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2017年5月の9件の記事

2017年5月21日 (日)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート」ハヤカワ文庫JA

「だから怖いんだよ。狙ってすらいない」
  ――公正的戦闘規範 / 藤井太洋

「物語にならない事実は、記憶の中では意味を成さない」
  ――南十字星 / 柴田勝家

「人間の歴史がどんな風に終わるか、考えたことはあるか?」
  ――フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練

そうさ、これは人類最後の麻薬王の話だ。
  ――怠惰の大罪 / 長谷敏司

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、同年代の四人(藤井太洋,二木稔,王城夕紀,長谷敏司)と、その後継として期待される若手四人(伏見完,柴田勝家,吉上亮,伴名練)のSF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」で、ベストSF2015国内篇17位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年8月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約713頁と、塩澤快浩によるまえがき3頁。9ポイント41字×18行×713頁=約526,194字、400字詰め原稿用紙で約1,316枚。文庫本としては破格の厚さで、上中下に分けてもいい分量。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者。すべて書き下ろし。

公正的戦闘規範 / 藤井太洋
 新疆出身の 趙は、兵役を経て、上海の日系IT企業に入った。明日から長い休暇に入るので、同僚はみな浮かれている。幼い頃、よく遊んだゲーム“偵判打”を話題に出したが、誰も知らないという。そこにETIS(東トルキスタン・イスラム国)が放ったドローン、通称キルバグが現れる。AI制御だが、標的の選び方は適当で、ほとんど無差別に近い。
 盛んに中国に進出した外国企業の内輪を見事に暴く冒頭から、人民解放軍の少数民族対策、そして進化する無人兵器を絡めた、著者お得意の近未来テクノ・スリラー。ちょこちょこと入れたガジェットやエピソードが演出するリアリティと、そこから一歩踏み出したアイデアが生むセンス・オブ・ワンダーは短編でも切れ味が光る。兵蜂に、ちょっとだけ救われたw
仮想の在処 / 伏見完
 双子の姉の八音は死産だった。両親は生まれた赤子の脳を電脳空間に仮想化し、電子的な人格として育てた。両親も友達も八音を可愛がり、わたしは姉のおまけのように扱われた。だが人格を維持する費用の負担は重く…
 八音の妹、有香の一人称で語られる、重く静かな物語。社会の変化もテーマとして扱う短編が多いこの作品集の中では、「個々の人間」に焦点を当てて語っている点が異色かも。その分、自分の事として考えさせられる部分も強い。
南十字星 / 柴田勝家
 ボリビアのアンデス山脈、共和制アメリカの国境付近。本格的な戦争は終わったが、過激派に協力する地域住民も残っている。シズマは人理部隊の一員だ。民族主義者の考え方や組織を理解し、スムーズな和解を目指す、文化技官である。
 長編「クロニスタ 戦争人類学者」の冒頭部分。中心的な役割を果たすガジェット「自己相」が、やたらと便利で憧れる。いや英語を含め外国語はサッパリなもんで。恨みや悲しみなど、ない方が得だよね、と思う感情や思い出はあるけど、それを外科的にアッサリ捨てる気分になれるかというと、それもなあ…。
未明の晩餐 / 吉上亮
 壬生観憐の仕事は、死刑囚に最後の晩餐を供する事だ。食事に満足し、心の底から自分の死を受け入れれば、仕事は成功。大規模な気候変動に伴い、政府は鉄道網を大幅に改革し、従来の鉄道網は不法滞在者が住む廃墟都市となった。食材を買いに出た観憐は、二人の浮浪児を拾う。幸い次の仕事が入ったが…
 夕食後に読んではいけない。下腹に無駄な脂肪がついている身には厳しい作品。出てくる食事はもちろん、それを美味しそうに食べる場面も辛いw ちょっと調べたら、キジバトは免許がなくても捕って食っていいのね。もちろん、時期や得物など幾つかの制限はあるけど。
にんげんのくに Le Milieu Human / 仁木稔
 熱帯の森の奥に、彼らが暮らしている。彼らは他の部族と交わらず、出会えば殺した。彼ら同士でも、他の村や、時として同じ村の者とも殺し合った。そこに若い他所者の女が迷い込み、ある男の妻になり、男の子を産んだが、子が幼いうちに死んだ。子は異人と呼ばれ、後妻に疎んじられながら育つ。異人は精霊と巧く付き合い、村人とも折り合ってきたが…
 ≪HISTORIA≫シリーズの一作。濃密に描きこまれた「人間」たちの暮らしに、ドップリ浸かってしまい、しばらく心が日本に帰ってこなかった。「文明と戦争」や「繁栄」を読む限り、「人間」の暮らしは、それほど誇張されたものでもないみたいだ。というか、私たちの社会も、わかりやすい暴力こそないものの、本質的には似たような事をやってる気がする。
ノット・ワンダフル・ワールズ / 王城夕紀
 技術の天才エレ・ノイと経営の天才テール・ウィステリアが興したLel、ライト・エボリューション・インダストリー。基幹商品は二つ、適切な選択肢を示すeニューロと、選択に即応するeシティ。行き詰まった人類の突破口と期待される Lel が中心となり、都市は大きく変わってゆく。半年で50%のLel社員権を得たケンは、ニュースリリースの草稿が仕事だ。
 アップル社をモデルとしたようなLelを舞台として、人間とテクノロジーの関係を描く作品。既にAmazonの「よく一緒に購入されている商品」や Twitter の「おすすめユーザー」で、eニューロは現実となってるなあ。特に Twitter は、似たような人が集まるんで、快適な半面、次第に世間とズレていくんだが、それに気づかないのが怖い。とはいえ、みんなと店で食べる際に、なかなかメニューを決められない人に、eニューロは魅力的だろうなあ。
フランケンシュタイン三原則、あるいは屍者の簒奪 / 伴名練
 19世紀半ば。クリミア戦争で傷を負った俺は、スクタリの野戦病院で異様な女から治療を受ける。荒っぽいが手際のいい手術で俺の命は助かったが、隣の寝台の若い兵隊は運がなかった。消えた青年の行方を追う俺は、地下墓所を見つけた。そこには例の女と共に…
 「屍者の帝国」の雰囲気たっぷりに、切り裂きジャックやヴィクター・フランケンシュタインなどの常連が次々と登場する、トリビュートらしい作品。スチームパンクに対するオーガニック・パンクとでも言うか。狂ったアイデアと異様な風景に加え、虚実交えて意外な人の出演も楽しい所。
怠惰の大罪 / 長谷敏司
 ゲバラとカストロの革命が失敗したキューバ。今はメキシコと並ぶ麻薬の中継地として、多くのファミリーがしのぎを削っている。政府も警察も腐敗したこの国で、崇められるのは密売人だ。サーフハウスで働く傍らアメリカ人観光客相手に大麻を売るカルロスは、より儲けの大きいコカインを流してくれるよう警官と仲買人を兼ねるトニーに頼むが…
 長編の抜粋。掲載分だと、少しはSFガジェットも出てくるが、むしろ血なまぐさいノワール物として面白い。まっとうに生きても浮かび上がる望みはない、どころかいつ消されるか分からない社会で、才覚を武器に密売人として成り上がろうとする男カルロスの物語。ヤバい橋を絶妙のバランス感覚で通り抜け、情勢の変化がもたらす混乱に乗じ、手段を択ばず社会の階梯を駆け上がってゆく男の、ピカレスク・ロマン。大藪春彦

 書名通り、出口の見えない閉塞感やどうしようもない絶望感が漂う作品が多い。

 そんな中では、暗い話ばかりだと思い込んでた吉上亮の「未明の晩餐」が、ダークなトーンを漂わせつつも、ほのかな希望を匂わせてくれたのが意外。

 藤井太洋の「公正的戦闘規範」や長谷敏司の「怠惰の大罪」は、SFというより船戸与一や大藪春彦のような味わいがあって、生活感漂うディテールの細かさに圧倒された。「にんげんのくに」も、佐藤賢一の「ジャガーになった男」を、ちょっと思い出したり。

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2017年5月17日 (水)

早川書房編集部編「伊藤計劃トリビュート2」ハヤカワ文庫JA

これは一人の少女が最高のアイドルになるまでを描いた小説である。
  ――最後にして最初のアイドル / 草野原々

闇の中からは、光がよく見える。
  ――ゲームの王国 / 小川哲

【どんな本?】

 「虐殺器官」「ハーモニー」と傑作を発表しながらも、若くして亡くなった伊藤計劃を偲び、その後継として期待される若手SF作家の作品を集めたアンソロジー。「テクノロジーが人間をどう変えていくか」をテーマに、今後の日本SF界を担う作家が競う中・短編集。

【いつ出たの?分量は?】

 2017年1月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約441頁と、塩澤快浩によるまえがき2頁。9ポイント40字×17行×441頁=約299,880字、400字詰め原稿用紙で約750枚。文庫本としては厚め。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。

最後にして最初のアイドル / 草野原々 / 2016年11月 電子書籍
 生後六カ月でアイドルに魅せられた古月みかは、国立光ヶ山高校に進学し、アイドル部で新園眞織と出合う。陰で努力するみかと天才肌の眞織とタイプは正反対ながら、五人組ユニット P-VALUE の仲間として活動するうちに、二人の絆は深まってゆくが…
 噂のラブライブ二次創作…のはずが、確かにこれはとんでもないw にこまき推しの人、よく怒らなかったなあ。冗談が分かる懐の深い人が多いんだろうか。
 二次元アイドルをどういじればSFになるのかと思ったら、タイトル通りのオラフ・ステープルドンばかりかアレやコレまで取り込み、短い中にとんでもなく濃い内容を詰め込みつつ、それでも主題の「アイドル」はキッチリと最後まで貫き通してみせた。
 日本SF界としては半村良「石の血脈」以来の場外大ファールかも。この調子で今後も暴走を続けて欲しい。
Guilty / ぼくのりりっくのぼうよみ / 書き下ろし
 百年前の世界戦争で文明は衰えた。多くの土地が放射能で住めなくなり、人々は高い壁に囲まれた小さな都市に集まって生きている。都市の一つズーに暮らすファーは、同じ研究室に勤める彼女に求婚し…
 ポスト・アポカリプス物ながら、意外と雰囲気は静かで落ち着いている。
雲南省スー族におけるVR技術の使用例 / 柴田勝家 / SFマガジン2016年12月号
 中国雲南省の山岳地帯に住む少数民族ズー族は、生まれてすぐVR用のヘッドセットをつけ、一生をVRのなかで過ごす。彼らが生きる世界は彼ら自身の手で創られ、その実態は明らかにされていない。
 文化人類学のフィールド・ワークの報告書の形を借りた作品。現実世界でも、人により世界の見え方は違う。私にはただの毛虫でも、昆虫好きにはツマグロヒョウモンの幼虫で、園芸好きにはパンジーの大敵だ。子共には熱血スポーツ漫画でも、アレなお姉さまには…。文化人類学の面白さを、少し捻って伝える作品。
くすんだ言語 / 黒石守 / 書き下ろし
 ニューロワイアードは、サイオメッグ社が開発中の、脳に直結する携帯端末だ。玄霧宗谷は15年間、開発に携わってきた。そのアプリケーションの一つコミュニケーターは、いわば自動翻訳機能だ。現在、五千人ほどのモニターを募り、多くの国で検証試験を行っている。
 英語が苦手、というより日本語以外ほ全滅な私としては、コミュニケーターは是非とも欲しい。確か今の Google 翻訳は力任せの方法で、多くの言葉に翻訳される国連の文書を辞書に流し込み、元文と似た文を辞書から探すう、みたいな手口だったと思うが、こんなニュースも(→GIGAGINE)。ネットの普及でコミュニケーションが活発になった結果、世界中でポピュリズムが勢いを増してるような気がする。
あるいは呼吸する墓標 / 伏見完 / SFマガジン2016年8月号
 統合医療ネットワーク AReNA は、人体内の分子機械を管理し、人間を健康に保つ。ただし、そのためには大量の演算資源が必要で、人間の大脳を時間借りしている。噂がある。砂漠で死体が歩く、と。死体の神経系が発するノイズを拾い、分子機械が死体を歩かせているらしい。
 ちょっと「ハーモニー」に世界観が似ている作品。健康を保つために脳みそを貸すって発想が、「健康のためなら死んでもいい」的な皮肉を感じさせて面白い。体内に埋め込まれたマシンにとっちゃ、確かに最も手近な計算資源だしなあ。エネルギー源として下腹に溜まった無駄な脂肪を使ってくれると更に嬉しい←違う
ゲームの王国 / 小川哲 /  書き下ろし
 1956年4月。高校教師のサロト・サル(ポル・ポト)は、後をつけてくる者に注意しながら集会へ向かう。選挙はシアヌークが茶番に変え、彼が率いるサンクムが圧勝する。集会では同志シウ・ヘンの逮捕に際し、サロト・サルのさりげない誘導で、組織の改編と方針転換で話がまとまる。
 このアンソロジーの半分以上を占める作品で、長編の抜粋。掲載分だけを見ると、特にSFの要素はない。しかし、小説としては、やがて来るキリング・フィールドの予感も相まって、禍々しい何かがヒタヒタと迫ってくるような恐ろしさを感じる。
 初期のクメール・ルージュの蠕動から始まり、郵便局員や秘密警察や農民などの人物像や暮らしをじっくり書き込んでいて、権力の圧力を感じながらもテキトーに受け流して生きている、当時のカンボジアの人々の生きざまを巧く描き出していると思う。
 完成した作品も読みたいし、参考にした文献の一覧も欲しい。ここまで見事に当時のカンボジアの風景を再現させた筆力に驚いた。どうやって調べたんだろう?

 噂通り「最後にして最初のアイドル」は、とんでもない怪作だった。無限に湧き出る奇想を、にこまきへの煮えたぎる愛で貫き、この著者でなければ創れない異形のキメラだ。

 「ゲームの王国」も、期待以上の面白さ…というか、微妙に混じるおぞましさが迫力を増している。「ユートロニカのこちら側」で感じさせたスマートさをかなぐり捨て、その奥にある悪意を、もっと分かり易い形で示している…のかなあ? まあいい、なんにせよ、長編の完成を待ってます。

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2017年5月15日 (月)

松原始「カラスの補習授業」雷鳥社

カラスの知能について「霊長類並みに進歩している!」といった解釈をするのは、間違いとは言えないにせよ、必ずしも正しくない。霊長類の知能が唯一絶対の到達点などではないからである。
  ――カレドニアガラスの道具使用

親鳥が巣で眠ることはほとんどない。あったとしても雛を抱くついでである。
  ――営巣場所と造巣行動

カラスは日本最大の農業害鳥でもある。鳥による農業被害として申告される被害額のうち、約半分がカラスによるものだ(次はヒヨドリ)。
  ――被害防除に関する、多少は真面目な話

河川周辺はハシボソガラスの縄張りで埋め尽くされている。
  ――鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること

ハシブトガラスの行動圏はとことん、ゴミ基準なのだった。
  ――鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること

【どんな本?】

 「カラスの教科書」に続く、カラスに憑かれた動物行動学者による一般向け科学解説書。

 カラスそのものの記述に加え、それのどこに注目してどう観察するか、観察する際の注意点や苦労することは何か、観察結果をどう記録しどう解釈するか、優れた観察者になるにはどうすればいいかなど、研究する側の話も多く、センス・オブ・ワンダー度ではこちらの方が濃い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年12月20日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約385頁。9.5ポイント39字×14行×385頁=約210,210字、400字詰め原稿用紙で約526枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分だが、ユーモラスなイラストが沢山載っているので、文字数は7~8割ぐらいだろう。

 文章はこなれていて読みやすく、親しみやすい。内容は先の「カラスの教科書」に比べるとやや突っ込んだ話が多いが、素人でも充分についていける。「カラスの教科書」は国語が得意なら小学生の高学年でも楽しめる程度、これは国語と理科が得意なら小学生の高学年でも楽しめる程度、ぐらいか。

 それと、あまり言いたくはないが、文字サイズが大きいのはありがたい。そういう歳なんです、はい。また、双眼鏡が欲しくなるかも。相変わらず植木ななせのトボけたイラストがいい味出してる。

【構成は?】

 一応、構成は順番通りに並んでいるようだが、美味しそうな所だけを読み散らかしても楽しめる。

  • はじめに
  • 授業の前に
    • カラスって何でしたっけ?
    • 食べるな危険
    • カラスはどうして黒いのかなあ?
  • 一時間目 歴史の時間
    • カラスの系統学
  • 二時間目 カタチの時間
    • カラスの形態と運動
    • ヘッツァーとハシブトガラス
  • 三時間目 感覚の時間
    • 嗅覚編
    • 視覚編
    • 聴覚編
  • 四時間目 脳トレの時間
    • 鳥アタマよ、さらば
    • カラスの知能、再び
    • カレドニアガラスの道具使用
  • 五時間目 地理の時間
    • ミヤマガラスとコクマルガラス
    • ヨーロッパのカラス科たち
  • 六時間目 社会Ⅰの時間
    • カラスの配偶システム
    • 営巣場所と造巣行動
    • ハシボソさんとハシブトさんの種間関係
    • ねぐら
    • カラスの集団と社会
  • 七時間目 社会Ⅱの時間
    • 被害防除に関する、多少は真面目な話
    • カラスはいかにして悪魔の化身に堕とされしか
  • 実習 野外実習の時間
    • 鴉屋の今日の町を走ること
    • 鴉屋の京都御所にて悪戦苦闘すること
  • おわりに
  • 参考文献とオススメ文献
  • おまけ カラスくんまんが

【感想は?】

 そう、センス・オブ・ワンダーだ。

 センス・オブ・ワンダー。SF者にはお馴染みの言葉だが、その意味は人によって違う。「なんか変だけど面白い」だったり、「その発想はなかった」だったり、「なぜそんな事を思いつく?」だったり。

 この本の場合、「あれ?そうだったの?」とか、「俺はずっと勘違いしてたのか!」とか、「そういうのもアリなのか」とか、「その手があるのか!」とか、「よかった、俺だけじゃなかった」とか。いや最後のは少し違うけど。

 そういう、盲点を突かれたり、世界観をひっくり返されたりする話が、ドッサリ載ってる。普通は勘違いを指摘されると、ちょっとムカつくもんなんだが、本ってのは読んでる本人しかわからないから人前で恥かく心配がないんで有り難い。脳みそのシワに溜まったアカが洗い流されるような爽快感がある。

 しかも、この本は、著者のとっつきやすい文章に加え、植木ななせによる微妙にユルいイラストが、親しみやすさを増している。粗い紙質や頁の行数の少なさも、計算した上での選択なんだろう。

 こういったヴィジュアル面でのセンス・オブ・ワンダーが強いのが、84頁にある(松原始による)ハシボソガラスの骨格イラスト。まるきし恐竜である。ただし足、特に脛が長くてスタイルがいい所が違う。やっぱり鳥は恐竜の生き残りなんだなあ。

 しかも、くるぶしの位置がヒトと全く違う。というか、私たちに見えている鳥の足ってのは、ヒトだと足の甲にあたる部分だけ。ネコやイヌと同じように、彼らは常につま先立ちなのだ。というか、ヒトみたく足の裏を地面にベッタリつける方が、生物としてはむしろ珍しいんじゃないかと思えてくる。

 やはり同様に足元をすくわれる感覚が味わえるのが、カラスの知能を考える「四時間目 脳トレの時間」。私たちは犬や猫や鳥に対して、頭がいいとか悪いとか言うけど、知能を測るモノサシの座標は何なんだ?という話。

 ヒトとカラスは、体も違えば生き方も違うし、生きている環境も違う。けれど、ヒトが動物の知能を測る時は、往々にしてヒトの生き方・環境を基準に頭の良しあしを語ってしまう。それってどうなの? そう、カラスにはカラス向きの知能があるし、ハシブトガラスとハシボソガラスでも違うんだぞ、と。

 このあたりは、良くできたファースト・コンタクト物のSFを読んでるような感じで、なかなか心地よかった。わざわざ他の星まで出かけなくても、私たちの身の回りにエイリアンはたくさんいるのだ。

 ただ、コミュニケーションはやたら難しい。なにせ感覚器からして違う。鳥や昆虫はRGBに加え紫外線も見えるのだ。しかも「色彩分解能も高い」。私には同じ色に見えても、鳥には見分けがつくらしい。鳥型エイリアンを出すなら、優れたファッション・センスを持たせるべきだろう←違う。

 コミュニケーションったって、そんなモン取りたがってるのは人間だけだ。カラスはマイペースで自分の人?生を生きている。それでも相手にしてほしけりゃ、人間がカラスのコミュニケーションを学ばにゃならん。そのためにはまずじっくり観察。

 とは言っても、何をどう観察すりゃいいのか、素人にはわからない。そこで、様々な観察法を教えてくれるのも嬉しい所。

 科学ってのは、往々にして何かを数字にする所から始まる。この本では、今までの研究で、何をどう数え計ったかが出てきて、ちょっとした野鳥観察のガイドになっているのも嬉しい。まあ、野鳥ったって、私の場合はスズメとハトとムクドリとカラスぐらいなんだが。

 例えば、歩き方。スズメは、ピョンピョンと跳ねる。対してハトはひょこひょこと歩く。小さい鳥は跳ねるのかと思ったら、セキレイあたりはとても器用にテケテケと走っていく。同じ鳥でも全然違う。言われてみれば「そうだね」だけど、私は今までそんな事は全く意識していなかった。こういう事を知ると、見慣れた風景も違って見えるから楽しい。

 アニメを作る人は、こういう観察眼が優れてるんだろうなあ。とか思ったら、目を鍛える方法も出てきた。スケッチである。どうやら生物学者に絵心は必須らしい。ちゃんとやれば、個体も識別できるようになるとか。私もせめてハシブトとハシボソの違いぐらいはわかるようになりたい。

 当然、他の事も測る。地上滞在時間とか、何かを突っつく回数とか、歩く歩数とか。これがハシブトとハシボソでかなり違うんで、最初は行動で見分けてみよう。ハシブトは目標めがけてスッと舞い降り、あまし地上には留まらない。対してハシボソは石をひっくり返したり地面をつついたりと、忙しい。

 とかを読んでると、いい双眼鏡が欲しくなるから困る。

 などの真面目な話も面白いが、他の生物や学者の逸話も楽しいのが多い。特に強烈なのがコンラート・ローレンツで、悪魔のコスプレで屋根に上ったり、耳にミールワームを突っ込まれそうになったりと、なかなか楽しい人生を送ったようだ。人類学者が彼を観察したら、頭を抱えるんじゃなかろか。著作じゃ「攻撃」や「ソロモンの指輪」が有名な人だけど、自伝を書いてたらベストセラー間違いなしだったのに。

 ユーモラスな文章と愉快なエピソードで読者を惹きつけつつ、知らぬ間に科学の基本を洗脳する恐るべき書物。植木ななせによる肩の力が抜けたイラストに騙されて手に取ると、理系人間に改造されてしまう困った本だ。

 それと、旅行の楽しみが一つ増えるかもしれない。なにせ旅先で見かける生き物は、日頃の生活圏にいる生き物と違うのだから。

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2017年5月14日 (日)

松原始「カラスの教科書」雷鳥社

ねぐらはだいたい、夜間人通りの絶えるような森だ(時に市街地の、それも電線で寝ていることもあるが、今のところ例外的)。神社や大きな公園が多い。
  ――カラスの一生

実は、都会のハシブトガラスの食生活はゴミ、そして貯食に頼り切っていると言っても良いくらいだ。
  ――カラス的グルメ

路上にゴミを出すというのは、カラスに餌を与えているに等しいわけだ。
  ――それはゴミではありません

カラスが人間に敵対的な態度を取るのは雛を守る時だけである
  ――頭を蹴られないために

【どんな本?】

 黒くて図体はデカい上に態度は威圧的で図々しく、朝夕にはギャアギャアとうるさく鳴きわめき、物干し竿からハンガーをかっぱらい、ゴミ集積所にたむろしてはビニール袋をまき散らす、都会の嫌われ者カラス。

 奴らは何者なのか。野生動物のくせに、なんだってコンクリート・ジャングルに居座っているのか。何を食ってどこで寝て、どうやってナンパするのか。幼児が襲われて怪我をすることはないのか。賢いと言われるが、本当なのか。

 カラスに憑かれた動物行動学者が、カラス(と動物学者)の生態を愛情とユーモアたっぷりに語る、一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年1月20日第1刷発行。私が読んだのは2013年1月29日発行の第2刷。売れたんだなあ。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約390頁。9.5ポイント39字×14行×390頁=約212,940字、400字詰め原稿用紙で約533枚。文庫本なら標準的な分量だが、愉快なイラストが沢山載っているので、文字数は7~8割ぐらいだろう。なお、今は講談社文庫から文庫版が出ている。

 文章はとても読みやすい。内容も、特に前提知識は要らず、とってもわかりやすい。ただし、今の季節に読むと、キョロキョロと上を見あげながら歩くクセがつくので、怪しい人と思われるかもしれない。

 また、ふんだんに収録した植木ななせのユーモラスなイラストも、この本の欠かせない魅力。ちゃんと表紙に名前を載せてもいいと思う。

【構成は?】

 一応、前から順番に読む構成になっているが、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 序 明日のために今日も食う
  • この本に登場するカラスたち
  • 第一章 カラスの基礎知識
    • カラスという鳥はいません
      いや、いるんですけどね
    • カラスの一生
      昔は仲間とつるんでブイブイいわせたもんですが
    • カラス君の家庭の事情
      神田川とニートとちゃぶ台返し
    • カラス的グルメ
      私、マヨラーです
  • 〔カラスのつぶやき1 カラスに負けた〕
  • 第二章 カラスと餌と博物学
    • カラスの採餌行動
      餌を手に入れる方法あれこれ
    • カラスのくちばし
      その行動と進化
    • 山のカラスたち
      「野生の」ハシブトガラスの暮らしぶり
    • カラスの遊びと知能
      難しいので、ちょっとだけ
    • 太陽と狼とカラス
      神の使いか、魔女の眷属か
  • 〔カラスのつぶやき2 旅鴉のカラス旅〕
  • 第三章 カラスの取り扱い説明書
    • それはゴミではありません
      ビニール袋+肉=?
    • カラス避けの効果
      採餌効率と環境収容力
    • 頭を蹴られないために
      初級カラス語会話
  • 〔カラスのつぶやき2 旅鴉のカラス旅〕
  • 第四章 カラスのQ&A
    • よくある質問
      カラスの祖先ってどんな鳥ですか?
    • カラスの絵本図書館 その1
    • 哲学的な質問
      カラスに死の概念はあるの?
    • カラスの絵本図書館 その2
    • マニアックな質問
      カラスって食えるんですか?
  • 結 何はなくても喰ってゆけます
  • 主要参考文献
  • おまけ あなたのカラス度診断

【感想は?】

 確かに迷惑なヤツなのだ、カラスは。でも、これを読むと、ちっとは可愛がってやろうかな、なんて気になるから危ない。

 鳴き声がうるさいのはともかく、ゴミ袋をつついて中身をまき散らすのは困る。鳥はなんでもそうだが、糞も問題だ。汚いってだけじゃなく、金属を腐食させるんで、橋を劣化させたりする。

 日本の都市部で多く見るのはハシブトガラス(→Wikipedia)。奇妙な事に、日本以外ではあまり見ない上に、なんと元は森林性だとか。ビルなどで高低差ができたのが良かったんだろうか。にしても、よく適応したものだ。

 次に多いのがハシボソガラス(→Wikipedia)で、これは畑や河川敷などの開けた地形に多く、ユーラシア全般に広がっている。ハシブトは体重600~800g、ハシボソは400~600g。都会のカラスはデカいのだ。「最近のカラスは大きいなあ」と思ったら、都市化が進んだ証拠かもしれない。

 いずれにせよ、体重はヒトの方が百倍近く多い。バトルは体重が多い方が有利だ。百倍ともなれば決定的な差である。三毛別羆事件(→Wikipedia)の羆だって、体重は350kgとヒトの十倍はいかない。それでも、素手で熊に立ち向かうのはウィリー・ウィリアムスぐらいだ。

 つまり、カラスがヒトに向かってくるとしたら、よほど追い詰められ、「どうせ死ぬなら」ぐらいに思い詰めた時だけらしい。具体的には、「雛を守る時」だというから泣かせるじゃないか。頑張れ父ちゃん。季節的には五月から六月。ちょうど、この記事を書いてる季節だ。

 雛は巣で育てる。巣の近くに人がいて、しかも巣の方をジロジロ見ていると、「コイツはヤバい」と思い追い払おうとするらしい。最初は鳴いて警告し、次第にうるさい声で脅し始め、それでもどかないと特攻を仕掛ける、そういうパターンだとか。

 しかも決して正面からは仕掛けず、後ろから頭をカスめるように飛んでくる。この時、カラスの足が人の髪にひっかかる事があり、これが人から見たら「カラスに襲われた」って形で伝えられてしまう。

 もっとも、ゴミ漁り中のカラスはけっこう図々しかったりする。なまじ図体がデカいから人もビビって避けて通るんだが、これが繰り返されるとカラスも学習して、人をナメてかかるようになる。ということで、カラスに襲われたくなければ、脅して追い払うのも一つの手。

 贅沢な事に、カラスは巣とねぐらが別だ。巣は育児用、ねぐらは就寝用。巣立った雛は暫くねぐらで過ごし、ここで彼氏・彼女を見つけるとか。巣を作る前にカノジョをゲットするのだ。寿命もけっこう長く、巧くすれば30年~20年ぐらい生きるとか。

 などと書くと、かなり分かっているようだが、意外と分かってない事も多い。「カラスは行動圏広すぎて見えねえ、捕獲できねえ、標識できねえ、年齢わからねえ、巣が高すぎて覗けねえ」と、研究しづらいのだ。珍しくないのが仇になり、かえって誰も研究しようとしなかったり。この辺はスズメと似てるかも。

 加えて、本来は森林性といわれるハシブトガラスを観察しようと、屋久島に出かけてみたら、いるにはいたが…

屋久島の森林では、カラスが30秒で飛ぶ距離を歩いて突破するのに30分かかる事も珍しくない。
  ――山のカラスたち

 と、追いかけるのも一苦労。と同時に、生存競争で空を飛べることの利点もつくづく感じたり。

 やはりよく分からないのが、八重山での観察。黒島・波照間島のカラスは大きく、西表島のカラスは小さい。一般に生物は小さい島で小さくなるんだが、Wikipedia によると西表島は289.61km²、波照間島は12.73km²、黒島は10.02km²。広い島の方が小さいとは謎だ。

 都市部に話を戻すと、ハシブトガラスが食ってるのは、主に私たちヒトが出すゴミ。面白い事に、酔っぱらいが吐いたゲロも喜んで食い、綺麗に片づけてくれる。いずれにせよ、連中はヒトの出すゴミに頼ってるんで、出したゴミ袋にはキチンとネットを被せるのが、カラス対策には最もいい。

 とかの真面目な話も多いが、ユーモラスな語り口や、肩の力が抜けた植木ななせのイラストが、親しみやすさをグッと増してる。憎たらしいカラスが、ちょっとだけ可愛くなる本だ。でも餌はやっちゃダメよ。

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2017年5月12日 (金)

ジョン・スコルジー「老人と宇宙6 終わりなき戦火」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

さて、ぼくがどうやって箱の中の脳になったかを話さなければ。
  ――精神の営み

「ターセム、わたしはあなたにとってはエイリアンです。あなたもわたしにとってはそうです。だれもがおたがいにとってはエイリアンなんです」
  ――この空疎な同盟

「船長、問題はおれが偏執狂的だということじゃない。問題は宇宙がおれの偏執を正当化し続けていることなんだよ」
  ――生きるも死ぬも

【どんな本?】

  アメリカの人気SF作家ジョン・スコルジーの看板シリーズ「老人と宇宙」第6弾。

 人類は宇宙に進出したが、そこは弱肉強食のバトルロイヤル世界だった。急激に勢力を伸ばす人類を他種族は警戒し、やがて多くの種族が参加するコンクラーベが発足、人類のコロニー連合と対立する上に、コロニー連合は地球とも険悪になっていた。

 レイフ・ダクインは元プログラマーで、失職中の32歳。友人のハート・シュミットのツテで貨物船チャンドラー号の第三操縦士の職を得た。決まった航路をまわる交易船で、刺激はないが安定している。最初の航宙では外務副長官のタイスン・オカンボが客として乗り込んできた。

 そしてレイフは箱の中の脳になった。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The End of All Things, by John Scalzi, 2015。日本語版は2017年3月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約489頁に加え、おまけで没原稿の一部「もうひとつの『精神の営み』」39頁+訳者あとがき6頁。9ポイント41字×18行×489頁=約360,882字、400字詰め原稿用紙で約903枚。おまけも含めると上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。表紙でわかるように、エイリアンがうじゃうじゃ出てきて宇宙を飛び回る娯楽スペース・オペラなので、そういうのが好きな人向け。また、背景となる地球・コロニー連合・コンクラーベなどの関係が重要なので、理想を言えばシリーズ最初の「老人と宇宙」から、お急ぎの人は前の「戦いの虚空」から読むのを勧める。

【感想は?】

 謎また謎、危機また危機と、売れる小説の定番をキッチリ抑えた娯楽作。

 出だしの最初の行からして巧い。「さて、ぼくがどうやって箱の中の脳になったかを話さなければ」。いきなり語り手が悲惨な事になってて、インパクトは抜群。

 どうやら脳だけを取り出され、脳だけの状態で生かされているらしい。読者をギョッとさせた上に、なぜそんな事になったのかって謎が、読者を物語へと引き込んでゆく。おまけの「もうひとつの『精神の営み』」と比べると、この出だしの巧みさがよくわかる。

 全体は四部に分かれる。「精神の営み」,「この空疎な同盟」,「長く存続できるのか」,「生きるも死ぬも」。それぞれ、同じ事件を異なる人物の一人称で語った形だ。

 おまけの「もうひとつの『精神の営み』」は、冒頭の「精神の営み」の没原稿だ。読み比べると、ジョン・スコルジーほどの売れっ子でも、相当に推敲を重ねているのが伝わってきて、お話作りの苦労と工夫の跡がハッキリ見えて楽しいし、物書きを目指す人には参考になるだろう。アメリカSFファンタジー作家協会の会長経験もある人なんで、若手育成の参考にって事なのかも。

 冒頭の「精神の営み」は、貨物船の第三操縦士になる筈が、脳だけになっちゃったレイフ君の冒険物語。日頃から無駄な仕様変更や機能追加で部下をコキ使う陰険な上司にイジめられているプログラマ諸氏には、とっても爽快なお話なので、是非読もう。

 続く「この空疎な同盟」では、コンクラーベのNo.2、ハフト・ソルヴォーラが語り手を務める。宇宙における最大勢力コンクラーベのNo.2なんて絶大な権力を持ちながら、あまり野望や欲には縁のないハフトのキャラが存分に生きるパート。

 スタートレックのスポックよろしく、感情や熱情より冷静かつ論理的に考える人というかエイリアン(ララン族)。ただし空気を読むのも巧く、各勢力の目的と動向も見据え、時には陰険な手も使って調整を計るあたりは、極めて優秀な官僚と言っていいい。

 彼がNo.1のターセム・ガウ将軍と、ララン族の児童公園で語り合う場面は、エイリアンうじゃうじゃのスペースオペラならではのセンス・オブ・ワンダーを味わえる名場面だろう。こういう、ヒトが「普通そうだろ」と決めてかかってる常識をひっくり返してくれるのも、SFの心地よい所。結局、私たちの倫理ったって、私たちの都合に過ぎないんだよなあ。

 加えて、ここでは救助用シャトルの操縦士、トーム・アウルのパイロット気質が心地いい。やっぱり腕自慢が集まる職業ってのは、こういう奴が多いんだろう。

 第三部の「長く存続できるのか」は、CDF中尉ヘザー・リーが語り手を務める、この作品で最も激しいバトル・アクションが展開するパート。様々な身体改造を受け、コロニー連邦ならではのテクノロジーで武装したCDFならではの将兵の活躍をご堪能あれ。

 でも最も印象に残るのは、妙にローテクっぽいファネルだったりする。これ仕掛ける方もやられる側も、やたら大掛かりな割にどうにも間抜けなのがおかしい。加えてコンバット物なためか、兵隊同士の無駄でユーモラスな会話も、スコルジーならではの味。

 そして最後の「生きるも死ぬも」は、お馴染みのお騒がせ中尉ハリー・ウィルスンが登場。前の「戦いの虚空」でも、色々と無茶ぶりされてはツケを回される役割のハリー、ここでもお約束通り虚空に突き落とされます。スコルジーお得意のリズミカルで気の利いた会話もエンジン全開で、最近のハリウッドのアクション大作みたく心地よいテンポで話が進み、派手な展開が楽しめる最終章。

 巧みな出だし、危機また危機の緊張感、ガジェットてんこもりのバトル、小気味よい会話、そして壮大なエンディング。スコルジーの職人芸が光る、心地よい娯楽スペース・オペラだ。

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2017年5月10日 (水)

佐原徹哉「国際社会と現代史 ボスニア内戦 グローバリゼーションとカオスの民族化」有志舎

本書はボスニア内戦の残虐行為を分析したものである。
  ――ボスニア内戦と民族浄化 はじめに

1980年代に入るとインフレは異常なペースでエスカレートし、1987年には遂に三桁を超え、1989年には四桁に達し、この年の年末には2600%にまでなった。
  ――Ⅲ 冷戦からグローバリゼーションへ

問題の本質は、民族主義者が権力を握ったことではない。選挙そのものが連邦の憲法秩序から外れた形で行われたため、法の支配が崩壊した点こそが重要であった。そして、法の支配の崩壊により、恣意的な力の行使の余地が際限なく広がっていった。
  ――Ⅳ ユーゴ解体 「グローバリゼーション」の戦争

「ユーゴスラヴィアの戦争は、数年前にひとりの罪もないセルビア人の農夫の尻の穴から始まった」
  ――Ⅴ 内戦勃発

ボスニア内戦は、異なる価値観を持つ民族集団同士の「殺し合い」ではなく、同じ価値観と行動規範を持つ「市民」が混乱状態のなかで、互いのなかに他者を見出そうとした現象であった。
  ――Ⅵ 民族浄化

ジェノサイドは特定の集団の選択的抹殺であり、その対象を自覚することも集団への帰属意識を生み出すからである。
  ――Ⅶ ジェノサイド

民兵たちが自由に活動できた理由の一つは、独自の資金源を持っていたことにある。アルカンやシェシェリの部隊はセルビア共和国政府から資金援助を受けていたとみられるが、多くの民兵は略奪を資金源としていた。
  ――Ⅷ ボスニア内戦のメカニズム

ヴィシェグラードのセルビア人権力は、ルキッチ一味の残虐行為を黙認しただけでなく、積極的に利用していたふしすらある。
  ――Ⅷ ボスニア内戦のメカニズム

【どんな本?】

 東欧崩壊に続くユーゴスラヴィア解体に伴い、スロベニアやクロアチアなど元ユーゴ内の共和国が独立を果たす。その中でも注目を集めたのがボスニアの内戦であり、NATOが介入しながらも、1992年から1995年まで戦いは続き、人々が殺し合うショッキングで凄惨なニュースが続々と流れた。

 クロアチア人・セルビア人・ボスニア人の三者が入り乱れ、誰が被害者で誰が加害者か分からぬまま、NATOなどの国際社会は軍事介入に踏み切った。

 しかし、本当の悪は誰なのか。なぜ市民同士が殺し合う泥沼状態に陥ったのか。そのような形で殺し合いへとエスカレートしていったのか。そして、マスコミが取り上げた「民族浄化」とか、いかなるもので、「ジェノサイド」とは何が違うのか。

 本書では、中世からユーゴスラアヴィアの歴史を解き起こし、第一次世界大戦・第二次世界大戦・冷戦そして東欧崩壊へと続く歴史の流れの中で、クロアチア人・セルビア人・ボスニア人それぞれが民族意識を形づくる過程を丹念に追い、それが暴力的な対立へと変わってゆく様子を描きだす。

 内戦が起きるしくみのモデル・ケースとして、それが虐殺へと変わってゆくプロセスの分析として、そして人が形づくる社会の危うさの警告として。

 重く憂鬱な記述が多いながら、内戦発生のメカニズムの分析として示唆の多い現代史の研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年3月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約407頁。9ポイント46字×18行×407頁=約336,996字、400字詰め原稿用紙で約843枚。文庫本なら厚めの一冊か薄めの上下巻の分量。

 文章は専門書らしくやや堅い。が、様々な勢力が複雑に絡み合っているわりに、意外と分かり易い。バルカン半島の歴史を全く知らない私だが、歴史的な事情や社会的な産業・権力構造を初心者向けに丁寧に説明しているので、頭に入りやすい構成になtっている。

 ただし、ヘルチェゴビナなどの地名が、どの辺なのかを地図などで示してくれるとありがたかった。「ググレカス」と言われれば、それまでなんだが。

【構成は?】

 歴史的経緯から順々に説き起こしているので、素直に頭から読もう。

  • ボスニア内戦と民族浄化 はじめに
  • Ⅰ ボスニア内戦の歴史的背景
    • 一 ボスニアにおける民族意識の出現
    • 二 ユーゴスラヴ統一主義の実験
  • Ⅱ 虐殺の記憶
    • 一 第二次世界戦争と民族的暴力の爆発
    • 二 ウスタシャによるジェノサイド
    • 三 パルチザン運動の勝利
    • 四 「パンドラの箱」の封印
  • Ⅲ 冷戦からグローバリゼーションへ
    • 一 ユーゴスラヴィア社会主義連邦の存立要件
    • 二 民族問題の構図
    • 三 クロアチアの「マスポク」
    • 四 繁栄の頂点としての1970年代
    • 五 連邦解体のメカニズム
    • 六 スロボタン・ミロシェヴィチとセルビア民族主義
    • 七 ボスニア政界の混迷
  • Ⅳ ユーゴ解体 「グローバリゼーション」の戦争
    • 一 複数政党選挙と法と秩序の崩壊
    • 二 ボスニアにおけるシステムの崩壊
    • 三 連邦諸制度の解体
    • 四 クロアチア戦争とユーゴ解体
  • Ⅴ 内戦勃発
    • 一 ジェノサイドの政治利用
    • 二 内戦の準備
    • 三 内戦前夜
    • 四 戦争勃発
    • 五 内戦の概要
  • Ⅵ 民族浄化
    • 一 内戦とジェノサイド言説
    • 二 セルビア人の残虐行為
    • 三 クロアチア人の残虐行為
    • 四 ボスニア人の残虐行為
    • 五 民族浄化の本質
  • Ⅶ ジェノサイド 
    • 一 スレブレニツァ事件とジェノサイド
    • 二 スレブレニツァのボスニア人とセルビア人
    • 三 ジェノサイドの開始
    • 四 虐殺
  • Ⅷ ボスニア内戦のメカニズム
    • 一 「殺し合う市民」と他者への恐怖
    • 二 メジュゴーリエの小戦争
    • 三 内戦と組織犯罪者
    • 四 民兵と脱階級者たち
    • 五 民兵と「普通の市民」たち
    • 六 カオスの民族化
  • あとがきにかえて
    戦後のボスニアとジェノサイド言説
  • 注記/索引

【感想は?】

 恐ろしい本だ。何が怖いって、人々が殺し合いに向かう道筋が、とっても分かり易いのが怖い。

 この本を読むと、ボスニアで内戦と虐殺が起きたのが必然と思えてくる。むしろ、ハンガリーやブルガリアなどの東欧諸国が内戦にならなかったのが奇蹟に感じてしまう。

 ボスニア内戦はクロアチア人・セルビア人・ボスニア人の三つ巴の戦いになった。違いは民族というか宗教で、クロアチア人=カソリック,セルビア人=東方正教,ボスニア人=イスラムとなる。他にもロマとかがいるんだが、大雑把には宗教の違いだ。

 第一次世界大戦ではクロアチアとムスリムがドイツ・オーストリア側、セルビア人が協商国につき、クロアチア&ムスリムがセルビア人を虐殺する。

 第二次世界大戦ではドイツに占領され、ここでも虐殺が繰り返される。クロアチアの極右ウスタシャはドイツに協力してセルビア人を殺し、セルビアの抵抗組織チュトニクはクロアチア人&ムスリムを殺す。ただし最終的に権力を握ったのはチトー(→Wikipedia)を中心とした共産系パルチザン。

 冷戦期は米ソの狭間でバランスを取りつつ、チトーの威光で民族間の対立を押さえ、ユーゴスラヴィア連邦の力が強く、共産主義色が色濃く出た社会を作ってゆく。

 そんなわけで、もともと、歴史を掘れば互いの間に積もる恨みがあったんだが、チトーが力で抑えて共存を押し付けてたわけ。それでも戦後数十年もたてば世代も変わり、それなりに仲良くやってたんだ。

 だがチトーの死後は、権力が移り始める。ベオグラードの連邦政府の力が弱まり、そのメンバーである共和国や自治州が力をつけてゆく。問題は、それぞれの共和国や自治州も共産主義的な社会だってこと。民間企業は自主管理企業で、企業の人事にも政府の意向が強く出る。

 つまりは権力が政府に集中してて、政府のコネがありゃやりたい放題な体制なわけ。健康保険や育児手当も職場を通して配るんで、気に入らん奴はクビにすりゃ食い詰める。転職しようにも政府のお偉方に睨まれりゃ職はない。

 この状態で中央集権から地方分権へと動いた結果、地域を牛耳るボスが力をつけて、軍事的にも共和国や自治州が独自に武装し始める。

 それでも景気が良けりゃうまいこと回ってたんだが、1980年頃から景気が悪くなり、1987年のアグロコメルツ社の焦げ付きで大騒ぎになる。社の主人フィクレト・アブディチは事業銀行の企業長も兼ね、そこから多額の手形を引き出している。これが、どれだけデカい騒ぎかっつーと。

この年(1987年)の上半期だけでも輸出によって4400万ドルを稼いでおり、これはボスニア全体の輸出総額の75%に相当した。

 日本のトヨタ以上の影響力だ。そのトヨタにしたって、社長はトヨタの都合で決まるんであって、愛知県が口出しする筋合いじゃない。が、ユーゴスラヴィアは政府が社長を決める体制なわけで、となりゃ誰が政権を握るかが市民の暮らしを大きく左右する。

 ボスニアは三民族+αが混在してるが、各地域ごとに民族の濃淡がある。ここで、各地域ごとに、それぞれの人口の割合に応じて権力を分配しよう、そんな案が出たから、大変な事になった。

 例えば。クロアチア人とセルビア人が拮抗している所で、クロアチア人が権力を握りたければ、どうすればいいか。簡単だ。セルビア人を殺しつくせばいい。そうすれば、クロアチア人が人口で多数を占め、権力も独占できる。

 もともと歴史的に民族間の恨みが眠ってる所に、チトーの抑えが亡くなり、権力の餌がぶら下がった上に、民族主義者共が恐怖を煽る。「奴らは俺たちを殺したがっている、殺らなきゃ殺られるぞ」と。

 これにアルカン(→Wikipedia)みたいなギャングのボスやミラン・ルキッチみたいなチンピラが、憂さ晴らしと荒稼ぎの機会とばかりに飛びつき、民兵を名乗って略奪・暴行・強姦そして虐殺とやりたい放題しまくった。政府や警察も、愚連隊を止めるどころか陰で手助けする始末。

 当時の報道じゃセルビア人が悪役で、ボスニア人がヤラレ役だったが、そういうわかりやすい構図じゃなかったのだ。三民族共に、互いの領土を確保するため、相手を消したがってたわけ。

 こういうパターンは、たぶんシリアや南スーダンでも似たようなモンなんじゃないかと思う。民族ごとに地方権力を分けようとすると、民族浄化を望む者が出てきて、ヤクザとツルんで無茶やらかすのだ。

 これは「国家はなぜ衰退するのか」にあるように、権力が一か所に集中するのが原因の一つだろう。じゃ民間企業が強く政府が小さきゃいいかっつーと、それじゃ教育や福祉が覚束なくなるし、うーん。

 加えて、民族主義者が台頭し人々の恐怖を煽るあたりは、現代の日本にも似たような風潮があるわけで、色々な意味で恐ろしい本だった。

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2017年5月 7日 (日)

藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars 超深海編」角川書店

「やっとわかった」
「何が」
「俺のなすべきことだ」
「ええっ、いいなあ。結局、オレにはよくわからなかったのに」
  ――p152

「海は天然のコンビニだよ。しかも無料だ」
   ――p212

【どんな本?】

 「クリスタルサイレンス」「鯨の王」など海洋SFに定評のある藤崎慎吾による、海洋ロボットバトル長編シリーズ完結編。

 海洋開発が進んだ近未来。宗像逍は、海の民<シー・ノマッド>の若者。「オボツカグラ」のバトル・イクチオイド(海中型戦闘ロボット)「タンガロア」のパイロットとして戦う中で、幼馴染の磯良幸彦や上官のロベルト・ガルシアを失う。

 沖縄を訪れた宗像逍は、体に異変を感じると共に、何者かにつけ狙われ始める。グアム大学教授の前園隆司に誘われグアムに向かった宗像逍は、今までの戦いの背景事情を教えられるばかりでなく、自分がその中心にいると知らされる。

 徹底して練り込んだ設定でロボット同士の戦闘にリアリティを持たせ、派手なアクションと思わせぶりな謎で読者を引っ張ってきた「深海大戦」シリーズ最終巻。

 一気に話のスケールを拡大させ、また一見ファンタジイっぽい仕掛けにも見事な理屈をつけた上に、宿敵とも見事に決着をつけて鮮やかに大風呂敷をたたみ、軽快なロボット・アクション作品から重厚で本格的なサイエンス・フィクションへと変貌を遂げた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年3月2日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約378頁。8.5ポイント47字×20行×378頁=約355,320字、400字詰め原稿用紙で約889枚。文庫本なら厚い一冊か薄めの上下巻の分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容は魅力的なSFガジェットがギッシリ詰まっているが、その度に親切な解説が入るので、意外と難しくない…ように感じる。ただ見慣れぬ海の生き物が次々と出てくるので、できれば海洋生物図鑑か Google を使いながら読もう。

 なお、お話は前巻から素直につながっている上に、このシリーズ独特の言葉が情け容赦なく出てくるので、なるべく最初の「深海大戦 Abyssal Wars」と次の「深海大戦 Abyssal Wars 漸深層編」と続けて読もう。

【感想は?】

 もう、最高。私はこういうのが大好きなんだ。

 思いっきりリアリティ追及型のロボット・バトル物ってだけで嬉しいのに、最終巻では登場人物間の関係にキッチリとケリをつけた上に、SFとしても更にスケール・アップしつつ見事に風呂敷を畳んでくれた。

 なんたって、今までの話じゃ怪しげな設定がてんこもりだ。なぜ宗像が特別なのか。宗像が操る「タンガロア」も奇妙だ。まあロボット物じゃ主人公が乗るロボットが特別製なのはお約束だが、それにちゃんと裏づけがあると、やっぱ読者としても安心する。

 だけじゃない。海上遺跡「ナン・マドール」や精霊、それを護る青年コズモと宗像の関係、そしてマスコット・キャラ的なアンフィトリテ。しかも宿敵はクトゥルフが操る多触手ロボットの「ダゴン」ときた。こりゃ当然、伝奇かファンタジイで説明を付けるかと思ったら。

 なんとビックリ、最近の科学トピックの美味しい所を巧みに取り込んで、最高にガチガチなサイエンス・フィクションにしてしまった。特にコズモとの関係や、アンフィトリテの正体には、思わず「うををっっっ!」と叫びそうになったり。

 お話作りも巧みで。

 例えば、いきなり出てきたラウル・住吉・ガルシア君。あの頼れるリーダー、ガルシア副指令の甥っ子だ。血統はいいし、さすがに若いだけあって怖いもの知らずだが、その分、経験不足は否めない。なんで最終巻になって、こんな若造が出てきたのか、と思ったら。

 確かに彼の乗る「ハルタワート」は形状も能力も独特で、ある意味、最終決戦では大事な役割を果たすんだけど、彼の役割はそれだけじゃない。自分でも経験不足は充分に分かってるだけあって、それを補うための努力も惜しまぬ気持ちのいい少年…って場面が、見事な伏線になってる。

 ラウル君と同様に、脇役で楽しいのが、研究者の塩椎一真。なかなか気さくな性格ではあるが、その正体は、見事なマッド・サイエンティスト。新発見のためなら世界なんかどうでもいい、みたいな割り切りっぷりが大変に気持ちのいい人。注射してるね、きっと。そういう奴だw

 そしてラスボスのクトゥルフ&ダゴン。なんたって触手ですよ触手。クトゥルフ自身がパイロットとして優れた能力を持ち、乗機のダゴンも彼でなければ乗りこなせない半面、使いこなせば無敵といいうチート極まりないイクチオイド。おまけに性格もラスボスに相応しいお方で。

 対する主人公の宗像は、なんというか南方系の性格なのが笑える所。ワケわからん騒ぎに巻き込まれ、右往左往してるうちに全人類の命運を握るらしい立場に立たされるも、結局はマイペースでいっちゃうあたりが、やっぱり南方系なんだよなあw

 次から次へと個性的なロボットが出てくるあたりはガンダムっぽくて、その線で行くと宗像はジュドーかなあ。いやシスコンじゃないけど、暗い性格が多いガンダムの主人公の中じゃ、ジュドーは例外的に底抜けの明るさを持ってるあたりが。

 最終決戦は、オボツカグラのイクチオイド総出撃で、集団戦に相応しく知力・能力を振り絞ったバトルロイヤル。敵もそれに見合うだけの戦力だし、不気味な風景が続く舞台も相まって、緊張の途切れないシーンが続く。

 個性豊かなロボットたちと、それに力強い説得力を持たせる凝った設定。ファンタジイかと思わせて、最新科学のトピックを巧みに取り込んで説明を付ける仕掛けの妙。そして意外な方向へとスケール・アップしてゆく、本格的なサイエンス・フィクションならではの爽快感。

 文句なしの気持ちよさが味わえる、海洋冒険SFの傑作だ。

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2017年5月 5日 (金)

ルース・フィネガン「隠れた音楽家たち イングランドの町の音楽作り」法政大学出版局 湯川新訳

本書は、(略)地元の文脈でamateurの音楽家に実践されている草の根の音楽作りに焦点をあてる。
  ――1 地元音楽の存在とその研究

「舞台上の一人について、舞台外で汗を流す二人の人がいなくてはならない」
  ――7 音楽劇の世界

「演奏の機会を切実に求めているから無料同然でも演奏する」
  ――10 ロックとポップの世界

大半のアマチュアの音楽的イベントの観客は、実演者や観客の他の成員や当該のイベントを運営する組織と何らかの縁故関係があるために参列することになった人々で構成されていた。
  ――12 実演とその諸条件

1980年代のミルトン・ケインズにおいて、常時再生された主題は「慈善」だった。
  ――20 資源、報酬、支援

【どんな本?】

 イングランドのニュータウン、ミルトン・ケインズ。1960年代に開発が始まり、四万人の人口が1985年には12万人に膨れ上がった。

 著者は口承文芸の研究者であり、シエラレオネやフィジー諸島でのフィールドワークの経験がある。またミルトン・ケインズに住み、地元の合唱団に加わっている。

 有名な音楽家の研究は多いが、地元で演奏を続けるセミプロやアマチュア音楽家たちを、育成・社会的地位・経済活動・支援/統率組織・人数・演奏機会・聴衆など、多面にわたり総合的に調べた研究は少ない。

 そこで、著者は自らが住むミルトン・ケインズをフィールドとし、人類学・社会学的な手法で、セミプロやアマチュア音楽家を中心に、その聴衆や支援組織などを調べ、イギリスにおける音楽活動の土台を支える社会構造を掘り起こしてゆく。

 調査は1980年から1984年。ジャンルはクラシック,ブラスバンド,オペラ,ジャズ,カントリー&ウェスタン(以降C&Wと略す),フォーク,ロック/ポップと多岐にわたる。切り口も活動周期や収支からバンドの寿命や総数と、具体例から統計的な数字まで多様な視点で、町の音楽家たちを調べ上げた。

 イギリスにおける豊かな音楽の土壌を、あまり注目されないアマチュア音楽家たちの姿を通して描く、人類学・社会学の研究報告書…でありながら、音楽好きには「あるある」に満ちた、実はとっても楽しい本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Hidden Musicians : Music-Making in an English Town, by Ruth Finnegan, 1989, 2007。日本語版は2011年11月4日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約537頁に加え、訳者あとがき9頁。9ポイント47字×19行×537頁=約479,541字、400字詰め原稿用紙で約1,199枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はかなり硬い。一般向けというより、学術論文だと思っていい。ただし、内容は意外とわかりやすく、社会学や人類学の専門知識は要らない。また、音楽についても、譜面が読めなくても大丈夫。敢えて言えば、合奏や合唱の楽しさを知っていると、更に楽しめる。文化祭や宴会の余興やカラオケでもいいから、人前で歌ったり演奏したりして、楽しいと感じた経験があればなおよし。

 たまにモリスダンス(→Youtube)やケイリ(→Youtube)など馴染みのない言葉が出てくるが、21世紀の今ならネットで調べればすぐわかる。

 といっても、この本の場合、活躍するのは Wikipedia より Youtube。つまり日本人には馴染みのない音楽や楽器や踊りの名前が出てくるが、動画を見ればスグに雰囲気が掴める。お陰で動画に見入っちゃって、なかなか読み進まなかったりするw

 また「フォーク」や「クラブ」の意味が、日本語とは微妙に違うが、文中で充分に説明があるので、あまり気にしなくてもいい。

【構成は?】

 序言によるとキチンとした論文の構成を取っているそうだが、気になる所だけを拾い読みしても意外と楽しめる。

  • 2007年版序言/序言/謝辞/略語一覧
  • Ⅰ 序論
    • 1 地元音楽の存在とその研究
    • 2 音楽家の「アマチュア」と「プロフェッショナル」
    • 3 ミルトン・ケインズとその音楽
  • Ⅱ ミルトン・ケインズにおける音楽世界
    • 4 地元レベルにおけるクラシック音楽の世界
    • 5 ブラスバンドの世界
    • 6 フォーク音楽の世界
    • 7 音楽劇の世界
    • 8 ジャズの世界
    • 9 カントリー・アンド・ウェスタンの世界
    • 10 ロックとポップの世界
  • Ⅲ 対照と比較
    • 11 音楽の学習
    • 12 実演とその諸条件
    • 13 作曲、創造性、実演
    • 14 複数の音楽世界
  • Ⅳ 地元音楽の組織と仕事
    • 15 家庭と学校の音楽
    • 16 教会の音楽
    • 17 クラブとパブの音楽
    • 18 音楽グループの組織と運営
      シャーウッド合唱協会の事例
    • 19 現役の群小バンドとそれらの組織
    • 20 資源、報酬、支援
  • Ⅴ 地元音楽の意義
    • 21 都市生活の小道
    • 22 音楽、社会、人類
  • 補遺 方法と提示にかんするノート
  •  訳者あとがき/参考文献/索引

【感想は?】

 そう、本来はお堅い学術本である。が、音楽が好きなら、誰でも楽しめる本でもあるのだ。

 何より、著者が調査を楽しんでる。あくまで真面目な研究書の体裁をとっているし、統計的な数字を出すあたりは地道な調査をしてる。が、地元の合唱団に加わり歌ってる人でもあり、根は音楽好きな人なのだ。

 日頃は聴かないロックのバンドの調査でも、ライブはもちろん曲作りの現場にまで立ち合い、曲が出来上がる様子をつぶさに観察している。顔を合わせての取材でも、相手と距離を置こうとしちゃいるが、お堅く冷静で小難しそうな文章の奥から、著者・取材相手双方の、「あたしら、なんでこんなシンドいのに音楽を続けてんだろw」みたいな仲間意識が伝わってくるのだ。

 特に「10 ロックとポップの世界」では、楽器を始めて数カ月みたいな高校生バンドにも取材してるんだが、「パンクスにお堅い教授様が何の用だろう」といぶかるバンドの面々の緊張も感じられて、ちょっと微笑ましかったり。

 ロック好きな読者として気になるのが、クラシックからロックまで、様々な音楽ジャンル別に調べた、「Ⅱ ミルトン・ケインズにおける音楽世界」。

 世間の印象だと、クラシックは中産階級以上の音楽で、ロックは労働階級みないな思い込みがあるが、これについては「明確な階級・支配的パターンをまったく示さなかった」と一蹴してる。最も目立ったのは家庭環境で、親から子へ音楽好きが受け継がれるケースが多いそうな。

 これは家に楽器があるとか、子供の楽器の練習(往々にして他人にとっちゃ騒音でしかない)を親が我慢するとか、そういう部分が多いらしい。

 面白い事に、素人音楽の世界では、「年齢に関係なく音楽の側面では平等とする」倫理が支配的なのも楽しい所。例外はロック・ポップで、特に若いバンドは同年代の仲間を求めるとか。もっとも、同じロックでも40代のオッサンがいるバンドは若者大歓迎なんで、私の見解じゃ「年寄りほど年齢に拘らない」んじゃなかろか。

 もう一つの例外はフォークで、彼らが愛する音楽とは対照的に「高度な教育を持つグループ」だったりする。ただし本人たちはそれを知って「彼ら自身が驚愕した」。ばかりでなく、他のジャンルとも接触が少なく、「ある地元の演奏者は、他にも地元の音楽が在ることはさっぱり知らなかった」。

 そのくせ全国規模のフォーク愛好家のネットワークがあり、旅行に行っても旅先のクラブを知ってたりする。新曲も作るけど、民謡を求めてスコットランドまで旅する人もいたり。

 やはり比較的に孤立してるのが、C&W。クラシック・ジャズ・フォーク・ロックいずれの音楽家も、地元のC&W活動の話を聞くと「ほとんどの場合虚を突かれたような反応をして」と、認知すらされていない。あんまりだw

 全般的に楽団の寿命が長いのはクラシック系で、ロック系は短い。もっとも、これは私の考えなんだが、楽団の寿命は楽団の人数と関係があるような気がする。単純に、人数が多いほど続きやすいみたいだ。

 学者らしい視点も光ってて、たとえば演奏会での「暗黙のうちに合意された慣行」なんて発想。

 クラシックはわかりやすい。フォーマルな服装で、演奏中はお喋り禁止。もちろん、歩き回っちゃいけない。曲が終わったら拍手喝采すべし。ただし楽章の合間は不許可。

 対して気楽なC&Wだが、実はちゃんとルールはあるのだ。あましフォーマルな格好は不許可だが、相応にお洒落すること。できればカウボーイやお尋ね者のコスプレが望ましい。ノッてきたら踊ろう。とにかく、楽し気に振る舞うのがルールらしい。

そういえばロックにもマナーはあるんだよなあ。例えばメタルは髪型に煩くて、坊主か長髪でないとダメ。リーゼントなんてグラハム・ボネットぐらいで、しかもすぐに叩き出されたし。

 他にもジャンルを越えた共通点は色々あって、大半の楽団は赤字だ。たいてい、メンバーや支援者の献身的な努力で維持されてる。ただし、これに対する姿勢の違いが面白い。

 クラシック系だと、芸術や奉仕など見栄えのいい理由が付くのに対し、ロック系はあくまでギャラが目的って姿勢を整えなきゃいけないらしい。もっとも、そのギャラは、食券だったりビールだったりするんだがw

 いずれにせよ便利なのは慈善興業で、これだとチケット販売や会場確保などの面倒くさい仕事は興行主が担ってくれる上に、特にロック系だと稼げなくても慈善だから仕方がないって言い訳ができる。

 この慈善の対象が色とりどりで、病院の機器購入・老人ホーム・身障児童用コンピュータ購入・教会の補修・サッカークラブなど地元密着型もあれば、英国心臓基金・聖ジョン救急機構部隊など全国規模、果てはエチオピア飢餓・東アフリカ緊急アピールなど国際的なものもある。

 日本と比べやたら慈善興業が多いんだが、これは税制の違いなんだろうか? なんにせよ、こういうイベントが数多く開催されているのも、イギリスの音楽を豊かにしている理由だろう。

 そしてもう一つ、全てのジャンルで完全に共通している点がある。それは、演奏者が音楽を単なる楽しみではなく、人生の欠かせない要素と感じている事だ。

 調査は1980年~1984年。あれから、音楽を巡る環境は大きく変わった。インターネットが普及してメンバー募集や発表の機会は増え、シンセサイザーも発達して教会のオルガンの代わりも安くあげられる。DTMは「隠れた音楽家」を増やしただろう。だが、それでも生の演奏には独特の魅力がある。

 堅苦しい文体の本だけど、内容は読んでてとっても楽しい。だからこそ、是非とも21世紀のフィールドワークを加え、隠れた音楽家たちが変わった事・変わらなかった事を伝える続編が欲しい。

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2017年5月 2日 (火)

グレッグ・イーガン「アロウズ・オブ・タイム」新☆ハヤカワSFシリーズ 山岸真・中村融訳

ある物体が別の物体に対して無限の速度を持つことは、じっさいに可能なのだ。
  ――p10

「これが……気象というやつなのか?」
  ――p276

「これをどう論理的に考えたらいいのか、わからなくなった」
  ――p364

【どんな本?】

 奔放な発想と緻密な科学考証で知られるオーストラリアのSF作家グレッグ・イーガンが、その想像力と科学知識を全開にして放つ、「クロックワーク・ロケット」「エターナル・フレイム」に続くゴリゴリのサイエンス・フィクション三部作の完結編。

 われわれの宇宙とは物理法則が異なる世界。

 光は波長により速さが違う。波長が長いと遅く、短いと速い。液体はなく、固体と気体だけ。そして速く動く物体は、私たちの宇宙とは反対に、時間が速く進む。

 次第に増える疾走星の危機に対処する方法を探るため、母星は巨大な世代型宇宙船<孤絶>を宇宙へと送り出した。母星の数年が、高速で飛ぶ<孤絶>では数十世代を重ねる年月に当たる。この時間差を利用して、<孤絶>内で研究を進め、疾走星の対応策を見つけようとする計画だ。

 <孤絶>では世代も重ね、疾走星の正体も判明し、母星に帰る方法も見つかった。故郷への帰還に向け方向転換する時期だが、<孤絶>内部には別の意見を持つ者が増えてきた。見ず知らずの母星のために危険が伴う機関の途に就くより、自分たちの新天地を見つけよう、と。

 物理学者のアガタは、別の問題で悩んでいた。真空のエネルギーは正なのか負なのか。宇宙の曲率は正なのか負なのか。そしてエントロピーはどうなるのか。

 相対論や量子力学に加え、この巻では時間の矢とエントロピーや因果律の問題も含め、更にややこしい議論が示され、複雑怪奇な物語が展開する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Arrows of Time, by Greg Egan, 2013。日本語版は2017年2月25日発行。新書版で縦二段組み本文約498頁に加え、著者あとがき2頁+板倉充洋の解説9頁+訳者あとがき3頁。9ポイント24字×17行×2段×498頁=約406,368字、400字詰め原稿用紙で約1,016枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 相変わらずのグレッグ・イーガン、読みにくさは相当なもの。読みにくい原因は主に三つ。

  1. 宇宙の性質そのものが私たちの宇宙とは違う。
    ばかりでなく、その違いが、時間と空間の性質で、方程式の一部の符号が違う、というもの。正直言って、私には何の事だか、ほとんどわからなかった。
  2. 因果律の混乱。
    タイトル通り、時間の流れ方が異なる世界の出会いがテーマとなり、物語の原因と結果が、ややこしい形で絡み合ってゆく。
  3. イーガン特有の二重否定・三重否定を多く使った文体。
    次の文章は何を意味しているか、わかります?
    「どちらの答えも、真実ではありえないとラミロに思わせるほどには、嘘っぽく聞こえなかった」
    こういった文章に出会うたび、私は脳内で「どちらの答えも真実らしくラミロに聞こえた」と肯定系に変換しつつ読んだので、なかなか進まなかった。慣れると、脳内にド・モルガン回路が出来上がります。ただしクロックはすごく遅いけどw

 また、お話は先の「クロックワーク・ロケット」「エターナル・フレイム」から素直に続いているので、読むなら「クロックワーク・ロケット」から読もう。世界の異様さに慣れるためにも、前の二作を読んでおいた方がいい。

【感想は?】

 まず、表紙がとっても不吉。

 この絵は嘘でも何でもなく、本当にこういう事が起こる。ばかりでなく、いま改めて見ると、かなり多くの情報を含んでいるのが分かる。イラストを描いた Rey.Hori に感謝。

 まずは宇宙の姿。宇宙空間を示す黒い地に、右上から左下に向かい、多くの細い輝線が走ってるが、全て真ん中あたりで白く太い輝きとなり、すぐに途絶える。高速で飛ぶ<孤絶>から見ると、宇宙はそういう風に見えるのだ。

 そこを飛ぶ宇宙船に、隕石のようなものがぶつかっている。果たして<孤絶>の運命やいかに?

 この宇宙、液体もなけりゃ電気もない。電気がなけりゃコンピュータが作れないじゃん、と思ったが、前巻の終盤で、機械式のコンピュータらしきシロモノが現れた。今のコンピュータは電子式ばかりだが、チャールズ・パペッジの階差機関(→Wikipedia)は歯車式。それでもちゃんと計算はできたのだ。

 とはいえ、機械式じゃ速度もメモリ容量も限られる。コンピュータ同士のネットワークや、膨大な演算量が必要な画像処理は無理だ。どうすんだ…

 と思ったら、ちゃんと乗り越えてくれた。もちろん、この宇宙ならではの方法で。それが可能なのは、既に私たちの宇宙でも通信回線などで実用化されてる事で実証されている。

 おまけに、インタフェースが憎い。特に宇宙遊泳を描く場面では、彼らの体の特性を生かし、とっても速くて使いやすい指示方法を見せてくれた。確かにスマートフォンみたくタッチパネルじゃ、色々とやりにくくてしょうがない。特に宇宙空間みたく動作が制限される場所じゃ。

 などのガジェットでは、掩蔽気が可愛い。宇宙空間向けの作業ロボットで、形は12面体(→Wikipedia)。雰囲気、ガンダムに出てくるハロみたいな感じ。私はこういうのに弱いのよ、「神鯨」の三葉虫とか「竜の卵」のクリスマス・ブッシュとか。幾何学的で単純な形でありながら、だからこそ汎用性がある、みたいなメカに、やたらと惹かれてしまう。

 お話の多くが、宇宙船のランデブーに割かれているのも、この巻の特徴。光速に近い相対速度では私たちの宇宙と異なる振る舞いをする宇宙だけど、<孤絶>が内蔵する作業艇<ブユ>程度の速度なら、私たちが直感的に理解できるニュートン力学に近い。

 そこで、異なる運動ベクトルを持つ物体を、どうやって捕まえるか。単純に衝突するだけなら、そんなに難しくないけど、お互いが軽く触れるような感じになるように、なるべく運動ベクトルの違いを少なくしようとすると、どんな軌道を取るのがいいか。直感とは違うあたりが、いいかにも宇宙っぽくて気持ちいい。

 幸い、この巻では、優れたエンジンが手に入っており、推進剤にはあまり制限がないので、派手にエンジンをふかしても大丈夫なのが嬉しい。

 同様に、先端の物理学の話でありながら、基礎的な部分のおさらいをアチコチでやってくれるのも、イーガン先生の親切な所。

 宇宙の空間と時間の形を探るドラマでもあるだけに、重力も大事な課題になる。私たちは重力を「力」として考えるけど、物理学者は「空間の歪み」とする時もある。なぜ力ではマズいのか。話が面倒臭くなるだけじゃないのか。そういった疑問に、ちゃんと解を示してくれます。

 中盤以降では、時間の矢とエントロピー&因果律の関係について、実にややこしい場面描写があり、この作品が描く世界の異様さがゾワゾワと染みてくる。じっくり読まないと、何が起こっていいるのかすらわからないけど、風景が頭に入ってくるにつれ、ちょっとしたホラーを読んでる気分になったり。

 私が印象に残ったのは、埃の溜った床をヤルダがめげずに掃除し続ける場面。こりゃイラつくよなあ。

 宇宙の物理法則から見直した、究極の異世界ファンタジイ。最終巻では、更に因果律までいじり倒し、読者の頭脳を極限までコキ使うばかりでなく、感覚的にも神経を逆なでする場面が続出し、センス・オブ・ワンダーの洪水に押し流される。当然、歯ごたえも半端ないので、焦らずじっくり読み進めよう。

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