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2017年5月21日 (日)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート」ハヤカワ文庫JA

「だから怖いんだよ。狙ってすらいない」
  ――公正的戦闘規範 / 藤井太洋

「物語にならない事実は、記憶の中では意味を成さない」
  ――南十字星 / 柴田勝家

「人間の歴史がどんな風に終わるか、考えたことはあるか?」
  ――フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練

そうさ、これは人類最後の麻薬王の話だ。
  ――怠惰の大罪 / 長谷敏司

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、同年代の四人(藤井太洋,二木稔,王城夕紀,長谷敏司)と、その後継として期待される若手四人(伏見完,柴田勝家,吉上亮,伴名練)のSF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」で、ベストSF2015国内篇17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年8月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約713頁と、塩澤快浩によるまえがき3頁。9ポイント41字×18行×713頁=約526,194字、400字詰め原稿用紙で約1,316枚。文庫本としては破格の厚さで、上中下に分けてもいい分量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者。すべて書き下ろし。

公正的戦闘規範 / 藤井太洋
 新疆出身の 趙は、兵役を経て、上海の日系IT企業に入った。明日から長い休暇に入るので、同僚はみな浮かれている。幼い頃、よく遊んだゲーム“偵判打”を話題に出したが、誰も知らないという。そこにETIS(東トルキスタン・イスラム国)が放ったドローン、通称キルバグが現れる。AI制御だが、標的の選び方は適当で、ほとんど無差別に近い。
 盛んに中国に進出した外国企業の内輪を見事に暴く冒頭から、人民解放軍の少数民族対策、そして進化する無人兵器を絡めた、著者お得意の近未来テクノ・スリラー。ちょこちょこと入れたガジェットやエピソードが演出するリアリティと、そこから一歩踏み出したアイデアが生むセンス・オブ・ワンダーは短編でも切れ味が光る。兵蜂に、ちょっとだけ救われたw
仮想の在処 / 伏見完
 双子の姉の八音は死産だった。両親は生まれた赤子の脳を電脳空間に仮想化し、電子的な人格として育てた。両親も友達も八音を可愛がり、わたしは姉のおまけのように扱われた。だが人格を維持する費用の負担は重く…
 八音の妹、有香の一人称で語られる、重く静かな物語。社会の変化もテーマとして扱う短編が多いこの作品集の中では、「個々の人間」に焦点を当てて語っている点が異色かも。その分、自分の事として考えさせられる部分も強い。
南十字星 / 柴田勝家
 ボリビアのアンデス山脈、共和制アメリカの国境付近。本格的な戦争は終わったが、過激派に協力する地域住民も残っている。シズマは人理部隊の一員だ。民族主義者の考え方や組織を理解し、スムーズな和解を目指す、文化技官である。
 長編「クロニスタ 戦争人類学者」の冒頭部分。中心的な役割を果たすガジェット「自己相」が、やたらと便利で憧れる。いや英語を含め外国語はサッパリなもんで。恨みや悲しみなど、ない方が得だよね、と思う感情や思い出はあるけど、それを外科的にアッサリ捨てる気分になれるかというと、それもなあ…。
未明の晩餐 / 吉上亮
 壬生観憐の仕事は、死刑囚に最後の晩餐を供する事だ。食事に満足し、心の底から自分の死を受け入れれば、仕事は成功。大規模な気候変動に伴い、政府は鉄道網を大幅に改革し、従来の鉄道網は不法滞在者が住む廃墟都市となった。食材を買いに出た観憐は、二人の浮浪児を拾う。幸い次の仕事が入ったが…
 夕食後に読んではいけない。下腹に無駄な脂肪がついている身には厳しい作品。出てくる食事はもちろん、それを美味しそうに食べる場面も辛いw ちょっと調べたら、キジバトは免許がなくても捕って食っていいのね。もちろん、時期や得物など幾つかの制限はあるけど。
にんげんのくに Le Milieu Human / 仁木稔
 熱帯の森の奥に、彼らが暮らしている。彼らは他の部族と交わらず、出会えば殺した。彼ら同士でも、他の村や、時として同じ村の者とも殺し合った。そこに若い他所者の女が迷い込み、ある男の妻になり、男の子を産んだが、子が幼いうちに死んだ。子は異人と呼ばれ、後妻に疎んじられながら育つ。異人は精霊と巧く付き合い、村人とも折り合ってきたが…
 ≪HISTORIA≫シリーズの一作。濃密に描きこまれた「人間」たちの暮らしに、ドップリ浸かってしまい、しばらく心が日本に帰ってこなかった。「文明と戦争」や「繁栄」を読む限り、「人間」の暮らしは、それほど誇張されたものでもないみたいだ。というか、私たちの社会も、わかりやすい暴力こそないものの、本質的には似たような事をやってる気がする。
ノット・ワンダフル・ワールズ / 王城夕紀
 技術の天才エレ・ノイと経営の天才テール・ウィステリアが興したLel、ライト・エボリューション・インダストリー。基幹商品は二つ、適切な選択肢を示すeニューロと、選択に即応するeシティ。行き詰まった人類の突破口と期待される Lel が中心となり、都市は大きく変わってゆく。半年で50%のLel社員権を得たケンは、ニュースリリースの草稿が仕事だ。
 アップル社をモデルとしたようなLelを舞台として、人間とテクノロジーの関係を描く作品。既にAmazonの「よく一緒に購入されている商品」や Twitter の「おすすめユーザー」で、eニューロは現実となってるなあ。特に Twitter は、似たような人が集まるんで、快適な半面、次第に世間とズレていくんだが、それに気づかないのが怖い。とはいえ、みんなと店で食べる際に、なかなかメニューを決められない人に、eニューロは魅力的だろうなあ。
フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練
 19世紀半ば。クリミア戦争で傷を負った俺は、スクタリの野戦病院で異様な女から治療を受ける。荒っぽいが手際のいい手術で俺の命は助かったが、隣の寝台の若い兵隊は運がなかった。消えた青年の行方を追う俺は、地下墓所を見つけた。そこには例の女と共に…
 「屍者の帝国」の雰囲気たっぷりに、切り裂きジャックやヴィクター・フランケンシュタインなどの常連が次々と登場する、トリビュートらしい作品。スチームパンクに対するオーガニック・パンクとでも言うか。狂ったアイデアと異様な風景に加え、虚実交えて意外な人の出演も楽しい所。
怠惰の大罪 / 長谷敏司
 ゲバラとカストロの革命が失敗したキューバ。今はメキシコと並ぶ麻薬の中継地として、多くのファミリーがしのぎを削っている。政府も警察も腐敗したこの国で、崇められるのは密売人だ。サーフハウスで働く傍らアメリカ人観光客相手に大麻を売るカルロスは、より儲けの大きいコカインを流してくれるよう警官と仲買人を兼ねるトニーに頼むが…
 長編の抜粋。掲載分だと、少しはSFガジェットも出てくるが、むしろ血なまぐさいノワール物として面白い。まっとうに生きても浮かび上がる望みはない、どころかいつ消されるか分からない社会で、才覚を武器に密売人として成り上がろうとする男カルロスの物語。ヤバい橋を絶妙のバランス感覚で通り抜け、情勢の変化がもたらす混乱に乗じ、手段を択ばず社会の階梯を駆け上がってゆく男の、ピカレスク・ロマン。大藪春彦

 書名通り、出口の見えない閉塞感やどうしようもない絶望感が漂う作品が多い。

 そんな中では、暗い話ばかりだと思い込んでた吉上亮の「未明の晩餐」が、ダークなトーンを漂わせつつも、ほのかな希望を匂わせてくれたのが意外。

 藤井太洋の「公正的戦闘規範」や長谷敏司の「怠惰の大罪」は、SFというより船戸与一や大藪春彦のような味わいがあって、生活感漂うディテールの細かさに圧倒された。「にんげんのくに」も、佐藤賢一の「ジャガーになった男」を、ちょっと思い出したり。

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