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2017年4月17日 (月)

ハナ・ホームズ「小さな塵の大きな不思議」紀伊国屋書店 岩坂泰信監修 梶山あゆみ訳

地球は今でも毎日100トン以上の宇宙の塵を集めている。(略)塵のほとんどは小惑星や彗星から飛びだしてきたものである。
  ――第3章 静かに舞い降りる不思議な宇宙の塵

最近、米国農務省は、二酸化炭素(地球温暖化の原因とみなされている)の多い温室でブタクサを育てる実験をおこなった。すると、ブタクサがつくる花粉の量は増えたのである。実験を担当した研究者によれば、ブタクサが吐き出す花粉の量は過去100年間で倍になった可能性がある。
  ――第5章 空を目指す塵たち

「タンカーに半分くらい鉄を積んで私によこしてくれ。そうしたら、氷河期を引きおこしてみせる」
  ――第7章 塵は氷河期に何をしていたのか

…家のなかで塵がとくに濃く立ちこめている場所がわかった――なんと人間のまわりである。
  ――第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち

たとえば、100グラムの小麦粉の場合、昆虫のかけらが150個とネズミの毛二本までなら、なかに混ざっていても法的に「不衛生な小麦」とはみなされない。
  ――第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち

【どんな本?】

 塵もつもれば山となる。いや、それどころか、星にだってなる。流れ星にもなるが、恒星にだってなる。そして星から出た塵は、今も地球に降り注いでいる。地球も沢山の塵を生み出し、空に放ち、地に降り注ぐ。それは土を肥やし、海の生物を育み、または疫病を流行らせ、時として気候すら変えてしまう。

 宇宙塵・隕石・黄土・火山灰などの無機物から、花粉や胞子などの生物、硫黄ビーズやアスベストなどの人工物まで、様々な塵の性質と働き、それが私たちの暮らしにもたらす影響を語ると共に、そんな塵を調べる科学者たちのセンス・オブ・ワンダーあふれる研究を紹介する、一般向け科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Secret Life of Dust : From the cosmos to the kitchen counter, the big consequences of little things, by Hannah Holmes, 2001。日本語版は2004年3月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約377頁に加え、監修者の岩坂泰信による解説が豪華11頁+訳者あとがき3頁。9ポイント46字×18行×377頁=約312,156字、400字詰め原稿用紙で約781枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただし終盤は鼻や皮膚がムズムズする内容が多いので、繊細な人には向かないかも。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所をつまみ食いしてもいい。

  • 謝辞
  • はじめに
  • 第1章 一粒の塵に世界を観る
    地球は塵にとり地球は塵にとりまかれていた/小粒の塵は鼻をすり抜けて肺へ達する/「善玉」の塵もお忘れなく/塵は人間の生活にもかかわってきた/塵には「凶悪犯」が紛れこんでいる/塵から塵へ これが逃れられない運命
  • 第2章 星々の生と死
    塵を宇宙に吐き出す星雲/宇宙塵の形のミステリー/宇宙空間は塵だらけ/太陽系を産んだ塵の雲/塵の雲からアミノ酸もできる?/「塵の揺りかご」から太陽の誕生へ/「塵のドーナツ」から地球の誕生へ/宇宙塵は昔も今も星たちの運命とともに
  • 第3章 静かに舞い降りる不思議な宇宙の塵
    生物大量絶滅の謎と塵/宇宙塵と「夜光雲」/南極基地の井戸に溜まった宇宙塵/二万メートルの上空で宇宙塵を集める/宇宙塵の標本をつくる/塵のルーツ探し/過去を語る塵/星くずから母なる星を探す
  • 第4章 砂漠の大虐殺
    ゴビ砂漠が生まれたとき/恐竜の足跡を見つけた/ゴビの風、舞い上がる砂粒…/塵のベールが頭上を覆っている/世界で猛威をふるう砂塵嵐/砂塵嵐が原因との説には疑問あり/雨と砂崩れと塵と
  • 第5章 空を目指す塵たち
    火山の塵はいつまでどこまで「悪さ」をする/飛行機事故を起こした「火山灰の雲」「硫黄ビーズ」のさまざまな働き/海の白波の塵、ペンギンの塵/植物も塵を吐き出す 胞子、花粉、有機化合物/氷河のまんなかに、ケイ藻が飛ばされて住みついた/蜘蛛の中で子孫を殖やすバクテリア/菌類は岩をも溶かし、塵となす/火と塵 山火事、焼畑農業、戦争による火災/車の排気ガスによる塵
  • 第6章 塵は風に乗り国境を越えて
    空を流れる「塵の河」/大国・中国の「塵」事情/水平線に浮かぶ「塵の帯」を見る/アジアからアメリカへ 「塵の河」をついにとらえた/「アジア直送便」の姿が見えはじめた/塵が水滴と出会うとき/ケネディ・ジュニアの飛行機事故/「サハラ砂塵層」の発見/「塵予想」が現実味を帯びてきた
  • 第7章 塵は氷河期に何をしていたのか
    水に埋め込まれた塵が地球の歴史を語る/「空気の化石」が教えてくれたこと/何かが地球を冷やしている/自然界の塵が地球に与える影響/グリーンランドの塵が語るもの/氷期のほうが風は強く吹いた/南極の氷から見つかった塵の出どころ/氷河期の終焉と塵/塵が植物プランクトンの大増殖を促す/人間が生み出した塵
  • 第8章 ひたひたと降る塵の雨
    カリブの土の謎/南極の氷の下で命を育んだもの/マリンスノー 海のオアシス/農地や庭に塵をまく/サハラの塵が病原体を運ぶ?/空を旅する胞子のゆくえ/空を飛ぶ有機汚染物質/人間の肺にも降りつもる塵/塵が人間を病気にするとき/
  • 第9章 ご近所の厄介者
    トルコの洞窟の村々を襲った奇妙な癌/アメリカ北中部の街を襲った肺疾患/アスベストの塵が原因/石切り工と石灰の塵/肺の中で何が起きるのか/炭鉱夫たちを襲った病/鉱物の塵と職業病/綿花や木材の塵、小麦粉も肺を襲う/イヌ、ネコ、ネズミ、バッタの塵/ゴミの塵とダイオキシン/健康的な農場にも 有機塵中毒症候群/糞便の塵、穀物の粒の塵/古代ミイラの体を蝕んでいた塵/「「渓谷熱」、ハンタウィルス、ホコリタケ
  • 第10章 家のなかにひそむミクロの悪魔たち
    喘息患者が激増している/パーソナル・クラウド 人のまわりを取りまく塵の雲/掃除機がまき散らす塵の量/消臭剤とアロマキャンドルが生みだす塵/意外と恐ろしいベビーパウダー/料理をつくると塵ができる/加湿器とホットタブと微生物/殺虫剤とタバコの煙/カーペットは有害な塵の宝庫/カビのまき散らす塵が喘息の原因?/大食漢チリダニとアレルゲン/ハウスダストの生態系/外で遊ばないことと子供の喘息の関係/塵の何かが免疫系を鍛える?!
  • 第11章 塵は塵に
    人間の死 土葬と鳥葬と/火葬は「暖炉で薪を燃やす」よりも空気にやさしい/遺骨と遺灰はどこへ/地球もまた塵に返る
  • 解説:岩崎泰信/訳者あとがき/参考ウェブサイト/参考文献

【感想は?】

 塵と、それを調べる研究者・研究方法と、どっちが面白いのか悩む。

 研究方法で印象的なのが、パナマシティーのスミソニアン熱帯研究所で、大昔の植生を調べるドロレス・ピペルノ。研究対象は湖の底の泥だ。

 彼女によると、1万1千年前までは森が多かったが、次第に減ってゆき、四千年ほどで森の木は消える。代わりに開けた土地に生える植物が増え、四千年ほど前からは、トウモロコシが一定の期間をおいて増え、やがてこれにカボチャが加わる。そして500年ほど前から、再び森の植物が増えた。

 これはアメリカ大陸の人間の歴史を語っている。1万1千年ほど前に人類が中央アメリカにやってきて、森を切り開いていった。四千年ほど前からトウモロコシの農耕が始まり、次にカボチャも加わった。しかし500年ほど前にスペイン人がやってきて、彼らを根絶やしにした。

 なぜそんな事がわかるのか。

 タネはプラントオパール(→Wikipedia)だ。多くの植物は、とても小さい石を作る。果物の皮や葉の表面に蓄え、イモムシなどから守っているらしい。このプラントオパール、種によって形が違うし、含んでいる炭素を調べれば、いつごろの物かもわかる。

 たかが塵でも、現代科学を駆使して調べれば、様々な事がわかるのだ。これから先、こういった科学を駆使した方法で、私たちが思い込んでいた歴史も、色々と書き換わっていくんだろうなあ。

 サハラの砂漠化も良しあしで。どうやらサハラの砂塵はヨーロッパから大西洋を経て南北アメリカまで、生態系に大きな影響を及ぼしているとか。

 その代表が、カリブ海の島バルパドス島。ここはサンゴ礁の島だ。サンゴ礁は炭酸カルシウム(石灰岩)で、植物を育てるには向かない。にも関わらず、バルパドス島は緑に覆われている。土は40cm~1mほどの厚さがあり、アルミニウムとケイ素を豊かに含む。

 一体、この土はどこからやってきた?

 サハラから、はるばる大西洋を越えてやってきたらしい。ばかりではない。あのアマゾンの大密林も、サハラの恵みを受けている。雨の多いアマゾンでは、土の栄養分がすぐに流れ出てしまう。これをサハラから飛んでくる砂塵が補っているとか。

 とすると、下手にサハラを緑化したら、アマゾンのジャングルは消えてしまいかねない。地球の気候ってのは、何がどうつながってるのか、やたら複雑なものらしい。

 やはり砂塵で有名なのが中国から飛んでくる黄土だけど、これも中国北部の土を富ませているとか。黄土も悪い事ばかりじゃないのだ。いや同時にPM2.5なんて困ったモンも飛んでくるんだけど。これがまたタチが悪くて、「中国ではじつに年間100万人」が塵で亡くなっている。

 終盤では、人の命を奪う塵の話が嫌というほど出てくる上に、なんと人間の周りは塵だらけなんて話も出てくる。私たちは塵に囲まれて生きているのだ。これを称してパーソナル・クラウドと呼ぶ。ところが、この正体が、「この塵の雲が何からできているのか、じつはまだはっきりしない」。

 パーソナル・クラウドに限らす、この本は全般的に、「まだよくわかっていない」ネタが多い。一応の仮説は示すのだが、今後の研究待ちってエピソードが沢山ある。

 こういうのは、塵だけにモヤモヤするが、同時に「これからどんな事がわかるんだろう」とワクワクする所でもある。やはり塵が温暖化に与える影響や、南極の氷河の下の湖で見つかった生物、雲のなかで繁殖するバクテリイアなど、SF者の魂を揺さぶるネタは盛りだくさん。もちろん、破滅物が好きな人にも、ふんだんにネタを提供してくれる。

 ただし、潔癖な人にはいささか耐え難い現実も突きつけてくるので、神経質な人には向かないかも。しかし、ペンギンって、可愛いだけじゃないのねw

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