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2017年6月18日 (日)

ハワード・グッドール「音楽の進化史」河出書房新社 夏目大訳

これは音楽の歴史についての本だ。音楽というものがこれまでにどのような変遷を経て今日のようなものになったのかを書いている。
  ――はじめに

アントニン・ドヴォルザーク「この国(アメリカ合衆国)の音楽は、いわゆる『ニグロのメロディ』にかかっているのだと私は思う」
  ――第5章 悲劇の時代 1850年~1890年

レコードが普及するにつれ、クラシック音楽には困ったことも起きた。レコードが珍しかった頃とは違い、新しいものより古いものが偏重される傾向が強くなったのである。
  ――第6章 反乱の時代 1890年~1918年

アングロサクソンやケルトの民俗音楽がブルースに与えた影響は意外に大きい
  ――第6章 反乱の時代 1890年~1918年

『ラプソディ・イン・ブルー』が演奏されると、たった14分間で音楽の世界はそれまでとはまったく変わってしまい、もう二度と元に戻ることはなかった。
  ――第7章 ポピュラーの時代Ⅰ 1918年~1945年

ロックンロールは過去のどの音楽よりも世界に影響を与えたと言っていいだろう。
  ――第8章 ポピュラーの時代Ⅱ 1945年~現在

【どんな本?】

 オペラとオラトリオは何が違うのか。バロックや古典派とはどんな音楽で、どんな特徴があるのか。和声や和音は、どのように見つかりどう普及したのか。バッハの何が凄いのか。バイオリンはいつごろから流行りはじめたのか。ポール・マッカートニーの曲の特徴は?

 主に西洋音楽を中心として、霧に包まれた起源から、記譜法や和音など曲作りの技術、当時の楽器や演奏形態、オペラやバレエや映画など他メディアが与えた影響、そしてヴィイヴァルディやストラヴィンスキーなど有名な音楽家が開拓した技法など、音楽の進化の歴史を辿りながら、音楽が表現の幅を広げてゆく過程をた辿りつつ、それが当時の人々にどう受け止められたかなどもあわせて語る、音楽好き(だが音楽の知識はない)人向けの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The History of Music, by Howard Goodall, 2013。日本語版は2014年5月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約458頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×458頁=約408,994字、400字詰め原稿用紙で約1,023枚。文庫本なら上下巻でちょうどいいぐらいの大容量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただし、アチコチで魅力的な曲を紹介しているので、その度に Youtube などを漁り始めると、なかなか先に進まないw

【構成は?】

 原則として時系列順に話が進むが、美味しそうな所を拾い読みしても充分に楽しめる。

  •  はじめに
  • 第1章 発見の時代 紀元前4万年~紀元1450年
  • 第2章 懺悔の時代 1450年~1650年
  • 第3章 発明の時代 1650年~1750年
  • 第4章 気品と情緒の時代 1750年~1850年
  • 第5章 悲劇の時代 1850年~1890年
  • 第6章 反乱の時代 1890年~1918年
  • 第7章 ポピュラーの時代Ⅰ 1918年~1945年
  • 第8章 ポピュラーの時代Ⅱ 1945年~現在
  •  謝辞/訳者あとがき/プレイリスト/参考文献

【感想は?】

 最高に楽しい音楽の教科書。

 音楽と言っても、西洋音楽、それもクラシックが中心だが、それは仕方あるまい。なにせ他の音楽はロクに記録が残っていないし。

 なんと言っても、西洋音楽は、軍事的・経済的・政治的に支配的な点を別にしても、記譜法がシッカリしているのが強い。お陰で、技術の発展の歴史が、文書として残っている。他の音楽は、演奏者が途絶えたら、それっきりだし。

 にも関わらず、未だに生き残っているガムランやインド音楽は、逆に凄いとも言えるけど。何が凄いって、いずれも構造が複雑怪奇だってこと。

 西洋の音楽は、教会の影響が強い。聖歌だ。そして聖歌は、記譜法ができるまで、一つの旋律だけで出来ていた。修道院ごとに150曲ほどの聖歌があり、修道士は耳で聞いて覚えなきゃいけない。だもんで、あまし難しい曲を作っても、修道士が覚えきれないのだ。

 1000年頃、グイード・ダレッツォが記譜法を編み出し、音楽を記録できるようになる。お陰で…

グイードの記譜法が生まれ、音楽を書いて記録できるようになると、以前よりも大胆な曲作りをすることも可能になった。覚えやすさを考慮する必要がないからだ。忘れる心配がなければ、遠慮なく変わった曲、複雑な曲も作れる。
  ――第1章 発見の時代 紀元前4万年~紀元1450年

 これが、西洋音楽の発展の始まりだ。これ以降の歴史も山あり谷ありで楽しいんだが、意外とロックの歴史にも似てるのが面白い。

 つまり、開拓者が新しい技法を編み出し新線な驚きをもたらし、やがて技巧を凝らし複雑な曲が増えてくると、その反動で単純化する動きが出てくるのだ。それが行き詰まると民俗音楽など新しい血を取り入れ、または新しい楽器やオペラなどのメディアが音楽を変えてゆくのである。

 例えば宗教改革で有名なルター。社会において改革者だった彼は、音楽においてもパンクスだった。教会で信徒は賛美歌を堂々と歌うべきだ。でも難しい曲じゃ覚えきれないんで、どうしても控えめになる。じゃ易しく覚えやすい歌を作ろう。ラモーンズかよ。

 ただし手法はパンクと違う。既にあるものを使った。民謡を集め、それに詩をつけて賛美歌にしたのだ。いわば替え歌だね。とすると、ラモーンズというより嘉門タツオかアル・ヤンコヴィックか。これに対し教会は…

 プロテスタンティズム、反宗教革命、どちらにしても、教会音楽を単純化し、歌詞を聞き取りやすくしようとしたという点は同じである。
  ――第2章 懺悔の時代 1450年~1650年

 と、似た手口で対抗するから面白い。よっぽど効果的だったんだろうなあ。

 プロのミュージシャン、特にキーボード・プレイヤーは、バッハが好きな人が多い。ヘビメタやプログレの人も、よくバッハを拝借する。それに対し、一般にはモーツァルトの人気が高い。その理由もわかった。

 モーツァルトはフリーランスで、ウケなきゃ飢える立場にいた。だもんで、「誰がいつどこで聴いても気に入ってもらえるようなものを作る必要があった」。つまりは優れたメロディ・メーカーで、とっつきやすいのだ、モーツァルトは。

 対してバッハは、「オルガンを習得しようとすれば、必ずバッハについて徹底的に学ぶことになる」。キーボード・プレイヤーに好かれるわけだ。

 そんな風に音楽そのものを楽しむ風潮が、大衆にまで行き渡ったのが、イタリア。

1850年にトリノやミラノ、ナポリなどに住んでいた人たちにとって、オペラは現代で言うiTunesやテレビのようなものだった。(略)19世紀のイタリアにおいては、オペラはもっと気軽なエンターテイメントだったのである。
  ――第5章 悲劇の時代 1850年~1890年

 今でこそオペラは着飾った紳士淑女が集うハイソな催しだが、19世紀のイタリアじゃ今の映画みたいな立場だったんだろう。

 プログレ・マニアにとってイタリアは大鉱脈で、PFMを筆頭にトロルスやオザンナなど凄いのがゴロゴロいる上に、イ・プーなんてアイドルっぽい連中までパルシファルなんて名作を作ってる土地なんだが、その源流はこういう所にあるのかも。いや「Poohlover」も好きだけどね。

 などと欧州じゃ隆盛を誇り時代をリードしたクラシックも、録音技術やラジオの普及により立場が大きく変わり…

 著者はクラシックの人だが、終盤ではスティーヴィー・ワンダーを絶賛するなど、ポピュラー音楽にも目を配っている。また、映画の音楽がよく例に出てきて、クラシックに疎い人でも「おお、あの曲か!」と、現代人にとっても意外とクラシックが身近なのがよくわかる。

 読み終えて改めて自分が好きな曲を聴くと、今まで見逃していた新しい魅力が見えてきて、更に音楽が好きなる、そんな本だ。かく言う私はビートルズのレット・イット・ビーを聴いて、リンゴの巧みなセンスを40年ぶりに発見したり。いや凄いぜ、あのスネアの入り方。

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