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2017年6月 9日 (金)

ピーター・トライアス「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉訳

「人はみな有罪だ。問題はその罪が何かだ」
「特高課の課員でも?」
「有罪ならざる課員は有能ならざる課員だ」
  ――p103

「世の中の厄介事はすべて退屈が原因なんだよ」
  ――p240

「嘘をつくなと僕に言ったね。そっくりお返しするよ。陛下の陰に隠れるのはやめなよ」
  ――p281

【どんな本?】

 アメリカの若手作SF家ピーター・トライアスの日本初上陸作品にして、2016年後半期の話題作。SFマガジン編集部編「SFが読みたい! 2017年版」のベストSF2016国内篇で、堂々の2位をもぎ取った。

 第二次世界大戦は枢軸側が勝利した。アメリカの東海岸はナチス・ドイツが、西海岸は大日本帝国の支配下となる。そして40年がたった。

 西海岸の市民の間には電卓と呼ばれる携帯型の通話機/コンピュータが普及しており、これを使った戦争ゲームに人々は熱中している。

 ベンこと石井紅功は40歳を間近に控えた大日本帝国陸軍の大尉。かつては六浦賀将軍と共に軍事シミュレーション・ゲーム制作で優れた手腕を発揮した。今はロサンジェルスの検閲局に勤め、相応しくない電卓ゲームを検査しつつ、美食と美女を堪能しているが、怠惰な勤務態度が災いして昇進は芳しくない。

 最近、市民の間では「USA」なるアングラ・ゲームが流行っている。第二次世界大戦でアメリカが勝った架空の歴史を舞台とする作品だ。六浦賀将軍が、アメリカ人抵抗組織のジョージ・ワシントン団と協力して開発したとの疑いがある。

 その六浦賀将軍が消息を絶った。ベンは、特高こと特別高等警察の槻野昭子と共に、六浦賀将軍と「USA」を追い、捜査に当たるが…

 巨大ヒト型ロボットなど日本製のアニメやゲームのネタをふんだんに盛り込みつつ、抑圧的な大日本帝国支配下の世界を徹底的に茶化し、グロテスクな肉体改造や体液が飛び散る残虐シーンなどを散りばめ、バッド・テイストに仕上げた、娯楽アクションSF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は United States of Japan, by Peter Tieryas, 2016。日本語版は2016年10月25日発行。新書版で縦二段組み本文約355頁に加え、大森望の解説9頁。9ポイント24字×17行×2段×355頁=約289,680字、400字詰め原稿用紙で約725枚。同時に文庫本も出ていて、こっちは上下巻。

文章はけっこうクセが強い。SFガジェットは豊富に出てくるので、アニメなどである程度SFに慣れていないと辛いかも。それ以上に、残酷な描写が多いので、グロ耐性が必要。

 また、大日本帝国の支配体制を徹底的に茶化しているので、そういう政治思想の人には向かない。

【感想は?】

 わはは。「電卓」ときたか。

 この作品内ではスマートフォンに当たるガジェットだが、電卓ってネーミングがいい。

 実はパーソナル・コンピューターの普及と進歩には、電卓が大きな影響を与えているのだ。Intel 4004(→Wikipedia)とか、液晶とか。その辺を知った上で「電卓」としているなら、この著者、ただものではない。いや本当はクラフトワーク(→Youtube)がネタ元かもしれないけど。

 こういう、狙って外したようなケッタイな日本趣味はアチコチに出てくる。特に相撲の扱いが酷いw アングラ・カジノの場面では、思わず「燃えよドラゴンかいっ!」と突っ込みたくなったり。

 とはいえ、主人公はブルース・リーのように深い知恵と思想を感じさせるクール・ガイじゃないのが、っこれまた微妙にハズしている所。

 主な視点を担うベンこと石井紅功、かつては優れたゲーム・クリエイターだったらしいが、今は40目前にして女と美食に目がないスチャラカ男。帝国陸軍の大尉なんて肩書はあるものの、威厳とはあまり縁がなく、職場での評判も芳しくない。

 彼のバディとなる槻野昭子は、対照的にカチカチの特高。揺るがぬ忠誠心で熱心に職務に励む…のはいいが、いささか脳筋気味、どころじゃなく、何かというとブッ放したがる物騒な人。最初は攻殻機動隊の草薙素子かと思ったが、すぐに頭に血が上るあたりは、ブラックラグーンのレヴィが近い。

 そんなデコボコ・コンビが、大日本帝国支配下の西海岸を、華やかな表舞台から想像を絶する裏社会まで駆け回る話が、この物語の大半を占める。

 ただ、表紙や口絵に登場する巨大ヒト型ロボットは、中盤あたりまで登場せず、またあまり大きな役割を果たさない。とはいえ、巨大ロボットが市街地で暴れたらどうなるか、なんてあたりもキチンと考えていて、これはオタクの韜晦とでもいうか。そりゃタダじゃ済まないよね。

 と、ロボットの活躍が少ないのはちと残念だが、お話の中心は、あくまでも姿を消した六浦賀将軍と、謎のゲーム「USA」を追う、ベンと昭子の探索行だ。

 帝国陸軍の軍人と特高なんて、捜査に当たる者としてはまっとうな立場のコンビながら、二人が巡る世界は胡散臭い匂いのする裏通りばかり。ここで発揮されるバッド・テイストはなかなかのもので、和製より洋物の暴力ゲームの雰囲気が強い。

 特に「工匠」のアジトの場面は、著者の困った趣味が全開で発揮されるところ。よく P.K.ディックの「高い城の男」と比べられる作品だが、この辺の味わいはチャイナ・ミエヴィルの「ペルディード・ストリート・ステーション」や「クラーケン」、または K.W.ジーターの「ドクター・アダー」のテイストに似ている。

 そういう不穏で、むしろ笑いたくなるくらい悪趣味なホラー場面で彩りつつ、大日本帝国を支える将兵や特高課の面々が、大真面目な表情で陛下への忠誠を語るあたりは、なかなか強烈な衝撃がある。こういう所は、ちと日本人には書けないだろうなあ。書き手がどっち側の思想にしても、ここまで茶化しつくすのは難しい。

 陰鬱なテーマを扱いながらも、思いっきった悪ふざけで読者を混沌と混乱の渦に叩きこむ、21世紀の怪作。思想的にも残虐描写的にもキツいわりに、実はギャグじゃないかと疑いたくなる作品なので、覚悟して読もう。

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