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2017年5月17日 (水)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート2」ハヤカワ文庫JA

これは一人の少女が最高のアイドルになるまでを描いた小説である。
  ――最後にして最初のアイドル / 草野原々

闇の中からは、光がよく見える。
  ――ゲームの王国 / 小川哲

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、その後継として期待される若手SF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

【いつ出たの?分量は?】

 2017年1月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約441頁と、塩澤快浩によるまえがき2頁。9ポイント40字×17行×441頁=約299,880字、400字詰め原稿用紙で約750枚。文庫本としては厚め。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

最後にして最初のアイドル / 草野原々 / 2016年11月 電子書籍
 生後六カ月でアイドルに魅せられた古月みかは、国立光ヶ山高校に進学し、アイドル部で新園眞織と出合う。陰で努力するみかと天才肌の眞織とタイプは正反対ながら、五人組ユニット P-VALUE の仲間として活動するうちに、二人の絆は深まってゆくが…
 噂のラブライブ二次創作…のはずが、確かにこれはとんでもないw にこまき推しの人、よく怒らなかったなあ。冗談が分かる懐の深い人が多いんだろうか。
 二次元アイドルをどういじればSFになるのかと思ったら、タイトル通りのオラフ・ステープルドンばかりかアレやコレまで取り込み、短い中にとんでもなく濃い内容を詰め込みつつ、それでも主題の「アイドル」はキッチリと最後まで貫き通してみせた。
 日本SF界としては半村良「石の血脈」以来の場外大ファールかも。この調子で今後も暴走を続けて欲しい。
Guilty / ぼくのりりっくのぼうよみ / 書き下ろし
 百年前の世界戦争で文明は衰えた。多くの土地が放射能で住めなくなり、人々は高い壁に囲まれた小さな都市に集まって生きている。都市の一つズーに暮らすファーは、同じ研究室に勤める彼女に求婚し…
 ポスト・アポカリプス物ながら、意外と雰囲気は静かで落ち着いている。
雲南省スー族におけるVR技術の使用例 / 柴田勝家 / SFマガジン2016年12月号
 中国雲南省の山岳地帯に住む少数民族ズー族は、生まれてすぐVR用のヘッドセットをつけ、一生をVRのなかで過ごす。彼らが生きる世界は彼ら自身の手で創られ、その実態は明らかにされていない。
 文化人類学のフィールド・ワークの報告書の形を借りた作品。現実世界でも、人により世界の見え方は違う。私にはただの毛虫でも、昆虫好きにはツマグロヒョウモンの幼虫で、園芸好きにはパンジーの大敵だ。子共には熱血スポーツ漫画でも、アレなお姉さまには…。文化人類学の面白さを、少し捻って伝える作品。
くすんだ言語 / 黒石守 / 書き下ろし
 ニューロワイアードは、サイオメッグ社が開発中の、脳に直結する携帯端末だ。玄霧宗谷は15年間、開発に携わってきた。そのアプリケーションの一つコミュニケーターは、いわば自動翻訳機能だ。現在、五千人ほどのモニターを募り、多くの国で検証試験を行っている。
 英語が苦手、というより日本語以外ほ全滅な私としては、コミュニケーターは是非とも欲しい。確か今の Google 翻訳は力任せの方法で、多くの言葉に翻訳される国連の文書を辞書に流し込み、元文と似た文を辞書から探すう、みたいな手口だったと思うが、こんなニュースも(→GIGAGINE)。ネットの普及でコミュニケーションが活発になった結果、世界中でポピュリズムが勢いを増してるような気がする。
あるいは呼吸する墓標 / 伏見完 / SFマガジン2016年8月号
 統合医療ネットワーク AReNA は、人体内の分子機械を管理し、人間を健康に保つ。ただし、そのためには大量の演算資源が必要で、人間の大脳を時間借りしている。噂がある。砂漠で死体が歩く、と。死体の神経系が発するノイズを拾い、分子機械が死体を歩かせているらしい。
 ちょっと「ハーモニー」に世界観が似ている作品。健康を保つために脳みそを貸すって発想が、「健康のためなら死んでもいい」的な皮肉を感じさせて面白い。体内に埋め込まれたマシンにとっちゃ、確かに最も手近な計算資源だしなあ。エネルギー源として下腹に溜まった無駄な脂肪を使ってくれると更に嬉しい←違う
ゲームの王国 / 小川哲 /  書き下ろし
 1956年4月。高校教師のサロト・サル(ポル・ポト)は、後をつけてくる者に注意しながら集会へ向かう。選挙はシアヌークが茶番に変え、彼が率いるサンクムが圧勝する。集会では同志シウ・ヘンの逮捕に際し、サロト・サルのさりげない誘導で、組織の改編と方針転換で話がまとまる。
 このアンソロジーの半分以上を占める作品で、長編の抜粋。掲載分だけを見ると、特にSFの要素はない。しかし、小説としては、やがて来るキリング・フィールドの予感も相まって、禍々しい何かがヒタヒタと迫ってくるような恐ろしさを感じる。
 初期のクメール・ルージュの蠕動から始まり、郵便局員や秘密警察や農民などの人物像や暮らしをじっくり書き込んでいて、権力の圧力を感じながらもテキトーに受け流して生きている、当時のカンボジアの人々の生きざまを巧く描き出していると思う。
 完成した作品も読みたいし、参考にした文献の一覧も欲しい。ここまで見事に当時のカンボジアの風景を再現させた筆力に驚いた。どうやって調べたんだろう?

 噂通り「最後にして最初のアイドル」は、とんでもない怪作だった。無限に湧き出る奇想を、にこまきへの煮えたぎる愛で貫き、この著者でなければ創れない異形のキメラだ。

 「ゲームの王国」も、期待以上の面白さ…というか、微妙に混じるおぞましさが迫力を増している。「ユートロニカのこちら側」で感じさせたスマートさをかなぐり捨て、その奥にある悪意を、もっと分かり易い形で示している…のかなあ? まあいい、なんにせよ、長編の完成を待ってます。

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