松原始「カラスの補習授業」雷鳥社
カラスの知能について「霊長類並みに進歩している!」といった解釈をするのは、間違いとは言えないにせよ、必ずしも正しくない。霊長類の知能が唯一絶対の到達点などではないからである。
――カレドニアガラスの道具使用親鳥が巣で眠ることはほとんどない。あったとしても雛を抱くついでである。
――営巣場所と造巣行動カラスは日本最大の農業害鳥でもある。鳥による農業被害として申告される被害額のうち、約半分がカラスによるものだ(次はヒヨドリ)。
――被害防除に関する、多少は真面目な話河川周辺はハシボソガラスの縄張りで埋め尽くされている。
――鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘することハシブトガラスの行動圏はとことん、ゴミ基準なのだった。
――鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること
【どんな本?】
「カラスの教科書」に続く、カラスに憑かれた動物行動学者による一般向け科学解説書。
カラスそのものの記述に加え、それのどこに注目してどう観察するか、観察する際の注意点や苦労することは何か、観察結果をどう記録しどう解釈するか、優れた観察者になるにはどうすればいいかなど、研究する側の話も多く、センス・オブ・ワンダー度ではこちらの方が濃い。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2015年12月20日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約385頁。9.5ポイント39字×14行×385頁=約210,210字、400字詰め原稿用紙で約526枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、ユーモラスなイラストが沢山載っているので、文字数は7~8割ぐらいだろう。
文章はこなれていて読みやすく、親しみやすい。内容は先の「カラスの教科書」に比べるとやや突っ込んだ話が多いが、素人でも充分についていける。「カラスの教科書」は国語が得意なら小学生の高学年でも楽しめる程度、これは国語と理科が得意なら小学生の高学年でも楽しめる程度、ぐらいか。
それと、あまり言いたくはないが、文字サイズが大きいのはありがたい。そういう歳なんです、はい。また、双眼鏡が欲しくなるかも。相変わらず植木ななせのトボけたイラストがいい味出してる。
【構成は?】
一応、構成は順番通りに並んでいるようだが、美味しそうな所だけを読み散らかしても楽しめる。
- はじめに
- 授業の前に
- カラスって何でしたっけ?
- 食べるな危険
- カラスはどうして黒いのかなあ?
- 一時間目 歴史の時間
- カラスの系統学
- 二時間目 カタチの時間
- カラスの形態と運動
- ヘッツァーとハシブトガラス
- 三時間目 感覚の時間
- 嗅覚編
- 視覚編
- 聴覚編
- 四時間目 脳トレの時間
- 鳥アタマよ、さらば
- カラスの知能、再び
- カレドニアガラスの道具使用
- 五時間目 地理の時間
- ミヤマガラスとコクマルガラス
- ヨーロッパのカラス科たち
- 六時間目 社会Ⅰの時間
- カラスの配偶システム
- 営巣場所と造巣行動
- ハシボソさんとハシブトさんの種間関係
- ねぐら
- カラスの集団と社会
- 七時間目 社会Ⅱの時間
- 被害防除に関する、多少は真面目な話
- カラスはいかにして悪魔の化身に堕とされしか
- 実習 野外実習の時間
- 鴉屋の今日の町を走ること
- 鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること
- おわりに
- 参考文献とオススメ文献
- おまけ カラスくんまんが
【感想は?】
そう、センス・オブ・ワンダーだ。
センス・オブ・ワンダー。SF者にはお馴染みの言葉だが、その意味は人によって違う。「なんか変だけど面白い」だったり、「その発想はなかった」だったり、「なぜそんな事を思いつく?」だったり。
この本の場合、「あれ?そうだったの?」とか、「俺はずっと勘違いしてたのか!」とか、「そういうのもアリなのか」とか、「その手があるのか!」とか、「よかった、俺だけじゃなかった」とか。いや最後のは少し違うけど。
そういう、盲点を突かれたり、世界観をひっくり返されたりする話が、ドッサリ載ってる。普通は勘違いを指摘されると、ちょっとムカつくもんなんだが、本ってのは読んでる本人しかわからないから人前で恥かく心配がないんで有り難い。脳みそのシワに溜まったアカが洗い流されるような爽快感がある。
しかも、この本は、著者のとっつきやすい文章に加え、植木ななせによる微妙にユルいイラストが、親しみやすさを増している。粗い紙質や頁の行数の少なさも、計算した上での選択なんだろう。
こういったヴィジュアル面でのセンス・オブ・ワンダーが強いのが、84頁にある(松原始による)ハシボソガラスの骨格イラスト。まるきし恐竜である。ただし足、特に脛が長くてスタイルがいい所が違う。やっぱり鳥は恐竜の生き残りなんだなあ。
しかも、くるぶしの位置がヒトと全く違う。というか、私たちに見えている鳥の足ってのは、ヒトだと足の甲にあたる部分だけ。ネコやイヌと同じように、彼らは常につま先立ちなのだ。というか、ヒトみたく足の裏を地面にベッタリつける方が、生物としてはむしろ珍しいんじゃないかと思えてくる。
やはり同様に足元をすくわれる感覚が味わえるのが、カラスの知能を考える「四時間目 脳トレの時間」。私たちは犬や猫や鳥に対して、頭がいいとか悪いとか言うけど、知能を測るモノサシの座標は何なんだ?という話。
ヒトとカラスは、体も違えば生き方も違うし、生きている環境も違う。けれど、ヒトが動物の知能を測る時は、往々にしてヒトの生き方・環境を基準に頭の良しあしを語ってしまう。それってどうなの? そう、カラスにはカラス向きの知能があるし、ハシブトガラスとハシボソガラスでも違うんだぞ、と。
このあたりは、良くできたファースト・コンタクト物のSFを読んでるような感じで、なかなか心地よかった。わざわざ他の星まで出かけなくても、私たちの身の回りにエイリアンはたくさんいるのだ。
ただ、コミュニケーションはやたら難しい。なにせ感覚器からして違う。鳥や昆虫はRGBに加え紫外線も見えるのだ。しかも「色彩分解能も高い」。私には同じ色に見えても、鳥には見分けがつくらしい。鳥型エイリアンを出すなら、優れたファッション・センスを持たせるべきだろう←違う。
コミュニケーションったって、そんなモン取りたがってるのは人間だけだ。カラスはマイペースで自分の人?生を生きている。それでも相手にしてほしけりゃ、人間がカラスのコミュニケーションを学ばにゃならん。そのためにはまずじっくり観察。
とは言っても、何をどう観察すりゃいいのか、素人にはわからない。そこで、様々な観察法を教えてくれるのも嬉しい所。
科学ってのは、往々にして何かを数字にする所から始まる。この本では、今までの研究で、何をどう数え計ったかが出てきて、ちょっとした野鳥観察のガイドになっているのも嬉しい。まあ、野鳥ったって、私の場合はスズメとハトとムクドリとカラスぐらいなんだが。
例えば、歩き方。スズメは、ピョンピョンと跳ねる。対してハトはひょこひょこと歩く。小さい鳥は跳ねるのかと思ったら、セキレイあたりはとても器用にテケテケと走っていく。同じ鳥でも全然違う。言われてみれば「そうだね」だけど、私は今までそんな事は全く意識していなかった。こういう事を知ると、見慣れた風景も違って見えるから楽しい。
アニメを作る人は、こういう観察眼が優れてるんだろうなあ。とか思ったら、目を鍛える方法も出てきた。スケッチである。どうやら生物学者に絵心は必須らしい。ちゃんとやれば、個体も識別できるようになるとか。私もせめてハシブトとハシボソの違いぐらいはわかるようになりたい。
当然、他の事も測る。地上滞在時間とか、何かを突っつく回数とか、歩く歩数とか。これがハシブトとハシボソでかなり違うんで、最初は行動で見分けてみよう。ハシブトは目標めがけてスッと舞い降り、あまし地上には留まらない。対してハシボソは石をひっくり返したり地面をつついたりと、忙しい。
とかを読んでると、いい双眼鏡が欲しくなるから困る。
などの真面目な話も面白いが、他の生物や学者の逸話も楽しいのが多い。特に強烈なのがコンラート・ローレンツで、悪魔のコスプレで屋根に上ったり、耳にミールワームを突っ込まれそうになったりと、なかなか楽しい人生を送ったようだ。人類学者が彼を観察したら、頭を抱えるんじゃなかろか。著作じゃ「攻撃」や「ソロモンの指輪」が有名な人だけど、自伝を書いてたらベストセラー間違いなしだったのに。
ユーモラスな文章と愉快なエピソードで読者を惹きつけつつ、知らぬ間に科学の基本を洗脳する恐るべき書物。植木ななせによる肩の力が抜けたイラストに騙されて手に取ると、理系人間に改造されてしまう困った本だ。
それと、旅行の楽しみが一つ増えるかもしれない。なにせ旅先で見かける生き物は、日頃の生活圏にいる生き物と違うのだから。
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