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2017年5月12日 (金)

ジョン・スコルジー「老人と宇宙6 終わりなき戦火」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

さて、ぼくがどうやって箱の中の脳になったかを話さなければ。
  ――精神の営み

「ターセム、わたしはあなたにとってはエイリアンです。あなたもわたしにとってはそうです。だれもがおたがいにとってはエイリアンなんです」
  ――この空疎な同盟

「船長、問題はおれが偏執狂的だということじゃない。問題は宇宙がおれの偏執を正当化し続けていることなんだよ」
  ――生きるも死ぬも

【どんな本?】

  アメリカの人気SF作家ジョン・スコルジーの看板シリーズ「老人と宇宙」第6弾。

 人類は宇宙に進出したが、そこは弱肉強食のバトルロイヤル世界だった。急激に勢力を伸ばす人類を他種族は警戒し、やがて多くの種族が参加するコンクラーベが発足、人類のコロニー連合と対立する上に、コロニー連合は地球とも険悪になっていた。

 レイフ・ダクインは元プログラマーで、失職中の32歳。友人のハート・シュミットのツテで貨物船チャンドラー号の第三操縦士の職を得た。決まった航路をまわる交易船で、刺激はないが安定している。最初の航宙では外務副長官のタイスン・オカンボが客として乗り込んできた。

 そしてレイフは箱の中の脳になった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The End of All Things, by John Scalzi, 2015。日本語版は2017年3月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約489頁に加え、おまけで没原稿の一部「もうひとつの『精神の営み』」39頁+訳者あとがき6頁。9ポイント41字×18行×489頁=約360,882字、400字詰め原稿用紙で約903枚。おまけも含めると上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。表紙でわかるように、エイリアンがうじゃうじゃ出てきて宇宙を飛び回る娯楽スペース・オペラなので、そういうのが好きな人向け。また、背景となる地球・コロニー連合・コンクラーベなどの関係が重要なので、理想を言えばシリーズ最初の「老人と宇宙」から、お急ぎの人は前の「戦いの虚空」から読むのを勧める。

【感想は?】

 謎また謎、危機また危機と、売れる小説の定番をキッチリ抑えた娯楽作。

 出だしの最初の行からして巧い。「さて、ぼくがどうやって箱の中の脳になったかを話さなければ」。いきなり語り手が悲惨な事になってて、インパクトは抜群。

 どうやら脳だけを取り出され、脳だけの状態で生かされているらしい。読者をギョッとさせた上に、なぜそんな事になったのかって謎が、読者を物語へと引き込んでゆく。おまけの「もうひとつの『精神の営み』」と比べると、この出だしの巧みさがよくわかる。

 全体は四部に分かれる。「精神の営み」,「この空疎な同盟」,「長く存続できるのか」,「生きるも死ぬも」。それぞれ、同じ事件を異なる人物の一人称で語った形だ。

 おまけの「もうひとつの『精神の営み』」は、冒頭の「精神の営み」の没原稿だ。読み比べると、ジョン・スコルジーほどの売れっ子でも、相当に推敲を重ねているのが伝わってきて、お話作りの苦労と工夫の跡がハッキリ見えて楽しいし、物書きを目指す人には参考になるだろう。アメリカSFファンタジー作家協会の会長経験もある人なんで、若手育成の参考にって事なのかも。

 冒頭の「精神の営み」は、貨物船の第三操縦士になる筈が、脳だけになっちゃったレイフ君の冒険物語。日頃から無駄な仕様変更や機能追加で部下をコキ使う陰険な上司にイジめられているプログラマ諸氏には、とっても爽快なお話なので、是非読もう。

 続く「この空疎な同盟」では、コンクラーベのNo.2、ハフト・ソルヴォーラが語り手を務める。宇宙における最大勢力コンクラーベのNo.2なんて絶大な権力を持ちながら、あまり野望や欲には縁のないハフトのキャラが存分に生きるパート。

 スタートレックのスポックよろしく、感情や熱情より冷静かつ論理的に考える人というかエイリアン(ララン族)。ただし空気を読むのも巧く、各勢力の目的と動向も見据え、時には陰険な手も使って調整を計るあたりは、極めて優秀な官僚と言っていいい。

 彼がNo.1のターセム・ガウ将軍と、ララン族の児童公園で語り合う場面は、エイリアンうじゃうじゃのスペースオペラならではのセンス・オブ・ワンダーを味わえる名場面だろう。こういう、ヒトが「普通そうだろ」と決めてかかってる常識をひっくり返してくれるのも、SFの心地よい所。結局、私たちの倫理ったって、私たちの都合に過ぎないんだよなあ。

 加えて、ここでは救助用シャトルの操縦士、トーム・アウルのパイロット気質が心地いい。やっぱり腕自慢が集まる職業ってのは、こういう奴が多いんだろう。

 第三部の「長く存続できるのか」は、CDF中尉ヘザー・リーが語り手を務める、この作品で最も激しいバトル・アクションが展開するパート。様々な身体改造を受け、コロニー連邦ならではのテクノロジーで武装したCDFならではの将兵の活躍をご堪能あれ。

 でも最も印象に残るのは、妙にローテクっぽいファネルだったりする。これ仕掛ける方もやられる側も、やたら大掛かりな割にどうにも間抜けなのがおかしい。加えてコンバット物なためか、兵隊同士の無駄でユーモラスな会話も、スコルジーならではの味。

 そして最後の「生きるも死ぬも」は、お馴染みのお騒がせ中尉ハリー・ウィルスンが登場。前の「戦いの虚空」でも、色々と無茶ぶりされてはツケを回される役割のハリー、ここでもお約束通り虚空に突き落とされます。スコルジーお得意のリズミカルで気の利いた会話もエンジン全開で、最近のハリウッドのアクション大作みたく心地よいテンポで話が進み、派手な展開が楽しめる最終章。

 巧みな出だし、危機また危機の緊張感、ガジェットてんこもりのバトル、小気味よい会話、そして壮大なエンディング。スコルジーの職人芸が光る、心地よい娯楽スペース・オペラだ。

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