松永猛裕「火薬のはなし 爆発の原理から身のまわりの火薬まで」講談社ブルーバックス
火薬はエネルギーを貯蔵できる素晴らしい化学物質です。
――まえがき有機物質の可燃物は分子の中に水素や炭素があり、そのため可燃物となる。TNTは分子の中に可燃物と酸化剤が同居していると考えてよい。
――第1章 火薬の原理炎色の研究は量子化学への入り口だ。
――第4章 花火これら地震波の測定結果を踏まえて、NASAの科学者が月のモデルを作成したところ、「中身が空の、チタニウム合金製の球体」という説であった。
――第5章 火薬のいろいろな使い方
【どんな本?】
火薬はなぜ爆発するのか。花火の火薬とダイナマイトとTNTは何が違うのか。研究者はどうやって火薬や爆薬を見つけるのか。なぜ花火には様々な色があるのか。そもそも火薬なんか物騒な事にしか役に立たないんじゃないの?
産業技術総合研究所で火薬などの安全研究に携わる著者が、火薬や爆発の原理・歴史から、様々な爆発物の性質、今までにあった事故とその原因、そして自家用車などでの意外な使われ方まで、火薬についての全般を伝える一般向け科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年8月20日第1刷発行。新書版で横一段組み、本文約241頁。9ポイント26字×26行×241頁=約162,916字、400字詰め原稿用紙で約408枚。文庫本なら少し薄めの一冊分だが、写真やイラストやグラフを多く収録しているので、実際の文字数は8~9割程度。
文章はこなれている。が、内容はかなり専門的な部分もある。なんたって、第1章から化学式や亀の甲みたいな分子図が続々と出てくるし。私は化学が苦手なので、難しい所は飛ばして読んだが、それでも充分に楽しめた。
【構成は?】
原則として頭から順に読むような構成になっている。が、冒頭は化学式など専門的な言葉が続くので、かなりとっつきにくい。わからなかったら、適当に飛ばして読もう。
- まえがき
- 第1章 火薬の原理
- 1-1 普通の化学物質と火薬との違い
火薬の基本/基本は燃えるものを燃やすこと/火薬の反応は酸化反応 燃焼、爆燃、そして爆轟/爆轟 - 1-2 化合火薬の原理 エネルギー源
エネルギー源/爆発性原子団 どんな化学構造が爆発するか? - 1-3 混合火薬の原理 可燃物と酸化剤
可燃物になる元素/酸化剤になる元素/集合体としての可燃物と酸化剤 - 1-4 化学反応から見た爆発の考察
化学反応はなぜ起こる? エンタルピー、エントロピー、そしてギブス自由エネルギー/混合火薬の劣化 - 1-5 火薬は燃料としては最強ではない!?
チョコチップクッキーはTNTの8倍のエネルギー!/爆薬の性能比較
- 1-1 普通の化学物質と火薬との違い
- 第2章 サイエンスの視点で見た火薬
- 2-1 高エネルギー物質
- 2-2 高性能爆薬
爆発威力の評価/GW/cm2という単位/「究極の爆薬」は?/高密度エネルギーにするための戦略/オクタニトロキュバイン/単結合窒素化合物 ポリ窒素化合物 - 2-3 起爆薬
雷汞/DDNP/アジ化鉛/トリシネート/シアヌール酸トリアジド - 2-4 熱発生剤 テルミット
原理と組成物の例/可燃剤(燃えるもの)概論/酸化剤(燃やすもの)概論/実用化されているテルミット/テフロンが酸化剤?/マグテフ/鉄道レールを修復・接続するテルミット溶接技術/製鉄分野でも活躍するテルミット反応/テルミット反応を使う材料合成 燃焼合成/金属粉末の粉塵爆発危険と自然発火危険 - 2-5 ガス発生剤
窒素発生剤/水蒸気発生剤/酸素発生剤/煙発生剤 - 2-6 耐熱爆薬
TATB/HNS/TACOT/PXY/BTDAONAB - 2-7 困りものの爆発物
金が爆発する!世界最古の起爆剤 雷金/爆発性のある銀化合物/三塩化窒素 プール施設で爆発!?
- 第3章 実用化されている火薬
- 3-1 黒色火薬
黒色火薬の特徴 - 3-2 ロケット推進薬
ロケットとミサイルの違い/ロケットの歴史は意外に古い!/コンポジット推進薬 - 3-3 硝酸アンモニウムを使った爆薬
硝酸アンモニウムの爆発事故/ANFO/含水爆薬 スラリー爆薬・エマルジョン爆薬/SMBE 爆薬中間体をサイトミキシング - 3-4 ダイナマイト
- 3-1 黒色火薬
- 第4章 花火
- 4-1 花火の歴史
中国の歴史/日本で初めて花火を見たのは?/隅田川花火のはじまり 玉屋と鍵屋/ヨーロッパの歴史 - 4-2 おもちゃ花火
炎・火の粉・火花/回転、走行、飛翔/打ち上げ/爆発音/煙/おもちゃ花火の安全管理 - 4-3 打ち上げ花火
玉名 花火の名付け方 - 4-4 仕掛け花火
- 4-5 伝統花火
手筒花火/伊那の綱火/秩父 龍勢 - 4-6 花火に使われる化学物質
酸化剤/可燃剤/効果剤 炎色/効果剤 キラキラ/バインダー(結合剤)/花火に用いられる代表的な組成物 - 4-7 花火のサイエンス
花火の燃焼機構/花火の発火現象 化学発光(ケミルミネセンス)/花火の炎色を測る/原子の発光スペクトル/分子の発光スペクトル/花火のキラキラ 白熱(インカンデセンス) - 4-8 花火の安全
国内での事故例(失敗知識データベースより)/海外での事故例/ラボスケールでの各種感度評価/自然発火危険性の評価/野外大爆発実験/花火の安全化・高性能化へのチャレンジ ポリマー成型花火/直径1cmの世界最小打ち上げ花火を作る/安全はすべてに優先する
- 4-1 花火の歴史
- 第5章 火薬のいろいろな使い方
- 5-1 着火・起爆装置
専用の装置がないと爆発しない/花火で使われる着火装置/火工品/電気着火は点火玉/電気導火線/爆薬を起爆する電気雷管 - 5-2 火薬を使った発破
黒色鉱山火薬による花崗岩のマイルドな発破/海底発破/ビルの爆破解体ショーは日本では無理/人口雪崩 - 5-3 ロケット・人工衛星
いろいろなロケット/ペイロードとは?/火薬を使った溶融塩電池/ロケットに使われる火工品 - 5-4 緊急時に使われる火工品
緊急保安炎筒/海難救助用火工品 - 5-5 自動車用安全装置
運転者用フロントエアバッグ/助手席用エアバッグ/その他のエアバッグ/シートベルトプリテンショナー/歩行者保護のためのボンネット上昇装置とエアバッグ/ロールオーバー・プロテクション - 5-6 金属を無理矢理くっつける? 爆発圧着
- 5-7 ドカンと一発! ダイヤモンド合成
もう一つの超硬物質 窒化ホウ素/超高圧は面白い - 5-8 物理探査 月面で人工地震をおこす
物理探査/アポロ計画の人工地震/月は空洞になっていて、中には宇宙人が! - 5-9 大深度地下探索 まだ掘れるオイルとガス
高温高圧の大深度地下で火薬を使う/シェールガス、シェールオイルの現状 - 5-10 医療への応用
体内の結石を爆破!/無針注射 - 5-11 遺棄・老朽化化学兵器の無害化処理
遺棄・老朽化化学兵器/爆縮を使った無害化処理
- 5-1 着火・起爆装置
- 第6章 国内の法令および国際的な取り決め
- 6-1 法令で定義する化学物質の危険有害性
- 6-2 法令はインターネットで検索できる
- 6-3 日本における火薬の定義
火薬/爆薬/火工品/火薬類取締法は火薬として使うことが大前提/適用除外 - 6-4 国際的な取り決め
危険物輸送に関する国連勧告(TDG)/危険物輸送から世界調和へ/国連の危険物分類と定義/オレンジブックとパープルブック/火薬の輸送形態の実例/危険区分を決める国連勧告のフローチャート/フローチャートの中にある試験法
- さくいん
【感想は?】
私が知りたかったのは、火薬と爆薬の違いだ。
「銃の科学」で、爆発には2種類あると知った。爆燃と爆轟だ。違いは反応速度で、爆燃はミリ秒単位、爆轟はマイクロ秒単位。それこそ桁が違う。黒色火薬や花火は爆燃で、TNTなどの爆薬は爆轟。
銃で使うのは爆燃で、爆薬だと銃が破裂してしまう。威力が強すぎるのだ。不純物を混ぜるとかして、なんとか調整できないの?と思ったんだが、どうやら無理らしい。組成も反応の形も、全く違うからだ。
いずれも、化学エネルギーが解放されることで熱エネルギーに変わり、高温高圧のガスが噴き出す。たいていは何かと酸素が結合する、つまりは急激に燃えるって形だ。または、不安定な結合が安定した結合に変わるとか。
ただし、火薬と爆薬は、酸素の在処が違う。火薬は酸素を含む物質(酸化剤)が、燃える物質と混ざっている。それに対し、爆薬は、同じ分子の中に可燃物と酸素の両方を含んでいる。距離が全然違うのだ。
などといった原理の話が第1章~第2章に出てきて、これはかなり難しい。が、化学が苦手な人は、テキトーに読み飛ばそう。というか、私は読み飛ばした。以降の章では、意外な火薬の使い道や、花火の仕組みなどが出てきて、素人でも充分に楽しめる。
火薬の使い道として、まず思い浮かぶのがは花火だ。これは後で述べるとして、「言われてみれば」なのが、ロケットの固形燃料。基本的な理屈はロケット花火と同じで、つまりは火薬を燃やしてるわけ。
子供の頃、ロケット花火を池に向けて撃ったことがある。困ったガキだね。面白い事に、水の中でもロケット花火は燃え続けた。おかげで、火薬が燃えるのに酸素は要らないと、幼い頃に私は学んだ。えっへん←をい。なんでかというと、火薬の中に酸素が入っているから。固形燃料や花火も、同じ理屈だ。
火薬は意外な所で使われている。分かり易いのが、パーティなどで使われるクラッカー。中には、物騒どころか、人を守るために使われている場合もある。あなたの自家用車にも、少なくとも二つ、火薬を使っているものがある。
一つは緊急保安炎筒。急に車が動かなくなった時、他の車に事故を知らせるため光と煙を出す。もうひとつは、エアバッグだ。これを膨らませるのに、火薬を使っている。急いで膨らませるには、火薬を使うのが最も手ごろなのだ。
ハイテクに感動したのが、爆発圧着。溶接しにくい二種類の金属を結合させるのに使う。要は爆発の圧力でくっつけちゃえって発想だ。チタンは腐食に強いが値段が高くて加工しにくい。そこで全体は軽くて安いアルミで作り、肝心の部分だけチタンにしたり。
でもやっぱり、この季節に気になるのは花火。第4章をまるまる使って説明してくれるのが嬉しい。最近の花火は途中で色が変わったり、最後にキラキラ輝いたりする。
花火の基本は黒色火薬なんだが、様々な工夫をこらしている。火が付くタイミングは導火線の長さで調整し、色は混ぜ物で創り上げる。この色、電子が関係してるあたりが、科学の意外な所。なんと炎色反応(→Wikippedia)の理屈なのだ。だもんで、本書では分光器で火薬の組成を調べてたり。野暮なんだかロマンチックなんだかw
終盤では旧日本軍が国内に遺棄した毒ガスの話が出てきた。中国での遺棄兵器はニュースになったので知っていたが、考えてみれば、日本国内にも遺棄された化学兵器がある筈なんだよね。あんましニュースにならないけど。ニワカとはいえ軍ヲタなら、思いついて当然だろうに。
物騒に思える火薬だが、花火はもちろん自動車の安全装置や金属加工、果ては医療など、実は様々な所で使われているし、そのために求められる性質も色とりどり。冒頭は専門的でとっつきにくいけど、中盤以降は素人でも楽しめる話が多い。「わからない所は読み飛ばす」姿勢で臨もう。
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