松原始「カラスの教科書」雷鳥社
ねぐらはだいたい、夜間人通りの絶えるような森だ(時に市街地の、それも電線で寝ていることもあるが、今のところ例外的)。神社や大きな公園が多い。
――カラスの一生実は、都会のハシブトガラスの食生活はゴミ、そして貯食に頼り切っていると言っても良いくらいだ。
――カラス的グルメ路上にゴミを出すというのは、カラスに餌を与えているに等しいわけだ。
――それはゴミではありませんカラスが人間に敵対的な態度を取るのは雛を守る時だけである
――頭を蹴られないために
【どんな本?】
黒くて図体はデカい上に態度は威圧的で図々しく、朝夕にはギャアギャアとうるさく鳴きわめき、物干し竿からハンガーをかっぱらい、ゴミ集積所にたむろしてはビニール袋をまき散らす、都会の嫌われ者カラス。
奴らは何者なのか。野生動物のくせに、なんだってコンクリート・ジャングルに居座っているのか。何を食ってどこで寝て、どうやってナンパするのか。幼児が襲われて怪我をすることはないのか。賢いと言われるが、本当なのか。
カラスに憑かれた動物行動学者が、カラス(と動物学者)の生態を愛情とユーモアたっぷりに語る、一般向け科学解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年1月20日第1刷発行。私が読んだのは2013年1月29日発行の第2刷。売れたんだなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約390頁。9.5ポイント39字×14行×390頁=約212,940字、400字詰め原稿用紙で約533枚。文庫本なら標準的な分量だが、愉快なイラストが沢山載っているので、文字数は7~8割ぐらいだろう。なお、今は講談社文庫から文庫版が出ている。
文章はとても読みやすい。内容も、特に前提知識は要らず、とってもわかりやすい。ただし、今の季節に読むと、キョロキョロと上を見あげながら歩くクセがつくので、怪しい人と思われるかもしれない。
また、ふんだんに収録した植木ななせのユーモラスなイラストも、この本の欠かせない魅力。ちゃんと表紙に名前を載せてもいいと思う。
【構成は?】
一応、前から順番に読む構成になっているが、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。
- 序 明日のために今日も食う
- この本に登場するカラスたち
- 第一章 カラスの基礎知識
- カラスという鳥はいません
いや、いるんですけどね - カラスの一生
昔は仲間とつるんでブイブイいわせたもんですが - カラス君の家庭の事情
神田川とニートとちゃぶ台返し - カラス的グルメ
私、マヨラーです
- カラスという鳥はいません
- 〔カラスのつぶやき1 カラスに負けた〕
- 第二章 カラスと餌と博物学
- カラスの採餌行動
餌を手に入れる方法あれこれ - カラスのくちばし
その行動と進化 - 山のカラスたち
「野生の」ハシブトガラスの暮らしぶり - カラスの遊びと知能
難しいので、ちょっとだけ - 太陽と狼とカラス
神の使いか、魔女の眷属か
- カラスの採餌行動
- 〔カラスのつぶやき2 旅鴉のカラス旅〕
- 第三章 カラスの取り扱い説明書
- それはゴミではありません
ビニール袋+肉=? - カラス避けの効果
採餌効率と環境収容力 - 頭を蹴られないために
初級カラス語会話
- それはゴミではありません
- 〔カラスのつぶやき2 旅鴉のカラス旅〕
- 第四章 カラスのQ&A
- よくある質問
カラスの祖先ってどんな鳥ですか? - カラスの絵本図書館 その1
- 哲学的な質問
カラスに死の概念はあるの? - カラスの絵本図書館 その2
- マニアックな質問
カラスって食えるんですか?
- よくある質問
- 結 何はなくても喰ってゆけます
- 主要参考文献
- おまけ あなたのカラス度診断
【感想は?】
確かに迷惑なヤツなのだ、カラスは。でも、これを読むと、ちっとは可愛がってやろうかな、なんて気になるから危ない。
鳴き声がうるさいのはともかく、ゴミ袋をつついて中身をまき散らすのは困る。鳥はなんでもそうだが、糞も問題だ。汚いってだけじゃなく、金属を腐食させるんで、橋を劣化させたりする。
日本の都市部で多く見るのはハシブトガラス(→Wikipedia)。奇妙な事に、日本以外ではあまり見ない上に、なんと元は森林性だとか。ビルなどで高低差ができたのが良かったんだろうか。にしても、よく適応したものだ。
次に多いのがハシボソガラス(→Wikipedia)で、これは畑や河川敷などの開けた地形に多く、ユーラシア全般に広がっている。ハシブトは体重600~800g、ハシボソは400~600g。都会のカラスはデカいのだ。「最近のカラスは大きいなあ」と思ったら、都市化が進んだ証拠かもしれない。
いずれにせよ、体重はヒトの方が百倍近く多い。バトルは体重が多い方が有利だ。百倍ともなれば決定的な差である。三毛別羆事件(→Wikipedia)の羆だって、体重は350kgとヒトの十倍はいかない。それでも、素手で熊に立ち向かうのはウィリー・ウィリアムスぐらいだ。
つまり、カラスがヒトに向かってくるとしたら、よほど追い詰められ、「どうせ死ぬなら」ぐらいに思い詰めた時だけらしい。具体的には、「雛を守る時」だというから泣かせるじゃないか。頑張れ父ちゃん。季節的には五月から六月。ちょうど、この記事を書いてる季節だ。
雛は巣で育てる。巣の近くに人がいて、しかも巣の方をジロジロ見ていると、「コイツはヤバい」と思い追い払おうとするらしい。最初は鳴いて警告し、次第にうるさい声で脅し始め、それでもどかないと特攻を仕掛ける、そういうパターンだとか。
しかも決して正面からは仕掛けず、後ろから頭をカスめるように飛んでくる。この時、カラスの足が人の髪にひっかかる事があり、これが人から見たら「カラスに襲われた」って形で伝えられてしまう。
もっとも、ゴミ漁り中のカラスはけっこう図々しかったりする。なまじ図体がデカいから人もビビって避けて通るんだが、これが繰り返されるとカラスも学習して、人をナメてかかるようになる。ということで、カラスに襲われたくなければ、脅して追い払うのも一つの手。
贅沢な事に、カラスは巣とねぐらが別だ。巣は育児用、ねぐらは就寝用。巣立った雛は暫くねぐらで過ごし、ここで彼氏・彼女を見つけるとか。巣を作る前にカノジョをゲットするのだ。寿命もけっこう長く、巧くすれば30年~20年ぐらい生きるとか。
などと書くと、かなり分かっているようだが、意外と分かってない事も多い。「カラスは行動圏広すぎて見えねえ、捕獲できねえ、標識できねえ、年齢わからねえ、巣が高すぎて覗けねえ」と、研究しづらいのだ。珍しくないのが仇になり、かえって誰も研究しようとしなかったり。この辺はスズメと似てるかも。
加えて、本来は森林性といわれるハシブトガラスを観察しようと、屋久島に出かけてみたら、いるにはいたが…
屋久島の森林では、カラスが30秒で飛ぶ距離を歩いて突破するのに30分かかる事も珍しくない。
――山のカラスたち
と、追いかけるのも一苦労。と同時に、生存競争で空を飛べることの利点もつくづく感じたり。
やはりよく分からないのが、八重山での観察。黒島・波照間島のカラスは大きく、西表島のカラスは小さい。一般に生物は小さい島で小さくなるんだが、Wikipedia によると西表島は289.61km2、波照間島は12.73km2、黒島は10.02km2。広い島の方が小さいとは謎だ。
都市部に話を戻すと、ハシブトガラスが食ってるのは、主に私たちヒトが出すゴミ。面白い事に、酔っぱらいが吐いたゲロも喜んで食い、綺麗に片づけてくれる。いずれにせよ、連中はヒトの出すゴミに頼ってるんで、出したゴミ袋にはキチンとネットを被せるのが、カラス対策には最もいい。
とかの真面目な話も多いが、ユーモラスな語り口や、肩の力が抜けた植木ななせのイラストが、親しみやすさをグッと増してる。憎たらしいカラスが、ちょっとだけ可愛くなる本だ。でも餌はやっちゃダメよ。
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