デイヴィッド・マクレイニー「思考のトラップ 脳があなたをダマす48のやり方」二見書房 安原和見訳
本書の三大テーマは、認知バイアス、ヒューリステック、そして論理的誤謬だ。
――0 はじめに 人の性人は、あるテーマについて知らなければ知らないほど、知るべき知識の総体も小さいと思い込む傾向がある。
――11 ダニング=クルーガー効果なにかをよいものと判断したときは、悪い点は目につかなくなる。
――25 感情ヒューリスティック実際のところ、知り合いという集団のうち、確実に連絡をとりつづけられるのは150人程度にすぎない。
――26 ダンバー数
【どんな本?】
あばたもえくぼ。のど元過ぎれば熱さも忘れる。偉い人が言ってる事だから正しい。せっかく今まで頑張ったのに。そろそろツキが回ってきたぜ。自分の事は自分が一番分かってる。実るほど首を垂れる稲穂かな。地位が人を造る。
人の心や行動について、昔から様々な事が言われてきたし、多くの人が使う決まり文句もある。その幾つかは当たってるし、幾つかは見当はずれだ。加えて、最近の実験によって明らかになった、意外な傾向もあり、その中には政治家や広告代理店や詐欺師の常套手段もある。
テクノロジーと心理学を得意とするジャーナリストが、心理学の面白トピックを集め、わかりやすく紹介する、一般向けの解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は You Are Not So Smart, by David McRaney, 2011。日本語版は2014年9月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約402頁に加え、訳者あとがき4頁。10ポイント42字×16行×402頁=約270,144字、400字詰め原稿用紙で約676枚。文庫本なら少し厚め。
文章はこなれている。内容もわかりやすい。国語が得意なら、小学生の高学年でも楽しんで読めるだろう。
【構成は?】
それぞれの章は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。
- 0 はじめに 人の性
- 1 プライミング効果
- 2 作話
- 3 確証バイアス
- 4 あと知恵バイアス
- 5 テキサスの名射手の誤謬
- 6 先延ばし
- 7 正常性バイアス
- 8 内観
- 9 利用可能性ヒューリスティック
- 10 傍観者効果
- 11 ダニング=クルーガー効果
- 12 アポフェニア
- 13 ブランド忠誠心
- 14 権威に訴える論証
- 15 無知に訴える論証
- 16 わら人形論法
- 17 人身攻撃の誤謬
- 18 公正世界仮説
- 19 公共財供給ゲーム
- 20 最後通牒ゲーム
- 21 主観的評価
- 22 カルトの洗脳
- 23 集団思考
- 24 超正常刺激
- 25 感情ヒューリスティック
- 26 ダンバー数
- 27 魂を売る
- 28 自己奉仕バイアス
- 29 スポットライト効果
- 30 第三者効果
- 31 カタルシス
- 32 誤情報効果
- 33 同調
- 34 消去抵抗
- 35 社会的手抜き
- 36 透明性の錯覚
- 37 学習性無力感
- 38 身体化された認知
- 39 アンカー効果
- 40 注意
- 41 セルフ・ハンディキャッピング
- 42 自己成就予言
- 43 瞬間の自己
- 44 一貫性バイアス
- 45 代表的ヒューリステック
- 46 予断
- 47 コントロールの錯覚
- 48 根本的な帰属の誤り
- 謝辞/参考文献/訳者あとがき
【感想は?】
「本当は間違っている心理学の話」や「影響力の武器」と同じ種類の本だ。ネタもかなりカブっている。
比べると、「本当は間違っている心理学の話」が最も内容が充実している。名声では「影響力の武器」が一番だろう。
この本の特徴は、読みやすさと親しみやすさ。各章が短く、また文章も親しみやすいので、スルスルと頭に入ってくる。それぞれのトラップに、「一貫性バイアス」や「公正世界仮説」などの名前がついているのもありがたい所。なんであれ、名前がつくと、覚えやすくなるしね。
「確証バイアス」あたりはモロかぶりだろう。自分の考えに近い話には頷き、そうでない話は無視する、そういう傾向だ。
Twitter などのSNSを使っていると、自然に自分と共通点が多い人の記事ばかりが目に付くようになり、それが世の中の平均だと思い込んでしまう。類は友を呼ぶとでも言うか。お陰で、私の世界観だと、世の人の多くはSFファンのように見えるのだが、どうもリアルの世界はそうじゃないらしい。何故だ。
少しホッとしたのが、「40 注意」。
最近の iPod Nano にはフィットネスなる機能があって、万歩計としても使える。これで歩いた歩数を測るんだが、歩数と同じ画面に時刻も出る。で、よくやらかすのが、「どれぐらい歩いたんだろ?」と思って iPod を見て、仕舞った直後に「ところで今何時だっけ?」と再び iPod を取り出すのだ。
こういう真似をしょっちゅうやらかしてて、「なんか最近の俺ってアホになったんじゃないか」などと思っていたんだが、どうもそういう事ではないらしい。ヒトってのは、何かに集中すると、他の事に頭が回らなくなる生き物なのだ。私が阿呆なんじゃない。そういう事にしておこう、うん。
やはり、やりがちなのが、「セルフ・ハンディキャッピング」。実力テストなど難しい事に挑む際、前日に深酒するなど、どう考えても愚かな真似をやらかす傾向だ。なぜかというと、失敗した時の言い訳を用意するのである。そうしておけば、コケた時にプライドが傷つかないで済むから。
これで不思議なのが、気分によって傾向の強弱がある点。暗い気分と明るい気分、どっちが予防線を張りやすいかというと、なんと明るい気分の方が「セルフ・ハンディキャッピングに走りやすい」。ハイな気分を維持したいと考えるんだろうか。
議論のマナーとも関係が深いのが、「権威に訴える論証」「無知に訴える論証」「わら人形論法」「人身攻撃の誤謬」「公正世界仮説」あたり。
「権威に訴える論証」は、広告がよく使う手口で、有名人を登場させるもの。健康食品ではなぜか工学博士の出番が多いんだよなあ。「無知に訴える論証」は、IT系がよく使う。専門用語をまくしたてられると、聴いてる側は間違いだと断言できないから、正しいんじゃないかなあ、なんて気分になっちゃう。
「人身攻撃の誤謬」は、議論の相手の人格を Dis る手口。情けない事に議会でもよく使われるんだよなあ。「公正世界仮説」は、「世界は公平な筈だ、奴が不幸なのは自業自得」なんて考え方。いじめや児童虐待にコレが絡むと、とっても悲惨な事になってしまう。
などとヒトゴトのように書いているが、グサリと突き刺さったのが「内観」。なぜソレが好きなのか、その理由をヒトは何もわかっちゃいないんだよ、という話。
このブログ、記事の大半は、「私はこの本が好きだ、何故かというと…」みたいな事を書いてるんだが、それまみんな私のオツムが勝手にでっち上げたもんだよ、と切って捨てているのだ。がびーん。でもいいや。なんたって、本の最初にこう書いてあるんだから。
人はみんなだまされている。
しかしそれでいいのだ。
正気でいられるのはそのおかげだから。
――0 はじめに 人の性
そう、こうやってブログを書いてりゃ私は楽しいんだから、それでいいじゃないか。
この章にはもう一つ、役に立ちそうな事が書いてあって、それは落ち込んだ時は考え込まないで気分転換するといいよ、って事。逃避も時には役に立つのだ。そういえば、本宮ひろ志の漫画で好きな台詞があるんだよなあ。「涙のかわりに汗を流してみろ」だったかな? 案外と真実なのかも。
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