稿用紙で約737枚。文庫本ならやや厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。当然、自分で料理する人ほど楽しめるが、最も楽しめるのは、料理はするけどあまり上手じゃない人だったりする。

【構成は?】

 各章は独立しているので、美味しそうな所だけをつまみ食いしてもいい。

  •  はじめに
  • 第1章 鍋釜類
  •  コラム 「炊飯器」
  • 第2章 ナイフ
  •  コラム 「メッツァルーナ」
  • 第3章 火
  •  コラム 「トースター」
  • 第4章 計量する
  •  コラム 「エッグタイマー」
  • 第5章 挽く
  •  コラム 「ナツメグおろし」
  • 第6章 食べる
  •  コラム 「トング」
  • 第7章 冷やす
  •  コラム 「モールド(型)」
  • 第8章 キッチン
  •  コラム 「コーヒー」
  •  謝辞/訳者あとがき/参考文献/資料文献

【感想は?】

 私たちの先祖の苦労がしのばれる。

 例えば、火だ。料理に火は欠かせない。私たちは、様々な形で火(または熱)を扱う。ガスコンロ、オーブン、炊飯器、そして電子レンジ。

 でも、昔はそんな物はなかった。火は常に見張らなければならないものだったのだ。熾すのも面倒だが、使い終わっても、常に絶やさぬよう見張んなきゃならない。

 火事の危険もある。昔のイギリスの厨房は別棟だった。火事になっても本館は被害にあわずに済む。使用人にとっちゃ酷い話だが、それぐらい火はヤバいシロモノだったんだろう。それを考えると、木造家屋に住む日本人が、よくもまあ人口の密集した江戸なんて街を作ったものだ。

 やはり苦労を感じるのは、「第5章 挽く」。

 「パンの文化史」や「大聖堂・製鉄・水車」「水車・風車・機関車」などでも詳しいのだが、動力を使わずに粉を作るのは、大変な重労働なのだ。中東の墓地遺跡から出る女性の遺体からは、「膝、腰、足首の骨には、深刻な関節炎の跡」がわかる。

 現代のスーパーで買った小麦粉を彼らに見せたら、どう思うだろう。真っ白でサラサラで混じりっけなしの小麦粉が、百円足らずで買えてしまう。しかも薄力粉と強力粉が綺麗に分かれてる。

 そんな粉挽きの手間を省くため、欧州では水車や風車を使い、それが歯車やクランクなど機械工学を発達させる。水車を蒸気機関に置き換えたのが産業革命。なんだが、蒸気を仕事に変えるってのは、ちと発想に飛躍がある気がする。と思っていたんだが、熱を仕事に変える発想は、既にあった。

 イギリスの名物と言えばローストビーフ。牛肉の炙り焼きだ。

 大きな鉄串に牛肉を刺して、回しながらじっくり焙る。この串を回す係を、動物にやらせようって発想が、16世紀~17世紀にあった。当時は犬やガチョウが回転ドラムを回していたが、17世紀には火の熱で温まった空気で翼を回す「煙回転機」が出てくる。

 熱を回転運動に変える発想は、17世紀にあったのだ。もっとも、ジェームズ・ワットがこれを知っていたとは限らないけど。

 これから料理を始めようって人が、まず困るのはレシピ。今はインターネットで調べりゃいくらでも出てくるが、昔のレシピ本は結構いい加減なものが多かった。「小麦粉ひと握り」とかね。慣れた人なら雰囲気でわかるだろうが、これから料理を始めようって素人には不親切極まりない。

 これを変えたのがアメリカのファニー・メリット・ファーマー。彼女はレシピ本で、ティースプーン一杯・カップ一杯など、全ての食材の量をハッキリと示し、ベストセラーとなる。こういう素人に親切な本を書けた理由が、これまた面白い。

 幼い頃の彼女は、ほとんど料理をしなかった。30近くになって料理学校に入り、才能を開花させる。大人になってから料理を覚えたのが、彼女の特徴であり、親切な料理書を書けた理由でもある。

 幼い頃に料理を覚えた人は、それぞれの食材に必要な調味料の量などを、体で覚えている。はいいが、体が覚えていることを言葉にするのは難しい。その点、彼女は何も知らなかったから、頭で覚える必要があった。だから、プロの料理人が書けない部分を、彼女は文章にできたのだ。

 料理だと、他にもキッチリ測らにゃならんものが幾つかある。例えば時間。カップ麺でも、3分と5分じゃだいぶ違う。でも昔は時計なんかなかった。じゃ、どうするか。

「加熱しながら攪拌してソースを作るにはラテン語の主の祈りを三回唱えよ」

 当時はみんな教会に行ってたから、お祈りのテンポは誰でも知っている。だから時間を測る基準になったわけ。ファンタジイとかに出てくるレシピに「蓋をして呪文を三回唱えよ」とか出てくるのも、ちゃんとネタがあったのだ。

 などと野次馬根性で面白い話が多いのはいいが、OXOピーラーや中華包丁など、色々と台所用品が欲しくなるのは困りものかも。特に中華鍋が欲しいなあ。

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2017年7月11日 (火)

SFマガジン2017年8月号

私(柳瀬)は学術調査船担当というか。高倉武史さんは軍の船担当で、ざっくりわけると、軍、民間、それ以外、という配分(笑)。
  ――『ID-0』メカニックデザイナー座談会 海老川兼武×片貝文洋×柳瀬敬之

「もうすぐ≪偉大な日≫だよ、ダフィーさん」幼い黒人少年が呼びかけた。「≪偉大な日≫が来たよ」
  ――R・A・ラファティ「≪偉大な日≫明ける」伊藤典夫訳

藤井太洋「基本的に、翻訳者は小説家よりも仕事がうまいと思っています。なぜなら、彼らは難しいと思っても逃げることができないから。小説家は簡単に逃げられますから(笑)」
  ――「はるこん2017」企画再録 藤井太洋×ケン・リュウ「言語と物語の関係性」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「スペースオペラ&ミリタリーSF」として、ローダンNEO、TVアニメID-0、佐藤大輔追悼ほか。

 小説は11本。

 連載は6本。椎名誠「惑星のはらわた」,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第15回,山本弘「プラスチックの恋人」第4回,三雲岳斗「忘られのリメメント」第3回,夢枕獏「小角の城」第45回,そして待ってました藤井太洋の新連載「マン・カインド」。

 読み切りは5本。まずは特集の一本としてマルロ・ゼンの「ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下」,続いて早瀬耕「プラネタリウムの外側」,谷甲州の新・航空宇宙軍史「亡霊艦隊」,R・A・ラファティ「≪偉大な日≫明ける」伊藤典夫訳,グレッグ・イーガンの白熱光スピンオフ「鰐乗り 前編」山岸真訳。

 カルロ・ゼン「ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下」。今回の演習はサーチ・アンド・デストロイ。これまでの俺たちのチームの成績は酷いもんだし、チームワークもガタガタだ。演習だから死ぬ心配こそないものの、間抜けなアマリヤはまた伏撃を主張し…

 たった3頁なのが悔しい。悪態つきまくりの主人公アキラ、インテリぶってるアマリア、超然としているズーハン、寡黙なエルランドと、キャラはわかりやすいし、なんといっても展開がスピーディーなので、読者を物語に引き込む力がある。

 早瀬耕「プラネタリウムの外側」。グリフォンズ・ガーデン後日譚のシリーズ。藤野教授の紹介で、学部二年生の佐伯衣理奈が訪ねてきた。自分専用の会話BOTが欲しい、と。亡くなった友人との会話を望んでいるようだが…

 本筋は人の死が絡むだけに、シリアスで暗くなりがちなテーマなのに、隠れてサイドビジネスに精を出す南雲と、それを知ってか知らずか話をねじこんでくる藤野教授の陰険なやり取りが、微妙に雰囲気を明るくしている。結局、BOTに感情はあるんだろうか。うーん。

 椎名誠「惑星のはらわた」。ラクダの胎内から降りたとき、そこは半分傾いた建造物の前だった。あたりの風景には見覚えがない。わたしは、かつての任務を思い出しつつあった。わたしたちは技術者で、開拓移民として辺境の惑星に送られ…

 いつの間にか連載小説になっているニュートラル・コーナー、今回はラクダの胎内で旅する男の過去、男が旅している惑星、そして老いたラクダなど、不思議な舞台の事情が少しづつ明かされる。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第15回。ウフコックの潜入捜査により手に入れた情報を元に、イースターズ・オフィスはマルドゥック市の有力者を集め、クインテットに対抗するための連帯を求める。情報の精度の高さもあり、有力者たちの反応は好意的だ。

 前回に続き、今回も会話が中心で静かに話が進む。今までやられっぱなしだったイースター・オフィスが、協力者を得て反撃にでようとする転回点となる回。ハンターを始めとするクインテットの活躍を散々見せられ、少し彼らに感情移入しつつある私としては、ちょっと複雑な気分。

 山本弘「プラスチックの恋人」第4回。黒マカロンとのインタビューを受け、美里は再びキャッスルへと向かう。今度は最後まで試すつもりだ。助言通り、ミーフの性格設定も変えて。

 著者渾身のポルノが楽しめる回。まあ、アレです、ポルノってのは、基本ファンタジイなわけで、オルタ・マシンにも色々と仕掛けがあって。そうきたかw こういうのって、人により匂いだったり声だったりとツボが違うんだけど、その辺は、やっぱし予めリクエストするのかな?

 谷甲州の新・航空宇宙軍史「亡霊艦隊」。タイタン主導の外惑星連合は、動く艦をかき集めて第一機動艦隊を編成、出動する。艦隊司令部の石蕗提督に、先行して地球周辺を通過しつつある無人偵察機 Kr-02 から情報が入る。

 今回の視点は外惑星連合。光速でさえ大きなタイム・ラグがある太陽系のスケールを実感できる回。互いに手に入る情報は限られており、かつリアルタイムではないあたり、かえって電信が普及する前の戦争に似た雰囲気になってる気もする。

 三雲岳斗「忘られのリメメント」第3回。他者の体験を追体験できるMEM、その憶え手として人気を誇る宵野深菜は、連続殺人鬼アサノの模倣犯の捜査を頼まれる。深菜と同居している三崎真白は、アサノの模倣犯・暮林朋に目を付けられ…

 物騒な雰囲気で始まった物語が、意外な形で牙を剥きだす回。中盤以降のアクションは、舞台の独特な風景も相まって、映像化したらかなりの迫力になるだろうなあ。作り手によるアレンジの仕方でも、雰囲気は大きく変わりそう。

 R・A・ラファティ「≪偉大な日≫明ける」 Great Day in the Morning 伊藤典夫訳。夜明け前。散歩中のメルキゼデク・ダフィーに黒人少年が声をかける。「≪偉大な日≫が来たよ」。若者たちは街中の時計から長針と短針を外しまわっている。そしてコーヒーショップでは、コーヒーカップが…

 ラファティの作品の中では、比較的にわかりやすい方、なのかな? 偉大な日、この街では何もかもが今までとは打って変わって…。 ハッキリと「信仰」をテーマにしつつ、その扱いは本気なんだか冗談なんだか。いずれにせよ、イカれまくった世界の描写はラファティならでは。

 グレッグ・イーガン「鰐乗り 前編」 Riding the Crocodile 山岸真訳。「白熱光」スピンオフ。多くの知的種族が銀河系に広がった遠未来。銀河の円盤部分は多くの種族が共存し一つの文明となったが、中央部に住む者はあらゆる接触を拒んでいる。だが何者かが存在するのは確実で…

 いきなり結婚生活一万年と、スケールがデカい。これが他の作家なら馬鹿話なんだが、あくまで語り口は大真面目なのがイーガン。ほぼ光速で移動できるとはいえ、銀河系の直径は約10万光年。広大なスケールで中央部に潜む謎を探る方法を語るあたり、理屈はともかく無茶なスケールがやたら楽しい。

 藤井太洋の新連載「マン・カインド」。「伊藤計劃トリビュート」収録の「公正的戦闘規範」から発展した作品。2045年。ブラジル・ペルー・コロンビアにまたがるテラ・アマソナスは独立を宣言、高名な軍事コンサルタントのチェリー・イグナシオが警護を請け負う。対する三国は民間軍事企業グッドフェローズに依頼し…

 現代の戦場で存在感を増している二つの要素、民間軍事企業とロボットに注目し、緻密に詰めた設定が面白い作品。P・W・シンガーの「戦争請負会社」によると、歴史的には国家軍より傭兵が中心だった時代の方が長いとか。ただ今はハーグ陸戦協定などの保護協定が傭兵には適用されず、また傭兵による犯罪も裁く法がない。などの問題も、巧く料理してると思う。

 海外ミリタリーSFガイド。やはりトップはロバート・A・ハインライン「宇宙の戦士」。これは外せないよなあ。はいいけど、ロバート・アスプリン「≪銀河おさわがせ≫シリーズ」は…まあ、スペース・オペラってことで。あとデビッド・ブリンの知性化シリーズも入れていいんじゃない?

 『ID-0』メカニックデザイナー座談会 海老川兼武×片貝文洋×柳瀬敬之。ドラマ中の所属する組織ごとにメカニックデザイナーを変えるのは巧い。Iマシンの造形にも、そんな配慮があったとは。

 「筒井康隆 自作を語る 第2回 日本SFの幼年期を語ろう 後篇」、前回に続き、聞き手・日下三蔵の綿密な事前準備に感服。これぐらいキッチリ調べた上でのインタビュウって、滅多にないんだよなあ。にしても「空飛ぶ怪獣フラゴン」の件とか、当時の鷹揚さは、なんというかw 酔狂連にも大笑い。

 大森望の新SF観光局 第57回 SFの引っ越し。読書って安上がりな趣味だなんて思っていると、痛い目を見るのが引っ越し。そもそも蔵書用の部屋が要るんで、人より広い物件が必要な上に、荷物も多い。そこで引っ越し費用を節約する方法を紹介してくれる、とってもありがたい回。

 ゲンロン大森望SF創作講座 池袋特別講義 大森望×長谷敏司。各作家の方法も楽しいが、宮内悠介のしぶとさも凄い。プロとして売れる人ってのは、気合の入り方が違うなあ。

 大森望のSF喫茶#24 大森望×片渕須直 「コニー・ウィリス、その作品世界と魅力 『ブラックアウト』『オールクリア』と『この世界の片隅に』」。執拗なまでの時代考証も絶賛された『この世界の片隅に』の監督が、やはりマニアックなロンドンの描写が光る『ブラックアウト』『オールクリア』を語る。確かにこれ映像化したら売れるだろうなあ。

 鹿野司 サはサイエンスのサ ムーアの先にあるもの。コンピュータの高速化を担ってきたムーアの法則に綻びが見えつつある今、脚光を浴びているのがバイオ技術。ということで、遺伝子ドライブ(→Wikipedia)の紹介。今の目的はマラリア対策だけど、応用範囲は広大で…

 「はるこん2017」企画再録 藤井太洋×ケン・リュウ「言語と物語の関係性」。新鋭人気作家二人の対談。言語と視点の話は作家ならではの着目点。ケン・リュウの「中国の検閲制度にはすごくムラがある」ってのも、ちょっと事情を勘ぐりたくなって楽しい。案外と担当者次第・気分次第なのかも。

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2017年7月 7日 (金)

エドワード・グレイザー「都市は人類最高の発明である」NTT出版 山形浩生訳

環境経済学者マシュー・カーンは、世界中での自然災害による被害を調べた。彼によれば、災害による死者数は当然ながら人口の多い国の方が多いが、死亡率は人口密度の増加につれて減少する。
  ――日本語版への序文

物事がうまく機能するときには、政府の複数のレイヤー――連邦、州、市――がお互いをチェックできる。これはそれぞれの層を左右する政党がちがうときは特に言える。
  ――4.3 街路清掃と汚職

ニューディールは連邦のセーフティーネットを大幅に強化して、地元政治家がたまにエサをまいて支持を買収する能力を大幅に下げた。
  ――4.3 街路清掃と汚職

開発を制限する代償は、保存地区が高価になり金持ち専用になるということだ。
  ――6.5 保存の害悪

世帯収入と世帯規模を補正すると、世帯当たりのガソリン消費は、人口密度が倍になるごとに106ガロン(402リッター)減る。
  ――8.2 汚れた足跡 炭素排出の比較

専制国家での最大の都市――ほぼまちがいなく首都だ――は、平均で国の都市人口の35%を持つ。安定した民主主義の最大の都市は、国の都市人口の23%しか保有しない。
  ――9.1 帝都東京

住宅費用が下がれば、雇用主の払う賃金も少なくて済む
  ――9.5 成長都市 シカゴとアトランタ

地方政府が競争するのは健全なことだ。競争は都市にもっとよいサービスの提供を促し、費用を下げる。国の政府が、ある特定の場所をひいきにするのはようことではない。
  ――10.1 都市に競争の公平な機会を

貧しい人を助けるのは政府のやるべきことだが、貧しい場所や経営能力の貧しい企業を助けるのは、政府の仕事ではない。
  ――10.1 都市に競争の公平な機会を

持ち家補助は、人々の支出を奨励することで、実は住宅価格を押し上げる。そして控除の便益は、圧倒的に、金持ちのアメリカ人に集中している。年収25万ドル以上の世帯の控除は、年収4万から7万ドルのアメリカ世帯の控除額の10倍以上なのだ。
  ――10.8 スプロール偏重

【どんな本?】

 多くの人口を抱え、道路は渋滞し、空気が淀む都市。いかにも環境保護の敵のように目される都市だが、実は環境に優しい。信じられない? では、ちょっと考えてみよう。

 東京は鉄道や地下鉄やバスなど、公共交通機関が発達している。だから、車がなくても暮らせる。週末にしか運転しない人も多い。郊外だと、車がなければ買い物もできない。では、どちらがより多くのガソリンを使うだろうか?

 とはいうものの、東京の通勤列車は酷く混む。それでもムンバイよりはマシだ。ムンバイでは、ほぼ毎日、通勤列車で死人が出るし、道路は常に渋滞だ。対して、シンガポールは、ほぼ渋滞がない。

 昔のパリは貧乏学生がタムロできたが、今は金持ちしか住めない。少し前のデトロイトはブイブイいわしてたが、今は見る影もない。対して、ヒューストンは急成長しているし、ニューヨークやシカゴは何度も苦境を乗り越えた。

 都市とは何なのか。都市にどんな利点があるのか。なぜ人は都市に集まるのか。成長する都市と衰える都市の違いは何か。渋滞を減らす秘訣はあるのか。国家と地方行政のあるべき姿はどんなものか。

 アメリカの経済学者が、アメリカを中心に各国の都市を見比べ、それぞれの特徴と長所・短所を挙げ、あるべき都市政策を唱える、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Triumph of the City: How Our Greatest Invention Makes Us Richer, Smarter, Greener, Healthier, and Happier, by Edward Glaeser, 2011。日本語版は2012年9月28日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約360頁に加え、訳者あとがき11頁。9ポイント46字×19行×360頁=約314,640字、400字詰め原稿用紙で約787枚。文庫本なら厚め一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。出てくる都市は比較的に有名な街が多いが、気になる人は Google Map や地図帳などで補おう。

【構成は?】

 全体としての流れはあるが、気になる所だけをつまみ食いしても結構美味しい。

  • 日本語版への序文
  • はじめに われら都市生物
  • 第一章 バンガロールの産物は?
    • 1.1 知的入港地 アテナイ
    • 1.2 バグダッドの叡智の館
    • 1.3 長崎で学ぶ
    • 1.4 バンガロール ブーム都市への歩み
    • 1.5 教育と都市の成功
    • 1.6 シリコンバレーの台頭
    • 1.7 明日の都市
  • 第二章 なぜ都市は衰退するのだろう?
    • 2.1 赤錆地帯の台頭
    • 2.2 自動車以前のデトロイト
    • 2.3 ヘンリー・フォードと工業都市デトロイト
    • 2.4 暴動はなぜ?
    • 2.5 都市の刷新 1970年以降のニューヨーク
    • 2.6 コールマン・ヤングの正義の怒り
    • 2.7 カーリー効果
    • 2.8 壮大な建築物
    • 2.9 赤錆地帯に残る
    • 2.10 縮小して偉大になる
  • 第三章 スラムのよいところ
    • 3.1 リオのファヴェーラ
    • 3.2 社会の梯子を上がる
    • 3.3 リチャード・ライトの都市脱出
    • 3.4 アメリカゲットーの興亡
    • 3.5 インナーシティ
    • 3.6 政策で貧困が拡大
  • 第四章 貧困者住宅の改善方法
    • 4.1 キンシャサの窮状
    • 4.2 病んだ都市の治療
    • 4.3 街路清掃と汚職
    • 4.4 道路を増やすと交通は減る?
    • 4.5 都市を安全に
    • 4.6 健康上の便益
  • 第五章 ロンドンは豪華リゾートか
    • 5.1 規模の経済とグローブ座
    • 5.2 分業とラム・ヴィンダルー
    • 5.3 靴・アンド・ザ・シティ
    • 5.4 結婚市場としてのロンドン
    • 5.5 高賃金の欠点
  • 第六章 高層ビルのすばらしさ
    • 6.1 摩天楼の発明
    • 6.2 A・E・レフコートのそびえたつ野心
    • 6.3 ニューヨークを規制する
    • 6.4 高さが怖い
    • 6.5 保存の害悪
    • 6.6 パリ再考
    • 6.7 ムンバイの失策
    • 6.8 三つの簡単な規則
  • 第七章 なぜスプロールは拡大したか?
    • 7.1 自動車以前のスプロール
    • 7.2 アーサー・レーヴィットと量産住宅
    • 7.3 アメリカを車中心に債券
    • 7.4 ウッドランズにようこそ
    • 7.5 蓼食う虫も なぜヒューストンに100万人も移住したのか
    • 7.6 なぜサンベルトの住宅は安いのか?
    • 7.7 スプロールの何がいけないの?
  • 第八章 アスファルトこそ最高のエコ
    • 8.1 田園生活の夢
    • 8.2 汚れた足跡 炭素排出の比較
    • 8.3 環境保護主義の予想外の影響
    • 8.4 皇太子と市長 二つのエコビジョン
    • 8.5 最大の戦い インドと中国のエコ化
    • 8.6 もっと賢い環境保護論を求めて
  • 第九章 都市の成功法
    • 9.1 帝都東京
    • 9.2 マネジメント良好都市 シンガポールとガボロン
    • 9.3 スマートシティ ボストン、ミネアポリス、ミラノ
    • 9.4 消費者都市 バンクーバー
    • 9.5 成長都市 シカゴとアトランタ
    • 9.6 ドバイは多くを望みすぎ
  • 第一〇章 結論 フラットな世界に高層都市
    • 10.1 都市に競争の公平な機会を
    • 10.2 グローバル化を通じた都市化
    • 10.3 人的資本に手を貸そう
    • 10.4 助けるべきは貧乏な人で、貧乏な場所ではない
    • 10.5 都市貧困という課題
    • 10.6 消費者都市の台頭
    • 10.7 NIMBY主義の呪い
    • 10.8 スプロール偏重
    • 10.9 エコシティ
    • 10.10 都市の贈り物
  • 謝辞/訳者あとがき/注/参考文献/索引

【感想は?】

 都市に暮らす人には、とっても気分のいい本。原題からして Triumph of the City。都市の勝利だ。

 単に「都市はいいぞ」ってだけじゃない。「各国を見ると、都市化と繁栄はほぼ完璧な相関を見せる」と、都市が国全体に利益をもたらすと主張しているのだ。

 確かに数字の上じゃそうかもしれないが、いい所ばかりじゃないぞ、と言いたい人もいるだろう。例えば東京の山谷だ。この本ではリオデジャネイロのファヴェーラを例に出している。映画「シティ・オブ・ゴッド」の舞台で、要はスラムだ。「アメリカでは、都市内の貧困率は17.7%だが、郊外では9.8%だ」。

 ほれみろ、都会は人を貧しくする。と言いたくなるだろうが、実はそうじゃない。山谷の利点は、安く泊まれて交通の便が良く、仕事にありつける事だ(→Wikipedia)。つまり、山谷が人を貧しくしたんじゃなくて、貧しい人が山谷に集まったのである。

 これはリオも同じで、田舎に住むよりファヴェーラに住む方がマシだからファヴェーラに集まるのだ。仮に仕事をクビになっても、都会なら他の仕事が見つかる。雇う側も都会の方が便利だ。賢い人であれ単純作業であれ、都会は人を集めやすい。

 とまれ、矛盾もあって。こういうスラムを改善するため、公立学校や上下水道や鉄道の駅を作ると、どうなるか。更にスラムが膨れ上がるのですね。スラムの居心地がよくなると、更に貧乏人が集まるわけ。そういえば、バックパッカーが集まる安宿も、駅の近くが多いんだよなあ。

 人が集まるのはいいとしても、道が混むのは困る。ムンバイは常時渋滞だ。じゃもっと道路を作ろう、とアメリカは考えたが、「車両の走行距離は新しい高速道路の新規建設延長とほぼ一対一で増加」するから、いくら道を作っても追いつかない。

 これをうまく解決したのがシンガポールとロンドン。要は渋滞税で、混む所ほど高い税を取る。ドライバーは納得できないだろうが、道路だって資源なのだ。場所により地価が違うように、道路だって場所(と時間)により利用料金が違ったっていいじゃないか。

 都会には他の欠点もある。夜の歌舞伎町はヤバい。都市はまっとうな経営者が稼ぎやすいだけでなく、犯罪者にとっても美味しいナワバリになる。この点も正直に認めている。

どんな犯罪でも都市人口が倍になると、逮捕される確率は8%ほど下がる。
  ――4.5 都市を安全に

 じゃ、どうするか。刑期を長くするのも、効果はある。ただし、反省するからじゃない。ムショにいる間は犯罪を犯せないからだ。著者によると、効果的な対策は二つ。警官を増やす事と、警官と地域の住民の交流を増やすこと。そういう点じゃ、日本の交番は巧みな方法なんだなあ。

 などと良い所ばかりのようだが、デトロイトのように衰える都市もある。日本だと夕張だね。共通点は、一つの産業に集中しちゃってる点。こういう都市は、主要産業がコケると町もコケる。こう書くと、あたり前すぎてみもふたもないなあ。対して、繁栄が続いたり何度も復活する都市の特徴は…

教育は、都市の成長の指標としては一月の気温に次いで最も信頼できる予測指標で、これは特に古い都市についていえる。
  ――10.3 人的資本に手を貸そう

 と、教育の重要性を強調している。どの国でも学歴が高いほど収入も多い。それだけ地元で使う金も払う税金も多いわけで、自治体にとっちゃ有り難い。デカいビジネスを成功させてくれれば、更にいい。

 ただし、単に金を出せばいいってわけじゃない。「よい教師と悪い教師の有効性にはすさまじい差がある」。これはアメリカも日本も共通してて、いずれも駄目教師のクビをなかなか切れないんだよなあ。おまけに日本は飛び級もないしブツブツ…

 全般的に著者は自由主義より。例えば厳しすぎる建築基準には反対で、高層ビル歓迎だ。面白いのは環境問題への視点で、何を造るにせよ、「ソコ以外に作った場合と比べてみよう」なんて提案もしている。

 著者の言い分の全てに賛同できる人は少ないだろうが、多かれ少なかれ、何らかのインスピレーションを受け取る人は多いだろう。都市が好きな人には、特にお薦め。

 でも東京の満員電車をどうにかする案は…都心にタワーマンションを建てまくる?

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2017年7月 4日 (火)

ジャック・ヴァンス「スペース・オペラ」国書刊行会 浅倉久志・白石朗訳

「単純な問題です」ゴンダーは答えた。「第九歌劇団が消えました」
  ――スペース・オペラ

正午に数分まえ、ふいに太陽が南に傾いて沈んだ。
  ――悪魔のいる惑星

【どんな本?】

 奇想天外な発想と洒落た会話、そして皮肉の利いたオチで読者を魅了するSF/ファンタジイ作家ジャック・ヴァンス Jack Vance の中編・短編を集めた、日本独自の編集による作品集。

 書かれた時代が時代だけに、ガジェットの類こそ古臭い雰囲気があるものの、お話の核となるアイデアや、登場人?物たちの性格付けは見事だし、語り口は軽妙そのもの。ビール片手に気軽に楽しもう。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年5月25日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約438頁に加え、白石朗による訳者あとがき13頁。9ポイント45字×20行×438頁=約394,200字、400字詰め原稿用紙で約986枚。文庫本なら上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、SFガジェットはたくさん出てくるものの、小難しい理屈は要らないので、理科が苦手な人でもSFにアレルギーがなければ大丈夫。

【収録作は?】

 以下、作品名は日本語の作品名/原題/初出/訳者 の順。

スペース・オペラ / Space Opera / 1965 / 白石朗訳
 人類が恒星間宇宙に進出し、多くの知的生命とコンタクトを果たした遠未来。未知の惑星ルラールから来た異種族による第九歌劇団の地球初公演は、見事な舞台で観客を感心させる。だが、論争は残った。
 その演目は、本当に彼らのオリジナルなのか? 彼らを連れてきたゴンダー船長のヤラセではないか? 人類の音楽は他種族にも理解できるのだろうか? 論争の結論は出ないまま、大事件が持ち上がる。なんと、ルラール第九歌劇団が消えてしまったのだ。
 この事件をきっかけに、公演を主催した富豪のデイム・イザベル・グレイスは、大胆不敵な計画を思いつく。人類が生み出した芸術の至宝オペラを、異星人たちにも紹介しよう。かくして、彼女は豊かな人脈と財力を駆使してオペラ界のスターをかき集め、宇宙巡業の旅に出るのだが…
 ゴージャスなオペラ、曰くありげで強烈な個性の登場人物、謎に満ちたエイリアン、そして意外性に満ちた(が微妙にしょうもない)オチと、ジャック・ヴァンスの魅力がたっぷり詰まった長編。
 なんと言っても、キャラクターがいい。甥には甘いが強固な意志と豊かな財力&行動力で計画を進める、オペラ・マニアのデイム・イザベル・グレイス。彼女の強烈な個性に圧倒されながらも、セコい計略で脛をかじるスチャラカな浪費家の甥ロジャー・ウール。そんなロジャーをあっさり篭絡する謎の美女マドック・ロズウィン。
 加えて、オペラとは全く縁のない謹厳実直な宇宙船船長ながら、ルラール人を発見し第九歌劇団を地球に連れてきたアドルフ・ゴンダー。インテリを鼻にかけた音楽学の大家でイザベルの論敵バーナード・ビッケル。いずれもマイペースで不協和音出しまくりのチームだ。
 そんなメンバーによる、豪華絢爛なオペラ団の公演は、異星人にどう受け取られるのか。ジャック・ヴァンスの十八番、奇矯な文化を持つ異星人たちの魅力がたっぷり詰まった、センス・オブ・ワンダーあふれる作品。
新しい元首 / The New Prime / ワールズ・ビヨンド誌1951年2月号 / 浅倉久志訳
 紳士淑女がフォーマルな夜会服をまとう社交界のパーティーに、アーサー・ケイヴァーシャムは放り出された…全裸で。
 改めて冒頭のシチュエーションを書くと、つい笑ってしまう。実際、マジでこの通りなんだから困るw ドタバタ喜劇・ファンタジイ・遠未来のSFなど、バラエティ豊かな世界の五つの物語を、鮮やかなオチでまとめ上げた、語りの腕が冴える短編。
悪魔のいる惑星 / The Devil on Salvation Bluff / フレデリック・ポール編 Star Science Fiction Stories No.3 1955 / 浅倉久志訳
 レイモンドとメアリの夫婦は、開拓中の惑星グローリーに福音をもたらそうと、フリット族に奉仕を続ける。彼らのために道を作り家を建て用水路を掘り…。だが、フリット族は二人の厚意を喜ぶどころか、迷惑がって二人の努力の結晶をブチ壊すのだった。
 これもヴァンスの十八番が光る作品。グローリーに住むフリット族の奇怪な生活スタイルと、熱心に伝道に身を捧げるレイモンドとメアリの対比は、ヴァンスのお家芸とも言える構造だが、船員として世界各地を巡ったヴァンスの作品だけに、社会風刺を含んでいるような気も…
海への贈り物 / The Gift of Gab / アスタウンディング誌1955年9月号 / 浅倉久志訳
 惑星サブリアの海は希少物質を豊かに含む。養殖鉱業社は浅海に多数のいかだを浮かべ、養殖したフジツボや採集したナマコから、希少物質を抽出している。六カ月勤務の満了が近づいた頃、事件が起きた。カール・レイトの姿が見えない。彼を探しに出たフレッチャーは…
 60年以上も前の作品だってのに、全く古びていないのに驚く。養殖鉱業社の事業内容とか、充分に今のSFでも通用する。敢えて言えば、記録媒体がマイクロフィルムって所ぐらいで、これもコンピュータに変えればいいだけ。
 お話は、隔絶された海上での失踪事件から、ホラーぶくみのミステリとして始まり、海洋アクションを挟んで結末へと進む。失踪事件の恐怖、謎がほのめかすおぞましさ、そしてアメリカ人の好みに合いそうなラストなど、このまんまハリウッドが映画化すれば大当たりしそうな完成度も凄い。というか、きっと既にどこかの映画会社が買い付けてるだろうなあ。
エルンの海 / The Narrow Land / ファンタスティック誌1967年7月号 / 浅倉久志訳
 軟泥の中でエルンは生まれた。上から襲い掛かる巨大なものや、塩水沼に住む鬼をかわしながら、エリンは成長する。片方の沖は黒い闇の壁で、もう一方の沖は雲と雨と稲妻の壁。二つの中間領域が延々と続いている。
 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「愛はさだめ、さだめは死」の先行して、異形のエイリアンの生活環をクールに描く、センス・オブ・ワンダーたっぷりのエッジの利いた作品。「悪魔のいる惑星」もそうなんだけど、一見ファンタジックに見えて、そういう環境は現実に考えられるあたりも、曲者ヴァンスならでは。

 「宇宙は拡大した地球ではない」と言ったのはスタニスワフ・レムだったかな? この作品集では全く同じ発想を奥に秘め、「拡大した地球」的発想の人類とエイリアンの軋轢を描きながら、ハリウッド好みのエンタテイメントとして成立しちゃってるのに感心する。

 私は最近になってヴァンスを好きになったニワカだけど、それだけに未読のヴァンス作品が沢山あるんで、色々と漁ってみよう。

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2017年7月 2日 (日)

森勇一「ムシの考古学」雄山閣

三内山遺跡では、酒造りに使われた可能性が高い野生の果実の種子と、それが腐熟していたことを示すおびただしい数のショウジョウバエのサナギがいっしょに発見されたことから、縄文人が果実酒を造って飲んでいたことが想像されるのだ。
  ――2 躍動する縄文人

昆虫の持つ最も重要な特性の一つとして、移動・跳躍に適した三対の脚があり、二対のはねがあることを挙げねばならない。昆虫ほど、周辺環境の変化に対して適応力が速い生物はいない。
  ――コラム 多い・速い・強い 遺跡から見つかる昆虫たち

【どんな本?】

 ムシと考古学。はて、何の関係があるんだ?

 ゲンゴロウは水中に棲む。イネネクイハムシの幼虫はイネの値を食い荒らす。同じ遺跡から両者の化石が多く出てきたら、そこは水田だった可能性が高い。同様に、クワハムシはクワの葉しか食べない。だからクワハムシの痕跡が多かったら、そこは桑畑だったろう。

 そんな風に、遺跡から出てきた昆虫の化石は、その土地がどう使われていたかを調べる手掛かりになる。

 主に日本の縄文時代から江戸時代を中心に、各地の遺跡発掘・調査に携わった著者が、昆虫の化石をどう調べるか・どんな化石が出てきたか・そこから何が分かるかを語る、一般向けの科学/考古学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年8月24日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約229頁に加え、カラー写真の口絵4頁。10ポイント45字×19行×229頁=約195,795字、400字詰め原稿用紙で約490枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、写真を多く収録しているので、実際の文字数は7~8割程度。

 文章はやや硬い。が、内容は意外ととっつきやすい。著者が今まで書いた論文を集め、一般向けに読みやすく書き直した、そんな感じの本だ。

【構成は?】

 基本的に縄文時代から江戸時代まで、時系列順に例を紹介してゆく。それぞれの例はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 緑色のビニール片
  • 1 寒さにふるえた北の狩人
    • オオハンミョウモドキ 岩手県大渡Ⅱ遺跡
    • 氷河時代の環境を推理する 宮城県富沢遺跡
    • 褐色のハネの正体は? 愛知県東白坂地区
    • 昆虫と植物のタイムラグ 岐阜県宮ノ前遺跡
    • ナウマンゾウのウンチを食べる 長野県野尻湖湖底遺跡
    • コラム 昆虫化石は示相化石
  • 2 躍動する縄文人
    • アカスジキンカメムシ 北海道納内六丁目付近遺跡
    • 縄文時代の植生干渉 岐阜県宮ノ前遺跡
    • 5000年前のクリ林と縄文人の知恵 青森県三内丸山遺跡
    • 酒を飲んでいた縄文人 青森県三内丸山遺跡
    • 東高西低の縄文文化 愛知県松川戸遺跡ほか
    • 縄文人の野焼きが黒ボク土を作った! 三重県橋垣内遺跡
    • 矢作川河床埋没林 愛知県矢作川河床埋没林
    • ネブトクワガタの年代を測る 宮崎県福島川河床
    • コラム 火山灰はモノサシ
  • 3 悪臭漂う弥生ムラ
    • イネを食う虫の出現 愛知県岡島遺跡
    • 水田指標昆虫とは 静岡県岳見遺跡
    • ヒトの集中居住に伴う環境汚染 愛知県朝日遺跡
    • キリギリス鳴く弥生ムラ  愛知県朝日遺跡
    • 登呂遺跡を掘る 静岡県登呂遺跡
    • 埋もれた昆虫の完形率 静岡県池ヶ谷遺跡
    • 弥生時代の石器工場 三重県宮山遺跡
    • 珪藻から活断層の活動度を調べる 三重県中縄遺跡
    • コラム 昆虫化石の調べ方
  • 4 火山灰に埋もれた田んぼ
    • ゲンゴロウやガムシでいっぱい 群馬県荻原団地遺跡
    • 古墳時代の運河をのぞいてみると 岐阜県米野遺跡
    • 洪水に襲われた小区画水田 愛知県門間沼遺跡
    • 田んぼの畦にヨモギやギシギシ 三重県筋違遺跡
    • 狗奴国の井泉に落ちたムシ 愛知県八王子遺跡
    • ハムシはみんな偏食家 愛知県猫島遺跡
    • 目が覚めるほど美しい昆虫化石 富山県魚津埋没林
    • コラム 多い・速い・強い 遺跡から見つかる昆虫たち
  • 5 古代 地方都市の賑わい
    • 国府に居たムシ 山口県周防国府跡
    • 郡衙の井戸は糞虫だらけ 静岡県川合遺跡
    • 10世紀のみちのく 青森県新田遺跡
    • 天平のハグロトンボ 愛知県勝川遺跡
    • 北陸の乾いた大地 石川県畝田C遺跡
    • 藻塩法による塩作り 愛知県松崎遺跡
    • 焼けたワラジムシ 山梨県狐原遺跡
    • コラム 水域のバロメーター 珪藻化石を調べる
  • 6 中世農民のフロンティア魂
    • 畑作害虫の末路 愛知県若葉通遺跡
    • ムシが語る中世の大開墾 東京都自然教育園
    • 『海道記』に描かれた畑作地帯 愛知縣富田庄
    • ハッチョウトンボ飛ぶ湿原は、田んぼだった! 佐賀県橿原湿原
    • 安濃津を襲った大事死因と津波 三重県鬼が塩屋遺跡
    • 古井戸考古学 愛知県吉田城遺跡ほか
    • コラム 大型植物遺体と花粉化石
  • 7 信長の米倉
    • 米倉のありかを突きとめる 愛知県清洲城下町遺跡
    • 500年前の夏の夜のできごと 愛知県毛受遺跡
    • ボクが見つけたノコギリカミキリ 愛知県大脇城遺跡
    • 清須の大改修は天正地震の災害復旧工事? 愛知県清洲城下町遺跡
    • コラム スペシャリストとジェネラリスト
  • 8 大名屋敷の台所
    • 床下の埋桶はぬか床だった 愛知県名古屋城三の丸遺跡
    • 目に浮かぶマツのはげ山 愛知県勝川遺跡
    • 寺の境内は虫の宝庫 山梨県宮沢中村遺跡
    • 桑名城下のドウガネブイブイ 三重県桑名城下町遺跡
    • シデムシ誘ういい香り 愛知県室遺跡
    • 粉にまみれたヒルの謎 宮城県沼向遺跡
    • コラム 昆虫化石の電顕観察とDNA分布
  • 9 アンコール文明と長江文明を探る
    • 海外の昆虫に名前がつけられるうだろうか
    • オオミズスマシ住むアンコールトムの環濠
    • 都城内にあった水浄化システム
    • 長江文明をたずねて
    • 幻の仮面王国と龍馬古城遺跡
    • 龍馬古城遺跡からイネクロカメムシ
    • 6000年前の大環濠集落
    • 昆虫分析と珪藻分析
    • 城頭山遺跡の環濠内に都市型昆虫
    • 滇王国の王墓にささげられた花
  • 10 日本にゾウがいたころの昆虫化石
    • ゾウがいて、ワニがいた
    • 博物館建設地から化石ざくざく
    • 亜熱帯の生き物たち
    • トカラ海峡を越えた昆虫
    • ダイコクコガネの絶滅種
    • 500万年前のトックリゴミムシ
    • 極寒の気候下を生き抜いたムシ
  • おわりに 昆虫少年はどこへ行った!

【感想は?】

 掌編ミステリ60連発。

 「ムシの考古学」と言っても、「昔のムシはどうだったか」を調べるわけじゃない。遺跡から出てきた昆虫の化石を基に、その遺跡に住んでいた人々の様子や、当時の気候などを明らかにしようとする話だ。本の分類としては、科学と歴史のどちらにするか悩ましい所。

 そう、この本の面白さは、ミステリの面白さだ。実際、この本のネタは、そのまま本格ミステリにも応用できそうな物が多い。

 本格ミステリ。普通の人が見落としがちな手掛かりを基に、過去を再現してゆく物語。手がかりが小さければ小さいほど、見落としがちであればあるほど、そして身近な手掛かりであるほど、真相究明に至る過程は意外性に富み楽しくエキサイティングになる。

 昆虫マニアでもない限り、人は昆虫にあまり注意を払わない。だが、たいていの場所には、昆虫が棲んでいる。身近だが見落としがち。ミステリの仕掛けとしては、格好のネタだろう。

 そういう点では、この本は充分に面白いミステリと言える。ただ、学者が書いた本のためか、あまり意外性を強調する書き方はしていない。逆に、なるべくわかりやすく正確に伝わるように、丁寧に順を追って語るので、素直に頭に入ってくる反面、ちと娯楽性に欠けるのは仕方がない。

 さすがに書き方は娯楽作家っぽくはないが、ネタそのものの面白さは充分。しかも、それぞれの謎が数頁で提起されては解かれてゆくので、スピード感は半端ない。

 基本は、冒頭の引用にあるように、遺跡から出てきた昆虫の化石を基に、その遺跡の性質や歴史を探る話だ。わかりやすいのがクワハムシで、これはクワの葉だけを食べる。クワハムシが沢山出てきたら、そこは桑畑だったと考えていい。

 が、世の中、それほど簡単な話だけじゃない。幾つかヒネリが必要な場合もある。

 例えば青森の新田遺跡。10世紀から11世紀にかけての遺跡だ。ここからは、クロバエやショウジョウバエなど、食糞性の昆虫が出てきた。多くの人が住み、ゴミや排泄物を出していたと考えられる。また、コメやイネを食べるコクゾウムシも出てきた。が、稲作の害虫であるイネネクイハムシは出てこない。

 コメを食う奴はいる。でもイネの根を荒らす奴はいない。はて。

 答えは簡単。「新田遺跡はイネの消費地ではあっても、イネの生産地では決してなかった」。つまりは都市ですね。

 など、手がかりとしては昆虫の化石が中心だが、他にも様々な手掛かりかた手繰っているのが、エキサイティングな所。

 愛知県の松崎遺跡は、奈良・平安時代の塩作りの跡として知られている。この項では、手がかりとして万葉集の歌に加え、出てきた土器から手繰ってゆく。証拠の品は、なんと珪藻(→Wikipedia)。土器に残る珪藻を調べ、それが海藻に由来するものである事を突き止める。そこから考えられる製塩方は…

炎天下に積み上げた海藻に何度も海水をかけて水分を蒸発させ、濃い塩水を作ったのちこれを煮つめて塩を得る。

 と、虫だけじゃなく、珪藻などの微生物、花粉やプラント・オパールなど植物の痕跡、そしてもちろん土壌や地層など、あらゆる手がかりを総動員して、過去の真実へと迫ってゆくのだ。

 こういうあたり、ミステリとしては科学捜査の面白さそのもの。科学と歴史が交わるところに生まれた、現代ならではの楽しさに満ちた本だった。

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